こんばんは。ブーストはありませんが、やる気はあります。
浮舟先輩が亡くなったと聞かされたのは夕方──グラウンドでの自主訓練を終え、タオルで汗を拭いながら寮に戻る最中のことでした。
血相を変えた様相で走る夜蛾先生にその訳を問えば、大先輩の訃報。持っていたタオルは、いつの間にか力が入らなくなった手からするりと抜け落ちました。
浮舟先輩。
初任務の頃から変わらずお世話になっている、気さくで頼りになるちょっぴり怖い二個上の先輩。七海先輩や灰原先輩と比べると術師としての才能がまるで無いような私にも、分け隔て無く接して下さる心の優しい先輩
そんな浮舟先輩の、死。
信じられない気持ちと、夜蛾先生がそんな不謹慎な冗談(不謹慎でなくともそもそも冗談を言うタイプではありませんが)を言うわけがないという気持ちが頭の中で器用に同居。
その気持ちは軽傷を負った七海先輩と灰原先輩が帰ってきた後も。
今まで見たこともないような泣き顔の五条先輩と家入先輩が帰ってきた後も。
なにか思い詰めたような表情の夏油先輩が帰ってきた後も。
数日経ち、あと1時間程で浮舟先輩の告別式が始まるという今この瞬間にも。
私の頭の中で、未だぐるぐると渦巻いているのでした。
「ねぇ、メガネのおじさん」
「本当だ、メガネのおじさんだ」
「……もしかして、私のことを言っているのですか?」
浮舟先輩の事を考えながら告別式の会場となる体育館を眺めていると、突然足元から聞こえた二人分の声。眼鏡の位置を直してから視線を下に向ければ、そこにいたのは茶髪と金髪の女児二人。
「お嬢さん達から見たら老けて見えるかも知れませんが、私はまだ高校一年生です。おじさんではなく、せめてお兄さんと──」
「あのメガネのおじさん、うそつきだ」
「ね、うそつきだよね」
「……はぁ。好きに呼んでください」
ヒソヒソと耳打ちをし合いながら、内緒話にしては大きすぎる声量で私を非難する二人。説明して納得してもらうには時間がかかり過ぎることを理解した私は、意識せず溜め息を吐いてから降参の意を示すのでした。
「それで、お二人はどうしてこんなところに? 高専の関係者なのですか?」
「こうせん?」
「こうせんってなに?」
「あぁ、申し訳ありません。浮舟先輩のお知り合いですか?」
「お兄ちゃんのこと?」
「お、お兄ちゃん?」
「うん。浮舟お兄ちゃん」
「浮舟お兄ちゃんは、私達のお兄ちゃんなの」
「は、はぁ」
浮舟先輩の、妹君を名乗る二人。それにしては似ていないような気がしましたが、こう言った家庭内のあれそれには触れないのが吉でありまして。私は納得する素振りを見せ、この話は深掘りしない事を決めました。
「お兄ちゃん、どこかに行っちゃったの」
「うん。だから探してるんだけど、だれも教えてくれないの」
「──ッ」
死。
この子達はまだ幼い。人が死ぬということを、理解していないのでしょう。この子達の中では浮舟先輩は死んでおらず、ただどこかに行ってしまったので会えない──そういう認識なのでしょう。
困った。
どう対処すべきでしょうか。こんなの、義務教育では習いませんでしたし。
「メガネのおじさん、お兄ちゃんの居場所知らない?」
「森で別れちゃったけど、そろそろ帰ってきてると思うの」
「あの怖いおばけ、お兄ちゃんが倒したのかな」
「きっとそうだよ。お兄ちゃん強いもんね」
浮舟先輩との再会を信じている二人。この子達に、浮舟先輩は死んでもうこの世にはいないので二度と会えませんだなんて、言えるはずがない。
「……」
これから私の口から出る発言は、いってしまえば嘘。全くの虚言です。
しかし、私の人としての部分が──浮舟先輩に教わった人としての在り方が、私の嘘をこの瞬間だけ正しくさせました。
「……私はあの方の居場所を存じ上げませんが、どうでしょう。少しの間、一緒に探させてくださいませんか」
「「うん、いいよ」」
屈託のない笑顔で頷く二人。直視できない無邪気さ。私は視線を外してしまいました。
「ちなみに、お二人はこれからの式に出席されるのですか?」
「よくわかんないけど、ここで待っててって言われたの」
「うん。大事なのが始まるから、良い子に待っててって」
もしかして、浮舟先輩が任務先で保護したという子供はこの子達のことでしょうか。一時的に高専で身柄を預かるというような事を昨日〝窓〟の方から聞きましたし。
つまりは、関係者。そして、私と同じ告別式の参加者。
しかし、辺りを見渡しても〝窓〟の方はいらっしゃいません。はぐれてしまったのか、それともなにかの用事があっていないのか。
「……式が始まるまでに、〝窓〟の方を見つけなければ。お二人共、
周囲に大人がいないのであれば、高校生である私がお
「え、ヤダ」
「うん。自分の力でお兄ちゃん探すから」
「え、ちょっと──」
ぴゅう。
そんな効果音が聞こえてきそうな程の速さで、私に背を向けて走り出す二人。残ったのは、しゃがんで頬を引き攣らせている私だけ。
……ここで逃したら私の責任問題になりますよね。
……はぁ。
「お二人共、待ってください! 勝手に動かれては困ります!」
「ヤダ」
「ヤダ!」
「あぁ……! もう……!」
クスクス笑いながら逃げる二人と、情けなく涙目でその背中を追う私。
何度も人とすれ違いましたが、私と二人を一瞥するだけで誰も手を貸してくれません。呪術界の世知辛さに内心悪態をつきながら、追いかけること数分。校内にまで逃げた二人が校内に入る前にしっかり脱ぎ捨てた靴を両手に握った私は、推定年齢一桁の女児に一向に追い付けなかったという事実を重く受け止めながら肩で息をします。
息を整え、そしてズレた眼鏡の位置を直してから、ようやく足を止めてくれた二人の背中に声をかけました。
「二人共、どうしてそんな足早いんですか……」
しかし、二人は私の言葉には耳を貸しません。
「ここ、なに?」
「なに、ここ?」
「え? ……あぁ、職員室ですよ。大人しか入っちゃいけない部屋です」
だから子供の二人は入っちゃいけませんよ。
そう言外に伝えたかったのですが、この言い方だと子供は尚更興味を持ってしまうことを私はすっかり失念していまして。
「誰もいない」
「入っちゃおうよ」
「うん」
「お、お二人共!」
ガラガラ。
引き戸を開けて、ズカズカと中に入っていく二人。慌てて私も後を追います。
幸いにも職員室には誰もおらず──もうそろそろ浮舟先輩の告別式が始まるのでそちらに向かったのでしょう──勝手に入室した女児二人と私を咎める者はいません。
しかし長居をして良い場所ではないので、二人に説得を試みます。
「ここが、しょくいんしつ」
「なんかつまんない」
キョロキョロと室内を見渡してそう結論付ける二人。どうやら私が言うまでもなく興味を失ってくれたようで、来た道を引き返し始めました。
「……そろそろ浮舟先輩の告別式が始まります。お二人共、急ぎましょう」
「お兄ちゃんがどうしたの?」
「え、お兄ちゃんに会えるの?」
「急ごうっ」
「うん、急ごう!」
特に意図せず浮舟先輩の名前を出した途端、目を見開いて驚く二人。効果は
「ちょ、お二人共!」
あの二人が無事に体育館まで辿り着ける保証は無い。もし迷子になってしまったら今までお守りをしていた私の責任問題に発展し──あぁ、急がなければ。
ズレてはいませんが、クセになっている眼鏡を直す仕草。それを足を踏み出す前に行ってから
──
ジリリリリリリリ。
「…………」
職員室の、電話が鳴りました。
足を止め、電話を──黒塗りの固定電話を見ます。
音は鳴り止みません。
「…………どうすれば」
廊下の向こうに消えた女児二人と、鳴り続ける黒電話。
廊下、黒電話。廊下、黒電話。交互に見ながら、呟いた言葉は最早泣き言。
この状況に混乱した脳は、結論を出す前に私の身体に指示を送り。
気付いたら私は受話器を耳に当てていました。
「も、もしもし」
受話器を取ってしまったならば、もう置くことは不可能。相手が誰であれ失礼に当たる。ここにいるのは私だけなので、後日犯人探しをされればすぐにバレて、私の責任問題に──気を抜くとすぐネガティヴ思考になってしまう自分が嫌になる。私は一体どれだけ責任を負わされるというのですか。
電話の向こうの声を待つ。どれだけ経ったか、それともそれは体感時間で実際には数秒も経ってなくノータイムで返ってきたのか──兎に角、返答。
『……あの、以前下駄の件で任務の依頼をした者です』
下駄の件。
駄目だ、なんのことだか一切分かりません。
困ったように周りを見渡すも、職員室には私一人。誰にも何も聞けません。受話器を取ってしまったからには、実は私ただの生徒でしてとは言えません。
ええい。
やんわりと話を合わせるしかありません!
