アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは。ブースト、ちょい無しです。




()()()()()()

 

 

 

 

 夢の中。

 眠っているはずなのに眠い、深い微睡(まどろ)みの中。真っ白な空間い一人寝転がっている浮舟は、柔らかな毛布に包まっているような暖かな感触の中で身じろぎをする。目を覚まさなければという気持ちは欠片もなく──そして、ここでは現実のことを考える理由もなく。眠る浮舟の脳内ではいつの日かの思い出が──浮舟が皆に秘密にしていた、言わば()()()()()()が流れていた。

 テレビの画面越しに見るように。

 自分のペースで本のページを(めく)るように。

 パソコンのモニターに浮かぶ文字列を目で追うように。

 寝転がりながらスマホに映る画面を下から上へと流すように。

 こうなってしまった()()()から順繰りに、過去の思い出が再放映されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「木箱、だね」

 

 剥き出しで並んでいる武器がほとんど。しかし、その中で箱に入れて保管されているなにか。目を引くのは当然だ。オレは立ち止まり、夏油と目を合わせた。

 

「開けてみようか」

「頼む」

 

 夏油が木箱を手に取る。

 

「ん、結構重いよ、これ」

 

 大きさ30〜40cm程のそれは埃を被っている。夏油が息を吹きかけて埃を払った際に木箱の表面に文字が書いているのを確認したが、字体がくねくねと暴れ回っていて読み取ることは出来ない。直感だが、年代物なのかなと思った。

 夏油が木箱を揺らすと、コトコトと音が聞こえてきた。

 

「開けるよ」

「おう」

 

 開ける。

 そこには、左腕が入っていた。

 

「こ、これは……」

「ラッキーだな、一番欲しかったヤツだ。早速付けてみようぜ」

 

 勿論、生の左腕ではない。人間のではあるが。

 木箱の中に入った腕は何らかの金属のような素材で作られており、色は緑色。武器庫内の灯りに照らされて光沢を見せている。その腕は木屑の緩衝材のようなものの中に埋もれており、それなりに丁寧に保管されていたようだ。

 つまりは義手の()()()()()。オレが、金額を理由に自分用に作るのを断った義手と同じようなものが、まさかこんなところ(武器庫)にあるとは。

 使う使わないは別として、試してみない手はない。

 まぁ、オレには手無いんですけどね(爆オモロジョーク)。

 

「待つんだ出。ただの武器じゃなく、もし呪具だったらとか、そう言ったことは考えないのか?」

「えー、取り敢えず付けてみりゃいいじゃん」

「だ、駄目に決まってるだろう!」

 

 危ないじゃないか! 

 夏油にしては珍しく大きな声を出したなと思った。

 ねだるオレと、渋る夏油。そこに、夜蛾先生の声がかかった。

 

「それは付けても問題無い。……何も起こらない、と言った方が正しいがな」

 

 少し息を切らしている。どうやら五条は取り逃したらしい。

 

「じゃあ安全だな。夏油、頼む」

「不用心過ぎる。夜蛾先生の言い方に何も疑問を抱かなかったのかい」

「少し待て。息を整える」

 

 深呼吸を数度。ようやく落ち着いたのか、夜蛾先生が話し始めた。

 

「それは、()()()()()()()()()()()()()()()()。しかも()()()()()のな」

「ほら。やっぱり危険だよ出」

「しかし、()()()()()()()()()()()()()。過去、何人もの隻腕の術師がその腕を付けたが、()()()()()()()()()。何故これが古来から呪具として伝わっているのか不思議なくらいにな」

「え、じゃあ、なんでここで保管されてるんですか? 言っちゃえばただの義手ってことでしょ?」

「言っただろう、平安時代に作られたと。当たり前だが、平安時代にこんなに精巧な義手を作る技術は無い。しかもこれは金属で出来ているときた。呪力はなくとも、呪いに関連する()()()()()というのが高専の考えだ」

「何らかの呪いによって作られたオーパーツ、ということですね」

 

