No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト> 作:羊毛ローブ
「というわけで、今日はみんなにオペレーターを体験してもらおうと思いまーす!」
ボーダー本部の訓練室に、城戸奏真の明るい声が響いた。
その前に集められていたのは、諏訪洸太郎、太刀川慶、出水公平、三雲修、そしてヒュースの五人である。いずれも実戦経験のある戦闘員だが、今日ばかりはトリガーを構えるのではなく、ずらりと並んだオペレーター用の端末を眺めることになっていた。
「……いや、奏真さん。何でまた急にそんなことになったんすか?」
諏訪が半眼で尋ねると、奏真は当然のように答えた。
「面白そうだから!」
「でしょうね」
「あと、普段オペレーターが何を考えてるのか、戦闘員のみんなにも知ってもらえたらいいなって」
「……ああ、そっちが本題っすか」
「どっちも本題だよー」
悪びれる様子もなく笑う奏真に、諏訪は小さく息を吐いた。隣では太刀川がすでに端末へ興味を示しており、モニターの前に身を乗り出している。
「なあ、俺らがこの機械を操作すんのか?」
「いや、そこは本職に任せるよ」
「え?」
太刀川が顔を上げたところで、奏真は今回の訓練の仕組みを説明し始めた。
訓練には、専用に用意された仮想戦闘員を使用する。各隊員は設定された性格や戦闘傾向に従って自律的に行動し、必要に応じてオペレーターへ報告や判断を求める。戦闘は開始から終了までリアルタイムで進み、受講者が迷っている間も敵味方の動きは止まらない。
ただし、参加する戦闘員が実際に操作するのは、戦術を考える頭だけだ。
「情報の表示、マップの切り替え、通信の送受信なんかは、隣に座ってる本職のオペレーターが全部やってくれる。みんなはその情報を見て、何を確認して、誰に何を伝えるか考えてね」
「……なるほど」
修が頷いた。
「僕達がオペレーターの端末操作を覚えるわけではないんですね」
「そういうこと。いきなり専門の機械を使えって言われても困るでしょ? 今回はオペレーションの判断部分を体験してもらいたいからね」
「だったら、結構できそうじゃないっすか?」
出水が腕を組んだ。
「戦況を見て味方を動かすって意味なら、俺達も普段からやってるわけですし」
「そうだな。どう攻めるか、どう守るか考えるのは戦闘員の仕事でもある」
ヒュースも同意する。実際、ここにいる面々は戦場で自分の行動を判断してきた者ばかりだった。修や諏訪は隊長として部隊全体の作戦を考える立場でもあり、太刀川や出水は戦況に応じた攻撃の組み立てを得意としている。
「うん。だから、みんなにもできる部分は多いと思うよ」
奏真は頷いたが、そこで指を一本立てた。
「ただ、普段の作戦会議とは違うところがあるんだよね」
「違うところ?」
「うん。作戦会議なら、地図を見ながら『敵がこっちから来たらどうする?』って相談できるでしょ。でも今日の訓練は、考えている間にも戦場が動くんだよ」
奏真は正面のモニターを指さした。
「第一班の進路を考えている間に、第二班が敵と接触する。第二班に指示を出している間に、第一班が移動を終える。そこで第三の情報が入ってきたら、今度はどれを優先するか決めないといけない」
「……ああ」
諏訪が少しだけ表情を変えた。
「しかも、戦闘員はみんなが同じ情報を欲しがるわけじゃないからね。目の前の敵と戦っている人、移動している人、狙撃位置を探している人。それぞれに必要な情報が違う」
「……なるほど。全員の立場で考える必要があるわけか」
修が納得したように頷くと、奏真は嬉しそうに笑った。
「そういうこと! ちなみに、今日の訓練には正解の指示が一つだけ用意されてるわけじゃないよ。みんながどんな判断をするかも見たいからね」
その言葉に、太刀川がにやりと笑った。
「面白そうじゃん」
「でしょー?」
「……何か、嫌な予感がすんな」
諏訪の呟きに構わず、奏真は協力者達へ視線を向けた。
小佐野瑠衣、国近柚宇、宇佐美栞。今日の訓練のために集まってくれた、現役のオペレーター達である。
「諏訪は小佐野、太刀川と出水は交代で国近、修とヒュースは宇佐美にお願いしてるよ。分からない情報があったら、何でも聞いてね」
「はーい。よろしくねー、すわさん」
「おう、頼むわ。おサノ」
「太刀川さんは、ちゃんと考えてから指示してねー」
国近が笑いながら言うと、太刀川は不満そうに顔を向けた。
「分かってるって! 何で始まる前からそんなこと言うんだよ!」
「普段からもうちょっと考えてくれたら、言わなくて済むんだけどねー」
「おい!」
そのやり取りに笑いが起きる一方、修は真剣な顔で正面のモニターを見つめていた。
自分が戦闘員として戦う時、宇佐美にどれだけ助けられているかは理解しているつもりだった。しかし、その仕事を実際に自分が担当するとどうなるのか。想像してみても、まだ具体的な感覚は掴めなかった。
隣のヒュースも似たようなことを考えているのか、黙って端末を見つめている。
奏真はそんな二人を眺めてから、楽しそうに手を叩いた。
「それじゃ、始めようか!」
◯
最初に席へ着いたのは諏訪だった。
隣の小佐野が端末を操作すると、正面のモニターに市街地のマップが表示される。味方は四名。二名ずつの二班に分かれており、敵の数は六名とされているが、位置が判明しているのはその半数だけだった。
任務は指定区域の制圧。制限時間内に敵の抵抗を排除し、味方を区域内へ進入させなければならない。
「……ふむ。まあ、何とかなりそうだな」
諏訪は初期配置を眺めながら頷いた。
「おサノ、敵の確認済み位置を出してくれ」
「はーい」
小佐野が操作すると、マップ上に三つの敵位置が強調された。諏訪はその配置を確認し、すぐに作戦を組み立てる。
「正面から一班を進ませて敵を引きつける。その間にもう一班を右から回り込ませるか」
「了解ー。送るね」
小佐野が通信を送ると、仮想戦闘員達が行動を開始した。
正面へ進んだ第一班が敵と接触し、予定どおり交戦を開始する。第二班も迂回路へ入り、敵の側面を取るために移動していた。
「ほら、普通にいけそうじゃねえか」
諏訪が笑った、その直後だった。
『第一班、敵二名と交戦中。敵の増援を確認』
『第二班、進路上に敵反応』
ほぼ同時に二つの報告が届いた。
「……ん?」
諏訪が画面を見直す。
「おサノ、第二班の敵は何人だ?」
「まだ一人しか確認できてないよー」
「第一班の増援は?」
「こっちは二人。ただし、もう一人いる可能性もあるね」
「……なるほど。じゃあ第一班は一度下げて、第二班は――」
『第二班、敵から攻撃を受けています!』
「……あ?」
諏訪が顔を上げた。
「まだ動かす指示出してねえだろ?」
「敵の方から来たみたいだねー」
「……ああ、そりゃそうか」
諏訪は急いで第二班の位置を確認した。右側の迂回路は狭く、敵に塞がれれば退避する方向が限られる。
「第二班は後退。第一班は敵の増援を確認してから――」
『第一班、敵一名を撃破! 追撃しますか!?』
「……待て。第一班は今どこだ?」
「ここだよー」
小佐野がマップを切り替える。
「……ああ、そうか。じゃあ追撃はさせずに――」
『第二班、敵が増援!』
「……おいおい」
諏訪の眉間に皺が寄った。第一班への指示を考えている間に第二班の状況が悪化し、第二班の対応を考え始めれば第一班から新しい報告が届く。しかも、小佐野に情報を確認している時間も、仮想戦闘員達は止まらず動き続けていた。
『第一班、次の指示をお願いします!』
『第二班、交戦継続しますか!?』
『後方から敵反応!』
