アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは。ブーストなしですが、見方を変えればブーストありです。




IFルート。上

 

 

 

 

()()()、出は死んだ。

 

「──頼む、殺さないでくれ」

 

 他人の為に笑い。

 他人の為に怒り。

 他人の為に泣き。

 他人の為に命を懸ける。

 そんな、心優しくて皆から好かれていた大好きな出が──浮舟出が死んだ。銃弾に撃たれ、地に(たお)れ、実に呆気なくその可憐な命を散らした。

 

「──俺は金で雇われただけなんだ。誰が好き好んで高校生なんか殺したいと思うんだよ。俺はただ頼まれて、大金を積まれたから仕方無く引き金を引いちまった。な? 分かるだろ」

 

 出は上層部に殺された。

 その裏には上層部の思惑だとか、出が抱えている闇だとか、様々な()()とやらが隠れているのだろう。

 しかし、出は上層部に──目の前の男に殺された。

 弱っている所を容赦無く撃ち殺された。

 それだけが事実だ。

 

「──頼むよ、俺は見ての通り殺し屋だけどよ。アンタはまだ違うだろ? 一度人を殺してしまえば(童貞捨てちまったら)もう戻れねぇんだぜ」

 

 ここで怒りを堪えて相手方の言葉に耳を傾ければ、もしかしたら()()()()()()()()()と思ってしまうのかもしれない。しっかりと今自分がしようとしていることを客観的に見ることが出来れば、もしかしたらこの歩みを止められるのかもしれない。

 でも良いんだ。

 必要無いんだ。

 だって耳を傾けるということは、自分の中にある信念を曲げるということなのだから。自分の行いにいや待てよと一考してしまえば、それは私の出に対する想いが軽くなるのと同義なのだから。

 

「──寝る前に、殺した(ヤった)日のことを繰り返し思い出すぜ。なんで俺はこんなことしちまったんだって、繰り返し後悔するぜ」

 

 だから必要無い。

 誰の話も聞かないし、私は私が正しいと思ったことを為すだけだ。

 

「──でも、もう戻れねぇんだよ。一度重たい引き金引いちまうとな、次からはどういうわけか引き金が軽いんだよ。だからバンバン殺せちまうんだ」

 

 何をしても出は帰ってこない。

 出も、まだやりたいことがあった筈なんだ。

 出も、自分に害を為す者達を憎んでいた筈なんだ。

 出も、自分を傷付けた者達に復讐したいと思っていた筈なんだ。

 だから私は、そんな出の思いを代弁しなければならないんだ。出の未練を代わりに晴らし、天国に逝ってしまった出を安心させてやらなくちゃいけないんだ。

 それが、残された(出を愛する)者の務めなんだ。

 

「──なあ、分かるだろ。俺はアンタに人殺しになってほしくねぇんだよ」

 

 だから、みっともなく目の前で命乞いする男を、すぐさま殺さなくちゃいけないんだ。

 

「…………頼まれたから、殺したのか」

 

 言ってから、自分で思ったよりも低い声が出たことに内心少し驚いた。男は数分前から黙りこくっていた私から反応が返ってきて安心したのか、早口で捲し立てるように言葉を紡ぐ。

 

「そう! そうなんだよ。金払いも良いから断れなくてよ」

「……金さえ払えば、人を殺すのか」

「俺だって生きていく為にはこうするしかねぇんだよ。アンタだって、好きなもんとか欲しくてバイトとかするんだろ?」

「…………」

 

 アルバイト。

 出がもし生きていたら、それも叶ったかもしれない。出と二人で街外れにある個人経営の喫茶店でアルバイトをする、そんな楽しげな日常もあり得たかもしれない。

 

「…………」

 

 でも出は死んだ。

 だからこんな空想はなんの意味も為さない。早急に頭から追い出すべきだ。

 

「…………」

 

 出は、死んだ。

 

「…………そうか」

 

 出がもういないという現実に意識を戻し、目を伏せる。それを赦しと解釈したのか、命乞いをしていた男は手元に置いてあった狙撃銃を胸に抱き、こちらに背を向けて走り出してしまった。

 

