アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは、ブーストはありませんが、思わぬブーストはありました。



アル中、覚悟を決める。

 

 

 

 

『待たせたね。たった今、任務が終わったところだ』

『俺も。──んだよ、傑より早いと思ったのにな』

『まぁ、出への愛があればこれくらいはね』

『ハァ?』

『やるかい?』

「……話続けて良いか。クズ共」

 

 昼過ぎ、高専内。

 自身の携帯電話を片手に固定電話が設置されている場所まで移動した家入は、片方は夏油と──もう片方は五条と。そんな風にそれぞれ電話を繋ぎ、3人同時通話を実現させていた。多少の音声の乱れやラグこそあるものの互いの声は意外にもはっきり聞こえていた。

 家入は、通話直後早速険悪になった二人を溜め息混じりに諌め、本題に戻す。本題というのは勿論、今朝から一人で任務に出ている想い人(浮舟)についてだ。

 

「で、夏油。いずるは今どこにいるの?」

『静岡県の山の中にいるみたいだね』

『GPS通じてたんだな』

『出が任務に出てからちょくちょく様子は見てたけど、位置情報が確認出来ない時間帯があった。出の言う通り、山奥の集落的な場所にいるみたいだ。それも、随分とね』

「山奥ね……」

 

 呟きながら、窓の外を見る。不安感に苛まれるこちらの気など知らずに、空は馬鹿みたいに晴れ渡っていた。

 

『少し心配なのが、もう2時間近く動きが無いことだ』

『おい、じゃあ今すぐ行こうぜ。怪我してるのかも』

『言っただろう。出は、集落的な場所にいると。そこが廃村でも無い限り、呪霊と会敵している可能性は限り無く低い』

『じゃあなんで2時間も動かないんだ。……まさか』

「……人為的な、トラブル」

 

 家入は呟きながら、自身の脳がじわじわと冷えていくのを感じた。

 

『……確定は出来ない。でも、出の任務が順調ではないのは確かだ』

上層部(あのジジイ共)、いずるに何かしやがったんじゃねぇだろうな』

 

 固定電話から、五条の怒りに満ちた声が聞こえてくる。それを特に気にした様子も無く、夏油が話を続ける。

 

『……二人には話してなかったけど、出は依頼主とトラブルになりやすいんだ』

「トラブル?」

『ああ。ほら、出って酒を飲むだろう? その匂いが、依頼主からしたらよく思えないようでね』

『まあ、そりゃそうだよな。理由知らなきゃ、仕事中に飲んでるような奴が来たって思うか』

『だから、度々トラブルになるんだ。もしかしたら、今回も……』

 

 最後まで言わずに発言を終える夏油。しかし、五条と家入の二人はその先を理解し、頭の中で村人に責められる浮舟を想像して喉を鳴らした。なんて可哀想なんだ。あとなんで黙ってたんだと心の中で沸々と怒りの感情を(たぎ)らせる。

 

「……兎に角、早くどこかで落ち合おう。アンタ等、今どこいんの?」

『東京の繁華街にある廃ビル』

『意味わかんねー寂れた商店街。確か千葉』

「〝窓〟に理由(ワケ)を話して、急いでこっちまで帰って来て。私は空いてる〝窓〟に声かけとくから。高専の結界の外で待ってる」

『俺、術式でぶっ飛んで行った方が早いんだけど』

『駄目に決まっているだろう。誰かに見られたらどうするつもりだ』

『ちぇっ』

 

 それから特に挨拶も無く、通話が切れる。両手に持っていた受話器と携帯電話を見詰め、急に切るなよと思いながらも、家入は受話器を戻してその場を立ち去るのであった。

 それから数歩ほど歩いてから、閃く。GPSが使えるのなら、電話もかけられるじゃんと。ならいずるに電話をかけてみよう。そう思い立ち止まって携帯電話を開いた家入だったが、もし繋がったとして、電話をかけることでまたいずるが依頼主とゴタつくかも知れないと考え、不満気な顔で携帯を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呪霊は、強かった。