 よく分からんが、オーパーツという単語は格好良いので納得した。そんな格好良い義手なら付けても問題無いだろうと。

 しかし、この呪具(義手)、よく見るとおかしいのだ。本来の義手ならあるはずのソケットが無い。あるのは腕の部分のみだ。

 ソケット(受け口)

 義手を付ける時、当たり前だがフィギュアみたく腕の断面にガチっとはめ込んだりはしない。義手のソケット(受け口)に自分の腕(オレなら肘)を入れて、義手に付いているベルトを反対の腕から回して固定し、装着完了という感じなのだ。

 だからつまり、ソケットが無いということはどうやって付ければ良いのか分からないということ。

 

「「……ソケット」」

 

 言葉が被り、目が合う。なんだか可笑しくて笑った。

 

「……出、君も同じことを考えていたようだね」

「ああ」

「ソケットどころかベルトも無いし、これは諦めるしかなさそうだね。他のを探そう」

「なんか嬉しそうだなお前」

「そりゃあね。得体の知れない呪具を出に触らせるわけにはいかないよ。今まで害が無かったからといって、今この瞬間が安全というわけではないから」

 

 決して、ね。

 夏油は笑顔でそう言って、木箱の蓋を閉じ──

 

「よっしゃあ逃げ切り! 夜蛾センバッチリ撒いて来た!」

 

 ドン。

 どこからか現れた五条が夏油の背中に軽く体当たり。

 

「ちょっ」

 

 バランスを崩し、義手の入った木箱が夏油の手から離れ、宙を舞う。

 義手は木箱から飛び出し、辺りに木屑を舞わせながらクルクルと縦回転。

 ピタッ。

 義手はオレの目の前で静止したかと思うと、ゆっくりと、オレの左腕にあたる部分に移動し始めた。

 

「は?」

「出、避けるんだ!」

 

 夏油が叫ぶ。

 

「避けてる! けどコイツ、追ってくるんだよ──」

 

 みじろぎ、移動。頭に浮かんだ選択肢のままに実行するも、義手は動きを変え軌道を変え、後をついてくる。

 

「何が呪力が無いだよ夜蛾先生! 全然あるじゃんかよ! うおおおおおおおッ!?」

 

 接着。

 螺子込(ねじこ)むように、グルリと横に一回転から、何かが(はま)った音がした。

 接合。

 呪具の左腕。

 緑色の金属体から紐のようなものが伸びて、オレの肘を這い上がっていく。その際キツく、キツく締め付けられ、やがて紐のようなものはオレの肩の辺りで身体の中に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

『この時を待ち侘びたぞ』

 

 ──瞬間、浮舟の脳内で響いた見知らぬ誰かの声。この左腕が螺子込(ねじこ)まれた瞬間、何かが──全てが繋がったような感覚。未知の感覚が浮舟を襲う。それは脳から首筋、背中を這い回り全身を粟立(あわだ)たせる。

 準一級呪具が突然動き出し、自らの左腕の断面に接合したという事実なんて気にならないくらいの衝撃。浮舟は呆然と目を見開いた。

 頭の中に声が響く。

 

『名前は……浮舟出(うきふねいずる)というのか。成る程、良い名だ。浮舟(ヤツ)の名をキチンと受け継いでいるようだな。その妙な術式は──まあこの際だ、酒好きなところは遺伝しているのだから目を瞑るとしよう』

 

 浮舟のことなど構わず話す頭の中の誰か。浮舟は何が何だか分からずに独り混乱していた。五月蝿(うるさ)いくらいに喋り続ける頭の中の誰か、その声が語る過去(未知)の思い出話。その内容に思わず返事をしかけたところで、夏油に肩を強く揺さぶられた。否応無く意識が現世に引き戻される。

 

「身体にどこか異常は──ああもう、悟! 君は一体なんてことをしてくれたんだッ!」

 

