アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは。超ブーストです。




アル中と可愛い後輩達。

 

 

 

 

「おい、なんだよみんなして固まりやがって」

 

 突然現れた乱入者。その声に聞き覚えがある者もない者も、皆等しくその方向へと顔を向けた。

 

「ショックだよなァ全く。もっと喜んでもいいってのに」

 

 地を踏み締める両脚は体格相応に細く、脚だけ見れば運動が得意とは思えないほどのもの。

 殴れば一発で地面をのたうち周りそうなくらいに細い腰と薄い腹。

 地面を拳で割ると言っても絶対に信じてもらえない小さい肩と細い腕。

 こうしてここまで駆け付けたことだけでも褒めてやりたいくらいの、朱い頬。

 時折しゃっくり。

 健康的な女子高専生をお姫様抱っこの体勢で軽々と抱き上げ、場を和ますような軽口を叩きながらも、身体から滲み出る死の予感(呪力)だけで周囲の呪霊達に萎縮を強制させる。

 

「あぁぁぁあああぁああ」

「うぅぅぅううぅぅぅぅ」

 

 呪霊達が声を上げる。その声になにかしらの意味があるのかなど知る(よし)も無いが、浮舟を恐れていることは見て分かった。

 

「う、浮舟さん……よね?」

 

 浮舟の身体の内側から溢れ出る、いっそ暴力的といえるほどの呪力。その呪力を間近で浴びた釘崎が、念の為確認するように声をかけた。

 問いかけられた浮舟は自信満々に笑う。そこに釘崎の知るいつもの穏やかな浮舟の面影は存在しない。

 

「なに当たり前のこと言ってんだ、オレだよ。ちょっぴりお茶目なドジっ子高専三年生こと、浮舟出だよ」

「いやその通り名は知らないけど……」

冗談(じょーだん)だよ、ったく。歩けるか?」

「……無理そう。足、呪霊に握られて痛めたみたい」

「そっか。じゃあちょっと待っててくれ」

 

 言うと、浮舟は抱えていた釘崎をゆっくりと地面に下ろした。自力では立てずにそのまま座り込む釘崎の動作を助け、釘崎が一人で座れることをしっかり確認してから、呪霊の方を睨んで立ち上がった。

 

「すぐに片付ける。そしたら伊地知のとこまで運んでやるから」

「片付けるって──しょ、正気!?」

「ンだよ、オレの実力を疑ってんのか?」

「い、いや……そうじゃないけど」

 

 浮舟出という男の実力。半日前こそ疑っていたその実力だが、今こうして目の前の男から滲み出る呪力(プレッシャー)をしかと感じれば、浮舟出が疑いようもなく()()であることは明白だった。

 釘崎は今この場で確信した。浮舟さんは強いと。

 しかし、そう確信し終えても。特級呪霊の生得領域内というこの場で、無尽蔵に湧き続ける呪霊達を湧き潰すことなど可能なのかと思案してしまう。いくら強いと言っても、彼我の数の差によるハンディというのは確実に存在する。

 キノコのお化けのような呪霊。

 オオサンショウウオの遠い親戚のような呪霊。

 けむくじゃらの呪霊。

 節足動物に酷似した呪霊。

 等、等、等。

 今この瞬間もじわじわとその数を増やし続ける呪霊達。一斉に飛びかかってこられたらその時点で詰み確定なほどの物量の差。

 そんな現状を案じての言葉だったのだが、浮舟は呪霊達の視線を一身に受けてもなにも変わった様子はない。声も身体も震えず、どこまでいっても落ち着いている。

 浮舟は、身体を強張らせる釘崎を落ち着かせるように自分を親指で指して笑いかけた。

 

「安心してくれよ野薔薇ちゃん。オレって結構つよ──」

「キィィィィィィィィィィィ!」

 

 セリフの途中で、呪霊の咆哮。それが合図となって、浮舟に向かって一斉に飛びかかってきた。

 

「浮舟さん危ないッ!」

 

 恐れていた事態。しかし浮舟は戦闘態勢に映らず、一度肩を落として項垂れた。

 