「……ああ、もう!」
諏訪が思わず声を上げた。
「一人ずつ喋れ!!」
背後で見ていた出水が噴き出した。
「ぶっ! 諏訪さん!」
「笑ってんじゃねえ! お前もやってみりゃ分かる!」
しかし、小佐野は笑いながらも手を止めていなかった。第一班の損傷状況を表示し、第二班の最新位置を確認し、後方の敵反応がまだ未確定であることを整理している。
「すわさん、第二班がちょっと危ないかもー」
「……あ?」
「第一班はまだ余裕あるけど、第二班はこのままだと退路を塞がれそう」
諏訪はそこで、ようやく一つのことに気づいた。
自分は第一班に指示を出そうとして、目の前の画面ばかり見ていた。だが小佐野は、その間にも第二班の状況を追い続け、どちらが危険なのかを判断していたのである。
「……第二班を先に下げる。第一班は現在位置を維持、無理に追撃するな」
「了解ー」
「後方の敵は、位置が確定してから知らせてくれ。今は第二班の退路を優先だ」
「はーい」
小佐野が指示を送信する。第二班は辛うじて退避に成功し、諏訪は一度乱れた配置を立て直そうとした。しかし、最初の混乱で失った時間は取り戻せず、指定区域を確保する前に制限時間が訪れた。
【訓練終了/任務失敗】
「……くそ、間に合わなかったか」
諏訪は椅子の背もたれに身を預け、深く息を吐いた。
「途中からは良かったよー」
小佐野が笑う。
「でも、最初に第二班を下げるのがちょっと遅かったね」
「……だな。第一班の方ばっか見ちまってた」
諏訪は画面の記録をしばらく眺めてから、ふと小佐野へ顔を向けた。
「……なあ、おサノ」
「んー?」
「お前、普段こういうのやってんだよな?」
「うん」
「端末の操作も全部やりながら?」
「そうだよー」
「……で、誰が今何を知りたがってるか、誰が危ねえかってのも考えてんのか?」
「うん。そうしないと間に合わないこともあるからねー」
諏訪はしばらく黙った。
「……マジかよ」
思わず漏れた言葉に、小佐野が小さく笑う。
「大変でしょー?」
「……いや、参ったわ。普段から助けられてる自覚はあったつもりなんだけどよ」
諏訪はもう一度モニターを見た。
「戦闘中に俺が欲しい情報は、俺自身が分かってる。けど、オペレーターは違うんだな。他の奴が今何を知らねえのか、何を教えてやったら動きやすくなるのか、そっちが考えなきゃいけねえ」
「そうそう!」
奏真が嬉しそうに頷いた。
「しかも、教えるのが遅れたら意味がなくなっちゃうこともあるからね」
「……だよな」
諏訪は苦笑した。
「俺が第二班の状況を把握した時には、もう敵に塞がれかけてた。俺が戦場にいたら、ああなる前に教えてほしいって思うはずなんだよ」
自分が戦闘員なら、オペレーターに何をしてほしいかは分かる。だが、いざその役割を逆転させると、誰がどんな情報を必要としているのかを先回りして判断することが難しい。
そこに、今回の訓練の狙いがあった。
「……ま、今日はやってよかったっすわ」
「おお! じゃあ、もう一回やる?」
「……いや、少し休ませてくださいよ」
諏訪が苦笑すると、小佐野も楽しそうに笑った。
◯
「よっしゃ、次は俺だな!」
太刀川が勢いよく席に座った。
「太刀川さん、お願いだから最初から突っ込ませないでよー」
国近が隣で端末を起動する。
「分かってるって!」
「ほんとかなー」
「お前、俺のこと何だと思ってんだよ」
「頼りになる戦闘員?」
「そうだろ!」
「……オペレーター役は、まだ分かんないけどね」
「おい!」
周囲に笑いが起きる中、訓練が始まった。
太刀川に与えられたのは、近距離戦を主体とする四人編成の部隊。任務は敵の防衛線を突破し、指定地点に到達することだった。
初期配置を見た太刀川は、すぐに前衛二人を中央へ向かわせ、残る二人には側面への回り込みを指示した。国近が操作すると、仮想戦闘員達はその方針に従いながら行動を始める。
最初の交戦は、見事なものだった。
正面で敵を引きつけ、その隙に側面から圧力をかける。敵が後退すれば進路を塞ぎ、抵抗が強ければ一度引いて別方向から攻め直す。太刀川は前衛の戦い方をよく理解しており、味方の攻撃範囲を重ねる判断も早かった。
『敵一名撃破!』
「よし!」
太刀川が笑った。
「そのまま押せるな。左の二人は敵の退路を塞げ!」
国近が指示を送信する。
しかし、次の瞬間だった。
『味方一名、狙撃を受けました!』
「……ん?」
太刀川が顔を上げた。
国近は素早く画面を切り替える。
「太刀川さん、後方から狙撃されたみたい」
「後ろ?」
「うん。狙撃手の位置はまだ分かってないよ」
太刀川はマップを見直し、すぐに眉を寄せた。
「……あー、そういうことか」
敵の前衛は、最初から少しずつ後退していた。太刀川はその動きを、押し込まれているためだと判断していたが、後退先には広い道路がある。そこは敵の狙撃手にとって、射線を通しやすい場所だった。
「前衛を追わせすぎたな。全員、一度下がれ。狙撃手の位置が分かるまでは開けた場所に出るな!」
国近がすぐに送信したものの、先頭の隊員はすでに道路へ踏み出していた。二発目の狙撃が入り、隊員一名がベイルアウトする。
「……くそっ!」
太刀川はすぐに残る三人を立て直し、敵の狙撃手を警戒しながら進行経路を変更した。その後の判断は悪くなかったが、突破までに時間がかかり、最終的に任務は失敗となった。
「……あー、負けた」
太刀川が頭を掻いた。
「途中までは良かったのに」
「正面の戦闘は良かったよー」
国近が頷く。
「ただ、敵の前衛が下がっていく時に、後ろの状況をあんまり確認してなかったよね」
「……そうだな」
「前衛の動きを見るのに集中しすぎてた感じかな」
太刀川は腕を組み、少し考えた。
「……でも、普段だったら国近が狙撃手のこと教えてくれるだろ?」
「うん」
国近がにっこりと笑う。
「だから、いつも教えてるんだよー」
「…………」
太刀川が止まった。
「……ああ」
そして、ようやく納得したように頷く。
「そういうことか」
奏真が楽しそうに口を挟んだ。
「太刀川は前衛の動きがよく見えてたよ。そこはさすがだね。ただ、普段の戦闘で国近が補ってくれている情報まで、今日は自分で考えなきゃいけなかったわけだ」
「……なるほどな」
太刀川は国近へ顔を向けた。
「お前、結構すげえんだな」
「今さら!?」
「いや、知ってたって!」
国近が笑い、出水もつられて吹き出した。
◯
「じゃあ、次は俺っすね」
出水が席に座ると、国近が新しい課題を読み込んだ。
「柚宇さん、敵の位置が分かってるところと、最後に確認されたところは分けて表示してもらっていいっすか?」
「お、いいねー。はい、これ」
「ありがとうございます」
出水が担当するのは、中距離戦を主体とした四人編成の部隊。敵の位置を特定し、制限時間内に指定された敵部隊を撃破する任務だった。
出水は始まる前から、どの情報が必要になるかを考えていた。
敵を発見した時刻、味方の射線、移動可能な経路、敵がまだ見つかっていない場所。それぞれを整理した上で、まず正面の部隊には牽制を、側面の部隊には索敵を指示する。
訓練が始まってからも、その判断は速かった。敵の位置が判明すれば味方を動かし、別方向から攻撃があれば迂回経路を修正する。自分が射手として戦っている時のように、複数の動きを組み合わせながら相手の行動を制限していった。
「……おお。出水、上手いねー」
奏真が感心したように頷く。
「そりゃどうも。こういうの考えるの、結構好きなんで」
出水は笑ったが、その余裕はいつまでも続かなかった。
『敵二名、建物東側で確認』
「……東側か」
