こんにちは。ブースト無いけど大丈夫そ?
広いグラウンドに、四つの影。
一つの人影と、少し離れた場所に二つの人影とパンダ影。
影の位置から見て、一対三という不釣り合いな構図。しかしその人数差を不釣り合いだと思っているのは当事者の中には一人として存在せず。
三つの影の内の一つ、いつものように襟で口元を隠した狗巻棘が、場に漂う異様な緊張感に当てられて思わず喉を鳴らした。
五条からの
三つの影の内のもう一つ、両拳に水色のグローブを
目の前の男からは先程までの人畜無害な雰囲気は完全に消え去っていて、今の男から感じるのは圧倒的な自信とどうしようもない
三つの影の最後の一つ、薙刀を構えた禪院真希は滲んだ手汗をトレーニングウェアで拭った。
今の真希にあるのは、見知らぬ人物に弱そうだからといって喧嘩を売ってしまった愚かな己への怒りと後悔。強者と戦えるという喜びは、呪力を得た浮舟と対峙してすぐに完全に消え去った。真希の中にある不退転の決意が、湧き上がる逃走本能をなんとか押し留めていた。
「おいおいおいおいどうしたよ固まっちゃって。あんだけ煽っておいて、いざ戦うってなったらビビっちまったのかァ?」
警戒心たっぷりな眼差しを三人分向けられた浮舟が、その様を笑う。
酒を飲んでからというもの、浮舟の気分は最高の二文字だった。身体の内側から湧き出る呪力の心地良さと全能感に身を任せ、一年生三人の動きを待っていた。
浮舟が笑う。
狗巻が襟元を掴む。
パンダが前傾姿勢になる。
真希が薙刀を構える。
浮舟の立ち姿。どこに攻撃を入れても有効打になり得る浮舟の隙だらけの立ち姿が、今のこの状況では逆に危険なものとなっていた。
全てが有効。しかし、その全てがこちらを欺く為の罠のようにも思えてくるという矛盾。攻撃を入れた瞬間、凄まじいカウンターをお見舞いされるのではないかという大き過ぎる懸念。それに伴う高過ぎるリスク。
浮舟から感じる圧倒的な実力者のオーラが、一年生三人の初撃を躊躇わせていた。
「始めの合図が必要か?」
その言葉を受けて、一年生三人にようやく決心がついた。相変わらず目の前の男に勝てるというビジョンはどうしても浮かばないが、それでも、強くなると決めた以上こちらから攻めなければならないという思いが、一年生三人の尻を叩いた。
「──クソッ」
パンダが舌打ちをしてから駆ける。己の膂力を存分に込めた脚力は、踏み出すや否や浮舟との距離をその一瞬で無いものとした。
「取り敢えず転ばす!」
パンダの体重100kgオーバー。人外の脚力から生み出された爆発的な推進エネルギーと、呪骸でありながらも成体のパンダと同等の体格が真正面から浮舟を捉える。交通事故を思い起こさせる鈍く激しい音を鳴らし、相撲の立合いのような体勢でパンダの身体と浮舟の身体がぶつかった。
見るからに軽そうな浮舟の身体をそのまま突き飛ばして転がす。あわよくばそのまま戦闘不能へ──そんな願望が込められたパンダのタックルは、しかし己の組み立てとは真逆の結果に終わることとなる。
「は?」
身体がぶつかった瞬間、パンダが感じたのは
浮舟の身体はビクともしなかったのだ。
「──ッ」
何なんだコイツは。
パンダは酷く混乱する。
しかし、混乱するパンダの脳内を浮舟が考慮するわけもなく。いつの間にかパンダは足を横薙ぎに蹴られて身体が横に回転していた。100kgオーバーの物体がそう簡単に宙に浮く事自体おかしな話なのだが、しかし現に、パンダの頭と足の位置は早くも上下逆さまにひっくり返っていた。
「はい次」
頭から地面に落とされたパンダには目もくれず、笑顔の浮舟は次は誰だと真希と狗巻に目をやった。
どうする。
真希と狗巻が目を合わせる。互いの戦闘スタイルを考慮し、しゃーねぇと真希が一歩前に出た。
「──させるか!」
その直後、いつの間にか起き上がっていた土埃まみれのパンダが浮舟の背後に立つ。死角からの強烈な右フックが浮舟の脇腹に吸い込まれ、着弾。浮舟は堪らずよろめいた。
「痛ってぇなァ……!」
パンダの恵まれた体格から放たれた渾身の一打は、決して痛いで済む話でもなければ、よろめく程度で済む話でもない。しかし浮舟は未だ両足をしっかりと地面につけていて、痛みに顔を顰めながらも平然とした足取りで振り返りパンダを睨んでいた。
「おいパンダ、今のはちょっと良かったぞ。そういうなりふり構わなさを大事にしていけ」
すぐさま殴られるかと思っていたパンダにかけられたのは、思いの外優しい言葉。頭に疑問符を浮かべながら浮舟の様子を窺う。そんなヘラヘラとパンダを褒める浮舟の背後から、真希の薙刀が迫っていた。
やってやれ!