「あぁ、
『金髪の七三分けの人と、なんか元気な人です。すみません、名前は忘れてしまって』
「あ、あぁ! 七海せんぱ──ゴホン。七海と灰原ですね」
相手方は私を教師だと思っているので、慌てて口調に威厳を持たせる。声は普段より低めを努める。
直近で、七海先輩と灰原先輩が一緒に行った任務といえば一つしかない。愛知県のどこかまで遠出をした、あの任務だ。
浮舟先輩が応援に向かい、命を落とした任務だ。
詳しい内容は聞かされていませんが、先輩方曰く報告に無い一級相当の呪霊が相手だったとか。
七海先輩と灰原先輩が会敵し、一方的にしてやられ、危うく致命傷を負ってしまう直前での応援。他の皆を逃す為にその場に一人残った浮舟先輩は、戦闘の末死亡。任務は失敗という形で終わり、浮舟先輩を殺した呪霊は未だ行方知らずのまま。
その任務の依頼主からの電話。要件は一体何なのだろうと考えてみる。
……もしや、文句を言いにきたのでは。
だってそうでしょう。高専側も、この件を担当した術師が一人死亡しましたとはわざわざ伝えていない筈なので、その可能性は十分あり得ます。
相手方はただ、頼んだ任務が失敗したのはどういうつもりだと文句を言いに電話を寄越した──そういった可能性。初めての電話対応が謝罪かと、自身に降り注ぎ続ける不運を恨みながら、干上がった喉で言葉を準備します。
「その節は大変……」
『数日経ってしまいましたが、改めてお礼を言わせて下さい。あの方達のおかげで、うちの息子が数年振りに家に帰ってきたんです!』
「……はい?」
『だから、行方不明になっていた私の息子が、更に言えば向かいの佐藤さんの家のお子さんも近所の田中さんの家のお孫さんも、付近で行方不明になっていた子供達がみんな、数年振りに突然帰ってきたんですよ!』
「……え、は? え? えぇっと」
『これも全部、七海さんと灰原さん? のおかげです! 本当にありがとうございました』
「……い、いえいえ。彼らは任務を完うしただけですので」
『それでもありがとうございます!』
余程嬉しいのか、興奮冷めやらぬ様子で、電話越しでも分かる涙声で何度も礼を伝えてくる相手方。
その後電話マナーに則ったやり取りを数度こなして(果たして正しいのかは分かりませんが)、相手方が受話器を置いたのを確認してからこちらも受話器を置く。先に受話器を置くのってどちらが正解なんでしたっけと自分に問いながら、受話器を置いた右手を数秒見詰めて。
「……どういうことでしょうか」
そう呟きました。
「…………」
失敗した筈の任務。
お礼の電話。
突然姿を見せた、数年間行方不明だった子供達。
任務の途中でその場を離れている七海先輩と灰原先輩。
任務を引き継ぎ、死亡した浮舟先輩。
今も行方知れずの一級呪霊。
「い、一体、……何が起こっているのですか」
思考の末、浮かびかけた仮説。その仮説が肉付く前に、着信音。黒電話ではなく、制服のポケットから。相手は七海先輩。
背筋が凍った。
「も、もしもし!」
『今どこにいるのですか。告別式、もう始まりますよ』
明らかに怒っている様子の七海先輩の声。職員室内の壁掛け時計を、首が捩じ切れる勢いで確認。も、もうこんな時間。
「た、大変申し訳ありませんでした! 今すぐ向かいます」
『……はぁ』
ブツ。
溜め息と共に切られた通話。私は震える手で携帯電話をポケットにしまい、怒った七海先輩の姿を思い浮かべて身を震え上がらせながら、
∩
浮舟先輩が死にました。
私と灰原を庇って死にました。
私と灰原の所為で、死にました。
「……」
浮舟先輩が居ない景色に、色を見出せなくなりました。
「…………」
私達と灰原が
だから、私と灰原の所為。
私と灰原がもっと強ければ、私と灰原が二人で祓えていれば。
浮舟先輩は死なず、今も隣にいてくれたのです。
私と灰原の所為。
「………………」
等級違いの任務。
山奥の任務先。
言葉を話し、術式を使う呪霊。
ギリギリ駆け付けられる距離にいた浮舟先輩。
そして実際、何故か駆け付けられた浮舟先輩。
「……………………」
五条さんにも夏油さんにも、誰にも言っていませんが、私は
浮舟先輩が──正確には、浮舟先輩の〝窓〟が何故私と灰原の苦戦を知っていたのかという点。
私と灰原が、私達の〝窓〟の案内の元、山道を登り草原を掻き分け、廃神社のすぐ手前まで辿り着いた時。当然ながら、〝窓〟は〝帳〟を下ろしていたのです。〝帳〟を下ろせば内側にいる私と灰原は外部との連絡手段は無くなり、外側にいる〝窓〟は私と灰原が〝帳〟の中でどうなっているかなんて分からなくなります。
だと言うのに、駆け付けた。
浮舟先輩が居た場所から私と灰原の場所まで来るのに、私と灰原の苦戦を知ってからでは絶対に間に合わない距離にいたというのに。
まるで初めから私と灰原が苦戦するのを知っていたかのように──私と灰原が相手する呪霊が一級呪霊だと予め分かっていたかのように。
「…………………………」
私と灰原の危機を知っていた〝窓〟。
あの険しい山道を、車で駆け上がってきた〝窓〟。
浮舟先輩曰く、
浮舟先輩の言葉に従い、あの場に浮舟先輩を置いていった〝窓〟。
謎が残る。
あの〝窓〟は一体何者で、あの〝窓〟は何が目的であの場にいたのでしょうか。
それでも、私の頭には嫌な予感というヤツがこびり付き、誰にも相談せずに
「………………………………」
あの任務には、私達には想像も及ばない、何か裏があるんじゃないか。浮舟先輩の無念を晴らす為にも私が立ち上がらねば──そう思う私も心のどこかには存在しましたが、今となっては全てが無意味。浮舟先輩が死んでしまった後に今更ほじくり返しても、浮舟先輩は帰ってはこないのですから。
だから、無意味。
だらだらと長ったらしく続けているこの思考も、そして
「七海」
「……………………………………なんですか」
高専内、屋外。
告別式が何事も無く終わり、式の前に説教した一個下の後輩からの謝罪を通り抜けて、いつの間にか辿り着いていた場所。五条さんや夏油さん。それから浮舟先輩に何度も稽古をつけてもらったこのグラウンドへと降りる石階段の途中に腰掛けている状態。
背後から投げかけられた言葉に、私は誰もいないグラウンドを見つめながら返答しました。
「七海、大丈夫?」
「……大丈夫なわけないでしょう」
こちらを心配するような言葉に私は顔を顰めながら返答。
浮舟先輩が死んだというのに。
浮舟先輩の告別式が終わったばかりだというのに。
大丈夫なわけがない。私は
「……無事、終わったね」
「……えぇ」
よいしょ。
特に断りもなく私の隣に腰を下ろす、声の主である灰原。二人して、グラウンドを見つめる。