国近がマップを切り替える。
「三十秒前の位置だよー」
「了解っす」
出水は頷き、別の報告に目を通した。
『味方、中央通路へ到着』
「よし。じゃあ中央の二人を東へ向けて、敵を挟みましょう」
「はーい」
国近が指示を送る。
しかし、数秒後。
『指定位置に敵影なし』
「……え?」
出水が顔を上げた直後、さらに報告が入った。
『味方後方から攻撃!』
「……っ!」
国近がすぐに画面を切り替える。
「敵の最新位置はまだ分かってないよ!」
「くそっ、そうか!」
出水は即座に後退を指示したが、味方一名が敵の射線へ入ってしまった。
【味方一名ベイルアウト】
その後、出水は敵の動きを読み直して反撃し、敵部隊の撃破には成功した。しかし、任務に設定されていた制限時間は過ぎていた。
【訓練終了/任務失敗】
「……あー、やっちまった」
出水は椅子に深く座り直した。
「柚宇さん、さっきの三十秒前の情報、ちゃんと言ってくれてたんすよね」
「うん」
「完全に俺が、今もそこにいるつもりで考えてました」
国近が頷いた。
「そうだねー。ちゃんと表示もしてたんだけど、出水くん、次の作戦を考える方に集中してたからね」
「……そうっすね」
出水は自分の判断を振り返った。
自分が戦闘員なら、敵の現在位置と最後に確認された位置を混同する危険は理解している。ところが、複数人の行動を考えているうちに、画面上に表示された位置情報を無意識に現在位置として扱ってしまった。
しかも、その誤認を修正するまでの時間にも、敵は移動し続けていた。
「……これ、怖いっすね」
「何が?」
奏真が尋ねる。
「別に間違った情報を見せられたわけじゃないんすよ。でも、俺の中じゃ勝手に今の情報になってた」
「うん。そこが難しいんだよね」
奏真は頷いた。
「三十秒前に敵がいた場所と、今敵がいる場所は違うかもしれない。情報が正しくても、その使い方を間違えると危ないんだよ」
「……なるほどなー」
出水は少し考えた後、笑った。
「奏真さん、こういうの好きそうっすね」
「好きだねー!」
「即答っすか!」
諏訪が横から口を挟んだ。
「……お前ら、さっきから何でそんな楽しそうなんだよ。俺は普通に疲れたぞ」
「諏訪さん、さっき叫んでましたもんね」
「それを蒸し返すな!」
◯
修が席へ着くと、宇佐美が隣で準備を始めた。
「よろしくね、修くん」
「はい。お願いします、宇佐美先輩」
今回の課題は防衛任務だった。四名の味方で指定地点を守り、制限時間まで敵の侵入を防ぐ必要がある。
修はまず地形と敵の侵入経路を確認した。敵が侵入できる場所は三か所あり、すべてを均等に守ろうとすれば味方の戦力が分散する。そこで中央に二名、左右に一名ずつ配置し、敵の出現に合わせて援護する方針を立てた。
作戦自体は悪くなかった。
問題が起きたのは、それを伝える時だった。
「中央の二人は現在位置を維持してください。ただし、右側に敵が三人以上出たら一人を援護に回して、その場合は左側から敵が来ても――」
『右側に敵反応!』
「……あ、はい。右側は敵の数を確認してから――」
『中央にも敵二名!』
「……えっと、中央はそのままで、右側の隊員は後退を……」
宇佐美が通信を操作している間にも、新しい報告が届く。修はその都度状況を考え直すが、考えたことをすべて説明しようとしてしまい、肝心の指示がなかなか伝わらなかった。
『右側、敵が接近しています!』
「……っ!」
修は慌ててマップを確認した。
「宇佐美先輩、右側の味方の損傷状況は?」
「まだ損傷はないよ。でも敵がかなり近づいてるね」
「なら、いったん後退を――」
その時には、右側の隊員が敵と交戦を始めていた。
修は急いで援護を送ろうとしたが、中央にも敵が迫っている。そちらの対応を考えている間に、今度は左側の隊員から索敵報告が届いた。
情報の内容は理解できる。戦術的にどう動かすべきかも、ある程度は判断できる。しかし、その判断を言葉にして伝える頃には、もう次の判断が必要になっている。
修は次第に後手へ回り、最終的に防衛地点への侵入を許してしまった。
【訓練終了/任務失敗】
「……すみません」
修は悔しそうに俯いた。
「考えているうちに、指示が遅くなってしまいました」
「うん。でも、最初に考えた作戦は悪くなかったよ」
宇佐美は責める様子もなく笑った。
「修くん、考えたことを全部説明しようとしてたでしょ?」
「……はい」
「でもね、戦闘員も自分で判断できるから、全部言わなくていいんだよ」
修は顔を上げた。
「……全部、言わなくていい?」
「うん。例えばさっきの状況なら、『中央は維持、右側は無理せず後退』って伝えるだけでも十分だったと思う」
「……ああ」
宇佐美が続ける。
「細かい条件を全部説明してる間に、新しい情報がどんどん入ってくるでしょ? だから必要なところだけ短く伝えて、あとは戦闘員に任せるんだよ」
修は少し考え込んだ。
確かに、自分が戦闘員として戦っている時、宇佐美から長々と説明されることはほとんどない。必要な情報を必要な時に伝えてもらい、その情報をどう使うかは自分で考えている。
それなのに、立場が逆になった途端、自分が考えたことをすべて指示しなければならないと思い込んでいた。
「……もう一度、やってもいいですか?」
「もちろん!」
宇佐美が嬉しそうに頷き、訓練を最初からやり直した。
二度目の修は、指示を短くすることを意識した。敵の位置を確認し、味方の損傷状況を尋ね、その時点で必要なことだけを伝える。説明しきれなかった部分は、戦闘員が自分で判断することを信じた。
途中、中央の防衛線が押し込まれる場面もあったが、修は後退位置を短く指定し、左右の隊員へ援護を求めた。完璧とは言えなかったものの、最後まで防衛地点を維持することに成功した。
【訓練終了/任務成功】
「……あ」
修が目を見開いた。
「成功した……」
「おめでとう、修くん!」
宇佐美が笑う。
「後半、かなり良くなってたよ!」
「ありがとうございます」
修は少しだけ照れくさそうに笑った。
「……オサム」
隣からヒュースが口を開いた。
「最初のお前は、自分が考えた作戦を全部説明しようとしていた。だが二度目は、戦闘員が判断できる部分を任せていたな」
「……うん。そうだね」
「その方が、実戦では合理的だ」
ヒュースの指摘に、修は素直に頷いた。
奏真も満足そうに笑う。
「うんうん。いい感じだねー」
◯
続いて席に着いたヒュースは、最初から落ち着いていた。
与えられた任務は敵部隊の捕捉。市街地に潜む敵を発見し、指定された区域から逃がさないことが目的だった。
「栞。味方の初期位置と、敵が移動できる経路を見せてくれ」
「はーい」
宇佐美が画面を切り替える。
ヒュースは一度マップを確認しただけで、味方の配置を決めた。
「二名を索敵に回す。残り二名は合流可能な位置を維持。敵を発見しても、単独では交戦するな」
「了解!」
通信が送られ、訓練が始まった。
ヒュースの判断は速かった。敵の行動を予測し、味方の移動経路を調整する。報告された情報から敵の進行方向を推測し、必要に応じて配置を変更する判断も的確だった。
修はその様子を見て感心していた。
「……すごい。ほとんど迷ってない」
「まあ、ヒュースはこういうの得意そうだよねー」
奏真も頷く。
しかし、訓練が進むにつれて、状況は少しずつ変わっていった。
『第一班、敵と接触。独自判断で西側へ後退』
「……何?」
ヒュースが顔を上げる。
「西側へ?」
「うん。敵を避けようとして移動したみたいだよ」
宇佐美が画面を切り替える。
ヒュースは眉を寄せた。
「西側は第二班の進路と重なる。第二班の移動を中止させろ」