「オレのかっちょいいシーンを邪魔しやがってクソ呪霊共……! 邪魔しなきゃあもうちょい長いこと生きれたのになァッ!」

 

 独り言からの、怒声。そのテンションの移り変わりに釘崎が内心驚いたのも束の間、もう呪霊達の手は浮舟の身体に届きそうなところまで来ていた。

 

「酒は飲んでも……、呑まれるな!」

 

 言葉と共に、呪霊の腕を掴んで振り回す。それに巻き込まれた周囲の呪霊ごと、遠くへ投げ飛ばした。

 幸運にもそれに巻き込まれなかった呪霊達は浮舟に投げ飛ばされた呪霊達には目もくれず、更なる特攻。浮舟は「そうこなくっちゃな!」と笑い、最早()とも呼べる呪霊の物量の中に単身飛び込んだ。浮舟の後を追うように、周囲の呪霊も飛び込み呪霊と呪霊が押し合い、揉み合っているようは状態に。

 芋洗い状態の市民プール。

 しかし客も水も呪霊。

 

「呪霊(ころ)しても、殺されるな──ってな!」

 

 呪霊の塊の中から、腕が一本突き上がる。同い年の男子高校生と比較しても少しばかり細い、制服に包まれたその腕が天を()くと同時に、呪霊達が360度あらゆる方向へ吹き飛ばされた。

 無双。

 論外の数の差も、人外の体躯の差もモノともせず、浮舟出は生得領域内を駆け回る。追い抜きざまに呪霊の腹を拳で突き破り、行き先が変われば呪霊をつま先で蹴り抜いて方向転換。身体の大きな呪霊の顔面を踏み台にして飛び上がり、複数回に渡る縦回転の後に踵を落として広範囲に衝撃を撒き散らす。

 

「…………」

 

 唖然。

 以前から強いとは聞いていたし、つい先程浮舟の実力を理解したつもりでいた釘崎。しかしいざこうして目の前でその闘いぶりを見せられると、あんぐりと口を開けるしかなかった。

 こうしている間にも、浮舟は両手で紙を破くように一体の呪霊を横に裂いている。祓除(ばつじょ)数は既に二桁を超えていた。

 

「──ッチィ、いくらなんでもキリが無ぇな」

 

 地面を滑るように靴底をすり減らしながら、浮舟が釘崎の隣まで下がってくる。呪霊は粗方祓われているが、またすぐに湧いてきた。祓っても祓っても祓いきれない、そんな状況。湧き出てすぐこそ動きは鈍いが、やがてこの生得領域に順応すれば先程までの呪霊同様全速力で駆けてくるのだろう。

 気分はどうかと気遣われた釘崎は「だ、大丈夫……です」と思わず敬ってしまった。

 

「野薔薇ちゃん、3つほどお願いがある」

「なに? スケベなお願いだったら殺すけど」

「オレをなんだと思ってんだッ! 違ぇよ、真面目なお願い!」

「……言ってみなさい」

 

 余裕が無いと思われたくなくて、釘崎としては冗談のつもりで発した一言。しかしそうも真面目に返されてしまっては逆に腹が立つというもの。次いで言われたその言葉の続きを促せば「初対面の頃からタメ口注意しとけば良かったぜ……」とぼやかれてしまった。

 浮舟が頭を振り、気を取り直して指を一本立てた。

 

「ひとつ目。これから起こることを、誰にも言わないでほしい」

「意味が分からないんだけど」

「そのまんま。ケイちゃんと虎杖君二人の信頼出来る同期にも、担任である五条にも、今回の任務の補助監督である伊地知にも、高専に帰ったあと野薔薇ちゃんの怪我の治療をしてくれる硝子ちゃんにも。野薔薇ちゃんがこれから出会う誰にも、これから起こることを何ひとつ話さないことを約束してほしい」

「……分かったわよ」

 

 浮舟の真面目なセリフに、戸惑いながらも了承する。釘崎としては浮舟の「信頼出来る同期」という言葉にツッコミを入れたいところだったが、周りの呪霊達がゆっくりと近付いてきているのが視界の端に入っているため、何も言わなかった。