「……七海」
「……なんですか」
「……」
「……話をまとめてから話しかけて下さい」
「……ごめん」
会話が止まる。真夏、日陰でもないこの空間。照り付ける日差しに汗ばむこの空間。しかし灰原も、かれこれ数十分はこの場に居座っている私も、どこかへ移動しようとはしません。まるでこの暑さで自分を罰するように、身じろぎ一つせずグラウンドを見つめ続けます。
数秒後、意を決したように拳を握った灰原が、上半身を私の方に向けながら言いました。
「……七海はさ、呪術師辞めるの?」
「──……何故、それを」
グラウンドへ視線を固定したまま会話を続けるつもりでしたが、予想外の言葉に私は灰原の方へと向き直ってしまいました。
「分かるよ。だって七海、ずっと思い詰めてるし」
「……元より、私は
「……」
「それでも浮舟先輩が居たから、私は今まで何とかやっていけていたんです」
「……」
「……しかし、浮舟先輩はもういない。だから、呪術師を辞めるのも当然です」
「……もう決めたんだ」
「はい」
再び会話が止まる。しかし、隣に座る灰原とは一年以上も一緒にいる関係なので、蝉の音だけが聞こえてくるこの空間も特に気不味くはありませんでした。
「……灰原は、これからどうするんですか」
「僕は、続けるよ」
言ってしまえば、私と灰原は現在置かれている境遇としては似通っていて。だから、私は灰原の選択に興味がありました。
しかし返ってきたのは、私と似通った境遇にも関わらず、私と真逆の選択。この岐路で、灰原は私とは別の道を選んでみせたのです。
「……それは、どうしてですか。ああいや、責めているわけではなく」
むしろ、責められるべきは自分勝手に辞めていく私の方。
しかし灰原は特段気にした様子も無く、ただいつものように笑った。
「分かってるって」
それから、上がった口角が通常の位置まで下がる。
「……多分なんだけど、僕は
「……」
「だってそうだろ? あんな強い呪霊と戦わされて、何事もなく無事に帰れるほど僕達は強くないよ」
「……」
「一級呪霊。アイツは本当に強かったし、本当に何もかもがギリギリだった。浮舟先輩が助けに来てくれなきゃ、たとえ僕じゃなくても
「……」
「浮舟先輩が、もしかしたら死んでいた筈の僕達の命を救ってくれた。だからますます頑張っていかなきゃって思ったんだ」
「……そうですか」
「……浮舟先輩の遺志を──とかそんな大層なものじゃないけどさ。浮舟先輩が自分の命よりも優先してまで助けてくれたんだ。浮舟先輩の分まで、僕は
歯を見せて笑う灰原。その眩しさに私は目を細めました。目を細めて、目を逸らしてしまいました。
地面。
前を向いている灰原とは違い、
だから、無意識に下を向いてしまう。
浮舟先輩が居なくても過ぎていく時間が耐えられなくて。
いつもと何ら変わらない太陽が眩し過ぎて。
日を追う
下を。
下を、向いてしまう。
「……一体、何が正しいことなのでしょうね」
「分からない。でも僕は、七海の選択も正しいんだと思うよ」
「……というと?」
「僕と七海、浮舟先輩のことを思ってこれからも生きていくって意味では一緒だから」
「……」
目を見開く。
片や継続。
片や挫折。
入学してから今日まで一緒にやってきたたった一人の同期が、無責任にも辞めようとしているのに、灰原は私のネガティブな理由さえ簡単に吹き飛ばしてしまいました。
「……ありがとうございます」
「?」
思わず溢れた感謝の言葉。灰原の顔を見ると、自分が何故礼を言われたのかよくわかっていないような表情をしていました。
立ち上がる。制服に付いた汚れを手で払い、それから灰原に手を差し出します。
「灰原、あとは頼みました。浮舟先輩はきっと、灰原のことを期待していましたから」
「僕達のことを、だろ?」
「……ふっ、そうですね」
差し出した手を、灰原が笑いながら掴みました。引き上げ、灰原も立ち上がります。
「今までありがとう、七海。僕は七海と同期で本当に良かった」
「こちらこそありがとうございました。私も、灰原が同期で良かったです」
面と向かって、今まで言葉にしてこなかったことを言う。それはつまり、これから会うことがなくなるかも知れないということを危惧してのことです。
らしくもなく感傷的な気分になった自身の心に、思わず破顔。灰原も私の顔を見て噴き出しました。
「気が変わったら帰ってきてよ」
私の顔を見て安心したのか、軽口を叩いてくる灰原。私も返します。
「天地がひっくり返ってもそんなことはないと思いますが……えぇ。
∩
「……硝子」
「……歌姫先輩」
式が終わり、全国各地から集まってきた術師達が色んなところで談話を始めている頃。幽鬼のような足取りでどこかへ歩いていった七海を横目に、五条と夏油を取り巻く剣呑な雰囲気から逃げるように、人目を避けるように。式の後、とある用事を終えた私は会場から少し離れた建物の陰で煙草を吸っていた。
メンソールの馬鹿みたいな清涼感に顔を顰めていると、正喪服に身を包んだ歌姫先輩が重苦しい表情で私を見ていることに気が付く。
「……大丈夫? ちゃんと休めてる?」
「……はい、休めてます」
気遣うような歌姫先輩の言葉──いや実際気遣ってくれてるんだろうけど──ひょっとしたら私は、歌姫先輩の言葉を素直に受け取れないくらいには疲れているのかも知れない。
けれども、言わない。言ってどうにかなることでもないし、そもそも歌姫先輩に心配をかけたくない。
疲れているのは、歌姫先輩だって同じな筈だから。
「……嘘」
バレた。まぁ想定内。ニコチンを吸って、その後の言葉を考える時間を稼ぐ。あぁもう、本当にムカつく清涼感だ。
息を吐く。
それから、嘘を吐いたことへの謝罪として「すみません」と一言呟く。白状する。
「眠ると
「……浮舟が? だから眠れないの?」
歌姫先輩は私のいずるへの想いを知っているので「ならいいじゃない」とでも言いたげな表情で私を見ている。
溜め息。
「ただ出てきてくれるなら良いんです。むしろそれなら喜んで眠りにつきますよ。ただ……」
「……ただ?」
「夢の中のいずるは、苦しそうなんです。私の方に手を伸ばして、早く治療してくれって懇願してくるんです」
「……」
「でも、いずるって反転術式効かないじゃないですか。夢の中でもそれは同じで、私はいずるの傷口に手を翳すんですけど、全然治ってくれないんです。いずるは泣きながら早く助けてくれ、傷口が痛むって繰り返し呟いて。私も必死に呪力を流すけどやっぱり傷口は治らなくて」
「……」
「『硝子ちゃんの反転術式が効いていれば』──いずるは最後にそう言ってから呪霊に喰われて、そこで目が覚めます。あの日から、眠ると夢の中のいずるが呪いの言葉を吐くんです」
