透き通るような世界観に宇宙的恐怖を混入させるな!!   作:那珂テクス

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「深い闇の中にいるのなら、光を見つけることに集中しなければならない」
Aristotelēs/アリストテレス


箱と狐と深淵と。

 

 目的地への道中は順調そのものだった。

 どうやら不良たちの大部分はクルセイダー巡行戦車と共に儚く散っていたようで、ごくわずかな人数しか残されていなかったのだ。散発的に会敵することはあったものの、彼女らは為す術もなく私たちに蹴散らされたのだった。

 南無。

「着いた!!」

 ユウカが満面の笑みを浮かべる。それに対して短く「はい」とだけ返すハスミも、声音に嬉しさが滲み出ている。

 こういうふとした瞬間に垣間見える、年相応の反応がマジでかわいいんだよなぁゲヘヘ。

 おっと、耐えろ私。オタク特有の笑顔が出かかってるぞ。せめて出会ったその日くらい抑えなければ。

 人知れず己の口角と格闘していると、ヘリで移動中のリンから通信が入ってきた。

『「シャーレ」部室の奪還完了。私も、もうすぐ到着予定です。建物の地下で会いましょう』

 奪還完了……してるのかなぁ、これ。まだクリアリングしてないし。

 まぁ、多くを語らない彼女のことだ。もし誰かに待ち伏せされたとしても、私たちなら大丈夫だと信用してくれているのだろう。

 ボーッとそんなことを考えていると、先生がホログラムのリンに微笑みかけた。

「うん、待ってるねリンちゃん」

『誰がリンちゃんですか』

 呆れ声と共に通話が終了する。

 つーか先生、知り合って間もないのに既にリンちゃん呼びなの強すぎん? 私も真似しよ。

「じゃあちょっと行ってくるね。みんなはここで待ってて」

 軽い口調でそう言って、エントランスに小走りで向かう先生。

 え? 1人で行っちゃうの?

 マジで?

「ま、待ってください先生! 屋内の安全確認がまだ……」

「だいじょーぶだいじょーぶ!」

 スズミの制止を振り切り、建物の中へと消える。私を含めた残された面々は、追うべきか残るべきか悩んでしまう。

 

(んんん~~~?)

 

 なんか、違和感があるな。

 

 私の記憶が正しければ、不良たちの目的はシャーレの建物の占拠。モモカによって語られたその事実を、先生とリンちゃん、ついでにその場に居合わせたユウカたちも聞いていたはずだ。だからこそ彼女らは、建物の内部に侵入者がいる可能性を留意しているのだろう──先生も含めて。

 そうだ。シャーレの先生ともあろうお方が、この程度の想定もできないはずがないのだ。

 実際、お祭りイベの時の先生は黒幕をすぐ察していたし、あらかじめ救出を依頼した上でわざと拉致されるような周到さも見せていた。

 

 それなのに何故、彼女はたった1人で行ってしまったんだ?

 

 スズミの制止を振り切ってまで?

 

(────まさか)

 思い浮かんだのは、とある可能性。

 原作を基準に考えるなら勘違いかもしれない。いや、原作でもプロローグで意味深な反応はしていたが──最終編までの描写を通して考えても、恐らく()()に関しては不明瞭なはずだ。

 

 だが、この世界ではどうだろうか。

 

 原作とは明らかに乖離した、無暗マイノ(わたし)という異物をはらんだ、こちらの世界では。

 

「私、ちょっと行ってきます!」

 思考の坩堝から抜け出した私は、いても立ってもいられずに先生の後を追いかける。

 

 もしも先生が、この先に待つ人物を知っていて。

 ()()とユウカたちが再び相まみえた場合、戦闘は避けられないと予想し、それを回避しようとしているのなら。

 だとしたら、筋が通る。通ってしまう。

(先生、まさかあなた──)

 

 ──ループ前の記憶、残ってたりしません?

 

  ◇

 

 私が追いついた正にその瞬間、先生は地下室に足を踏み入れていた。

 で、そこにはやっぱり先客が──狐坂ワカモがいるわけで。

 不思議そうにクラフトチェンバーを眺めていた彼女は、先生の姿を見るなり石のように固まってしまった。

「……あら?」

「えっと、初めまして。あなたがワカモだよね?」

「……あら、あららら……」

「?」

「あ、ああ…」

「えっと……大丈夫……?」

 突然体をくねらせ始めたワカモを見て、困惑した様子の先生。その反応は状況を呑み込めていないようで、原作と何ら変わりないように思える。

 

 何だ? やっぱり私の思い違いか?

 

 じゃあ何で先生は1人で建物に入っていったんだ? 

 

 単に油断して……だとやっぱり不自然だし、誰かしらの侵入者がいるとは予想していたのだろう。だからこそ穏便に、話し合いで解決しようと単身飛び込んだはいいものの、相手の予想外の反応に困惑している、とか? う~ん分からん。

 物陰で首を傾げていると、ワカモが「失礼いたしましたー!!」と叫びつつこちらに向かって走ってきた。どうやらしっかり先生に惚れたらしい。

 鉢合わせないように身をひそめて、通り過ぎるのを待っていると──突然、足音と気配が掻き消えた。

 

 同時に、うなじがチリリと焼けるような感覚。

 

(────ッ!!!)

