No.1オペレーター城戸奏真の華麗なる緊急脱出<ベイルアウト>   作:羊毛ローブ

5 / 5
元は同じ部隊の人に聞いてみた(中編)

 

「あ、二宮さんたちだ」

 

 東のところへ向かう途中、空閑が廊下の先にいる四人へ気付いた。

 

「三雲と空閑か?」

 

 珍しくスーツ姿ではない二宮が、修たちの声に気付いて振り返る。

 

「二宮隊全員揃って、どこか行くのか?」

 

「二宮さんが焼き肉を食べたい口になったから、奢りで連れていってくれるんだって」

 

 犬飼が軽い調子で答える。

 

「まあ、たまにはありだろう」

 

 二宮隊では数か月に一度、隊員全員で焼き肉を食べに行くのが恒例になっているらしい。

 

「そういうお前たちも、訓練があるわけでもないのに本部に二人揃っているのは珍しいな」

 

「東さんに聞きたいことがあったので」

 

「俺にか?」

 

「はい。城戸隊長のことをよく知っているのは東さんだと聞いたので、会いに来ました」

 

「奏真さんのことを? 誰に言われて来たんだ?」

 

 二宮は僅かに眉を寄せた。

 

 修が城戸奏真のことを調べている理由が分からないらしい。

 

「加古先輩です。二宮さんや東さんなら、城戸先輩のことを色々と教えてくれるだろうって」

 

「……なるほどな。差し当たって、話して困ることはないが」

 

「まあ、あの人は辻ちゃんが心の師と仰いでるからね」

 

「別に心の師とまでは言ってません」

 

 犬飼の言葉に、辻がすぐさま反論する。

 

「でも、実際に凄い人ですから。尊敬はしています」

 

「ほう」

 

 空閑が辻を興味深そうに見る。

 

「ヒャミさん的にはどうなんだ?」

 

「そうねえ。城戸隊長を同じオペレーターとして見るなら、別格なのは間違いないわね」

 

 氷見はあっさりと答えた。

 

 彼女は元A級部隊に所属し、現在もB級一位の二宮隊を支えている凄腕のオペレーターである。

 

 そんな氷見が、ここまで迷いなく別格と言い切るのが修には意外だった。

 

「氷見先輩から見て、どれくらい別格なんですか?」

 

「そうねえ……戦闘員で例えるなら、私が入隊したばかりのC級隊員で、城戸隊長が忍田本部長くらい?」

 

「えっ!? そこまでなんですか?」

 

 月とスッポンどころの差ではない。

 

 氷見自身が優秀なオペレーターであると知っているだけに、修は驚きを隠せなかった。

 

「そりゃそうよ。実際、並列処理なんかスーパーコンピューター並みだもの。痒いところに手が届くどころの話じゃないし、ランク戦に限れば迅さんの未来予知より正確なんじゃないかってくらい結果を当てるし」

 

「迅のサイドエフェクトより?」

 

「迅さんの未来予知は、いくつもの未来が枝分かれして見えるものでしょう? だから迅さん自身が関われないところでは、可能性を絞り切れないこともある」

 

 氷見は人差し指を立てた。

 

「でも城戸隊長のシミュレーションは、相手がこれからどう成長するかまで計算に入ってるのよ」

 

「成長まで……?」

 

「片桐隊の結束さんが城戸隊長から貰った資料を見せてもらったことがあるんだけど、あれは本当に唖然としたわ」

 

 氷見は当時のことを思い出したのか、乾いた笑みを浮かべる。

 

「その人が今のまま成長した場合だけじゃないの。トリガー構成を変更した場合、そのトリガーへ慣れるまでに掛かる時間、戦い方が変わることで生まれる長所と短所まで書かれてた」

 

「へ?」

 

 トリガーを変更する可能性まで考えること自体は、修にも理解できる。

 

 しかし、その人物が新しいトリガーをどう使い、どの程度の期間で習熟し、どう戦術へ組み込むのかまでは普通分からない。

 

 分からない以上、戦術を考える際には考慮しないのが普通である。

 

「もちろん、本人に適性がありそうなトリガーだけだったみたいだけどね。それでもA級隊員の専用オプショントリガーまで妄想し始めると、一人分だけで百科事典くらいの量になるらしいわ」

 

「それを全隊員分……?」

 

「やってるんじゃない? あの人なら」

 