勿論、いずるはそんなことは言わないし、あの場でも言わなかった。けれども私の中にある後悔が──あの場で何も出来なかった自分への怒りが、悪夢という形で自傷を試みる。
「……ごめんね」
「謝らないでください」
私の話を聞いて、涙ぐんでいる歌姫先輩。そんなつもりじゃなかったのに何だか気不味くなってしまった私は、逃げるように煙草を咥えて……チッ、通りで指が熱いと思った。治しておこう。
「……それでもよ。辛いこと思い出させちゃってごめんね」
吸えない程に短くなってしまった煙草を、常備しているポケット吸殻に入れる。
気にしないで下さい。
そう言おうと思ったけど、やめた。
「……私の前でくらい泣いてもいいのよ」
言われて、歌姫先輩に抱き着く。私より背が低い歌姫先輩だけど、今この時はとても大きく思えた。
温かい。あの日以降ずっと求めていたような温もり、安心感。歌姫先輩の喪服を濡らしてしまうという懸念が浮かんですぐ距離を取ろうとしたが、後頭部を優しく撫でられて力が抜けた。甘えるように重心を預けてしまう。
「……ごめんなさい、歌姫先輩」
「良いのよ、だいぶ抱え込んでたのね」
「……はい」
何度も後頭部を撫でられ、背中を優しく叩かれる。あやすように、私が落ち着くまで優しい言葉をかけてくれる。
人目のつかない場所を選んでいたつもりだけど、どこからか視線を感じたような気がして慌てて歌姫先輩から離れる。「ありがとうございます」と一言礼を言って、人と話すのに相応しい距離感まで下がる。
つまりは、
「……本当に、死んじゃったのね」
「はい」
ぽつりと呟く歌姫先輩。私は塀に背中を預けながら相槌を打った。
「後輩を庇って死ぬなんて、なんだかアイツらしいわ」
後輩だけじゃない。いずるは私も庇ったんだ。歌姫先輩が知らない
「……浮舟はとても良い子だった。先輩を敬えるし、先輩を立てることが出来る。協調性があって、他人を思い遣る心がある。
「そうだね、全くその通りだと思うよ」
黙って歌姫先輩の話を聞いていると、別方向から声。二人して振り向く。
「め、冥冥さん」
そこには、冥冥さんが肩に乗せたカラスを指で撫でながら、いつの間にかその場に立っていた。
普段から黒に近い色調の服を着ている冥冥さんだけど、正喪服姿の冥冥さんはなんだか別人のように思えた。
そもそも、冥冥さんが告別式に出席していることも少し驚いていたんだけど、失礼なので口には出さない。
仲が悪いというわけではないが、普段あまり関わりの無い人なので少し気不味さのようなものを覚える。ここは歌姫先輩に任せて、私は黙っていよう。
「彼には期待していたのだけれど、それも全てパァだ」
冥冥さんと関わりの無い人が聞けばまるで悪人のような台詞だが、その表情を見れば、冥冥さんなりにいずるの死を悼んでいるのだと分かる。
歌姫先輩が返す。
「会場でも見かけませんでしたし、来ていないのかと思っていました」
「私は影が薄いからね。見つからないのも無理はないさ」
いや冥冥さんほど見つけやすい人も中々いないでしょ。
言わないけど。
「それで、一体どうしたんですか?」
歌姫先輩が問う。確かに、金銭を第一に考える冥冥さんが、言ってしまえばなんの金にもならない告別式に参列しているなんて意外だ。
「……」
歌姫先輩からの問いに珍しく口を噤む冥冥さん。少し苦しそうにも見えるその表情は、こちらからの発言を取り止めさせるには十分過ぎて。
一秒、二秒。思わず数えてしまうくらいには静かな場で、ようやく冥冥さんは口を開いた。
「……少し、確かめたいことがあってね」
確かめたいこと。
あくまでその目的が主であり、決して彼の為に来たのではない──そう言いたげな表情で、何事もなかったかのように答えた冥冥さん。いずると冥冥さんが親しいというのはなんとなく知っていたし、それは歌姫先輩も同じだから今更隠す必要なんてないんじゃないかと思うけど、冥冥さんなりのプライドだろうか。それともまた別の理由があるのだろうか。
「家入君」
「は、はい」
「彼は──浮舟出は、本当に呪霊に殺されて死んだのかい」
「ッ」
空気に徹していた私への、突然の問い掛けに思わず息を呑む。
果たしてそれ以外のリアクションを取ってしまってはいないだろうかと、慌てて自身の行動を省みる。大丈夫、大丈夫な筈。目線も逸らしていないし、瞬きの数も不自然じゃない筈。
挙動不審ではない筈。
「ど、どういう事ですか」
寝耳に水の歌姫先輩が、目を見開いて冥冥さんを見る。
平静を保つ。早まる鼓動を必死に抑えるように呼吸は深めに。
いずるは何者かに狙撃され、その最期に呪霊に喰われた。死因としては呪霊に喰われたということで正しいのだろうけど、そもそも狙撃されていなければ結果が変わっていたかも知れない。
〝
しかし公には、いずるはただ呪霊に殺されたとだけ伝わっている。
だから、いずるは呪霊に殺されて死んだ。そう答えるしかない。決して、
しかし何故、冥冥さんはいずるの死因に疑問を持っているのだろうか。
「……はい、いずるは呪霊に殺されて死にました。私は目の前で、いずるが呪霊に喰われるのを確認しています」
平静を保とうとして、知らず知らずの内に冷たい声色になってしまう。そんな私の様子を心配した歌姫先輩に横から優しく抱かれる。
「……そうか、すまないね」
「冥冥さん、どうしてそんな質問を?」
私の代わりに、歌姫先輩が問う。
冥冥さんは肩に乗って利口にしているカラスを一瞥してから、
「ただの、ちょっとした疑問だよ。どうしても、彼がそう簡単に死ぬとは思えなくてね」
「……」
「彼は、こちらが心配してしまうくらいには善人で、そして実力者だった」
「……」
「彼は私にも屈託のない笑顔で接し、戦闘時には一級の私に引けを取らないくらいの強さだった」
「……」
「
「……」
「途中から、君達同期は応援に向かったんだろう? それに家入君の口振りだと、彼が死ぬ前にその場に到着していたみたいじゃないか」
「……」
「三人の内、二人は特級術師。しかし、彼は呪霊に殺された。あぁ、考えれば考えるほど不可解に思えてきたね」
「……」
まるで、探偵が犯人を追い詰める時のような語り口で一方的に言葉を紡ぐ冥冥さん。じわじわと真相に辿り着こうとしてる冥冥さんに、私はただ押し黙ることしか出来なかった。
歌姫先輩が慌ててフォローを入れる。
「め、冥冥さん。そんな責めるような言い方しなくても」
「……すまない。そんなつもりじゃなかったんだ」
「い、いえ。
「彼は、呪霊に殺された──その言葉に、誤りは無いね?」
