アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは!ブースト無さすぎてごめんなさい!




だから私に、一生をかけて……

 

 

 

 

「ありがとう棘ピー。もうここら辺で大丈夫」

「高菜?」

「うん。あとは一人で歩くよ」

「……しゃけ」

 

 心配そうに〝僕〟の顔を覗き込む棘ピーに笑って返す。すると安心したのか、渋々ながらも〝僕〟を地面に降ろしてくれた。棘ピーに支えられながら松葉杖に体重を預け、なんとか自立することに成功する。

 

「明太子」

「またね、棘ピー」

 

 手を振って別れを告げる棘ピーに同じように手を振って返す。棘ピーは走り、来た道を戻って行った。恐らくは真希ちゃんとパンダを止める為だろう。

 

「…………」

 

 松葉杖を一瞥(いちべつ)してから歩き出す。

 半年前よりも幾分遅くなってしまった歩行速度には未だ慣れることはない。狭くなった歩幅と動かない左足にどうしようもないもどかしさを覚えつつも、()いてどうすると自分を(たしな)める。

 歩く。

 高専の敷地内とはいえ、誰ともすれ違うことはない。術師も補助監督も──それでなくても、普通の大人なら働いている時間帯だ。棘ピー達二年生も任務が無ければ自主訓練に勤しんでいるし、二級術師であるケイちゃんも一人で立派に任務地に向かっている。

 歩く。

 当たり前と言えば当たり前の話だけれど、()()()から10年以上の月日が流れても〝僕〟は高専を卒業していない。百鬼夜行の夜に復活した〝僕〟は()()()から10日分くらいしか老けておらず、復活してからもまだ半年程度しか経過していない。

 

『呪術高専は四年制──というのも考慮しなくとも、出はまだ卒業すべきではない』

 

 いつのまにか学長になっていた夜蛾先生の言葉は自然と〝僕〟の胸に入り、今では仕方がないかと思えるくらいには現状を受け入れている。

 歩く。

 

『では〝僕〟は、何年生ということになりますか?』

 

 つまり〝僕〟は四年生なのか、それとも三年生なのかという問題。

 当たり前だが復活してからの〝僕〟には高専で何かを学び、実践経験を積んできたという自覚は無い。欠片も無い。こんなんで上級生として学生生活を過ごしてしまって良いのかという思いも多分にある。

 歩く。

 それに関しての夜蛾学長の答えは至極曖昧。

 当たり前だ。〝僕〟みたいなイレギュラーに対して前例も無しにほいほいと物事を決められるほど、夜蛾学長は他者を思い遣れない人間ではない。それでなくても、夜蛾学長は()()という地位にいる。一挙手一投足に大きな責任が付き纏う、大変な立場の人なのだ。

 歩く。

 しかし、打ち明けると〝僕〟自身の本音としてはどちらでもよくて。世間話ついでというか──兎も角、そんなにも悩ませてしまうほど答えを急いでいるような質問でもなく。変な質問で夜蛾学長を(いたずら)に困らせてしまったなと今では反省している。

 歩く。

 そんなこんなで、あの場に漂っていた〝僕〟と夜蛾学長の間の微妙な空気。その空気を木っ端微塵に破壊したのは我らが五条。またの名をグッドルッキングガイ。悩む夜蛾学長と居心地悪く外方(そっぽ)を眺める〝僕〟の間に入り、ニッコニコの笑顔でこう言った。

 

『じゃあさ、間を取って一年生からやり直させようよ』

 

 バカ。

 アホ。

 なに考えてんだ。

 肩組む為に膝曲げんな。

 思い付く限りの暴言を言ってしまうくらいには、五条の案はぶっ飛んでいて。

 いやだって、10年前の〝僕〟はちゃんと三年生やってたんだぞ? だというのに、何が悲しくてまた初めからやり直さねばならないのだ。

 同期三人(みんな)とまた学生生活を送れるというわけでもないのに。

 しかしその言葉を受けた夜蛾学長は即座に否定、というわけでもなく。顎に手を当ててその日のうちに答えを出せないでいるくらいには〝僕〟の処遇を悩んでいるようだ。

 以上、回想。というか回顧。

 果たして。

 〝僕〟の未来はどっちだ。

 

「……はぁ」

 