「了解!」
だが、指示を送信した直後、別の報告が届いた。
『第二班、敵と接触。交戦開始』
「……っ!」
ヒュースが画面を見直す。
「第二班には交戦を避けるよう指示していたはずだ」
「そうだね。でも、敵が接近してきたから、反撃したみたい」
宇佐美は状況を説明した。
仮想戦闘員達は指示に従うだけの駒ではない。自分が危険だと判断すれば、退避も反撃もする。その行動が合理的であっても、オペレーターが予測した動きと一致するとは限らなかった。
ヒュースが第二班の対応を考えている間に、第一班との通信が一時的に不安定になる。
『第一班、通信障害発生』
「……なるほど」
ヒュースは小さく呟いた。
第一班の現在位置が不明になり、第二班は予定外の交戦に入っている。しかも、この二班は互いの状況を十分に把握していない。
そこで奏真が口を開いた。
「ヒュース、今、何が一番必要?」
「第二班の現在位置と敵の配置だ」
「それが分からなかったら?」
ヒュースは数秒考えた。
「……位置を指定するのは危険だな」
「うん」
「まず第二班には、敵の撃破を優先せず、可能なら交戦から離脱するよう伝える。第一班は第二班との合流を急がず、通信が回復するまで事前の退避方針に従わせる」
「いいねー」
宇佐美が通信を送る。
第二班はしばらく交戦した後、無事に離脱した。第一班も通信が回復し、再び部隊として行動できるようになったものの、敵の捕捉は制限時間内に完了しなかった。
【訓練終了/任務未達成】
「……面倒だな」
ヒュースは画面を見ながら呟いた。
「戦闘員の行動を予測することと、実際の行動を把握することは違う。しかも、情報がない状態でも判断を求められる」
「そうなんだよねー」
奏真は頷いた。
「相手も味方も動くからね。戦闘員が今どういう状況なのか、常に確認し続ける必要があるんだよ」
ヒュースは少しだけ目を細めた。
「……以前の五部隊迎撃でも、貴様はそれをやっていたのか」
「ああ、あれねー」
奏真が頷く。
「もちろん。みんなが俺の考えたとおりに動くわけじゃないから、その都度調整してたよ」
「……十七人分を?」
「うん」
ヒュースは一度黙った。
あの迎撃に参加していた彼は、奏真がどれほど細かく指示を出していたかを知っている。しかし、当時の自分はあくまで指示を受ける側だった。自分の位置や周囲の状況を伝えれば、必要な指示が返ってくる。それが当然のように感じられていた。
だが今は違う。
たった四人の位置を把握するだけでも、予定外の行動が重なれば判断が難しくなる。その現実を自分で体験した後では、十七人に対して秒単位で指示を出していた奏真の仕事が、以前とは違って見えた。
「……なるほど」
ヒュースが小さく頷く。
「今なら、あの時の指示の意味が少し分かる」
奏真は楽しそうに笑った。
「それなら、やってもらった甲斐があったねー」
◯
「……なるほど。こういう訓練でしたか」
訓練室の入口から、落ち着いた声が聞こえた。
振り向くと、風間蒼也が立っていた。その後ろには三上歌歩もいる。
「あ、風間!」
奏真が顔を上げる。
「お疲れー!」
「お疲れ様です、奏真さん」
風間は軽く頭を下げ、並んだ端末へ視線を向けた。
「戦闘員にオペレーターの判断を体験させていると聞きました。三上がこちらに来る予定だったので、自分も少し見学させてもらおうかと」
「もちろん。ちょうどみんな一通り終わったところだよ」
奏真は笑った。
「風間もやってみる?」
「……いえ」
風間は静かに首を振った。
「自分は三上を信頼していますので、わざわざオペレーターの仕事を体験する必要はないと思います」
「……んー」
奏真は少し考えた。
「でもさ、風間」
「はい」
「信じてるからこそ、やった方がいいよ」
風間が目を細めた。
「……と言いますと?」
「風間が三上を信頼してることは知ってるよ。三上が優秀なのも、風間が一番よく分かってると思う」
「……はい」
「でも、三上が普段どんな情報を見て、何を優先して、どのタイミングで風間達に伝えてるのか。それを実際に体験してみたら、今までとは違うものが見えるんじゃないかな」
奏真は笑った。
「別に三上の仕事を疑う必要はないんだよ。むしろ、信頼してる相手の仕事をよく知るための訓練だからさ」
風間はしばらく考えた。
そして、隣の三上へ顔を向ける。
「……三上」
「はい」
「付き合ってもらえるか?」
三上は柔らかく微笑んだ。
「もちろんです、風間さん」
「では、お願いします」
風間は奏真へ向き直った。
「自分も参加させてください」
「おお! いいねー!」
奏真が嬉しそうに笑った。
風間が担当する課題は、敵の警戒網を突破して指定地点へ到達する潜入任務だった。四名の仮想戦闘員を二班に分け、敵に発見されないように移動させる必要がある。
風間は初期配置を確認し、すぐに方針を決めた。
「三上。敵の警戒範囲を表示してくれ」
「はい。現在確認できている範囲はこちらです」
「了解。第一班は南側から移動。第二班は東側の敵を監視。不要な交戦は避ける」
三上が指示を送る。
訓練開始後、風間の判断は非常に安定していた。敵の警戒範囲を見極め、味方を適切な位置へ移動させる。指示は短く、必要な情報の確認も的確で、他の戦闘員達も感心していた。
「やっぱ風間さん、上手いっすね」
出水が呟く。
「そうだねー。こういう部隊の動かし方は慣れてるもんね」
奏真も頷いた。
しかし、順調だったのは序盤までだった。
『第一班、敵と接触』
「第一班は交戦を避けて後退」
三上が通信を送った直後、第二班から報告が届いた。
『第二班、進路上に敵反応』
「第二班は待機。敵の数を確認」
さらに、第一班との通信が不安定になる。
『第一班、通信障害発生』
風間は素早く画面を確認したが、その間にも指定地点付近に敵の増援が出現した。
第一班の通信、第二班の進路、指定地点の増援。三つの問題が、それぞれ違う場所で同時に発生していた。
「……なるほど」
風間は小さく呟いた。
彼自身、戦場で同時に複数の問題へ対処した経験は少なくない。だが今は、自分がその場で直接確認することができない。報告を待ち、表示された情報を確認し、それをもとに別の場所にいる隊員の行動を判断するしかなかった。
「三上、第一班の最後の確認位置を」
「こちらです」
「第二班の敵は?」
「まだ数が確定していません」
「……了解」
風間は少し考えた後、指示を下した。
「第一班は事前の退避条件に従うよう伝えてくれ。第二班は現在位置を維持。指定地点の敵増援は、位置の確認を優先する」
「了解しました」
指示は的確だった。しかし、その指示を考えている間にも状況は進んでいた。第一班の通信が回復した頃には、第二班の進路にも新しい敵が現れ、指定地点への到達は困難になっていた。
風間は最後まで状況を立て直そうとしたものの、制限時間内に任務を達成することはできなかった。
【訓練終了/任務失敗】
「……なるほど」
風間は静かに息を吐いた。
「難しいですね」
「どうだった?」
奏真が尋ねる。
「個々の状況に対する判断は、そこまで難しくありませんでした。ただ、複数の場所で問題が発生した時に、どれを優先すべきか決めるまでの時間が思ったより長くなりました」
「うんうん」
「しかも、判断を下した時点で状況が変わっていることもある。三上が普段行っている仕事の一端は理解できた気がします」
風間は隣へ顔を向けた。
「三上」
「はい」
「普段から、こうした判断をしてくれているんだな」
「……はい」
三上は少しだけ照れたように笑った。
「もちろん、風間さん達が状況を報告してくださるからできることですけど」
