アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは。ブーストありました。



東京都立呪術高等専門学校編。中

 

 

 

 

「……それで、私の所に来たのか?」

「は、はい」

 

 放課後。

 高専内、医務室。

 東京校に身を置く術師達が、任務後に幾度となくお世話になってきたこの場所を仕事場とし、術師の治療を専門としている人──家入硝子さん。今までにも何回か話したことがあるとはいえ、それでもほぼ初対面に近い関係。

 僕はこの部屋を訪れたことを早くも後悔していた。

 こちらのことをなんとも思っていなさそうな瞳と、その瞳の下に色濃く残る隈。

 白衣。長い髪。組まれた腕と長い脚。

 僕も家入さんも、お互いに自分から話し始めるタイプではなく。出会った時から僕は、家入さんに対して少しばかりの恐れというか、苦手意識のようなものを抱いていた。

 それが意味するのは場の沈黙。

 SAW1を彷彿とさせる昼白色の直管ランプが、医務室のパイプ椅子に向かい合って座った僕とデスクワークチェアに座った家入さんを上から照らす。

 あと、僕の後ろに3人横並びに座っているパンダ君と棘君と真希さんのことも照らす。

 

「同期全員いるな」

「……はい」

 

 なんで? 

 目線でそう聞いてくる家入さんに困ってしまう僕の代わりに、真希さんが立ち上がって答えた。

 

「家入さん。コイツ放課後に一人でコソコソ教室抜け出そうとしてやがったんですよ」

「いたたた。耳を引っ張らないでよ耳を。里香ちゃん出てきちゃうかも知れないから」

 

 僕の言葉を聞いて手を離し、ばつの悪そうな顔をしながらも大人しく座る真希さん。やはり転校初日の()()が効いているようだ。

 

「……つまり、こういうことか? 君達は五条の言葉に素直に従って、同期四人で仲良くここまでやってきたと」

「……まぁ、言ってしまえばそういうことになります」

「……ハァ」

 

 片手で額を押さえて溜め息を吐いた家入さんは、白衣の懐から黄緑色の煙草の箱を取り出し、そこから一本取って火を付けた。

 

「硝子、煙草辞めたんじゃなかったのか」

 

 誰に対しても下の名前で呼ぶパンダ君が、生徒の前で堂々と喫煙を決め込む家入さんを咎める。家入さんは特段気にした様子も僕達を気にかける様子も無く、ニヒルな笑みを浮かべて返した。

 

「いずるのことを思い出しちゃった時は別。……あ、お前等この事歌姫先輩には言うなよ。言ったらこの先、怪我しても治療してやんないからな」

 

 思い出さないようにしてたんだけどな。

 家入さんは少し苦しそうにそう呟いてから煙草を咥え、深く吸い込んだ。

 吐き出す。煙草の煙の向こうに見える家入さんの表情が見えなくなる。

 

「……チッ、相変わらず不味い」

「……不味いのに吸うんですか?」

「色々事情があるんだよ」

「す、すみません……」

 

 いずるさんを思い出した時だけ吸うという不味い煙草。その意味を計り兼ねていると、狗巻君に背中をつつかれた。あぁそうだ。早く本題に移らないと。

 

「……いずるさんって、どんな方だったんですか?」

「10年前に死んだ人間のことなんか聞いてどうする。夏休みの自由研究か何かか?」

 

 眉を顰めて僕達を睨む家入さん。ここで初めて、みんながみんな五条先生のようにいずるさんのことを話したいわけじゃないのだと気付く。

 今更ながら、遅ればせながら気付く。

 

「す、すみません……」

 

 自身のデリカシーの無さを恥じ、頭を下げる。そんな僕を見た家入さんは責めるように笑った。

 

「君はすぐ謝るね」

「……すみません。あっ」

「……」

「……」

 

 指摘された数秒後に同じ過ちを繰り返してしまった僕と、そんな僕をジト目で見る家入さん。

 その後、沈黙のひと時。家入さんが煙草を吸った時に煙草の先がジリつく音と、吸った煙を吐く音だけが聞こえる医務室内。

 き、気まずい。こういう時に限って同期のみんなはだんまりだし。どうして僕がこんな矢面に立って大人に睨まれてしまっているのだろうか。身に染み付いたネガティブな思考と被害者意識が頭に纏わり付く。それをなんとか振り払おうと眉間に皺を寄せていると。

 