パンダが目配せをし、息を殺した真希が頷きで答える。刃は潰されていても、その薙刀は立派な凶器。ダメージが残っている(はずの)浮舟の右脇腹にもう一撃喰らわす為に、全身全霊を込めて振るう。
「おっ」
しかし呆気なく刀身を掴まれる。すぐさま引き抜こうとするが、もう薙刀は真希の思い通りには動かなかった。
浮舟が刀身を握ったまま口を開く。
「呪術師ってのはドイツもコイツも性格が悪い。オレの右腕が無いと分かりゃ容赦無くそっち側を攻撃してきやがる」
「なんだよ、卑怯だって話か?」
「違ぇよ真希ちゃん。清々しくてオレは好きだぜって話。でもこうやって防がれちゃうから工夫しなきゃな」
浮舟が薙刀の刀身に呪力を流し込む。その状態のまま指先で刀身を摘んで引っ張ると、その刃は丁寧に研がれた実戦用の薙刀と遜色無い切れ味に様変わりした。日光に反射した鋭利な刀身を見た真希が、冷や汗と共に身を
浮舟が握った刀身を手前に引く。意地でもその手を離さなかった、薙刀の持ち主である真希もそのまま引き寄せられた。
「じゃあもう一度」
浮舟の姿はまるで教師のよう。果敢にぶつかってきた生徒の問題点を指摘し、改善して次に活かせと言って聞かせる。
しかし一般的な教師と違うのは、指摘のタイミングに暴力が伴うということ。
浮舟が刀身から手を離し、握り拳を作る。
真希が目を剥く。バランスを崩している真希には避けるという選択肢は存在しない。
浮舟は今一度地面を強く踏み締め、ガラ空きの真希の腹部にその拳を叩き込んだ。
「ッガァ……!?」
眼鏡の位置がズレる。胃液が口から吐き出される。殴られた腹部が真希の身体を後方へと先導する。
重力を無視して真横のベクトルに従って吹き飛んだ真希。その身体を狗巻が何とかキャッチして一緒に地面を転がる。残されたパンダは、信じられないモノを見るような目で浮舟を見た。
「う、嘘だろ……! 手加減無しかよ……!」
「馬鹿言うなパンダ。呪霊や呪詛師が手加減してくれたなんて、そんなこと今まであったかよ」
「「「ッ!」」」
浮舟の指摘に、ハッとした表情を浮かべる一年生三人。脳裏に思い浮かぶは完膚なきまでにこちらを叩きのめしたあの特級呪詛師の顔。
一年生三人を他所に、浮舟は続ける。
「
体感としてはついこの前のことを思い出しながら話す浮舟。
激しい痛みを訴えてくる腹部を押さえながら立ち上がった真希が、不敵な笑みと共に口を開いた。
「良いこと言うじゃねぇか、浮舟出……!」
「こ、こんぶ……!?」
狗巻が心配そうに真希の肩に手を置くが、真希は鬱陶しそうに振り払う。未だ痛む筈の腹部。浮舟の言う通り、今までの組み手ではこんなふざけた痛みは感じたことが無かった。苦痛に顔を歪めることはあっても、立っていられないほどの痛みを
その勇ましさに目を細めた浮舟は、溜め息を吐いてから呟く。
「……真希ちゃん、良い加減敬語使ってよね」
「使わせてみろよ」
「へぇ?」
真希からの挑発に全乗っかりした浮舟は、息を吐くように額に青筋を浮かべた。それから歩き始める。
「行かせるか!」
これ以上殴られれば真希が危ない。そう察したパンダが浮舟の前に立ちはだかる。立ちはだかって、再び感じた
嗚呼、そりゃそうだ。
パンダの瞳の奥に浮舟出という強大が流れ込む。全てをかなぐり捨てて逃げてしまえと本能が訴えかけてくる。
「ッ──う、うおおおおおおお!」
それでも掴みかかる。ここで逃げたらどうしようも無くなってしまうような気がして。
パンダには人間の心は分からない。それでも、浮舟が自分達の為を思って殴っているというのはなんとなく分かった。
自分よりも幾分小柄な浮舟の胴体にしがみつく。全力で押して真希から遠ざけようとするが、やはり浮舟は一歩も下がらなかった。それどころか。
「──ッ!?」
前に歩き始める。一歩一歩、着実に前に進み始める。
パンダがのけ反っても進む。
パンダの両足が地面を抉っても進む。
パンダが浮舟の腹に拳を入れても進む。
「浮舟出、お前マジで何者なんだよ……!」