 氷見は完全に呆れていた。

 

「オペレーターの間では、あの人の脳みそこそブラックトリガーなんじゃないかって噂があるくらいなんだから。勝てるとか勝てないとか、そういう次元じゃないのよ。私は立ってる土俵が違うと思ってるわ」

 

「でも、部隊付きのオペレーターって、全員かなり優秀なんですよね?」

 

「三雲君は普段本部にいないから、あまり知らないかもしれないけどね」

 

 辻が説明を引き継いだ。

 

「部隊へ配属されるオペレーターは、戦闘員で例えるなら最低でもB級以上なんだ」

 

「新人オペレーターは、まず基地全体の業務処理を行う中央オペレーターとして働くんだよ」

 

 犬飼も続ける。

 

「そこで基本的な技能を身につけて、それから部隊付きオペレーターへの転向希望を出す。新しく部隊を組みたい隊員たちと、お互いに了承できて、ようやく部隊付きになれるって流れ」

 

「オペレーターもボーダーの隊員だからね。そこは訓練してこそよ」

 

 氷見が頷く。

 

「その選抜を通った人たちが、自分を新人扱いするくらい凄いってことですか……」

 

「そういうことね」

 

「ところでヒャミさんは、キドセンパイのこと苦手じゃないのか?」

 

 空閑の問いに、氷見は少し考えた。

 

「威圧感はあるけど、私は烏丸君以外の男の人を見ても『男の人だなあ』くらいにしか思わないから、特には」

 

「氷見」

 

「はい、二宮さん」

 

 二宮が低い声で名前を呼ぶと、氷見は何事もなかったように返事をした。

 

 修は今の発言を聞かなかったことにした。

 

「ニノミヤさんはキドセンパイのこと、どう思ってるんだ?」

 

「俺に聞くのか?」

 

「この中で一番話してないからな」

 

 二宮はしばらく黙った。

 

「あの人がボーダーへ戻ってきたことは嬉しい。それだけだ」

 

「二宮さん……嘘じゃないけど、本当でもないね」

 

 空閑の言葉に、その場の空気が僅かに止まる。

 

「そういえば空閑は、嘘を見抜くサイドエフェクトを持っていたな……」

 

 二宮は不愉快そうに眉間へ皺を寄せた。

 

 それでも空閑は気にした様子もなく、じっと二宮を見ている。

 

「……あの人の明るさには救われた」

 

 二宮はそれだけ言うと、修たちから視線を逸らした。

 

「今度は本当だな」

 

「それ以上を聞くな」

 

「分かった」

 

 空閑は素直に引き下がった。

 

 犬飼はいつもの笑顔を浮かべ、辻は何も言わず、氷見だけが少し柔らかい表情をしていた。

 

「東さんなら第三訓練室にいるはずだ」

 

 二宮が話を切り替える。

 

「今日は奈良坂さんと狙撃訓練のログを確認するって言ってたよ」

 

「城戸隊長の狙撃手時代について聞きたいなら、奈良坂さんからも話を聞いた方がいいと思う」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう、ニノミヤさんたち」

 

「じゃあね。俺たちは焼き肉へ行ってくるから」

 

 犬飼が手を振り、二宮隊は本部の出口へ向かって歩き始める。

 

「オサム、焼き肉ってそんなにいいものなのか?」

 

「その話は今度にしよう」

 

「むう」

 

 少し不満そうな空閑を連れ、修は第三訓練室へ向かった。

 

     ○

 

「城戸奏真の狙撃手時代について聞きたい?」

 

 第三訓練室には、二宮の言葉通り東と奈良坂がいた。

 

 二人はちょうど狙撃訓練のログを確認していたらしく、モニターには複数の狙撃地点と弾道が表示されている。

 

「はい。オペレーターとして凄い人だということは分かったんですが、スナイパーとしても相当な腕だったと聞いたので」

 

「相当なんてものじゃない」

 

 修の言葉へ、奈良坂がすぐに反応した。

 

「奈良坂先輩?」

 

「あの人のスナイパーとしての実力を知っている人間が少ないのが、個人的に納得できないだけだ」

 

「ああ、確かに今となっては知らない人間の方が多いか」

 

 東は困ったように笑った。

 

「奏真が一度ボーダーを離れたことは知っているな?」

 

「はい」

 

