アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは。19000文字です。ブーストは無しです。
19000文字!?!?!?




アル中、蘇る。

 

 

 

 

「……呪いの王、お前今なんて言った」

『聞こえなかったのか? 女』

「聞こえた上で聞き返してんだよ」

『ケヒッ』

「チッ」

 

 突然虎杖の頬が開き、その部分が口となって突然言葉を発し始めたのがつい数十秒前のこと。その言葉の真意を聞き返す家入の表情は怒りに満ちていて。身体の主である虎杖はその視線を受け、心の中で両面宿儺を今思い付くありったけの語彙で罵倒した。美人の眼光は怖いのである。

 

「……治す、か」

 

 思っても見なかった可能性に、浮舟は宿儺の言葉を一人反芻してみた。

 浮舟出が失った両腕。その治療は、不可能。

 他者反転を施せる家入の能力はどういうわけか浮舟には効果が無く、浮舟は学生時代から怪我を負っても現代医療に頼る他なかった。今までの思い出が、事実がそれを証明している。

 加えて。

 仮に浮舟が他の人間と同じように他者反転による治療を受けられる身体だったとして、欠損した腕をニョキニョキと生やすことは出来ない。腕を飛ばされたならば、いつの日かの夏油傑のように飛ばされた腕を持って断面とくっ付ける形でしか完治は望めない。

 だから、不可能。

 どうしても、不可能。

 しかし、両面宿儺は治しにきたと言った。

 自信満々に──というよりかは、気軽に。世間話の延長線上のような口振りで声をかけてきたのだ。

 だからこその疑念。家入は不快な表情を隠そうともせず、両面宿儺を睨み付けた。

 

「…………」

『…………』

 

 睨む家入と、何も言わない両面宿儺。

 その迫力に(さら)され、こちらに矛先が向くことを恐れて誰もが息を殺す険悪な場。

 そんな場で、両面宿儺の受肉体である虎杖が首を傾げた。

 

「……(いずる)って誰?」

 

 空気の読めない発言。しかし、その発言に助けられた人も少なからず存在して。張り詰めた空気の緩みを感じて、何人かが慌てて息を吐いた。

 両面宿儺が苛立ちを隠さずに応える。

 

『ふざけるな小僧。目の前にいるだろうが』

「え、家入さんの下の名前って出なの? 家入出(いえいりいずる)さんなの?」

「ッ……!」

「硝子ちゃん、なんか嬉しそうだね」

「悪い。いずるが婿入りした時みたいな名前の響きで……つい嬉しくなった」

 

 虎杖の天然発言を受けて、目に見えてそわそわする家入。なんだか嬉しそうである。

 この場の空気に浮舟は一安心し、空気を入れ変える為に虎杖の質問に答えることにした。

 

「〝僕〟がいずるだよ」

「あ、あなたが出、あっ──出サンなんですね! 俺、虎杖悠仁って言います! これからお世話になります!」

「〝僕〟は浮舟出(うきふねいずる)。高専三年生だよ。よろしくね虎杖君」

「はい! 浮舟()()!」

「……硝子ちゃん、新一年生良い子だね。また真希ちゃんみたいな跳ねっ返りガールが入ってきたらどうしようかと思ってたよ」

「そうだな」

 

 天性の陽の者の礼儀正しさを受けた浮舟は内緒話の(てい)を保ちつつ──つまりは家入の耳元に小さな声で報告。

 先輩を敬える可愛い後輩が出来てニッコニコの浮舟とは違い、家入は然程興味はないのか生返事で返した。

 虎杖が手を挙げる。

 

「あの、こんなこと聞いて良いか分かんないっすけど……」

「全然良いよ」

「……浮舟先輩って腕どうしたんですか?」

「あぁ、これはとあるイケメンマッチョにぶった斬られちゃってね。その後義手を見つけてなんだかんだそれを使ってたんだけど、つい先日食べられちゃったんだよ」

「食べられた? もしかして、呪霊に!?」

「いやいや、君に」

「……え?」

「正確には君の中にいる両面宿儺に、だけどね」

「え! マジでごめんなさい! 俺吐き出します!」

「大丈夫だよ。多分両面宿儺に食べられた時点で行き先は虎杖君の胃袋じゃなくなってる筈だし」

「?」

「虎杖君の胃袋って、前腕が丸々入るほど大きくないでしょ?」

「まぁ、そりゃあ……」

「同じ理由で、虎杖君の腹を()(さば)いても両面宿儺の指は出てこないだろうし。まあ多分、そういうことなんだと思う」

「出てこないんだ……」

『おい出、様を付けろ。以前はそうしていただろう』

 

 浮舟の発言に、すかさずツッコミを入れる両面宿儺。しかし浮舟はそれに応えず溜め息を吐いた。言わずもがな、知らない過去を語られても全く意味が分からなくて怖いから。

 である。

 

「ハァ……。なんかこうして幻聴が外部から耳に入ってくるのって変な気分」

「え、浮舟先輩も宿儺の器なんですか?」

 

 奇遇っすね。呑気にそう語る虎杖に浮舟は思わず笑ってしまった。それから「自我を保ててるってことはやっぱり器なんだな」と遅れて納得する。

 

「いや、器ではないんだけどね。理屈は分かんないけど、義手を通してずっと声が聞こえてたんだよ。虎杖君みたいに入れ替わったりは出来ないから、ラジオみたいにずっと声だけが聞こえてるって感じ。参っちゃうよね」

「あー、分かる。コイツマジで五月蝿(うるさ)いっすもんね」

「そうなんだよ。まあでも、寝る時は静かにしててくれるのがせめてもの救いだね」

 

 不意に始まった宿儺トーク。虎杖からの質問に実体験を交えて話すと、返ってきたのは意外なリアクション。

 

「えっ」

 

 浮舟の言葉に心底驚いている表情。浮舟はすかさず問い返した。

 

「? どうしたの」

「……俺、夜中でも全然五月蝿いんですけど」

「マジ?」

『愚か者め。何故俺がお前如きの為に口を閉じなければならない。精々苦しめ』

「虎杖君メッチャ可哀想じゃん。大丈夫? もしかして夜寝れてないの?」

「いや、無視して寝てます」

「ヤバ」

「俺多分、それなりに往来のある高速道路のド真ん中とかでも寝れる自信ありますよ」

「……ヤバー(スゲー)

 

 胸を張る虎杖に、浮舟は尊敬と畏怖が入り混じった表情──つまりは、どこか引いているような表情で返す。

 

宿儺(コイツ)って、これからもずっと喋ってるんですかね」

「そうじゃないかな。〝僕〟もそうだったし。そっちでも全く知らん平安時代の話とかされてるの?」

「あぁ、いや……」

 

 数少ない、というか恐らく現代に二人だけであろう、脳内で話しかけてくる両面宿儺の五月蝿さを共有する二人。感じたシンパシーのままに世間話のノリで問いかけた浮舟は、その返ってきた気まずそうな言葉に眉を(ひそ)めて訝しむ。