「……そうか」
風間は静かに頷いた。
「ありがとう。改めて、頼りにしている」
「はい!」
三上が嬉しそうに笑った。
その様子を眺めていた奏真も、満足そうに頷いた。
「……うんうん。いいねー」
「……おい、風間」
その時、諏訪がにやりと笑った。
「お前も結構苦戦してたな」
「そうだな」
風間はあっさり認めた。
「少なくとも、簡単な仕事ではなかった」
「だろ?」
「ただ、諏訪ほど大声で騒がずには済んだが」
「……おい」
諏訪が顔をしかめる。
「それ、今言う必要あったか?」
「事実だろう」
出水が吹き出した。
「ははっ! そういや諏訪さん、一人ずつ喋れって叫んでましたもんね!」
「お前ら、いつまでそれ言うんだ!」
訓練室に笑い声が広がった。
◯
一通りの訓練が終わった頃には、戦闘員達の表情も最初とは随分違っていた。
太刀川は正面の戦闘に集中するあまり、後方の狙撃手への警戒が遅れた。出水は情報を整理しながら部隊を動かせたものの、古い位置情報を現在のものとして扱ってしまった。修は考えたことをすべて説明しようとして指示が遅れ、ヒュースは味方が想定外の行動を取った時に、その判断をどう扱うべきか悩んだ。
そして風間は、複数の緊急事態が同時に発生した時の優先順位に苦労した。
それぞれ失敗の理由は異なるが、共通していることが一つあった。
戦闘員として、どう戦うべきかは分かる。
だが、複数の戦闘員が動き続ける中で、誰が今どんな情報を必要としているのかを判断し、その情報を必要な時に届けることは、まったく別の技術だった。
「……いやー、参りましたわ」
諏訪が椅子の背もたれに体重を預ける。
「俺ら、普段はオペレーターに助けられてんの分かってるつもりだったんすけどね」
「そうっすね」
出水も苦笑した。
「実際にこっち側に座ると、全然違いましたね」
「俺は面白かったけどな!」
太刀川が笑う。
「ただ、国近が普段やってることは結構大変なんだなって分かった」
「ようやく分かったー?」
国近が笑う。
「分かったって!」
そのやり取りを聞いていた修が、ふと奏真へ顔を向けた。
「……城戸さん」
「ん?」
「今日の訓練、戦闘員がオペレーターの仕事を理解するためだけじゃなくて、普段の戦闘にも役立ちますよね?」
「おお。どうしてそう思った?」
「僕達がオペレーターにどんな情報を伝えればいいか、今までより考えられるようになると思うんです」
修は真剣な顔で続けた。
「オペレーターは僕達の見えているものを全部見ているわけじゃないですし、逆に僕達もオペレーターが把握している情報を全部知っているわけではありません。だから、必要なことを簡潔に報告するのも大事なんだなって」
「そうそう!」
奏真が嬉しそうに頷く。
「オペレーターと戦闘員の仕事って、別々だけどつながってるからね。お互いの仕事をよく知ってる方が、連携も取りやすくなると思うんだよ」
ヒュースも頷いた。
「戦闘員が正確に報告しなければ、オペレーターの判断も誤る可能性がある。逆に、必要な情報が適切に届けば、戦闘員はより早く判断できる」
「そういうこと!」
奏真は楽しそうに笑った。
すると出水が、何かを思いついたように顔を上げた。
「……あ、そうだ」
「ん?」
「奏真さん、お手本見せて下さいよ」
「……俺の?」
「そうっす。俺らばっか失敗してるのも何ですし、奏真さんならどうするのか見たいんすよね」
「おお! いいな!」
太刀川が勢いよく反応した。
「俺も見たい!」
「……えー?」
奏真は少し考えた。
「まあ、別にいいけど」
「よっしゃ!」
太刀川が笑った。
「じゃあ、一番難しい奴にしよ!」
「……おい、太刀川」
諏訪が呆れた顔をする。
「お前、人がやると思って適当なこと言ってんだろ」
「いや、奏真さんならできるだろ?」
「そういう問題じゃねえだろ」
しかし、奏真は楽しそうに笑った。
「あはは! いいよー」
「……え?」
諏訪が顔を上げる。
「本当にいいんすか?」
「うん。ただし」
奏真は国近へ顔を向けた。
「端末操作は国近に頼んで良い?」
「……え、私?」
「うん。俺も判断と指示に集中したいからさ」
「いいよー」
国近があっさり頷く。
「操作は任せて!」
「ありがと!」
奏真は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、一番難しいやつにしようか」
宇佐美が課題一覧を開くと、最高難度の設定が表示された。
【最高難度/多部隊同時統括】
【参加部隊:三部隊・計九名】
【第一部隊:輸送隊護衛任務】
【第二部隊:指定区域防衛任務】
【第三部隊:孤立部隊救出任務】
【各部隊の活動地域は独立】
【通信遅延あり】
【マップの自動更新なし】
「…………」
奏真が画面を見た。
「……え?」
そして、ゆっくりと読み上げる。
「三部隊で……通信遅延に……マップ更新なし?」
「はい」
宇佐美が頷く。
「しかも三部隊とも別々の場所で、違う任務を担当する設定ですね」
「……へえ」
奏真は数秒間、画面を眺めた。
そして、にっこりと笑った。
「……燃えるねー」
「燃えるんすか!?」
諏訪が思わず叫んだ。
「いやいや! 普通そこ、嫌がるところじゃないんすか!?」
「えー? だって面白そうじゃん!」
「……マジかよ」
出水が笑い始める。
「ははっ! やっぱ奏真さん、こういうの好きなんすね!」
ヒュースは腕を組んだまま画面を見ていた。
「……待て」
「ん?」
「マップの更新がないということは、味方の現在位置も正確には分からないのか?」
「そうなるねー」
「さらに通信が遅延する」
「うん」
「……では、細かい指示を出すのは危険だろう」
「そうだね」
「……どうするつもりだ?」
奏真はにっこりと笑った。
「そこを考えるのが面白いんじゃん」
「…………」
ヒュースは少しだけ黙った。
そして、小さく頷いた。
「……なるほど」
諏訪は天井を見上げ、深いため息をついた。
「……この人、やっぱおかしいわ」
◯
「……国近」
「はーい」
「まず三部隊の編成と任務内容を、別々に見せてくれる?」
「了解ー」
国近が操作すると、最初に輸送隊護衛任務のマップが表示された。
山間部の道路を進む輸送車両を三名の戦闘員で護衛し、指定された地点まで到達させる。敵の初期配置は一部しか分からず、輸送路には迂回できる場所も限られていた。
続いて表示されたのは、市街地の防衛任務である。三名の戦闘員で指定区域を守り、敵の侵入を制限時間まで防ぐ必要がある。
最後は森林地帯での救出任務だった。三名の戦闘員が敵の警戒網を突破し、孤立した味方と合流した上で、安全な地点まで撤退させるという内容になっている。
三つの任務は互いに関連しておらず、部隊同士が直接援護することもできない。
「……なるほどねー」
奏真はそれぞれのマップを確認すると、少し考えてから国近へ質問した。
「通信の遅延時間はどれくらい?」
「五秒前後だよ。状況によってはもう少し延びるみたい」
「じゃあ、こっちが指示を出して、返事が届くまで十秒以上かかることもあるわけだ」
「そうだねー」
「……了解」
奏真は頷いた。
「じゃあ、先に各部隊へ行動条件を伝えておこうかな」
「……先に?」
修が首を傾げた。
「うん。通信が遅れてるなら、始まってから細かい指示を出しても間に合わないかもしれないでしょ?」
「……ああ」
「だから、始まる前にある程度決めておくんだよ」
ヒュースが目を細めた。
「事前に行動条件を指定するのか」
「そうそう!」
奏真は嬉しそうに頷いた。
