アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは。うんうん、それもまたブーストだね。



呪術廻戦0

 

 

 

 

 季節は移ろい、冬。

 一年生全員で登校している最中、乙骨が異変を感知した。

 

「どーした、憂太」

 

 突然立ち止まった乙骨にパンダが声を掛ける。乙骨は白い息を吐きながら答えた。

 

「えーっと。なんかちょっと嫌な感じが……」

「気のせいだ」

「気のせいだな」

「おかか」

 

 総スルー。

 乙骨は再び歩き出した三人の背中を慌てて追いかけた。

 

「えぇ、ちょっとみんな……」

「だって憂太の呪力感知超ザルじゃん」

「まぁ里香みたいなのが常に横にいりゃ鈍くもなるわな」

「ツナ」

 

 特級過呪怨霊、折本里香。

 乙骨の身に取り憑いて片時も離れない──6年前に結婚を約束したとある少女の呪霊。

 今となってはある程度の制御が(と言っても完全に制御出来るわけではないが)出来るようになったが、それでも呪霊は呪霊。しかも特級となれば、何もしていなくても被呪者(乙骨)への影響は少なくなかった。まるで他の呪霊()を見るなとでも言いたいのか、乙骨が呪力を感知しようとしても折本里香の呪力が邪魔をする。

 

「……」

 

 まぁ、気のせいならそれに越したことはないか。

 乙骨は心の中でそう結論付けたところで。

 

「珍しいな」

「憂太の勘が当たった」

 

 真希とパンダが上空に目を向けていることに気付いた。

 鳥の羽音。まるで耳元で飛んでいるかと思うほどの音の大きさ。乙骨は先程までと違い、ひしひしと背中に感じるレベルの()()()()に慌てて振り返った。

 

「関係者……じゃねぇよな」

「見ない呪いだしな」

「すじこ」

「わー、でっかい鳥」

 

 一人の男とペリカンのような呪霊が並んで降り立つ。男三人分程の全長のとても大きなペリカンのような呪霊に警戒心を(あらわ)にする同期の隣で、乙骨は呑気に口を開けて驚いていた。

 

「変わらないね、呪術高専(ここ)は」

 

 僧が着るような袈裟姿の、特徴的な前髪の男。ペリカンと共に降り立ったその男が、辺りを見渡してそう呟いた。男の右手が恋人のように握る金属製の左腕が、男の動作につられて力無く揺れる。

 ペリカンが口を開く。すると口の中から、ゾロゾロと三人の男女が出てきた。

 

「うぇ〜! 夏油様ァ、本当にここ東京ォ??」

 

 一人目。田舎くさァ、と木々生い茂る高専の景色きうんざりしたような表情で、大きな声でそういう派手めの女子高生──菜々子。

 

「……菜々子、失礼」

 

 二人目。不躾な物言いをする女子高生を注意する、大人しそうな女子高生──美々子。

 

「えー、美々子だってそう思うでしょ?」

「ンもう!! さっさと降りなさい!!」

 

 三人目。ペリカンの口から出てそのまま喋り出した女子高生二人に通り道を開けさせる、オカマ口調の上裸の男──ラルゥ。

 

「アンタ寒くないの」

 

 ラルゥは、菜々子からの問いかけには沈黙を突き通していた。

 

「アイツら……何……?」

「あーパンダだー! かわいー!!」

 

 ようやくこちらを視認した侵入者達。パンダを見つけてテンションが上がっている菜々子に、男が金属製の左腕を手渡している。

 侵入者を寄せつけない為、天元様の結界が張られている高専敷地内。乙骨達の前に現れた四人と一体はどう見ても高専関係者には見えず、乙骨以外の三人は警戒心を露わにし、呪具を構えて対応。

 

「オマエらこそ何者だ。侵入者は憂太さんが許さんぞ」

「こんぶっ!!」

「えっ!?」

 

 見ず知らずの不審者達。同期達はどうするつもりなのかと内心ハラハラしながら事の成り行きを見守っていた最中、突然矢面に立たされた乙骨。こんな時にも悪ノリするのかと、乙骨はパンダと棘の謎テンションに驚愕した。

 

「憂太さんに殴られる前にさっさと帰んな!!」

「えぇ!?」

 

 訂正。同期達の謎テンションに、驚愕した。

 

「──はじめまして乙骨くん、私は夏油傑」

「えっ、あっ、はじめまして」

 

 緊張感と、同期達のコントのようなテンポ感に緩みかけた場の空気を、袈裟姿の男──夏油が目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。気付いた頃には乙骨に自己紹介を済ませ、両手で握手を交わしていた。

 速い。

 同期三人心の声が重なる。彼等の中で、侵入者に対する警戒心が上限いっぱいにまで引き上げられた。

 夏油は気にせず会話を続ける。乙骨自身も、突然接近してきた男の素早さと、その柔和な笑みに混乱し抵抗するという選択を取れずにいた。

 

「君はとても素晴らしい力を持っているね。

「私はね、大いなる力は大いなる目的の為に使うべきだと考える。

「今の世界に疑問は無いかい? 