 ペタペタと、つい先程接合したばかりの金属製の左腕を触診する夏油と、いつの間に戻ってきたのか夏油と同じく心配そうな表情で左腕を触る五条。

 浮舟は頭の中で未だ喋り続ける声を早々に()()だと切り捨て、誤魔化すように笑って返した。

 

「よ、よしてくれよ。くすぐったいだろ」

 

 間。

 

「なんだよ」

「……感覚が、あるのかい?」

「……え?」

 

 夏油に言われ、浮舟は接合した左腕を見詰めた。

 元々あった肘の部分から先が、準一級相当の呪具(義手)になってしまっている。

 腕が、肘から先が緑色の金属になってしまっている。

 肘と義手の境目には、段差も切れ目と存在しない。数ミリ単位の隙間も無く、()()()()()()()()()()()()()接合されている。

 頭の中に響く幻聴という異常につい気を取られていたが、思い返せばこちらも十分に異常。浮舟は思い通りに動く自身の呪具(義手)を見てわなわなと震え、気付けばその両足は歩き出していた。

 

「ど、どうなっちまってんだ。これ……」

「出、何処へ行くんだ!」

 

 ふらふらと、出口に向かって歩く。背中に当たる夏油からのこちらを心配するような声に構わず歩いた。

 日陰だった武器庫内から夏の日差しが照る屋外へ。肌を焼く日光、その暑さと眩しさに思わず顔を顰めながらも、前に向かって歩く。

 

『おい(いずる)、何故俺の呼びかけに答えない』

 

 早くも浮舟を下の名前で呼ぶ幻聴。浮舟は頭を振って追い出そうとするが、幻聴は決してどこかへいったりはしない。

 

「硝子ちゃん」

 

 暇を持て余し、外で煙草を燻らせていた家入。浮舟が声をかけると、家入は振り返って微笑んだ。その表情にこんな状況にも関わらず見惚れてしまうが、ゲラゲラと揶揄(からか)う幻聴の声で目が覚める。

 

「ん、もう終わったの?」

 

 浮舟の左腕には気付いていないのか、浮舟の目を見て問いかけてくる家入。

 

『出。もしや、こやつに好意を寄せているのか? 悪いことは言わん、やめておけ。お前もこやつも、遅かれ早かれ何にも成れずに(みじ)めに死んでいくのだ。弱者同士の刹那的な色恋に何の意味がある』

 

 浮舟の意思に従わず、決して黙らない幻聴に苛立ちが募る。黙れと頭の中で叱咤するが、当然のように浮舟の言葉など聞きやしない。

 ふと、浮舟は思い至った。

 この幻聴が聞こえ始めたのはいつからだ、と。

 この幻聴が聞こえるようになったのは何故か、と。

 視線が下りる。金属製の左腕へと下りていく。

 そうだ。

 この腕が悪いんじゃないか。

 数ミリ上がった口角を理性で下げ、浮舟は平静を努めて会話に戻った。

 やめておけ。

 頭の中の幻聴が、そう忠告したような気がした。

 

「えっと……今吸ってる煙草貰ってもいい?」

「? 別に良いけど。いずる、煙草吸わないんじゃないの」

「ありがとう」

 

 突然のお願い。それは、浮舟がたった今思いついた仮説によるものだった。自身が左腕で受けた感覚の100%を難なくフィードバックしてくるこの呪具(義手)が何なのかを確かめる為の荒技と、この幻聴を黙らせる為の荒療治。

 訝しみながらも火が点いている煙草を寄越した家入にお礼を言ってから、浮舟は誰にも見られぬように背を向けた。

 家入はここにきてタバコを受け取った浮舟の()()()()()に気付いたが、時は既に遅く。

 浮舟は渡された煙草を咥え、左腕の義手部分にこっそりと押し付けた。

 

「──熱ッッッッつう!?」

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレの名前は浮舟出(うきふねいずる)! 天与呪縛の関係で、酒を飲まないと呪霊すら見えない! だけど、酒を飲めば飲むほど身体に呪力が回る不思議な天与呪縛だ!」