冥冥さんの深淵のように暗く、底の見えない瞳が真っ直ぐ私を見つめる。その迫力に思わず真実を伝えてしまいそうになるが、それは駄目だと自分を叱咤して耐える。上層部がいずるを殺しただなんて、口が裂けても言えない。
だって、真実が広まれば間違い無く呪術界は壊れてしまうから。
私達には、そうなってしまった世界の責任なんて取れないのだから。
「ありません」
だから、嘘を吐く。何事も無いように、嘘なんて吐いていないかのように。真っ直ぐ冥冥さんを見つめ返す。
とても長い時間に思えた数秒。先に目を逸らしたのは冥冥さんだ。
「……そうか。すまないね、辛いことを思い出させた」
「いえ、気にしてません」
聞きたいことが済んだからか、特に挨拶も無く背中を向けて去っていく冥冥さん。段々と開いていく距離に安堵の溜め息を吐く。
「──ああ、これは独り言なんだけどね」
吐いてる途中、呼吸が止まる。
「私は、何の利益にもならないことには首を突っ込まない。だから、彼の為に何かを
その言葉を最後に、本当に去っていく冥冥さん。
もういいよ、カァ座右衛門。
冥冥さんはそう言って肩に乗せたカラスを空に飛ばすと、曲がり角の向こうに消えた。
安堵。それと同時に背中を嫌な汗が伝う。
気付いてる。
思わず歌姫先輩の喪服の袖を掴んでしまうくらいには、動揺。冥冥さんが去ってくれて助かった。でなければ、全てが露見してしまうところだった。
「カァ座右衛門。あのカラス、そんな名前だったのね──って硝子、大丈夫!? 凄い汗!」
どこからか取り出したハンカチで額を拭ってくれる歌姫先輩のことなんて気にならなくなるくらいには、私は冥冥さんの得体の知れなさに戦々恐々としてしまうのだった。
∩
告別式終了後。五条と夏油は彼の母親に改めて挨拶に行く為、その長い足を動かしていた。
「ったく硝子のヤツ、終わってすぐに煙草吸いに消えやがって」
「仕方ないよ。式の間だけ我慢出来ただけでも素晴らしいことだ」
このまま禁煙してくれたらね。そう言って笑う夏油は、分厚い手錠をかけられたままとは思えないくらい穏やかだった。
「……そーだな」
五条は適当に相槌を打ちながら後方を見る。そこには、夏油の動向を見張る為の〝窓〟二人が一定の距離を保って後をついてきていた。本来ならば後方ではなく夏油の両側に付いていなければならないのだが、
「それにしても、嫌な時間だったね」
「当たり前だろ。葬式だっての」
「加味してもだ。棺の中には、出が着けていた義手一本。あれだって悟が無理言って上層部から借りたんだろう?」
「あぁ、思い出したくもないくらいしんどかったよ」
曰く、らしくもなく上層部に〝お願い〟をした五条。その場のことを思い出し、舌を出して嘔吐感をアピールする五条に、夏油は申し訳無さそうに言った。
「すまないね」
「気にすんな。棺が空っぽじゃ悲し過ぎるだろ」
「……何とか持ち帰れた出の一部が、出ではない部分とはね」
浮舟出の
速やかな回収と、そして以降の持ち出し厳禁。
ならば回収する前に、告別式でだけは使わせてくれないかと
「酷い話だよ、全く」
棺の中央に置かれた彼の義手。あの光景を思い出し怒りの表情を隠そうともしない夏油に、五条はまぁまぁと、らしくもなく隣を歩く
そうだ、俺達は二人で最強。……なのに、なんだこの
想い人をみすみす死なせ、あの場から回収できたのは彼ではないただの義手。その義手だって告別式が終わった今、〝窓〟の手によって上層部の元へ送られていってしまうのだろう。
五条は夏油を宥めた手前、怒りを顔に出すことさえしなかったが、それでも胸中は何かに八つ当たりしてしまいたい気分でいっぱいだった。
頭を振って、怒りを追い出す。いずるの為にも、大人にならなければと自分に言い聞かせて、話題を変える。
「つーか、いずるの母ちゃんどこにいるんだ?」
「さあね。しらみ潰しに探すしかないよ」
会場の近くにはいなかった彼の母親。彼の母親の行き先に当てなんて無い五条と夏油は、高専の敷地内を隈なく探し回る羽目になっていた。
数十分後、辿り着いたのは学生寮。
彼の部屋。
〝窓〟の二人には廊下で待っていてもらい、それからドアを開ける。
中には、彼の母親が窓の外を眺めてながら立っていた。
「……出は、ここで暮らしていたのね」
「い、いずるの母ちゃん」
敬語を使わないか。
言った直後に、夏油に小声で嗜められた五条は慌てて自分の口を押さえた。
「こ、こんにちは。私達、出の同級生の夏油と五条です」
式の前にも何度か会っていたが、改めて名乗る夏油。五条は、小難しいことは傑に任せてしまおうと、早々に一歩後ろに下がった。
「──あら、夏油君に五条君。どうしたのこんなところで」
振り返り、笑う彼の母親。夏油は普段から伸びている背筋を更に伸ばすような心境で答える。
「……出のことで、どうしても謝りたかったんです」
「それに関しては何度も言ってるでしょう? そもそも私は怒っていないんだから、貴方達が謝る必要なんてないの」
「し、しかし……」
「あの子は、危険を承知でこの学校に入学した。それは私だって同じよ。全力を尽くして死んだんだから、
毅然と、しかし優しい微笑みと共にそう言う彼の母親。夏油は目を見開き、五条を肘で小突いて助けを求めた。
「え、あ、あの、俺五条っす」
「ええ。知っているわ、五条君」
「えーっと、上手く伝えられないんすけど」
「ゆっくりで良いわ」
「……俺達は、いずるのことが大好きでした。それに俺達はいずるよりも強いから、いざという時には大好きないずるを護ってやらなくちゃいけなかったんです」
ゆっくりと、慣れない敬語に戸惑いながら言葉を発する五条。彼の母親は、何も言わずにしっかりと五条の話に耳を傾けていた。
「でも
「……」
「だから、これはいずるの母ち……あなたがどう思おうと、決して受け取ってもらえなくても、どうしても
「……申し訳ありませんでした」
頭を下げる五条。
悟、こんな真面目なこと言えたのかと夏油は内心とても驚いたが、五条に続いて慌てて頭を下げる。
下げ続ける。
目を瞑り、数秒。顔を上げなさいと彼の母親の言葉を受けて、言われた通り顔を上げる。
「そんな悲しそうな顔しないでちょうだい。真面目で優しい子なのね、貴方達」
「……んなこと初めて言われました」
「死んだ同級生の母親に、しっかり面と向かって謝罪出来る子なんて早々いないわ」
「「……」」
「あ、嫌味じゃないのよ? そう受け取っちゃったならごめんなさいね」
「い、いえ」
「……出、ここに入学してからたまーにしか連絡を寄越さないから心配してたのよ。もしかしたら上手くいってないんじゃないかって。でも、貴方達みたいな子が同期なら、出は幸せだったのでしょうね」