「弱者を守る為に強者が犠牲になる世界さ。

「君も高専生なら一度は聞いた事があるだろう──浮舟出の名を」

「ッ」

 

 流れるように、まるで台本が用意されているかのように。すらすらとつらつらと、自らの意見を語ってみせる夏油。その言葉は乙骨達一年生の耳に否応無く入り込み、しかしもう片方の耳から抜けることなく脳内に染み渡らせる。

 夏油の演説。その最後に出た名前に、乙骨の肩が跳ねた。夏油はその動作に目を細め、続けた。

 

「だからね、君にも手伝ってほしいわけ」

「……な、何をですか」

「非術師を皆殺しにして、術師だけの世界を作るんだ」

 

 つまりは夏油の目的。それに、乙骨は勧誘されたのだ。

 その目的の大仰さと、しかしその言葉をただの冗談と思わせない迫力が夏油にはあり。目の前にいる乙骨は勿論、少し離れた場所にいた同期三人の額にも、一筋の冷や汗が垂れ落ちた。

 しかし。

 ここで一つ、小さな疑問。

 本性は明らかに危険そうな目の前の男だが、どういうわけか今は虫も殺せなそうな雰囲気を纏わせたまま乙骨の言葉を待っている。

 乙骨は数瞬迷った後、この際だと聞いてみることにした。

 

「……どうして、いずるさんの名前が出てくるんですか」

「え? あぁ、だから言っただろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()って。出はそれの体現者じゃないか」

 

 一片の曇りもない瞳でそう答えた夏油。

 更なる疑問。

 己の知る()()()()()()の内容との矛盾。

 普段の乙骨であれば尻込んで会話を終わらせていただろう。しかし、高専に入学してから半年以上、乙骨の耳をくすぐらせた()の人生譚が──()の輝かしいエピソードの数々が──()の人としての凄さが──乙骨の尻を叩いた。そんなふざけた目的の為に()の名前を使わせてはいけないと、乙骨に反論の意思を芽生えさせた。

 

「……いずるさんは術師(後輩)を庇って、呪霊に食べられたんです。術師と非術師の話なんて何の関係もないじゃないですか!」

 

 言ってしまった。

 得体の知れない男に敵対の意思を見せてしまったことへの少しばかりの後悔と、()の名誉を守れた自分自身への賞賛。恐る恐る夏油の表情を窺うと、夏油は顎に手を当てて何かを考えていた。

 

「……成る程、乙骨くんはそう教えられたんだね」

「?」

 

 意味深な言葉。その意味を聞き返そうとしたところで、第三者の介入。聞き覚えのあるその声に、乙骨は内心ほっと胸を撫で下ろした。

 

「僕の生徒にイカレた思想を吹きこまないでもらおうか」

 

 現れたのは、自他共に認める最強の術師──五条悟。更に後ろには学長の夜蛾と、今まで高専内で何度か見た覚えのある術師達。乙骨は名前こそ存じ上げないが、このような未曾有の有事に駆り出されているのだから、その誰もが実力者であることは間違いない。

 五条と夜蛾、高専内に居た術師達の総動員。

 つまり目の前にいるこの袈裟の男は、もしかして想像以上にヤバい人物なのではないか。乙骨は夏油の目線が五条に向いた隙に少し距離を取った。

 

「悟! 久しいね」

「まずその子達から離れろ、傑」

 

 距離を取った乙骨のことは気に留めず五条に笑いかける夏油と、毅然とした態度で言い放つ五条。

 見るからに険悪ではあるが、下の名前で呼び合っている二人を見て、乙骨はその違和感に首を傾げた。

 

「今年の一年は粒揃いと聞いたが、成る程。君の受け持ちか」

 

 夏油が一年生四人へと、順番に視線を移す。

 

「特級被呪者、突然変異呪骸、呪言師の末裔。そして──」

「何が言いてぇ」

 

 最後に真希へとその視線を移したところで言葉が途切れた。真希もその先を察したのか、苛立ちを隠そうともせず睨み返しながら夏油の前に出た。

 しかし続く夏油の口から出てきた言葉は、真希の予想を完全に裏切るものだった。

 

「いや失礼、形容する言葉が出なかっただけだ。不快にさせるつもりはなかったんだよ」

「……は?」

「──出もね、飲酒をしなければ呪霊を見ることすらできない体質だったんだ。だから、つい君と出を重ねてしまってね」

「……え?」

「──呪力が無くとも術師であろうとする君は、猿なんかじゃない。紛れも無く呪術師(人間)だ。出の名の下に、私が保証しよう」

 

 真剣な眼差しで語る夏油に、真希は拍子抜けした。()()で数え切れぬ程の罵倒を受けてきたその言葉ではなく──むしろ正反対の肯定の言葉に、驚愕を通り越して羞恥していた。

 

「き、キメーんだよ! この前髪ィ!」

「あー! アイツ夏油様になんて口聞いてんの!?」

「……アイツの顔憶えた」

 

 その場から飛び退き、乙骨の後ろに隠れ盾にする。照れで顔が赤くなっていないかと外気で冷え込んだ手で両頬を触る。鏡が無いので色こそ分からないものの、その頬は確実に熱を持っていた。

 真希の名誉の為に言っておくと、真希は別に夏油に恋愛感情を抱き始めた訳では決してなく。

 思いがけない他者からの肯定。幼少期から己を厳しく律してきた真希にとってそれはとても喜ばしいことであった。

 

「……見ろ、真希が照れてる。こりゃ強敵だな」

「しゃけ」

「おめぇ等! 見てんじゃねぇ!」

「真希さんってこういう人がタイプなの?」

「違ぇよ! 色々事情があんだよッ!!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 ヒソヒソ内緒話をするパンダと狗巻。あらぬ誤解をする乙骨と顔を隠しながらキレる真希。一年生がいる場所だけ完全に空気が和んでしまっていた。

