アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは。ブースト逆噴射。




ギリギリの監禁生活。

 

 

 

 

「……なんで、()()ちゃんがここに」

 

 ソファに寝転んでいる〝僕〟と、〝僕〟の頭を太腿に乗せている由基ちゃん。所謂(いわゆる)膝枕の体勢。見上げた視界いっぱいに広がる由基ちゃん(美女)は時折〝僕〟の髪を指で梳かしたりしながら微笑んでいる。

 長い金髪と、冬だと言うのに黒いノースリーブの──え、嘘腹出し!? ズボン赤! 由基ちゃんなんて格好してんの! めっちゃ似合ってるじゃん! てかなんで〝僕〟地の文でも由基()()()って言ってんだ!? まぁ久し振りに会えて嬉しいから良いか! 

 

「やだなぁ、そんなにジロジロ見ちゃって。出君のエッチ」

 

 ズボンとかいうお洒落の()の字も感じられない自身の発言に絶望しながらも、()()()(←ここ重要)お姉さんとの再会に内心はしゃいでいた〝僕〟。そんなこんなで完全に由基ちゃんの発言を無視してしまったわけだが、まとめるとこうだ。

 

 10年前と全然変わらないその姿。

 〝僕〟とお揃いだね。

 

 なんて呑気なことを考えていたのだが、海外を飛び回っている筈の由基ちゃんがいる筈のない場所にいるという違和感に、たちまちの内に目が冴える。

 起き上がろうと身体に力を入れるが、しかし両肩を押されて、敢えなく膝枕の体勢へと戻された。

 由基ちゃんに見下ろされながら会話が続く。

 恥ずかしいから続かないでほしい。

 

「ここが分かったのは、とある益鳥に導かれたからなんだ」

「益鳥?」

「まぁそんなことはどうだって良いんだ。助けに来たよ」

 

 そうだ。確かに由基ちゃんの第一声はそれだった気がする。

 助け。

 救助。

 言葉の通りに受け取るなら、〝僕〟は今由基ちゃんに助けられるような状況に陥っているということだ。一体どういうことだろうと少し己の状況とやらを思い返してみる。

 同期三人に囲われて一歩も外に出れない生活。

 ハグされたり尻撫でられたりキスされたり、一日中誰かしらに構われている生活。

 今は落ち着いているものの、同期三人から貞操を狙われている生活。

 

「…………」

 

 あ、あきまへんわ。〝ワイ〟の生活、終わってまんがな。動物だったら間違いなくストレスで死んでますわ。

 

「なんで関西弁? しかも下手くそな」

「〝僕〟の地の文()を読まないでください!」

 

 閑話休題(本当になんで関西弁?)

 

「いや、本当に、何が何だか分からな過ぎて全てに質問したいくらいなんですけど、助けてくれるんですか?」

「うん、勿論助けるよ。まぁ何でも聞いてと言いたいところなんだけど、今はあまり時間が無いんだ。続きは移動中でも良いかな?」

「はい、〝僕〟は何でも。……え、移動中?」

 

 首を傾げ過ぎて、転蓮華のように360℃回転してしまいそうになるほどの、矢継ぎ早に訪れる疑問の数々。しかし急いでいるらしい由基ちゃんの口からその疑問が解消されることはなく、「ほら起きて」と優しく起こされた。ソファから立ち上がるが、上手く力が入らずにふらつく。恐らくは夏油に飲まされた薬の所為だ。

 

「おっと」

「あ、ありがとう由基ちゃん」

 

 ふらついた所を由基ちゃんに抱き止められる。〝僕〟は高校生男児であり、身長も体重もそれなりにあると自負しているのだが。〝僕〟を抱き止めた由基ちゃんは顔色一つ変えず、微動だにさえしなかった。

 

「いやいや、出君軽過ぎだからね。ちゃんとご飯食べてる?」

 

 抱き止めた体勢はそのままに由基ちゃんが質問してくる。

 不本意ながら今の〝僕〟は由基ちゃんに抱き止められていて。

 つまり、その由基ちゃんの胸の辺りに〝僕〟の顔がある体勢でして。

 由基ちゃんが抱き(ホールド)を解かないので、〝僕〟はモゴモゴと声をくぐもらせながれ答えた。

 

「食べてますって」

「おかわりは?」

「してないです」

「じゃあそれだ。今度胃がはち切れるくらい食べよう。私がご馳走するよ」

「は、はぁ」

 

 クソ、呼吸の度に由基ちゃんの匂いが鼻から入ってくる。超良い匂いだ。

 そんなことを言っている場合じゃない。

 

