アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは。ややブーストです。




アル中。

 

 

 

 

【やるべきことは終わった。暫しの(いとま)の間、質問に答えよう】

 

 

 真っ白な空間。呪霊の言葉の通りに表現するならば、天国。

 辺りをキョロキョロと見渡したオレは、混乱のあまりいつの間にか自分の尻の下に敷かれていた座布団の存在を気にすることもできず、目の前の呪霊の言葉の端々を聞き取ってそのまま返すことしかできなかった。

 

「……は、え? 質問?」

 

 

【訳も分からず襲い掛かられ、訳も分からず殺され。さぞ混乱していることだろう】

 

 

「……そりゃあ、まぁ。混乱してるけど」

 

 死の間際発動した縛りのペナルティと、それによって復活した目の前の呪霊。ロクに抵抗も出来ずに喰われ、てっきりオレはその生涯を終えたものだと思っていたのだが。

 天国。

 今一度自分の身体を見渡す。出血も無く、痛む箇所も無い。健康そのものだ。

 ひっく。

 アルコールも、少量ではあるがまだ体内に残っている。

 呼吸もしている。瞬きもしている。心臓もしっかりと動いている。

 四六時中頭に鳴り響いてた幻聴も聞こえない。

 今までのオレからすれば天国のような状態。

 天国。

 

 

「天国……? オレってやっぱ死んだの?」

 

 

【ああ、死んだ。君はこれから先を永久にこの場所で過ごすことになる】

 

 

「オレが天国?」

 

 

【……君は他人の為に自らを犠牲にして儂と戦い、自らの命を懸けた。その自己犠牲は充分天国行きへの理由になると思うが】

 

 

「……いや。親より先に死んでるし、未成年飲酒もしてるし」

 

 同期を泣かせてしまったし、色んな人に迷惑をかけたし。

 理由を探せばいくらでも出てくる粗と埃。それがオレの人生だったはずだ。

 だからこその疑問。そもそもコイツも天国にいるというのはどういうことなのか。その辺りの疑問も、この際解消してしまわなければならない。

 

「なんでお前と言葉通じてんの? さっきまでは能? みてぇな喋り方で何言ってんのか分からなかったけど」

 

 

【天国に言語の壁は無い】

 

 

 キッパリと言い切る呪霊。

 うぅん、言い切られてしまった。オレにはその真偽を確かめる術はないのだし、納得するしかないか。

 無い両手を一瞥してから、座位を変える。胡座(あぐら)から正座へと切り替える。

 

「アンタは何者なんだ」

 

 

【やはり問うか】

 

 

「当たり前だろうが。喋って術式使って、しかも名前に()が付いてやがる。どう考えても普通じゃない」

 

 問う。

 呪霊──推定一級呪霊、産土神。

 全長三メートル程の、頭部が大きい老人のような見た目のコイツは七海と灰原を殺そうとし、オレを殺した。そんな奴が今目の前にいて、殺意も呪力も見せずにオレからの質問に淡々と答えている状況。

 気にならない訳がない。

 

 

【……少し長くなるが】

 

 

「気にするかよ。こちとらもう死んでんだ」

 

 

【……分かった】

 

 

「何まごついてんだよ」

 

 

【そう急かすな。これでも飲んで落ち着け】

 

 

 渋る産土神を睨むと、産土神は特に気にした様子もなくオレを嗜め、どこからか瓶を取り出した。

 

「それは……酒瓶?」

 

 

【ああ。子供なのにこれを飲んでいたということは、これに狂うくらい好きなのかと思ってな】

 

 

 ラッキー丁度アルコール切れそうだったんだよな。そう言って酒瓶に飛びつきそうになった己を(何とか)律して背筋を伸ばす。伸ばして、酒瓶から目を離さずに問う。

 

「天国に酒があるのか」

 

 

【神の好みを知らんのか】

 

 

「……成る程(なーる)

 

 

【さあ遠慮するな。儂は君に危害を加えるつもりはない】

 

 

 説得。

 産土神は目尻を下げながら優しい表情と共にそう言ってきた。そもそもあの世じゃ危害もクソも無ぇだろうがというツッコミはさて置き、睨んだ。

 

 

【な、なんだ】

 

 

「見て分かんねぇのかよ。オレ両手無ぇんだぞ。手伝え」

 

 