 

「これとはまた違うトークテーマ?」

「……え、言っていいのかな」

『構わん』

「……ずっと、()()()()()──浮舟先輩の可愛さについて話してます」

「……は?」

「自分の命を軽く見てるところとか、無様に傷を負うところとか、馬鹿みたいな戦法で戦うところとか、ヒップライン(尻の曲線)とか、そそられる泣きそうな表情とか、何にも気付いてない間抜けな表情とか、日常での何気ない仕草とか──兎に角なんでもかんでもず〜っと、自慢話みたいに俺に語ってくるんすよ」

「……は??」

 

 一度目の疑問符で虎杖を見つめ、二度目の疑問符で虎杖の頬──両面宿儺を見つめ。浮舟は呆けながらも、なんじゃそりゃと驚きを露わにした。

 虎杖の頬だけが歪む。ニヤニヤと歪む。

 

『ケヒッ、その表情もまた()いな』

「いやキモッ」

『……おい小僧。キモとはなんだ。なにかの肝のことか』

「はぁ? 気持ち悪いって意味だよ。まあ俺もそう思う」

『んなッ!? (いずる)貴様、このたわけ! 俺からの寵愛をなんたる言い草か!』

「いやそう言われても、アンタ男でしょ? 〝僕〟は普通に女の子の方が好きなの。男からすけべ心丸出しで褒められても普通に引くだけだって。……まぁ女の子から言われても引いちゃうかもしれないけど」

『俺に関係あるか!』

「あるわ!」

 

 閑話休題。

 

『……まあ()い。こうして面と向かって会話出来るだけでも上々。そう思うことにしてやる』

「前向きだな宿儺」

『黙れ小僧』

「「おっ」」

『……なんだ、出と小僧二人して』

「いや、なんかテンション上がっちゃって。ねぇ虎杖君」

「はい。リアルでモロの君みたいなこと言ってる奴初めて見ました」

 

 ハァ? 

 自分だけが理解出来ていないという疎外感を味わい苛立つ両面宿儺を他所に、早くも打ち解け始めた浮舟と虎杖。それからそんな3人とは少し距離を取り、我関せずといった面持ちで卓上に散らばっていた書類を読み始めた家入。

 上記の四人によって緩みつつも混沌としていた空間を、物理的にも心情的にもどこか離れた場所から見ていた伏黒と釘崎の二人は混乱を余儀なくされていた。

 

「……私、もしかして高校選び間違えた?」

「……気にすんな。あそこが特殊なだけだ」

 

 入学早々こんな景色を見せられてる釘崎を哀れに思ったのか、人にフォローを入れたりとかしないタイプの伏黒も思わずこの言葉。釘崎は「なら良いけど」と口の中でごにょごにょと呟いた。

 

「──てか、浮舟って人何者? 両腕無いし呪力感じないし、マジでわけ分かんないんだけど。補助監督志望?」

 

 医務室入口で中の様子を(うかが)っていた二人。ドアから顔だけ覗かせるような体勢の釘崎が伏黒に問いかける。

 釘崎の背後に立って中を覗いていた伏黒は、やれやれと溜め息を吐いてから言い聞かせるように言った。

 

「浮舟()()

「は?」

「浮舟()()、な」

「いや本人前にしてるわけじゃないし別に良い(いー)でしょうが。固いこと言ってんなよウニ頭」

「あのなぁ……」

 

 流れるように暴言を吐く新同期に目の下を痙攣させる伏黒。溜め息を一つ吐いてから、言い聞かせるように指を一本立てた。

 

「良いか、よく覚えておけ。浮舟さんは弱くないし、立派な呪術師だ」

「信じられないんだけど」

「まあ、今の浮舟さんは笑顔だし物腰が柔らかいしでつい舐めてしまうのも分かる。俺も初対面ではそうだった」

「長くなりそうなら先教えて。飲み物買ってきたい」

「良いから聞け。浮舟さんはな、マジで強いんだ」

「……マジで?」

「マジで」

 

 信じられない、嘘つくなよ。そんな言葉が容易に聞こえてくるような表情で聞き返す釘崎。伏黒は頷いて返した。

 

「俺が手放しで尊敬する、特級術師の乙骨先輩って人がいる」

「特級!?」

「いや、今は乙骨先輩の話じゃないんだ」

「じゃあ名前出すなよ。会話下手か」

「お前マジで……」

「悪かった。聞いてるだけって暇なの」

「ハァ……。特級術師である乙骨先輩が、浮舟さんのことを盲信してるんだ」

「も、盲信?」

「浮舟さんの言うことを絶対とし、浮舟さんの為になることを生きる原動力としているんだ。世界に数人しかいない特級術師の乙骨先輩が、そんな態度を取る人だぞ。まず、凄くないわけがないだろ」

「……まあ確かに」

 

 凄いかも。そう呟いた釘崎に、伏黒は腕を組んでうんうんと誇らしげに頷いた。

 

「そうだろ」

「……浮舟って人、強いのかしら」

「浮舟()()

「分かったわよもう、しっつこいわね!」

「かく言う俺も、浮舟さんが現場に出ているところを2日前に初めて見た」

「2日前に初めて? どういうことよ」

 

 浮舟さんってニート? 

 そう問うた釘崎に伏黒が「失礼なことを言うな」と叱ってから。

 

「……まあ色々あるんだよ。それは後々教えてやる」

「?」

 

 どもる伏黒に首を傾げる釘崎。その理由がまさかヤバい大人達に囲われて行動を制限されているからだとは気付くはずもなく。以降も滞り無く会話は構わず続いていく。

 

「2日前に初めて見た現場での浮舟さんは、はっきり言って()()だった。ただ近付いてくるだけでも、腹の底から震えが生まれるような迫力があんだよ。例えるなら……なんだ、全速力で走るブルドーザーが真正面から突っ込んできているみたいな」

「やっぱ強いの?」

「その時は()()あって浮舟さんが気絶したから、実力自体はまだこの目で見れてはいない」

「気絶? 色々ありすぎでしょ」

「聞いた話では、素手で地面を割るとか」

「ジャンプキャラの話してんの?」

パンダ先輩(成体のパンダ)のタックルを受けてもビクともしないとか」

「なんで成体のパンダと戦ってんの?」

「完全に()まってる関節技を力付くで解くとか」

「馬鹿なの?」

「浮舟さんに殴られた腹のあざが1ヶ月経っても消えなかったとか」

「それは生々しいから本当のことっぽいわね」

「いや、全部本当の話だ」

「……てか、なんでアンタそんなに浮舟さんの肩持つのよ。クールぶってるくせに」

「クールぶってるの意味が分からん。……浮舟さんって強いのにその立場に胡座をかかず、他人を気遣えるガチ人格者なんだぞ。それだけでメチャクチャ格好良いだろ」

「……?」

 