「……すみません、本当ならもう一人同期いたんですけど」
「硝子ちゃんでしょう? さっき来たわ」
「「え?」」
「式が終わってすぐ、挨拶しに来てくれたのよ」
「「……」」
硝子め。こんなところでも抜け駆けか。
二人は胸中に同じ言葉を秘めつつも、それなら良かったですと悟られぬように笑顔を見せておく。
「硝子ちゃん、とても優しそうな良い子ね」
「えぇ、本当に」
「……傑、キレてんなぁ」
「何か言ったかい? 悟」
「なにも」
横目でバレないように睨み付けてくる夏油に、目を逸らす五条。
「一つ聞いても良いかしら」
「はい」
「貴方の
「ああ、
「……もしかして、出が関係してる?」
罪状──
しかし、正直に貴方の息子さんを撃った奴を殺したんですとは言えるわけがない。
夏油は答えるついでに、自分に手錠がかけられている理由に話題が移らないように会話をコントロールする。
「まさか。これは私が勝手にやったことです。出は関係ありませんよ」
「……そうなのね」
「どんな罪を犯したのか、聞きたいですか?」
相手からすると聞き辛いことを、敢えて、自分から話し出す。向こうから問われるより自分からけしかけてみる。
表情管理と、声の抑揚。全てが上手く組み合わさるとどうだろう、彼の母親は断った。
夏油の性格の悪さというか頭の良さというか、人間の心理を上手く利用した嫌らしさのようなものが垣間見えた瞬間であった。
「聞かないわ。貴方良い人そうだもの。何か止むに止まれぬ理由があったんでしょう」
「っ──えぇ、そうなんですよ。お母様、鋭いですねぇ」
会話をコントロールしていたようで、予想外の一言。一瞬、夏油の顔が苦痛に染まる。彼の母親は見逃したようだが、五条の瞳はその様子を鮮明に捉えていた。しかし夏油の表情が出たのは一瞬で、すぐにいつもの微笑みに戻った。
「まぁ、何はともあれ、これでひと段落ね──」
溜め息を吐きながら、眉を下げる彼の母親。喪主である彼女は、心身共に疲れ切っている筈だ。あまり長話はするべきではない。
五条と夏油の二人はそう結論付けたところで、廊下からノック。
『夏油さん。お時間です』
「分かりました。すぐに……では、出のお母様。私はこれで失礼させていただきます」
「えぇ。気を付けてね夏油君」
「はい」
まるで面接を終えたあとのように、マニュアル通りのような礼儀正しさで退室する夏油。好きな人の母ちゃんには嫌われたくないよなと、五条が内心うんうんと頷いていると、途切れていた彼の母親の会話が続きから再開される。
その内容に五条は目を見開き、思わず詰め寄って彼の母親の両肩を掴んでしまった。
「……今、なんて?」
「え? だから、これで宿儺様の元に行けるなら出も安心ねって」
「…………」
「大丈夫? 五条君、顔色が悪いようだけど」
「すみません、ちょっと──」
彼の母親に背を向け、急いでドアを開ける。
「傑ッ!」
廊下に出て、左右を見やる。しかし、夏油と〝窓〟は既に移動した後だった。
「不味い不味い不味い不味い、こんなの俺にどうしろってんだよ……!」
「あの、本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫です! いずるの母ちゃん、今日は本当にお疲れ様でした。しっかり休んでください! じゃあ俺はこれで失礼します!」
言って、返事も聞かずに走り出す。
「……一刻も早く傑にこのことを伝えないと。この情報は、俺一人の手に余る」
寮を出て、兎に角走る。夏油が〝窓〟と一緒にどこに行くかを聞いていないので、がむしゃらに、兎に角あの後ろ姿を求めて移動する。
敷地内を走り回り、目に入るのは有象無象の雑魚術師ばかり。人と人との隙間を突き抜け、グラウンドで語り合っている七海と灰原の後ろを駆け抜け、しんみりとした空気の歌姫と家入の横を走り抜け、必死に夏油の背中を追いかける。
その途中、夏油ではないが見覚えのある後ろ姿。
「冥さんッ」
「おや、五条君。どうしたのかな、そんなに慌てて」
「傑、見てないか?」
「夏油君? さて、見たような見ていないような──うん、話が早くて助かるよ」
「相変わらずだな……ったく」
「夏油君なら、つい五分前くらいかな。〝窓〟と一緒にこの道を真っ直ぐ通っていったよ」
一万円札を握らせた途端に、嬉々として情報を提供してくれる冥冥に五条は溜め息を吐きつつ、それじゃあと短い挨拶と共にその場を離れた。
走る。
サングラスがズレることも構わずに走り続け、山中。高専の結界の外。
一本道の彼方。肉眼でようやく見えるほど遠くに夏油の姿を確認したが、声をかけるよりも前に車に乗り込んでしまった。夏油を挟むように左右から〝窓〟が乗り込み、間も無く発車。
「……クソ、間に合わなかった」
〝蒼〟を使って無理矢理追い付けばいいといつものようについ考えてしまう自分を少し嫌になりながら、段々遠く、小さくなっていく車を見て五条は一人言葉を吐き捨てるのだった。
∩
「……それで、私はどこに?」
運転中。公道を走る途中、後部座席に座る夏油傑から質問を投げかけられた。運転する〝窓〟はルームミラーで夏油傑の表情を確認してから口を開いた。
「貴方には、上の指示が出るまで高専外で寝泊まりをしてもらいます」
「それは、何故でしょうか」
「貴方と五条悟と家入硝子は、今現在は一緒にいるべきではないというのが上の判断です」
「……答えになっていませんが」
「貴方は人を殺しました。理由ならそれで十分でしょう」
「……」
〝窓〟の言葉を最後に、黙る夏油傑。ルームミラーで一瞥してから、運転に集中しなければと改めて前を向いた瞬間、また質問。
「私は、これから一体どうなるのでしょうか」
「それは上が決めることです。……しかしまぁ、貴方は特級術師であり呪霊操術の使い手です。死刑ということはまず無いでしょうね」
「と、言いますと」
「呪霊操術の使い手が死んだ時、使い手の体内に残った呪霊がどうなるか分からないからです。貴方がどれだけの呪霊を取り込んだのかは知りませんが、処刑した途端取り込んだ呪いの全てが溢れ出したりしてはたまりませんから」
「……」
「謹慎か、
「はぁ……」
生返事。夏油傑は窓の外に視線を移し、何も考えてなさそうな表情のまま黙った。
夏油傑がこれからの一定期間住まうことになる目的地に向かって、アクセルを踏み続ける。どんどんと高専から離れていき、トンネルに突入。車内も一時、互いの表情すら分からなくなるくらいに暗くなる。
この道は〝窓〟からしたら十分に把握している、言うならば通り慣れた道であり、このトンネルを抜ければ交差点が近いから歩行者に気を付けなければな──そんな考え事をしていた刹那。