踏ん張りながら、パンダが悔しげにそう問いかける。浮舟は笑って答えた。
「オレはただの準一級術師だよ。クソったれな天与呪縛持ちのな」
構わず進み続ける浮舟。
勝てない。
思わずそう確信したパンダは思わず力を緩めてしまいそうになる。
「……?」
そうは言っても、未だ力を緩めた訳ではない。同期の盾にならんと今だ全身で浮舟を止めようと踏ん張っている。
しかし、浮舟の力が弱まっているのが分かった。もう終わったのか? 一瞬そう考えたが、浮舟のやる気満々な表情を見てそうではないことに気が付く。
「……クソッ、時間かけ過ぎたか」
明らかに顔色が悪くなっている浮舟。白ばんでいるその顔色と、弱々しい呟きに目を見開くパンダ。
『いずるは持久戦や連続戦闘にはマジで向かない』
いつだかのいずるトークで、五条がそう言っていたのをパンダは思い出す。同期に声をかけた。
「
「──先輩をコイツ呼ばわりだァ? パンダテメェいつからそんな偉くなったんだよボケッ!!」
しんどそうな顔をしていた浮舟も、後輩の舐めた発言には敏感だ。パンダの無礼にキレた浮舟が、パンダのうなじを左手で鷲掴みにする。ふんと力を込めて後方に投げると、パンダはいとも容易く宙を舞った。
「スタミナ切れ? ぜってぇ嘘だろ……」
「しゃけ……」
「あークソ、久々に動いたらしんどいし落ち着いたら幻聴も聞こえてきやがるし。やっぱお酒ってクソだわ。おかわりしよ」
放物線を描き、背中から地面に落ちたパンダを見てそう呟く二人。そんな二人に構わず、浮舟は背を向け始めた。突然の行動に思わず「は?」と声が重なった。
溢さないようにと戦闘前に離れた場所に置いていた酒瓶を取りに戻る浮舟。無防備な背中を見せても一向に攻撃してこない真希と狗巻に「今チャンスだろ」と心の中でツッコみながら地面の酒瓶を掴む。顔を高さまで持ち上げて、ゆっくりと傾けて──
「──あ」
「……浮舟先輩、こんなところで何してるんですか」
少し離れた場所に立っていた金髪の男と目が合った。
棒立ち。
飲み口に口を付けることも忘れて、酒がダバダバと地面に落ちてしまっている。
呆然。
誰だコイツは、オレはコイツを知っている。
「お、お前……」
金髪の男から感じた既視感。しかしその正体に辿り着けずに頭を捻る。酒瓶の中身が空になり、場を静寂が支配して。
不意に耳元から声がした。
「──
∩
憂鬱な足取りでグラウンドへと向かっていた七海が察知した強烈な呪力反応。一年生の誰とも似つかないその呪力に、すぐには思い出せない懐かしさを覚えて。
その正体を知る為に、いつの間にか七海は走り出していた。
「ハァ……。ハァ……!」
らしくもなく、息を切らせて走る。息を吐くや否や消えていく白に視界を邪魔されながらも、未だ火炎のように滾っている前方の呪力源へと走り続ける。
走っている内に、この懐かしさの正体に勘付く。そして、何故自分がこんなにも急いでいるのかをようやく理解する。頭では理解せずとも、身体は
目尻に涙が浮かぶ。そんなわけがない、これは何かの間違いだと己の理性が声を上げるが、七海は知ったことかと脚を動かし続けた。
前方からの風を受けて涙が後方に流れる。
寒風が頬を突き刺す。
呪力源へと、到達する。
「──ッ」
走り続けたその先、本日七海が臨時で一年生達に稽古をつける予定だった場所──つまりは七海がこれから元々向かう予定だった高専敷地内のグラウンドに。
浮舟出:真希からの喧嘩を買い、一年生三人をしごき中。果敢にぶつかってくるパンダに感心しているが、それはそれとして殴りはする。
目が合った金髪に凄まじい既視感を覚えた。その正体に気付く前に、狗巻の手によって眠らされてしまった。
「パンダなら硝子ちゃんのお世話にはならないだろうからいっぱい攻撃しても良いか」
パンダ:何故自分一人だけ前線を張っているのか。浮舟に左腕一本とは思えない速度のラッシュを叩き込まれながら、漠然とそう思ったらしい。
「あれ、もしかして棘だけノーダメージ?」
