アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは。ブーストは当たり前のように無しです。





懐玉(エピローグ)

 

 

 

 

 あれから、数日が経った。

 ()()()()()()()()()、数日が経過した。

 数日経っても彼が死んだという事実は無くなりも覆りもせず、実は生きてましたと後頭部をかきながら、草陰から彼が照れくさそうにひょっこり登場することも無かった。

 彼がこの世を去った後も、世界は何の異変も滞りも無く廻り、高専では彼を見送る準備だけが着々と進んでいた。

 浮舟出は、死んだ。

 その現実を受け止めるのに、数日もかかってしまった。

 

「「「……はぁ」」」

 

 不意に、円を囲むように床に座っていた三人の溜め息が重なる。互いに視線を交わらせ、眉が上がった。

 つまり、考えていることは三人共に同じだったということだ。

 

「……今日が来たな」

「……ああ。来たね」

「……来たね」

 

 五条悟。夏油傑。家入硝子。

 彼ら彼女らは三人共に強く、呪術界の長い歴史の中でも類を見ない程の天才が揃った世代であった。そこにポツンと一人、平凡な同期がいたことなんて忘れがちになってしまうくらいには、彼ら彼女らは際立っていた。

 同期4人(君達)の中で一番早く死にそうなのは誰かと問えば、本人含め満場一致で()の名が挙がるくらいの、実力の違い。

 しかし、彼が弱いことなど特段問題ではなかった。

 だって護れば良いのだから。なるべく危険から遠ざけ、ずっと一緒にいてやれば良いだけなのだから。

 しかし叶わず。予想の通りに彼は死に、残されたのは天才三人のみ。

 あの時、彼から片時も離れなければ。

 あの時、彼の言うことになんて耳を貸さず任務を代わっていたら。

 あの時、反転術式が効いていたら。

 思い思いの、様々な場面での後悔だけが三人の精神を苛む。彼が死んだのは自分の所為だと、絶え間無く自分自身を責め立てる。

 同期の死。

 もしくは想い人の死。

 心のどこかでは、死なないと思っていた。

 怪我の多かった彼は、しかし死の臭いを寄せ付けない程に明るく、そしてそれなりに実力もあった。

 あの時も大丈夫だった。だから今回も大丈夫だろうという気の緩み。

 ()()()()()、許すべきじゃなかった。

 怒り。彼が死んでも変わらずのうのうと生きている上層部という害に、そして自分に。

 噛んだ内頬に血が滲む。

 いくら天才といえども、最強といえども。想い人の死に耐えられる程強くはない。

 

 間。

 

 彼が死んだ日の夜は酷かった。

 死なせて、彼と一緒にいさせて、と彼の部屋で首元に剃刀を当てながら叫ぶ家入に、取っ組み合いになりながら力付くで止める五条。

 平時ならば1番の常識人である夏油が、過剰防衛(本当ならもっと色々と罪状があったらしいが本人曰く1番の論点はここだったとのこと)の罪で上層部の元に喚問され不在というのも大きかった。

 五条も、頭を抱えて大声で叫びたい気持ちはあった。彼の死を存分に嘆き、ヘイトを向けるべき場所へと向ける時間が欲しかった。

 しかし、自分よりも遥かに混乱している同期を目の前にしては、その背筋を伸ばすしかなく。この場にいないもう一人の最強に恨み言を残しながら、家入の両手首を掴んで必死に説得するしかなかった。

 その頃の夏油と言えば、自らの罪を自白した後に上層部との、想像よりも簡略化された問答をいくつか(おこな)った後に、深夜にも関わらず彼が死んだ現場に──自分が人を殺した現場に戻り当時の状況を事細かに〝窓〟へ説明していた。

 夏油が高専に帰ってきたのは明け方。肉体的にも精神的にも疲弊した身体を引き摺るように寮内を歩き、様々な感傷に浸りながら彼の部屋を開けるとそこには、泣き疲れて眠った家入とそんな家入の動向を監視すべく夜通し起きていた五条がいた。

 お疲れ様。傑もな、と短い言葉でのやり取りをし、そのまま倒れるように並んで床に転がったのはつい昨日のこと。

 

間。

 