 溜め息を吐いている内に辿り着いたのは、とある一室の前。

 少し憂鬱だけど、やるしかない。

 肘から先が無い右腕でドアを叩くと、数秒しない内に内側からドアが開けられる。〝僕〟は笑顔を作り、優しく挨拶をした。

 

「こんにちは、しょ──むぐっ」

 

 ドアが開けられると共に、中から両腕が伸びてくる。その両腕は素早く〝僕〟の両肩を掴んで部屋の中へと引き込んだ。

 突然の衝撃に〝僕〟の左手は松葉杖を離してしまい、気が付けば目の前は真っ暗に。

 大きな音を立てて落下した(のち)に静止した松葉杖は、それから(しばら)くの間そこに取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久し振りだな、いずる」

 

 スウゥ──────。

 深い深い深呼吸と共に、硝子ちゃんが〝僕〟の首元に顔を埋めながらモゴモゴと言葉を発する。〝僕〟の皮膚に唇が付かんとするくらいの至近距離で発せられたその言葉は、決して明瞭な声色でも正確な発音でもないのだが、それでも難なく聞き取れてしまうくらいには、硝子ちゃんと過ごしてきた日々は色濃いものだった。

 

「うん、昨日振りだね硝子ちゃん」

 

 金属製の左腕で硝子ちゃんの頭頂部の位置を探り当てて、優しく撫でる。平安時代の謎技術によって作られた準一級呪具である〝僕〟の腕は、硝子ちゃんのサラッサラな髪を撫でる感触を何不自由無く脳まで伝えてくれる。

 硝子ちゃんは小さく、ふぅっと安心したように息を吐いてから呟いた。

 

「寂しかった」

「ごめんね」

 

 それから、再び〝僕〟の首元で行われる深呼吸。

 深呼吸。

 深呼吸。

 〝僕〟なんかの体臭を肺に取り入れてなんのメリットがあるのだろうと思ったのは一度や二度ではない。しかし同様に硝子ちゃんのこの行動も一度や二度ではないので、〝僕〟はもうこの疑問を口にするのはやめている。

 医務室内、本来ならば患者を寝かせる為の組み立て式のパイプベッドの上にて。腰掛ける〝僕〟の背後を陣取り、後ろから抱き締めながら〝僕〟の匂いを嗅ぎまくる硝子ちゃんは今日も変わらず平常運転だ。

 

「──さて」

 

 ひとしきりやりたい放題やって落ち着いたのか、硝子ちゃんはようやく〝僕〟の首元から顔を離した。横目で見た硝子ちゃんの表情はとても嬉しそうで、さながら街中で踊り出すピーター・パーカーのようだ。

 つまりはどこか正気ではないということ。

 

「いずる。来てくれたのは嬉しいが、私も勤務中だぞ? 激務極まりない高専医師に仕事を放り出させて、一体どうする気なんだ?」

「いやいや、『全く困った同期だ』みたいな顔しないで硝子ちゃん。この前みたいに、くすぐったさで夜中目が覚めたら死んだ瞳の硝子ちゃんが〝僕〟のズボンを脱がせていた──なんて怪事件、二度と起こってほしくないからだよ」

「私としてはそっちの方が良いんだけどね」

「〝僕〟が良くないからね!?」

「残念」

 

 〝僕〟学生。

 硝子ちゃん大人。

 非合意の性交渉ダメ絶対。

 つまらなそうに〝僕〟の小言を受け流す硝子ちゃんに上記の文言を3回ほど復唱させてから、話を区切る為の息を吐く。

 

「五条もそうだけど、二人ともどうしてそんな()()()()になっちゃったのさ。〝僕〟はどこにも行かないっていうのに」

 

 ケイちゃんが言っていた言葉は間違いでもなんでもなく、〝僕〟の同期二人は半日顔を合わせないだけで表情に苛立ちを滲ませ、仕事の効率が著しく低下してしまうような人達なのだ。硝子ちゃんは〝僕〟の匂いを嗅ぎまくるし、五条はさぁ構えと抱っこを要求したり膝枕を要求してきたりする。そんな二人に不機嫌なまま日々を過ごされるのはこちらとしても不本意であり、何よりそれに振り回される周囲の人達(主に伊地知君や灰原)が可哀想だ。