「出君、これだけは持っておきたいっていう大切な物はある? 財布とかスマホとか」

「あー、じゃあスマホですかね。あとは特に何も」

 

 モゴモゴを継続しながら話す。

 毎日インドア(引きこもり)生活なので、〝僕〟の服装は基本部屋着だ。この前に一度だけ、着る着ぐるみみたいなパジャマを着せられたことがあるが、同期達のこちらを見る目が同期に向けるものとは思えないくらいヤバかったのでその件についてはあまり考えないようにしている。

 思考を切り替えよう。

 そんなこんなで、今日の〝僕〟は上下スウェットという装いだ。夏油のスウェットとはメーカーが同じで色違い。

 ……というか、〝僕〟のことはどうでも良い。

 一向に解けない抱き(ホールド)の中でなんとか身を捩り、ポケットからスマホを取り出して由基ちゃんに見せた。

 

「はい、ありがとう」

 

 由基ちゃんは片手で〝僕〟のスマホを受け取り、自身のスマホも持ち出して何やら操作を始める。それらの操作は〝僕〟の背後で行われている為、抱き(ホールド)は解かれていない。

 

「由基ちゃん?」

 

 そろそろ離れてくれない? そんな意味を込めて名前を呼ぶと、応答。返答ではない。

 

「私の連絡先を入れておいた。連絡をくれればすぐ駆け付ける──なんてことは出来ないけど、必ず出君の力になることは約束するよ」

 

 やっと抱き(ホールド)が解け、とスマホを返される。時代に取り残されている流石の〝僕〟でも電話くらいは掛けることが出来るので、ありがとうございますと由基ちゃんに礼を言ってからスマホを受け取った。

 由基ちゃんはウインクを一つ魅せた後、満足そうに笑った。

 

「じゃあ行こうか」

「行くってどこへ?」

 

 由基ちゃんが勝手知ったる様子で廊下を進み、玄関へと向かう。その後ろを、目覚めてから未だフラフラしている〝僕〟が追いかける。暖房が点いていない廊下、そのフローリングの刺すような冷たさが〝僕〟の足裏を襲ってくる。暖房が暖かいからと靴下を履かなかった今朝の自分が恨めしい。

 〝僕〟の問いに由基ちゃんは笑い、玄関に貼ってある呪符なんかお構い無しにドアを開けた。

 

「決まってるじゃん、外へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、七海! これから任務? 頑張ってね!」

「一年生達への臨時講習です。……任務があるから変わってくれと、アナタに頼まれたのですが」

「あ、そうだった! よろしくね七海!」

「お疲れ、七海」

「……お疲れ様です、家入さん」

 

 すれ違いざま、微笑みを携えて話しかけてくる先輩方。話しかけられたなら答えなければならず、私は真っ当な返答をした(のち)に会釈を落とし、その場を(あと)にする。

 後方から「そばを生地から職人に作らせてさ」と五条さんの楽しげな声が聞こえてきて、以前から抱いていた仮説がどうやら本当に正しいのかも知れないと、私は噛み締めた。

 角を曲がり、先輩方から死角になったのを確認して歩みを止める。

 

「…………」

 

 可笑しい。

 可笑し過ぎる。

()()()()()()()()()()()()()

 私七海建人は、数日前からの異変である先輩方の機嫌の良さに疑いの──いや、嫌疑の眼差しを向けていた。

 仮説(もしや)

 五条さんは他人を思いやれるほどご機嫌ではないし(まぁ馬鹿みたいな態度なのはいつも通りですが)、家入さんがただの日常生活の中で他人を労うなんて見たことがない。

 異変(どうした)

 嫌疑(まさか)

 この二人には何かがあるというのが自分の中での一種の仮説。それと同時に、どうか面倒事だけは起こさないでほしいという一種の願い。

 溜め息。

 私も、勿論五条さんも家入さんも良い大人だ。だというのに、何故高専時代と同じように先輩方の一挙手一投足にハラハラしなければならないのか。百鬼夜行も終わったばかりだと言うのに。

 百鬼夜行。

 一つ上の先輩である夏油さんが、数多の呪詛師を──それから千の呪いを率いて起こした大事件。呪霊は祓われ、呪詛師達は逃亡し、夏油さんが死んで終わった件の事件。故人となった夏油さんのことを思い出し、顔を顰める。

 これで、あの代からもう二人も死んだ。

 何なんだこの世界は、全く。

 

「……浮舟先輩」

 

 溜め息混じりにその名を呼ぶ。呪術界(この世界)に戻ってからと言うもの、嫌なことがあればつい呟いてしまう尊敬()()()()先輩の名前。忘れてはならないことだが、いつまでも忘れられない自身の弱さに呆れ返る。