【……真に申し訳ない】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 むかしむかし。

 せんねんいじょうもむかしのはなし。

 みかわのくにと、とおとうみのくにのあいだのあたり。

 きぎおいしげるやまのなかにひとつのしゅうらくが、ぽつんとありました。

 

 そのしゅうらくはやまのちゅうふくあたりにあり、しゅういをやまにかこまれているのでなにかとふべんなせいかつでしたが、むらびとはたがいにたすけあい、まずしいながらもしあわせにくらしておりました。

 

 そのしゅうらくでは、すぐめのまえにそびえるやまのなかでまつっている、とあるかみさまがおりました。

 このちを、このちのたみをまもるとちがみ、うぶすなかみさまです。

 むらびとたちはまいにちかかさずやまのなかにはいり、そこにたつりっぱなやしろをまいにちかかさずおがんでおりました。すくないしょくりょうのなかからうぶすなかみさまへたべものやのみものをささげ、どうかわれらをおまもりくださいとこころからいのっておりました。

 このちを、このちのたみをまもるうぶすなかみさまも、そんなむらびとたちをあいらしくおもい、じんちをこえたちからでわざわいやはやりやまいからまもってあげていたのです。

 

 しかしとあるひ、このちをらくらいがおそいます。

 

 らくらいがおちたばしょは、ふこうにもうぶすなかみさまのやしろでした。そのらくらいはたかいところにおちるというかみなりのせいしつにしたがわず、きぎのあいだをぬうように、まるでなにかにみちびかれたかのように、やしろのやねをちょくげきしたのです。

 そのひはかんなづきということもあり、うぶすなかみさまはごふざいでした。

 かんなづきとはかみなしづきともいいまして、かくちのかみがみがいずもにあつまり、かみはかり──たいせつなかいぎをするといわれています。

 

 とにもかくにも、このひ。うぶすなかみさまのやしろにらくらいがおちました。

 

 いずもにて。

 うぶすなかみさまはいへんをかんちしました。

 むねがざわざわします。なにかよくないことがおこっているとよかんしていました。

 ほかのかみがみへのわかれのあいさつもそこそこに、うぶすなかみさまはかみはかりをぬけだしてしゅうらくにもどります。いそげいそげとひっしにちからをつかい、ひとのこたちが──むらびとたちがまつしゅうらくへともどります。

 

 そんなうぶすなかみさまをむかえたのは、やまいったいをおおうようなやまかじでした。ごうごうとほのおがたちのぼり、くろいけむりがそらをおおいつくしています。

 

 ──むらびとたちは。

 

 うぶすなかみさまはふりかかるひのこにはきをとめず、やまのなかにはいり、しゅうらくへといそぎます。

 きぎをかきわけ、くさきをかきわけ。やがてへいちにでれば、そこにはしかいいっぱいにひろがるほのおと、まっくろにやけおちたむらびとたちのおうちが。

 

 ──おそかったか。

 

 うぶすなかみさまはくやみますが、それでもまだこころのなかにはきぼうがありました。

 むらびとたちのしたいがないのです。

 ならばむらびとたちは、ひがまわるまえににげたのだろう。

 うぶすなかみさまはひがまわっていないばしょへと、かざしものほうへとあしをすすめます。かわいそうに、かえるいえもうしなってしまっまむらびとたちは、きっとこわくてないているはずですから。うぶすなさみさまはこころをいため、あしをすすめます。

 

 ──ひっ。

 

 むらびとたちはすぐにみつかりました。やまのふもとでみをよせあっていたのです。なかにはすすでかおをよごしているひと、ひどいやけどをおっているひともいます。

 

 ──ひとのこらよ。

 

 うぶすなかみさまがこえをかけます。

 しかしようすがおかしいのです。

 むらびとたちはうぶすなかみさまをみるなりしきりにふるえだし、あとずさりしてしまいます。もうしわけありませんでした、どうかいかりをしずめてくださいと、へいふくしておいのりしています。

 

 ──な、なにを。

 

 てをのばします。

 むらびとたちはたまらずはしりだしました。くものこをちらすように、せをむけてにげてしまいました。

 そのばにのこされたのはうぶすなかみさまだけ。うぶすなかみさまはのばしたてをおろし、かなしくてなみだをながしました。

 おろしたてになにかがまとわりついていました。

 