 通夜と、葬儀。

 彼を弔う上で欠かせないそれらは、彼が呪術師であったことから──彼の交友関係が呪術師にしては広過ぎたことから、残された者達は大変な労力を強いられた。何しろ、訃報を送る相手が多過ぎるからだ。

 彼が呪術師になる以前の交友関係。

 彼が呪術師になった以降の交友関係。

 幸いにも、彼は任務時に自身の携帯を車内に置いていっていた事で──更に彼は自身の携帯にパスワードを設定していなかったことで相手方の連絡先には困らなかったが、それでも、彼が死んで摩耗している精神の最中これらを行うのは本当に骨が折れる作業だった。

 上記のそれら全てを背負おうとする彼の同期三人に、子供が勝手に背負うなと、大人代表である夜蛾からの拳骨が落とされたのはそれから間も無くであった。

 

 

 間。

 

 

 彼の死は呪術界に衝撃を与えた。

 突然の訃報に皆一様に混乱し、皆彼の死を悼んだ。彼と親交の深かった術師も、彼と任務で一度だけ一緒になった程度の関係の術師も、連絡を受けた術師は皆誰もが心から彼の死を悲しんだ。

 少しでも彼と親交のあった者は、皆葬列に参加する。

 しかしここで問題になってくるのが、このままだと術師と非術師が同じ場に存在してしまうということ。非術師側の彼の知り合いは術師を、大量の見知らぬ大人達を見てどう思うだろうかということ。

 結果、分断。

 まず通夜と葬儀を非術師だけで執り行い、その翌日に術師達を集めて簡単な葬儀を行う──そのような形。

 そのような形で彼を弔うと彼の母親に電話越しに告げられた際、それでは喪主である彼の母親に大変な負担がかかると、夜蛾は何か別の方法を探すべきだと提言した。

 しかし、彼の母の「それだけあの子が沢山の人に愛されたということですもの」という言葉を受け、数秒口を噤んだ後に了承した。

 

 

 

 間。

 

 

 

 そして、現在。

 彼の部屋にて顔を突き合わせる同期三人。

 五条悟。夏油傑。家入硝子。

 彼の部屋にあったゲーム機を握り。

 彼の部屋にあった酒瓶を触り。

 彼の部屋にあった枕を抱き。

 告別式まであと数時間。朝も早くから、重苦しい空気の中三人は彼の部屋に集まっていた。

 

「……今日が来たな」

「……ああ。来たね」

「……来たね」

 

 彼の部屋。

 彼の匂い。

 しかし当人はおらず。ただ、彼が遺した家具、彼が過ごした痕跡だけが存在するただの空き部屋。

 

 

 

『ま〜た知らねぇ間に部屋入ってんじゃん』

 

 

 

 三人同時に、ドアの方を振り返る。しかし誰も居ない。

 呆れながらも笑う彼の言葉が、閉めたドアの向こうから聞こえた気がした。

 あのドアを開ければ、彼が立っているのではないか。そんな妄想に取り憑かれる。

 切り替えよう。そう呟いた五条が頭を振ってから、真剣な眼差しで二人を見つめた。

 

「良いか、いずるの同期である俺達がしっかりしなきゃいけないんだからな」

「分かっている。出の母を支え、少しでも負担を軽くする──そうだろう?」

「……てか、アンタ本当に()()で出るつもり?」

 

 真剣な眼差しで話し合う二人。その内の一人である夏油に、家入が気怠げな表情のまま指摘を入れた。

 

「仕方ないだろう。私の処分がまだ決まっていないんだから。参列させてもらえるだけでも御の字だよ」

 

 手首を丸々覆う程の金属製の手枷。両腕を動かして手枷の存在をアピールする夏油に嫌な顔をする家入。

 処分。

 もしくは処遇。

 過剰防衛とはいえ非術師を殺めてしまった夏油は、その身柄を一時的に拘束されていた。

 しかしどのような処分になるかはまだ決定していない。特級術師である夏油傑に一体どんな処分を下すべきなのか、上層部でも未だ判断しかねているのだ。

 牢に入れられるということはないが、夏油が移動する際には両側に〝窓〟が同行し、手枷に鎖を繋げて逃れられないようにする。今だって、ドアの向こうには〝窓〟が二人立っている。

