アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは。ブーストはありませんが、スピードフォースはありました。



アル中、身代わる。

 

 

 

 

「お、お兄ちゃん……」

「怖い……」

「美々子ちゃん菜々子ちゃん本当にごめん! 時間無くて、一番良い方法ってやつがこれしかなかったんだ! ──補助監督さん、もっと速度上げて下さい!」

「む、無茶言わないで下さい! ぶつかっちゃいます!」

 

 灰原と七海の応援に行くと決めてからは早く。

 オレの任務の()()を済ませ、来た道を戻り、再び高速へ。東名高速を爆走し、西へと向かう。高速を降りたら下道を1時間ほど進み、灰原と七海が任務中だという某山の中へ。山は漢字の成り立ち通り一つというわけではなく、いくつもの山々が重なって大きな一つの山に見えるという感じのアレ。

 任務地は人里から遠く離れた奥地の廃神社らしく。本来ならば歩いての登山しか許されていない細い道を、時間が無いという理由で無理矢理車で駆け上がっているという現状だ。

 所々地面から浮き出ている木の根に車体を弾ませ。

 時々フロントガラスにぶつかる木の枝に(まぶた)を閉じ。

 灰原と七海の無事を祈りながら、一直線に山の奥へと突き進む。

 途中、行く手を塞ぐように目の前に現れた茂みを、構わず体当たりで貫いた。

 すると。

 草原。

 山の中から一転、開けた場所に出た。先程まで木々で遮られて当たらなかった直射日光が目を焼く。それに思わず目を細めながら、オレは前方を指差した。

 

「補助監督さん。アレ、見えますか!」

「えぇ、〝帳〟ですね!」

「目的地は近いです! そのままぶっ飛ばして下さい!」

「は、はい!」

 

 木の根や凸凹した道でも、ましてや道幅の狭い木々の間でもなく、真っ平で視界の開けた草原。

 つまりは、束の間の静かな車内。緊張で荒れた息を整えつつ、お酒を一口。

 

「美々子ちゃんと菜々子ちゃん、もう少しだけ我慢してね」

「うん」

「わかった」

「良い子だね」

 

 後部座席へ振り返って笑いかけると、二人もぎこちないながらも笑みで返してくれた。やっぱ怖かったよね。帰りはゆっくり落ち着いて帰ろうね。

 タイヤに絡みついているのが分かるくらいの長さの草を、車で構わず薙ぎ倒す。サイドミラーで後方を確認すると、通った後にはタイヤの跡がはっきり残っていた。

 やがて、停車。

 草原が終わり、また背の高い木々がオレ達を迎えようとしていた辺り。言い換えれば、〝帳〟の(さかい)

 そこに立っている、別の補助監督さんの姿が見えたからだ。

 

「え、浮舟さん? どうして──」

「今、浮舟さんは灰原さんと七海さんの応援に向かう途中なんです! つべこべ言わず、二人の現在位置を教えて下さい!」

「いや、というかあなた──」

 

 戸惑う灰原と七海の補助監督さんに、オレの補助監督さんが運転席の窓を開けて大声で伝える。その声で冷静になったのか、少し思考停止したものの慌てて前方を指差す、灰原と七海の補助監督さん。

 

「正確な位置は分かりませんが、目的地である()()()はこの木々を抜けたその向こうです。……あの、どうしてお車で」

「ありがとうございます!」

 

 疑問が尽きない灰原と七海の補助監督さんにお礼を言って、窓を閉めてすぐさま発進。うんうん。オレの補助監督さん、初送迎とは思えないくらい頼りになるな。

 灰原と七海の補助監督さんが慌てて、下ろしていた〝帳〟を上げる。すぐに戻るので上げたままにしておいてくださいと去り際に無茶を伝え、森の中へと入る。

 先程まで進んできた山道よりも、更に細い道を、ハンドルを左へ右へ切りながら強引に進んでいく。サイドミラーが持って行かれそうなくらいの細い道だ。

 廃神社。

 聞くからにヤバそうな匂いがぷんぷんするが、どうして二人はこの任務に就くことになったのだろうか。頼りになる後輩二人とはいえ、二人ともまだ二級だったような──

 