「その前後で、奏真が参加した訓練や非公式試合のログは、教材として一部が残っているだけになった。今の若い隊員が目にする機会はほとんどない」

 

「実は、佐鳥先輩のツインスナイプの構想の元になったのも、城戸先輩なんだ」

 

「佐鳥先輩の?」

 

「もちろん、今のツインスナイプを完成させたのは佐鳥本人だ。ただ、両手で別々の銃を扱うという発想を、最初に実戦で見せたのが奏真さんだった」

 

「普通は無理というか、実行しようとも思わないけどな」

 

 東が操作盤を触ると、モニターに古い戦闘ログが表示された。

 

 中央に一人。

 

 その周囲、東西南北に四人の隊員が配置されている。

 

「東西南北四か所同時弾着狙撃。通称――《擬似風刃》」

 

「擬似風刃?」

 

「一人の人間が二丁のライフル型トリガーを使って、方角も距離も違う四人へ攻撃した」

 

 奈良坂は画面上の四人を順番に指差す。

 

「しかも、四発全てが同時に着弾した」

 

「え?」

 

「簡単に言うと、二丁の銃でTOTをやったんだよ」

 

「てぃーおーてぃー?」

 

「Time on Target。複数の砲から撃った砲弾を、同時刻に目標へ着弾させる砲撃戦術だ」

 

 東が説明する。

 

「ただし、奏真さんは一人だ。二つのトリガーから四発を撃ち、弾速も飛距離も異なる四発を、同じ瞬間に四人へ命中させた」

 

「城戸先輩は、何て言ってたんですか?」

 

「『スナイパーの可能性を示しただけ』だそうだ」

 

「そんな軽い感じで……」

 

「非公式のバトルロイヤル形式の試合だったが、当時のスナイパーたちは全員、穴が開くほどログを見たもんだ」

 

 東は懐かしそうに画面を見る。

 

「俺も見た。何度見ても理解はできるが、真似はできない」

 

 奈良坂が言い切った。

 

「何がそんなに難しいんだ?」

 

 空閑が尋ねる。

 

「弾丸は真っ直ぐに飛ぶ。それは間違いではないが、完全な正解でもない」

 

 東はモニターへ一本の直線を表示した。

 

「トリオンを使うボーダーの射撃にはあまり関係はないが」

 

 と一言前置きを置いた。

 

「重力が存在する以上、どれほど速い弾丸でも、飛んでいる間に必ず落下する。一般的な狙撃では、その落下量を計算し、目標へ照準を合わせる」

 

「それは分かります」

 

「だが、直線に近い弾道は、障害物の影響を強く受ける。射線上に建物や味方がいれば、そのまま撃つことはできない」

 

「バイパーを使えば、弾道を変えられるんじゃないのか?」

 

「そうだな。だが、奏真が使ったのはバイパーじゃない」

 

 東が表示を切り替える。

 

「あの人が使ったのはアステロイド。つまり通常弾だ」

 

「通常弾で、どうやって障害物を避けるんですか?」

 

「三雲。目標との直線上に壁があるとして、そこへボールを届けようとするなら、どう投げる?」

 

「投げるとしたら……山なりに投げます」

 

「それが曲射弾道だ」

 

 東が新たな線を表示する。

 

 今度は直線ではなく、大きな放物線を描いて壁の上を越えていった。

 

「弾速と射出角度を調整し、弾丸そのものを放物線状に飛ばす。直線では当たる障害物を上から越えて、目標へ届かせる」

 

「野球で例えるなら、普通の弾がストレートで、曲射は山なりのスローボールみたいなものだ」

 

 奈良坂が補足する。

 

「でも、遅くなるんですよね?」

 

「そうだ」

 

 東は頷いた。

 

「同じ距離の目標を狙うなら、直射の方が先に届く。曲射は弧を描く分だけ飛距離が伸び、空気抵抗や風の影響も大きくなる」

 

「だから本来の曲射弾道は、数をばら撒く範囲射撃か、着弾地点ごと吹き飛ばす砲撃で使うものだ」

 

「城戸先輩がやったのは……」

 

「一人につき、たった一発だ」

 

 奈良坂の声が低くなる。

 

「しかも、障害物を越えられる限界ぎりぎりの高さで撃っている。高すぎれば着弾が遅れ、低すぎれば障害物に当たる」

 