 特級術師でなくても、〝窓〟からの拘束なんてすぐに抜け出せるのだが、夏油はそうしない。そして上層部もあの夏油がそんな事をしないだろうと分かっていたので──つまりは、夏油の人となりを理解していたので、夏油はこうして彼の告別式にも参列出来るというわけだ。

 

「それにしても、悟。しっかりしてるじゃないか」

「……茶化すなよ。硝子は大暴れしてたし、傑だっていなかったし。俺がしっかりするしかなかったんだ」

「ノーコメント」

「……それに関しては、本当に申し訳無く思ってるよ」

 

 項垂れる夏油。五条がその肩に手を置いた。

 

「傑は悪くねぇよ。俺だって、傑の立場だったら()()()()()

「よせ。滅多な事を言うものじゃない」

「……わりぃ」

 

 あの日、彼を襲った二発の銃弾。

 一発目は彼の義手に当たり、二発目は彼の心臓を正確無比に撃ち抜いたあの銃弾。

 彼を狙撃した犯人を追い詰めた夏油は、犯人と数度の問答を繰り返した後、自らの怒りに任せて、これが報いだと信じて殺害した。

 果たして。

 自らの任務を終え、消耗した身体で後輩の任務を強引に引き継ぎ、這う這うの体で生きて帰った彼。

 そんな彼が(ひら)けた場所に出た瞬間の悲劇。

 勿論、彼も人間だ。銃弾で撃たれれば死ぬ。

 しかし、あまりにも出来過ぎているとは思わないか。

 彼が万が一にも銃弾を避けてしまわないように、狙撃を察知しないように。彼を孤立させて、一級呪霊という化け物と戦わせて限界まで消耗させたのではないか。同期三人はこう睨んでいた。

 浮舟出の殺害(上層部の狙い)

 この恨み、どう晴らしてくれようか。

 それぞれが腹の内に報復の二文字を抱え込み、上層部がいるあの暗い空間を頭に浮かべる。

 

「……これからどうすんだろ」

 

 項垂れて心の内を溢す五条。夏油がくすりと笑った。

 

「なんだ、まだ決まってないのかい」

 

 私はもう決めたけどね。そう言いたげな語感で問いかける夏油に、五条は唇を尖らせながら返した。

 

「当たり前だろ。いずるが居ない呪術界で、俺はどうすれば……」

 

 

『良いじゃん。なっちゃえよ、教師』

 

 

 こんな状況で、これからどうしろと言うのか。五条が言い返している最中、瞬間。

 彼の声(幻聴)

 というよりかは、フラッシュバックした過去の記憶。五条は言葉の途中で口を開けたまま、そのパンパンに詰まった天才的な脳味噌が不意に過去への扉を開いた。

 つまりは、思いがけない彼との再会。ならば抗う理由も無し。

 以下、回想。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いずるさ、将来の夢とかあんの?」

 

 とある日、放課後。任務を終えて帰ってきたその足で、俺はいずるの部屋を訪ねていた。ベッドに正座して左腕を前に出していた体勢のいずるは「ノックくらいしろよなぁ」とぼやいてから起き上がった。

 

「悪い。特訓か?」

「おう。どんな風に呪力練ったら効率が良いのかとか考えちゃって。ほら、なるべくお酒は飲みたくないだろ?」

 

 笑いながらそう説明してくるいずるの力になりたいと思った俺は、サングラスをずらしていずるを視た。

 

「……相変わらずゴチャゴチャしてんな、いずるの呪力」

「でっしょー?」

 

 雑多で、複雑で、混雑している。几帳面な七海とかがもしコレを見たら苛々するんだろうなという感想を抱かずにはいられない、いずるの呪力。

 当のいずるはいつものようにヘラヘラしている。

 

「……今のままだと、折角の呪力が身体の色んな部位から漏れ出てる。いずるの攻撃は、その義手でパンチするってのが一番多いんだろ?」

「うん」

「だったら、呪力を練るべきは義手全体じゃなく、握った拳の範囲な。それから握った手のひらの中、指先、爪先って感じにドンドン範囲を狭めてけ。そしたら同じ呪力量でも効率上がるし、相手に与えるダメージもデカくなる」

「おお、分かりやすぃ〜」

「すぃ〜ってなんだよ」

 