 私は元来感傷的になるタイプではない。自立した一人の大人であり、ましてやこの世界で人が死ぬことなんて然程珍しくもない。

 それでも忘れられない。乗り越えられない。

 いつまでも胸の中の大事な部分に居座る浮舟先輩。彼の表情を思い浮かべればいつも笑っていて。

 

「……ハァ」

 

 これ以上は。

 せめて、これ以上は身内を死なせないように。

 私は祈るような気持ちで、一年生達が待つグラウンドに向かって再び歩き出すのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どこに向かってるんですか?」

 

 身体を、内臓を震わす重低音。

 衣服の隙間から入り込む寒気。

 由基ちゃんの胴に回した片腕から伝わる温もり。

 あれから、外へと連れ出された〝僕〟は由基ちゃんが運転する大型バイクの後ろに座っていた。

 何の説明も受けずに、どこに向かっているのかも知らずに。

 一週間と経たない内に別れを告げることになった我が家。やっぱり住んでた家は一軒家だったのかというどうでも良い感想を抱いた頃には、我が家はもう米粒程の大きさにまで遠ざかってしまっていて。由基ちゃんがバイクを走らせること10分。ここにきて〝僕〟はようやく疑問を持ったのだった。

 

「本当に、五条と硝子ちゃんには許可取ってるんですよね?」

 

 フルフェイスのヘルメット越しの、くぐもった自身の声。その声が由基ちゃんに届いていることを祈りつつ、問いかけ続ける。

 五条と硝子ちゃんからの許可。

 そう、由基ちゃんからの外出の誘いを断った〝僕〟に提示されたその言葉。夏油からの誘いを()()()()()を盾に断ったのは記憶に新しいが、由基ちゃんが言うには今回はなんと予め五条と硝子ちゃんから外出の許可を得ているというのだ。

 流石は由基ちゃんと感心している間にまんまとお揃いのライダースジャケットを着せられ、バイクの後部に乗せられてる内に至った現在。久々に見た外の景色に夢中になっていると、いや待てよ? 由基ちゃんと硝子ちゃんって滅茶苦茶仲悪くなかったか? 本当にそれで許可とかもらえるのか? と嫌な疑問が次々と浮かんでしまい、耐えきれずの質問。

 赤く灯る信号。

 停止線手前で停まったバイクから由基ちゃんの片足が下ろされる。その長さに見惚れていると、由基ちゃんが。

 

「大丈夫大丈夫! お姉さんに任せて」

 

 答えになっていない。もしかして無許可? そんな恐ろしい話があるかと背筋が凍る。家に戻りたいですと抗議の声を上げようとするが、バイクは再び走り出してしまった。振り落とされないように左腕に力を込める。

 

「由基ちゃん、まさか無許可じゃないですよね」

「…………」

 

 聞こえていないのだろうか、返事は無い。いや、聞こえてはいるが運転中だから答えを返さないのかも知れない。

 次いで、聞こえてはいるが都合が悪いので答えを返さないという可能性が浮かぶ。

 身体が震える。それもその筈、〝僕〟は10日(10年)振りにこの世に帰ってきてからこの日まで、同期達のヤバさというのを嫌というほど体感している。〝僕〟の不在を知った五条と硝子ちゃんが泣き喚いた後にどんな行動で出るのかという不安と恐怖。そして、夏油の誘いを断ったにも関わらず、ノコノコと由基ちゃんに連れ出されてしまった事への夏油への申し訳無さが数瞬のロスも無く同時に精神を苛む。

 公道を走り続けるバイクは一軒家があった住宅街から始まり、栄えている市街地を抜け、やがてはなんだか見覚えのあるような山道へと進み始める。

 

「ゆ、由基ちゃん。まさか目的地って……」

 

 山道を登る。やがて見えてきたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 降車をエスコートされてから、ヘルメットを脱がされる。それから自分のヘルメットを脱いだ由基ちゃんは、長い金髪を揺らめかせて爽やかに笑った。

 

「さ、着いたよ」

「着いたよ──じゃねーですよ由基ちゃん! なんで高専なんかに連れてきたんですかッ!」

「? ここなら安心でしょ」

「いや平時ならそうかも知れませんけど! こ、ここには五条も硝子ちゃんもいるんですよ!? もし姿を見られたりでもしたら、あわわわわわ」

 

 漫画のように慌てふためく〝僕〟。歯の根が震え、カチカチと上下の歯が噛み合い始めたところで、由基ちゃんに優しく抱き締められた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ出君。私がついてる」