 いやただメチャクチャなだけかも知れないが。

 最後にそう付け加えた伏黒の言葉を受けて、釘崎は改めて浮舟を──その仕草を、一挙手一投足を観察してみる。

 

「え、やっぱり今ってレギュラーの二人がお茶の間を席巻してないの!?」

「ははは、いつの話してんの浮舟先輩」

「ヤバ! 大事件だよ大事件! ど〜りで最近二人の顔見ないわけだ!」

 

 観察してみた釘崎。

 溜め息と共に肩を落とす。

 

「……いや格好悪いわ」

「ハァ!?」

「声デカ。なんなのコイツ」

 

 私ってばほんと同期に恵まれない。伏黒の話についていけなくなった釘崎は、呆れと共にそう結論付けた。

 伏黒は「訂正しろ!」としつこく怒っていた。

 

 

 

 

『さて』

 

 

 

 

 和んでいたこの場が、その二文字(ふたもじ)で引き締まる。呪いの王の言葉が、聞いた者の背筋を正させた。

 

『そろそろ本題に戻ろう。女、アレを持ってこい』

「……もしかして私に言っているのか、呪いの王」

『当たり前だろう。出の両腕のありかを知っているのはこの場ではお前しかおらんのだからな』

「……どういうこと?」

 

 当たり前のように語る両面宿儺。しかしその文言はするりと耳に入るようなものでは決してなく。浮舟は思わず家入に問うてしまった。訳を知っているのかと顔色を窺ってしまった。

 その際に浮舟は見てしまった。

 家入が両面宿儺の言葉を受けて心底驚いている表情を。

 はったりではない。

 虚言でもない。

 両面宿儺は純然たる事実を述べているのだと、その時浮舟は感じ取った。

 

「…………」

 

 両面宿儺の発言に誰もが口を閉じてことの成り行きを見守っている中、同様に黙りこくる家入。一見、普段と同じく冷静な表情。しかし第三者でも確実に察せてしまう焦りを孕んだその表情を見て、両面宿儺はゲラゲラと楽しそうに笑った。

 

『早く持って来い。()()()()

 

 呪いの王にあるまじき、他人を思い遣る発言。心からの本心で言っているわけではないのだと、その悪辣な表情が物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 組み立て式のパイプベッドに腰掛ける浮舟。

 浮舟の隣に立つ虎杖とその中に潜む両面宿儺。

 行く末が気になり、遂には医務室内にて見守ることにした伏黒と釘崎。

 

「……いずる」

 

 浮舟の前に立っていた家入が、苦しそうな表情で名を呼ぶ。浮舟は笑顔で応えた。

 

「どうしたの、硝子ちゃん」

「……私は酷い奴だ」

 

 呟き。というよりかは、独白に近い言葉色。俯きながら発せられたその内容に、浮舟は間を置かず否定した。

 

「そんなことない。硝子ちゃんは優しくて可愛て、人のことを思い遣れるメッチャ良い子だよ」

 

 本心からの、そして他ならぬ本人からのフォロー。しかし家入の表情が晴れることは決してなく、二人の視線が合わないまま会話が続く。

 

「……自分勝手な願いなのは分かってる。それでもどうか、私を嫌いにならないでくれ」

「なるもんか」

 

 家入の不安を浮舟が笑い飛ばすと、ようやく二人の目が合った。家入の瞳は不安げに揺れていた。

 

「……待っててくれ」

 

 意を決したような表情の家入はそう言い残し、浮舟に背を向けて歩き出した。名残惜しさからか、これから行うことへの躊躇いからか。浮舟に背を向ける寸前まで視線は交わったままだった。

 コツコツと家入のローヒールパンプスが独り音を響かせる。誰もが家入の動向を見守り、その背を目で追っていた。

 家入は医務室の端まで歩き終え、布を手で押す。以前浮舟が無性に気になっていた医務室内の一角、カーテンで仕切られた向こう側へと消えていった。

 

『出、俺に感謝するんだな』

「感謝?」

『あぁ』

 

 突然始まった短い会話はそこで途切れ、沈黙。昼白色の直管ランプに照らされた白々しい空間で、以降誰も言葉を発することなく黙々と家入を待っていると、カーテンが揺れた。カーテンの向こうから、家入が現れた。

 家入硝子が両手に、何かを持って現れた。

 その何かとは、冷凍物。

 不透明(ゆえ)、一瞬何が凍っているのか分からないほどの──しかし目を凝らせばすぐに分かる。凍結されても尚型通りのシルエットと、大きさ。一度()()と認識してしまえば()()にしか見えないもの。

 

「しょ、硝子ちゃん。……()()、なに?」

 

 震える声で、差せない指で、()()を示す。()()が何なのかを理解しつつも、問わずにはいられなかったからだ。

 驚いているのは浮舟だけではない。今日この場にたまたま居合わせる形となった一年生3人も、ざわざわと、恐々(こわごわ)と家入が掴む()()を見ていた。

 腕。

 腕。

 合わせて二本の、腕。

 両腕。

 家入は何者かの両腕を持っていた。

 

「な、なんで……」

 

 浮舟の呟きを他所に、凍った両腕がそこらの机上に置かれる。煩雑さすら感じるその置き方に浮舟は、両腕と家入の顔を交互に見た。

 その視線に耐えかねた家入が答える。

 

「いずるの腕だよ」

「は、え? ……は?」

「わけを話せばどうしても長くなる。だから少しかいつまんで話す」

 

 家入は慣れた手付きで懐からタバコを取り出し、口に咥える。しかし禁煙中だったことを思い出した家入は、咥えていた一本の煙草を挟んだ人差し指と中指で忌々しげにへし折った。

 

「10年前──いや、11年前か? 高専に侵入者が現れたろ」

「ああ、あのイケメンマッチョか。アイツめっちゃ強かったよね」

「……ソイツが、いずるの両腕を落とした。そこまでは憶えてるよな」

「勿論」

 

 ──体感としては2年も経過していないように感じる、伏黒甚爾(イケメンマッチョ)との激闘。いやまぁ、〝僕〟は神様に囚われていたので、実際〝僕〟の中ではそのくらいの期間しか経過していない。

 ──というかそもそも、()()と呼べるほど実力が拮抗していたわけでもないのだけれども。

 ──兎に角、あの闘いは今でも〝僕〟の脳内に半ばトラウマのような形でこべり付いている。あの時五条が助けてくれなかったらと思うと、今でも新鮮な気持ちで背筋が震える。

 ケイちゃん(伏黒恵)がいる手前、伏黒甚爾の名前は決して出さないように敢えてイケメンマッチョと呼称した浮舟は束の間、軽口を交えつつ過去の思い出を振り返っていた。

 

「……あのー」

 

 ふと、誰かのシルエットが動いた気配で意識が現実へと引き戻された。

 見ると、虎杖がおずおずと手を挙げていた。

 