 すうじつたっても、やまをもやしていたほのおがあめによってかんぜんにちんかしても。

 むらびとたちがこのちにかえってくることはありせんでした。

 それでもうぶすなかみさまは、やけこげてくちようとしているぼろぼろのやしろで、むらびとたちのかえりをまちます。

 あめのひもかぜのひも、なんねんもなんじゅうねんも、このやしろでまちつづけます。

 しかし、むらびとたちがこのちにかえってくることはけっしてありませんでした。

 なにかがからだにまとわりつきます。

 うぶすなかみさまはそのしょうたいをみぬきました。

 

 呪いです。

 

 いわく、むらびとたちはあのらくらいをうぶすなかみさまのいかりだとおもっていました。

 わけもわからずかみのいかりにふれてしまったのだとあたまをかかえ、ひのてからにげるようにふもとへとおりれば、うぶすなかみさまとのさいかい。

 むらびとたちはうぶすなかみさまをおそれ、こころからきょうふしました。

 そんな、ふのかんじょうが呪いとなりうぶすなかみさまをむしばみます。

 うぶすなかみさまのしんせいさをしょうちょうするやしろもほのおによってきずついてしまっています。

 もはやうぶすなかみさまをかみさまとにんしきするものはだれもおらず。

 たみからのしんこうをうしなったうぶすなかみさまの、かみさまとしてのありかたをかえてしまいました。

 

 うぶすなかみさまは、かみさまでありながらそのみに呪いがまわり、やがてはぜんしんに呪いがまわりきってしまいました。

 

 ──嗚呼。

 ── ここなれ。いづこにも行かぬでくれ。

 

 そしていつしか、うぶすなかみさまはめにうつるすべてのにんげんをむらびとだとおもいこみ、じぶんのまえからにげるのならばと、きがいをくわえるようになってしまいました。

 むらびとたちはもうとおくにすまいをかえ、とおくのとうにしんでいます。しかしうぶすなかみさまのおそろしさだけはそのちでみゃくみゃくとかたりつがれ、ふのかんじょうがつきることはありません。

 このちにかえってくるものはだれひとりとしていません。

 それでも。

 うぶすなかみさまは、いまでもこのちでむらびとたちのかえりをまっているのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……これが、神でありながら呪いの力に負け、人の子らを襲う化け物になってしまった儂の過去だ】

 

 

「…………ぐすっ」

 

 

【?】

 

 

「…………そういうかなしい話するなよなァ」

 

 

【な、泣いているのか】

 

 

「だってよ、だってよぉ」

 

 産土神の過去を聞いたオレは、大粒の涙を流して泣いていた。それはもう、えぐえぐと。先程飲んだお酒が回ってきているのも、オレの涙腺に影響しているのだろう。奴の口から語られた話が悲しくて可哀想で、涙が止まらなかった。

 そんなオレの姿を見て混乱する産土神。オロオロと周囲を忙しなく歩き回った(のち)、どこからか取り出した布でオレの目元を拭った。

 閑話休題。

 ようやく落ち着いたオレは、正座という姿勢故に自重で痺れ始めた両足を少し気にしながら、産土神の目を腫れた目で真っ直ぐ見つめた。

 

「本当に申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げて、謝罪。産土神は()せとオレの行動を咎めた。

 

 

【あの場では互いに言葉は通じず。儂は逃げる者全てに刃を振るい、君は術師として呪霊を祓ったに過ぎない。何もかもが仕方がなかったのだ】

 

 

「でも、神様はオレを助けようとしてくれてたってことだろ?」

 

 

【ああ。何も躊躇わずに、他人の為に自らの命を懸けた君を儂はとても眩しく思った。それと同時に、酒に溺れる君の姿を見て、君のような人間は若くして死んではならないと心から思った。だから助けた】

 

 

「もっと古語とか勉強しとけば良かったぜ」

 

 

【気にするな。今こうしているのだから儂としては万事解決だ】

 

 

「? 死んでるのにか」

 

 

【……そうであったな】

 

 

 噛み合っていないような両者の言葉。しかし産土神が実は悪い奴じゃなかったというサプライズに心底驚いていたオレは最早それどころではなかった。

 

「渦の中から現れた子供達に会った。あれも神様がやったのか?」

 

 

【…………】

 

 

「神様?」

 

 

【……違う。儂ではない】

 

 

「え?」

 

 じゃあ誰が。

 そう問いかけるよりも前に、産土神がオレとの間にちゃぶ台を出した。

 

 

