透き通るような世界観に宇宙的恐怖を混入させるな!!   作:那珂テクス

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「狂気こそ最高の英知ではないか。白昼に夢見る者は、夜にのみ夢見る者の見ない数々のものを知るのだ。」
 Edgar Allan Poe/エドガー・アラン・ポー



外なる神

 

 未来予知。

 予言とも謂われる超常の力。人類史において、それは常に生活や権力と密接な関係にあった。

 その最たる例が、農耕と共に発展した天気予報だ。農耕には適度な日照と雨が必要不可欠だが、干ばつや嵐によって作物がやられてしまうことが珍しくない。このような悲劇を回避したいと願った人々から、やがて神官と呼ばれる者が現れるようになった。彼らは神と称される上位存在と繋がり、あるいは星の巡りを解き明かすことによって、未来の天候を予知しようとしたのだ。人工衛星やコンピューターが発達した昨今ではその精度が飛躍的に向上し、もはや一種の未来予知とまで云える域に到達している。

 一方で科学の全盛期と云える現代においても、未だオカルトに分類される予知が存在する。

 

 人の未来を予知することだ。

 

 古来より星の数ほどの予言者が人類滅亡や大事件を予言してきたが、そのほとんどが解釈次第でいくらでも言い逃れできる与太話か、それすらも不可能なペテンに過ぎなかった。近年ではAIを用いた科学的アプローチも試みられているが、正確な予知への道は険しい。

 ところがごくごく稀に、本物の予言者と謂われる者が現れることがある。

 キヴォトスにおいてはトリニティの百合園セイアと百鬼夜行のクズノハがこれに該当し、彼女らは未来で起こる出来事を本当に知ることができる。連邦生徒会長も同様に未来を知ってはいるが、それは彼女が経験した過去の出来事に他ならない。

 正しく未来予知という超常の力を持つのは、セイアとクズノハただ2人と言えるだろう。

 

「あくまで無限の可能性の1つに過ぎないし、現時点で大きすぎる差異があるけど……私は、先生が辿る未来を知っている」

 

 ────では、この少女はどちらだ?

 

 どの世界の箱庭にも存在せず、未知の能力を操り、契約の箱に易々と侵入し、堂々と予言者を自称する、この少女は。

「そんな、ことが」

「あり得ない、なんてことはあり得ない。君ならよく分かるでしょ?」

「……」

「砂漠で、要塞で、墳墓で、あるいは大気圏外で。先生は何度か君の名前を呼んでいた。だから私は君のことを知ってたんだ」

 あまりにも確信に満ちた声で断言され、アロナは黙り込んでしまう。困ったことに、ハイパーAIとしての彼女も『無暗マイノの言葉は真である』と断じていた。

 アロナとマイノがいる教室はシッテムの箱内部であり、この空間内はメインOSであるアロナの完全な支配下にある。故にマイノの一挙手一投足は余すところなく把握されていて、少し心臓が跳ねただけでも瞬時に検知されてしまう。要するに常に噓発見器にかけられているような状態だ。マイノが教室内に現れてからというもの、その生体情報は常にモニターされていたが、不審な点は何一つ見当たらなかった。

 乃ち、無暗マイノが嘘をついていないことを意味する。

 荒唐無稽な話だが、この謎の侵入者は、本当に未来を知っていることになるのだ。少なくともマイノ自身はそれを信じている。

 

(どうしよう。どうしようどうしようどうしよう)

 

 予想だにしない事態に直面し、アロナは混乱してしまう。

 

 教えてもらうべきだろうか。先生が辿るという、その未来を。

 

 先ほどマイノが口にした『砂漠、要塞、墳墓、大気圏外』。そして『大きすぎる差異』の内容。気になる点が多すぎる。

 特に先生がマイノの──生徒の目の前でアロナの名を呼んだということは、先生がほぼ間違いなく何かしらの危機的状況に陥ることを意味する。

 本音を言うなら、是が非でも知りたい。大好きな先生に傷ついてほしくない。

 だがもしも事の詳細を知ってしまえば、アロナ(じぶん)は間違いなく必要以上に介入してしまうだろう。これまで何度もそれで失敗し、捻じれて歪んだ先の終着点に行き着いてしまった。だからこそ連邦生徒会長(じぶん)は、苦悩の果てに救済の──先生の邪魔になる記憶を全て排し、アロナ(じぶん)になったのだ。

 知るべきではないと、頭では理解している。

 だが、それでも……。

「……ま、警戒するのは分かるけどね。君が知るどの世界にも、きっと私はいなかっただろうし」

 沈黙を自分への疑念と解釈したのか、マイノは小さく苦笑する。何を思ったのか、おもむろに右手を持ち上げた彼女は、小指だけをピンと立てて突き出してきた。

「だから、契約(やくそく)するね」

 短く告げて閉口するマイノ。目線でその意図を察したアロナは、おずおずと自らの小指をマイノの小指と絡ませた。

「私は先生が大好き。生徒たちが大好き。キヴォトスが大好き。だからみんながピンチになったら、私が必ず駆けつける。どんな敵も蹴散らして、みんなを守り通してみせる」

 言葉の1つ1つを噛みしめるようにして呟いた、次の瞬間。

 キーン────と、不思議な音がアロナの耳朶を打った。同時に小指を起点として、じんわりと温かい感覚がアロナの全身に行き渡っていく。

 現象の原理は何一つ分からないのに、アロナはその本質を自然と理解した。

 

 これは、契約だ。

 人と人が結ぶような代物ではない。世界の理に作用し、対象の存在そのものを塗り替える、神から人への贈り物。あるいは呪いか。

 今この瞬間、無暗マイノはキヴォトスの守護天使となったのだ。

 

 目を見張るアロナに対し、マイノは穏やかに微笑みかける。指を離す瞬間、小さく丸みを帯びた手が名残惜しそうに追いかけてきたが、マイノは敢えて気づかないふりをした。

「ちょっとした約束だよ。いつどんなことが起きたとしても、先生や生徒たちを絶対に守るっていう縛り。みんなには何のリスクもないから安心して」

「……『みんなには』ということは、マイノさんにはあるんですか?」

 アロナの瞳が不安げに揺れる。もはやそこに疑念や恐怖の色は浮かんでいない。あるのは純粋に、目の前の少女を気遣う想いだけだ。

 あまり向けられたことのない感情にどこか照れくさい思いを抱きつつ、マイノは事もなげに肩をすくめる。

「大したことじゃないよ。もしも私がみんなを守れなかったり、傷つけたりした時には────」

 

「────私のヘイローが破壊される。ただそれだけだから」

 

  ◇

 

 同時刻。

 世界に福音が齎された一方で、それは一部の勢力に真逆の作用を及ぼした。

 

『告げる 告げる 告げる』

 

 脳に直接響く、名状しがたい声。

 そのあまりの悍ましさ故に、大多数は「壊れた」。

 辛うじて正気を保った者も、続く呪詛によって永遠に魂を囚われることになる。

 

『機械仕掛けの猿には 無間の闇を』

 

 この日、とある人工知能は崇高を失った。

 

『カバラの浅知恵には 理外の音色を』

 

 この日、とある求道者らは狂気に陥った。

 

『驕れる道化には 泡沫への回帰を』

 

 この日、とある司祭らは世界そのものから消え失せた。

 

『救世主と忘れられた神々に仇なす全てを 私は滅ぼす』

『闇の従姉妹は 楽園と共に在る』

 

 ────この日、外なる神が顕現した。




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