「どうしたの虎杖君」

「質問いいすか?」

「勿論。なんでも聞いて」

「浮舟先輩って何歳なんですか?」

「18。……あぁ、そういうことね虎杖君。安心してよ。高専は(よわい)6つか5つのキッズ呪術師を侵入者と戦わせるほど、イカれた教育機関じゃないからさ」

「……というと?」

「いやほら、〝僕〟って()()()()()()()()()()10年間死んだことになってて、つい去年くらいに生き返ったってわけ。だから10年前もバリバリ高校生なんだよ」

「えぇ!?」

「はぁ!?」

 

 虎杖の問いの意図を察した浮舟が、重く受け取られないようにと気を遣いヘラヘラと笑いながら答えるが、しかし却って逆効果。浮舟の過去を初めて知った虎杖と釘崎は思わず大きな声を出してしまうのだった。

 

「え、どうやって生き返ったんすか! すっげぇ浮舟先輩! だから家入さんにもタメ口なんだ!」

「そうそう、硝子ちゃんとは同期だから。ついでに言うと、虎杖君の担任の──」

「あぁ! だからレギュラーとかめっちゃ懐かしい芸人の名前出すんだ!」

「な、懐かしいって……。虎杖君、傷付くなぁ」

 

 虎杖による無意識下での攻撃(口撃)を受け、肩を落とす浮舟。何度目か分からないくらい緩んだ場の空気を、家入の咳払いが咎める。

 

「ご、ごめん硝子ちゃん」

「続けて良いか」

「うん」

「あの後五条が侵入者を殺し、瀕死のいずるとその両腕を持って私の元まで届けたんだ。──途中で夏油の奴と合流してな」

「あ、そうなんだ。その辺りはもう意識が朦朧としてたから憶えてないんだよね」

「夏油って誰?」

「黙ってろ虎杖」

 

 またもや疑問を口にした虎杖を、百鬼夜行(事情)を知る伏黒が慌てて黙らせる。釘崎も虎杖と同じような疑問を抱いたが、虎杖よりは賢いという自覚をもっていたので口にはしなかった。

 

「でも、〝僕〟の腕ってくっ付かなかったんでしょ?」

「あぁそうだ。両腕を失っても(なお)戦い続けたツケだな。今だから言えるが、いずるを担当してた医者、ドン引きしてたぞ。斬られた肘先の断面がすり減り過ぎて、接合面が組み合わないって」

「……どんな戦い方したらそうなんの?」

「……この人ひょっとしてマジでヤバいんじゃないの?」

「言ったろ、浮舟さんはメチャクチャなんだ。……あとお前ら俺の両耳でこそこそ話すんな。離れろ」

「「こそこそ話?」」

「ッ──な、内緒話すんなって意味だ! いいから離れろッ!」

 

 伏黒の口から放たれた可愛げのある言葉に一瞬引っかかった虎杖と釘崎の二人だったが、続いた伏黒の怒声に慌てて距離を取る。「キレやすい若者ってや〜ね」と()()()()()でからかい始めた二人に、伏黒は弦楽器の如く流麗な舌打ちを(はじ)かせた。

 

「……いずる、本当に悪かった」

「え、なにがよ硝子ちゃん。別に謝るところ無いよ」

「勝手に、腕を保管しておいてごめん」

「?」

「本来なら、治療出来ないと分かった時点で適正な方法で処分するべきだったんだ。でも私達は──私は出来なかった。いずるの両腕を処分することなんて出来なかったんだ」

「硝子ちゃん……」

「だから、この場所に保管した。冷凍したからといって、今この瞬間のような場面を期待してたわけじゃない。ただいずるの腕を、()()()の形のまま保っておきたかったんだ。……勝手なことをした。本当にごめん」

 

 誠意込めて謝る家入。下げた頭に従い、長い黒髪が前に流れた。

 浮舟が口を開く。背負わせないようにと、なるべく早く舌を回してフォローを入れる。

 

「いや、いやいや。謝らないでよ硝子ちゃん。〝僕〟別に怒ってないし、そもそも保管しておいてくれたお陰で、今こうして治るかもみたいな感じになってるんでしょ? じゃあ何も問題無いじゃん」

「……それでも」

「それでもじゃないの! 〝僕〟は怒ってないし、むしろ大事に保管しててくれてサンキューねっ! くらいの感じだから! 気に病まれると困っちゃうの!」

「…………」

「おいで硝子ちゃん。ハグしよう」

「……ごめんな」

「ううん、全然良いんだよ」

 

 両腕が無い浮舟には、身振り手振りでの会話は望めない。だから笑顔で励ます。明るい声で、あなたは悪くないんだと必死に伝える。そこに裏も含みも一切無く、ただ目の前で悲しんでいる同期を立ち直らせたいその一心で。

 しかし家入の目にはそうは映らず。締め付けられた心臓はそれでも鼓動を止めることはなく、自責の念が頭を、心を苛む。苛んで、蝕む。

 家入は浮舟に誘われるがままに恐る恐る、震える手で浮舟の身体を抱き締めた。浮舟の肩に顔を(うず)め、何度も何度も、呪詛のように謝罪の言葉を口にする。

 両腕が無い浮舟には家入の背中をさすってやることは出来ない。だから家入が謝るたびに大丈夫だ、どうってことないと笑って返すのだった。

 両腕を斬り落とされた()()()から、数日間眠りっぱなしだった浮舟。

 浮舟が眠っている間に、落とされた両腕を超低温で冷凍保存することに決めた同期の3人。

 以降11年。

 一度も開かれることがなかった医療用冷凍庫の扉が何かに導かれ、開かれた。

 両面宿儺に勘付かれ、生涯秘密にしておくはずだった秘密が6月の白日の下に暴かれてしまった。

 決して過ごし易くはない6月の気温が、凍った両腕の表面を舐める。両腕からは、早くも水滴が流れ落ちていた。

 気が済んだのか、それとも一年生の前だということを思い出したのか。家入はようやく浮舟から離れ、照れを隠すように凍った両腕の前へと戻った。スン、と家入の鼻が鳴った。

 

『女、あとは俺が引き継ぐ』

 

 これからどうしたものかと各々が考え始めたこの場で、虎杖の頬が開く。こんな状況に仕立て上げた張本人である両面宿儺がそんな風に言った。

 家入が目尻に残る涙を、白衣の袖で拭ってから返す。

 

「……あのなぁ呪いの王。お前がどれだけ自分の地位にふんぞり返っているのかは知らないけどな。──ここは医務室(私の部屋)だ。この部屋にいる以上、医師である私が絶対だ」

『ハンッ、お笑いだな。その()()であるお前が何故いずるの腕を治してやらん』

「…………」

『重ねて問おう。俺にそれほどの嫌悪感を抱いておいて、何故この場に腕を持ってきた』

「……それは」

『お前も心のどこかで願っているのだろう? 嗚呼、いずるの腕が治れば良いのに、と』

「…………」

『俺が治してやろう。出と出会ってから一度足りとも出を癒してやれなかったお前に代わってな』

 

