アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんにちは!ブーストありです!




とある日の日常。

 

 

 

 

 2006年9月。

 つい先日激安の殿堂にて同期達とショッピングをしたと思えば、いつの間にかこの日が来てしまっていた。

 この前と打って変わって、夏らしい日差しが照りつける気候の中。

 加えて森の中。そこだけ、体育館の半面くらいのスペースが空いている森の中で……体育館の大きさによるか。この際どうでもいい。オレ達同期四人はいつもの弛緩した雰囲気で話し合っていた。

 年に一度の大イベントだというのに、緊張した様子は見受けられない。

 オレ一人を除いて。

 

「じゃあ、作戦を話し合おうか」

 

 思えば、去年のオレは風邪を引いて不参加だった。あとからその日のことを硝子ちゃんに聞けば、休んで正解だったらしい。一年生ながら出場した五条と夏油が二人で圧勝してしまったからだ。

 

「作戦もなにも、俺と傑がいれば余裕だろ」

 

 戦闘要員ではない硝子ちゃんは、誰にも出くわさないほどの最後方(さいこうほう)にて、一人暇を持て余していたのだとか。

 

「私、いずると一緒に後ろの方で適当に時間潰しておくから、二人で頑張って」

「待て。万が一のことがあるかもしれないだろう」

「無い無い。()()()にも俺等に勝てる奴がいるなら、もっと前の段階で情報入ってきてるって」

 

 京都姉妹校交流会。

 二日間かけて行われる、呪術高専東京校と呪術高専京都校の学生同士で競い合う年に一度の恒例行事だ。開催場所は、昨年勝った学校の高専敷地内で。まあ言っちゃえば、普通の高校でいうところの運動会的な奴なのかな。知らんけど。

 一日目と二日目、東京校と京都校のそれぞれの学長が提案した勝負方法で勝敗を決めるんだとか。去年は五条と夏油二人で当然のように圧勝を決めてきたらしいので、今年も東京校での開催だ。

 一日目の今日は、高専敷地内にあるド広い森を使って『術式アリそれなりの怪我アリの旗取りゲーム』をするらしい。旗を獲る側、護る側に分かれて的な。東京校は護る側である。ディフェンディングチャンピオンだからかな。知らんけど。

 

「…………」

 

 オレは去年休んでたから、今になって夜蛾先生から貰った資料を必死に目を通していた。それはもう、丸暗記する勢いで。

 資料の端から端まで目を通す。まず禁止事項とか憶えておかないとな。さっき挨拶した京都校の人達も良い人そうだったし、失礼の無いように──あ、ちょっと。

 

「だからいずる、そう心配すんなって。俺と傑で護り抜いてやっから」

「……はぁ、そういうことだ出。任せておいてくれ」

 

 読んでいた資料をヒョイっと抜き取られ、目で追えばその先には五条のイケメンフェイス。オレに得意げに笑いかけたかと思えば、オレから取った資料を後ろに投げ捨ててしまう。放物線を描いて飛んでいった資料は、夏油が喚び出した低級呪霊のおもちゃになってしまった。嗚呼、限りある資源……。

 どこまでも自信満々な五条と、万が一のことも考えて策を練る夏油。しかしそんな夏油も五条の陽気さに当てられたのか、渋々()()のスタンスに移行し始めたのだった。

 

「これ聞くの何回目だって感じになるんだけどさ、……マジで四人で戦うの?」

「去年は三人だったよ」

「ヤベ〜──ってそうじゃなくて! 京都校の人達八人くらいいなかった!? 人数差倍くらいあるんだけど!」

「量より質だろ」

「悟が言うならそうなんだろうね」

 

 なにか問題あるのか。そう言いながら胸を張る五条と、そうらしいよと深く考えることをやめた夏油。二人が(あと早速そこら辺でタバコを吸い始めた硝子ちゃんが)こんなにも余裕ぶっこいてヘラヘラしているのは、去年圧勝したという自負があるからなのだろうか。オレにはその自負が無いのだから、こんなに心配してしまうのも許してほしい。あとそんな不思議ちゃんを見るような目で見るな。