「──待て。赦すだなんて一言も言ってないぞ」

「……あ?」

 

 驚いて振り返る男。その間抜けな姿に私は思わず鼻で笑ってしまった。

 お前は出の(かたき)だ。

 それなのに何故生きて帰れると思ったのか。

 

「頼まれて、金さえ払えば誰でも殺すだと? 救いようがない。出はお前に殺されたんだぞ。他ならぬお前に、ロクに抵抗も出来ずに、惨たらしくッ」

 

 呪霊を呼び出し、男を捕まえさせる。男は呆気なく呪霊に追いつかれ、今や呪霊の大きな手の中に握り込まれてしまっている。

 

「私が何故、こんなにも早くお前を見つけたと思う? 私が何故、死に往く出を硝子に任せてここまで来たと思う? お前を殺す為だ。出を撃ち殺したお前をこの手で確実に殺してやる為だッ……!」

 

 出のことを想うと尻上がりに強くなる語気と共に、男を握る呪霊の握力が強まる。

 どうやら上層部からオファーされただけあって呪霊を視認出来るらしく(まあ死に際で見えているだけかも知れないが)、呪霊の手を殴ってどうにか脱出しようともがいていた。

 

「お前を生かしておいても良いことなんてないだろう? お前を生かしておいても出が悲しむだけだろう」

「た、助けて! なんでもする! なんでも話す! そうだ、上層部だっけ? あのジジイ達! アイツ等に関することも全部教えてやるよ! アイツ等、ターゲットのガキのことをうきふねの」

「なあ」

「は、はい!」

「お前! 気付いてないのか? 自分が死にそうになった途端に持ち得た情報をベラベラ喋るような奴を、私が今更信用するわけないだろう」

「え、は? いやいや、ちょっと待ってくれ! 頼む! 殺さないで!」

 

 涙ながらに懇願する男の言葉など耳を貸さず、私は呪霊に下命(かめい)。自分の口から出た言葉とは思えないほど、私の声色は人道を外れていた。

 

「……握り潰せ。次その手を開いた時に、水分の一滴も残っていないくらいに。強く」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくな」

 

 握。

 圧。

 絞。

 潰。

 私が呪霊に命令すると呪霊は大きく頷いてから、軽くボールペンをノックするように男の顔を親指で押し潰した。首の骨が縮み、やがて肩から上は厚さ数ミリの平になる。呪霊の巨大な指の隙間から汚らしい赤が流れ落ちていた。

 

「続けろ。やり通せ」

 

 呪霊が頷く。私の言葉を受けて次は四本の指全てに力を入れ始め、瞬く間に男の姿は見えなくなった。

 湿った破裂音。

 先程とは比べ物にならない量の赤が指の隙間から噴出し、私の顔を、身体を汚す。不快な温度のソレを拭うこともなく、私は地面へと音を立てて落ちていく男の絞りカスを眺めていた。

 耳障りな蝉の音。

 自らの呼吸音。

 時間が体感相応に流れていく。

 

「…………」

 

 やがて出来た大きな大きな血溜まりが、私の選択の結果を映し出していたような気がした。

 

「…………出」

 

 彼の名前を呼ぶ。しかし、私の声に応える者は誰もいない。

 硝子のところまで戻っても、出はもう息を引き取っている。

 悟がどれだけ頑張っても、医療班は間に合わない。

 私に出来ることはこれくらいしかない。

 出は死んだ。

 本当に死んだ。

 

「…………」

 

 出が倒れたあの草原から、森の中に見えた光を頼りに辿り着いたこの場所。狙撃手を問答の末に殺した後には、風と木の葉のざわめき、そして五月蝿いくらいの蝉の音が残っていた。汗ばむ身体が、不穏な心の静寂が、私に考える時間を与えようとしてくる。

 溜め息。

 吐いた息の分の空気を身体に取り入れ──

 

 

【……なんぢが】

 

 

「──ッ!?」

 

 言葉の発生源へと慌てて振り返った。

 呪力が近付いているような感覚は無かった。

 伊達に私も特級を冠してはいない。微力でも呪力が有れば必ず気付く。

 ならば何故気付かなかった。何故この私が背後を取られた。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 呪力が無いのか? いや、こうして対峙すれば目の前のコイツの弱々しい呪力をはっきりと感じ取れる。