「浮舟さん、あそこ!」

「ッ、窓開けてください! ──灰原ァ! 七海ィ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山の麓に転がるようにして置き去りになっているという数多の下駄。

 最初に一足の下駄の存在が確認されてから、神隠しや凄惨な死体が山の中で見つかるようになり。その事故の数に比例して下駄の数も増えるとのこと。

 山の麓にある下駄と、件の事故の関連性を調べるといった任務内容でした。

 任務内容の筈でした。

 午前中の授業を終え、それからの任務。呪霊は二級相当と聞いていたので、行きの車内で軽く昼食を食べながら灰原と先輩方へのお土産の案を出し合っていました。

 二級呪霊。

 一人でも相手取れるような相手を、灰原と二人で挑む。

 はっきり言って、余裕だと思っていました。

 勿論、慢心しているわけではありませんし、任務中本来ならば抜かない手を抜いて(ラク)をしようなどとも、決して考えていませんでした。

 二級呪霊。

 灰原と二人で。

 簡単な筈の任務。

 しかし、それがどうしてこんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七海! また()()

 

 

【春過ぎて夏来にけらし白妙の。衣干すてふ天の香具山】

 

 

「クソ──」

 

 奴が歌を詠む。それが術式発動の合図。奴の攻撃を避けながら散開していた私と灰原は、慌ててその場に立ち止まった。

 でないと、()られる。

 ほら。今も、そこらを飛んでいる羽虫が見えない斬撃のようなもので真っ二つになった。

 ボロ切れを身に纏った老人のように見えるが、頭部が異常に大きい。それでなくても、身長は3メートルほど。

 呪霊は、カツカツと歯を鳴らしながら私達を見て笑っている。

 

「七海! ()()沈むッ」

「ク、分かっています!」

 

 奴の術式は、歌を詠んでいる最中に動く対象を例外無く真っ二つにするというもの。言うならば一種の、だるまさんがころんだ。のようなもの。

 最初の術式発動の際、奴の迫力に足が(すく)んでいなければ、今頃私達は物言わぬ屍と成り果てていたことでしょう。

 だるまさんがころんだ。

 のようなもの。

 つまりは、全く同じではないということ。

 奴の術式発動中に動かなければ攻撃を受けないが、地に着いた2本の足はその地に段々沈んでいく。逃げなかった勇気を称え、本当に逃げられなくされてしまう。

 

 

【ほう。逃げざりしや、わらはどもよ】

 

 

 勿論。沈むのは、踏ん張れば引っこ抜ける程度の深さ。一度沈めば二度と抜けないような深さでは決してない。

 しかし戦場ではそのワンアクションが命取り。

 

 

【ここなれ。いづこにも行かぬでくれ】

 

 

 両手を前に突き出しながら、呪霊がこちらに向かってくる。本来ならば危なげ無く避けられるほどの速度と、両者間の距離。しかし地面から足を抜くという動作一つによって、そのマージンはいとも容易く無いものとされる。

 

「七海ッ!」

「クソ! コイツのどこが二級呪霊ですかッ!」

 

 思わず悪態をつく。駄目だ、避けられない──! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいか、七海。呪霊ってのはな。意思疎通が取れるヤツは大体ヤバい』

『そうなんですか』

『よく覚えといてな。もし、任務先で当てはまる呪霊に遭遇したら、一旦逃げた方が良い』

『肝に銘じます』

『あと、たま〜に術式を使ってくる呪霊もいる。コイツも、同じくヤバい。七海や灰原は、等級的にそんな呪霊と戦うことは無いと思うけど、万が一遭遇したら、全力で逃げろ。絶対に、戦おうだなんて考えるなよ』

『わ、分かりました』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脳裏に、いつの日かの浮舟先輩の言葉が響く。その声色に懐かしさすら覚え、こんな状況にも関わらず口角が少し上がった。

 喋り、尚且つ術式を使ってくる呪霊。ああ、浮舟先輩の言う通り、確かに厄介だ。厄介過ぎる。大ピンチだ。

 ……ここでしくじれ(死ね)ば、浮舟先輩にもう会えなくなるのか? 