 

「七海と灰原もいないっていうのに!」

「仕方ないだろう。帰りの飛行機が飛ばないっていうんだから。まぁ、幸いにも明日の二日目には間に合うみたいだし、兎に角今日は私達でやるしかないよ」

 

 出の不安な気持ちもわかるけどね。

 言葉の最後に、本当に大丈夫なのかと不安が止まらないオレをフォローするさりげない一言を置いていく夏油。コイツどこまでモテ男なんだ。なんでコイツに彼女がいないんだ。

 

『お前達、準備を済ませておけ。そろそろ始まるぞ』

 

 地面に置いていたトランシーバーから、夜蛾先生の声が流れてくる。これから始まる団体戦の様子を俯瞰で見ている本部からの通達だ。四人仲良く返事をする。

 

「にしても、今年から冥さん来てくれてマジで便利になったよな」

「確かに。……あれ、去年は来てくれなかったの?」

「一応オファーはしたらしいんだけど、高専側から提示したギャラ見せたら鼻で笑われたらしい」

「それで、増額しての今年ってわけか。流石冥冥さん。出来る大人のレディだな」

「……黒鳥操術、か。まさかカラスと共有した視界をモニターにも映せるとはね」

「試しでそこら辺飛んでるカラスの視界を映してもらったけど、マジで凄ぇよアレ。映画業界に冥さんいたら空撮革命が起きる」

『……お前達。駄弁ってるの()()()()からな』

 

 トランシーバーから聞こえてくる夜蛾先生の声は、もしかしなくても怒っている。これはマズいと各人(かくじん)背筋を伸ばし、指定位置に向かう準備をすることに。

 

『浮舟君。君には期待してるよ』

「め、冥冥さんッ!」

 

 次いでトランシーバーから聞こえてきた声に、思わず大声でその名を呼んでしまう。思いがけない声援(エール)にはしゃいでいると、いつの間にかタバコを吸い終わっていた硝子ちゃんに尻を蹴られた。ごめんなさい。

 

「期待してるっていうのは、それはオレが活躍するところを見たい的なヤツですかァ!? まかせてください! オレ頑張ります! お酒パワーで来た相手全員ぶっ飛ばしますから!」

『いや、そう張り切ることはない。ただ君は、いつも通り普通にしてくれるだけで金になるからね』

「?」

 

 出鼻をくじかれたといったら言い過ぎだが、なんだかオレが思っている以上にオレの活躍を求められていないような感覚。どういうことかと首を傾げると、オレの頭に一羽のカラスが留まった。左手を伸ばせば、頭から降りてきた。鳥類特有の爪の鋭さを前腕で味わいながら、カラスの顔を見て笑った。

 

「あ、カァ座右衛門じゃん。……にカメラみたいなのが付いてる」

『呪力が染み付いたカメラ──言ってしまえば呪具だね。私がカァ座右衛門に呪力を込めれば、呪具がその呪力に反応して起動し、画角内を写真に収めるということさ』

「……つまり?」

『浮舟君にはファンが多いからね。カァ座右衛門を君のそばにつかせて、存分に稼がせてもらうとするよ』

「え、オレってファン多いんですか!? ヤッター!」

 

 飛び上がって喜ぶ。着地したタイミングで硝子ちゃんに尻を蹴られた。ごめんなさい。

 蹴られた尻をさすっていると、早速カメラのシャッター音が鳴った。

 

『うん、キチンと作動しているね』

「ちょっと冥冥さん。こんな恥ずかしいところ撮らないでくださいよー」

『……嫌かな?』

「嘘嘘! 全然平気で〜っす! ほ〜ら、ポーズ決めちゃお!」

 

 なんかの雑誌で目にしたモデルっぽいポーズ、頭の中にあるレパートリーの全てを順番に披露し、それに合わせてシャッター音が鳴り響く。

 撮る側と撮られる側、どちらもノリノリになっている横で、3人がなにやらヒソヒソと内緒話をしていた。内緒話なので内容は聞き取れないが、多分旗取りゲームが始まってからの段取りとか話し合っているんだろうな。