 

「……これは、乙骨くんだけを引き抜くのは無理そうだね」

 

 一年生の遣り取りにどこか苦しそうに目を細めながら、夏油がそう呟く。

 

「いずるの腕。やっぱり傑が持ち出してたんだな」

 

 菜々子が抱える金属製の左腕を一瞥し、五条が詰める。夏油は五条の方へ振り返り、ヘラヘラと笑った。

 

「当たり前だろう? 出は私のモノだ」

「違う。その呪具()は高専の所有物だ」

「……()()()から悟は変わらないね。その様子だと、さぞ良い教師になったんだろう」

「黙れ。関係無い話をするな」

「出の遺志は継げたのかい? 私が高専に侵入して数分と経っているけど、未だ私は無傷だ。君の後進はちゃんと育っているのかな?」

「……相変わらず、人を苛立たせるのは得意だな」

「それはお互い様だろう。大人ぶっている悟を見てると、心の底から虫唾が走る」

 

 わざと神経を逆撫でするような言い方で語りかける夏油と、ポケットに両手を突っ込んだまま平静さを努めて対応する五条。

 特級呪詛師と、特級術師。

 一触即発。誰もが二人の行く末を固唾を飲んで見守るしかないこの場。やがて、夏油が溜め息を吐いた。

 

「……悪いね、ついカッとなってしまった。本題に入ろうか」

「本題?」

「あぁ。本当なら、高専の皆(君達)とは争いたくはないんだけどね。出の為には、どうしても()()()()は避けられなかった」

「……」

 

 察したのか、押し黙る五条。夏油は申し訳なさそうにニコリと笑いかけてから、咳払い。そして一度その目を瞑って開けば、そこには世紀の大罪人。上層部殺しの夏油傑が立っていた。

 

「お集まりの皆々様、耳の穴かっぽじってよく聞いて頂こう!!」

 

 それは、言うならば夏油からの宣戦布告。

 12月24日、日没と同時に行われるという()()()()

 新宿と京都にそれぞれ千の呪いを放ち、描くは地獄絵図。

 聞いているだけでも冷や汗が噴き出る内容に、皆夏油をただ見詰めていることしかできなかった。夏油が言い終えるのを、ただ待っていることしか出来なかったのだ。

 その中で一人、五条だけが動じずに真っ直ぐ立つ。動けないというよりかは、動く必要がないから動いていないだけのような佇まい。包帯の向こうの宝石のような瞳で、夏油のパフォーマンスを見届けていた。

 五条と夏油の目が合う。夏油はニヤリと笑ってから、宣戦布告の言葉をこう結んだ。

 

「──思う存分、呪い合おうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達、歳は?」

「15ぉ〜」

 

 12月24日、新宿ボールペン街。そこに架かるアーチに吊るされた複数人の〝窓〟の死体を一瞥してから、伊地知潔高は眼鏡の位置を中指で直した。

 目の前には二人の女子高生──美々子と菜々子。つまりは〝窓〟達を殺した張本人が立っていた。

 未成年。実力は明らかに向こうの方が上。〝窓〟対呪詛師。伊地知は様々な現状を考慮し、対話を選択した。

 

「「……」」

 

 美々子と菜々子は、目の前の男の行動を訝しんでいた。いっそのことこちらに向かって駆け出してきたり、又は背中を向けて逃げ出してくれたなら攻撃に移るのは容易であったのだが。戦意を見せない伊地知に、美々子と菜々子の二人は怪訝な表情を浮かべることしかできなかったのだ。

 

「おじさん、弱いっしょ」

「? えぇ、まぁ、恥ずかしながら。私の実力はあなた達よりも確実に劣っているでしょう」

「……じゃあ、なんで逃げないの」

「弱いから逃げるというのは、決してイコールではありません」

「ハァ?」

「……()()()は、他人の為にそういったことを度外視出来る人でした」

「熱血系のメガネかよ、ダルっ」

「……ねぇ、おじさん。どこかで会ったことある?」

「はい? ──……いえ、私には女子高校生の知り合いなど居ません。人違いだと思いますよ」

「……そっか」

「美々子、どした?」

「……あのおじさん、どこかで見たような気がして」

「あんなメガネの親父、どこにでもいるし。気のせいじゃね?」

「……うん。多分そう」

「おじさん、親父……はぁ。確かにそう言われても仕方がない年齢ではありますが、初対面の子供にタメ口を使われるというのはやはり心に来るものがありますね」

 

 伊地知はまた眼鏡の位置を直してから。

 

「……そうです、貴方達まだ子供じゃないですか。今ならまだ引き返せます」

 

 言うならば、説得。現在進行形で道を踏み外している未成年の学生に対する、丸腰での説得。

 あの人ならば、きっとこうした筈だ。誰にでも笑顔で手を差し伸べるあの人ならば、目の前の呪詛師にも構わず手を差し伸べる筈だと。伊地知は彼の幻影が肩に触れる感覚を味わいながら、大地をしかと踏み締めた。

 

「善悪の区別もついていないでしょう」

 

 しかし、美々子と菜々子の二人からすれば最後の言葉は余計だったようで。二人は伊地知の言葉を聞いて完全にキレた。

 その言葉は、彼に助けられた()()()から、並ならぬ覚悟を持って今まで生きてきた二人にとって一番言ってはならない言葉だったからだ。

 

「カッチ〜ン」

 

