透き通るような世界観に宇宙的恐怖を混入させるな!! 作:那珂テクス
最も根強く残る不安とは、未知への不安である。」
H. P. Lovecraft / ハワード・フィリップス・ラヴクラフト
導入「第三者目線の異物」
連邦生徒会長が失踪してしばらくが経過した、ある日のこと。
キヴォトス全土で発生する様々な問題に抗議するため、早瀬ユウカ、羽川ハスミ、守月スズミ、火宮チナツの4人は連邦生徒会を訪れていた。
彼女らは特段仲がいいわけではない。むしろ所属する学園同士が、互いを目の敵にしている節すらある。
それでも4人の心は「この惨状をどうにかしてくれ」という願いで一致しており、少なくとも表立って反目し合うようなことはしなかった。それほどまでに、現在のキヴォトスは混乱の渦中にあったのだ。
こうして各自が主席行政官こと七神リンに直訴するも、折悪く『災厄の狐』が率いる暴徒たちが出現。
彼女らを鎮圧し、管理者不在となったサンクトゥムタワーの制御権を取り戻すため、4人は初対面の大人──シャーレの先生と呼ばれる
戦力差はまさに絶望的。
しかし意外なことに、先生の指揮がそれをひっくり返した。
まるで戦場の全てを俯瞰しているかのような采配により、彼女らは瞬く間に多数の暴徒を鎮圧・拘束することに成功したのだ。
あまりにも順調に、いっそ呆気ないほどの速度で目標地点に迫ったものの、ここに来て予想だにしない敵が現れた。
巡行戦車だ。
「クルセイダー1型……! 私の学園の制式戦車と同じ型です」
「不法に流通された物に違いないわ! PMCに流れたのを不良たちが買い入れたのかも!」
前方に現れた戦車を見たハスミが、思わず顔をしかめる。一方で遮蔽物に身を隠すユウカは、珍しく好戦的な笑みを浮かべていた。どうやら初めて経験する快進撃に、気分が高揚しているらしい。
「──つまりガラクタってことだから、壊しても構わないわ!! 行くわよ!」
バリアを展開し物陰から飛び出そうとした、まさにその瞬間。
2つの陣営の中央あたりに、謎の影がさした。
「ユウカ待って! すぐに3m後退!」
後方の先生が即座に指示を飛ばす。周囲を注意深く観察していたことで、謎の影の正体にいち早く気がついたのだ。
彼女が目撃したのは、上空に現れた10個ほどの円筒形の物体。
それらが黒煙を撒き散らしながら落下し、4人と不良たちの間に墨のような帳を下ろす。
「煙幕!? いったい誰が!?」
先頭のユウカが思わず後ずさる。黒煙の向こう側の喧騒から察するに、不良たちは大混乱のようだ。
互いに互いを視認できないまま時間が経過し、焦れた一部の生徒が動き出そうとした瞬間──薄れゆく煙幕の中から、1人の生徒が現れた。
そこにいたのは、腰にコウモリのような翼を生やした、浅黒い肌の少女。
上半身には灰色のブレザー、下半身にはミモレ丈のスカートを纏っている。腰まで届くロングヘアーは、血溜まりを彷彿とさせる暗褐色。額をぐるりと取り囲むように6つの小さな角が伸びていて、頭上には墨で描いた五芒星のようなヘイローが浮かんでいる。
悠然と佇む謎の少女は、戦車、不良、ユウカたちへと目線をスライドさせていき、最終的にシャーレの先生に目を留めた。その真意までは測りかねるが、少なくとも敵対的なものでは無さそうだ。
先生もその目をまっすぐに見返したことで、2人は互いを見つめ合うポーズになる。
「……何者ですか?」
警戒心を露わにしたスズミが鋭い声で問いかけるも、謎の少女は答えない。切れ長の瞳をさらに細めて、ただ無言で先生を見つめている。
たっぷり10秒ほど凝視した後、彼女はようやく視線をはずしてクルセイダー1型へと向き直った。
直前まで先生に向けていたそれよりも明確に冷淡な瞳で、おもむろに口を開く。
「────Ia, Ia────」