 目の前の呪霊は頭部が異様に大きい老人のような見た目をしていて、威圧感()()ならば一級レベルといったところ。けれども、しかし。よく視てみれば、せいぜいこの呪霊には三級かその程度の呪力しかない。

 脆弱。

 もしくは、瀕死。

 私は目の前の呪霊を一通り観察してみたが、表現するにはたったの二文字で事足りた。

 

「言葉を? ──いや、有り得ない。聞き間違いだ。ただ意味のある言葉に聞こえただけだ」

 

 等級の高い呪霊とは意思疎通が図れる。他にも術式を扱う等の共通点もあるが、目の前の呪霊にはそれが見受けられない。それどころかこちらに攻撃を仕掛ける様子も無い。

 等級の高い呪霊というのはそれだけで厄介で、凶暴性も他の呪霊とは比べ物にならないものだ。

 だからコイツは違う。

 ただの死にかけの、はぐれ呪霊だ。脅威でも何でもない。

 私は一瞬浮かび上がった自らの仮説を早々に切り捨て、目の前の呪霊を睨んだ。

 

「なんだお前は。私は今機嫌が悪いんだ」

 

 こんな雑魚、私の呪霊を呼び出すまでもない。指先から呪力を放つだけで祓えるだろう。

 黙って指先を向ける。

 呪霊はゆっくりと口を開いた。その口からドブのような臭いを撒き散らしながら、小さな声を──声というよりかは音を発した。

 

 

嗚呼(ああ)

 

 

 てっきり、なけなしの呪力で特攻してくるのかと予想していた。しかし目の前の呪霊は私の指を見て少し悲しげに眉を下げた(のち)、その場に平伏した。

 随分と地面に近い位置まで頭を下げた呪霊を、冷めた目で睨み付けながら問うた。

 

「……何の、つもりだ」

 

 

【…………】

 

 

 未だ鼻の奥に残っている気がするドブのような臭いに顔を顰めながら、呪霊を問い詰める。しかし呪霊は地に額を擦り付けたまま何も答えない。当たり前か、だってコイツは三級程度の雑魚呪霊なのだから。

 話すことも出来ない呪霊相手に問い続けていた自分がなんだか滑稽に思い、向けていた指先を下ろして代わりに手のひらを(かざ)す。

 目の前の呪霊の輪郭が伸びて、私の手のひらに引き寄せられる。呪霊の輪郭が伸びて、やがて形を留めておくことができなくなり、最終的には私の手に収まるくらいの大きさの黒い球に変わった。

 

「……やはり三級か」

 

 呪霊操術。

 呪霊を黒い球(呪霊玉)に変え、それを飲み込むことで体内にストックし、好きな時に呼び出して使役することが出来るという私の術式。呪霊玉に変えるには祓う直前にまで弱らせなければならない必要があるが、私と呪霊との間に二等級以上の差があればその行程をパスすることが出来る。

 つまり何もせずとも呪霊玉に変わったということは、この呪霊も大した呪霊ではなかったということだ。

 

「三級呪霊か。使い道は特に思いつかなそうだが、まあ良い。こんな雑魚でも何かしらの役には立つだろう」

 

 誰もいない森の中で、一人呟く。

 ……いや、一人じゃないか。

 枝の折れる音や、木の葉を踏み締める音。背後に感じた存在の見当がついていた私は振り返る。

 一仕事終えたからか、今この瞬間から自覚した背中に覆い被さられるような疲労感を無いものとし、笑ってその名を呼んだ。

 

「──やあ、悟」

 

 君も復讐しに来たのかい? そんな感じのニュアンスで笑いかける。しかし悟は私と私の足元の血溜まりに交互に視線を移していて忙しそうだ。

 やがて悟と目が合う。

 同期であり親友でもある悟の顔を見て、ほんの一瞬日常に戻ったように錯覚した。

 けれども、今は必要無い。

 頭の中から日常を振り切る。

 …………。

 私は人を一人殺した。

 今更いつも通りの日常に戻るつもりは無いし、別に戻りたいとも思っていない。

 私は出の為に、出を苦しめた全ての人間を殺すと己に誓ったのだから。

 狙撃手を殺した今、次なる標的はもう決まっているのだから。

 