 術式の開示を終え、すぐさま奴に肉薄して、呪力を込めたパンチでぶっ飛ばしてやろうと画策していたオレだったが、呪霊の身体に拳を当てるよりも、呪霊が術式を発動する方が早かった。

 

 

【これやこの行くも帰るも別れては。知るも知らぬもあふ坂の関】

 

 

 歌を詠う呪霊。それでも構わず走り続けたオレのヘソのあたりに、違和感。その意味を理解したオレは全身から冷や汗が吹き出す思いで。

 死ぬ物狂いで、転げるように屈んで回避すれば、制服のちょうどヘソのあたりに横一本切れ目が入っていた。

 見えない斬撃。

 しかし、オレの後方には何の被害も無い。

 アルコールで極限まで強化された五感と身体能力が無ければ、オレの身体は上下で真っ二つにされていたことだろう。

 

「……危ねえな」

 

 

【やめば今ぞ】

 

 

「な〜に言ってんのか分かんねぇんだよボケ! ()()()で喋りやがれ!」

 

 

【哀れかな】

 

 

「テメェ! もしかしなくても、今哀れって言ったよな!」

 

 それから数回の攻防が続き、奴がまた術式を発動させた。次は思い切って受けてみよう。腹部を左手で守るように構えると、見えない斬撃はいつまで経ってもやってこず。代わりに、オレの両足が足首の辺りまで地面に沈んでいた。

 両手を前に突き出し、飛びかかってくる呪霊。オレは呪霊の横っ面を、呪力を流し込んだ酒瓶でぶん殴ってやり過ごし、両足を地面から抜いて距離を取る。それから、お酒を一口飲みながら考えた。

 奴が詠っている時には動かない方が良いのかも知れない、と。

 もう一度、奴が詠っている時に動いてみようとも考えたが、やめた。来ると分かっていても、あの見えない斬撃を100%避けられる自信が無かったからだ。

 山の中。

 木々生い茂る日陰で戦っているとは言え、ゲロを吐きそうなほど暑い気温。滴る汗を制服の袖で拭ってから、呪霊を睨んだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 現に、こうして頭の中で奴の対処法を探っている間も、あちらから攻撃してくることはない。

 受け身。

 奴は、オレが攻撃してこない限り、攻撃らしい攻撃というやつをしてこなかった。

 意図が読めない。

 舐めてるのか? それとも理由があるのか? 

 

「……分かんねー」

 

 分かんねー。だって酔っ払ってるから。

 オレの天与呪縛は熟考には向かないのだ。

 

「分かんねーから、取り敢えずブン殴るしかねぇよなァ!」

 

 酒瓶片手に、駆け出す。

 

 

【……さて良しや、人の子よ】

 

 

 理由は分からないが、呆れている様子の呪霊。オレは呪霊に肉薄し、そのムカつく面を酒瓶でブン殴る。

 

 

【ほっ】

 

 

 当たった──空振り。

 手応えを確信したオレを嘲笑うかのように、上体を逸らして難なく避けてみせる呪霊。逸らした上体を戻してこちらを見下ろす呪霊の瞳がオレの膨れ上がった蛮勇を射殺す。

 

「うッ」

 

 推定、一級呪霊。

 その内から滲み出る死の予感が、呪力となってオレに(にじ)り寄る。そろそろ連れて行ってやろうかと、死神の鎌がオレの首元に当てられているような感覚。

 どうせ勝てると、高をくくっていたわけじゃない。(むし)ろその逆、オレは、目の前の呪霊を酷く警戒していたのだ。オレなんかが勝てるわけがない──大事な後輩や補助監督さん。それから、あの集落から助け出した美々子ちゃんと菜々子ちゃんが、なんとか無事に逃げ切れればそれで良い──オレの中にあるのは、それだけだった筈なのに。

 しかし、アルコールがオレの危機感を鈍らせた。アルコールによる全能感が、オレの怯えを麻痺させた。

 

 

【死に方が選ぶべくば、いかが死なばや?】

 

 