 

 いや、この状況を作り出したのはアンタやろがい。

 しかし、そうツッコむ気が思わず失せてしまうほど、由基ちゃんからのハグは〝僕〟の荒んだ心を落ち着かせた。

 

「…………」

 

 数秒、無言の時。二人きりの時間。

 万年人手不足な呪術界。その核心である高専内であっても、今のこの状況を誰かに見られてしまうことはなかった。

 一定のリズムで、優しく背中を叩かれる。赤子をあやすようなソレにむず痒さを覚えたところで、由基ちゃんが口を開いた。

 

「……本当は、出君と一緒に海外を回りたかった」

 

 小さな、少しでも風が吹けば一緒に連れて行ってしまいそうなか弱い声。

 その言葉は紛れもなく本心なのだろう。だってその言葉の後、由基ちゃんの両腕に力が入ったから。

 

「でも、私の旅は危険過ぎるから。出君を危険な目に遭わせるわけにはいかない」

「由基ちゃん……」

 

 大人だ。

 由基ちゃんの優しさに思わず感心しかけるが、五条と硝子ちゃんの許可を得ずに高専に来てしまっているこの状況も十二分に危険だと気付く。

 由基ちゃん……。

 

「あの、本当に五条と硝子ちゃんからの外出許可って取ってないんですか」

「え、許可いる?」

「え?」

「だって出君の人生じゃん。好きに生きなよ」

 

 笑って〝僕〟の頭を撫でる由基ちゃん。

 

「良い事言ってる風ですけど、そんな言葉じゃ到底助からないくらい同期の執着心ってヤバいんですよ! それにアイツらなんだかマジで〝僕〟のこと好きっぽいですし! もし顔合わせたら恐怖と恥ずかしさで死んじゃいますッ!」

「大丈夫大丈夫。なんなら私がガツンと言ってあげようか? ……あ、ついでに五条君と家入硝子の前で出君にめっちゃキスしてやろ」

「やめて──────────!!!!」

 

 閑話休題(本当にやめて──────────!!!!)

 

「出君。君がこれから何をすべきか分かる?」

 

 静けさ。

 高専の敷地内をゆっくり歩きながら、隣を歩く由基ちゃんが問いかけてくる。約一週間ぶりの歩行におっかなびっくりしながらも返す。

 

「すべきこと? 五条と硝子ちゃんにガチ謝罪するとかですか」

「そうじゃない。もうこんな生活やめようって自分から二人に切り出すんだ。あんな生活してたら、出君は何にも成れないよ」

「…………」

 

 あんな生活。

 確かに、思い当たる節はある。というか、節どころじゃない。言うならば一本の樹木だ。それも大木。

 あの生活が異常なことくらい、わざわざ考えなくても分かることだ。でもあの生活を良しとしていたのは紛れも無く〝僕〟自身の選択であり、あの生活に甘んじていたのは〝僕〟自身の責任である。

 

「五条君と家入硝子は、出君を死ぬまであの家でグズグズに甘やかしたいみたいだけど。……そんなの駄目。このままじゃ絶対、誰も幸せになんかなれないよ」

「…………由基ちゃん」

 

 同期達からの愛情に甘え、毎日を自堕落に過ごしてきた。そんな生活も一週間と経たずに夏油が出立し、〝僕〟も今こうして決断を迫られている。

 あの生活は(いびつ)で、普通の同期との関係であれば決して有り得ないモノだった。有り得てはいけないモノだったんだ。

 でも、〝僕〟は楽しいと思ってしまった。

 同期達と居られる生活を心から嬉しく思い、セクハラ紛いのスキンシップを冗談半分で受け流せるくらいには、〝僕〟はあの生活を楽しいと思ってしまっていた。

 10日(10年)前に死んだことになった〝僕〟は、長い間周りの人を悲しませてしまった。再会した時の同期達の表情を見れば、〝僕〟はなんてことをしてしまったんだとすぐに気付く。

 だから(いびつ)だと理解しつつも、異常だと知りつつも受け入れた。〝僕〟の存在で五条が──硝子ちゃんが──夏油が喜ぶのなら、言う通りにしよう、って。

 つまりこれは一般的な観点から見た正しさや倫理観なんて関係無く。あの生活は同期達に対する〝僕〟なりの誠意であり、謝意なのだ。

 

「……それでも」

「駄目」

 

 続こうと動いた唇に、由基ちゃんの人差し指が触れる。言葉が止まった。

 黙ったまま由基ちゃんの目を見ると、人差し指が引っ込められた。

 