 何だかからかわれているような気がしないでもないが、いずるは言われた通りに、嬉々として拳に呪力を回し始めた。

 いずるが嬉しいなら俺も嬉しいよ。

 

「悪い、立ちっぱにさせて。取り敢えず入れよ」

「言われなくても入るけど」

「分かってる。酒しかないけど、飲む?」

「飲むかよ」

 

 酒瓶片手に笑ういずるに返す。いずるはヘラヘラと笑って酒瓶をしまった。

 

「だよなぁ。この鉄板ネタ、硝子ちゃんしか笑わねぇんだ」

「逆に、硝子は笑うんだな」

「まぁ笑うっていうか、微笑むの方が近いけど」

「微笑む?」

「おう。微笑んだ後、酒瓶を持ったオレの手を掴みながら『酔ったら責任取ってくれる?』ってノってくれるのはやっぱ流石だよな。普通はツッコんじゃうもん」

 

 硝子ちゃん、笑いってヤツを分かってるよ。と、思い出し笑いをするいずる。……俺としては硝子がボケとかじゃなくて本気のマジのガチで言っていることは容易に分かるんだけどな。

 いずるって、マジで自分に対する危機感無ぇよな。

 その内ポクっと死ぬんじゃねぇかな。

 

「まぁ硝子ちゃんの話は置いておいて」

 

 俺に座布団を差し出し、ベッドに座って寛ぐいずる。

 置いておくな。

 あとその鉄板ネタってやつは危ないからもう誰にもやるな。

 

「えっと、なんだっけ。将来の夢?」

「……そう。いずるって将来の夢とかあんの?」

 

 今日の任務中、ふと頭に浮かんだ将来という漠然としたビジョン。

 今でさえ最強な俺は、大人になったらどんな人間になるのだろうと、何をしているのだろうと、雑魚呪霊の攻撃を〝無限〟で受けながら、あくび混じりに考えていた。

 しかし、未来の自分が──大人になり今と何か変わっている自分ってやつが、どうしても想像出来なかった。俺は俺のままだろうと、固定観念が邪魔をして思考が前に進まなかった。

 だから、相談。

 傑は隙あらばからかってくるし、硝子はそもそもまともに答えてくれない。となれば、愛しのいずるに頼むしかないだろう。

 いずるなら、人の真面目な相談を笑わないし。

 

「将来の夢、ねぇ」

 

 上を見ながら考えるいずる。その綺麗な首筋に丸グラサン越しに熱視線を送っていると、やがてこちらを向いてきた。

 

「無い」

 

 ズコッ。

 思わず芸人みたいなリアクションをしてしまった。

 

「無いのかよ!」

「無ぇだろ。だってオレ達まだギリ二年生だぜ?」

「じゃあ考えなきゃ駄目だろ」

 

 正論混じりのツッコミ。それを受けたいずるは「確かに大学受験シーズン入るしな」と的の外れた納得の仕方をしていた。

 

「将来の夢か……」

 

 再び、上を見やるいずる。俺もいずるの首筋を──

 

「あ、京都に引っ越して歌姫先輩に週一で会いたいとかは?」

「それは夢じゃなくて願望だろ」

「難しいな、将来の夢」

 

 あと、歌姫なんかの為に引っ越すな。

 俺と同棲する話はどうなったんだよ。

 

「今度こそ冥冥さんに踏まれたい、とか?」

「いずる……。お前引くくらいアホだな」

「えぇ!?」

 

 俺の口から出たアホという言葉に驚くいずる。まぁ、いずるはそんなところも可愛いんだけどな。

 

「まぁ、5割がた冗談。言うならば時間稼ぎ」

「半分本当ってことじゃねぇか」

「そりゃ、嘘は吐かないよ」

 

 いずるは当然のように言ってみせ、それからまた考えた。考えてから、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「あー……、あったわ」

「なに?」

「大人になっても、お前等同期と変わらず馬鹿やってたい」

 

 サングラス越しに見たいずるの、恥じらい混じりの真剣な表情。その愛おしさのあまり、気付いたら自分の口を手で覆っていた。

 

「みんな成人したら、月一くらいで飲みに行ったりしたいよな」

「……」

「え、俺変なこと言った?」

「……それも願望だろ」

「あ、マジ!?」

 