 呪霊が、オレの肩に手を置く。その手はオレの顔よりも大きい。

 

「……何言ってるか分からねェけど。取り敢えず、オレはこんなところじゃ死にたくねぇな」

 

 呪霊の言葉に対する返答というよりかは、この現状に対するぼやき。発した声はどこか震えている。

 呼吸が荒れる。整えろと深呼吸をしてみても、目の前の呪霊から発せられるプレッシャーが、オレから平常心を奪う。

 呼吸はどんどん荒くなる。

 逃げてしまえ。お前だって、一人孤独に死にたくはないだろう。

 オレの中にいる誰かが、優しい声色でオレを惑わす。生死がかかっているこの場で、自分の為だけに行動しろと、甘言でオレの中の正しさを曲げさせる。

 喝。

 頭を冷やさねば。

 

 

【……そはさればいかなるつもりなり?】

 

 

「あぁ? 空の酒瓶で自分の頭を叩いただけで、なぁ〜にぶつぶつ言ってやがる」

 

 いくら呪力で強化されているとはいえ、硬い瓶で頭をぶっ叩けば痛い。しかしその痛みが心の中の甘ちゃんを追い出す。余計なことを考えずに目の前の戦いに集中しろと、オレの根性に喝を入れる。

 それにしても暑い。ここまで暑ければ、高専指定の頑丈な制服なんて着てる方がダメージを負ってしまう。

 という訳で長袖の制服を脱ぎ、ワイシャツ一枚になる。今まで感じなかった微風が汗で張り付いたワイシャツ姿になったことで生き生きと、まじまじと感じられる。

 束の間の爽快感。目の前には呪霊がいるというのに、オレはマイペースに脂汗をかいた額を脱いだ制服で拭い、そこら辺に放った。

 

「……たまに、性にも無く考えちまう。オレは一体何の為に──誰の為に身体張ってるんだろうってな」

 

 初任務。

 いつもの任務。

 誰かとの任務。

 伏黒甚爾と相対した時。

 虐待されていた双子を救った時。

 その他諸々(エトセトラ)

 呪術師になると決めたその日から、どういう訳かオレはいつだって傷だらけだった。硝子ちゃんの反転術式が効かないってのも勿論あるけど、オレはいつだって血に塗れていた。

 

「呪術師に悔いのない死などない。おい呪霊、この意味分かるか」

 

 

【この戦ひに心など無しといふ心か】

 

 

「違う」

 

 オレが戦いで負った傷。それを誰かの所為かと聞かれれば、オレは決して違うと答えるだろう。これはオレが望み、オレが選んだ道。その過程で負ったのだから後悔は無い。苦痛に顔を顰めることはあれど、誰かを恨んだりすることは決してない。

 自己犠牲──なんて言うと、少し格好付け過ぎな気がするな。

 オレは、オレなりにそうするべきだと思ったからそうしただけ。

 五条のように、何でも出来る強さがあれば。

 夏油のように、瞬時に色んな策を思い付く頭の良さがあれば。

 硝子ちゃんのように、誰も彼もを癒せる力があれば。

 オレは、呪霊相手にこんな無様を晒してなどいない。

 オレは弱い。お酒の力を借りなければ、ただの一般人だ。その一般人が、才人達と同じフィールドに立とうとしているのだから、そりゃ不恰好にもなるってもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 Q.誰かを救いたいけれど〝僕〟にはその力がありません。

 

 

 A.死ぬ気で頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

【……儂の言の葉など伝はりたらじ】

 

 

 呪霊が不満気に何か呟いているが、意味はやっぱり分からない。意味が分からないのだから、言っていないのと同じだ。

 呪術師に悔いのない死などない。

 呪術師という職業は、決して報われない。誰もが志半ばで後悔しながら死んでいく。右も左も分からない一年生の頃、誰かにそう教えてもらった。

 あぁ、そうだろうよ。わざわざ危険な場所に赴いて危険な事してるんだから、そりゃ死ぬだろうよ。しかも、死ぬと思ってないところで死ぬんだから、そりゃ後悔するに決まってる。