「全ての射撃に、〇・〇一ミルの誤差も許されない」

 

「それって、どれくらいなんですか?」

 

「俺でも五秒間、誰にも邪魔されずに狙える時間があって、ようやく可能性が出る程度だ」

 

「奈良坂先輩でも……」

 

「ただし一発だけなら、だ」

 

 奈良坂はモニター上の四本の弾道を見る。

 

「奏真さんは、二丁のライフルを使い、直射と曲射を混ぜ、四発を試合開始直後に撃った。距離も角度も違う四人へ、全て同時に着弾させた」

 

「そんなの……」

 

「俺はもちろん、当真でも不可能だ」

 

 奈良坂の言葉には迷いがなかった。

 

「でも、撃ってから相手が動いたら外れるんじゃないのか?」

 

 空閑が当然の疑問を口にする。

 

「そこに、奏真さんのサイドエフェクトが関わってくる」

 

 東が答えた。

 

「《対人威圧》の本領は、相手が明確に敵対している時に発揮される。つまり、ランク戦のような状況だ」

 

「初対面の女性に効く力じゃなかったのか?」

 

「日常ではそう見えるだけだ。本来は戦闘向けの能力だよ」

 

 東は四人の標的へ赤い印を付けた。

 

「《意志を疎通できる相手を威圧する》という条件に、物理的な距離はほとんど関係ない。互いを敵として認識しているなら、かなり離れていても届く」

 

「奏真さんが本気で威圧すると、相手は数秒間動けなくなる。ある種の金縛りだ」

 

「じゃあ、弾が当たる瞬間に動きを止めたのか?」

 

「そういうことだ」

 

 空閑の問いに東が頷く。

 

「ただし、弱点もある。強く威圧した相手には、奏真さんがいる方向が感覚的に伝わる」

 

「自分の位置を晒す代わりに、バッグワームでも隠し切れない威圧を叩きつけるんだ」

 

 奈良坂が腕を組む。

 

「四人全員が奏真さんの位置に気付いた。だが、気付いた時には体が止まり、その直後に四発が同時に着弾した」

 

「……反撃する時間がない」

 

「そうだ」

 

 東が再生ボタンを押す。

 

 四つの銃声が、僅かな間隔で響く。

 

 二発はほぼ直線に。

 

 二発は大きな弧を描き、それぞれ別の障害物を越えていく。

 

 標的となった四人が、ほぼ同時に一方向を振り返った。

 

 その瞬間、四発の弾丸が四人へ同時に命中する。

 

 四つのベイルアウト光が、画面上へ一斉に立ち上った。

 

「……これを、一人で?」

 

「一人でだ」

 

「いやはや、これは確かに神話扱いされるな」

 

 空閑は楽しそうだが、修は何も言えなかった。

 

 今まで聞いた城戸奏真の逸話は、どれも理解できないものばかりだった。

 

 理解できないが、結果だけは映像として残っている。

 

 それが余計に恐ろしい。

 

「城戸先輩は、どうしてスナイパーを続けなかったんですか?」

 

「それは本人に聞くしかないな」

 

 東は少しだけ寂しそうに笑った。

 

「奏真さんは、聞かれても『もう示すものは示したから』としか答えなかった」

 

「また神出鬼没な本人を探す必要がありそうだな、オサム」

 

「ああ」

 

「まあ、会えたとしても素直に答えてくれるかは分からないけどな」

 

 奈良坂の言葉に、東も苦笑する。

 

「恐らく『若気の至りです』で終わらせると思うぞ」

 

「そんな一言で終わらせていい技術じゃないですよね!?」

 

 思わず修が声を上げた。

 

 東と奈良坂は、揃って頷いた。

 

 これは最高のオペレーターと呼ばれた男が、スナイパーたちからは神話として扱われている。

 

 そんな話である。

 

 なお本人は現在、スコーピオン使いとしては普通くらいの評価らしい。

 

---

 

※1 TOT(Time on Target)

複数の砲から発射した砲弾を、同じ時刻に目標へ着弾させる砲撃戦術。発射地点や飛距離が異なるため、それぞれの着弾所要時間から逆算して発射する。

 

※2 ミル

角度を表す単位の一つ。本作では一周を六四〇〇ミルとして扱う。九〇度は一六〇〇ミル、一八〇度は三二〇〇ミルとなる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。