 だから、〝僕〟からこうして歩み寄っているというわけである。まぁハグはストレス解消にどうたらみたいな効果があるとも聞くし、〝僕〟としても同期とハグ程度、嫌でもなんでもない。立派な一人の女性である硝子ちゃんと毎日ハグするのは半年経った今でも少し緊張するけど、これも全てはこの生活の──引いては呪術界の平穏の為だ。

 ……可笑しいな。二人とも〝僕〟より10歳も年上のはずなのに、学生時代の二人よりも精神年齢が退行しているような気がする。

 これが労働の恐ろしさなのか。

 多分違うんだろうな。

 

「さあいずる、足を見せてくれ」

「え? あぁ、うん」

 

 今よりも格段にまともだった過去の二人を懐かしんでいると、いつの間にベッドから降りていた硝子ちゃんが〝僕〟の前にしゃがんで左足を触診し始める。

 

「痛みは無い?」

「うん、無いよ」

「感覚は?」

「……鈍い」

 

 半年前にこの医務室にて切られた〝僕〟の左足の腱は未だ完治することは無く、こうして松葉杖生活を続けている。

 動かせない左足。

 切られたのが右足だったなら、松葉杖もつけなかっただろう。だってほら、〝僕〟には右手が無いし。錯乱していても、左足の方を切ってくれた硝子ちゃんには感謝だね。

 なんだか最悪な嫌味を言っているように聞こえるかもしれないけど、割と本心だ。

 静謐(せいひつ)な空間。硝子ちゃんが腕を動かす際に起こる白衣の衣擦れの音と、時折くすぐったさで笑う〝僕〟の口から漏れる音。梅雨時期の六月らしからぬ穏やかな空間は、突如来訪者によって破壊された。

 

「家入さん!! 廊下に浮舟先輩の松葉杖がッ! あの人まさか、誰かに攫われたんじゃ──」

 

 触診する硝子ちゃんと、される〝僕〟。思わず肩が跳ねてしまうほどの大きな音と共に開かれた医務室のドアと、それに負けないくらい切迫した大声。二人仲良く驚いて声の主を見る。

 そこにいたのは、ゼェハァと息を切らせ、左手で開けたドアに体重をかけて息を整える七海。その右手には廊下転がりっぱなしだった松葉杖。鋭い眼光は狼狽と焦りに満ちており、一目で平常心じゃないというのが分かる。

 そんな七海の目と、〝僕〟の目が合う。黙って数秒見つめ合う。

 

「…………」

「…………」

「や、やあ七海」

「…………チッ」

 

 沈黙に耐えかね、手を上げて挨拶をするも返ってきたのは激しい舌打ち。七海はそれ以降〝僕〟とは決して目を合わせずに松葉杖を医務室内の壁に立てかけ、黙ってドアを閉めて立ち去っていってしまった。

 後輩に舌打ちをされるという稀有な体験は、当然「珍しいなラッキー」と思えるほど嬉しいものではなく、上がったままの重たい左腕を渋々下ろしてから呟く。

 

「……なんか心配かけちゃったかな」

「いや、あのキレ具合は『なりふり構わず心配してるところをその本人に見られてしまった』ことへの羞恥も含んでいると思うけど」

「?」

「触れてやるなってことだよ」

 

 やれやれと目を閉じながら首を振り、立ち上がる硝子ちゃん。壁に立てかけられた松葉杖を手に取り、また戻ってきた。

 場に残る居心地の悪い空気。それを払拭するように、硝子ちゃんが提案。

 

「折角だ、少し歩いてみてくれるか?」

 

 閑話休題(あとで七海に謝った方がいいのかな)

 

「どうだ」

「うーん、どうなんだろ。やっぱり、この感じじゃあ左足を地面につけても痛くないような気がするけど」

「絶対に駄目。今のいずるの足の腱は、ただくっ付いているだけだ。しっかり繋がっているわけじゃない。分かるか?」

「まあ、なんとなく」

 

 〝僕〟の浅慮極まりない発言に半目で返す硝子ちゃん。兎に角、まだしばらくは松葉杖生活が続きそうだなということが分かったので、硝子ちゃんの視線の中、またえっちらおっちら松葉杖に助けてもらいながら歩き始める。

 薬品の匂い香る医務室内。同期の硝子ちゃんと一緒にいるというのにどこか居心地の悪い印象を感じてしまうのは、昼白色の直管ランプの白々しさ(ゆえ)か。

 色んな書類が散らばるデスクの横を通り、綺麗な検死台の脇を抜けて歩いていく。

 