「……ハァ、いいよ。教えてあげる」

 

 項垂れた僕の頭頂部に、家入さんの言葉。僕は勢い良く顔を上げた。

 

「ど、どうしてですか……?」

「? 話す気になったからに決まってるだろう」

「そういうわけではなく……いえ、何でもないです」

 

 突然の心変わり。その意味を知りたかったものの、ここで無理に聞いて藪蛇になっても困ると思い、取り止め。

 家入さんはたった今吸い終えた煙草を灰皿に押し付け、組んでいた脚を反対に組み直してから口を開いた。その際に少し目を細めたのは、苦しいからかそれとも昔を懐かしんでいるからか。

 

「いずるはね、私の同期だったんだ。

「いずるは所謂(いわゆる)普通の術師ってやつとは違って、良くも悪くも心根の優しい奴だったよ。

「最初は、コイツ真面目ぶっててダルいなって思ってた。

「いずるは他の同期と比べると明らかに弱くて、任務の度に傷を負っていてね。

「それで以って私の反転術式が効かないっていう馬鹿みたいな体質で、いずるが怪我した時はいつも私が付きっきりで手当していた」

 

 いずるさんについて語り始める家入さん。五条先生や家入さんの話によって、頭の中のいずるさんという存在が段々と現実味(リアリティ)を帯びていく。

 

「いずるは天与呪縛を持っていてね」

「あっ」

「……なんだ」

「い、いえ、すみません。五条先生、その天与呪縛の話を家入さんに聞けって言ってたもので」

「? 意味が分からない」

 

 僕の言葉に片眉を上げて訝しむ家入さん。しかし五条先生の突拍子の無さは今に始まった話ではなく──そして家入さんはそんな五条先生と同期だったので、すぐさまその突拍子の無さを受け入れた。

 

「……まぁ良いか。大方(おおかた)、詳しく話すのが嫌になったんだろう」

「?」

「その辺りも絡めて話すよ。まぁ聞け」

 

 室内を満遍なく照らす直管ランプが、一瞬点滅する。

 

「いずるは、アルコールを摂取した時だけ呪力を扱えるっていう天与呪縛を持っていたんだ」

 

 成る程、だから飲酒を。

 頭の中で納得していた僕の後ろで、真希さんが小さく溜め息を吐いた。

 

「なんだ真希、ガッカリしたか」

「い、いえ」

「別に怒らないよ。自分と重ねてたんだろ」

「……はい」

 

 自分と重ねる? 

 意味を理解出来ない家入さんと真希さんの会話を黙って聞く。二人の会話はそれで終わり、すぐ本題に戻ったので僕はその意味を知ることはなかった。

 

「酒さえ飲めば、いずるは一級に届きかねないくらいの実力を持っていた」

「強い天与呪縛だな」

 

 パンダ君が呟く。そんなパンダ君を見た家入さんの瞳が、直管ランプの青白い光を鋭く反射していた。

 

「本当にそう思うか?」

「え? 言うなら酔拳みたいなもんじゃないのか」

「……ハァ。私も、会った当初はそんな風に思ってたよ」

 

 今日会ってから、何度目か忘れてしまうほどの溜め息の数。日々この場所に送り込まれる大勢の患者を一人で捌いている家入さん。そんな家入さんが僕達の為に時間を割いてくれていることに心の底から感謝しながら、話を聞く。

 

「でも、ずっといずるの隣にいた私だから言える。あの天与呪縛はクソだ」

「……」

「飲めば飲むほど呪力が廻る。しかしそれはつまり、飲酒量が自身の負担にそのまま繋がるってことなんだよ」

「……ツナ」

「いずるさんは、内臓とかがやられちゃっても反転術式が効かないから危険だってことなんですね」

「……すまん。硝子」

「気にするな」

 

 頭を下げたパンダ君に対してそう言いつつも、白衣の懐に手を入れる家入さん。手を入れて、少し考える素振りを見せてから手に持った煙草の箱を元の場所に戻した。

 

「私達同期が、いずるになるべく戦わせない(お酒を飲ませない)ように企てるようになったのは、入学してから半年後、秋頃だった。いずるは明るい奴だったから、その危険性に気付くのに半年も経ってしまったのは今も後悔してるくらいだ」