【食事にするか。あの戦いの後だ、腹が減ったろう】

 

 

「まぁ確かに腹ペコだけど……死んでんだろ? 意味無ぇじゃん」

 

 

【生きる為ではない、娯楽の為に食べるのだ。天国では()()だ】

 

 

「……まぁ良いか」

 

 会話もそこそこにせっせと食事を用意する産土神の背中を見たオレは、特に気にせずご相伴にあずかることにした。

 

「そうだ、神様」

 

 

【なんだ】

 

 

「最後に一つだけ、質問良い?」

 

 

【構わぬ。何でも聞いてくれ】

 

 

「……最初に言ってた、やるべきことは終わったって言葉。この()()()()()()ってなに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って感じ。オレは死んだと思ったら実は死んでなくて天国なる場所に閉じ込められていただけで、悪い呪霊だと思ってた産土神はオレを助けたくて神隠ししちゃったドジっ子神様で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、最終日──つまりオレが神隠しから解放された日、突然実は君は死んでいなかったってサプライズされたわけ。んで気付いたらクソ寒い中突っ立ってて、イメチェンしてる同期達に今こうしてハグされまくってるんですけど流石にそろそろ場所移しませんかね。あとオレの耳たぶって食べ物じゃないのではむはむしないで下さい」

「残念」

「ちぇっ」

「次は私の番だったのに」

 

 上から、硝子ちゃん五条夏油の順に。しばらく会わない内にどうしてこうなってしまったんだろうかと内心頭を抱える。オレがいなくて、イメチェンして抱き付いて離れなくなってしまうほど寂しかったんだろうか。

 惜しみながらも渋々オレの両耳たぶから口を離す硝子ちゃんと五条。同期の耳たぶをはむりたくなるってどういう感情なんだと少し考えてみる。

 ……まぁ気持ちは分からんでもないか。オレだって歌姫先輩の耳たぶだったら──これ以上はやめておこう。なんかスゲェ睨まれてるし。

 

「いずる、今もしかして他の女のこと考えてたか?」

「な訳ねぇだろ五条。今オレの両目に映ってるのはお前等同期三人だけだぜ」

「嘘は吐かないんだよな」

「勿論、硝子ちゃん」

「じゃあ本当のこと言って?」

「めっちゃ考えてました」

「「「…………」」」

「ごめんて。いやでも、元を辿ればオレの耳たぶをはむり散らかしてた硝子ちゃんと五条が悪いんじゃねぇかってオレ思うんだけど」

「うんうん、そうだね。でも更に元を辿れば、()()()勝手に私達の前からいなくなった出の方がもっと悪いんじゃないかな?」

「夏油……。イメチェンしても切れ味は相変わらずかよ」

 

 夏油からの予期せぬカウンターに思わず項垂れる。夏油はくつくつと笑っていた。

 くしゃみ、それから身震い。より一層強くなったホールド力に思わず眉間に皺が寄るが、なんでもない風を装う。

 

「マジで、そろそろ場所変えようぜ。続きは暖かい部屋で話そう」

 

 提案。同期からの反論も特に無く、オレの案は満場一致で速やかに可決された。

 五条はどこからか真っ黒のアイマスクを取り出して着用してから立ち上がり、オレの手を引いて。

 夏油はすぐに立ち上がり、どこからか自身の傷だらけの右腕を拾ってきて。

 硝子ちゃんは立ち上がりながら寒さで震えるオレを上着の内側に抱き寄せて。

 なんだか急に物分かりが良くなった同期達に首を傾げるが、まぁ良いかと楽観。早く室内に行きたい。というか早く風呂に入りたい。今何時だろうとズボンの左ポケットに手を入れるが、そこには携帯は入っていなかった。

 そんなこんなで移動。オレと距離が近い硝子ちゃんを見た五条と夏油がぐちぐちと文句を言ったり、医者なんだから当然だろうと硝子ちゃんが冷たく返したり。

 え、いつの間に硝子ちゃん医者になったの? 