第一部隊には、輸送車両の安全確保を最優先するよう伝えた。敵を発見しても無理に撃破する必要はなく、危険が大きい場合は退避可能な場所で車両を停止させ、迂回路の安全が確認できるまで進まないこと。
第二部隊には、敵の撃破数よりも指定区域の維持を優先するよう指示した。敵の増援があっても防衛線を無闇に広げず、守り切れないと判断した場合は事前に決めた位置まで後退して、そこから守り直す。
第三部隊には、救出対象との合流を最優先しつつ、無理な突破を避けるよう伝えた。予定した撤退経路が使用できない場合は別の経路を使い、通信が途絶えても救出対象の安全を優先して行動すること。
それぞれの部隊には、通信障害や想定外の敵との接触が発生した際の判断基準も伝えていった。
その様子を見ていた風間が、静かに口を開いた。
「……奏真さん。通信が遅延していることを前提に、部隊ごとの裁量を広くしているわけですね」
「そうそう。今回の条件だと、始まってから全部指示するのは無理だからねー」
「なるほど」
奏真は国近へ顔を向けた。
「それから、報告が届いたら受信した時刻だけじゃなくて、発信した時刻も教えてね。味方の位置は最後に確認された場所として記録して、現在位置と混同しないようにしてほしい」
「了解ー!」
「ありがと。じゃあ、始めようか!」
国近が端末を操作する。
【訓練開始】
三つの戦場で、同時に任務が始まった。
◯
第一部隊は輸送車両を護衛しながら山間部の道路を進み、第二部隊は市街地の施設で敵の接近を警戒する。第三部隊は森林地帯を移動し、孤立した味方の救出地点へ向かっていた。
三つの戦場を同時に表示することはできるが、マップ上の位置情報は自動更新されない。実際の隊員達がどこにいるかは、遅れて届く通信の内容をもとに判断するしかなかった。
『第一部隊、輸送車両進行中』
「第一部隊、六秒前の報告だよー」
「了解」
『第二部隊、敵影確認。交戦準備』
「第二部隊、五秒前」
「了解。予定どおりで」
『第三部隊、救出地点へ接近』
「第三部隊、七秒前」
「了解。敵がいなければ、そのまま進んでね」
国近の手が忙しく動き、画面が次々と切り替わる。奏真は必要な情報を確認するたびに短く返答し、予定どおりに進んでいるものについては無理に追加の指示を出さなかった。
「……普通にやってるな」
太刀川が感心したように呟く。
「いや、太刀川さん」
出水が苦笑した。
「これ、普通じゃないっすよ」
「何で?」
「三つの違う戦場を見てるんすよ。しかも全部、任務が違うじゃないっすか」
「……ああ、そうだった」
そのやり取りを聞きながら、諏訪は画面を凝視していた。先ほど自分が四人を担当しただけでも、どこへ指示を出すか迷っていた。それなのに奏真は、九人の状況を確認しながら、ほとんど迷う様子を見せていない。
ただし、その余裕はすべてを予測しているからではなかった。
『第一部隊、輸送路に障害物を確認。車両停止』
「……あ」
奏真が顔を上げる。
「それは予想してなかったなー」
「……え?」
諏訪が目を瞬いた。
「予想外なんすか?」
「うん。輸送路が塞がれる可能性は考えてたけど、この場所とは思わなかった」
奏真は落ち着いて国近へ指示した。
「第一部隊の周辺地形をお願い」
「はーい」
表示された地形には、細い迂回路が二つあった。
「……なるほど。第一部隊は、輸送車両をその場で防衛。迂回路の安全が確認できるまでは動かさないで」
「了解!」
国近が送信する。
しかし、その直後だった。
『第二部隊、南側にも敵反応!』
「……おっと」
奏真はすぐに別の画面を確認する。
「第二部隊、六秒前!」
「了解。北側の敵は囮の可能性もあるね。部隊を分散させすぎないようにして」
さらに第三部隊から報告が入った。
『第三部隊、救出対象と合流。撤退開始』
「第三部隊、八秒前!」
「了解。予定の撤退経路を使用。ただし、敵反応があれば無理に突破しないで」
奏真は三つの状況を順番に確認しながら、必要なところへだけ新しい指示を加えていった。
それを見ていた風間が質問した。
「奏真さん、今はどの部隊を優先しているのですか?」
「んー、第一部隊かな」
「理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「もちろん!」
奏真は第一部隊のマップを指さした。
「輸送車両が止まっちゃってるでしょ。動けない状態で敵が近づいてきたら、護衛対象そのものが危険になるからね」
「……なるほど」
「第二部隊はまだ防衛を続けられてるし、第三部隊も撤退を始めてる。だから今、新しい判断が一番必要なのは第一部隊かなって」
風間が頷いた。
「任務の重要度というより、今必要な判断の緊急度で優先順位を決めているわけですね」
「そうそう!」
奏真は嬉しそうに笑った。
その直後。
『第三部隊、撤退経路に敵部隊を確認!』
「第三部隊、八秒前!」
国近が報告する。
奏真はすぐに顔を上げた。
「第三部隊、予定していた第二撤退経路へ変更。救出対象の安全を最優先」
「了解!」
出水が思わず笑った。
「……今、優先順位変わりましたね」
「うん。第三部隊の方が危険になったからねー」
奏真は何でもないことのように答えた。
その後も、三つの戦場で状況が変化し続けた。
第一部隊は迂回路の安全を確認して輸送車両の移動を再開し、第二部隊は南北からの攻撃を受けながら防衛線を維持する。第三部隊は救出対象を伴って第二撤退経路へ進んだ。
しかし、訓練開始から十分ほどが経過した頃、三つの任務すべてで問題が重なった。
『第一部隊、敵の追撃確認!』
『第二部隊、敵増援出現!』
『第三部隊、通信不安定!』
「……おお」
太刀川が声を上げた。
「一気に来たな!」
「……いや」
諏訪が眉を寄せる。
「これ、俺が最初にやらかした時と似てんな」
出水も頷いた。
「どれから対応するか迷うやつっすね」
だが、奏真は慌てなかった。
「国近、第一部隊は輸送車両の移動を優先。追撃してくる敵を無理に倒さなくていい」
「了解!」
「第二部隊は増援に対応するために防衛線を広げないで。指定区域の維持を優先」
「了解!」
「第三部隊は、通信が回復しなくても事前の撤退経路を使っていいよ。救出対象の安全が最優先で」
「了解ー!」
国近が次々と通信を送る。
その後、奏真はしばらく新しい指示を出さなかった。
「……あれ?」
修が顔を上げる。
「城戸さん、追加の指示はしないんですか?」
「今のところ必要ないかな」
「……え?」
「だって、みんな自分で動けるからね」
修は少し考えた。
奏真は続ける。
「ここで細かく指示しても、通信が届くまで時間がかかるでしょ。だから必要なことだけ伝えて、あとは任せる」
「……なるほど」
「ただし、何か変わったらまた指示するよ。任せることと、放っておくことは違うからね」
ヒュースが小さく頷いた。
「……戦闘員を信頼しているわけか」
「うん。それに、最初に何を優先するか決めておいたからね」
奏真は笑った。
「通信が遅れてる時に、オペレーターが全部決めようとしたら逆に危ないんだよ」
その言葉が終わった直後、第一部隊から報告が届いた。
『第一部隊、輸送任務完了』
「……おお!」
太刀川が声を上げた。
続いて、第二部隊。
『第二部隊、防衛任務完了』
そして、第三部隊。
『第三部隊、救出対象の撤退完了』
国近が顔を上げた。
「……奏真さん!」
「ん?」
「全部終わったよー!」
【訓練終了】
【第一部隊:任務成功】
【第二部隊:任務成功】
【第三部隊:任務成功】
【総合評価:全任務達成】
訓練室が静まり返った。
数秒後、諏訪がゆっくりと口を開いた。