 一時は対話に成功し、もしかすると平和的解決も望めたかもしれなかった両者。しかしその分岐路は当の対話によって無かったことに。

 決裂の一本道。迂回は不可能。

 美々子は縄とぬいぐるみを。

 菜々子はスマートフォンを構え、臨戦態勢になった。

 

「美々子ぉ、アイツゲロムカつかねェ?」

「吊るす? 菜々子」

「アンタらは知らねぇだろ。地図にも載ってねーようなクソ田舎で、呪術師がどんな扱い受けてるか」

 

 畏怖、排斥、虐待、その他諸々。(よわい)五つかそこらの美々子と菜々子の身に降り注いだ、幾多もの理不尽の数々。その痛ましく苦々しい記憶に菜々子は思わず歯噛みし、伊地知をキッと睨み付けた。

 

「善悪? そんなんアンタらの勝手な都合だろーが」

 

 檻に入れられていた()()()。空腹と喉の渇き、暑さでどうにかなってしまいそうな真夏。見知らぬ私達の為に怒り、見知らぬ私達を狭い世界(あの村)から助け出してくれたお兄ちゃんの姿が美々子と菜々子の脳裏に蘇る。

 食べ物と飲み物を与えてくれたお兄ちゃん。

 優しく笑いかけてくれたお兄ちゃん。

 膝を曲げ、目線を合わせてお話してくれたお兄ちゃん。

 うす汚れた私達を嫌な顔一つせずに抱き抱え、塀を飛び越えてくれたお兄ちゃん。

 おばけから守ってくれたお兄ちゃん。

 私達を守る為に一人車から降りたお兄ちゃん。

()()()の所為で死んでしまったお兄ちゃん。

 大好きなお兄ちゃんとの記憶。10年経った今も決して色褪せないその記憶に、視界が滲んだ。

 

「浮舟お兄ちゃんは、浮舟お兄ちゃんは……」

 

 涙ぐむ菜々子。美々子がその手を取って励ます。

 自分達を否定した非術師達。

 お兄ちゃんを殺した非術師達。

 そんな奴等を殺して、そんな奴等を庇う術師を殺して、なにが悪か。死ぬべき猿共を殺してなにが悪いのか。

 睨む。伊地知はその迫力に一歩後ろに下がった。

 

「浮舟お兄ちゃんは、アンタらが必死こいて護る非術師達に殺されたんだ……!」

「──()()()()()()()? ……ま、まさか貴方達」

「「私達は夏油様(あの人)が見据える世界を信じてる」」

 

 何かに気付いた伊地知。しかし美々子と菜々子は気にせず続け、二人の言葉が重なった。

 

「浮舟お兄ちゃんは、抱っこして屋根まで跳んでくれるって約束してくれたの」

「……浮舟お兄ちゃんは、一緒におでかけ(デート)してくれるって約束してくれたの」

「おじさんが誰だか知らないけど、私達は浮舟お兄ちゃんが安心して眠れるように──邪魔する奴は吊るしてやる!!」

 

 両者構える。

 片や無知な大人に対する怒りの表情。

 片や二人の正体に気付いた(のち)の後悔の表情。

 避けられない戦闘。

 そんな両者の上方、ビルに突然何かが突っ込んだ。

 

「はぁ??」

「ミゲル!? アンタ何してんの!?」

「見テ分カレ!」

 

 片手に縄を持った黒人の男、ミゲルが頭を押さえながら土埃の中から現れる。その背後には巻かれた包帯から片眼を露出している五条。どうやらこの二人は戦闘中のようで、伊地知や美々子菜々子に構わずまた攻防が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……はぁ」

 

 新宿、某所。

 七海建人は、目の前の惨状を前に一人溜め息を吐いていた。

 街中を暴れ回る巨大なムカデのような呪霊。その呪霊に、一人、また一人と術師が喰われていく。

 

「……」

 

 これだから嫌だったのだ。()()()が居ない呪術界に戻ってくるのなんて。普段なら自宅でゆったりと過ごしているような時間帯に、こんな面倒臭い仕事をする羽目になっている。やはり呪術界はクソだと、目の前の現実を唾棄して目を瞑った。

 

「……浮舟先輩」

 

 荒んだ心を落ち着かせる為に()の名前を呼ぶ。高専を離れ、一時は忘れようとさえした彼の名を、久方振りに口にする。

 あぁ、なんだか良い気持ちだ。心の底から力が湧いてくるようだ。

 彼に背中を押されているような温かい感覚。七海は手に持つ呪具を今一度強く握り締め、呪具を握っていない方の手でゴーグルの位置を直した。

 

「七海! 怪我人の移動終わったよ!!」

「そうですか。灰原、ありがとうございます」

 

 スーツ姿の灰原雄が笑顔で親指を立てているのを目視してから前を向く。呪霊の姿に戦意喪失している術師達の前に立ち、構えた。

 

「──ここからは私が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「分かんないよ! 高専以外の呪術師のことなんか知らないし! お前が正しいかどうかなんて僕には分かんない!」

 

 高専内。

 百鬼夜行の為に人が粗方出払っており、高専内での待機を命じられていた乙骨と真希。術師達の不在を狙っての、夏油の侵入。

 夏油は非常事態に駆け付けたパンダと狗巻を破壊し、真希を瀕死に追い込んだ。

 瀕死状態の同期三人を目にした怒れる乙骨と、同期三人を瀕死にした張本人である夏油の戦闘。

 その佳境も佳境。

 里香を顕現させ、二位一体の猛攻を見せる乙骨。

 その全てを特級呪具〝游雲〟で受け、特級呪詛師の名に違わぬ実力で言葉巧みに翻弄する夏油。

 戦いの最中、夏油と()()()()()()()()()を重ねた乙骨は我慢の限界だった。頑なに非術師を忌み嫌う夏油に、そして夏油の目的に()()()の名前が使われていることに。何が正しいのかなんて、呪術界(この世界)に足を踏み入れて一年も経っていない乙骨には分かるはずもなかった。