「だいぶ慣れてきたな」

「まあ、半年も経てばね。お酒飲んだらもっと速く歩けると思うよ」

「飲ませないからな」

「ちぇー……」

 

 硝子ちゃんに見られながら歩く。

 その最中、視界に入る医務室内の片隅。

 そこは暗い色のカーテンで区切られていて、カーテンの隙間から見れば、その向こうには医務室もうひとつ分くらいの空間が広がっていそうな雰囲気。

 

「……こんな部屋あったっけ?」

 

 首を傾げて呟く。まぁ〝僕〟も、医務室を訪れてもやることといえば散策ではなく硝子ちゃんのセラピー要員的なヤツなので、医務室の間取りに詳しいかと聞かれれば決してそうではない。

 けれどもこの瞬間、何故だか目を引いたカーテンの向こう。身体の向きを変えて、松葉杖を一歩前に動かして──

 

「はい、そこまで」

 

 硝子ちゃんに肩を掴まれた。

 

「硝子ちゃん、あのカーテンの向こうって何があるの?」

「何もないよ。……いや、正確には()()()()()()と言った方が良いのか」

「?」

「あそこには、損傷が激しくてまだ検死出来ていない死体とか──兎に角いずるには見せたくない物が沢山あるんだ。だから、何もない」

「そ、そっか。ごめん」

「謝ることじゃない。取り敢えず、ベッドに戻ろう」

「うん」

 

 肩を貸そうとする硝子ちゃんをやんわり断り、自分の力でベッドまで戻る。先程までと同じようにベッドに腰掛ければ、また硝子ちゃんの触診が始まった。筋肉の張り具合がどうとか難しそうなことを呟いている。

 

「…………」

 

 天井を見上げる。

 不意に生まれた沈黙。硝子ちゃんの仕事の邪魔をしないように、〝僕〟は身の回りのことについて思い返してみることにした。

 

「…………」

 

 〝僕〟が歩けなくなったことによって生まれた半年間の長期休暇は他者との──そして同期との対話にはうってつけの期間だった。〝僕〟が死んでいた間の(天国に囚われていた)10年のこと、それから互いの認識の違い、その擦り合わせ。同期達との間にあった歪な何かを解消させるにはまたとない機会だった。

 その結果が先程の硝子ちゃんによる匂い嗅ぎなのはまぁ本当になんでなんだろうという気持ちだけど。

 兎にも角にも、〝僕〟等は話し合った。

 顔を合わせ、胸を借り、肩を貸し、腹を割り──そして足並みを揃えた。〝僕〟が望んでいた事、それから硝子ちゃんが望んでいた事。互いの理想を開陳し、寄り添って妥協案を出してみせた。

 

「ごめん。……本当に、後悔している」

「硝子ちゃん」

 

 だからもう、気にする必要なんてないはずなのに。

 〝僕〟の足を診る硝子ちゃんは、とても苦しそうな顔をしていた。

 硝子ちゃんは眉間に皺を寄せ、言葉を絞り出す。

 

「……でも、同時に。こうなって良かったと思っている自分もいる」

「…………」

「いずるがこの半年間怪我一つしていないのは()()()になったからだと、悪い私は考えてしまう」

 

 それはきっと、酷く勇気の要る発言だったのだろう。

 障害が残るほどの怪我をした人間と、障害が残るほどの怪我をさせた人間。しかも加害者側である人間の、自分の行いを正当化しているとも取れる発言だからだ。

 

「…………」

 

 でも。

 気持ちは分かる。

 理解が出来る。

 だって硝子ちゃんと話し合って、硝子ちゃんがどれだけ〝僕〟を心配してくれていたかが分かったからだ。

 

「…………」

 

 半年前の行動も、今考えれば〝僕〟への愛があっての行動だと思い知った。硝子ちゃんみたいな優しい子の思いやりに気付かずに、術師を続けたいだなんて軽々しく言っていた自分を憎たらしく思うくらいには、硝子ちゃんは〝僕〟を愛してくれていたのだ。

 だから、そんな心優しい硝子ちゃんに向かって「なんてことを言うんだ」だなんて言えるわけがない。

 悪いのは〝僕〟の方なのだから。

 硝子ちゃんに()()()()をさせてしまった〝僕〟に、全ての原因があるのだから。

 