 

「……あー。今年になって冥さんがオファー受けたのって、ギャラ云々じゃなくてこれが理由か」

「私達が戦闘中見ることができない出の写真となれば、どんな法外な値段でも買わざるを得ないからね」

「私は肉眼でも見られるけどね」

「抜かせ、硝子。どうせ君も買うんだろう」

「当たり前じゃん。何の為に稼いでる(呪術師やってる)と思ってんの」

 

 同期達の作戦会議に参加出来ぬまま一通りポーズを披露し終えると、トランシーバー越しに『お疲れ様』と労いの言葉がかけられる。なんて優しい人なんだ、冥冥さん。

 

『というか、アンタ等いつまでくっちゃべってんのよ! 早く配置につけ! 京都校(こっち)はもう準備出来てんのよ!』

「「歌姫先輩!」」

 

 トランシーバーから聞こえてくる新しい声にはしゃぐ。今度は硝子ちゃんも一緒になってはしゃいでいるので、オレの尻を蹴る人間はいない。

 

「なんだよ歌姫。なんか用か」

『敬語!!』

「だり〜。しょうがねぇ、そろそろ行ってやるか。行こうぜ傑」

「そうだね」

『おい私が話し出した途端元気無くなるのやめろ! 傷付くでしょーが!』

 

 歌姫先輩が怒るのも無理ないくらい五条と夏油の態度は酷いものだが、開始時刻が差し迫っているのもまた事実。硝子ちゃんと「あとで歌姫先輩に会いに行こうね」とキャッキャしながら約束をし、五条と夏油の背中を見送る。

 

「頑張って。五条と夏油がいくら強くても、なにが起こるか分からないから」

「あぁ、しっかり頑張るよ。出も、フラッグをしっかり護ってくれ」

「任せて。何があっても硝子ちゃんは護るから」

「フラッグを護ってほしいんだけど……まあいいや」

「てか、傑が手持ちの呪霊喚びまくって防衛線張るんだろ? 俺等の陣地まで来れる奴いねぇって」

「うん。後ろには出と硝子がいるんだ。今日は奮発して、一級呪霊も防衛線に入らせるとしよう」

「お、じゃあ俺も〝蒼〟奮発しちゃおっかな。京都校の雑魚共(奴等)まとめて、ヨーヨーみたいにビヨンビヨンしてやる」

 

 京都校の人達からしたら地獄のような会話を嬉々として行う五条と夏油。コイツ等と同期で良かったと心の底から思いつつ、ふと思い至る。

 

「……え、じゃあオレあんまやることない?」

「出がフラッグを護り、私(の呪霊)が出を護る。完璧な作戦じゃないか」

「一人くらい突破してきてくれないかな。冥冥さんと歌姫先輩に良いところ見せたいし」

「絶対、誰も、通さねぇ」

「凄い意思」

「──さて、そろそろ行こうか。グダグダしてると、終わった後に夜蛾先生からなんて言われるか分からない」

「頑張って。ここから念送っておくから」

「頑張れよクズ共〜」

「任せろ!」

「任せて」

 

 デッカい背中が森の向こうに消えていくのを、手を振って見送る。五条と夏油がいなくなったあと、木々の間から流れてきた風を受けた自陣の旗が、頼りなげに揺らめいた。

 そして訪れた静寂。

 静かになった空間に少しばかり居心地の悪さを感じながら、どちらからともなく言いだした。

 

「……こっからどうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!」

「あちゃー、やられたか」

「メンタンピンツモドラ1、スタープラチナオラオラでオラ2、ぶっ飛べ48000点じゃいッ!」

「……よし、もう一回教えるね」

 