 笑顔で笑う先輩の姿を思い浮かべ、その表情が無性に恋しくなった。

 クソ。

 なんで私達が、こんな奴を相手取っているんだ。明らかに実力が違い過ぎる。

 こんなクソみたいな任務を投げてくる上層部はクソだ。

 呪術師も、呪術界も全部クソだ。

 ……しかし、浮舟先輩は違う。

 こんなクソみたいな世界で、浮舟先輩はどこまでも()()()だった。

 他人を思い、他人の為に何かを為せる浮舟先輩は、私の目標だった。

 浮舟先輩と居る時だけは、日常を感じられた。クソみたいな呪術師としてではなく、ただの高校生としていられた。

 浮舟先輩は、クソじゃない。

 掃き溜めに鶴。

 ここで私と灰原が死ねば、浮舟先輩は悲しんでくれるのだろう。私達の為に心を痛め、酷い顔で涙を流してくれるのだろう。私達の死を一生引きずり、何年経っても時折憂い、懊悩(おうのう)してくれるのだろう。

 ……駄目だ。

 浮舟先輩に、そんな思いはさせられない。

 必ず帰る。

 祓わなくてもいい。

 祓えなくてもいい。

 なんとかしてこの場から逃げ(おお)せ、()()()()()()に連絡を入れる。

 そうだ、五条さんならこんな相手楽勝だろう。こんな任務、さっさと五条さんに引き継がせて帰ってしまおう。何を私達は、必死になって祓おうとしていたんだ。

 諦念というよりかは、自身が置かれた状況を客観的に見た結果の最善策。人間(ひと)それぞれの長所短所と、適材適所。

 ……はて。

 ここまで頭の中で考えて、呪霊の攻撃がまだ来ない。私の身体は、瞬き一つしていない。

 自身の置かれた状況に疑問を抱いたところで、また声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人間の脳は極度な身の危険を感じると、アドレナリンやら色んな脳内物質が分泌されて、脳の処理速度が極限まで引き上がる』

『周りがスローモーションに見えたり、自分の姿が俯瞰で見えたりするんだ』

『目の前の絶体絶命の状況をなんとかしようと、過去の経験から解決策を探る。──つまり、俗に言う走馬灯ってやつだな』

『質問、よろしいですか』

『おう。なんだ、七海』

『浮舟先輩は、走馬灯を見たことがあるのですか?』

『……ああ。──あるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの日かの、浮舟先輩の言葉。私と灰原に教える時だけ、形から入る為に度の入っていない眼鏡をかけていた浮舟先輩の言葉。

 そうか、これが走馬灯。私は、死の淵にまで立って(なお)、浮舟先輩からの助言に答えを求めていたのか。

 何故だか、おかしく感じる。

 早く帰ろう。

 そろそろ、()()が終わる。直感でそう感じた。

 早く帰って、浮舟先輩に今日の反省点を教えてもらおう。

 浮舟先輩に。

 浮舟先輩に、──

 

「…………」

 

 スローモーションに感じた一瞬。瞬きをして、ふと意識を外側に向ければ、呪霊はもう手が届くほどの距離にまで近付いてきていた。周りの速度は平常に戻り、呪霊は文字通り目の前。

 足は抜けたが、避けられず。ならば受けるしか道は無く。手に持った呪具を両手で構えて、来たる衝撃に備え──

 

「灰原ァ! 七海ィ!」

 

 廃神社の境内(けいだい)に、今一番聞きたかった声が響き渡る。呪霊を含む、この場の全員の動きが止まった。

 

「「浮舟先輩!」」

 