 つーか、みんな背伸びてない? イメチェンって身長弄れるっけ? オレも身長弄りたいんだけど。

 そんなこんなで寮内に入り、廊下を歩き、部屋の前。

 

「着いたよ、ここが出の部屋。定期的に清掃員を入れて()()()の状態を保っているから違和感は無いはずだよ」

「まあオレの部屋なんだから場所は知ってるけどさ。マジ? そんなことしてもらっちゃってたのかよ。申し訳ないな──というか!」

「どうしたの? いずる」

「五条なんだよその喋り方!」

「僕?」

「僕ぅ!? さっきまで普通に喋ってたじゃねぇか!」

「ああ、流石にアイマスクしたら教師モード入るよ。それにさっきは()()()()の同期四人だったしね」

「あークソ。清掃員に教師、情報量多過ぎてどこから質問したら良いのか分かんねぇ!」

 

 自分に熱がないか、思わず左手で額を触れてしまうくらいにはおかしな状況。硝子ちゃんが心配そうにオレの顔を覗き込んできたので、平気平気と笑って返す。笑って返すが、オレの頭の中はとても混乱していた。

 兎に角、落ち着かなければ。ドアを開けて電気を点ける。そこには笑っちゃうくらいにいつの通りのオレの部屋が広がっていて、10日の不在くらいで掃除してもらっちゃったことを申し訳なく思いながらも、オレの身体はベッドに吸い寄せられていた。

 

「行儀悪いけど、ちょっとだけ横になって良いか。頭を整理したい」

 

 けど、それより先に風呂に入らなければ。頭では分かっているのだが、オレの心はもうベッドの魔力から抗えなくなっていた。

 オレの言葉に同期達は笑って肯定。10日振りの同期達はなんだか変態チックになってしまっていたが、それでも変わらない優しさに思わず()んだ。

 

「勿論、待ってるよ」

「うん。ごゆっくり」

「……さてと」

「「おい硝子」」

 

 ベッドに腰掛ける。オレの隣に座ろうとした硝子ちゃんの両肩を五条と夏油の二人の手がガッチリと掴んだのを、何してるんだかと疲れ目で見てから身体を横にして──

 

「──っっっっって、メッチャ良い匂いするぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううう!?!?!?!?」

 

 自分の枕から香る他人の匂いに驚き、その姿勢のまま勢いよく飛び上がった。

 

「……硝子、直近だといつ使った?」

「一昨日」

「はぁ……僕は自重してたのにさ」

「仕方ないだろ、激務なんだから」

「全く、硝子って出が絡むと馬鹿になるよね」

「はぁ? 夏油にだけは言われたくないんだが。あんま舐めたこと言ってるとその腕くっ付けてやんないぞ」

「ごめんごめん、つい」

「ったく」

 

 右腕を持って傷口に当てがう夏油と、溜め息を吐きながら反転術式を流し込む硝子ちゃん。空中から落下した際に軋んだベッドのスプリングと共に揺れながらその様子を見ていると、五条が微笑みながら近付いてきた。

 

「ねぇ、いずる。聞きたいことがあるんだけど良い?」

「勿論」

「天国で、産土神と何か大事な話しなかった?」

「大事な話?」

「そう。なにか縛りを結んだ、とか」

「──それはあり得ねぇよ。何も結んでない」

「……そっか、なら良かった。ほらいずるって馬鹿だから、何か不利な縛り結ばされちゃったりしてないか心配になっちゃってさ」

「オレが馬鹿って明言する必要あったか?」

「なかったかも」

 

 ニコニコ笑う五条。首を傾げると五条も真似してくるのがなんだかおかしくて噴き出した。

 

「じゃあ、オレからも一つ良いか」

「なんでも聞いてよ」

「……五条、教師になったの?」

「うん。ほら、前にいずるにアドバイスもらったでしょ?」

「ああ、それは勿論憶えてるけど……」

「どうしたの?」

「お前、まだ卒業前だろ。学生と教師の二足の草鞋(わらじ)を履いてるってことか?」

「は?」

「え?」

 

 今度はオレの真似ではなく、心の底から首を傾げる五条。やがて五条は困ったように笑いながらこう言ってきた。

 

「いずる、滅茶苦茶言いにくいんだけどさ」

「おう」

「……」

「え、なんだよ」

「……いずるがいなくなってから、10年経ってるんだよね」

「………………………………………………は?」

「出、気を確かに。ちなみに10日の聞き間違いじゃないよ。本当に10年経っている」

「………………………………………………え?」

「話を聞いた限り、いずるは昔話の浦島太郎のような状態になってたんだろうな。神隠しの代償とでも言うべきか」

「………………………………………………マジ?」

 