「……ハァ、共依存だね。思ったより深刻だよ」

「共依存?」

「出君は、同期からの愛情(依存心)を仕方ないなと呆れながらも受け入れているつもりなんでしょ。同期達はみんなおかしくなっちゃったけど、何も改善せずにただ、まぁ別に良いかって思っちゃってるんでしょ」

「はい」

「でも実際は、出君自身も彼等に依存しちゃってるわけ。家に帰りたがってるのは、五条君と家入硝子に怒られるのが怖いからじゃないでしょ? 二人を悲しませてしまうのが怖いからでしょ?」

「…………」

 

 ギックー。

 図星を突かれた、という自覚は無い。でも、〝僕〟自身も理解していない心理みたいなものが由基ちゃんには透けて見えているという事実が、〝僕〟にこんなリアクションを取らせた。

 え、〝僕〟って同期に依存してたの? 逆だと思ってた。

 

「あーあ、もう個別ルート入りかけてんじゃーん」

「個別ルート?」

 

 聞き返すと、両肩を掴まれる。〝僕〟を見る由基ちゃんの瞳は、真剣そのものだった。

 

「私には目的がある。呪術界の──世界の未来が懸かってると言っても良いくらい壮大な目的がね」

「は、はい」

「私の目的が達成されたら、その時は真っ先に必ず出君を迎えに行く。もし、その時まで出君が誰のものでもなかったら……」

「な、なかったら?」

 

 真面目な表情が、和らぐ。つまりは微笑み。

 

「私が貰っちゃうからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月30日。

 年末も年末、もういくつ寝ればと数えるまでもないくらい年明けがそこまで迫ってきている、そんな日。

 そんな日に、呪術高専の一年生三人──真希とパンダと狗巻はグラウンドに集まっていた。

 動き易い服装で、気合十分といった面持ちで。

 

「「「…………」」」

 

 百鬼夜行。

 その日に三人が対峙した特級呪詛師。

 ロクに戦えなかった。()()の強さをしかと味わわされた。

 目が覚めれば全てが終わっていて、同期の特級術師である乙骨が全てを終わらせていた。

 

「……んな屈辱あるかよ」

「真希、何か言ったか?」

「高菜?」

「何でもねぇよ。ほら、始めるぞ」

 

 辛酸を噛み潰す。真冬如きの外気温では決して冷やせない、メラメラと(たぎ)る自身への怒りが、真希の心中のほとんどを占めていた。

 つまりは。

 後から入学してきた乙骨に良いところを全部持ってかれたのメッチャ悔しいよな。だから年末だけど自主練しまくろうぜ。

 ってこと。

 

「悟は?」

「後から来るんだか来ないんだか」

「適当だなアイツ」

「まぁ悟だしな」

「しゃけ」

 

 身を縮こませる程の寒気に声を震わせながらの会話。寒気を凌ぐように、自ずと身体を寄せ合いながらの会話。

 百鬼夜行での大仕事を果たした乙骨は別件が入っている為、この場にはいない。好都合だと息巻き前日、邪魔する己のプライドを押さえ込んでから五条に電話し、特訓をつけてくれと頼み込んだのだ。

 

「先に始めちまうか。兎に角、早いところ動かねぇと」

「ああ。寒過ぎる」

「しゃしゃしゃしゃけ」

「棘、声震えてるぞ」

 

 じゃあ柔軟から。

 思い思いの方法で身体を温めていると、グラウンドの端、石階段の部分に誰かが座っていることに気が付く。持っていた薙刀を使って背筋を伸ばしていた真希が呟く。

 

「……? 誰だアイツ」

「見たことない顔だな。新入生か?」

「おかか」

「こんな年の瀬にか? あり得ねぇだろ」

「じゃあOBかなにかか?」

「分からん」

「ツナマヨ」

 

 その人物は左手で後頭部をガシガシとかきながら俯いていて、何やら悩んでいる様子。

 足元はサンダル。上下スウェットにその上からライダースジャケットを羽織っているその男は、一年生三人の興味を惹くには十分過ぎる格好をしていた。

 

「「「…………」」」

 

 それから、一年生三人の心が一つになった。

 ザッザッザ。寒さで凍ってるんじゃないかとすら思う地面を、その足でしっかりと踏み締めて歩を進める。相手もこちらの気配に気付いたのか、顔を上げた。

 目が合う。

 

「……えーっと、どうしたの?」

「お前、転入生(新入り)か?」

「へ?」

 

 真希がそう声を掛けると、男は呆けたような声を出した。しかも、視線は真希の方を向いていない。

 