 浮舟が指をもう一本立てる。

 

「ふたつ目。良いって言うまで動かないでほしい」

「……?」

「いちいち深く考えなくてもいいよ。裏とか無いから、言葉の通りに受け取ってほしい」

「……まぁ、分かったわ」

「よし、じゃあお願い成立。今からもう動いちゃ駄目だよ。……あ、呼吸とかお喋りはセーフだから、動きたくなったらオレに一声かけて許可貰ってから動いてくれ」

「動いちゃ駄目って、そんなに重要なことなの?」

「勿論。危ないからな」

「私さっきから身じろぎとかしてたけど」

「これからの話。じゃあ今からね」

 

 説明されずに事が進んでいることに不満を漏らす釘崎。特に構わず()()をし始めた浮舟の背中をただジッと見つめることしかできなかった。

 動いちゃ駄目。

 釘崎にその意図は分からないが、まぁ一応聞いておくかの精神で身体を固める。

 浮舟は釘崎から少し離れた場所に靴を履いたまま正座し、(ふところ)から酒瓶を出した。一瞬見えたラベルには、釘崎の記憶が正しければ──

 

「……あれ、みっつ目は?」

「…………」

「みっつ目はなんなのよ」

「…………く、口答えをするな」

 

 あ、コイツ。

 釘崎が浮舟を見つめる視線の温度が、少し冷めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──無事ですかッ!」

 

 特級呪霊の生得領域内で分断されてしまった釘崎を見つけるべく、玉犬と生得領域内を駆け回っていた伏黒。突然感じた()()()()()()()()()()()()()の呪力を感知し、そこに向かって急いでいた。

 やがて目的地に辿り着き、声を張り上げる。闇で視界が悪い空間。走り続けたその向こうには、感じた呪力の主──浮舟出と傷を負った釘崎野薔薇がいた。

 釘崎野薔薇が、地面に倒れた浮舟出の身体を揺すっていた。

 

「浮舟さん! おーい! しっかりしなさいよおいコラ! 怪我してる私を一人にすんな! 起きて運べ! 丁重に、壊れ物を扱うように外まで運べっての!」

「……なにしてんだ、釘崎」

「アァ? ──って、伏黒じゃない。どうしたのよこんなところで」

「お前を探してたんだよ……」

 

 釘崎の呑気な態度に伏黒のまぶたの下が痙攣するが、生きているという事実にホッと胸を撫で下ろした。

 切り替える。

 

「それで、なんで浮舟さんがここに? なにか知ってるか」

「理由は知らない。でも助けてもらったのよ」

「……そうか」

「ちょっと見直したのに、呪霊祓い終えたらぶっ倒れて今この状況ってワケ。息はしてるけど、なんかうなされてるみたい」

「浮舟さんの天与呪縛は、飲酒によって呪力を得るというものだ。多分飲み過ぎたんだろう」

 

 祓い終えた。

 釘崎の一言とそれを成し遂げる浮舟の実力を信頼しつつも、またいつ新たな呪霊が現れないとも限らない生得領域内。伏黒は周囲を見渡し、まだ半分ほど中身が残っている酒瓶が目に入った。

 それから。

 残穢、残骸、残穢、残骸。

 辺りに散らばる、ここに数多の呪霊がいたという紛れもない痕跡。伏黒はその数の多さに思わず肝を冷やし、一度唾液を飲み込んでから口を開いた。

 

「……()()。釘崎、お前がやったのか」

「そう。──って言いたいところだけど、私はこの三分の一も祓ってないわ。ほとんど浮舟さんよ」

「…………」

 

 釘崎に頬をペシペシと叩かれている、尊敬する先輩の寝顔を見て伏黒は息を呑んだ。

 沈黙。

 それから、すぐさま切り替える。今するべきことをする為に。

 

「釘崎、領域を出るぞ。歩けるか」

「舐めんじゃないわよ」

 

 伏黒が問えば、気丈に笑って立ち上がる釘崎。「走るわよ」と転がっていた浮舟に肩を貸して歩き出した釘崎は、数歩分進んでから前のめりに倒れた。

 