 走馬灯の中でさえ、必死に想っていたその声。浮舟先輩の声の方へと振り返る。そしてその顔をこの目で確認して、私と灰原は思わずその名を叫んだ。

 全く、なんて頼りになる顔をしているんですか。貴方は。

 しかし、浮舟先輩が応援に来たということは、浮舟先輩が戦う(お酒を飲む)ということ。心が痛む。任務内容にあり得ない差異があったとて、五条さんでも夏油さんでもなく(よりにもよって)浮舟先輩に頼るしかない自分が不甲斐ない。

 

「何ぼけっとしてんだ! 車に乗れ!」

「は……?」

「ピックアップ! 廃神社なんてヤバいところにいる奴、真っ向から戦うな!」

 

 ピックアップ──車で拾う──戦わない。

()()()()()()()()()()()()

 その意味を頭の中で即座に並べて飲み込み、私と灰原は呪霊に背を向け、同時に駆け出した。こちらに向かって走ってくる、助手席に浮舟先輩が乗る車に向かって。

 

 

【なんぢらも行ひぬや。この地より去にぬや】

 

 

「おいコイツ喋んじゃねぇか! マジで準一級以上っぽいぞ! 補助監督さん、ドリフトで横付けして!」

「あぁもう! 無茶言いますよねッ、本当!」

 

 浮舟先輩の指示のもと、〝窓〟が車をドリフトさせて私達が乗り込みやすい位置に停車させる。助手席の浮舟先輩が急げと全力で手招きする様を目視しながら、後部座席へと乗り込む。先に座っていた女児二人(何故?)に詰めてもらい、あとから灰原も乗り込み、急いでドアを閉めた。

 

 

【行かせず。すがらにここに居よ】

 

 

 呪霊はすぐそこまで迫っていた。

 

「クソッ! 追い付かれる! 補助監督さん、車出して!」

「はい!」

 

 タイヤが境内の苔が生えている石畳の上を1秒ほど空回りし、急発進。車は境内を抜け、森の中へ飛び込んだ。

 

「危ないところだったな二人とも!」

 

 助手席に座る浮舟先輩が、振り返って笑いかけてくる。その顔を見てようやく緊張が解け、長い溜め息を吐けた。

 

「浮舟先輩、貴方無茶苦茶ですよ……」

「はっはっはっは! いやぁ、何とか間に合って良かった」

「でも、本当に助かりました!! ありがとうございます!!」

「……ありがとうございます」

「礼なら補助監督さんに。補助監督さんのドライビングテクが無けりゃ間に合わなかった」

「いえいえ、そんな」

「……あの呪霊に追い付かれるか、それともこのまま逃げ切れるかは分からないけど。兎に角、今のうちに休んでおけ。開けた場所に出たら、頼れる同期達に連絡を入れる」

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 サイドミラーが持って行かれそうなくらいの細い道を、補助監督さん自慢のドライビングテクでなんとかすり抜けていく。しかし、車はどこにもぶつかってはいないのにバキバキと何かが倒れる音が後ろから聞こえてくる。

 

「浮舟先輩、後ろ……!」

「ああ、分かってる!」

 

 

【いづこに行く!】

 

 

 呪霊が、何かを叫びながら──進行を阻む木々を薙ぎ倒しながら、こちらに迫っていた。

 

「どうしましょう!! 浮舟先輩!!」

「心配するな、あの身体のデカさだ。この森がある限り──」

 

 追い付かれることはない。そう言おうとして、目の前が段々開けてくるのが分かった。

 瞬時に、脳内に草原という単語が浮かぶ。

 ここに来るまでに通っただだっ広い草原が、復路を進むオレ達呪術師一行の目の前に、再び広がっていた。呪霊を阻む大木は一本も生えていない。

 あの呪霊の全速力が一体どれだけの速度を叩き出すのかは分からないが、オレの額に汗を滲ませるには十分な状況だった。

 マズい。後ろを振り返る。

 超近接戦闘型のオレには、車の窓を開けて追いかけてくる呪霊に攻撃、なんて芸当は出来ない。出来て、せいぜい酒瓶を投げるくらいのもの。

 加えて。

 