 呪術師に悔いのない死などない。

 何知ったような口聞きやがる。

 呪術師に悔いのない死などない。

 オレに講釈を垂れんな。

 呪術師に悔いのない死などない。

 うるせぇ。

 呪術師に悔いのない死などない。

 呪術師に悔いのない死などない。

 それでも、アイツ等には生きていてほしいんだ。

 

 

「……例えば、交通事故で死んだとしたら。後悔するよな」

 

 

【交通事故とはなになり】

 

 

「……例えば、通り魔に後ろから突然刺されて死んだとしたら。後悔するよな」

 

 

【辻斬りのごときものか】

 

 

「この状況もよ、それと全く一緒だよな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

【すなはち何が言はばや】

 

 

 言葉の意味は分からんが、都度相槌を打ってくれる呪霊に敵ながら微笑ましく思いつつ、オレは置いていたリュックサックから酒瓶を──最後の一本を取り出して、ラベルを呪霊に見せ付けた。

 

「オレにはお酒しか無ぇ。六眼や無下限、呪霊操術も反転術式もありゃしねぇ。だけど一丁前に覚悟はある。みんなよりも前に出て身体を張り、()を呈して敵に喰らい付こうっていう覚悟がある。そしてその結果、()()()()死んでしまったとしても悔いは残らないという自負がある」

 

 

【ならなんぢは何の料に生きたり】

 

 

「何故だか知りたそうな顔してんな。教えてやるよ。……呪術師じゃなかったら、同期と一緒に居られねぇだろ」

 

 オレは、同期が、みんなが好きだ。

 同期(みんな)と一緒にいられるこの生活が堪らなく好きだ。

 同期(みんな)の為ならば、一級呪霊(格上)にだって噛み付ける。

 同期(みんな)との生活を守る為ならば──命だって懸けられる。

 同期(みんな)と一緒にいたい。それが叶わないのならば、せめて同期(みんな)には傷付かず、オレ抜きでも幸せに生きてほしいんだ。

 死ぬ覚悟ではなく、護る覚悟。祓えなくても良い。あの車が、呪霊が決して追い付けない距離まで逃げてくれれば、オレの()()はそこでおしまいなのだから。

 親指で酒瓶の蓋を弾く。呪霊が酷い顔でオレを見ていた。

 

 

【やむるなり】

 

 

「勘違いすんじゃねぇぞ。オレは死んでも良いって言ってるんじゃない。死んでも悔いは無いって言ってるだけだ。オレはこれからもテメェを祓う為に必死で足掻いて、お酒が切れるその瞬間まで死ぬ気で大暴れしてやるからな」

 

 酒瓶を握りながら、中指だけ立ててみせる。

 ラベルに書かれたアルコール度数40%という文字に顔を顰めながら、口を付けて傾けた。

 

 

【もろともに来】

 

 

 嚥下(えんげ)

 喉が焼ける。

 芋臭ぇ香りとアルコール消毒液みたいな臭いが一緒くたになって、嗅覚を、既に酔っ払っている脳味噌を今一度ぶん殴ってくる。

 駄目だ。

 二口目は飲めない。今までオレは、アルコール度数20%前後のお酒でやっとだったんだ。それがいきなり、40%のお酒を口にして、そう一気に飲めるわけがない。

 一旦口を離そう。酒瓶を地面に置いて、一旦落ち着いて。

 ──いいや、飲め。意地でも流し込むんだ。もっと呪力を、オレにもっともっと呪力を……! 