トンネルを抜けた瞬間、車の窓いっぱいに呪霊が張り付いていた。
「ッ──!!」
思い切りブレーキを踏む。タイヤとコンクリートが摩擦で物凄い音をかき鳴らし、交差点の手前で停車。幸いにも交差点のみならず、周囲には誰も居なかった。
同乗者達は大丈夫かと、振り返って様子を確認すれば、外を見てぶるぶる震える〝窓〟二人と、項垂れながらくつくつと笑う夏油傑の姿がそこにはあった。
「あ、貴方何を……」
「
普段の夏油傑からは考えられない、敬語を取りやめた冷たい言葉遣い。数ミリ目を見開くと、タイミングを測ったように夏油傑が。
「私が敬語を使わないのは珍しいか?」
「ッ」
「余計な事は考えるな。私からの質問にだけ答えろ」
有無を言わせぬ物言い。それを見てただならぬ状況だと察した〝窓〟は大人しく返事を。
「……は、はい」
「まず。お前が何故ここにいる。
「わ、私ですか」
顔を上げた夏油傑と目が合う。彼の瞳は底が見えない程に昏く濁っていた。
「
「……」
何故バレた。誰にもバレないように、どこにでも居そうな見た目をしているのに。
運転席に座る〝窓〟は内心冷や汗をかく思いで、必死に表情を隠す。表情を隠そうとした結果、不自然な閉口。
「新人のクセに山道を車で無理矢理駆け上がり、出以外の術師を車に乗せて下山する腕前。灰原や七海と合流した際、運転席に座るお前を一瞬見たから憶えている」
「……」
「あの日が初の送迎だったか? それが今じゃ上からの指令で私の護送とは随分と出世したじゃないか」
「……」
「二つ目、お前は何者なんだ。何故
「……」
「答えろ」
窓の外の呪霊が口を開閉し、大きな音を立てて歯を鳴らす。
「わ、私は」
「早くしろ」
複数体いる呪霊の中の、一際体躯に恵まれた呪霊が車を持ち上げて前輪を浮かす。
「ひ、ひぃぃ!」
夏油の左右に座る〝窓〟が悲鳴をあげる。しかし運転する〝窓〟は冷静だ。
「……私は元々、上層部直轄のとある部署で働いていました」
「続けろ」
「普段なら術師の送迎なんてするような職務内容ではなかったのですが、
「澱むな。続けろ」
「私に与えられた任務は二つ。任務先での浮舟出の動向を逐一報告することと、浮舟出を七海二級術師と灰原二級術師の任務に向かわせることです」
「……待て。つまり
「はい。七海二級術師と灰原二級術師が等級違いの呪霊と戦うことになったのも、不運ではなく故意によるものです」
「……続けろ」
額を両手で押さえながら、夏油が促す。〝窓〟は、何か手はないかと車内を見渡しながらも口を動かし続ける。
「
「……」
「任務先は、山奥のとある集落でした。山奥であの集落だけ開けていたので、携帯が通じるというのは事前に分かっていました。浮舟出を任務に向かわせて、私は携帯で行きの車内の様子を報告しました。それから数時間経って、電話でこの後の段取りを確認している途中に、森の中から浮舟出が汚い子供を二人連れて現れました。通話を聞かれたかと思いましたが、聞かれていなかったので適当に労っておきました」
「……」
「浮舟出が子供二人を後部座席に乗せている途中、なるべく申し訳なさそうな表情を努めて、七海二級術師と灰原二級術師がピンチだということを伝えました。浮舟出はお人好しだというのは事前の資料で知っていたので、こちらの思惑通り応援に向かうことを決めてくれました」
「……」
「その後、七海二級術師と灰原二級術師が任務に就いている場所へと車を走らせました。この時点で私の任務は終了していたので、頭の中は既に上への報告書のことを考えていました」
間。
「山の中を車で走り抜けろとか無茶を言われながらも、従順なフリをして従いました。道中、七海二級術師と灰原二級術師を担当していた〝窓〟と遭遇しました。向こうはすぐに私がただの〝窓〟ではないことに気が付いていましたが、急いでいるからと声量で押し切りました」
間。
夏油傑は相槌一つ打たなくなり、車内は〝窓〟が語る声と、夏油の両隣で震える〝窓〟二人の泣き言しか聞こえなくなった。
「それから無事七海二級術師と灰原二級術師がいる場所まで到着しました。ここで降りるのだとばかり思っていたのですが、浮舟出は一級呪霊とは戦わず逃げる選択を取りました。浮舟出殺害の計画を知っていた私からすれば、このまま浮舟出の言うことを聞いていいのかと思いました。しかし私の任務とは関係の無いことなので黙って七海二級術師と灰原二級術師をピックアップし、来た道を引き返しました」
間。
「このままだと浮舟出が何事も無く高専に帰還してしまう。私の胸中は少しばかりの焦りを感じ始めていました。運転手は私であり、つまり責任の所在を探し始めれば必ず私に矢印が向かうことに気付いたからです」
間。
「しかしここで幸運だったのが、灰原二級術師と七海二級術師を担当する〝窓〟がまだ取り残されていたことです。浮舟出はお人好しなので、その〝窓〟も助けようと考えました」
間。
「何かを思い付いた浮舟出は、運転する私に耳打ちをしてきました。恐らく後部座席に座る後輩達に聞かれてはならないと思っての行動でしょう」
間。
「浮舟出の作戦を聞いた私は、思わず目を見開きました。こんな都合の良い話があるかと。少し間を置いて頷き、浮舟出の『自分が追いかけてくる呪霊を足止めして〝窓〟を助ける』という作戦に賛成しました」
間。
「その後は、貴方も知る通りです。浮舟出を置いて山の麓まで降りて、貴方達同期が応援に駆け付けた──と。上層部からしたら貴方達全員が応援に駆け付けたのは想定外だったらしいですよ」
「……成る程な。長々と丁寧にありがとう」
「他に聞きたいことは何かありますか」
「……最後に一つだけ。出は──何故死ななければならなかった」
「それは、アイツが──」
「理由があるんだな。……なら言わなくて良い。
「……は?」
轟音。
つまりは、後部座席の窓が外から突き破られる音。
車外から呪霊のヌメリ気を帯びた腕が──焼け爛れた腕が──丸太よりも太い青色の腕が──腐臭のする細い腕が──兎に角、景色が見えなくなるくらいの物量の呪霊の腕が車内に殺到する。
「ひ、ひぃぃぃぃッ!!」
夏油傑の右隣に座っていた〝窓〟が、車外へと引っ張り出される。屈託なく笑う呪霊の口が縦に裂け、〝窓〟の頭を齧り、砕いた。
「や、やだやだやだやだやだ!」
夏油傑の左隣に座っていた〝窓〟が、車外へと引っ張り出される。大小様々な呪霊に囲まれ、鼻や耳、指や腕の皮。身体の様々な部位を
左右から、この世の終わりのような断末魔が鼓膜を震わせる。時々、噴き出した血が車内に侵入してくる。
車内に残されたのは、浮舟出の殺害に加担した〝窓〟と、たった今〝窓〟を二人殺した夏油傑。あらかた遊び終わった呪霊達が、夏油傑の指示を待って〝窓〟をじっと見詰めている。