「あっ」

 

 補助監督さんの口から漏れた声。慌てて前を向くと、

 冷や汗。後ろから意味の理解出来ない言語を発しながら追いかけてくる呪霊と、森の中から抜けんとするこの車。両者の更に前方に、携帯片手に呆然とこちらを見る──灰原と七海の補助監督さんが立っていた。

 マズいマズいマズいマズい! (はな)から戦わずに逃げるつもりだったのに、どうして灰原と七海の補助監督さんを先に車に乗せて行かなかったんだ! あぁもう! オレの馬鹿! クソボケ! 

 灰原と七海の補助監督さんを、呪霊に追い付かれないように手早く車に乗せる方法。

 このギュウギュウ詰めの車内に、灰原と七海の補助監督さんを乗せる方法。

 二つの無理難題が、過去のオレのトチりによって同時に目の前に立ちはだかる。草原を走る車の中ではろくに考える時間も無く、灰原と七海の補助監督さんとの距離がどんどん縮まっていく。

 

「浮舟さん! どうするおつもりですか!」

 

 運転する補助監督さんが、オレに指示を仰ぐ。冷房の効いた車内で、こめかみに汗が一筋。

 どうする。

 どうする。

 どうする……? 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「浮舟さん!」

「……補助監督さん」

「なんですか!」

「耳を」

「え? ──」

 

 緊迫する車内。誰もが不安げな瞳で、浮舟先輩を見る車内。浮舟先輩と、浮舟先輩の〝窓〟の声だけが場を支配する。

 耳打ち。

 理由は分からないが、後部座席に座る私達には聞こえないように〝窓〟にだけ何かを伝える浮舟先輩。聞き終えた〝窓〟は目を少し見開いてから、ゆっくり頷いた。

 

「……分かりました。指示通りに」

「浮舟先輩……?」

 

 隣に座る灰原が、浮舟先輩の名を呼ぶ。

 返答は無かった。

 

「浮舟先輩ッ」

 

 灰原が、もう一度名前を呼ぶ。

 

「──みんな、何かに掴まって。揺れるから」

 

 言葉は返ってきたが、これは会話ではない。いつものように、心配するなと笑い飛ばしてくれない。

 焦燥感。訳を知りたかった私は思わず浮舟先輩の肩に手を伸ばし、直後宣言通り車が大きく揺れる。いや、揺れるだなんて(ぬる)過ぎる。車体がドリフトついでに何度も横回転していた。

 前方と後方が目まぐるしく入れ替わる。私達の〝窓〟の姿と、追いかけてくる呪霊の姿。回転を重ねるごとに〝窓〟との距離が近付き──

 

「──へ?」

 

 いつの間にか、助手席に〝窓〟が座っていた。

 

「早く、ドア閉めてください!」

 

 運転する、浮舟先輩の〝窓〟が叫ぶ。助手席に座る私達の〝窓〟は、何が何やらと言った表情のまま言われた通りドアを閉める。

 浮舟先輩は、どこにもいない。

 

「浮舟先輩……?」

 

 振り返る。

 リュックサックを背負った浮舟先輩の後ろ姿が、段々離れていく。

 

「浮舟先輩! ──早く車を止めて下さい! 浮舟先輩が、浮舟先輩が外にッ!」

「……止められません。浮舟さんの指示ですから」

「浮舟せんぱーいッ!!」

 

 灰原が窓から身を乗り出して叫ぶ。浮舟先輩は親指を立てて、それに応えた。振り返ってはくれなかった。

 

「お兄ちゃん!」

「いかないで、お兄ちゃん!」

 

 女児も、反対側の窓から顔を出して必死に懇願する。浮舟先輩は、左手をヒラヒラと揺らして言葉に応えた。決して振り返ってはくれなかった。

 どんどん遠ざかる、浮舟先輩との距離。先程〝窓〟と話していたのは、この事だったのか。私達の〝窓〟を助ける為に、浮舟先輩は()()()()()()()自分を犠牲にしてみせたのか。