「パ、パンダだ……」

「よう、パンダだ。よろしくな」

「よろしくね、パンダ」

「おい話聞け。お前何(モン)だよ」

「あれ、パンダ? あー、じゃあ君達が噂の一年生か。なんか凄いんでしょ? 特級(夏油)を倒したとか。よろしくね──それで、誰が乙骨君? それとも、乙骨ちゃん?」

 

 ニコニコと気さくに笑いながら一年生三人と順番に目を合わせ、平然と地雷を踏み抜いてくる男。

 ブチッ。

 誰かの額に青筋が浮かび、キレた。もしくは三人全員分。

 

「……テメェ、今一番言っちゃあならねぇことを言ったな」

「悪いけど、俺達今ピリピリしてるんだよ」

「しゃけ」

「え、なんかごめんね。気悪くさせちゃったかな」

「すぐ謝るところも気に食わねぇ。おいお前、立て」

「え? うん」

 

 男が立つ。背丈はこの中で一番下だった。そのことを目敏く発見した真希がすかさず言い放った。

 

「おいチビ」

「は?」

 

 しかし、言われた男は先程までの温厚な態度はどこへやら。今度は男の額に青筋が浮かんだ。

 

「今なんて言った?」

「チビって言ったんだよ。お前素人だろ、立ち方が()()()()()。隙だらけだ」

 

 薙刀の石突きの部分で男の身体を──隙がある箇所を順番に小突いていく。男は小突かれながらも口を開いた。額にはもう青筋は浮かんでおらず、いつの間にか、表情も態度も先程となんら変わらないソレへと戻っていた。

 

「みんなとあんま身長変わんないでしょ」

「でもこの中でお前が一番身長低いだろ」

「……はぁ」

「おいチビ。お前等級は?」

「準一級」

「嘘つけ。お前呪力無ぇだろ」

「無いと駄目なのかよ」

 

 男が言い返すと、真希の眉が動いた。気が付けば、真希だけが男と話している。パンダと狗巻は何かに気付いて口を噤んでいたからだ。

 

「駄目な訳じゃねぇ。でも呪力無しで準一級なんて有り得ねぇんだよ」

「いや、今無いだけだから」

「ハァ? 意味分かんねぇ。お前、そもそも呪霊見えんのかよ」

()()見えない」

「……とんでもねぇ奴に話しかけちまったな」

 

 皮肉を込めてそう言う真希。異様な服装に惑わされたが、どうやら()()()()()()()()()()()()のようだ。

 真希が溜め息を吐き、男を睨む。男もまた、真希を睨んでいた。

 

「お前何しに高専(ここ)に来たんだよ。補助監督志望か?」

「あの、真希さーん? もしかしたら俺達、本当にとんでもない奴に話しかけちゃってるかも……」

「しゃ、しゃけしゃけ」

「お前らちょっと黙ってろ。今はこのチビと話してんだ」

「あのさ、〝僕〟も〝僕〟なりに揉め事とか起こさないように心掛けてるわけ。怒らないから、ここは一つなあなあで終わっておこうよ」

「良いから答えろ」

「……高専に何しに来たのか、だっけ」

「おう」

「……目的は何もないよ。〝僕〟はただ知らない内に連れてこられちゃっただけだし。可能なら今すぐにでも逃げ帰りたい──」

 

 言葉の途中での、空気を切り裂く一突き。男がその軌道を辿った先には、真希の薙刀が石階段に深々と突き刺さっていた。

 真希はイラついていた。

 覇気の感じられない目の前の男が、なんの目的も無くこの地に足を下ろしているということに。男らしくもなく喧嘩はやめようと提案してきていることに、真希はどうしようもなくイラついていた。

 だから薙刀を投げた。目の前の男が胸に秘めたる何かしらの目的があって、何かしらの譲れない思いがあって高専(ここ)に来ているのなら、やり返すまでいかないにしても言い返すくらいはしてくるだろうと思ったからだ。

 

「危ねー……」

 

 しかし男は簡単に真希に背を向け、石階段に刺さった薙刀を左手で引き抜いた。いや、正確には一人では引き抜けず、パンダを手伝わせて──だが。

 男から薙刀を手渡される。何も言わずにそれをぶん取ると、男は「お礼は無し?」と困ったように笑った。

 

「ありがとうパンダ。おかげで助かったよ」

「気にすんな。それで、お前って本当にあの」

「おいチビ」

「……あのさ、眼鏡ちゃん。〝僕〟にも名前があるんだよ。人が気にしてるコンプレックスを渾名にしないでくれ」

「眼鏡ちゃんじゃねぇ、私は真希だ。言いたいことがあるならかかってきやがれ」

「なあ棘。俺達ってどうするべき?」

「おかか……」

 