詠うような、それでいて不思議と蠱惑的な、少女の声。
それを聞いた瞬間、
「────M◾︎◾︎◾︎ shtan, ◾︎◾︎◾︎◾︎ gashanna, ◾︎◾︎◾︎◾︎ shtan, ◾︎◾︎◾︎o gashanna────」
彼女の発する言語が理解できない。
彼女の意図が理解できない。
その言動の全てが理解不能なはずなのに、誰もがとある確信に至っていた。
これは、呪いだ。
彼女がこの詠唱を終えた瞬間、どうしようもない滅びが訪れる。
そう、理解してしまった。
「──た、退避!! 退避だ!!」
我に返った1人の号令を機に、不良たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す。戦車とて例外ではない。
『ッ! 皆さん、先生を!』
「「「「了解!!」」」」
無線越しにリンが呼びかけた直後、4人全員でシャーレの先生を取り囲んだ。
それぞれが今にも逃げ出したい気持ちを必死に抑え込み、非力な大人を守り抜かんと銃を構える。
「────M◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎a, fhtagn.」
そうして少女の詠唱が結ばれた、次の瞬間。
地面に転がっていた複数の発煙筒が、突然一人でに動き出した。
全ての筒同士が合体し、機械音を立てながら変形し、1つの何かとして再構築される。
ものの数秒で組み上がったそれは、
「さあ行っておいで。私の可愛いハウンドちゃん」
【バウッ!】
艶のある声で命じられた直後、猟犬が飛び出した。
一歩目で不良たちに追いつき。
二歩目で追い越し。
三歩目で行先に立ち塞がる。
「なんだおま──」
先頭を走っていた生徒の怯えきった声は、猟犬が発した遠吠えにかき消されてしまった。
【アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!】
見た目に反して嫌に生物的な咆哮が、大気を、鼓膜を、そして精神を震撼させる。そのあまりに不快さに、シャーレの先生は思わず両耳を塞いだ。
時間にして約5秒後。遠吠えをやめた猟犬が口を閉じ、静かに前を見据えた。ユウカらは銃を構え直したが、不良たちは何故か微動だにしない。
先生と4人が頭に疑問符を浮かべていると、不良たちが突然倒れた。
20人近くが、白目を剥いて、ほぼ同時に。
「……え?」
困惑の声を漏らすチナツ。残りの4人も驚愕に目を見開いている。
呆然とする彼女らとは対照的に、謎の少女は嬉しそうに声を弾ませていた。
「1匹でもやればできるじゃん! 偉いぞぉハウンドちゃん、とっても偉い」
パタパタと駆け寄ってきた猟犬に抱擁し、あちこち撫で回す少女。猟犬に目や舌は無いものの、尻尾と思わしきパーツがもの凄い勢いで揺れていた。どうやら主に褒められて喜んでいるらしい。
ひとしきりロボット猟犬と戯れた謎の少女は、満足気に頷いて立ち上がった。そして先生たちの方へと向き直り、恭しく一礼する。
「失礼しました。私、ゲヘナ学園3年の
「ッ、何で私たちの名前を……」
「ふふ。皆さまのファンだからですよ、ユウカさん」
謎の少女──無闇マイノが、高校生とは思えない妖艶な笑みを浮かべる。思わず見とれてしまうような美しさだが、この状況ではむしろ怪しさに拍車をかけてしまっている。
警戒心を微塵も隠そうとしない4人に苦笑したマイノは、唯一名前を出さなかった大人に目を向けた。
「……初めまして。あなたが白ハgじゃねーわ、シャーレの先生ですね?」
よく分からないが、先生は言い間違えを聞き流すことにした。
2か月前にうっかりブルアカにはまり、先週になって「あまねく奇跡の始発点」をクリアしたエケチェン先生です。
知識足りてないとこがあってもオニイサンユルシテ