 麻雀卓の上、置かれたオレの上がり牌を見て溜め息を吐いた硝子ちゃん。また牌をガチャガチャと混ぜ始め、勝負はまた振り出しへと戻されたのだった。

 天候良好。暑いくらい。

 そんな日差しの下、体育館の半面ほどの広さの空間。360度を森に囲まれた場所で、オレと硝子ちゃんはダラダラと暇を潰していた。

 地面に座布団を敷き、その上に座る。床に置くタイプの麻雀卓で麻雀を始めたはいいが、ルールが分からないので硝子ちゃんに手取り足取り教えてもらいながらの時間。

 って感じ。

 

「やっぱ難しいねぇ麻雀。凄いや硝子ちゃん」

「私だって、別に強いとかそんなんじゃないし。ただルール知ってるだけ」

「だとしてもだよ。オレ筒子(ピンズ)とか萬子(マンズ)とか言われてもさっぱりだもん。かろうじて白發中を覚えたくらいかな」

「ん、上出来じゃん。雀士なれるよ」

「マジ〜?」

 

 ごちゃ混ぜになった牌を綺麗に揃えながら、器用に(おだ)てる硝子ちゃん。←語感の良さ異常。

 硝子ちゃんのテキトーな(おだ)てにすっかり乗せられたオレは、緩み切った笑顔で喜んだ。我ながら簡単な男である。

 初心者なので、どう並べたらいいのかもどうしたら開始の牌列なのかも分からない。ただ硝子ちゃんが並べ終わるのを待っている時間を、硝子ちゃんの顔を眺めながら待つ。

 硝子ちゃんの顔をジッと眺め、思ったことをつい口にする。

 

「……美人〜」

 

 ガチャン。

 麻雀卓の上で両手を滑らせた硝子ちゃんが、並べていた全ての牌を薙ぎ倒した音。

 

「いずるさぁ……」

 

 ジト目の硝子ちゃんが睨んでくる。オレはすぐさま笑って謝った。

 

「ごめんごめん」

 

 硝子ちゃんのトチる姿なんて滅多に見れないものなので、なんだか得したような感情を抱く。

 全く。

 あまり反省していないような態度を取るオレ(大正解)を見て、気を取り直してまた牌を並べ直す硝子ちゃん。オレはまた硝子ちゃんの美人な顔を眺めて待つことにし、硝子ちゃんの顔を見ていて思ったことをまた呟いた。

 

「……顔赤くない?」

 

 ガチャン。

 麻雀卓の上で両手を滑らせた硝子ちゃんが、並べていた全ての牌を薙ぎ倒した音。

 

「暑いからっ! 暑いからだから!」

「そ、そうだよね! 本当にごめん!」

 

 立ち上がり、オレを見下ろして言い放つ硝子ちゃん。握り過ぎてプルプルと震えている硝子ちゃんの右拳が、オレに振るわれないことを祈る。切に。

 硝子ちゃんが溜め息。それから座布団に腰を下ろす。難しい顔のままどこからかタバコを一本取り出して咥え、オレは慌てて自分のポケットからライターを取り出して硝子ちゃんの元へ駆け寄った。

 

「くるしゅうない」

 

 硝子ちゃんのタバコに火を点け、硝子ちゃんが吸う。それに合わせてタバコの先が赤く燃えたのを見て、オレはライターをポケットへと戻した。

 この一連の流れこそ、硝子ちゃんのご機嫌を取る時のムーブである。この瞬間だけオレの肩書きが『硝子ちゃんの同期』から『硝子ちゃんの舎弟』にランクダウンするが、それもそれで面白いので構わないというのが心情。オレもたまに硝子ちゃんにお酒注いでもらうことあるし。

 ……こんなんだから、お互い依存症を克服出来ないんだろうな。

 

「……ふぅ」

 

 紫煙(しえん)ってのは、タバコから上がる煙のことか、それとも吐いたタバコの煙のことだっけか。煙を吐く硝子ちゃんの美しい所作に見惚れながら、どうでもいいことを考える。煙の輪っかでドーナッツを作ってくれとせがんだりしながら、どうでもいいことに思いを馳せる。

 

「あんま、手放しに人のこと褒めないでよ」

 