「す、傑。お前、何を……」

 

 悟が、怯えた瞳で私を見る。

()()

 悟がどんな目でこちらを見ているのかを察する。血に(まみ)れた私の姿を見て何を思っているのかを察してしまう。

 そして。

 何となく。

 (うっす)ら。

 本当に。

 戻りたくても戻れないところまで来てしまったのだと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏油様ぁ、なんでこんな山奥まで来てるのぉ〜?」

「……菜々子、文句言わない」

「はは、ここらで休憩にするかい?」

「大丈夫でーす」

 

 ぐちぐちと文句を垂れながらも、その歩みは決して止めない。唇を尖らせながらも歩き続ける──そんな菜々子の姿に、夏油は爽やかに笑った。

 奈良県。

 某、霊山。

 正午。

 天候は晴れ。

 この辺りに出現するという呪霊に用があった夏油は朝も早く、地平線の向こうがほんのり明るむ時間帯から、家族である美々子と菜々子を連れ出して登山道から外れた山の中を、こうして軽い足取りで歩いていた。

 (かたわ)ら──右手には浮舟出の義手(左腕)

 愛する人と片時も離れずに日々を過ごす。それが夏油なりの精神の均衡の保ち方でもあった。

 

「そしたらさ、ミゲルってば気付かないで星型のサングラスかけちゃってんの」

 

 何か話して気を紛らわせないとやってられないのか、他愛もないことを延々と喋り続ける菜々子。

 

「ふふふふ」

 

 自身の性格上黙々と登山をこなしたいものの、菜々子とのお喋りであればとその一つ一つに返し、想像して笑いが止まらない美々子。

 そんな二人を温かい目で見ながら、右手に繋いだ()()()の義手を握り直す夏油。

 木々生い茂る深い山の中。それも登山道でもない場所であれば、誰かとすれ違うことなど有り得ない。三人以外には人っ子一人いない状況であった。

 

「…………」

 

 日差しが入らず、人気もない山の中に夏油は10年前の()()()を思い出してしまう。

 想い人の死。

 そして自らが背負った罪。

 あれから沢山の人を殺した。()の為にと、よりよい世界の為にと非術師()を何匹も殺してみせた。

 

『──でも、もう戻れねぇんだよ。一度重たい引き金引いちまうとな、次からはどういうわけか引き金が軽いんだよ。だからバンバン殺せちまうんだ』

 

 もう顔も思い出せない()()の声が今の夏油を嗤う。

 

「…………」

 

 今回の目的に美々子と菜々子を選んだのは、ただ単に親代わりである自分とその子である二人──つまりは家族水入らずの時間を過ごしたかったから──というわけでは決してなく。

 高校生になった二人の実力を夏油自らがこの目で確認しておく為に、こうして連れ出していた。

 願わくばこの地を根城にしている呪霊を己が手札に。夏油にはそんな思惑とあったが、どこまでいっても最優先は家族。美々子と菜々子の成長を見届けることが第一であった。

 

「…………」

 

 想い人が死んだ()()()から。

 想い人に託された()()()から。

 夏油は持ち得る限りの愛と真心を以て美々子と菜々子を育てた。術師の適正があった二人に身を守る(すべ)を──敵を打ち倒す(すべ)を教え込んできた。

 そんな二人ももう高校生。そろそろ格上の呪霊への対処法も身に付けておかねばならない。

 夏油にはそんな想いがあった。

 情報によると、この山に出現するという呪霊は一般的な二階建て住宅を優に越すほどの体長らしく。()()()()()()()()に備えていた夏油は、是非とも手札に加えたいとその腰を上げたのだ。

 

「夏油様、大丈夫?」

「……さっきから、ずっと黙ってる」

「え? ああ、なんでもないよ」

 

 考え込んでいると、美々子と菜々子から声をかけられる。顔を上げれば二人が心配そうな表情でこちらを見つめていて、夏油は慌てて弁明した。

 仕切り直し。

 夏油は周囲を見渡してから、誤魔化すように発言。

 