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

「オレの天与呪縛(術式)は、身体に取り込んだアルコール成分を呪力に変換することじゃない! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

「──あと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 開示終わりッ!」

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 逃げてしまえ。お前だって、一人孤独に死にたくはないだろう。

 オレの中にいる誰かが、優しい声色でオレを惑わす。

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 過去最高レベルの呪力が、オレの身体の中を渦巻いている。その呪力は行き場を求めて体内をグルグルと走り回り、脳に回った呪力が()()と共にオレに囁きかける。

 

『良いぞ出、実に愉快だ。もっと見せてみろ』

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

「……五月蝿ぇな、本当に」

 

 左手を強く握る。ギシギシと金属が嫌な音を立てた。

 

「はーあ……。オレに両手があれば、手印だって結べるのによ」

 

 

【いかが言ふ心なり】

 

 

「テメェに言ってるんじゃねぇよ。オレに話しかけてくる幻聴()に言ってんだ」

『なんだ、呼んだか』

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 呪霊の言葉は浮舟には伝わらない。宣言通り浮舟は芋焼酎を一口呷り、すぐ地面に置いた。その際浮舟の左腕が一瞬震えたが、震えはすぐに(おさ)まった。

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

「──ッぐぅ……!?」

 

 その刹那。

 浮舟の身体を駆け巡った耐え難い激痛と、脳から身体へと送られた()()()()()()()()()()()()。浮舟は訳も分からず動かぬ体に戸惑いながらも、額に脂汗を滲ませながら必死に思考した。

 浮舟の義手(左腕)は決して傷付かねど、受ける感覚、痛覚は本物の腕と何も変わらず。

 燃え続ける義手(左腕)、その痛みを気合で耐え続けるのにも遂に限界が来ていたのだ。

 それは浮舟の精神(こころ)が折れたからではなく、身体が、脳が──何より燃えている義手(左腕)が浮舟に訴えかけているからだった。

()()

()()()()()()

()()()()()()()()

 戦闘中に何度も何度も忠告してきたそれらの言葉達。しかし浮舟はその全てを無視していて。

 つまりはその末路。

 当然の結末。

 此度(こたび)の飲酒で幾度とダメージを負っている頭がズキズキと痛み、()()が絶え間無く話しかけてきて思考の邪魔をする。

 

『この俺を火にかけるとはどういう了見だ。その左腕は出だけの物ではないのだぞ。少しは丁重に扱え』

 

 

 

 ∩

 

 

 

 死の瀬戸際、身体に力を込める浮舟の心境はとても穏やかで。四六時中頭に響く幻聴すら聞こえない今の浮舟の頭の中には、余計な情報は何も入っておらず。

 

 

 

 ∩

 

 

 

 もう身体も何も動かせず、かろうじて動いている心臓と回り続ける脳。そんな浮舟の背中に最悪の呪力反応。嘘だ、そんなわけがないと言い切るが、背後から聞こえる声は聞き間違いようがない。