「いずる、怖い顔してる」

「……ごめん。そんなつもりじゃ」

「分かってる。今のいずるの表情は、自分を責めてる表情だ」

「そんなこと分かるの?」

「分かるさ、だっていずるのこと大好きだし」

「…………」

「今のは、恥ずかしいけど言い返したら墓穴を掘りそうだから黙ってようの表情」

「いや! 解説しないでー!」

 

 丸裸にされている〝僕〟の気持ち。その恥ずかしさによって熱を帯びた顔を隠してしまいたくなるが、片手しかない〝僕〟には上手く隠せなかった。顔を背ける。

 ガシッ。

 両手で頬を掴まれ、無理矢理正面を向かされる。力が強い。

 

「私は過去の行いを反省している。これからは()()()()()()()、いずるを決して傷付けないことを誓う」

「そ、そうだね。()()()の是非を問うつもりも掘り返すつもりもないけど、反省出来るのって良い事だよね」

 

 ベッドに腰掛ける〝僕〟に視線を合わせて中腰になっている硝子ちゃん。その熱っぽい瞳が〝僕〟の網膜を、平常心を焼く。否応無く動悸を逸らせて、抵抗の意思を挫かせる。

 

「だから私に、一生をかけて……」

 

 硝子ちゃんの言葉の続きを遮るように、椅子(丁度立ち上がらないと手が届かない位置にある)にかけられた硝子ちゃんの白衣のポケットからスマホのバイブ音。その音によって硝子ちゃんの動きも止まる。

 

「……チッ」

 

 忌々しさを全面に押し出した表情で、音が鳴り続けるスマホを睨み付ける硝子ちゃん。その仕草を他所に、〝僕〟は一安心といった気持ちで息を吐く。

 助かった。継続して鳴っていることから、これは恐らくメッセージではなく電話だ。

 出なくて良いの? と何も知らないフリをして視線を送れば、硝子ちゃんは優しく微笑んだ。

 

「だから私に、一生をかけて償わせてくれ」

「続けるの!?」

『ちょっと硝子、さっきからメッセージ送ってるけど気付いてる? 頼んだ私が言うのもおかしいけど、硝子に浮舟を任せて良いか少し不安になってきたわ。ちゃんと待ち合わせ時間に間に合うんでしょうね。この前だって硝子、非合法な手を使ってでも浮舟を堕とすって言ってたから私心配で──』

「せいっ」

 

 留守番電話状態になった硝子ちゃんのスマホから、歌姫先輩の声が聞こえてくる。突然の歌姫先輩タイムに心踊るが、後半の言葉の意味を理解して背筋が冷える。

 そして、〝僕〟が現在進行形で目を剥いている最中、硝子ちゃんがどこからか取り出したハンカチで〝僕〟の顔を押さえた。何をするんだとモゴモゴもがいている内に、段々と身体の力が抜けていくのが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、浮舟君。目が覚めたかい」

「え!? 冥冥さん!?!?」

「元気だね」

「元気過ぎですよ」

「えぇ!? 歌姫先輩もいる!!!!」

 

 目が覚めたら大好きな先輩達が目の前にいた。どういう夢? 

 

「夢じゃないよ」

 

 そう笑う冥冥さんはどこか楽しそうで、現状が掴めずに慌てふためく〝僕〟を見てクスクスと上品に笑っている。麗しい。踏んでほしい。

 

「全く……」

 

 対照的に、そんな〝僕〟を見て呆れているのが歌姫先輩。普段の巫女服とは違い私服姿の歌姫先輩が見れて超嬉しい。お帽子もオーバーオールも剥き出しの鎖骨も、もう全てが可愛い。年上に可愛いとか言いまくってるとなんだか歌姫先輩をナメているように思われてしまうかもしれないが、〝僕〟は人を褒める時にわざわざ上下関係を気にしたりはしない。その場その場での1番だと思う褒め言葉を素直に口に出す。可愛い。

 

「歌姫先輩、私服超可愛いですね」

「なッ!? 急にそんなこと言うんじゃねーわよ!」

「さて、歌姫が目に見えて動揺したところで──話を戻そう」

「ああ、そういえばそうでしたね。戻しましょう冥冥さん」

 