「……全部、成功?」
「うん!」
奏真が嬉しそうに笑う。
「よかったねー」
「……いやいや」
諏訪は頭を掻いた。
「三部隊ですよね?」
「そうだよ」
「全部違う場所で、全部違う任務ですよね?」
「うん」
「通信遅延あり、マップ更新なしですよね?」
「そうそう!」
諏訪は天井を見上げた。
「……何なんすか、あんた!!」
「ええっ!? 何で怒るの!?」
「怒ってるんじゃねえっすよ! もう何て言ったらいいか分かんねえんすよ!」
出水が笑い始めた。
「ははっ! いやー、すげえな!」
太刀川も楽しそうに頷く。
「やっぱ奏真さんすげえじゃん!」
修はまだモニターを見つめていた。
「……でも、城戸さん」
「ん?」
「今回、ほとんど細かい指示を出してませんでしたよね?」
「そうだねー」
「……どうしてですか?」
奏真は少し考えた。
「細かい指示ができない条件だったから、かな」
「……できない条件?」
「うん。通信が遅れてて、味方の位置も正確には分からない。そんな状態で細かく指示すると、間違った場所へ動かしちゃう可能性があるでしょ?」
「……はい」
「だから、最初に目的と行動条件を伝えておいたんだよ。始まってからは、予定と違うことが起きた時だけ指示を出す」
修は納得したように頷いた。
「……なるほど」
風間も静かに口を開いた。
「通信が正常な場合と同じやり方をしなかったわけですね」
「そういうこと!」
奏真は嬉しそうに頷いた。
「条件が変われば、やり方も変えないとねー」
ヒュースが腕を組む。
「……だが、それでも三部隊の状況を同時に把握する必要はあった」
「うん」
「しかも、それぞれ違う任務だ。必要な情報も、判断基準も違う」
「そうだね」
「……それを混同せずに判断していたわけか」
奏真は少し考えた後、隣の国近を見た。
「まあ、国近が情報を整理してくれたからねー」
「……あ!」
国近が顔を上げる。
「そうそう! 私も頑張ったよー!」
「あはは! すっごい助かった! 欲しい情報をすぐ表示してくれたし、通信も全部任せられたからね!」
「えへへ!」
国近が嬉しそうに笑う。
その様子を見ていた修は、もう一度モニターを見た。
奏真が行ったのは、何でもかんでも自分で判断することではなかった。各部隊が自分で判断できるように準備し、必要な情報だけを確認し、状況が変わった時にだけ新しい指示を出していた。
そして、端末操作や情報の整理は国近に任せていた。
「……あの、城戸さん」
「ん?」
「今回の訓練で、一番大事だったことって何ですか?」
「……一番?」
奏真は少し考えた。
そして、笑った。
「……んー。自分が全部やろうとしないこと、かな」
「……全部やろうとしない?」
「うん。必要な情報はちゃんと伝えないといけないし、危険な時は判断もしないといけない。でもさ」
奏真はモニターを指さした。
「戦ってるのは戦闘員なんだよね」
「……はい」
「だから、戦闘員が自分で判断できるところまで、こっちが全部決める必要はないんだよ。逆に、戦闘員が分からない情報はオペレーターが補う。その境目を考えるのが大事かなーって」
風間が静かに頷いた。
「……信頼して任せる、ということですね」
「うん。そういうこと!」
その言葉を聞いて、風間は三上へ視線を向けた。三上も、小さく微笑んでいる。
諏訪も隣の小佐野を見た。
「……おサノ」
「んー?」
「……普段、ありがとな」
「……え?」
小佐野が目を瞬いた。
そして、嬉しそうに笑った。
「えへへ。どういたしましてー!」
奏真も満足そうに頷いた。
しかし、その時。
「……あ、でも!」
出水が急に顔を上げた。
「ん?」
「奏真さん、今の最高難度だったんすよね?」
「そうだよー」
「……で、成功したわけじゃないっすか」
「うん」
出水がにやりと笑った。
「じゃあ、もっと難しいのもいけるんじゃないっすか?」
「…………」
諏訪が固まった。
「……おい、出水」
「何すか?」
「余計なこと言うな」
「いや、だって気になるじゃないっすか!」
その横で太刀川が勢いよく頷いた。
「おお! いいな! 今度はもっと増やそうぜ!」
「増やすな!!」
諏訪が叫んだ。
しかし、奏真は腕を組んで考え始めた。
「……んー?」
そして、にっこりと笑った。
「……面白そうだねー」
「あんたも乗るな!!」
諏訪のツッコミが訓練室に響く。
国近はそんな三人を眺めながら、笑っていた。
「……いやー、でもさ」
「ん?」
奏真が顔を向ける。
「何?」
「今度は私以外のオペレーターさんにもお願いしてね?」
「……え?」
国近はにっこりと笑った。
「私も結構疲れたからー」
「…………」
奏真が固まった。
そして、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「……あはは! そうだね! ごめんごめん!」
「ふふっ。いいよー」
すると、太刀川が不思議そうに尋ねた。
「……何だ。国近も疲れるのか?」
「疲れるよ!!」
国近が思わず声を上げた。
「太刀川さん! 今日の訓練で何見てたの!?」
「……いや、見てたけど」
「じゃあ分かってよー!」
奏真が腹を抱えて笑い始めた。
「あははは! 太刀川、今日の訓練の意味!」
「……おお!」
太刀川が手を打った。
「そうだった!」
「忘れるの早すぎ!!」
訓練室は、今日一番の笑い声に包まれた。
◯
「……じゃあ、俺はちょっと開発部に顔出してくるねー」
「お疲れ様です、奏真さん」
「お疲れー!」
奏真は国近に手を振ると、訓練室を後にした。
扉が閉まる。
室内に残った戦闘員達は、しばらくモニターを眺めていた。
「……いやー」
諏訪が椅子の背もたれに体重を預ける。
「とんでもねえもん見ましたね」
「そうっすね」
出水も苦笑した。
「正直、途中から何やってるか分かんなかったっすよ」
「俺は面白かったけどな!」
太刀川が笑う。
しかし、ふと国近の方を見た。
「……なあ、国近」
「んー?」
「やっぱり、あの五部隊統括ってヤバいのか?」
「…………」
国近が目を瞬いた。
そして、あっさりと答えた。
「ヤバいっていうか、できないよ」
「……え?」
「普通は無理だって」
あまりにも軽い返事だった。
太刀川が首を傾げる。
「でも、さっき奏真さんは三部隊やってただろ?」
「やってたねー」
「だったら、もう二部隊くらい増やせば――」
「太刀川さん、簡単に言わないでよー!」
国近が珍しく声を上げた。
「二部隊増やすって、数字だけ増えるわけじゃないんだから!」
「……そうなのか?」
「そうだよ!」
国近はモニターを指さした。
「例えば一部隊だけなら、その部隊の状況をずっと追っていればいいでしょ? でも二部隊になると、片方の状況を確認してる間に、もう片方でも戦況が変わるんだよ」
「……ああ」
「それが三部隊、四部隊になったら?」
太刀川は少し考えた。
「……忙しくなる?」
「忙しいどころじゃないよー」
国近は苦笑した。
「私でも、二部隊を精度落とさずに見るのが限界かなぁ」
「…………」
太刀川が固まった。
「……お前でも?」
「うん」
国近はあっさり頷いた。
「もちろん条件にもよるけどね。二部隊が別々の場所で同時に戦闘して、両方にちゃんと対応するってなると、それだけで相当きついよ」
宇佐美も頷いた。
「そうだねー。複数の部隊を担当する場合、単純に情報量が増えるだけじゃないから」
「……どういうことでしょうか?」
修が尋ねる。
「例えば修くん」
「はい」
「玉狛第二を担当してる時、私は修くん達の動き方をある程度予測できるでしょ?」
「……はい」