「…………大丈夫か」

「痛くなんかないわ。ただ、浮舟さんが私より体重が軽いという事実に立ち上がれないだけ……」

「ハァ……蝦蟇(がま)

 

 両手の平を外側に向け、親指と人差し指、中指を付ける。空洞が大まかな三角形を型作り、喚び出した。

 伏黒の影から出てきたのは、羽根が生えた大きなカエル。腹に沖津鏡の紋様が描かれている大カエル── 蝦蟇(がま)は釘崎に向かって下を伸ばし、引き寄せて釘崎の頭だけが出る形で咥えた。

 

「カエル苦手なんスけど……」

 

 死んだ目の釘崎が抗議の声を上げる。

 

「悪かったな! 二人は抱えられないんだよ!」

 

 浮舟を丁重に抱き上げた伏黒が言い返す。この場における唯一のレディである自分よりも浮舟が大事に扱われているという事実に、釘崎は心底苛立ちながらも黙ってカエルを受け入れた。歯を食いしばって口を(つぐ)み、耐えることにした。

 

「てか虎杖はどうしたのよ」

「今特級呪霊と戦ってる!」

「ハァ!?」

「俺達が生得領域の外に出たら宿儺に変わることになっている。急ぐぞ!」

「そういうことはもっと、はや、く…………」

「釘崎? ……気を失ったか。──チッ、呪霊も湧いてきた。いくぞ、玉犬! 蝦蟇(がま)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いずる』

『なに、五条』

『今ちょっと良い? 聞きたい事があるんだ』

『聞きたい事? 全然良いよ。()()で大丈夫か?』

『うん、いずるの部屋なら安心』

『そっか。……それで、なんだ? 聞きたい事って』

『…………』

『五条?』

『……いずるはさ、昔の事って憶えてる?』

『昔? 一年生の頃とかそんな感じか? 懐かしいな。〝僕〟が転入してきた日は、〝僕〟と五条バチバチだったよな』

『はは、懐かしっ。──って、そうじゃなくて。もっと昔。いずるが子供の頃、なにか憶えてない?』

『えらく曖昧だな。……うーん。アピタのフードコートでスガキヤのラーメン食ったこととか』

『他には?』

『他? そんなの、思い出そうとすればいくらでもあるけど』

家系(かけい)に関することとか』

『家系〜? 五条、なにを勘違いしてるか知らないけど、〝僕〟の家って別に呪術師の家系とかじゃないぞ。代々伝わる不思議な巻物とかも無いし』

『いずるの中での呪術師の家系のイメージってそうなの?』

『いや知らんけど。……というか、母さんだって非術師だぞ。五条も、〝僕〟が死んでる間に母さんと話してるんだろ?』

『うん。確かに、僕の六眼はなにも知らせなかった』

『な?』

『……うーん、考え過ぎだったのかな』

『そんなに心配なら、五条家の力でもなんでも使って〝僕〟の家のこと調べてくれよ。よく知らないけど、御三家ってそういうこと出来るんだろ』

『えー。好きな人のことアレコレ調べちゃうのはなー。僕としてはいずるのことはいずるの口から教えてもらいたいってゆーか』

『はいはい。好きでいてくれてありがとうな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、浮舟さん。お身体の方はどうですか」

 

 目を開ける。

 なにか夢を見ていたような気もするが、思い出せない。首を動かすと、頭が痛んだ。

 

「…………伊地知、か」

「はい、補助監督の伊地知です。浮舟さん、変態を遂げた特級呪霊の生得領域内で倒れたと報告を受けていますが、お身体に異常はありませんか」

「問題は無い。酔ってて頭が痛いくらいかな」

「そうですか。……倒れた時のことはなにか憶えていませんか」

「……あー、久し振りにちゃんと飲んだから悪酔いしたのかもな。大丈夫大丈夫、呪霊に気絶させられたとかそういうのじゃないからさ」

「そうですか。無事で何よりです」

 