 瀕死の浮舟を運ぶ()()が驚いている。

 あの呪霊が歌を詠っている。

 瀕死の浮舟を運ぶ()()が乱暴に歩を進める。

 あの呪霊が追いかけてきている気配を感じる。

 あの呪霊が歌を詠っている。

 瀕死の浮舟を運ぶ()()は足を止めない。

 ──おい駄目だ。

 浮舟は制止の声を上げるが、その声は口から発せられることはない。浮舟の声は誰にも届かない。

 あの呪霊の術式。

 浮舟は指先一つ動かしていないが、浮舟を運んでいた()()は違う。

()()が何か喋っている。

 浮舟は耳を傾ける。

()()が何か喋っている。

 浮舟は耳を傾ける。

()()が浮舟の頬を撫でた。

 浮舟がその感触で、誰に運ばれていたのかを理解した。そして、誰が術式を食らったのかを理解した。

 ──駄目だ。

 ──駄目だ駄目だ。

 ──硝子ちゃんは死んじゃいけない。

 ──このペナルティはオレに課せられている筈だろう。硝子ちゃんは何も関係無い。

 浮舟は叫ぶが、当然のようにその声は喉から先へと出ていかない。

 ──誰か。

 しかしこの場には浮舟と家入、そしてペナルティによって蘇った一級呪霊産土神しか存在しない。

 ──誰か、助けてくれ。

 その時、瀕死の浮舟が心から他人を頼った。

 それに応える者は誰もいない。

 しかし応える()はあった。

 浮舟はその意味を理解し、声を発した。

 今度はキチンと口から出た。

 

「──ありがとう、硝子ちゃん」

 

 浮舟の左腕(義手)が浮舟の思いを受けて一人でに動く。その軌道は家入の胴体を切り裂いていた不可視の斬撃を弾き落とした。

 

『全く……、死に際になってようやくこの俺を頼るとはな』

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 自らの手によって祓った筈の呪霊との再会。

 何度も限界を超え、代償を払った末、黒閃という奇跡を以ってしてようやく倒せた強敵。

 その強敵が傷一つ無く目の前に現れた現状に、浮舟はここにきてようやく心の底から後悔した。

 同期の忠告を聞かず、いつものように何とかなるだろうと楽観的な思いで教室を出た今朝の自分の行動を心の底から後悔した。

こんなことなら呪術師になんて。

 

「……ッ」

『ケヒッ、今更ソレに至るとは()い奴め。出、お前が死ねばお前は俺の物だ。さあ、早く死ね。早く俺の元へ来い』

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 浮舟はありったけの虚勢を込めて、口角を少しだけ上げてこう言った。

 

「……よう、また会ったな」

『なんだ出、また無視か。まあ()い。赦す。()いから赦す』

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 カツカツと笑っている呪霊がその大きな頭部に違わない大口を開け。

 身動きの取れない浮舟の身体に齧り付き、浮舟が家入に向かって伸ばした左腕以外を噛み切り──飲み込んだ。

 

『……む? 出め、腕を置いていったな』

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

「あれ、二人共久しぶりじゃん。イメチェンした?」

『この大たわけめ。俺に断りも無く去るとは何事か。おまけに厄介な物を体内に入れおって。神に魅入られてロクなことがないのは浮舟(お前)がよく知っている筈だろう。たわけ。たわけたわけ。しかし、なんだ? 半年振りの再会でも無視を決め込むつもりか? やれやれ、珍しく俺を頼ったかと思えばまたこれか。しかし──()い。赦してやろう。その愛らしさに免じてな。だがな、出。これだけは心に留めておけ。一度でもこの俺を認識し、頼ったのだ。もう今までのようにはいかぬぞ』

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 背中に感じるこの部屋の壁はどこまでも硬く、これ以上の後退を許さない。同期達はやがてベッドに上がり込み、想定していない重量を課されたベッドの脚が異音を奏でた。

 

「なんか猛烈に逃げ出してぇんだけど! オレの直感と()()がガチでヤバいって警告してくるんだけどッ!」

『ケヒッ。逃げろ……と言ってももう遅いようだな。やれやれ、()()が厄介なモノに好かれるのは昔も今も同じか。出め、この俺を放って色恋に興じるとは無礼だぞ。受肉したら覚えておけ』

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 しんどそうな顔をしていた浮舟も、後輩の舐めた発言には敏感だ。パンダの無礼にキレた浮舟が、パンダのうなじを左手で鷲掴みにする。ふんと力を込めて後方に投げると、パンダはいとも容易く宙を舞った。

 

「スタミナ切れ? ぜってぇ嘘だろ……」

「しゃけ……」

「あークソ、久々に動いたらしんどいし落ち着いたら()()も聞こえてきやがるし。やっぱお酒ってクソだわ。おかわりしよ」

『この際、何故酒を毎日飲まないのかとか、何故この俺を無視し続けるのかとかそういった小言は置いておいてやろう。だが出、貴様。何故こやつらを殺さん。何故四肢と頭を()いで天日(てんぴ)に晒してやらんのだ。そんなだから浮舟(お前)下に見た(舐めた)呪術師共に殺されるのだろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これまでの記憶。