「この辺りでいいか」

「ここ?」

「……ここ?」

「うん、そうだよ。情報によると、この地の呪霊は手印を結ぶらしい」

「手印? ってことは夏油様」

「そう、術式を使う──低く見積もっても準一級レベルの呪霊だろうね」

「……私たちで倒せるのかな」

「今回は美々子と菜々子がどれだけ動けるのかを見たいんだ。私がすぐ後ろで見ているし、危なくなっても大丈夫。だからそう不安げな顔をしないでおくれ」

「夏油様。……うん、分かった!」

「……分かりました」

 

 夏油の言葉に頷き、自信を取り戻す二人。聞いていて心地良い溌剌(はつらつ)とした返事にうんうんと頷いた夏油は、ニコニコと笑いながらもお目当ての呪霊が夏油達の存在に気付き、この場に近付いてきていることをしかと感じ取っていた。

 呪力反応。

 それから継続的な小さな地響き。

 

「さて、そうこうしている間にお出ましだ。二人とも、決して気を抜かずに」

「「はい」」

 

 言っている間にも三人が踏む地を揺らすこの地響きが、この山々の地形によるものではなく(くだん)の呪霊の足音だと気付くのにそう時間はかからなかった。

 

「おおおおおおおお」

 

 見上げてしまうほどの大きさの、一つ目の呪霊。口を開けて放たれた大して力の入っていなさそうな鳴き声さえも、こちらの鼓膜をビリビリと震わすほどのもの。

 

「これは凄いね」

 

 夏油は己の術式を密かに開きながら、小さくそう呟いた。

 夏油傑は、愚かではない。

 前情報を鵜呑みにし、それと悪い方に相違していたからといって焦りながらどうしたものかと冷や汗をかく──そんな男ではない。

 想定内。目の前の呪霊の強さも、その呪霊に怖気付いている美々子と菜々子の不安げな様子も、全て夏油にとっては想定内。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

 しかし、想定していたのはここまで。

 その呪霊の大軍が、夏油がこの現状(こうなること)を想定して張っておいた結界(仕掛け)をどういうわけか何事も無く通り抜けてきているとはまさか想定していなかった。これには流石の夏油も少しばかり驚いていた。

 

「げ、夏油様ぁ……!」

「……ちょっと、スパルタかも」

 

 そこらの建築物よりも大きな呪霊と、木々の合間を縫って四方からわらわらと迫り来る呪霊達。辺りを見渡して己が置かれた状況を把握した二人から、遂には泣き言を言われる始末。

 夏油としても、この状況は本意ではない。可愛い娘達をスパルタ教育で躾けるような親だとは思われたくないので、右手に繋いでいた()()()の義手をそっと地面に置いた(のち)、すぐさま手札(ストック)を確認する。

 

「…………」

 

 逡巡(しゅんじゅん)。それもその一瞬で、すぐさま手札(ストック)の中から呪霊を一体喚び出す。ながら、二人に忠告。

 

「良いかい、二人とも。私が合図したら決してその場から動いてはいけないよ」

「ど、どういうこと?」

「理由は後だ。合図をしたら身じろぎ一つ、指先一つ動かさないこと」

「「はい!」」

 

 夏油が真剣な表情で二人を見詰める。意図は理解出来ていなくとも、夏油様の言うことならと大きく頷き、美々子と菜々子はそれぞれ()()を構えて合図を待った。

 夏油の手のひらから呪力が流れ出る。そしてその呪力が段々と形を帯びる。

 全長3メートル程の、頭部が異様に大きく老人のような見た目の呪霊。この地に足を下ろし、ゆっくりと口を開いた。

 

 

【……儂を呼びきや】

 

 

「あぁ、仕事だ。お前()()()()()得意だろ」

 

 

【こはいかなる趣なり】

 

 

「良いからやれ」

 

 

【……その()は】

 

 

 夏油が呪霊に指示を出す。しかしそれを無視して地面に置いた()の義手に興味を示した呪霊に苛立った夏油は、冷たい声で返した。

 

 