 記憶の混濁も無し、と。

 伊地知がバインダーで挟んだ紙に何かを書いているが、寝起きと飲酒で頭が重たいオレにはなにがなんやらという感じだ。

 上体を起こす。

 寝惚けた脳味噌に情報を入れる為に周囲を見渡せば、オレはどうやら車の後部座席で寝ていたのだと分かる。傍らには酒瓶が、座席から落ちないようにオレと背もたれの間に置かれていた。なんだか高専生時代を思い出して懐かしくなるが、今も高専生であることを思い出して複雑な気持ちになった。

 

「…………」

「よっす」

 

 そんな風に考えていた途中──周囲を見渡していた途中、助手席に座っている女の子と目が合う。挨拶をされたので、オレも片手を上げて返す。

 

「おはよう、野薔薇ちゃん。怪我(調子)はどう?」

「顔とか腹とか所々痛いけど、一番は足ね。自力じゃ歩けないもの」

「まあそうか。でも、無事で良かったよ」

「アンタもね」

 

 無事を確かめ合い、笑う。その際すぐに目を逸らされてしまったが、何故だか理由は分からない。寝ている間に迷惑をかけてなければ良いが。

 

「……それで、どうしてオレは車の中に? もしかして野薔薇ちゃんが頑張って運んでくれたの?」

「んなわけないでしょ。浮舟さんが()()()()()ぶっ倒れたあと、すぐに伏黒が来たのよ」

「あぁ、そういうこと」

 

 

 一瞬、野薔薇ちゃんのド根性という線を想像したが、真実を聞いてすぐに納得。「家入さんに連絡を入れてきます」と車外に出た伊地知に「おう」と応えて、それから質問を変える。

 

「ケイちゃんと虎杖君は?」

「…………」

「トイレとかかな」

「……アイツ等は、まだ少年院にいるわ」

「…………は?」

 

 野薔薇ちゃんの言葉に一瞬思考が止まる。それとほぼ同じタイミングで、連絡を終えた伊地知が後部座席のドアを開けた。

 

「──お待たせ致しました。お二人は灰原さんの車に移っていただき、病院にて処置を受けて下さい。私は虎杖くんと伏黒くんをここで待ちながら、周囲で応援可能な術師の方に連絡を入れます」

「二人共、怪我してるから急ごうか!! あ、浮舟先輩は、家入さんメッチャキレてたんで心の準備とかしておいた方が良いと思います!!」

 

 後部座席のドアが開けられたことで、午後から未だ降り続けている雨の音が大きくなる。伊地知と灰原の二人に話しかけられているが、オレの耳にはキチンと入ってはいなかった。でもなんだか硝子ちゃん怒ってるらしくて鬱。

 

「…………」

「浮舟先輩?」

「灰原、伊地知」

「なんですか?」

「なんでしょうか」

「……硝子ちゃんに良い感じの言い訳考えておいてよ」

 

 座席に置いてあった酒瓶を握り締め、オレよりも背が高いムカつく後輩二人を手で押し退け、雨が降る外へと躍り出る。しかしすぐさま灰原に肩を掴まれた。

 目の前に立たれる。

 

「……浮舟先輩」

「どうした」

「……僕は、浮舟先輩に戦ってほしくはありません」

「同感です。私達補助監督は、術師の方々をサポートする義務があります。……お世話になっている先輩であれば尚更です」

 

 オレの進路を、少年院の敷地の中へと進む道を阻んで立つ二人。怒るというよりも、訴えかけるような表情で説得されてしまい、オレは可愛い後輩二人になんてことを言わせてしまったんだと心が痛む。気付けば謝罪の言葉を口にしていた。

 

「…………、ごめん」

「分かってくれれば良いんです。──さぁ浮舟先輩!! あまり濡れると風邪引いちゃいますよ。早く車の中へ」

 

 灰原は俯いたオレの肩に優しく手を置き、自らが運転してきた車の中へと誘導しようとする。オレをこれ以上濡らさない為にと着ていたスーツのジャケットを雨除け代わりにオレの頭上を覆う。

 

「……本当にごめん」

 