「でも、そこにまったく違う戦い方をする部隊が加わったら、その部隊のことも考えないといけない。さらに三部隊目が加わったら、その三部隊が同時に何をしているか、全部把握しておく必要があるんだよね」
「……なるほど」
出水が腕を組んだ。
「しかも、情報が届くたびに判断し直す必要があるわけっすか」
「そうそう」
宇佐美が頷いた。
「だから、二部隊を同時に担当するのと、一部隊を二回担当するのは全然違うんだよ」
修が納得したように頷いた。
そこで、国近がもう一度モニターを指さした。
「ていうかさ」
「ん?」
太刀川が顔を上げる。
「奏真さん、さっきの訓練でも三部隊全部、違う場所で違う任務を担当してたからね?」
「…………」
諏訪が顔を上げた。
「……違う任務?」
「そうだよー」
国近は記録を表示した。
「第一部隊は輸送隊の護衛。第二部隊は指定区域の防衛。第三部隊は孤立した味方の救出」
画面には、三つの異なる戦場が並んでいた。
「しかも、場所が違うから部隊同士で直接助け合えないんだよね」
「……ああ」
出水が目を細めた。
「つまり、三つの戦闘を別々に考えなきゃいけないわけっすね」
「そう!」
国近が頷く。
「それで通信遅延あり、マップ更新なし。状況も全部違う」
宇佐美が続けた。
「第一部隊では敵を倒すより護衛対象を守ることが優先。第二部隊は指定区域を維持することが目的。第三部隊は救出対象と合流して撤退することが目的だったんだよね」
「……なるほど」
ヒュースが頷いた。
「任務が違えば、優先する情報も判断基準も変わる」
「そういうこと!」
国近が笑った。
「だから、例えば第一部隊なら、敵を撃破できなくても護衛対象が無事なら成功。第二部隊は味方の損害を抑えつつ、指定区域を維持できればいい。第三部隊は、救出対象を連れて帰らないといけない」
国近は三つの画面を指さした。
「その全部を同時に判断して、全部成功させてるんだよ?」
「…………」
訓練室が静かになった。
諏訪がゆっくりと口を開く。
「……あの」
「ん?」
「それ、普通におかしくないっすか?」
「だからそう言ってるじゃん!」
国近が笑った。
「……いや、俺らはさっき見てたから」
諏訪は頭を掻いた。
「何か、出来るもんなのかと思ってましたわ」
「出来るもんなら、私達もやってるよー」
国近は肩をすくめた。
太刀川が首を傾げる。
「……でも国近、お前は端末操作できてただろ?」
「私は操作に集中してたからね」
「……ああ?」
「奏真さんが何を知りたいか、どの部隊に通信するかを決めてくれてたでしょ? 私はその要求に合わせて表示や通信を担当してたの」
「……なるほど」
「もちろん操作も大変だったけど、三部隊の状況を見比べて、何を優先するか決めてたのは奏真さんだよ」
国近は笑った。
「私が判断まで全部やろうとしたら、途中で絶対追いつかなくなってたと思う」
「……マジか」
太刀川が小さく呟いた。
出水が苦笑する。
「……いや、改めて聞くととんでもないっすね」
すると、ヒュースが口を開いた。
「だが、さっきの訓練では、奏真は細かい指示を出していなかった」
「うん」
宇佐美が頷いた。
「そこも重要なんだよね」
「……どういうことですか?」
修が尋ねた。
「奏真さん、通信が遅れるって分かった時点で、部隊ごとに判断を任せる部分を増やしたでしょ?」
「……はい」
「あれって、単に手を抜いていたわけじゃないんだよ。自分が細かく指示すると、通信が届く頃には状況が変わっている可能性がある。だから最初に行動条件を決めて、各部隊に判断を任せてたの」
「……なるほど」
風間が静かに頷いた。
「つまり、通常の五部隊統括とは、指示の出し方そのものが違っていたわけですね」
「そうですね」
宇佐美が頷いた。
「それでいて、各部隊が危険な状況になった時は、その都度必要な判断をしていた」
「……ああ」
風間は少し考えた。
「指示を減らすことと、管理する情報量が減ることは同じではない、ということですね」
「そういうことです!」
国近が嬉しそうに頷いた。
「むしろ、指示を減らした分、自分で判断してもらって大丈夫な状況なのかを考え続けないといけないからね」
諏訪が天井を見上げた。
「……で、あの人はそれを三部隊分……」
「うん」
「さらに前の五部隊統括では、十七人分……」
「そうだねー」
しばらく沈黙が続いた。
そして。
「……なあ、太刀川」
「ん?」
「もう一回、お前が五部隊やってみればいいんじゃねえか?」
「何で俺なんだよ!」
「さっき簡単に増やせばいいとか言ってただろ!」
「いや、俺は見たいって言っただけだぞ!」
「だったら自分でやれ!」
「無理だって!」
「分かってんじゃねえか!!」
出水が吹き出した。
「ははっ! 太刀川さん、さっきまで全然分かってなかったじゃないっすか!」
「いや、今分かったんだよ!」
国近が肩を震わせる。
「……ふふっ。まあ、そこが今日の訓練の目的だからねー」
その横で修が、小さく呟いた。
「……でも」
「ん?」
宇佐美が顔を向ける。
「何か、ちょっと怖いですね」
「……怖い?」
「はい」
修は先ほどの訓練記録を見た。
「これだけのことができる人がいると、つい、次もできるだろうって思ってしまいそうで」
宇佐美が少しだけ目を瞬いた。
風間も静かに修を見た。
「でも、本当は一人で何部隊も担当するのって、すごく負担が大きいんですよね」
「……そうだね」
宇佐美が頷いた。
「だから、出来るからって毎回任せていいわけじゃないんだよ」
国近も苦笑する。
「さっきだって奏真さん、私に操作を頼んでたでしょ?」
「……はい」
「ちゃんと分担できるなら、その方がいいんだよね」
諏訪が小さく笑った。
「……なるほどね」
そして、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、今度あの人が五部隊まとめるとか言い出したら、まず誰か補助につけるように言っときますわ」
風間も頷いた。
「そうだな。必要以上に負担を集中させる理由はない」
ヒュースが腕を組む。
「同感だ。能力があることと、常に一人で担当させるべきかは別の問題だ」
「……うん」
修も頷いた。
国近はそんな戦闘員達を見て、少しだけ笑った。
「……何だか、みんな変わったねー」
「……何がっすか?」
出水が尋ねる。
「いや、最初はオペレーターの仕事を体験するだけだったのに、今は奏真さんの仕事をどう減らすかって話してるから」
諏訪が少し黙った。
そして、苦笑した。
「……そりゃ、あんなもん見せられたらね」
出水も笑う。
「そうっすね」
太刀川が勢いよく頷いた。
「よし! じゃあ今度は俺が奏真さんの補助やる!」
国近が止まった。
出水も止まった。
諏訪がゆっくりと太刀川を見る。
「……お前が?」
「おう!」
「……何すんだ?」
「敵を倒す!」
「それ戦闘員の仕事だろ!!」
国近がとうとう吹き出した。
「あははは! 太刀川さんは、いつもどおり戦っててくれた方が助かるかなー!」
「……そうか?」
「うん!」
宇佐美も笑う。
「それも立派な役割分担ですね!」
「おお!」
太刀川が嬉しそうに頷く。
「じゃあ俺、それやるわ!」
「最初からそれしかやってねえだろ!!」
諏訪のツッコミに、訓練室が笑い声で満たされた。
ただ、一つだけ。
この日、戦闘員達の認識は確実に変わっていた。
城戸奏真の五部隊統括。
それは、少し頑張れば誰にでもできるような仕事ではなかった。
そして何より。
できる人間がいるからといって、何もかもその一人に任せていいわけではない。
そのことを、彼らはようやく実感したのだった。