 いずるの、俺達同期を思った嬉しい言葉。あとでメールで二人にも共有しておかなくちゃなとか脳裏で考えながら、多幸感で遠のきかけた意識に慌てて鞭打ち会話に戻る。

 

「むずいな、将来の夢。多分、呪術師続けてんだろうとは思うけど。何か変わってる自分が想像出来ない」

「俺も。だから相談しに来たんだ」

「成る程、五条も同じ理由で悩んでるわけね」

「ああ」

「将来の夢、無いの? お前なら何にでもなれそうだけどな」

「実際、何にでもなれるから困ってんだよ。未来の俺が何か一つを選んで頑張ってるビジョンが見えない」

「確かに。じゃあ、やりたいこととか無いの? 最近の関心とかさ。食っていけるかどうかとか未来のビジョンとかじゃなくて、ただただ今興味を持ってる職業とか」

 

 会話を続かせる為に、話を薄く伸ばして広げるいずる。俺はその言葉を受けて、少し考えてみた。

 心当たりはある。

 ……でも駄目だ。流石に言えない。

 

「なんだよ、その何か言いたそうな顔。言ってみろよ」

「ヤダ! 絶対笑われる!」

「笑わねぇって」

「だって、この俺がだぞ? あり得ねぇ!」

「なんなのか言ってもないのに一人で悶えるなよ」

 

 頭を抱える。その際前腕がサングラスに当たり少しズレた。

 いずる相手とはいえ、言うべきかどうか真剣に悩む。

 いずるは良い奴だ。けれども、俺のこの言葉を聞いて果たして笑わないでいてくれるのかといえば、答えは分からない。それくらい、俺が思い付いた()()()()は突飛で、俺のイメージから外れている。

 

「……絶対に笑わない?」

「なんで笑うんだ。……もしかして、五条も冥冥さんに踏まれたいのか?」

「違ぇよ! ──兎に角、絶対、絶対に笑わないって約束できるか!?」

「おう」

 

 真顔で言ってのけたいずるに顔を近付けて、小指を出す。いずるはすぐさま自身の小指を絡めてきた。義手の金属の冷たさが伝わってくる。

 

「「ゆびきりげんまん、嘘吐いたら虚式、(むらさき)く〜らう」」

 

 ゆびきった。

 

「……じゃあ、言うぞ」

「おう。てか、そうやって溜めるとハードル上がっちゃわね?」

「うるせー!」

 

 間。

 

「……だよ」

「え?」

「……だよ!」

「ごにょごにょごにょしか聞こえん」

「──だから、教師! 俺、教師になりたいんだよ!」

 

 言う。言い切る。言い切ってから、慌てていずるの表情を確認。いずるはポカンと呆気に取られたような表情をしてから、笑った。

 ニッコリと、笑うというよりかは微笑んだ。

 

「良いじゃん。なっちゃえよ、教師」

「……笑わないのか?」

「オモシロ要素あったか? オレは普通に良い夢だと思ったけど」

「いやいや──はぁ!? 俺が教師だぞ!? 普通笑うだろ!」

 

 俺が謎ギレしながら詰め寄ると、いずるは俺の肩に手を置いてどうどうと宥めた。

 

「これは、オレの酔っ払った頭で考えた持論だけど」

 

 いずるは一呼吸置いてから。

 

「五条は、良い先生になれると思う」

「え」

 

 やだ。

 何この格好良い真面目ないずる。

 すき。

 ──ええい、誤魔化されるな俺。出任せかも知れないだろ。

 

「……何でそう思うんだよ」

「仮にオレが生徒だったとして、五条みたいな先生が担任だったら絶対楽しいと思うから」

「そうなのか?」

「だって五条、楽しむにはまずは自分からってタイプだろ? そういう、能動的でみんなを引っ張っていくような先生って大体人気じゃん」

「……分からん」

「悪かった。オレの中学では人気だったんだよ。だから五条も生徒から人気の、良い先生になるんじゃないかって思ったんだ」

 

 高専に入学する以前、学生として過ごしてなかった俺にはあまりピンと来ないが、小中と人に囲まれて過ごしたいずるが言うのだから恐らくは正しいのかもしれない。

 だけど。

 ……本当に俺が、良い教師? 