 灰原が着ていたジャケットが、一瞬。ほんの一瞬だけオレとみんなとの間に死角を作る。その一瞬の隙に、まだアルコールが残る身体を動かしてジャケットを奪った。奪って、灰原の顔面に投げ返した。

 

「わぷっ──う、浮舟先輩!?」

「じゃあな二人共! 野薔薇ちゃんのこと頼んだぜ!」

「う、浮舟先輩! いけません! 戻って下さい!」

 

 伊地知が走って追いかけてくるが、アルコールで強化されたオレの足に追いつけるわけがない。こちらを捕まえる気力を削ぐ勢いで引き離した。

 正門を潜り、少年院の敷地内に入る。入ってすぐに振り返って正門を閉じた。力の限り、門の形を歪ませる勢いで閉じた。

 追いついた灰原が、勢いそのままに正門を両手で掴む。ガシャンと大きな音がしたが、しただけだ。オレの力で閉じられた門はひしゃげてしまい、もう一度開けることは叶わなくなった。少年院の正門なので、よじ登ろうとしても高さがある。

 少年院なので、ここじゃなくとも高い塀に囲まれている。

 つまり、今この場でオレを捕まえることは不可能となった。

 正門越しに灰原と目が合う。その目は不思議な圧力を帯びていた。

 

「……浮舟先輩。2度目ですよ」

「なにが?」

「僕をこうして置いていくこと。僕はもう()()()のようにはなりたくなくて、浮舟先輩を止めたんです」

()()()みたいにオレが死ぬって?」

「ふざけないでください」

「……ごめん」

 

 灰原の眼力に見つめられ、思わず謝ってしまう。灰原は正門を力の限り握り締めながら、言葉を続けた。

 

「浮舟先輩。貴方が死ねば、呪術界は今度こそ終わりを迎えます。この意味が分かりますか」

「分かってる。つーか、そもそも死ぬ気で行くわけじゃないって」

「分かってないです!! ()()()、浮舟先輩を殺した呪霊は、推定一級呪霊です!! この少年院内にいる呪霊の等級を忘れてしまったんですか!? 浮舟先輩が勝てるわけないじゃないですか!! 五条さんが帰ってくるまで待つとか、もっとあるじゃないですか!!」

「馬鹿言うなよ灰原。五条は出張中だぜ。どんなに急いでも数時間とかかる。それまで特級呪霊の相手を一年生のケイちゃんと虎杖君に任せるってのかよ」

「…………、それは」

「灰原と同じだよ。オレは()()()みたいに、等級違いの任務で苦しんでる後輩を助けたくて行動してる」

「…………」

「周囲で応援可能な術師を呼ぶ? ここにいるじゃねぇか。準一級術師の浮舟出先輩がな」

 

 親指で自分の胸を指差す。灰原はもうなにも言ってこなかった。

 本当なら禍根の残らぬようキチンと話し合いたいところだが、時間が惜しいので背を向ける。雨に濡れた顔を制服の袖で一度拭ってから、再び走り出した。

 

「──う、浮舟先輩ッ!!」

「どうした」

 

 呼ばれて、振り返る。灰原の目を見れば、その瞳は(くら)く。まるでなにかの覚悟を決めたかのような色が見えた。

 一体何を言われることやら。しかしオレの予想とは裏腹に、灰原の言葉は。

 

「…………無事を祈っています」

 

 オレの行動を肯定するものだった。

 

「っ」

「なに驚いているんですか?」

「い、いや、まぁ」

「……分かってますって。僕はこれでも補助監督ですから、確かに補助監督としての立場での言葉も言いますよ」

 

 前髪の先まで流れた雨粒がその重さに耐え切れなくなり、地面へ落ちる。そんなことを何回か繰り返して、灰原は意を決して続きを口にした。

 

「──……でも、僕は浮舟先輩の後輩です。浮舟先輩の意思を一番に尊重します。止めませんよ。だって、僕も()()()()()()()()()()ですから。……そもそも、本当に止める気なら浮舟先輩にこの任務の話をしてませんし」

「……灰原」

 

 目が合う。まっすぐなその目に背中を押され、勇気づけられる。

 