「お前に何の関係がある?」

 

 

【……従はむ】

 

 

「美々子、菜々子。もう動くな」

「「はい」」

 

 夏油からの指示を受けて、身を寄せ合ってその場に座り込む美々子と菜々子。二人がその場からピクリとも動かなくなったのを視認して、夏油はたった今呼び出した呪霊に命令を下した。

 

()()

 

 

【……玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば。忍ぶることの弱りもぞする】

 

 

 呪霊が目を伏せて、渋々と言った面持ちで歌を詠い始める。迫り来る呪霊達の声や地響きに(まみ)れたこの山中においても、夏油が喚び出した呪霊の歌だけはどこまでも遠くへと澄み渡った。

 

「……百人一首?」

 

 呪霊の歌を聴いた美々子が呟く。その間にも、呪霊達は夏油等を食い散らかさんと必死の形相で迫ってきている。

 瞬間、周囲を覆った静けさ。

 その一瞬だけ、あれほど五月蝿(うるさ)かったこの山中において、全ての音が消え去ったような気がした。

 それから。

 斬。

 

「……おおおおおおお?」

 

 斬。

 

「あああああああ」

 

 斬。

 

「きゅるるるるるる」

 

 斬。

 斬。

 斬。

 こちらに向かって走っていた呪霊の胴が、二足歩行四足歩行に関わらず(わか)たれる。思うように動かせなくなった下半身を置いていくように、慣性に従ってずるずると上半身が前へと滑り落ち、紫色の体液を撒き散らしながら地面に倒れ伏した。

 今回の本命である、家屋よりも高い体長の呪霊もそれに漏れず、自分の身に何が起こったのかを(つい)ぞ理解出来ぬまま身体が二つに(わか)れた。

 

「…………」

 

 それから間も無く。

 夏油、美々子、菜々子。そして夏油が呼び出した呪霊を除いて。

 彼等の周囲にひしめいていた呪霊は全て祓われたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるな、()()()。おかげで目当ての呪霊ごと祓われてしまったが……まあ美々子と菜々子が無事ならどうでも良い。よくやった」

 

 欠片も感謝していない声色で呪霊を労う夏油。もう動いて良いよと美々子と菜々子に声を掛ければ、二人は互いを抱き締めながら恐る恐る立ち上がった。

 

 

【……ぜぇ……ぜぇ……】

 

 

「どうしたお前、疲れているのか」

 

 

【……それ以上なり】

 

 

「?」

 

 背中を曲げて、必死に肺へと酸素を取り込もうとする呪霊──産土神。その様子は産土神の見た目通り老人そのもので。

 果たして呪霊に呼吸が必要なのかという問いはさておき、見ているこちらが心配になる程度には辛そうにしているのは確かだ。

 美々子と菜々子が夏油の元へと駆け寄り、礼を言ってから慌ててその背の後ろに隠れる。産土神は、女子高生にとっては少しばかりグロテスクな見た目であった。

 しかし。

 

「……ありがとう、産土神様」

「ちょ、美々子!?」

 

 突然頭を下げて礼を言い出した美々子と、それに驚く菜々子。しかし菜々子も思うところはあるのようで、渋々と美々子に(なら)って頭を下げた。

 

「……ありがとうございました」

 

 

【な案じそ。わらはが無事に良かりき】

 

 

「……なんて言ってるの? 夏油様」

「二人が無事で良かったって言ってるよ。偉いね、二人は。呪霊相手にも礼を言えて」

 

 感心感心。

 夏油はクスクスと目を細めて笑い、褒められた美々子と菜々子がこそばゆそうに照れ笑う。そんな幸せな時間。家族水入らずの時間。

 突然、産土神が。その空気を切り裂くように激しく咳き込んだ。

 夏油の眉間に皺が寄る。

 

「……おい、本当に大丈夫か? もう戻れ──」

 

 

【待て、な戻しそ】

 

 

 手を(かざ)して、再び取り込もうとした夏油を睨み付けて制止した産土神。その尋常ではない様子に夏油は美々子と菜々子を庇うように立ち位置を変えながらも、ゆっくりとその手を下ろした。

 

 