 

「なんだよ、まだ疑ってんのか」

「……まぁ」

「じゃあもう少し。五条って人懐っこいし、意外と親身だし」

「そりゃ、同期(いずる達)にはそうかも知れないけど」

同期(オレ等)に出来るってことは、他の人にも出来るってことだろ」

「そうなのか」

「あとあんま言いたくないけど、五条は背高くてイケメンだから女子人気もあるだろうし。持ち前のエンタトークで男子人気もゲッチュ──ほら、良い先生だ」

「……わかんねー」

 

 いずるの、的を射ていないように感じる言葉に首を傾げる。褒められているというのは分かるが、それと俺が教師に向いているのかという点が結び付かない。線にならない。

 ……しかし、まぁ。

 いずるが俺の良いところを挙げてくれたのだ。

 嬉しくないわけがない。

 

「疑り深いねぇ、五条。もっと気楽に受け止めりゃあ良いのに。お前って、もっと傲岸不遜で自信満々じゃなかったっけ」

「いや、そりゃあ俺は最強だし、俺に比べたらみんな雑魚ってのは揺るがないけど」

「おっ」

「……でも、教師かー」

「じゃあそもそも、そんなクヨクヨ悩んでるのになんで教師になりたいって思ったんだよ」

「……笑わない?」

「笑わんて」

 

 安心しろと微笑むいずる。言葉通り、いずるは笑わないのだろう。

 見つめ合うこと数秒。相変わらず真っ直ぐな瞳で俺を見てくるいずるに、折れた。

 あぁ、もう分かった。この場には傑も硝子もいないんだし、いずるも他人に秘密をバラすような奴じゃないし。

 仕方ない。

 曝け出そう。

 

「……夜蛾セン」

「夜蛾先生? ──まさか」

「……夜蛾セン、良い教師だよなって」

「確かにな。オレも夜蛾先生好き」

「……俺もああなりたいって、うっすら思った」

「ご、五条……!」

「ああもう、やめろその生温かい目! うっすらだうっすら! てか本当は全然思ってない! 今までの話も全部嘘! 俺本当は何も悩んでないから!」

「照れんな照れんな」

「照れてねぇよッ!」

「じゃあ善は急げだな! 早速夜蛾先生のところ行こう! 教員免許の取り方とか色々聞いちゃおうぜ!」

「聞くか! 離せいずる! そんな恥ずいことするか! おい話聞け!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 不意に巡った過去の記憶。彼との思い出。それをひとしきり堪能した五条は、怪訝な表情でこちらを見る二人に突然フリーズした意味を問われ、何でもないと会話に戻った。

 

「……俺に、やれってことかよ」

 

 誰にも聞こえない声量で、小さく呟く。

 過去の記憶。何の意味も無く見せる筈が無いと、五条は頭の中でその意味を考えた。何故今この瞬間に、あの記憶を見せたのか。

 教師(将来の夢)

 そこから更に先、五条の理想。

 後進の育成、腐った呪術界の革新──彼を殺した上層部の一掃。

 つまりは天啓。

 あの世からの──いずるからのメッセージ。

 

「……この俺に、正しい事をしろって。そう言うのかよ」

「どうした? 悟」

「何でもない」

 

 独り言。そう付け足すと、夏油は片眉を上げて家入と目を合わせてから話を続けた。

 

「……なら良い。それで、結局これからどうするんだい? 最強よりも更に強くなるとか?」

「──俺は教師になる」

「「……は?」」

「教師になって、この呪術界を()()()作り変える。俺の隣に立てるレベルの後進をこの手で育て上げて、腐り切った上層部をぶっ壊す。ジジイ共をあの席から引き摺り下ろして総入れ替えさせるんだ」

「……正気か、悟。それを達成させるには何年何十年──下手したら悟が生きている間では終わらないかも知れないんだよ」

「そうだよ五条。突然何言ってんの? アンタらしくもない」

「こんなの俺の柄じゃないことは分かってる。でも決めたんだ」

「そうじゃなくて、忘れたのか? 出が死んだのは他でもない上層部の所為なんだぞ。私達で決着(ケリ)をつけなくてどうする」

「あぁ。正直、俺だって上層部のジジイ共をぶっ殺してやりたくてたまんねぇよ。でも、それじゃあ駄目なんだ」

「何がだ」

「……死んだいずるに顔向け出来ない」

 