「頑張ってください浮舟先輩。伏黒君も虎杖君も、浮舟先輩のことを待ってると思います」

「……ありがとう、灰原」

「伊地知には僕の方から上手く言っておきます」

「あぁ、頼んだ」

「でも家入さんには自分から説明してください」

「…………」

「僕も怖いんで」

「…………はい」

「さぁ、浮舟先輩。早く行ってください。くれぐれも死なないでくださいね」

「──おう、任せろ! 華麗に後輩達助けてくるから!」

 

 生き返ってから初めてかもしれないくらいの、戦いに赴くことへの肯定。灰原の表情を見ればその言葉を言うことの難しさがよく分かる。それでも、灰原はオレの側に立ってくれたのだ。

 

「…………」

 

 死なない。

 死ねるわけがない。

 こんな出来た後輩を持って、無様を晒して良いわけがない。

 酒瓶を握る手に力が入る。

 気合いが湧いて出てくる。

 宿儺様に代わり、特級呪霊を相手している虎杖君。

 そんな虎杖君を助けるべく再び少年院に入っていったケイちゃん。

 二人を救い、特級呪霊を祓う。

 大きな怪我もせず、誰一人欠けることなく戻ってくる。それこそが、後輩に尻を叩かれたオレの為すべきことだ。

 親指を立てる。灰原も、目に涙を浮かべながら返してきた。

 

「行ってくる」

「死なないでください」

「勿論だ」

 

 背を向けて歩き出す。顔に、身体に当たる雨のことなんて気にならなくなるくらい、今のオレは集中していた。雨の音よりも自分の心臓の音の方がうるさく聞こえるくらいには、体内を廻る血が、アルコールが熱く(たぎ)っていた。

 ふと、後ろから声が聞こえる。その声はオレに聞かせるものではなく、どちらかと言うと独り言のようなもの。ぽつりと、自分の内から湧き出た本音のようなもの。

 

「……次死んだら、僕も七海もすぐさま後を追います」

「…………」

 

 怖ぇ〜〜〜〜〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎杖(ヤツ)なら戻らんぞ」

「ッ……!」

「そう脅えるな、今は機嫌がいい。少し話そう」

「…………」

「なんの()()もなく俺を利用したツケだな。俺と代わるのに少々手こずっている様だ」

 

 少年院、敷地内。

 伏黒が意識の無い浮舟と釘崎を、伊地知補助監督に引き渡した数分後。

 両面宿儺が、伏黒の前に現れていた。

 嗤う両面宿儺と、表情に疲弊の色が見える伏黒。その表情さえも両面宿儺を喜ばせ、両面宿儺は嬉々として会話を続けた。

 

「しかしまぁそれも時間の問題だろう。そこで俺に出来ることを考えた」

 

 現在の両面宿儺は虎杖の身体を借りている為、高専の制服を身に纏っている。雨に濡れ、重たくなった制服を──呪霊対策で特殊な素材が使われている頑丈な高専の制服を、いとも容易くビリビリと破いた。

 露わになる上半身。

 両面宿儺に代わった際、虎杖の顔だけでなく身体中に刻まれた紋様。その紋様に目を移していた伏黒は、両面宿儺が起こした次のアクションに思わず目を見開いた。

 

「なっ!!」

 

 両面宿儺はおもむろに己の胸を突いた。手首まで胸の中に沈み込ませ、そこからグチュグチュと身体の中を掻き回す。噴き出た血潮が地面に落ち、雨と混じって薄くなっていく。

 やがて両面宿儺が胸の中から取り出したのは、まだ動いている虎杖悠仁の心の臓。

 躊躇無く行われたその行為と、グロテスクな生の心臓。そしてそれが意味する両面宿儺の悪辣な行動。

 伏黒は嫌悪感に満ちた表情と共に眉を顰めた。

 

虎杖(こぞう)を人質にする」

 

 雨。

 

「俺は心臓(これ)無しでも生きていけるがな。虎杖(こぞう)はそうもいかん。俺と代わることは死を意味する」

 

 じわじわと、着々と状況が悪い方向に傾いていく。伏黒は不条理な展開に歯噛みしながらもただ、いつ戦闘に転じてもいいように構えだけはしておいた。

 