 

 

【何故なんぢはおのれを傷付くるなり】

 

 

 二口。

 三口。

 四口。

 

「──う、おええぇぇぇ……」

 

 吐き出す。

 吐き出したかった訳じゃない。受け入れる胃が、身体がアルコールを拒絶している。いくら何でも無理だと、内臓全体をポンプのように(しぼ)ませてこれ以上の飲酒を受け付けない。

 地面に、たった今飲んだばかりのお酒が流れていく。よく見れば、お酒に混じって赤い色も流れている。

 オレが背中を曲げて嘔吐している間も、呪霊は何もせずこちらを見ている。

 身体が震える。

 嘔吐という行為そのものが、体力を奪っていく。オレから呪力を奪っていく。

 嘔吐。

 それから嘔吐。

 またしても嘔吐。

 嘔吐に次ぐ嘔吐。

 やがて胃の中身を全て地面の上に曝け出し、口からはもう何も出ず、胃が吐き気で伸縮している感覚だけが残った。口元をワイシャツの袖で拭い、呪霊を睨む。

 

「……見てんじゃねぇ」

 

 

【……儂と共に来。儂ならば、なんぢをなやみより護るべし。この地に、なんぢをすがらに護り続けらる】

 

 

 呪霊が、オレを心配するような表情で何かを言っている。ひょっとしてコイツ、そう悪い奴じゃあないんじゃないかと一瞬思ったが、相手は呪霊。灰原と七海を殺そうとした奴だ。下手な情けは身を滅ぼす。アルコールで身を滅ぼしているオレが言うんだから間違い無い。

 

「あー……。クソ、吐いたから呪力が減っちまった。また飲まなくちゃな」

 

 

【頼めば止めよ】

 

 

 呪霊がこちらに手を伸ばす。オレと呪霊の間には腕のリーチ以上の距離がある為、触れられることはない。何か、オレのことを止めたがっているような雰囲気だ。

 知るかボケ。テメェが大人しく祓われていればオレだってこんな目に遭ってねぇよ。

 酒瓶にもう一度口を付ける。これから来る人生最悪の瞬間に備えて両目を瞑り、酒瓶を一気に傾ける。

 一口。

 胃が反射でこねくり回され、そんなもの早く吐き出せと脳に信号を送ってくる。

 二口。

 脳に送られた信号が流血という形で危険を伝える。

 三口。

 オレの鼻の穴から血が出てくる。

 四口。

 それでも止める気が無いと身体が理解したのか、胃が観念していつもの形に戻る。

 五口。

 限界を超えた飲酒。

 六口。

 つまりは、決死の覚悟(しをきめるかくご)

 口を離して酒瓶を地面に置く。下を向いたらまた嘔吐しかねないので、すぐ立ち上がって、口を押さえながら虚空を見詰める。堪えろ。呪力を内臓に回せ。内臓機能を強化するんだ。

 間も無くアルコールが脳に届き、呪力が身体の中で生まれ始める。やがて呪力はオレの体内を暴力的に駆け回り、早く戦えとオレに語りかけてくる。

 そんなオレはと言えば、依然飲み込んだお酒を吐いてしまわないように必死で立ち尽くしている。

 酒瓶の中身は、もう半分も無い。最後の一本。もう、呪力をチャージ出来る回数も残り僅か。

 限界(リミット)

 吐き気の峠が過ぎたので、口元から手を離す。流れでそこらに放った制服を目線で確認してから、呪霊の顔を見た。

 

 

【度し難し。されど儂はなんぢ救ひいださむ】

 

 

 過去最高レベルの呪力が、オレの身体の中を渦巻いている。その呪力は行き場を求めて体内をグルグルと走り回り、脳に回った呪力が幻聴と共にオレに囁きかける。

 

「……五月蝿ぇな、本当に」

 

 左手を強く握る。ギシギシと金属が嫌な音を立てた。

 

「はーあ……。オレに両手があれば、手印だって結べるのによ」

 

 

【いかが言ふ心なり】

 

 

「テメェに言ってるんじゃねぇよ。オレに話しかけてくる幻聴()に言ってんだ」

 

 以前本人から聞いた話だが、五条は死に際に自身の呪力の核を掴み、反転術式を習得したという。

 ならば、今オレの頭の中に流れるビジョンも、もしかしてそういうことなのだろうか。

 ………………、

 …………、

 ……。

 

「つまり、オレ死にかけてるってこと〜? はぁ……、ヤバいな」

 