 ただ一つ分かるのは、乙骨の知る浮舟出(あの人)は、夏油の行いを決して許容しないだろうということ。これ以上浮舟出(あの人)の名前を、存在を汚してはならないということ。

 夏油を睨む。乙骨の言葉が、呪いが、真正面から夏油を射抜く。

 

「でも僕が皆の友達でいるために。いずるさんの名誉を守る為に。僕が僕を、生きてていいって思えるように。──お前は殺さなきゃいけないんだ」

「自己中心的だね、だが自己肯定か。生きていく上でこれ以上に大事なこともないだろう」

 

 乙骨の言葉に眉一つ動かさずに、余裕綽々といった表情でそう返す夏油。しかし、次の言葉でその表情は苛立ちに変わった。

 

「──しかし、君が出の名前を呼ぶのは耐えられないな。偽りの情報に踊らされてる君如きにね」

「……どういうことですか」

「出がただ呪霊に喰われて死んだのだと、まさか本当にそう思っているのかい?」

 

 夏油が会話を続けながら歩く。その先には、戦闘前に()()()()()()()()()と安全なところに置いていた浮舟の左腕。夏油は浮舟の左腕を拾い上げ、大事そうに両手で赤子をあやすように抱き抱えた。

 

「出はね、上層部の策略によって殺されたんだ」

「上層部……?」

「ああそうさ。出は下らないとある理由によって上層部の奴等から忌み嫌われていてね。()()()上層部の策略の下、任務中での事故を装って殺されたんだ」

「……それが本当なら、何故貴方が知っていて皆が知らないんですか」

「参ったね。本当に何も知らないのか」

 

 やれやれと首を横に振る夏油。乙骨は夏油の、艶かしい指の動きで浮舟の左腕と指を絡ませるその様子を見ていると、夏油が続けた。

 

「私はね、出と同期だったんだよ。私と出と、悟と硝子。あの代は4人居て、出を含めたこの4人だけが()()()の真相を知っている」

「……そうか、だから医務室の写真立てに四人写ってたのか」

「へぇ、医務室ってことは硝子が置いたのかな? 嬉しいなぁ」

 

 夏油が目を細めて笑い、乙骨は身構えた。命を取り合う戦闘時に、コロコロと表情を変える夏油を心底不気味に思っていたからだ。

 続けよう。

 夏油はすぐさま笑顔を収め、一度その言葉を置いた。

 

「悟も硝子も、勿論私も。三人は出のことが大好きで、誰が出の隣を手に入れるかいつも水面下で争っていたよ」

「水面下?」

「出は同期との仲を第一に考えていたからね。喧嘩が嫌いなんだ」

「……」

「参った。出の話をし始めるといつもこうだ。懐かしさばかりが先行してすぐ脇道にそれてしまう。すまないね出。退屈だろう」

 

 浮舟の左腕に視線を落としてそう語りかける夏油。乙骨の背後で大人しくしている里香が「たのしそう」と一言呟いた。

 

()()()、上層部の思惑に勘付いていた私達は自分の任務を終えてすぐに出の応援に向かった。知ってるかい? 出って天与呪縛の都合上酔っ払ってしまうから、任務先はいつも人里離れた山の中なんだ」

「……知りませんよ、そんなこと」

「知っておけ。そして、出の境遇に心底涙しろ」

「……」

「車を飛ばして、術式で飛んで、私達同期はなんとか間に合った。駆けつけた山の中には、一級呪霊を単独で祓除した出がボロボロの姿で立ってたんだ」

「祓除? いずるさんは、呪霊に喰われたんじゃなかったんですか」

「だから言っただろう。その話は嘘なんだよ」

「じゃあ、貴方達三人が居てどうしていずるさんは……」

 

 当然の疑問。しかしその疑問をぶつけられた夏油は、乙骨との戦闘で傷を負ったどの場面よりも苦しそうに顔を顰めさせた。

 

「……出は、上層部が雇った狙撃手に撃たれた」

「……え?」

「出はボロボロだった。後輩の応援に向かう前の任務で既に二級呪霊を三体祓っていて、その後に一級呪霊と長時間に及ぶ死闘を繰り広げていたんだ。ロクに呪力も練れずに被弾したよ」

「そんな……。だって、五条先生もいたんですよね」

「悟は、その時医療班を呼びに下山していた。私と硝子では、木々の向こうから飛んでくる銃弾を事前に察知することなんて出来なかったんだ」

「……」

「真っ暗な闇夜に針の穴を通すような確率。しかし上層部はその確率を掴んだ。瀕死の出と、悟の不在。木々生い茂る山の中であの場所だけポツンと開けていて、腕の良い狙撃手と決して間に合わない医療班。そして()()()()()()()()()()()()という不幸。上層部は出を殺害する為の全ての条件をクリアしてみせたんだよ」

「……」

 

 言葉が出ない。夏油の話を嘘かどうか疑うなんてタイミングはとうの昔に通り過ぎていて、乙骨はただ夏油の口から語られた()()()の壮絶な最期に言葉を失っていた。

 