 喧嘩腰な真希をどうにか宥めようとする男と、弱気な男とどうにか拳を交えようとする真希。

 男の正体に勘付き、一刻も早くこの場から逃げ出したい衝動に駆られるパンダと狗巻。具体的には、五条がこの場に来る前に。

 

「真希ちゃん、そんなに〝僕〟と戦いたいの?」

「おう。まぁ、お前と私じゃ戦いって言えるほど良い勝負にはならないと思うけどな」

「……まぁ、それは確かに」

「お前、マジでなんなんだよ。ちったぁ言い返しやがれ。入学したての憂太の方がもうちょいやる気あったぞ」

「〝僕〟は本来、ちょっとやそっとの事じゃ怒ったりしない穏やかな性格なの。ましてや後輩にあたる女生徒からのちょっかいに、一々目くじら立てたりしない」

「お前先輩なのかよ」

「そうだよ。分かったら、そろそろ敬語使ってほしいんだけど」

「お前、先輩なのにそんなチビなのかよ」

「は?」

 

 真希さーん!? 

 パンダと狗巻の心の叫びが重なる。

 男が下を向く。

 相も変わらず、真希が眼鏡のレンズ越しに始めて視た時と同じく、目の前の男からは呪力というものはこれっぽっちも感じられない。

 男が呟く。その声色は、少し怒っているように感じ取れた。

 

「パンダ」

 

 男がパンダを呼び寄せる。顔は未だ俯いたままだ。

 パンダが寄る。

 

「な、なんだよ」

「〝僕〟の部屋分かる?」

「まぁ、分かるけど」

「ベッドの下に、衣類って書かれた段ボールがある。その中に予備のお酒が入ってるから、ソレ持ってきて」

「いやでも、ここから寮まで結構距離あるし……」

()()()

「今すぐ行ってきま〜〜すッ!!」

 

 脱兎の勢いで駆けていくパンダ。その背中を白けた目で見送った真希は、呆れ混じりに。

 

「なんだアイツ、あんなに慌てやがって」

「こんぶ!」

「ああ? 棘も何焦ってんだよ」

 

 同期二人の態度を見て、ここにきてようやく違和感を覚える真希。目の前の男を横目で見るが、変わった様子は見られない。呪力も無い。構えも無い。武器を隠し持っている様子も無い。

 男がゆっくりと顔を上げる。

 

「ルールと、敗者の待遇を決めようか」

「んだよ、急にやる気だな」

「真希ちゃん、薙刀(ソレ)は切れるヤツ?」

「いや、一応刃は潰してある」

「じゃあちゃんとしたの持ってきな」

「テメェ、死にてぇのか? たかが組み手でそんな危ない真似するかよ」

 

 うっかり殺しちまったら私の責任になるだろうが。

 真希が馬鹿にしたような口振りで男に返す。男はクスリとも笑っていなかった。

 

「〝僕〟は、七海や灰原に稽古をつけるときは何の制限もかけなかった。バーリトゥードって知ってる?」

「何でもありって意味だろ」

「そう。これって格闘技の言葉らしいんだけど、〝僕〟の場合は加えてガチモンの呪具も持たせた。そうじゃないと実戦で活きないからね」

「……ちょっと待て、なんで七海さんと灰原さんの名前が出てくんだよ」

 

 真希の中で、違和感が膨らんでいく。その正体に至りかけたところで、パンダが割って入ってきた。

 

「おーい、持ってきたぞ!」

「ありがとうパンダ」

 

 ガシャガシャと、両手に酒瓶を何本も抱えて到着したパンダ。男はその中から『業務用レモンサワーの素』と書かれた酒瓶を一本手に取った。

 

「…………」

 

 手に取って、片手で抱き締めた。

 

「お前に会いたかったんだよ〜〜〜〜〜〜」

「…………」

 

 酒瓶を片手で抱き締めた男。その姿を見て、真希の中にあった違和感の正体が判明する。

 どこかズレている両者の会話。

 パンダを見ても驚かず、こちらに対して物怖じしない男。

 既にある部屋。

 七海と灰原に稽古をつける関係性。

 酒を求める理由。

 ライダースジャケットに隠れた隻腕。

 

「…………お前、まさか」

 

 たじろぐ。知らぬ間に一歩後ろに下がっていて、真希はその現実に歯噛みした。

 男が慣れた様子で酒瓶の蓋を親指で弾く。

 瓶の中を覗き、喉を鳴らす。

 それから、もう我慢出来ないと口をつけて一気に傾けた。

 嚥下、嚥下、嚥下。

 半ば強制的に行われた禁酒生活。その間少しも薄れなかった飲酒欲。酒が無い生活になれても、断酒出来たわけではない。そんな最中に訪れた飲酒のチャンス。男は止まらなかった。