 オレの天与呪縛の、今まで知らなかった使い方。誰が教えてくれているのか、ああしろこうしろと、こんな使い方もあるぞと、イメージ映像がいくつも浮かび上がってくる。

 頭を掻く。そんな急に言われても、こっちは瀕死なんだ。いきなり実行になんて移せるかよ。

 

「……あー、律儀に待っててくれてありがとな」

 

 

【案ぜぬで】

 

 

「テメェ、そんなにお利口なら夏油に仲間にしてもらえよ。……あぁ、でも夏油が居なきゃ意味ねぇか。やっぱ忘れてくれ」

 

 

【誰なり】

 

 

「黙ってろ、今少し気分が良いんだ」

 

 限界を超えたアルコール摂取。顔色も赤を超えて白くなり、テンションもハイを通り越して最早凪いでいる──そんな状態。

 心穏やかな気分は手先の震えをも止め、ただただ、度を超えた全能感とうるさ過ぎる鼓動の音だけがオレを突き動かしていた。

 右足を前に出す。

 呪霊が構える。

 左足を前に出す。

 呪霊が口を開く。

 前に出した左足に力を込め、爆発的に前進する。

 

 

【心あ──ムグゥ】

 

 

「オレってば、なぁぁんで気付かなかったんでしょうねぇ! そうやって詠い始めに口塞いじまえば、術式も意味ねぇってのによォ!」

 

 

【ムガ、ムググググ】

 

 

「……クッソ、やっぱ口開く前に止めなきゃ駄目だな。腹から血が出てやがる」

 

 呪霊の顎を下から突き上げ、そのまま口を塞がせながら好き勝手に喋る。呪霊の両足はオレがそのまま両足で踏んでいるので、呪霊は後ろに下がることも出来ない。

 

「マジで、オレに両手があればこのまま攻撃し放題なんだけどなぁ! クソ! 恨むぜ伏黒甚爾ィ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっと飛ばせよ! いずるが怪我してるかもしんねぇだろうが!」

「コラ悟。そんな言い方をしたら失礼だろう。──あの、何かあったら五条家が責任取るんで、もっとアクセル踏んでいただけますか?」

「はぁ……」

 

 身を乗り出して、運転する〝窓〟にキレる五条と、それを諌めつつも無茶苦茶を言う夏油。両側でやいやい言っている二人にツッコむのも疲れて、煙草片手に額を押さえる家入。

 後部座席に、同期3人横並び。浮舟救出作戦遂行中の車内は実に混沌としていた。

 冷房の効いた車内に、家入が吐いた煙が充満していく。やっと着席した五条が顔を顰める。

 

「なぁ、そろそろ流石に煙いんだけど。窓開けようぜ」

「は? 何言ってんの暑いだろ」

「それはそうだけど、硝子。ほら、副流煙に含まれる有害物質は主流煙の何倍もと言うだろう」

「……?」

「いや首傾げんな」

「……?」

「反対側に傾げんな」

「諦めよう悟。硝子、これで乗り切るつもりらしい」

「安心しろ。いずる助けたら、帰りは吸わない」

「そんなことできんの?」

 

 あの家入硝子が、高専に着くまでの数時間、煙草を我慢できるの? 

 そんな意図を込めた五条の問い掛けに、家入が眉間に皺を寄せながら、重々しい声で返す。

 

「……頑張る」

「それは立派だね」

 

 欠片も思ってなさそうな声色で、夏油が家入を褒める。

 

「頑張るから、帰りの車内、いずるは私の隣な」

「「ハァ!?」」

 

 同期3人誰もが気にしていた、帰りの席順。後部座席は3人しか座れないので、炙れた一人はどうしても助手席へと追いやられる。その哀れな一人をどう決めるか、その一人をどう蹴落とすかを、皆心の中で策を張り巡らせていた。

 そんな、ある種の心理戦的な何かを躊躇い無くぶっ壊し、ぶっ込んで見せた家入に、両サイドから顔が近寄ってくる。

 