「これで理解してくれたかな。出の死と、腐ったこの世界の真実を」

「……上層部殺しの犯人って貴方なんですか」

「おや、それすら悟に教えて貰わなかったのかい? だとしたら(さと)いね」

「……貴方のいずるさんに向ける想いを知ったら、自ずとそうなるって思ったんです」

「話を引き延ばして応援を待つ──って腹づもりでもなさそうだし、良いだろう。端を折って話してあげよう」

 

 特別だよ。

 夏油はそう前置きしてから、また語り始めた。

 

「私は、出を殺した上層部を許せるわけがなかった。私はすぐさま悟と硝子に相談し、奴等をどう惨たらしく殺してやろうかと息巻いた。でも返ってきた言葉は『様子見』だったんだよ。分かるかい? 『様子見』だぞ? 悟と硝子はあろうことか、上層部(出の仇)を殺すことに怖気付いたんだ」

「で、でも、五条先生も家入さんも、いずるさんを愛していたんだってことは僕でも分かります。きっと何か事情が──」

「あるものか。本当に出を愛していたなら、それ以外の全てを、自身に取り巻く一切合切を捨て置けた筈なんだ」

「……」

「だから、私一人で実行した。……結局、出を心の底から本当に愛していたのは私だけだったんだ。今こうして私が出の手を取っているのが何よりの証拠さ」

 

 恍惚の表情で、浮舟の左腕へと頬ずり。今の夏油を見て正気だと思える人間は一人とおらず、乙骨もまたその中の一人だった。

 

「いずるさんは、そんなこと望んでいるんですか」

「おいなんだ、またその質問か。10年前、悟と硝子にも同じ質問されたよ。何度も何度も何度も何度も何度も何度もだ。クソみたいな質問だよ。まるで私は出の気持ちを理解してますよとでも言いたげなその言葉、心底吐き気がする」

「……」

「良いか乙骨。その質問に意味など無い。だって出はもうこの世に居ないんだから、真実なんて確かめようがないんだ」

「だったら──」

「だから、出を一番愛し、一番理解している私が正しいんだ。君達は出の苦悩を、怒りを、これっぽっちも分かっちゃいない。だからその質問は当然のように無意味で、ただ(いたずら)に私を怒らせるだけだとそろそろ自覚した方が良い」

 

 言い切る。その並ならぬ彼への執念に言葉を失う乙骨。そんな乙骨を見た夏油の口から溜め息が漏れる。

 夏油は物憂げな表情で浮舟の左腕を見つめた後、その腕に唇を落とした。それから元あった場所まで歩き、浮舟の左腕を地面に置く。すぐ終わるから待っていてねと浮舟の左腕に語りかける夏油の表情は、今現在の緊迫した空気を忘れさせてしまうくらいには優し気で、人間味に溢れていた。

 

「……私は出の為に、全身全霊をもって君を殺す。もう質も量も妥協しない」

 

 切り替え(スイッチ)

 先程までの、浮舟の過去を丁寧に教えてくれた夏油傑の姿はそこには無く、本来の──乙骨と死闘を繰り広げていた最中の狂気的な夏油傑が、おどろおどろしい瞳の色で乙骨を睨んでいた。

 

「知っているかい? 特級を冠する人間は四人。呪いだと16体存在する」

 

 夏油の左手に呪力が集まる。その手のひらから、一体の呪霊が出現した。

 

「これはそのうちの一体。特級仮想怨霊〝化身玉藻前(けしんたまものまえ)〟」

 

 瞳が四つある、着物姿の呪霊。その呪霊の身体から溢れ出る呪力のパワーに、乙骨は眼を見開く。乙骨の傍らで待機する里香も呪霊の姿を見て低く呻いている。

 

「更に。私が今所持している4462体の呪いを()()にして君にぶつける」

 

 夏油の左手のひらから、呪いが止めどなく流れ出る。蠅頭、一つ目の呪霊、うずくまる子供の姿の呪霊、両脚だけ燃えている呪霊、獣のようなヘドロ状の呪霊、頭部の大きい老人の姿の呪霊、夏油が今まで取り込んだ4462体の呪霊が夏油の上空に集まり渦を巻く。

 

「呪霊操術極ノ番、うずまき」

 

 勝利を確信した夏油はニヤリと笑った。

 

「乙骨。君が折本里香を使いこなす前に殺しにきて本当に良かった」

 

 荒れ狂う呪力の奔流が乙骨の頬を、脇腹を、背筋をなぞって後方へと流れていく。これから互いの全身全霊を懸けてぶつかり合うのだろうというのが容易に予想出来るこの場で、しかし乙骨は構えを解き、夏油に背を向け里香へと向き直った。その姿は奇しくも、先程の浮舟の左腕を迎えに行った夏油の姿と酷似していて。

 

「……里香」

「なぁに」

「いつも守ってくれてありがとう。僕を好きになってくれてありがとう。最期にもう一度力を貸して」

 

 里香の頬を撫でる。呪霊の姿に成っても、乙骨には目の前の里香は結婚を約束したあの日の、人間の姿の里香に見える。

 

「コイツを止めたいんだ。その後はもうなにもいらないから」

 

 夏油が乙骨の言葉の真意を察して極ノ番うずまきの出力を絞り上げる。

 

「僕の未来も心も体も全部里香にあげる。これからは本当にずっと一緒だよ」

 

 それは、ある種の縛り。

 

「──愛してるよ里香。一緒に逝こう?」

 