 ふらっ。

 同期達からの息の合った連携攻撃に思わず遠のいた意識。五条に慌てて身体を支えられたのでぶっ倒れてしまうことはなかったものの、いっそ意識なんて手放してしまった方が良かったんじゃないかと思えるくらい、オレの頭の中は絶望感に打ちひしがれてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、なんだ? つまりこういうことかよ」

 

 あれから約30分後。部屋の壁に掛けられた置き時計が示す時間が午前零時を回った辺り。オレはぽりぽりと人差し指でこめかみをかきながら情報を整理することにした。

 

「あの天国での10日は現実世界での10年で、お前等はもう27歳の良い大人。五条は教師になって硝子ちゃんは高専専属の医師になって、夏油は呪詛師になって新宿と京都に千の呪いを放った──と」

「うん」

「そうだね」

「合ってる」

「えぇ……?」

 

 ドッキリの類いであると信じたいが、座布団を敷いて床に座る同期三人の姿はそう言われて納得してしまうくらいには大人びていた。背も伸びていて、言葉遣いも変わっていた。

 

「聞きたいことは山ほどあるんだけどさ、まず一つ──夏油お前どうしちゃったのよ」

「いやぁ、ははは……」

 

 半目で睨むと、困ったように笑う夏油。説明の通りなら夏油は歴史に名を残す大罪人なのだが。しかし目の前の夏油からはそんな嫌な雰囲気は感じられなかった。

 夏油は居住まいを正し、真っ直ぐオレを見詰めてから口を開いた。

 

「……私は、君を殺した上層部を許せなかったんだ」

「それで、殺しちゃったわけ?」

「……そうだ」

「…………」

 

 肯定の(のち)、沈黙。五条と硝子ちゃんも何も言わず、オレの部屋は暫しの間重苦しい空気に包まれた。

 溜め息を吐くと、夏油がオレを見た。

 

「ごめん」

「な、なんで出が謝るんだ。これは私が君の名前を使って、君の意思を勝手に代弁して行ったことだろう」

「それでもだ。()()辿()()()()()()()()()()()()()。そうだろ?」

「……出、君の方こそ随分な意地悪だね」

「今のはただやり返したかっただけだ。……けれども()()()、オレが死んでなければこんなことになってなかったのも事実だ」

「そ、そんなわけ──」

「反論すんな、事実だろ」

「あの時の私は少なからず悩んでいた。だから出が死なずとも遅かれ早かれ……」

「なにごにょごにょ言ってんだよ。今は()()()の話だろうが」

 

 夏油を見詰める。夏油はその瞳に揺らぎを見せながらも真っ直ぐ見詰め返してきた。

 

「だから、ごめん。オレのせいで余計なこと背負わせた」

「その謝罪を私が受け取るわけがないことを、君は知っているだろう」

「関係あるかよ、オレは謝りたいんだ」

「……ハァ」

 

 今度は夏油が溜め息。

 

「あと、ありがとう」

「ッ」

「夏油がやったことは決して許されることではないし、夏油の所為で死んだ人のことを考えるとオレは夜も眠れない──だけど、結果がどうであれ。お前がオレの為に怒り、オレの為に命をかけて何かをしたということに関しては。オレは敬意と感謝を示すべきなんだと思う」

「あ、嗚呼……」

 

 夏油の瞳が大きく見開かれる。その内側から涙が溢れ出すと共に夏油は立ち上がり、覚束(おぼつか)ない足取りでオレに抱き付いてきた。反転術式の治療中である、どうにか肩にくっ付いているだけの右腕をぶらりと下げながら、左腕(片腕)でオレに抱き付いてきたのだ。

 身長180cmを超える巨体が遠慮もせず体重を預けてくる。オレは根性でそれを受け止め、同じく左腕で抱き締め返した。

 

「嗚呼ッ……、嗚呼……!」

「ごめん夏油、一人で辛かったよな」

「私はこの10年間……! ずっとその言葉だけを求めて……!」

 

 言葉を震わせ、詰まらせながらそう訴えてくる夏油の言葉。オレは黙って頷きながら、夏油の背中を優しく叩いた。

 複雑な表情でこちらを見る五条と硝子ちゃんに、オレはウインクで返した。

 閑話休題。

 夏油が泣き止み、元の位置に戻ったところで会話を再開。夏油の涙をイジるような奴はこの場にはおらず、皆何事も無かったかのように本題へと戻った。

 