 ゲラゲラと、煽るように笑う両面宿儺。家入は悔しさに耐えかねて下を向き、その様子を見た宿儺がまた笑った。

 そんな宿儺の横──つまりは虎杖の横から大きな声が。

 

「両面宿儺!」

『……なんだ出』

「硝子ちゃんを侮辱すんな! お前が硝子ちゃんの何を知ってるってんだよ!」

 

 浮舟がパイプベッドから飛び降り、左足を引き摺りながら両面宿儺に──虎杖悠仁に詰め寄る。今の浮舟に誰かに傷を負わせることなんて到底無理な話だが、両面宿儺越しにその怒りを浴びた虎杖は先程までとのギャップに思わず半歩退いた。

 無い両腕と、ロクに動かない左足。そんな状態でバランスを保てる筈もなく、左に傾いていく浮舟の身体。慌てて伏黒が浮舟の身体を支え、その軽さに驚きつつも必死に宥める。

 

「浮舟さん、落ち着いてください」

「止めるなケイちゃん! 〝僕〟の同期が暴言吐かれてんだぞ!」

『……出、すまない。お前に不快な思いをさせるつもりはなかったのだ』

「ッ!?」

 

 両面宿儺のその言葉に驚いたのは果たして誰か。それとも、この場の全員か。

 浮舟に怒鳴られた両面宿儺はすぐさま謝罪の言葉を口にし、言い訳をするでもなく浮舟の言葉を待つ。それがどれだけ異常なことかは、この場にいる誰もが理解していた。

 浮舟が、自分を落ち着かせるように大きく息を吐いてから口を開く。

 

「……両面宿儺、アンタがどれだけ偉くても、どれだけ強くても。硝子ちゃんは〝僕〟の同期だ。この意味が分かるか」

『……ああ。(とく)と理解した。思い知った』

「……〝僕〟も、大声出して悪かった」

『うむ。これで仲直りだ』

「直るほどの関係でもないよ」

『クックック』

「ケイちゃんごめん。ベッドまで連れていってくれる?」

「はい」

 

 閑話休題。

 

『つまりだ。俺の目的ははっきりしている。明瞭で、明確にな。小僧と俺が変わり、俺の反転術式で出の両腕を治したい。ただそれだけの話だ』

「それが信用出来ないからこうなってるんだろうが。呪いの王が何故ただの人間である出に構う。なにか裏があるんじゃないのか」

『裏は無い。俺なりに考えた結果、こうするのが一番だと思っただけだ』

「……信用出来ない」

『ハァ……、話が進まんな。おい出。お前からも何か言ってやれ』

「いや、〝僕〟も硝子ちゃん側だから」

『なぬ』

 

 それなりに落ち着きを取り戻した浮舟と両面宿儺、それから家入。一旦話し合おうと浮舟が腰掛けるベッドのそばにパイプ椅子を並べ、内側を向いて三人顔を合わせることに。この話にどうやっても入れない伏黒と釘崎は壁際へ。虎杖は決して口を挟まず、ただ黙って椅子に座っていることにした。

 平行線に伸びていく会話は決して曲がらず。

 先に折れたのは両面宿儺だった。

 

『分かった。ならあの目隠しを呼んでこい』

「目隠し? 五条のことか。理由を教えろ」

『本当に気の強い女だな。出はこんな女がタイプなのか』

「そうだ」

「別に否定はしないけど、硝子ちゃん勝手に答えないでよ」

『ハァ……。簡潔に言おう。俺の潔白を証明する縛りを結ぶ』

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

「お疲れサマンサ! あれ、一年生(みんな)もいるじゃんどうしたの!」

「いえ、俺達はたまたまです」

「? まぁいっか!」

 

 突然の呼び出しにも関わらず、いつものご機嫌な笑顔で医務室に飛び込んできた五条。呼び出された理由も聞かずに真っ先に浮舟の元まで歩き、浮舟を背後から抱き締める。

 

「いずるぅ、寂しかったよ〜」

「はいはい。〝僕〟も寂しかったよ」

「ん〜、ちゅっちゅっ」

「ほっぺにチューすんな」

「チューさせてくんないなら、あとで伊地知に八つ当たりしちゃおっかな」

「……はぁ」

「やったー!」

「まだ何も言ってない──あぁ、もう……」

 

 突如として一年生の前で繰り広げられる、自分の担任の痴態とも呼べる行い。未成年の男子生徒に抱き付いて唇を尖らせてキスをしまくるその(ザマ)は、これからの付き合い方を改めさせるには十分なもので。

 ──あとで虎杖と釘崎(二人)に説明しておかないとな。

 伏黒は死んだ目で、このあとの予定を一つ入れるのだった。

 

「それで、僕が呼び出されたってわけ?」

「お前今暇だろ」

 

 五条の問いに、家入が答える。

 会話している間も、浮舟の耳たぶや頬をむにむにと触る五条。家入も浮舟も五条の行動には慣れているのか、誰もその行動には触れずに話が進んでいく。虎杖と釘崎が何か言いたそうな顔をしているが、これ以上話を脱線させるわけにはいかないので話を進ませる。

 家入の言葉に、五条の口先が尖った。

 

「まあ今はたまたま任務じゃないけどさ。僕には東京駅限定販売のスイーツを今日中に手に入れるっていう──」

「真面目な話だ」

 

 ぶーぶーと、突然理由も教えられずに呼び出された不満を述べる五条。しかし家入がその言葉を遮って伝えると、五条の顔から一瞬笑顔が消えた。

 

「……ああ、成る程ね」

 

 それから、すぐに笑顔が戻る。

 

「それで? 宿儺。用があるのはお前なんだろ。言ってみなよ」

『小僧と入れ替わって出の腕を治す。だがこの通り信用されておらん。だからお前に立ち会ってもらおうと思ってな』

「つまり、悠仁と変わりたいってことね」

『なんだお前、可能かどうかは聞かんのか』

 

 思ったよりつっかかってこない五条を不思議に思ったのか、意外そうな声色で問うてくる両面宿儺。五条は少し間を置いて答えた。

 

「……杉沢第三高校でのアレを見る限り、出と宿儺には何かしらの因縁があるんだろう。というのが僕の見解。まぁ物は試しって感じかな」

『理解が早くて助かるな。それで? 良いのか、悪いのか』

「うーん……」

 

 顎に手を当てて、少し考える素振(そぶ)りを見せる五条。視線が机上に置かれた両腕へと向いた。

 