 

「……浮舟先輩」

 

 俯き、視界に涙が滲む。ドアに手をかけるが、やはりロックされていた。

 

「七海!! 窓だ、窓を割ってそこから出よう!! 早く、早く浮舟先輩を助けに行かないとッ!!」

 

 狭い車内で腰を浮かせ、必死の形相で私を見下ろす灰原。早く行こうと、私を急かす。

 

「…………」

「七海ッ!!」

「……行きません」

「はぁ!? 何言ってるんだ七海!! 浮舟先輩が、ピンチなんだぞ!!」

「私達を助けに来た時、浮舟先輩は加勢ではなく逃走を選びました。……つまりは、そういうことなのです」

「……なんだよ、それ」

 

 腰を浮かせていた灰原が、倒れ込むように座席に沈む。片手で顔を覆い、歯を軋ませた。

 沈痛。誰も、何も言わない空間。誰もが視線を落とし、何も出来なかった自分を悔やむ空間。しかし、この車を運転する〝窓〟はだけは、どこまでも前を向いていた。

 振り返っても、もう浮舟先輩の姿は見えない。同じく呪霊の姿も無く、私達が乗る車は、再び草原から山の中へと飛び込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つの無理難題を鮮やかに解決してみせた──つまりは、あの場での最善を尽くしたオレは、ズレたリュックサックを左肩に背負い直しながら、目の前の呪霊を目上げた。

 ボロ切れを身に纏った老人のような見た目。しかし頭部が異常に大きい。奴が呼吸をする度、ドブのような匂いがオレの前髪を浮かせる。彼我の距離、1メートルも無し。

 

 

【なんぢは誰なり。何故突然目の前にさまを現しき?】

 

 

「まあまあ、落ち着けよ。オレは逃げないから」

 

 

【その匂ひ。酒か? わらはが何故酒を持てり】

 

 

「質問攻めだな。何言ってるかわかんね〜し。……はぁ。兎に角、()()()()。ここじゃお互いやりづらいだろ」

 

 こちらの言葉は通じるのか、揃って来た道を戻るオレと呪霊。草原から森へ。数分歩いて、境内へと再び足を踏み入れた。

 廃神社と、そこに住まう呪霊。

 十中八九、信仰を失った神様関連だよなぁとか頭の中でコイツの面倒臭さを計算してみる。

 呪いに転じた神。しかも喋れるときた。この調子じゃあ、術式も使うんだろうな。

 

 

【なんぢはいづらへ行くや? なんぢも、この地よりかれ行ひぬや?】

 

 

 言葉が通じないのに一方的に話しかけてくる呪霊に、思わず首の後ろをかく。

 恐らく、というかほぼ確実に、オレはコイツに勝てない。準一級──下手したら一級くらいの実力がある呪霊。準一級呪霊は何度か祓った事はあるが、一級呪霊となれば一人で祓ったことなんてない。夏油や五条との共同任務で、助力あっての祓除(ばつじょ)だ。

 だから、この状況はマジでヤバい。結局同期達には連絡を入れられてないし、補助監督さんには、灰原と七海が絶対に戻ってこないように強くお願いしてしまった。

 正真正銘の、単独任務。

 

 

【……逃ぐるつもりぞなきめる】

 

 

 真夏の、誰もいない山奥で、化け物と二人きり。オレはもうすぐ誕生日だというのに、なんたる仕打ちか。頭をガシガシとかいて、背負っていたリュックサックを地面に下ろした。チャックを開け、酒瓶を一本手に取る。

 

 

【何す】

 

 

「今から、お前を祓う。はっきり言って倒せる自信無いし、なんなら今すぐにでも逃げ出したいくらいだけど」

 

 

【今逃ぐと言ひきや?】

 

 

「オレが足止めしなきゃ、またお前、みんなのところ行くだろ? それだけはさせられない。あの車には、将来有望な若者四人と、そんな若者を支える素晴らしい大人二人が乗っている。だから──」