 流すな! と両手を振り上げて怒るスーパー可愛い歌姫先輩のことはさて置き、ここらで〝僕〟が今どこにいるのかという問題について考えてみようと思う。

 〝僕〟の記憶が正しければ、つい先程まで〝僕〟は高専の医務室にて硝子ちゃんとお話していた筈だ。直近の記憶はそこまでしか無いけれども、松葉杖をついた状態での歩行が気絶したように眠ってしまうほど(そこまで)疲れるものだったのかは分からないが、目が覚めたということは眠っていたのだろう。硝子ちゃんとのお話中に眠ってしまうなんて信じられないが、実際〝僕〟は眠ってしまっている。

 あとでキチンと謝っておこう。

 辺りを見渡す。

 今居る場所は屋内で、更に言えば暖色系の室内灯に照らされた個室内だ。〝僕〟も、冥冥さんも歌姫先輩も畳の上に敷かれた座布団の上に座っていて、〝僕〟と、冥冥さん歌姫先輩の間にはローテーブル。その上には小鉢に入った美味しそうな揚げ豆腐が四人分。

 つまりは、居酒屋内のお座敷タイプの個室。

 なんてこった。最高に楽しいイベントが気付かないうちに始まってしまっていたなんて。

 

「──あれ? いずる、目が覚めたんだ」

「あ、硝子ちゃん。おはよう」

「おはよう」

 

 襖を開けて入ってきた硝子ちゃんと目が合う。挨拶を交わした後、硝子ちゃんは〝僕〟の隣に腰を下ろした。

 

「五条、いずるのこと心配してたよ」

 

 その言葉で、電話をする為に席を外していたのだとなんとなく察する。〝僕〟は片眉を上げて返した。

 

「五条が?」

「ああ。いずるは久々の外出だからな」

「そんな心配することないのにね」

「その言葉、五条が出張から帰ってきたらキチンと伝えてやれ」

「そうする」

 

 遠方まで、出張という名の呪霊討伐任務へと赴いている五条。特級術師故に多忙な生活を送っている五条の、いつものようなお気楽な笑顔を頭上に思い浮かべていると、その想像をかき消すかのように冥冥さんが拍手を一回。〝僕〟を含めた全員の視線が冥冥さんに向かう。

 

「皆揃ったことだし、そろそろ始めようか」

 

 冥冥さんの言葉とピッタリのタイミングで襖が開き、店員さんがジョッキに入った三人分のビールとコーラを置いて速やかに出ていった。少し緊張して居住まいを正す。

 

「では、浮舟君の快復を祝って」

 

 冥冥さんがジョッキを掲げる。

 

「浮舟が馬鹿やっていないことを祈って」

 

 歌姫先輩が後に続く。

 

「いずるがこの先も苦しまないように」

 

 硝子ちゃんが言い終える。

 それから、三人の視線が〝僕〟へと向く。美人三人に見詰められて居心地が悪くならない男はいないが──まあそんな話は端に置いておいて。

 歌姫先輩が提案してくれた今回の飲み会。

 冥冥さんがセッティングしてくれたこの居酒屋。

 硝子ちゃんがスケジュールを立ててくれた今回の飲み会。

 それらが全て、〝僕〟の為に行われたという事実を深く心で噛み締め、目を瞑って上を向く。

 数秒。

 目を開いてみんなの目を見る。

 

「冥冥さん、歌姫先輩、硝子ちゃん。この場を設けてくれて本当にありがとうございます。〝僕〟は幸せ者です。これからも元気いっぱい頑張っていくので、めっちゃ頼らせてください」

「ふっ、高く付くよ」

「何かやらかす前に連絡しなさいよー」

 

 〝僕〟の言葉にやんややんやとヤジを飛ばす二人と、スマホを構えて連写している硝子ちゃん。みんなの温かさに思わず微笑んでから、〝僕〟はずっと聞きたかった質問でこのスピーチを締めくくることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、〝僕〟だけジョッキの中身がコーラなんですけど、今日って〝僕〟はお酒飲めな──」

「「「乾杯っ!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()(())





年末年始繁忙期系お仕事につき、とんでもなく更新が滞っていました!本当に申し訳ございません!
待っていて下さった皆様には申し訳ない気持ちと、待っていて下さった嬉しさでいっぱいです。いつも本当にありがとうございます!
年始も変わらず私生活が忙しいことが確定しているので、今回で年内最後の更新になります!来年もよろしくお願いします!

では、よいお年を!


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