 ことあるごとに浮舟を苦しめた、自分勝手な幻聴との記憶。

 その幻聴が幻ではなく現実──呪いの王、両面宿儺(りょうめんすくな)のものだったと知り。

 

「…………」

 

 浮舟は目を瞑ったまま思い出す。

 両面宿儺。

 両面。

 宿儺。

 その名前。

 どこかで聞いたことがあるような、と。

 しかし思い出せない。微睡(まどろ)みの中では、これ以上脳を使用することはできなかった。

 

「…………」

 

 微睡(まどろ)んだ世界の中では、思考も冴えず、身体も思うようには動かせず。

 ただ、両面宿儺との縁は左腕(義手)が接合されてからの数年間だけのものではないのだと、浮舟はなんとなく理解していた。

 

「──い」

 

 微睡(まどろ)み。

 

「──い」

 

 微睡(まどろ)み。

 

「──おい」

 

 …………。

 

「おい、いずる。大丈夫か」

「──ッ」

 

 微睡(まどろ)みからの、突然の覚醒。肩を揺さぶられた感覚で目を覚ました浮舟は、自身の網膜を焼く昼白色の直管ランプに目を細める。眩し過ぎる光度に左手で顔を覆うが、動かした左腕には肘から先が無かった。

 

「…………へ?」

「目が覚めたか。いずる、酷くうなされてたぞ」

「……しょ、硝子ちゃん」

 

 目に入った人物の名を呼び、周囲を見渡す。ここは高専の医務室のようだ。

 自分の名前を呼ぶ、同期であり年上の女性。家入。

 家入は浮舟の額に手を当てたり肌に浮かんだ脂汗を拭いたりしながら、浮舟を体調を診ていた。口元にペットボトルの飲み口をあてがわれ、水を飲ませてもらう。

 嚥下。

 喉から胃へと降りていく水の冷たさを確かに感じてから、浮舟は考えた。

 屋上にいた筈の自分が何故、医務室のベッドで眠っていたのか。

 その疑問に答えるように、家入が口を開いた。

 目尻に浮かぶ涙を指で拭いながら、苦しそうに口を開いた。

 

「……私が眠っている間に、いずるは伏黒が任務にあたっていた高校に侵入。そこで、両面宿儺の指を取り込んで受肉体となっていた虎杖悠仁(両面宿儺)と邂逅。虎杖悠仁(両面宿儺)に義手である左腕をもぎ取られ、その際の激痛(ショック)と失血多量により気絶。高専の息がかかっている医療機関に緊急搬送されて処置を受け、あれから2日経っている」

「2日……」

 

 矢継ぎ早に告げられる()()()。どこか他人事のような返事をしてしまった浮舟を責めるように、家入が顔をズイッと近付けた。

 

「私になにか言うことがあるだろ」

 

 射抜くほどの眼力は浮舟の眼球の奥まで突き抜け、視線を固定。嘘も誤魔化しも許さぬその眼力が浮舟に許可する発言は、たった一つの言葉だけだった。

 渇いた喉で声を発する。

 

「ご、ごめんなさい」

「なにが」

「……勝手な行動をしてごめんなさい」

「何故勝手な行動をしてはいけないんだ」

「硝子ちゃんが悲しむからです」

「それを理解していて何故勝手なことをした」

「……ガラスが割れる音みたいなのを聞いて、直感でなにかヤバいことが起きてるかもって思った」

「それで」

「なにか理由が無いと立ち入らない夜の学校から、そんな音がしたんだ。異常事態なら助けなきゃって思った。……思いました」

「…………はぁ」

 