 口付け。

 乙骨の未来を里香に差し出す──つまりは自らを生贄とした呪力の制限解除。事を終え夏油にもう一度向き直った乙骨と里香は、夏油が思わず身震いしてしまうくらいには()()()()()見に纏う呪力の質が変貌していた。

 里香が口を開ける。何も無い(くう)へと呪力が集まり、円球型に呪力を溜め続ける。風の流れを視認出来る程の呪力の濃さに夏油は顰め面で吐き捨てた。

 

「そう来るか、女誑(おんなたら)しめ!」

 

 上がり続ける乙骨と里香の呪力に、夏油はここに来て心からの焦りを感じていた。

 そんな夏油とは対照的に、乙骨の表情は凪いでいた。

 

「失礼だな、純愛だよ」

「いいや、その言葉だけは譲れないな!」

 

 里香から放たれる超高出力の呪力粒子砲。

 一度見えなくなる程小さく収束した後、木の枝のように呪力を分裂させて殺到させる極ノ番うずまき。

 瞬き一つの間に近付く両者の呪力。

 すぐさま衝突。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククク……。素晴らしい、本当に素晴らしいよ。正に世界を変える力だ」

 

 ズズ……。

 建物と建物の間の日の陰になっている暗がりを、右腕を失った夏油が這う這うの体で歩いていく。互いの全てを懸けた呪力のぶつかり合いで負けたというのに、その顔はどこか嬉しそうに見えた。

 

「あの力さえあれば、次こそは」

 

 ズズ……。

 夏油が背を向ける方向には、乙骨と里香の粒子砲によって跡形も無く消え失せた高専の敷地や建築物。つまり夏油は逃げていた。

 

「──……そうだ、出。出はどこだ」

 

 ズズ……。

 傷口を押さえながら、夏油が呟く。焦りを孕んだその表情は自らの命を蝕む大怪我のことなど欠片も考えておらず。顔を左右に振り、周囲を隈なく見て探す。

 

「……可哀想に。出ぅ、どこだ。きっとどこかで泣いているんだ。早く見付けてあげないと」

 

 ズズ……。

 思うように動かない足を必死に引き摺りながら、愛し人の姿を求めて暗がりから通りへ身体を出せば、そこには見知った男が立っていた。

 

「遅かったじゃないか……悟」

 

 ズズ……。

 目元に包帯を巻いていない、六眼を外気に晒している五条の姿に在りし日(学生時代)の姿が一瞬重なる。決別した筈の過去が不意に目の前に現れた気がして、どうしようもなく目に染みた。

 

「君で詰むとはな。家族達は無事かい?」

「揃いも揃って逃げ(おお)せたよ」

「……そうか、良かった」

 

 ズズ……。

 もう立てない程の状態なのか、夏油は塀に背中を預けて座り込んだ。五条も、夏油に合わせてしゃがむ。バツが悪そうに目を逸らした夏油を、五条の瞳の宝石のような煌めきが見射抜く。

 

「……悪かった、傑」

「……は?」

 

 ズズ……。

 一体これからどんな追及を受けるのかと内心嫌気が差していた夏油の耳に入った、予想だにしない一言。夏油は思わずその発言の主と目を合わせてしまった。

 

「俺、お前等の代わりに何とかしなきゃ、大人にならなきゃって躍起になってた。今思えば、傑も硝子も、あの時どうしようもなく苦しかったんだよな」

「……よせ、変な同情を向けるな」

「俺がキチンとすれば、二人は楽出来ると思ったんだ。俺がテキパキやれば、二人はその間休めると思ったんだよ」

「……」

「俺は俺らしくもなく、正しさに囚われた。いずるのことを思うばかりに、傑と硝子の苦しみを理解できなかった」

「そんなの」

 

 ズズ……。

 五条の謝罪に、夏油の強張った表情が(ほぐ)れていく。()()()から10年以上の時が経ち、どうしようもなく開いてしまった互いの溝が僅かに埋まったような感覚。五条の言葉に反論の言葉が突いて出た夏油だが、言い切る前に一度口を閉じた。

 

「そんなの……私だって同じだ」

「……傑」

「私は()()()、怒りで悟と硝子のことなんて見えていなかった。出が味わったであろう苦しみの事ばかり考えてしまい、周りの事なんて何も気にしていなかった」

「……」

「上層部を殺さないという二人の選択を、私は心底愚かだと見下した。でも心のどこかでは分かっていたんだよ。私が選んだ道には際限が無いって。狙撃手、それから上層部。その後に非術師。出の仇を殺せば殺す程、じゃあその後はどうなるんだって時々考えてた」

「……」

「私は出を思いやる反面、誰の事も思いやれていなかった。悟と硝子には本当に迷惑をかけた」

 

 ズズ……。

 対話。()()()から一度も曝け出せなかった胸の内を、今のこの時になってようやく開陳する。互いの想いを打ち明けたあと、思わず噴き出してしまった。

 

「なんだよ、最初からこうすれば良かった」

「……全くだ。死ぬ間際になって、やっと素直になれるとはね」

「傑。死ぬ、んだよな」

「あぁ、勿論」

「……あのさ」

「──言うな。表情を見れば悟が何を言いたいのかは分かる。だからこそ言わせてもらう。その先は言うな」

「……もう少し耐えれば、硝子が高専に戻ってくる。治療を受けてくれないか」

「……全く。言うなと言ったろう」

 