禪院真希:喧嘩売った人が馬鹿強くて絶望してる。でも男とか女とか関係無く殴ってくれたことに関しては好ましく思っている。内臓は終わった。
「すっかり流してたけど、なんでコイツ生きてんだ?」
狗巻棘:生で浮舟出の戦闘を見れて感動している。実は、狗巻と乙骨はいずるトークで語られる浮舟の活躍をそこはかとなくワクワクしながら聞いていたという、言うならば浮舟の隠れファン的な立ち位置にいるので「しゃけ!(あとでこの感動を伝えなければ!)」となっている。
最後に呪言で浮舟を無力化した。
「いくら、ツナマヨ(最初から呪言使えよとかそんな野暮なこと言わないでほしい。浮舟出の戦闘シーンなんて是が非でも見たいに決まってるでしょ)」
七海建人:年末にも関わらず働いてしまっていることに高らかに舌打ちをしながら一年生達の元へと歩いていたら、突然の呪力反応。ライダースジャケットにスウェットとかいうふざけた格好をしている先輩をどう問い詰めてやろうかと模索中。
少し遅れて、他の高専関係者もグラウンドに集まってきたらしい。
珍しい時間での投稿です。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回久し振りの戦闘シーンです。今までは浮舟視点(or三人称視点)での戦闘シーンだったのですが、今回初めて浮舟と対峙した相手視点のお話です。浮舟は同期の中じゃパッとしないけど、いざ戦ってみたら全然強いやんけ!ってことです。
次回、監禁生活編最終回です。お楽しみに。
誰好き?
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浮舟出
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五条悟
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家入硝子
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夏油傑
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七海建人
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灰原雄
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伊地知潔高
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庵歌姫
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冥冥
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夜蛾正道
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九十九由基
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乙骨憂太
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折本里香
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禪院真希
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パンダ
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狗巻棘
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枷場美々子
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枷場菜々子
-
伏黒甚爾