「近い」

「硝子、私達は一度キチンと話し合うべきだと思わないかい?」

「そうだ! しかも硝子の言い方だと、いずる一人占めする気だろ!」

「当たり前じゃん。だって私()()()()()()だし、真ん中座らきゃ。それに、いずるが真ん中だとお前等ちょっかいかけるだろ。あと、いずるに付きっきりで傷の治療もしてやらないといけないしな。こう見えて私医者志望だし。じゃあな、最強(負け犬)二人。どっちが助手席に行くかは仲良く話し合って決めな」

 

 スパー。

 長文で煽りに煽った後、勝ち誇った顔で煙草を吹かす家入に、ぐぬぬと悔しそうな表情を見せる夏油と五条。

 

「てか、何で硝子が正妻面してんだって話! お前一番素直じゃないクセしてよ!」

「素直とか素直じゃないとか関係ある? いずるは間違い無く私に惚れてるけど」

「──それは無いね。出、女性の好み(タイプ)を聞かれて、硝子の名前はおろか特徴すらも挙げられてなかったよ」

「は?」

「挙げられていたのは、冥冥さんと歌姫さんだったかな? 参ったね、出は硝子(同年代)には興味無さそうだ。あぁでも、硝子の言い分だと出は硝子に惚れているんだっけ? 困ったなぁ、これじゃあ私と悟には勝ち目が無さそうだね」

 

 やり返し。

 ヘラヘラと笑いながら家入の神経を正確に逆撫でする夏油と、夏油のパンチラインに手を叩いて笑う五条。

 それから、ニコリと微笑んだ家入。持っていた煙草の火を夏油の手の甲で消した。

 

「アッッツ!!!!」

「何だよその声! はははははは、初めて聞いた!」

「……思わず手が出そうになったよ」

 

 五条が、夏油の情けない声に腹を抱えて爆笑する。夏油は自分の口から出た予想だにしない声量に恥じらいながら、根性焼きされた手の甲をさする。

 痛い熱いと泣き言を漏らす夏油に舌打ちしながら反転術式でその傷を癒した家入は、火の消えた煙草を、五条の足元にあったお菓子の空箱等が入ったビニール袋兼ゴミ袋にぶち込む。それから前のめりになって、ルームミラー越しにこちらの様子を伺っていた〝窓〟を睨んだ。

 

「──このクズ二人をカーブの遠心力で殺して下さい」

「は、はい?」

「そのくらい急げって言ってるんです。早く、いいから早くッ」

 

 

 

()(())





浮舟出:山奥の廃神社で、一人で戦っている。アルコール40%は代償がデカいらしい。


五条悟:一刻も早くいずるを助けに行きたくてウズウズしてる。なんで雑魚の為に俺が術式使うの我慢しなきゃいけないわけ?


夏油傑:一刻も早く出を助け出したくてウズウズしてる。悟の気持ちはメ〜〜〜〜ッチャ分かるけど、出が絡んでいるのでキチンとしようと思っている。


家入硝子:一刻も早くいずるを癒してあげたくてウズウズしてる。クズ二人の愚行を見る度に自分といずるの関係は揺るぎないものだと確信しているものの、今回思わぬ事実を突きつけられ内心滅茶苦茶焦っている。







クソ暑い中、皆様いかがお過ごしでしょうか。
本来ならば二つに分けずに投稿するつもりでしたが、今日執筆していて文字数が2万を超えたので急遽分けました。もう後半も一万字書けているので、水曜日までには投稿できると思います。
皆様この小説を読んでくれてありがとうございます。嬉しいコメントや評価、ここすきありがとうございます。誤字報告もいつも助けられています。
懐玉/玉折編終了まで、残り2話。
ではまた。

誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
  • 家入硝子
  • 夏油傑
  • 七海建人
  • 灰原雄
  • 伊地知潔高
  • 庵歌姫
  • 冥冥
  • 夜蛾正道
  • 九十九由基
  • 乙骨憂太
  • 折本里香
  • 禪院真希
  • パンダ
  • 狗巻棘
  • 枷場美々子
  • 枷場菜々子
  • 伏黒甚爾
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