「硝子、両腕(アレ)見せちゃったんだ」

「……やむなくだ」

「ごめんねいずる。これは硝子だけじゃない。僕と傑も同意して、一枚噛んでやっちゃったことなんだよね」

「いや、マジで怒ってないから気にしないで」

「やっさしー」

「おいチューすんな」

「五条先生、虎杖と釘崎(二人)が引いてるのでその辺にしてください」

「えー」

「そうだよ五条。お前先生なんだろ? ちょっと格好良いところ見せておかないと。〝未成年淫行〟と〝生徒から人気な先生〟って両立しないと思うぜ」

「……ちぇっ」

 

 アラサーとは思えない言葉を吐き捨て、浮舟の頬から唇を遠ざけた五条。しかしまだその両腕は浮舟に回されたままなのだが、周囲はこれ以上何を言っても無駄だと判断して放っておくことにした。

 

「……よし、話を進めてみよう。言っておくけど、まだ決定じゃないからね」

『分かっている』

「それで、どうしたいの」

『縛りを結ぶ』

「縛り?」

『ああ。それを潔白の証明とする。それでも足らんのなら、俺がおかしな真似をしたらすぐさま首でもなんでも刎ねれば良い』

「ちょっと、俺の身体なんだけど!?」

『それくらいの覚悟で臨むということだ』

「……面白いじゃん。縛りの内容を教えて」

 

 両面宿儺の提案を、好戦的な笑みで迎え撃つ五条。促された両面宿儺は、すぐさま続けた。

 

『一つ。出と結ぶ縛り──今回、出の治療を行う際の入れ替わりでは俺は一切の悪行を働かない。出の治療を行う以外の余計な行動は何一つしない』

「悪行ってのがちょっと曖昧だけど。それって捉え方次第じゃない?」

『貴様らの不利益になることはしないという意味だ。誰も殺さんし傷付けん。物も壊さないし、そもそも暴れない。出が俺の行動を悪だと感じたら、その瞬間に俺は縛りを破ったことになる』

「……オッケー。次は?」

『二つ。これは出以外のこの場にいる者と結ぶ縛りだ──治療中は誰も俺と出の邪魔をしない』

「理由を聞こうか」

『単純な話だ。邪魔されずに集中できた方が出の腕は早く治る』

「……あとは?」

『最後。出の治療後、俺は速やかに小僧に身体を明け渡す』

 

 両面宿儺が言い終え、皆黙る。この縛りに何か不可解な点はないかと、今一度縛りの内容を精査する。

 

「……どう? 五条。〝僕〟としてはおかしなこと言ってないんじゃないかなって思うんだけど」

「……宿儺。質問がある」

『なんだ』

「対価は? お前がそれだけ譲歩している縛りだ。いずるは代わりにどんな条件を出せば良い」

『よくぞ聞いてくれた。俺が大事なく、何事も滞りなく出の腕を治した暁には──』

「暁には?」

『──出、俺に対する態度を改めろ。これからは親しみと敬愛を込めて宿()()()と呼べ』

 

 虎杖の目の下が開き、そこから現れた鋭い目付きが浮舟に刺さる。宿儺側に降りかかるデメリットには到底釣り合わない──言ってしまえば(ラク)過ぎるその要求に、浮舟は思わず聞き返してしまった。

 

「……え、なんで? それ重要?」

『当たり前だ。そもそも、俺がわざわざ命じなくとも。元来、浮舟()は昔からそう呼んでいただろうが』

「知らね〜」

『……まあ()い。俺が指定するのはそこだけだ。あとは別に何も求めん』

「……驚いたな。お前本当に呪いの王?」

 

 両面宿儺の無欲さに、五条がツッコミ混じりの言葉で返す。両面宿儺はフンと鼻を鳴らし、特に取り合わずに続けた。

 

『この条件で()いのならさっさと始めるぞ。夜更けまでかかれば出の身体に(さわ)る』

「……宿儺。なんでアンタは〝僕〟にそこまでするんだ」

 

 もしくは、してくれるんだ。

 しかしその言葉を遣うことはなんとなく(はばか)られた浮舟は、敵対の心を努めて言葉を組み合わせた。

 

『出が自分で思い出す可能性がある以上、俺が全てを語るつもりはない。……だが、そうだな。言うならばお前は()()()なのだ』

形見(かたみ)?」

『ええい、この話はもう良いだろう。──どうだ目隠し、縛りになにか不都合な点でも見つけたか』

「……いや、無いよ。呪いの王と結ぶ縛りにしては不自然なくらいに何もね」

「五条、本当にやらせるのか」

「『いずるの腕を治す』っていう宿儺の言葉が嘘だったところで、別に失うもんは無いしね。縛りがあるからいずるも、周囲の僕達も傷付かないし」

「私達がまだ気付いてないだけで、アイツは何か罠を張ってるんじゃないのか」

「その可能性も十分ある。でも、〝僕〟等がそれを悪だと思えば宿儺はペナルティを受けるから問題は無い」

「……私は、コイツをどうしても信用出来ない」

「気持ちは分かるよ。でもいずるの腕が治るという可能性が万が一にもあるなら、相手が呪いの王でも試してみるしかない」

「…………」

『おい、早くしろ』

 

 一向に決断を下さない五条と家入に苛立ち、虎杖の頬から急かす両面宿儺。五条は浮舟に「安心して」と声をかけてから応えた。

 

「……良いよ、宿儺。縛りを結ぼう」

 

 結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『小僧、早く変われ』

「……先生、本当にいいの?」

「うん、いざとなったら僕がなんとかするから。悠仁は安心して宿儺と入れ替わっていいよ」

 

 今度は10秒じゃなくて、何秒でもね。

 冗談を交えた五条の発言によって、これから両面宿儺と身体の主導権を入れ替えることになる虎杖がどう思ったのかはさて置き、決心はついた。

 虎杖が気後れや躊躇いを嚥下してから口を開く。

 

「じゃあ──」

 

 ガクン。

 パイプ椅子に座った虎杖、その頭が前に垂れる。誰かが支えねば椅子から転げ落ちる。その瞬間、虎杖はその足を前に出して踏ん張った。

 

「──よし、始めるぞ出」

 

 頭を上げた虎杖。その顔には黒い紋様が走っていた。

 

「宿儺、で良いんだよね」

「何を(たわ)けている目隠し。俺が小僧に視えるか」

「……いや、愚問だった」

「さて、どうせ入れ替わったのなら出ともっと触れ合いたいのだが──今は時間が惜しい。丁度()の氷も溶けてきたことだし、始めるとするか」

 

 両面宿儺が立ち上がり、凍った両腕が置かれている机上へと歩みを進める。

 

「溶けてきたって言っても、まだ全然カチコチだけど」

「まあ待て出。俺は平安を生きた呪術師だぞ」

 

 浮舟の指摘に、微笑みながらやんわりと宥める両面宿儺。どこまでも呪いの王らしからぬ振る舞いに周囲にある種の戦慄が走るが、当の本人はまるで浮舟以外の存在を認識していないかのように気にも留めず。浮舟の凍った両腕を持ち、何かを唱えた。

 

「    」

 