 次の瞬間、突如として背後から放たれた回し蹴りが、後頭部をガードした私の腕に食い込んだ。まるで重機にでも撥ねられたかのような衝撃が全身を駆け巡る。

 襲撃者──ワカモは即座に距離を取り、こちらに銃剣を向けてきた。

「貴女、危険ですわね」

「恋する乙女ほどじゃないよ」

 仮面の奥の黄色い瞳がこちらを射抜く。読み取れたのは、明確な敵意と警戒心。

 なーんでみんなして私を警戒するかな。そんなあからさまに怪しいか。

「……ここは退いて差し上げます。ただし、あの御方に危害を加えるような真似はくれぐれも止してくださいな」

「しないしない」

 両手を上げてお手上げのポーズ。ワカモは私の顔をじっと見つめていたが、踵を返して今度こそ去っていった。気配が完全に遠のいたのを確認し、深いため息をつく。

 あー怖かった。さすがは災厄の狐と言うべきか、凄まじい威圧感だった。藍染様くらいの霊圧をひしひしと感じたもんね。

 

 あとすっげー良い匂い。

 

 「いつかワカモ吸いをしてみたいな」などと馬鹿げたことを考えつつ、私はリンの到着を待つのだった。

 

  ◇

 

 しばらく物陰に潜んでいると、エントランスからキビキビとした足音が近づいてきた。リンだ。

 地下室で先生と合流した彼女は、いくつか言葉を交わしてから板状の何かを差し出した。それを受け取った先生は、リンの目の前で立ったまま目をつぶってしまう。

 なるほど、あれが例の。

 確かに普通のタブレット端末にしか見えないな。

 物陰を離れてゆっくりと2人の方へ近づいていくと、リンがこちらに気づいた。その瞳には、やはり明確な警戒心が見て取れる。

「貴女は……」

「初めまして、リンちゃん。無暗マイノです。先生が持っているのは……シッテムの箱、でしょうか」

「……よくご存じですね」

 あれ、『リンちゃん』呼びはスルーですか。おじさんちょっと悲しい……。

「そりゃもう。連邦生徒会長のお気に入りと噂ですから」

 嘘である。そんな噂は微塵も立っていない。ただノリと勢いに任せて適当なことを言っただけである。んでもって、この発言によってあらぬ誤解を生んだに違いないのである。

 私はこの選択を……未来永劫、後悔するだろう──!!

 脳内に新たな白ハゲを召喚していると、どこからかウイィィィンという機械音が鳴り始めた。それから程なくして、薄暗い地下室が光に満たされる。どうやら先生がサンクトゥムタワーの制御権を取り戻したらしい。

「……はい。分かりました」

 短い無線交信を終えるリン。その表情は、先ほどまでよりも幾分か和らいでいる。

「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね」

「うん。あとはお願いします、主席行政官」

 いつの間にか目を開けていた先生が、かしこまって頭を下げる。それに対して、リンはより深い一礼で応えた。

「お疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします。ここを攻撃した不良たちと停学中の生徒たちについては、これから追跡して討伐いたしますので、ご心配なく」

「あっはは……お手柔らかにね」

 困ったように笑う先生。分かってはいたが、彼女にとっては自分を襲った不良すらも大切な生徒に変わりないようだ。ゲマトリアが救世主だなんだと囃し立てるのも分かる気がする。

 

 と、ここまでつつがなく原作通りの展開を迎えたわけだが──いちブルアカオタクとして、どうしても試してみたいことがある。

 

「それにしても不思議な端末ですよねぇ、ソレ。先生、そのタブレット、ちょっとだけ触ってみてもいいですか? ほんとちょびっとでいいんで」

 

 はい! シッテムの箱に触れてみたいです!!

 

 これまたリンが原作で語っていたことだが、この謎のオーパーツは連邦生徒会の力をもってしても起動できなかったらしい。また、この端末のメインOSであるアロナは先生にしか視認できず、彼女の姿を知る生徒は最終編時点で存在しないようだ。

 

 そんなの……そんなの絶対触りたいじゃん!

 

「いいよ。はいどうぞ」

 すんなりと私のお願いを受け入れてくれる先生。そうしてシッテムの箱が、私の手に納まる。

 さて。

 私も1人の生徒である以上、起動できるとは微塵も思っちゃいない。が、せっかくの機会だ。これが最初で最後かもしれないし、思う存分ペタペタと触ってやろう。

 んじゃまあ、心だけでも先生になりきって……

(『我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている、ジェリコの古則を』……なんてね)

 心中でそう呟きつつ、右手の人差し指をゆっくりと画面に近づけていく────

 

 ────次の瞬間。私の目の前に、両目を大きく見開いた青髪の幼女が立っていた。

 

「えっ」

「え?」

 

「「えっ???」」




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