 ここにきて、ようやく家入の視線が浮舟から外される。それでも欠片も無くならない居心地の悪さに浮舟は鼻の頭が痒くなるが、腕が無いので掻けやしない。

 

「……いずる、なんでお前は自分を大事にしてくれないんだ」

「本当にごめん、硝子ちゃん」

「左腕だってもう無いんだぞ。また武器庫で都合の良い呪具を探すのか? ふざけるなよいずる。私は今、本当に怒っているんだからな」

 

 人差し指を眼前に突き付け、こちらを睨む家入。

 

「これからどうする気だ。私が言えたことではないが、その左足だっていつ治るか分からないんだぞ。歩けず、両腕も無い状態でこれからどうするつもりなんだ」

「…………」

「私は、いずるを見捨てない。いずるがどれだけ間違えようと、どれだけ馬鹿なことをしでかそうと、決していずるの側を離れない。頼まれたって離れてやらない」

「…………」

「でもな、いずる。いずるが自分の身を顧みなければ、それだけ私は傷付く。私にとっていずるは、それだけ大事な存在なんだ」

「……ごめんなさい」

「頼むから傷付かないでくれ。私にはいずるを(なお)してやれないんだ」

 

 怒り。

 切実。

 涙ながらに訴えかける家入の姿に、浮舟はただ謝ることしかできなかった。

 人を助けることは正しいことだ。

 その点で、浮舟が揺らぐことはない。

 けれども、人を助けることで大事な人が傷付くのなら。

 自分の行動の結果によって、大事な人が傷付いてしまうのなら。

 

「…………」

 

 口を(つぐ)む。

 向き合わなければならない。他人とではなく、今度は自分と。自分の在り方と。

 

「いずるの左腕も、両面宿儺が呑み込んでしまった。……まあ、仮に左腕があったところで私には何も出来んがな」

 

 自嘲気味に吐き捨てた家入は、浮舟が使用しているベッドに腰掛けた。肌が触れ合うほどの距離で、家入は浮舟の頬を指で撫でた。

 

「いずるはもう戦わなくて良いんだ。これからはただ、私の側で生きてくれ」

 

 頬を撫で、顎を撫で。それから唇に触れる指。浮舟の唇をなぞった際に(こぼ)れた息は、確かな熱を持っていた。

 

()()()()()()

「やく、そく」

 

 約束。

 それがただの口約束で終わらないことは、浮舟にも理解出来た。

 術師同士の約束。

 つまりは。

 

「もう二度と戦わないと。もう二度と、自分よりも他人を優先したりはしないと()()してくれ」

 

 家入の指が──手が──両手が、浮舟の両頬を触る。力を入れて正面から顔を突き合わさせて、今ここで答えを出せと目で訴えかけてくる。

 約束。

 約束(縛り)

 縛り。

 口を開くが、声は出ない。

 それもその筈、二つ返事で答えを出せないほどには、この()()は浮舟にとって重要な意味を持っていたからだ。

 壁に掛けられた時計、その秒針の音が段々大きくなっているように感じる。口内から水分が一瞬にして無くなったように錯覚する。

 躊躇(ためら)い。

 しかし躊躇えるほど、家入という存在は(ないがし)ろにできるものではない。

 躊躇っているのは、自分が戦わなかったことによって失われてしまう命のことを考えてしまうから。

()()()、助け出した双子の顔が──後輩二人の顔が浮かんでしまうから。

 

「…………硝子ちゃん」

「なに」

「…………〝僕〟は」

「うん」

「…………〝僕〟はッ」

「……」

 

 悩み、悩み抜いた末の決断。その時、浮舟は確かに選択していた。こうするべきだと己を信じ、決断を下していた。

 しかし、その答えは口から出ていくことはなく。

 気付けば、たった今医務室のドアを開け放った人物が、全ての視線を我が物としていた。

 

「……おい、ノックくらいしたらどうだ」

 

 突然現れ、入口で立ち尽くす人物を咎めるように家入が睨み付ける。その人物は両手を上げて無罪を主張。それから、口を開いた。

 