「しょ、正気ですか貴方。こんなことして、上層部が許すとでも」
「許さなくて結構。私には
「……?」
「何故私が、わざわざ自身の罪を告白したと思う」
「……」
「答えろ」
「……自らの罪を少しでも軽くする為」
「違う。
「……貴方は、何故こんなことを」
「報いだ」
「……報い?」
「私は大切な人を喪った。彼の無念と怒り──私はそれらを代弁し、代行する。彼が受けた痛みや苦しみを、彼を苦しめた全ての人間に味わわせる」
至極真剣な表情で語る夏油傑。車外の呪霊もそれに合わせて手を叩いた。
「……狂ってる」
〝窓〟が、狭い車内で身を引きながら呟く。夏油傑はその言葉に怒るでもなく、ただ微笑んだ。
「
∩
見失った夏油の事はひとまず置いておき、合流した家入と今後のことを話し合い始めて30分が経過した頃。
突然の、結界内での呪力感知。その呪力でアラートが鳴るよりも前に、五条はその呪力源へと駆け出していた。
〝蒼〟を使った高速移動。人とぶつからないように宙に跳び上がり、廊下を走って辿り着いたのは見たことも来たこともない部屋。その部屋の前に立つ幼子二人を無視して扉を思い切り開け、見知った呪力の使い手の名前を叫ぶ。
「──傑ッ!!」
「ああ、悟か。どうしたんだい? こんなところで」
「どうしたもこうしたもねぇよ! なんだよこれ! なんで、コイツらみんな死んでんだよ……!」
「まぁ、私が殺したからね」
ズタズタに破壊されて床に転がる襖と、火の消えた蝋燭。
靴に染み、靴下を濡らさんばかりの血の量。床に溜まり、壁を汚し、天井に飛び散った血液は明らかに一人二人の量ではなく。それを証明するかのように、夏油の周りには上半身だけの死体が幾つも転がっていた。
「悟、私は遂に成し遂げたよ。出の仇を全員殺したんだ……!」
恍惚と、達成感に満ち満ちた表情で笑いかける夏油に、五条が吠える。
「傑、お前、自分が何やったか分かってんのかよ!?」
「あぁ。これは報いであり、大義だ」
「違う! ただの殺人だ!」
「悟……。
「確かに、上層部のやったことは決して許されないことだし、俺だって全員ぶち殺したい気分なのは変わんねぇよ! ──でも、実際に殺しちゃ駄目だろ! 何か別の方法で、正しく痛い目を見させないと」
彼の為に、死んだ彼に誇れる人間になる為に。
しかし、夏油の瞳は冷たく。夏油の言葉が五条の胸を貫く。
「正しくとか、出に顔向け出来ないとか。悟はいつからそんな寒気がするようなセリフを吐けるようになったんだい?」
「……いずるが死んで、硝子がヒスって、傑がやらかして──俺がちゃんとするしかなかったんだよ。俺が、お前等の代わりに大人になるしかなかったんだよ!」
「その結果が
「んなわけねぇだろ!」
「
「俺は」
血溜まりの中に立つ、返り血に塗れた
「俺は……」
廊下からの光を背負い、部屋に侵入して尚〝無限〟で汚れ一つ無い
「俺は……!」
術式の反転。
五条の指先に赫色が集まる。
「……参ったね。悟なら賛成してくれるんじゃないかと、心のどこかで期待していたんだけど。
「黙れ! その目をやめろ! 傑、お前なんでそんな、急に……!」
「急じゃないよ。むしろ、私は元々
「そんなに思い詰めてたんなら、相談してくれよ!」
「出は、私の話にキチンと耳を傾けて、理解してくれたよ」
「……ッ、それは」
「少し、考えていたんだ」
「なぁ、また俺達熱くなってるって。ちょっと落ち着こうぜ」
「私の呪霊が
「言いたいことがあるんだよ。いずるの母ちゃんがさっき──」
「
「話を聞け!」
「だってそうだろう? 出は
「聞いてくれ……!」
「そう、非術師だよ。アイツ等、自分じゃ何も出来ないクセして一丁前に出を糾弾するだろう? 出は気にしてないような口振りだったけど、やっぱり心の中ではアイツ等を
「頼む……」
「そうだ、そうしよう。出が安心してあの世で眠れるように、非術師を皆殺しにしてしまおう。出を苦しめる奴等を全員殺してしまえば、このクソみたいな世界も少しは平和になるだろう」
「──傑ッ!」
「なんだい、悟」
「……打つぞ。本当に」
人差し指を夏油に向ける。その指は声色の強さとは裏腹に震えていて。夏油はそんな五条の様子を見て目を細めた。
「やれよ」
「ッ」
言って、近付いてくる夏油。五条の指の震えは止まらない。
「殺したければ殺せ。それには意味がある」
夏油が近付く。
手が届く距離。
五条に近付く。
すれ違う。
「……」
「打たないのか? じゃあ私はこれで。理解はしてもらえなかったけど、私はそれでも、悟と硝子のことは大切な仲間だと思っているよ」
背中合わせ。
段々と遠ざかる。
「だから、頼むから邪魔をしないでくれ。君達を傷付けたくはないけれど、そっちから来るなら話は別だ」
遠ざかる。
部屋から出た夏油は、外で待っていた双子に声を掛け、血に浸された靴のまま廊下を歩き、足跡を残したまま遠くへ行ってしまった。
「……」
既に呪力が消えた、ただの指先を見詰める。睨み付ける。
何も出来なかった。親友が道を
「何があった悟! ──こ、これは」
アラートを聞いて駆け付けた夜蛾が、部屋の中の惨状を見て絶句する。
「……俺は」
大丈夫かと肩に手を置いてくる夜蛾になんの反応も見せず、五条はただ考えていた。
傑は人知れず苦しんでいた。
少し前、いずるが話を聞いて解決したのだとばかり思っていた。しかしそれは全くの間違いで、解決したのではなく落ち着いただけだったんだ。
そこに、いずるの理不尽な死。
傑の憤りは再び表面化し、爆発した。
歯噛み。
拳に血が滲むくらい、強く握り込む。
「……いずる、俺はどうすれば良いんだよ」
五条と夏油が喧嘩になった時、笑って間に入ってくれた大切な同期。桁外れの強さを持つ二人をただの同期として見て、今の喧嘩はここが良くなかったぞと正面から叱ってくれた彼の姿。
浮舟出は死んだ。
いくら五条がその姿に焦がれようとも、死んだ人間は二度と帰ってはこない。
想い人を喪い、親友を失った五条。完璧に打ちのめされた五条は耐え切れずにその場にしゃがみ込んだ。床に溜まる上層部の誰かの血が、五条の泣きそうな表情を律儀に反射する。
『良いじゃん。なっちゃえよ、教師』
外の光が入らない、血塗れの部屋の隅に見えた彼の幻覚。五条の頭が映し出した
誰好き?
-
浮舟出
-
五条悟
-
家入硝子
-
夏油傑
-
七海建人
-
灰原雄
-
伊地知潔高
-
庵歌姫
-
冥冥
-
夜蛾正道
-
九十九由基
-
乙骨憂太
-
折本里香
-
禪院真希
-
パンダ
-
狗巻棘
-
枷場美々子
-
枷場菜々子
-
伏黒甚爾