【夏油傑よ】

 

 

「気安く私の名前を呼ぶな。……なんだ、産土神」

 

 

【契らなむ】

 

 

「約束? 縛りとはまた違うのか」

 

 

【……()を、ゆめゆめ傷な付けそ】

 

 

「彼? 彼とは誰だ」

 

 

【契らなむ】

 

 

「答えろ産土神」

 

 

【契らなむ】

 

 

「……分かった、分かったよ。約束する。私は()を傷付けない。これで良いか」

 

 

【なんぢに託す。いかでか、()を護れ。……彼は悲惨なる宿世を辿ることになる。定めて守り通せ】

 

 

 息も絶え絶えに、しかしこれだけは伝えねばならぬと必死の形相で夏油に語り続ける産土神。

 しかし、以降言葉を発することはなく、呻き声を上げながらその場に倒れ込んでしまった。

 

「……産土神様」

「夏油様、産土神(この呪霊)大丈夫なの?」

「……さて、私も未だ真意を図りかねている。何故産土神は今際の際にこんなことを言ったんだ?」

 

 顎に手を当てて考える夏油と、地に倒れて動かなくなった産土神をどこか心配そうな瞳で見下ろす美々子と菜々子。

 

「……あっ」

 

 それから、美々子の呟きと共に産土神は消えた。死体が土に還るように、呆気なく、何もなく、ただ在るがままに死んでいった。

 

「……彼、彼って誰だ」

 

 ズズ……。

 美々子と菜々子とは違い、夏油にとっては産土神が死んだこと自体はどうでもいいことなのか、夏油は誰もいなくなった地面を一瞥してから再び考え始める。そんな夏油のそばに、菜々子が近寄る。気難しそうに悩むその顔を下から覗き込んだ。

 

「あの呪霊、夏油様に何か伝えたかったのかも?」

「そうだね菜々子。私もそうじゃないかとは思っているんだけど、いかんせん情報が少な過ぎる。これじゃあ産土神に何を託されたのかも分からない」

 

 ズズ……。

 菜々子に話しかけられた夏油は、ニコリと笑ってそう返す。美々子はまだ二人とは少し離れた場所で地面を見続けていた。

 

「彼って、誰か心当たりある?」

「無いよ。産土神は他の呪霊と対を為しているとか、そんなタイプの呪霊じゃなかった。奴はあの山で──」

「……えっ」

「どしたん美々子」

「どうしたんだい美々子」

 

 ズズ……。

 美々子の口から発せられた、たった一文字の言葉。しかしその音は聞き逃せないほどにブレていた。なんらかの異常を察した夏油と菜々子はすぐさま声をかける。

 しかし当の美々子は二人の方など見向きもせず。ただ伸ばしたその腕、震える指先が何かを指差していた。

 

「あ、ああ……!」

 

()()()でも見たかのような反応。まさか祓い漏れていた呪霊がいたのかと夏油は考え、構えを取りながら美々子が指差した方を向く。

 そこには。

 

「──は?」

 

 愕然。

 間が空く。

 開いた口が塞がらない。

 誰も、何も話せなくなる。

 誰もが、指差した先を見て身動きが取れなくなる。

 

「…………ぐぅ」

 

 美々子が指差した先には、10年前に死んだ筈の()が──浮舟出が倒れていた。

 身じろぎ一つせず。

 傷一つ無い状態で。

 いつの間にかくっついていた左腕を枕にして。

 あの日別れた時のままの姿で、制服姿のまま地面(そこ)ですやすやと眠っていた。

 

 

 

 

 

 





みんなこれ読みたかったっしょ!私も私も!
後編も大体は出来てて、あとは読み直して書き足したり書き直したりする段階だから、出来上がるまで気長に待っててくれよな!
じゃあね!

誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
  • 家入硝子
  • 夏油傑
  • 七海建人
  • 灰原雄
  • 伊地知潔高
  • 庵歌姫
  • 冥冥
  • 夜蛾正道
  • 九十九由基
  • 乙骨憂太
  • 折本里香
  • 禪院真希
  • パンダ
  • 狗巻棘
  • 枷場美々子
  • 枷場菜々子
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