 誰にも正確な発音も理解(わか)らぬその言葉。

 誰に聞かせても文字に起こせないその言葉。

 浮舟がなんだ今のと小首を傾げたところで。

 浮舟の両腕に纏わりついていた氷が、一瞬で溶けてなくなった。

 固体から液体に変わった氷溶け水が流れる。自らの衣類にかかることを一切気にせず、両面宿儺は笑顔でこちらに振り返った。浮舟の両腕を持って振り返った。

 

「どうだ出。凄いだろう」

「……凄いかも」

「はっはっは!」

 

 浮舟の小さな呟き(賛辞)に気を良くして、声高らかに笑う両面宿儺。まるで近所の明るいおじさんのような振る舞いに、傍観者に徹している周囲は愕然としていた。

 これがあの両面宿儺か、と。

 これが呪いの()と呼ばれた男なのか、と。

 しかし今、会話を許されているのは浮舟と両面宿儺のみ。無論、浮舟以外の人間が両面宿儺と交わした『治療中は誰も俺と出の邪魔をしない』という縛りがあるからだ。

 両面宿儺が足でパイプ椅子を動かし、浮舟の対面に座る。

 

「出、両腕を前に出せ」

「腕無いよ」

「肘まではあるだろう。そういう意味だ」

「あぁそっか」

 

 両面宿儺の身内に言い聞かせるような語調に納得した様子を見せた浮舟は、言われた通り()()を前に出す。突き出す。

 

「この部分に、氷を溶かしたこの両腕をあてがう。あとは俺が反転術式を流し込めば治療が始まるというわけだ」

「……質問良い?」

「ああ。(ゆる)す」

「……なんで治せるの?」

「なんで、とはなんだ」

「ほら、何回も言うようだけどさ。〝僕〟って反転術式が効かない体質なんだよ。この体質の所為(せい)で硝子ちゃんも、他ならぬ〝僕〟自身も困ってきたわけ。なのに今突然反転術式で治療するよって言われても納得出来ないっていうか──兎に角、ワケが分からないんだよ」

「ふん、出。お前は本当に無知で愚かな男だ。自分の置かれた状況を何一つ理解していない」

「〝僕〟のことメチャクチャ馬鹿にしてる?」

「たわけ。そういうところが愛らしいのだろうが」

「えぇ……」

 

 当然のように言ってのける両面宿儺に、心の底からドン引きする浮舟。

 

「まぁ、出が知らぬのも無理はない。これは出が生まれるずっと前、遥か昔から決まっていたことだ」

「ねぇ、さっきからわざと分かり(にく)く言ってない? なんのことだかさっぱりなんだけど」

「全てを伝えてしまえば、お前の懊悩(おうのう)する様が見れないだろう」

「……両面宿儺ってさ、もしかしてド変態?」

「まぁ確かに、今の俺はかつての俺とは形は違う。それもいずれ戻るだろうが……。それがどうかしたか」

「……いや、なんでもないです」

「つまり、だ」

 

 両面宿儺は言葉を区切った。視線が集まる。浮舟の視線も両面宿儺へと向き直り、二人の目が合う。

 

()()()()()()()()()()()()()というのは体質ではない。適切な言い方に変えるならば制限とでも言うべきか」

「制限? それって」

「あぁ、そうだ。制限とはそれつまり、()くことも可能」

 

 後頭部の内側がぞわぞわと震える感覚が浮舟を襲う。それは、両面宿儺の言葉の意味をきちんと理解したという事実に他ならない。

 両面宿儺が笑う。浮舟の失われた肘より先に水滴伝う両腕を当てがい、呪力を込め始めた。

 何かが始まる。その何かというのは単に治療の二文字ではなく、もっと──何かというよりかは、全てが始まったような感覚。浮舟出の物語に、ようやく画面いっぱいにメインタイトルが映し出されたような感覚。

 両面宿儺が放つ。

 

「永きに渡り、俺の言いつけを守りよくぞ耐えた。その忠義を以てして、これより先の制限を()く。以降は俺を待たずとも、他者反転による治療を受けることを許可する」

 

 慈しみに満ちたその言葉を受けた浮舟は、思わず額を地面に擦り付けたくなる衝動に見舞われる。両面宿儺の言葉は浮舟の両耳を辿って脳内に染み渡り、一つの答えを導き出した。

 

「……いずる、泣いてるのか」

 

 誰かの呟きで、浮舟は己の流涙に気付く。

 浮舟は思わず腕を動かして頬を伝う涙を拭ってしまいたくなるが、両腕が無いことを思い出す。

 

「治療を始める。勝手に動くなたわけめ」

「ごめんなさい」

「……なんだ出、お前(けん)も悪いのか」

「い、いやぁ……ははは」

「……内臓も汚れ切っておる。ハァ、もののついでだ。身体の悪いところは全部治してやる」

 

 浮舟の肘先に冷たい感触。人肌を感じられないその両腕を両面宿儺が支え、断面同士が綺麗に合わさる。温かな正の呪力が流れ込んでくる。

 10年以上前に落とされた両腕を、今更治療することなんて出来るのか。

 両面宿儺は本当に浮舟の両腕を治療出来るのか。

 治療出来たとして、その両腕は以前のように動くのか。

 数多の疑問は、これから数時間経過した医務室内にて。

 浮舟が自分の身体を見て恐る恐る呟いた一言によって解決となった。

 

「……治った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 灯りも無い真夜中の高専内。校舎の上。身体汗ばむ6月の夜の外気温と、湿度を帯びたどこか不快な夜風。冷たい屋根瓦の感触を制服越しに尻で感じながら、浮舟と両面宿儺は二人並んで座り、夜空を眺めていた。

 

「……憶えているか、浮舟()。昔もこうして二人で月を見上げていたのだぞ」

 

 月明かりに照らされた両面宿儺の、昔を懐かしむような表情。浮舟はその横顔が物語る遥か昔の出来事に数瞬、心奪われる。それから、はっと意識を取り戻して小さな声で返す。その声の小ささは、夜分だからか、それとも記憶を共有出来ていない気まずさからか。

 

「……憶えてない」

 

 どんなに問われても、どんなに事細かに過去を語られても、浮舟出に平安時代の記憶は無い。今こうして話している間も、全てが両面宿儺のでっちあげ──嘘なのではないかと疑っているくらいだ。

 浮舟の間の抜けたような返答を、両面宿儺が快活に笑い飛ばす。

 

「まあ()い。いずれ思い出すだろう。その時まで待ってやる。あぁ待ってやるとも。なんせ千年も待っていたのだからな。今更数年数十年かかろうと誤差のようなものだ」

「……宿儺()って、授業で習った()()宿()()よりも優しい人ですね」

「たわけ。人伝(ひとづ)ての()で俺を知った気になるな」

「はぁ」

「……出。俺は()()()浮舟(お前)を護ってやると誓った。あの言葉に嘘は無い」

 