 一服して落ち着いたのか、いつも通りのテンションに戻った硝子ちゃんがそう忠告してきた。

 忠告を受けたオレは、にへらと笑った。

 

「いやぁ、つい言っちゃうんだよね」

「……私だけになら良いんだけどさ」

「あ、ごめんもう一回言って?」

「なんでもない。ほら、続きやろ。今度四人で麻雀したいんでしょ?」

「ああ、そうだった。おしえて硝子ちゃん!」

「……なんかそういうミニコーナーみたいだね」

「はっはっは」

 

 タバコを咥えながら、また麻雀牌を並べ始める硝子ちゃん。その顔を見てまた余計なことを言ってしまわないように、口を閉じるオレ。

 ゆったりとした空間。遠くで五条と夏油が戦っていることなど忘れてしまいそうな──今この時間が京都姉妹校との交流会であることなんて忘れてしまいそうなくらい、平和な空間。地面に突き刺さった旗だけが、風を受けてパタパタと音を鳴らしている。

 あくびを一つ。そのあくびが硝子ちゃんにも移り、二人して笑う。

 このまま気付かないうちに、一日目が終わってれば良いのにな。言葉にせずとも、お互いにその言葉を共有している。そんなある種の確信めいたものがオレと硝子ちゃんの間には──

 

「なんや、ここにおったんか」

「「ッ!?」」

 

 茂みを掻き分け、何者かが現れた。

 金髪の男。

 毛先が黒い──金髪の男。

 着物姿の男。

 書生スタイルの和装に草履を履いた男。

 笑顔の男。顔面に胡散臭い笑顔を貼り付けた男が、木々の向こうから突然姿を現した。

 旗を護る側と違い、旗を取りにくる京都校のスタート位置は予め明かされているので大体分かる。しかし、この男は来るわけがない方向から突然現れた。酔っているとはいえ、オレだって呪術師だ。硝子ちゃんも然り、周囲に異変があれば気付かないわけがない。

 しかし、コイツは突然現れた。

 二人、立ち上がって警戒。恐らくコイツは相当な実力者だ。

 男がヘラヘラと笑いながら硝子ちゃんを指差す。

 

「え〜、こっちが他者反転の美人ちゃんやろ」

 

 指が流れ、オレへと向く。

 

「……お前誰やねん」

 

 男の笑みが、楽から嘲へと変わったのが見てとれた。

 硝子ちゃんが、臨戦態勢を取ったオレの後ろに隠れる。

 男はオレを見て心底不思議そうな顔を見せた後、指折り数え始めた。

 

「悟君やろ? その隣の前髪やろ? で、美人ちゃんやろ。3人やなかった? 東京校の二年生」

「……オレもいるよ〜」

「嘘吐くなや。お前、〝窓〟とかそこら辺のしょうもない奴やろ」

「トホホ……」

「腕も片方しか無いし、可哀想やな自分」

 

 確かに同期達と比べて影が薄い自覚はあるが、面と向かって言われると流石に凹む。あと初対面で腕のことイジんな。そういうのはもっと仲良くなってからやってくれ。

 肩を落としたオレには早々に興味を無くしたのか、男は硝子ちゃんへと視線を戻した。

 

「まぁええわ。俺も理由無く隻腕(ぎっちょ)殴る趣味はない。見逃したるからくれぐれも邪魔せんとってな──あんなぁ美人ちゃん、ちょっと話があんねんけど」

 

 オレと話していた時とは違う、ニコニコの笑顔。満面とすら言えるはずのその笑みに、(まこと)を感じないのはオレだけか。

 

「……まず名乗れよ。誰だお前」

 

 硝子ちゃんが、オレの陰から警戒心たっぷりの声色で返す。

 男の目の色が一瞬。ほんの一瞬だけ冷たくなったのが分かった。

 笑顔。それから男は口を開いた。

 

「……それもそうやな! 俺、禪院直哉(ぜんいんなおや)。禪院家の次期当主ゆうたら俺や言うて、呪術界(業界)ではもっぱらの評判やで」

「いや知らないけど」

「…………」

 