「……この10年、色々あったんだな」

「ああ、本当に」

「……これからどうすんだろ、オレ。同期達はとっくに卒業してんのにオレだけまだ三年生だし、死亡届も出されちゃってるし」

 

 ぼやいて項垂れ、肩を落とす。そんなオレの肩を五条がポンポンと励ますように叩いた。顔を上げると、五条は歯を見せて笑っていた。

 

「だいじょーぶ。このグッドルッキングガイ(GLG)に任せなさい!」

「え、何その言葉。お馴染み?」

 

 言いながら硝子ちゃんを見ると、目を瞑りながら首を横に振られた。なんだ自称か。

 

「任せるって、五条家の力を使うってことか? でも大丈夫なのかよ。五条家だからと言って、みんながオレの生還を喜んでくれるわけじゃないだろ?」

「うん。だから、これは僕個人の財力と、同期三人の絆ってことになるね」

「財力と、絆……?」

 

 要領を得ない。というかわざと遠回しに言ってるんじゃないかとすら感じる五条の言葉に再び首を傾げる。あと五条の後ろで硝子ちゃんと夏油が何やらいそいそと動いているのがとても気になる。

 

「まぁ、この際助けてくれるならなんでもありがたいけどさ。今日はもう遅いしここらで解散ってことにしねぇか? ほら、今日って百鬼夜行ってのがあったんだろ? みんな疲れてるだろうし、一晩ぐっすり寝て朝にまた改めて話し合おうぜ」

 

 背中を這い回る嫌な予感。しかし予感は予感なので明確な何かというのは分からず、オレは取り敢えずの提案。時間稼ぎ。

 うんうんと五条は笑っているが、その後ろで硝子ちゃんの白衣のポケットから取り出されたソレを見てオレは思わず、ベッドの上をずりずりと壁際まで後退(あとずさ)った。

 

「しょ、硝子ちゃん? なんで結束バンドを手に持ってるんでしょうか……」

「……?」

「いや可愛いけど。今首傾げられても」

「出、これが私達の答えだよ」

「こ、答え?」

「そう! 死んだことになってるいずるの今後の保証と、呪詛師である傑を匿うこと。その二つを同時にこなせる最強な名案があるってこと」

「へ、へぇ。それは何より。何よりだけど、皆さんどうしてジリジリと距離を詰めてくるんですかね……?」

 

 背中に感じるこの部屋の壁はどこまでも硬く、これ以上の後退を許さない。同期達はやがてベッドに上がり込み、想定していない重量を課されたベッドの脚が異音を奏でた。

 

「なんか猛烈に逃げ出してぇんだけど! オレの直感と幻聴がガチでヤバいって警告してくるんだけどッ!」

「ヤバいわけないでしょ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……そ、その心は」

 

 五条と夏油がオレの左右に周り、横から身体を押さえる。そしてオレの両足を掴んで硝子ちゃんの前に差し出す。硝子ちゃんはオレの両足に結束バンドを回し、足首のところで固く締めた。しまった逃げられなくされてしまった。

 子供のように笑う五条。

 くつくつと笑いを堪える夏油。

 そして眼前、恍惚の表情でオレに微笑みかける硝子ちゃん。

 何がなんやら分からないオレだが、どうやら三人の中では以前から──離れ離れになる以前から決めていたことのようで。

 三方向から、同じ言葉が耳に這入(はい)り込む。

 

「「「監禁(かんきん)」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 








五条悟&夏油傑&家入硝子:これからはずっと一緒❤︎これからはずっと一緒❤︎これからはずっと一緒❤︎






これがさしす組の答えだ!!!!!!!!浮舟はしっかり反省しろ!!!!!!!!!!!

という感じで、今回をもちまして東京都立呪術高等専門学校編は終わりとなります。
次回からはワクワクの監禁生活編(話数未定)がスタートするらしいです。
あと天国でのやり取りを都合上いくつかカットしていますが、この部分ってどうなってるのと気になる方は感想欄にて質問いただければ、簡単ながらお答えさせていただきます。お答えできないことは顔文字で返させていただきます。

さて、皆様の応援のおかげでなんとかここまで漕ぎ着けることができました。本当にありがとうございました!
どれだけの時間がかかるか分かりませんが、渋谷事変までの展開はなんとなく考えているので、これからもエタらずに、週一更新を目指して頑張っていきたいと思います。これからも応援よろしくお願いします。
ではまた。

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