 

「お、おい。原液だろそれ」

 

 パンダがドン引きしながら指摘し、男がようやく瓶から口を離した。

 もう中身は半分も無かった。

 

「「「ッ……!?」」」

 

 それは、言うならば見えない衝撃波。

 男の容体を心配したパンダも、男が飲酒する様子をどこかワクワクした瞳で眺めていた狗巻も、男の正体に気付いた真希も。飲酒を終えた男から発せられた呪力の奔流に、ドンッと体幹(バランス)を崩される。

 呪力圧で押されるという未知の感覚。三人は慌てて男に今一度視線を合わせる。一瞬でもこの男を視界の外に追いやれば死に直結しかねないという緊張感に、身体が、心が支配されていたからだ。

 

「自己紹介がまだだったか?」

「「「…………」」」

「おい答えろパンダァッ!」

 

 なんで俺が。そうぼやきたいのを堪えてパンダが答える。いつの間にかパンダは気を付けの姿勢を取っていた。

 

「……まだだ」

「敬語ォ!」

「ま、まだです!」

 

 パンダが敬語を使うと、うんうんと満足げに頷いてみせた男。怒ってるんだか楽しんでいるんだか分からない、コロコロと変化する男の表情に真希と狗巻は混乱を余儀なくされていた。

 

()()の名前は浮舟出(うきふねいずる)。10年前死んだことになってるけど、訳あって生きてた超ラッキーボーイ。歳は18で高専三年生。オレは天与呪縛の関係で、お酒を飲まないと呪霊すら見えねぇ。だけどお酒を飲めば飲むほど身体に呪力が回る不思議な天与呪縛だ」

「じゅ、術式の開示ッ……!」

 

 真希が呟く。男──浮舟は、そんな真希を好戦的にギラついた瞳で射抜いた。その表情は、先程までの平凡で気弱な男と同一人物とは思えないほどのものだった。

 

「真希ちゃんと、パンダとミステリアスボーイ。三人か」

 

 指折り数えていく浮舟。少し考える素振りを見せてから、笑った。

 

「よし! じゃあテメェ等全員纏めてかかってこいや! オレがテメェ等全員()したらオレの勝ち! その逆ならテメェ等の勝ちな!」

 

 泣きそうなパンダと、頭数に入れられて狼狽える狗巻。そして、そんな危機的な状況でも同期二人を薙刀で小突いて喝を入れてみせた真希は。

 真希は薙刀を握る手に今一度力を込めて、口角を上げた。10年前に死んだ筈の強者と()り合えるという千載一遇の幸運に感謝しながら、今まで何千回と繰り替えしてきた鍛錬を思い出し、構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言やぁ、勝ったらどうするか決めてなかったな」

「なんでも良いだろ。戦いの前になに気になってんだよ」

「真希ちゃんは敬語使わねェしよ〜〜〜〜」

「ハァ?」

「よし決めた! オレが勝ったら、これからはオレのことキャッピキャピの可愛い声で浮舟先輩って呼べよな!」

 

 あと敬語!! と、先輩を敬わせるのも忘れない。

 

キャッピキャピ(それ)死語だぞ」

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜!? オレがまだ使ってんだから死んでねぇだろうが! 舐めてんのか年下ァ!」

「だりー」

 

 

 

 

 

 





浮舟出:初恋のお姉さんの手によってまんまと外に連れ出された馬鹿。同期を裏切ってしまった罪悪感と、みんなにどんな顔して会えば良いんだという混乱によって自己嫌悪に陥り、取り敢えず落ち着こうと座って一息付いていたところを絡まれた。

「帰り道分からんから帰るに帰れん。由基ちゃんどこ行った?」




九十九由基:とある人物から情報を買い、一番乗りを決めた。これで好感度爆上がりかなと喜んでいるが、当の浮舟によると「なんやかんやのマイナスが重なってあまり変わってない。でも来てくれたのはメッチャ嬉しかった」らしい。
こんなんでも心の中では浮舟のことを引くほど心配してるし、最後の最後まで連れ去るか悩み抜いた。

「またね、出君。どうか健やかに」




一年生トリオ:面白そうな奴いると思ったら10年前に死んだ筈の大先輩だった件について。

「おい誰だよ浮舟出に喧嘩売った奴。私がぶっ飛ばしてやる」
「お前だよ」
「しゃけ……」




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