 ズズ……。

 それは言うならば、やり直しのチャンス。夏油もその意味を分かっていたからこそ、五条の発言を止めたのだ。

 夏油が、残った左腕で五条の肩を掴む。瀕死の状態とは思えないほど、掴んだその手には力が込められていた。

 

「悟、よく聞け。私は術師非術師に限らず、大勢の人間を殺した。それも、私は片時も正気を失ってなんかいない。私は徹頭徹尾自分の意思で人を殺めたんだ」

「……それは」

 

 ズズ……。

 上層部殺しの、その末路。しかし五条と夏油が思い描くソレはどうも異なっているようで。

 

「そんな私が一人生き延びて何になる。生きて罪を償え(やり直せ)とでも言うのか」

「俺は、傑に死んでほしくねぇよ」

「……悟、勘違いするなよ。私は自己の行いを悔い改めたんじゃない。あくまで高専の皆に悪い事をしたなと反省しているだけだ」

「ッ……」

「こんな今際(いまわ)でも()()は憎くて堪らないし、上層部の奴等を殺して良かったと心の底から思っているよ」

「傑……」

「だから、何も考えずに今すぐ私を殺せ。それが五条悟()のやるべきことであり、夏油傑()のされるべき事だ」

 

 ズズ……。

 真っ直ぐ五条を睨み、口の端から血を垂れ流しながら夏油はそう言い放つ。五条は何かを考えているような表情を数秒見せ、絞り出すような声で言った。

 

「……本当に、良いのか」

「良いに決まっているだろう」

「折角、仲直り出来たのに」

 

 ズズ……。

 五条の言葉に被るように、夏油が咳き込む。口を押さえた手のひらには赤。その色を見せないように、夏油は拳を握った。

 

「……甘ったれるな、悟。自らの行いには責任を取らなければならない。それが()()というものだろう」

「クソが。傑の所為で、俺の嫌いな言葉ナンバーワンだよソレ……!」

 

 ズズ……。

 苦しながら悩む五条と、私を殺せと迫る夏油。偶然にも、二人の姿は()()()決別した場面と似通っていた。

 束の間。天を仰いで目を瞑った五条の脳裏に夏油との思い出が蘇る。10年経っても少しも色褪せない楽しい思い出の数々に笑い、怒り、涙し、やがて顔を下ろして夏油の目を見た。

 

「……分かった。傑、お前を殺す」

「そうしてくれ。くれぐれも考え直すなよ」

 

 ズズ……。

 五条の決意を察したのか、少しでもやりやすいようにと挑発するような口調で煽る夏油。その察しさえも察した五条は少し笑った。

 術式の反転。

 (マイナス)×(マイナス)

 五条の指先に赫色が集まる。

 

「……」

「……」

 

 ズズ……。

 

「……」

「……」

 

 ズズ……。

 ズズ……。

 

「「……」」

 

 ズズ……。

 ズズ……。

 ズズ……。

 

「……ちょっと待て。私は、夢でも見ているのか」

「……いや、これは夢じゃない。紛れもない現実だ」

 

 塀にもたれ掛かる瀕死の夏油と、夏油を殺す為に立ち上がり、指先を向けている五条。そんな瀬戸際にも関わらず、二人の視線は互いに向いてはいなかった。夏油は思わず口を開いてしまい、五条は思わず向けていた指を、腕を下ろしてしまった。

 二人の側方。乙骨との戦闘前に置いた彼の左腕。乙骨との決着後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ズズ……。

 尺取虫のように、指を、手首を曲げて伸ばす。左腕の主成分である金属を石畳に擦らせながら、一人でに動いていた。

 

「何故、出の義手が動いている」

「……お前の仕業じゃねぇのかよ」

 

 ズズ……。

 先程までの遣り取りのことなんか忘れて、呆然とその様子を見守る二人。

 

「何が、起こっている」

「分かんねぇよ、そんなの」

 

 彼の左腕の動向に目が離せない二人。目元に巻いた包帯を解き、六眼で確認するも呪力は無し──いや、何かがおかしい。

 彼の左腕の動きが止まった。

 

「……そんな、まさか」

 

 五条が異変を感じたのと同じタイミングで、夏油が呟く。つまりは、六眼で視ずとも分かる異変。

 

 (うず)

 

 何もない虚空から、小さな渦が現れた。前触れも突拍子も無く現れたその渦は空間を歪め、円形に──0の字に旋回。

 始めは親指ほどだった大きさの渦はその旋回と共に段々と勢力を増し、()()()()()()()()()()()()にまで膨れ上がる。

 渦の増幅に合わせて宙に浮き始める彼の左腕。その左腕から紐のようなものが伸びる。

 そして、彼の左腕の断面と結合するかのように。

 この10年間、何度も何度も願った事態。()()()の過ちを否定し、どうか無かったことに出来ないかと己を悔やみ続けた。

 上層部を呪った。

 運命を呪った。

 神を呪った。

 何より無力な自分を呪った。

 しかし、そんな過去なんて軒並み消し去ってしまいかねない目の前の事態。

 

「あ、嗚呼……そんな……!」

「う、嘘だろ……」

 

 渦の向こうから、()が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、二人共久しぶりじゃん。イメチェンした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
  • 家入硝子
  • 夏油傑
  • 七海建人
  • 灰原雄
  • 伊地知潔高
  • 庵歌姫
  • 冥冥
  • 夜蛾正道
  • 九十九由基
  • 乙骨憂太
  • 折本里香
  • 禪院真希
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  • 狗巻棘
  • 枷場美々子
  • 枷場菜々子
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