 両面宿儺が身体の向きを変え、胸と鼻先を浮舟へと正面に向ける。真剣な瞳が浮舟をジッと見つめる。その迫力に、浮舟も思わず向き直った。

 屋根瓦の上、二人。

 両面宿儺が続ける。

 

「俺の計画にはお前の席がある。これはとても光栄なことなのだぞ」

「ありがとうございます……?」

「出が今どう思っていようと、お前を護るという俺の意思は変わらん。……まあ今の所はな」

 

 場を和ませようと、片眉を上げて言葉尻にそう付け加えた両面宿儺。浮舟もその意図を察し、笑みが(こぼ)れる。

 

「今のは本心ではない。あー、冗談(じょうだん)。そう、これを冗談というのだろう」

「呪いの王も冗談を言うんですね」

「はっ、そんなにあからさまに警戒されていてはな。流石の俺も居心地が悪い」

 

 月。

 

「出、お前は俺の味方だ(俺はお前の味方だ)。出が生きたいと望むなら俺が助けてやる。お前が死にたいと願うなら俺が殺してやる。(とく)と覚えておくがいい」

「……はい」

「話はそれだけだ。夜分に悪かった──とは言わん。出も俺と話したかっただろうしな」

 

 遠回しというよりかは、回り道をしているような両面宿儺の発言。話しているうちに、両面宿儺のこちらを気遣う善性に、その人間っぽさに(ほだ)される。

 浮舟は思わず笑ってしまった。

 

「なんだ、なにが可笑しい」

「いえ、すみません」

 

 両腕に視線を落とす。

 未だ違和感が残るものの、手を握ったりだとかの簡単な動作が出来るほどにまで回復している。

 

「……その通りです。〝僕〟も、宿儺様と話したいなって思ってました」

 

 言うならば、リップサービスのようなもの。しかし言ってみて胸にストンと落ちたこの感覚。どうやら言うほど嘘でもないのだと自覚する。

 

「……ケヒッ!」

 

 ニコォ。

 浮舟の言葉を受けた両面宿儺の、耳まで届きそうな三日月型の口。

 両面宿儺の表情に、笑みが深まっていた。

 

「そうかそうか! 出、貴様という奴は本当に()いな! ケヒヒッ」

 

 浮舟の背中をバンバンと叩く両面宿儺。痛い痛いと抗議の声をあげるが、しっかり5、6回程叩かれ、それから解放。先に立ち上がった両面宿儺に手を差し伸べられて、いとも容易く立ち上がらされる。両面宿儺の引っ張る力で、つい数時間前にくっ付いたばかりの腕が引っこ抜けないくらいには、浮舟の両腕は完治へと向かっていた。

 

「では、またな。出」

「はい。宿儺様」

「もうその腕はしかとくっ付いている。あとは無理せずよく休め」

「はい。宿儺様も、休んで下さいね。虎杖君の身体なんですから、今回みたいに勝手に入れ替わって気軽に深夜徘徊とかしちゃ駄目ですよ」

「カッカッカ、出に言われては敵わん。今すぐに寝床に戻るとしよう」

 

 片手を上げ、背を向けて屋根瓦の歩き出す両面宿儺。見えていないと分かりつつも片手を上げて返した浮舟。その瞬間「あぁ、そうだ」と両面宿儺が口を開いて振り返った。その冷たい瞳に見詰められ、動作が止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出お前、寿命はあとどれくらい残っている?」

「ッ──……なんの、ことですか」

(とぼ)けんでも()い。俺は分かっている」

「…………」

「お前の術式、()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()のだろう? そればかりは、俺の反転術式でもどうにもならん。何せそれは傷とはまた別物なのだからな」

「…………」

「なんだ、俺に隠し事をするつもりか? それとも、出の()()にもこのことを共有しておくか?」

「…………年」

「?」

「……18年」

「ケヒッ! なんだ、まだ意外とあるな」

「……そうでもないですよ。これからまた差し出せばドンドン減っていきますし。今から一滴もお酒を飲まなければ18年生きれますってだけで」

「ククッ。だというのに、平穏に過ごす気は欠片もありませんって顔だな」

「…………」

「これからが楽しみだ。そうだよな? 出」

「……えぇ、()()()

 

 

 

 

 

 

 

 





浮舟出:両面宿儺の手によって両腕が完治し、ついでに治ってなかった左足と終わっていた内臓も治してもらって完全復活を遂げた。諸手を挙げて喜び、両面宿儺のことをきちんと宿儺様と呼ぶことにしたらしい。
そこら辺で休んでいた七海に背後から近付き、両手で目隠しをして「だ〜れだ」と言ってみたらメチャクチャ驚かれたらしい。



両面宿儺:浮舟のやることなすことが愛らしくて堪らないらしい。猫を見て「あら猫ちゃん!どうしたのそんなテクテク歩いて!(高音)」ってなるようなもん。つまりは猫可愛がり。
宿儺様と呼んでもらえてご機嫌らしい。




家入硝子:完全に両面宿儺に御株を奪われてしまった可哀想な子。まぁいずるの両腕治ったし別に良いかと前向きに考えているものの、今までいずるを治してやれなかったのは自分の責任なのではないかと自責しているらしい。
腕が治ったからと言って、浮舟がこれから呪術師として活動していくのを許すかと言われれば、それは全くの別問題らしい。



五条悟:一年生達から未成年に手を出す最低な大人だと思われている。



伏黒恵:浮舟先輩の良さを布教しようとするも、釘崎にはあまりハマってない現状にヤキモキしてる。
あの後浮舟の過去を二人に説明し、五条のキショい行動も二人に説明し、とメチャクチャ頑張っていたらしい。



虎杖悠仁:優しそうな先輩の壮絶な過去を知り、自分に出来ることならしてあげたいなという気持ちになっている。浮舟が飲酒してたら酒瓶を没収するタイプ。



釘崎野薔薇:浮舟さん?あぁ、よく分からないけどなんか凄いんでしょ。伏黒に聞いたわ。……まぁ確かに同情はするわ。あんな変態教師に狙われて、挙句両面宿儺みたいな呪いにも目をつけられてるんでしょ。全く、なにしたらそんな関係性になるってのよ。



七海建人:……その声は浮舟先輩ですよね。それで?私の目を隠しているのはどこの誰ですか。いや、こんな悪趣味なことをするのは五条さんしかいませんでした、全く。五条さん、貴方流石にやっていいことと悪いことの……ウワーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッ!?!?






大変お待たせ致しました。今回でキリいいところまで行きたいし、これ以上腕治すのを引き延ばしちゃ面白くないよなということで19000文字です。キリが良いので、番外編とかも書きたいよなという気持ちがあります。次話がどうなるかはまだ分かりませんが、頑張っていこうと思っています。応援よろしくお願いします。
ではまた。

誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
  • 家入硝子
  • 夏油傑
  • 七海建人
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  • 伊地知潔高
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  • 伏黒甚爾
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