 

 

 親指で酒瓶の蓋を弾き、呷る。その様を心底不思議そうに見詰める呪霊に向かって、オレは熱を持った顔面を気にせず言い放った。

 

 

「ここから先へは、絶対に行かせない」

 

 

【わらはよ、いかでかいづこにも行かぬでくれ。この地にすがらにあれ】

 

 

 随分と饒舌な呪霊だ。すぐに攻撃してこないところを見るに、本当に強いのだろう。アルコールが回り始め、ふらつく身体に鞭を打ち、拳を構える。片腕しかないが、もうこの構えは身に馴染んでいた。

 

「オレの名前は浮舟出(うきふねいずる)! 天与呪縛の関係で、酒を飲まないと呪霊すら見えない! だけど、酒を飲めば飲むほど身体に呪力が回る不思議な天与呪縛だ!」

 

 術式の開示による、呪力の底上げ。

 つまりはマジだ。

 

 

【……哀れかな、弱き子よ】

 

 

「ムカつくくらい天才で美形な同期達に囲まれながらも、腐らず毎日頑張ってるオレはマジで偉い! この天与呪縛の所為で早死にまっしぐらで未来に希望なんて無いし、何故だか分からんけど上層部から恨み買って命を狙われてる! でも、そんなことお酒を飲めば嫌なことは忘れられるから屁でもない!」

 

 

【やめたまへ。儂とて君に死なまほしくはあらず】

 

 

「オレの天与呪縛(術式)は、身体に取り込んだアルコール成分を呪力に変換することじゃない! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

【……忠告ぞせる】

 

 

 

 

「──あと、一年くらい前からず〜っと幻聴が聞こえてる! 開示終わりッ!」

 

 言い終え、拳を握り締めて呪霊の懐へと飛び込む。

 それと同時に、呪霊が歌を詠い始めた。

 

 

 

 

 

 

 








浮舟出:可愛い後輩二人を、未来ある幼子二人を、呪術界を支える補助監督二人を、なんとか助ける為に呪霊と対峙する。自身の選択で誰かが悲しむだとかは全然考えていない。
術式の開示なんて伏黒甚爾との戦いでもやっていないことなので、今回は大マジで戦うつもりらしい。


七海建人:実力違いの任務を割り振られ、絶体絶命のピンチの最中で尊敬している浮舟先輩に助けて貰った。しかしその直後、自分達を置いて戦場に戻って行った先輩の後ろ姿がいつまでも目の裏に焼き付いている。早く電波の通る場所まで行き、最強二人に連絡を入れるつもりらしい。


灰原雄:実力違いの任務を割り振られ、絶体絶命のピンチの最中で頼りになる浮舟先輩に助けて貰った。走行する車から飛び降りてでも先輩の加勢に向かいたかったが、自分が行ってもなんの役にも立たないことに気付き断念。
死亡ルートを回避した。


枷場美々子:お兄ちゃん、どこかに行っちゃった。


枷場菜々子:お兄ちゃん、どこかに行っちゃった。





次回、本当の本当に戦闘シーン。2話くらい前にも後書きでこんなこと言っていたような気がしますね。
あと、今回出てきた呪霊は原作では名前しか出てこなかった呪霊なので、見た目やら術式やら設定やらは自分の完全なる想像です。これも二次創作のいいところだよねってことで一つお願いします。
自分は仕事中にぼーっとしながら次のお話やらネタやらを考えてメモっておいて、自宅に帰ってきたら執筆するというスタイルでやっています。もう最終回までの大体の道筋も出来ているので、こうして1話1話書き上げる毎に「ああ、終わりに近付いているなぁ」としみじみ思う大塚であります。
毎度のことではありますが、ノリと勢いで書き上げているので後になって訂正したりすることもあるかと思います。ご了承ください。
みんなも観よう、映画ザ・フラッシュ。
ではまた。




誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
  • 家入硝子
  • 夏油傑
  • 七海建人
  • 灰原雄
  • 伊地知潔高
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