()()で自己紹介を済ませる男──禪院直哉。しかし硝子ちゃんからの反応が思ったものとは違うのか、みるみる内にその表情が暗く落ちていく。

 

「……ちょっと君、生意気やな」

 

 暗い、なにも見えない暗闇から声をかけられたような、そんな低い声。やっぱこっちが本性かと、硝子ちゃんと二人で納得する。納得していると、いつの間にか距離を詰めていた禪院直哉がオレと硝子ちゃんを引き離していた。

 

「ッ」

 

 受け身も取れずに地面を転がる。すぐさま立ち上がって男を見れば、引き離されたのではなく、硝子ちゃんから()()()()()()()のだと理解する。

 

「っ、離せ!」

 

 硝子ちゃんの手首を掴む禪院直哉。余程掴む力が強いのか、抵抗する硝子ちゃんの表情は険しい。駆け寄ろうと一歩踏み出すが、禪院直哉の片手に制止された。そうだ、これは言うならば人質を取っているような構図。下手に動いて硝子ちゃんに怪我をさせるわけにはいかない。

 オレは苛立ちを隠すことなく、言葉で返すことにした。

 

「おいテメェ! なに許可無く女の子に触れてんだ!」

「うっさいわ。誰に向かって意見してんねん」

「良いから硝子ちゃんを離せ! 痛がってんだろうが!」

「──あぁ、せや。硝子(しょうこ)家入硝子(いえいりしょうこ)ちゃん。君そんな名前やったな」

 

 オレの言葉から、硝子ちゃんの名前を思い出したらしい禪院直哉。すっきりすっきりと笑いながら言っているが、なんでコイツ五条の名前憶えて硝子ちゃんの名前憶えてねぇんだよ。ふざけてんのか。逆だろ。

 

「思い出してくれて、ありがとうッ」

 

 笑いながらも、硝子ちゃんの手首をガッチリ掴んでいる禪院直哉。その手に向けて、硝子ちゃんが懐から取り出したメスを振るった。

 空振り。

 

「チッ……!」

 

 気が付けば禪院直哉は姿を消していて、そこにはメスを握る硝子ちゃんが一人残されていた。二人して消えた禪院直哉の姿を目で追う。

 

「写真だけ見たらえらい()()()()()な子やなって思ったけど。なんや君、抵抗するんかい」

 

 後ろから聞こえた声に慌てて振り返る。硝子ちゃんの盾になるように移動すると、オレの背に隠れた硝子ちゃんが声をかけてきた。

 

「……いずる」

「あぁ、コイツの術式だよね」

「なに当たり前のこと言うてんねん雑魚。早よそこ退け。俺かて障害者相手でも殴る時は殴るで」

「退かない。ついでに旗も護る」

 

 オレは硝子ちゃんを庇うように、毅然とした態度で目の前の男を睨んだ。

 突然現れた男、禪院直哉。地面を転がされたことで、ようやく今が交流会の最中なのだと思い出した。関西弁を話すコイツは間違いなく京都校のメンバー。地面に刺さるこの旗を奪いに来たのだ。

 

「……あー、そういうこと。先言うとくけど、俺旗取りきたわけちゃうで」

「……は?」

 

 オレと硝子ちゃんの警戒から合点がいったのか、笑いながら訂正を入れる禪院直哉。その言葉に、オレはたっぷり間を置いてから疑問符を残した。

 オレの間抜けな表情を見た禪院直哉が嗤う。嗤って、笑って、それから当然のように言い放った。

 

「いやな? ちょっとこの家入硝子(美人ちゃん)、俺の物にしよ思うて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





後半へ続く。
というわけで、みんな大好き禪院直哉君の登場です。書かずにはいられないよね。

あと、禪院直哉の口調は完全にフィーリングでやってるので、間違っているところが多々あると思います。関西弁に自身ニキネキの方々、ここおかしいよとか、教えていただけるとスーパーハッピーです。

みんないつも読んでくれてありがとうね!これからも頑張るからね!

ではまた。


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