「──更に、駄目押しだ」

 

 制服のズボンから呪物()を取り出した両面宿儺。その指が特級呪霊が取り込んでいた両面宿儺の指だと伏黒が気付いた頃には、両面宿儺はその指を飲み込んでいた。

 ただでさえ脅威極まりなかった目の前の両面宿儺(化け物)が、更に呪力のギアを数段上げた。

 

「さてと、晴れて自由の身だ。もう脅えていいぞ」

「…………」

 

 はっきり言って、勝てる見込みは無い。伏黒は冷静に彼我の実力差を理解していた。だからこそ、伏黒の目的はもう両面宿儺に勝つという単純なものではなくなっていた。

 策を練る。

 そんな間もロクに与えず、両面宿儺は嗤う。

 

「殺す。特に理由は無い」

「……あの時と、立場が逆転したな」

 

 避けられぬ戦い。

 ビリビリと、身体を焼く呪力圧(プレッシャー)を受けながら伏黒は少し視線を落とした。

 

 

 虎杖がこの世界に足を踏み入れたのは──呪いの王の器となったのは、俺の責任だ。

 だから、もしもの時は俺が責任をもって虎杖悠仁(両面宿儺)を始末しなくちゃならない。

 ならないんだ。

 

 

「…………」

 

 雨が、降りしきる。

 視界を遮る雨水。しかし袖で拭うなどという隙を見せれば、その瞬間絶命。伏黒は瞬きすらも必要最低限に抑え、ただ両面宿儺の一挙手一投足に集中した。

 意識を高める。

 

「……む?」

 

 伏黒を見てニヤニヤと嗤っていた両面宿儺が、不意に視線を外す。なんのつもりだと、伏黒も不用意に視線をその方向へと向け、あんぐりと口を開けた。

 両面宿儺はゲラゲラと、手を叩いて笑っていた。

 軽い足取りと軽い口調。ご機嫌に酒瓶を振り回しながら、スキップ混じりにこの場に現れた男。

 男はピースサインをこの場にいる二人にしっかりと見せつけてから、伏黒の元へと近付いてきた。

 伏黒は愕然とした。

 なんで貴方がここに。俺は貴方に怪我をしてほしくなくて、伊地知さんに引き渡したのに。

 そんな伏黒の心の訴えも他所に、現れた男は弾けるような笑顔で笑いかけた。

 

 

 

 

「お待たせケイちゃん。まさか2話連続で同じオチになるとは思わなかったっしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




虎杖悠仁:特級呪霊を祓う為に両面宿儺に代わったら、戻るのに手こずっている。

「おい早く代われ宿儺!状況分かんないけど、多分お前また悪いことやってんだろ!」
「……五月蝿い小僧だ」




伏黒恵:生得領域内を駆け回り、同期と何故かいた先輩を助け出し、入口まで戻って補助監督に引き渡したかと思えば両面宿儺との対面。はっきり言って疲れているが、突然現れた浮舟を見て更に疲れた。

「本当に……!なんでこうなにもかも上手くいかないんだ……!」
「どしたの?ケイちゃん」




釘崎野薔薇:格好良いと思ったけどやっぱり格好悪いし、でもちょっと格好良いけど急にどっか行った。なんなのアイツ。

「え、浮舟さん戻ったの!?」
「そうなんです!ああもう……!家入さんになんと報告すれば……!」





先週の土日に予定がなにも無かったことによる、投稿頻度の制限解除……!!
そうくるか!!投稿者の鑑め!!
失礼だな、偶然だよ。



つまりはこういうことです。こういうことなんです。
ではまた。

誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
  • 家入硝子
  • 夏油傑
  • 七海建人
  • 灰原雄
  • 伊地知潔高
  • 庵歌姫
  • 冥冥
  • 夜蛾正道
  • 九十九由基
  • 乙骨憂太
  • 折本里香
  • 禪院真希
  • パンダ
  • 狗巻棘
  • 枷場美々子
  • 枷場菜々子
  • 伏黒甚爾
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