 鋭い眼光で見つめてくる夏油の威圧感に押され、つい視線を逸らしてしまう五条。その口から出た言葉も同様に、少し弱々しく聞こえた。

 それに対し、夏油の語気は強くなる一方だ。

 

「出は上層部に殺されたんだ。出だって、上層部を恨んでいるに決まってるだろう」

「かもな」

「だったら……」

「でも俺が知ってるいずるは、復讐は望まない。ましてや、それを俺達(誰か)に頼もうとは絶対に思わない」

「私が知っている出は、聖人でもなければ超人でもない。彼だって人間なんだ。悲しければ泣くし、傷付けられれば苦痛に顔を歪める。嫌な事をされれば腹を立てるし、()()()()()()()()()()()()

「そんなの分かってるッ! ……でも、思ったんだよ。俺等がしようとしている行動には、いずるの名前も付いて回る。その行動が悪い事なら、いずるも悪い奴だと思われちまうだろ」

「腐った上層部の奴等を殺したら出が悪者に? 私には、悟が何が言いたいのか分からないよ」

「いずるの為にも、殺しは駄目だって言ってんだ」

「それ正論かい? らしくもないね」

「ちょ、ちょっと」

 

 段々とヒートアップしてきた二人の遣り取り。危うい空気を察した家入が慌てて間に入るが、その後の五条の言葉が全てを決定付けた。

 

「普段やりたい放題やってる俺らしくもないよな。でも()()が、いずるに託されたことなんだ。俺がいずるの為にちゃんとしないと。いずるの遺志を俺が」

「──そんなわけないだろうッ!!」

 

 怒声と共に立ち上がり、怒りの籠った瞳で五条を見下ろす夏油。息も荒くなっている。夏油の瞳の色はどこか仄暗い。

 静寂。

 張り詰めた空気。

 同期のらしくもない突然の出来事に、五条も家入も固まり、ただ呆気に取られていた。

 

「ど、どうしたんだよ傑」

「……す、すまない。忘れてくれ」

 

 サングラス越しに目を白黒させながら真意を窺う五条に、夏油は溜め息を一つ吐いてから謝罪。また床に座った。

 

「夏油。アンタ、まだ疲れてんじゃないの」

「……そうかも、知れない。こんなに熱くなるなんて。本当にすまなかった」

「いや、別に気にしてねぇよ。俺もムキになった」

 

 先程見せた怒りが嘘のように力無く笑いながら謝る夏油の姿に、二人はこれ以上の追及はやめた方が良いと結論付けた。

 夏油の心は今不安定なのだろう。無理も無い。

 そう自分に言い聞かせて、夏油を気遣うように別の話題を。

 

「──やっぱりここに居たか」

 

 ノックもせずに部屋に入ってきたのは、彼等の担任である夜蛾正道。突然の来訪者に、室内の全員が夜蛾に目線を向ける。

 

「夜蛾センじゃん、どうしたの」

「どうしたもこうしたも無い。そろそろ始まるぞ」

 

 三人、息を呑む。それから夏油が彼の部屋の置き時計を確認し、立ち上がった。五条と家入の二人も慌てて立ち上がる。

 

「出は立派な術師だった。同期であるお前達がちゃんと弔ってやらないでどうする」

「わーってるよ。式の前にちょっとおセンチになるくらい良いだろ」

 

 な? 

 夜蛾の言葉に応える為に一歩前に出た五条が振り返り、二人にウインク。

 

「……五条、大人になったね」

「……本当にね」

 

 夜蛾の両肩を押しながら部屋を出る五条の背中を見ながら、家入が呟く。夏油がそれに返し、並んで部屋を出る。

 退室。

 ドアを閉じる際、ドアノブを握った夏油が部屋の中を見渡した。

 外の光が入り、可視化された小さな埃が舞う空間。部屋の主の居ない、物だけが残った空き部屋。

 

「…………」

 

 つい数日前まで彼が存在していた部屋。夏油は何かを堪えるように目を細め、ドアを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

()(())






1話に収めようと思っていたのですが、想像以上に膨みそうなのでまた2話に分けました。
サブタイトルにエピローグと入っていますが、まだ最終回じゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ。

誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
  • 家入硝子
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