「……」

「任務の度に酒を飲み、アルコール依存症になって日常生活でも酒を手放せなくなったいずる。

 酔って浮ついた思考でいつも楽しそうにしているいずる。

 怪我をしてもヘラヘラ笑っているいずる。

 二日酔いで死んだ顔色を誤魔化すいずる。

 ……はっきり言って私は、いずるに一刻も早く術師を辞めてほしくて仕方が無かったよ」

 

 心底苦しそうに語る家入さんの表情を見て、思わず俯いてしまう。好奇心の赴くままに、軽率な気持ちでここを訪れてしまった自分が憎くて堪らない。

 

「……でも、好きだったんだよ」

「す、好きっていうと、男女の関係としての」

「あぁ。好きだから、いずると一緒に居たいって自分が確かに存在した。それで結局、いずるに術師を辞めさせることよりも、いずると一緒にいることを最優先してしまった」

 

 その結果が()()

 クソだよ、全く。

 家入さんは吐き捨てるように呟き、また脚を組み直した。

 

「……あの、質問良いですか?」

「いいよ」

「いずるさんは、実のところどなたと恋仲だったんですか?」

「……は?」

 

 僕の質問に、大きく口を開けて呆ける家入さん。続ける。

 

「五条先生の話では、いずるさんと五条先生はラブラブカップルだったって話でした。でも今の家入さんの話を聞くと事実は違ったのかなとか思いまして」

「……へぇ、五条がそんなことをね。──乙骨」

「は、はい」

 

 家入さんが、鋭い瞳で僕を見る。慌てて居住まいを正した。

 

「五条が何を言ったのかはよく知らないけど。いずるは五条じゃなく私と良い感じだったんだ」

「……すると、五条先生の話は嘘?」

「ああそうだよ。アイツが他人に対して誠実だったことなんてあったか?」

「……ないような」

「そういうことだ。いずるは私と恋人になる寸前までいっていた、()()()の事故さえなければ確実に結ばれていた両思いのラブラブな関係──真実はこう。よく憶えておいてくれ」

「わ、分かりました」

「よろしい」

 

 言い聞かせるようにそう言った家入さん。その言葉の真偽を精査するよりも先に家入さんの濁った瞳に気を取られてしまい、僕は小刻みに頷くことしかできなかった。

 いずるさんと家入さんは、ラブラブだった。

 ……うん。憶えておこう。

 今日教えて貰った情報を頭の中で整理していると、家入さんの目線の先の物が目に入る。机の上、89mm × 127mmの大きさの写真立てに入れられた一枚の写真が目に入る。

 そこには四人の人物。

 丸サングラスをかけてこちらにピースする白髪の男子生徒。

 五条先生の隣で無邪気に一緒に笑う男子生徒。

 その男子生徒に腕を絡めて悪戯な微笑みを浮かべる茶髪の女子生徒。

 それからもう一人、白髪の男子生徒と同じくらい背が高い──パタン。最後の一人の姿をハッキリ視認するよりも先に、家入さんがその写真立てを人差し指で倒し、下に伏せてしまった。

 

「……ハァ」

 

 溜め息。それから、デスクワークチェアを半回転させて立ち上がった。

 

()()()、私達同期は大切な人を喪った。10年経ってもその苦しみは少しも和らぐことはない」

「「「「…………」」」」

「いずるが死んだのは間違いなく私達同期の所為で、()()()の後悔は毎日欠かさず自身の精神を苛む。他人のことなんか呪うわけがないいずるの死が、結果として私達同期を呪っているんだ。この意味分かるだろ」

「「「「…………」」」」

「お前等は誰一人死ぬなよ。こんな苦しみ、人生で一度たりとも味わうもんじゃない」

 

 厭世。

 自棄(ヤケ)になったようにも見えるその表情。人間味にかけた目力で僕達を見下ろし、そう言った家入さん。その静かな迫力を前に僕達は口を開くことも許されず。何度も何度も頷き、頭を下げてから医務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 





暗い話ばかりで申し訳ないです!早く楽しいお話書きたくてたまらないです!

五条の話、家入の話ときたので次は……?
一体誰の話なんでしょうか。皆目見当も付きませんね。

ではまた。

誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
  • 家入硝子
  • 夏油傑
  • 七海建人
  • 灰原雄
  • 伊地知潔高
  • 庵歌姫
  • 冥冥
  • 夜蛾正道
  • 九十九由基
  • 乙骨憂太
  • 折本里香
  • 禪院真希
  • パンダ
  • 狗巻棘
  • 枷場美々子
  • 枷場菜々子
  • 伏黒甚爾
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