「すんません。ただ、宿()()が五月蝿いんです。()()()()()()()()()って何度も何度も」

 

 溜め息。吐かれたのは家入の口から。

 

「おい虎杖、ここは医務室だぞ。用も無いのに入るな──あ、お疲れ様です。家入さん、浮舟さん」

「虎杖アンタ! 案内の途中でしょうが! 勝手にウロチョロすんじゃないわよ。こっちは大荷物抱えてんだっての──あっ……こんにちは」

「……どうも」

「……こんにちは」

 

 溜め息。今度は先程よりも深く、長く。

 医務室入口に立つ虎杖。

 その後ろ、早く行くぞと制服の袖を引っ張る伏黒。

 家入という大人の美人に憧れと羨望を込めた視線を送り、その隣にいる浮舟を見て怪訝な表情を浮かべる女子生徒──つい先程高専に到着したばかりの釘崎野薔薇。

 

「……はぁ」

 

 毒気が抜かれたのか、それとも心底苛々しているのか。兎にも角にも、家入は溜め息を吐いた。

 

「お前達、なんの用だ。怪我でもしたか」

「いえ、なにも問題ありません。お邪魔しました」

 

 家入の不機嫌を悟った伏黒が、早々に退散しようと頭を下げる。しかしあとの二人がそれを許さない。

 

「スッゲー、医務室っていうか手術室? みたいじゃん! あ、こんちわっす先輩!」

「こ、こんにちは、虎杖君」

「家入さん……ってお名前なんですか? 私今日からこの学校でお世話になります、釘崎野薔薇です! 家入さん凄いスラッとしてて美人で格好良くて、モデルみたいですね! なにか秘訣というか、気をつけていることってあります?」

「……禁煙中」

「へー!」

「いやお前等。なにしてんだ早く帰るぞ。どう考えても取り込み中だろうが」

 

 ワイワイガヤガヤ。

 医務室の入口であーだこーだと話し合い、楽しそうにお喋りを始める生徒達。その若さに、家入と浮舟は思わず目を細めた。眩しい。

 つい先程までの緊迫感はどこへやら。今度こそ完全に毒気を抜かれてしまった家入は、溜め息と共に肩を落とした。

 

「いずる、続きはまた今度な」

 

 浮舟に向かってそう告げる家入。ベッドから腰を上げ、一年生達を追い出す為に歩き出す。

 部屋の暗がりを、カーテンを開けて取り入れた日光が消し去ってしまったかのような空間。

 邪魔してはいけないと、虎杖と釘崎を引っ張ってでも連れて行こうと奮闘する伏黒。

 あの二人付き合ってるのかな、と伏黒に構わず楽しそうにトークに花を咲かせる虎杖と釘崎。

 そのトークを聞いてまんざらでもない家入。

 新一年生は礼儀正しくて良い子だな、と好印象を抱く浮舟。

 そんな空間に、異質な嗤い声。

 

『続きなど無い。おい出、腕を治しにきてやったぞ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どうしても知っていただきたいことだったので、今回は回想を交えてこういう構成になっております。野薔薇ちゃん初登場の場に絡ませたいという思いもあったのですが、腕引っこ抜かれちゃあ無理ですわな!

いつものように、大急ぎで書き上げて投稿しています。一通り読み直してはいますが、いつも誤字報告して下さる方、ありがとうございます。自分では気付けないものですね。
感想を寄せてくださる方、ありがとうございます。メッチャ嬉しく思っています。
ここすきをしてくださる方、ありがとうございます。ここすきなのか〜!と思いながらニコニコしています。
評価をしてくださる方、ありがとうございます。この小説が真っ赤なのはあなたのおかげです。
この小説を読んでくださる皆様方、ありがとうございます。いつも後書きで同じようなことを言ってしまっているような気がしますが、感謝を忘れずにこれからも生きて、ポチポチとお話を書き上げていきます。これからも応援よろしくお願いします。
ではまた!

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