アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは!文字数大バグりブーストです!




在りし日の日常。

 

 

 

 

「ほら、よそ見してる場合とちゃうで」

 

 合図もなにもなく突然始まった戦いは、終始一方的なものだった。

 相手の術式を看破出来ずに、防戦一方の戦いを強いられているオレ。

 そんなオレに一切の情報を与えないまま──つまりはなんの術式の開示もしないまま、目にも止まらぬスピードで四方八方から打撃を叩き込んでくる禪院直哉。

 気付いたら頬に奴の拳が触れていて、気付いたら腹に奴の足裏がめり込んでいる。そんな戦い。

 禪院直哉が走り出すまでは見えている。しかし次の瞬間には奴はもう攻撃を終えていて、オレは無様に仰け反る──そんな戦い。

 度重なる負傷の末、遂には地面に片膝をついたオレを、大して疲れた様子もない禪院直哉が見下ろしていた。

 

「なんやねん(きみ)。あんだけ息巻いておいて、クソ弱いやんけ」

「ち、チクショウ……!」

「いずる!」

「大丈夫だ硝子ちゃん! だから、こっちに近寄ってきちゃ駄目だ!」

 

 鼻から垂れてきた熱い液体を、制服の袖で拭う。オレの身を案じて駆け寄ろうとする硝子ちゃんを強い言葉で制止し、今一度禪院直哉を睨み付けた。

 

「美人って意外と駄目男を好きになるとかそういうやつ? けったいな話やでほんま。……え、なに? なんで俺のこと睨んでんの? 喧嘩ふっかけてきたの自分やろ?」

「オレがなにも言わなきゃお前、無理やりにでも硝子ちゃん連れていく気だっただろうが……!」

「そらそうやろ、デートやデート。付き合うにしても、互いの()()って結構重要やろ?」

「クソ野郎……」

 

 硝子ちゃんが後ろで忌々しげに呟く。100%同感である。なにを大真面目に語っているんだコイツは。

 義手(左手)を、軋むくらいに強く握り込む。この拳が一発でも当たりさえすれば、今の状況は多少なりとも好転するというのに。

 強めに吹いた風が額に滲む汗を気化し、地面に突き刺さる旗を優しくはためかせる。

 風。

 気付けば、木々の合間を縫って流れてくる空虚な音と共に、一羽のカラスが俺の靴を突いていた。

 

「カァ」

「カァ座右衛門……」

 

 目線を下に向けて名を呼ぶと、カァ座右衛門は嬉しそうに首を傾げてもう一度鳴いた。

 

「そうだ、このカラスは冥冥さんと視覚を共有してる。この騒ぎだってもう本部に……!」

 

 硝子ちゃんが発する。それを受けて、禪院直哉が苛立たしげに鼻を鳴らした。邪魔が入るのがそんなに嫌なようだ。

 

「ハァ? なんやねんそれ、ふざけんなや。おい、そのカラス寄越せ」

「カァ座右衛門になんて口聞いてんだテメェ」

「知るかボケ」

「ボケじゃねぇ。オレは浮舟出って言うんだ」

「あっそう、俺は()()直哉って言うんやけど」

「さっき聞いた」

「……そろそろ口の聞き方覚えてもらえるぅ?」

「お前がキチンと硝子ちゃんに謝ったら考えてやるよ」

「アホか、なにを謝ることがあんねん」

 

 これまた大真面目に言ってのける禪院直哉。その清々しいまでのカス加減に、オレは一週回ってニヤけてしまった。

 

「なにわろてんねん」

「ごめんごめん」

 

 今は戦闘中だ、切り替えなければ。

 視線を動かし、禪院直哉の来襲によってグチャグチャの状態になってしまった麻雀卓──その(そば)、地面に転がっていたトランシーバーを手に取った。

 

「今から止めても遅い、わな。……通信(泣き言)終わったら、応援来るまでの間存分にぶち転がしたるから覚悟しとけや」

 

 今この状態からトランシーバーを奪い取ってもどうにもならないことに気が付いたのか、禪院直哉は苛立たしげにそう言った。凄いなコイツ。オレを自由にいたぶることから、応援が到着するまでの限られた時間の中でどれだけいたぶるかに思考を移行してやがる。

 えぇい、今はそんなことに感心している場合ではない。

 オレは指に力を込め、トランシーバーの側面についている通信ボタンを押した。

 

「……冥冥さん」

『聞こえてるよ浮舟君。そこにいる禪院家の男とは仲良くやっているかな?』

「はは、この通り大喧嘩ですよ」

『前線も前線で、五条君と夏油君のおかげで大変なことになっていてね。やっと生徒全体への連絡手段が整ったよ』

 

 やれやれと、溜め息を交えながらの通達。

 トランシーバーって一人一つ持ってるわけじゃないから情報の伝達ムズいっすもんね。

 オレは補足の意味も込めて、そう返した。

 

『今回の予期せぬアクシデントは完全に高専側(大人)のミスだ。よって交流会は即刻中断。目算(もくさん)、そちらに応援が到着するのは早くても5分といったところだ。無理を言うようだが、どれだけ辛くてもこちらが到着するまではなんとか耐えてもらうしかないね』

 

 本当にすまない。

 トランシーバー越しでも分かる、冥冥さんのオレ達を心配しているような声。冥冥さんの果てしない優しさに心打たれたオレは、一呼吸置いてから本題──つまりは、わざわざ戦いの最中にトランシーバーを手に取った理由について話すことにした。

 

「そのことなんですけど」

『なにかな』

「要らないですよ、応援」

『……?』

 

 疑問の言葉を発する代わりに冥冥さんの口から微かに息が漏れ、トランシーバーがその音を拾った。確かに拾った。

 オレの言葉を疑問に思っているのは冥冥さんだけではない。硝子ちゃんも、禪院直哉も、皆してわけが分からないと眉を(ひそ)めていた。

 オレは続ける。

 

()()()()()で一々中断してたら、折角の年一イベントが台無しですから。五条と夏油が京都校の人達抑えてくれてるんですし、こっちだって自分の力で頑張らないと」

『……浮舟君。理解しているとは思うが、禪院直哉の術式は君との相性があまり良くないんだよ』

「まぁ、オレってば生粋のパワータイプっすからね。あんだけ速く動かれちゃあタジタジですよ」

『なら』

「冥冥さん、コイツはオレの大切な同期に無礼な真似を働きやがったんです」

『……ああ、成る程』

「絶対に許しません。必ずコイツを正します」

『やれやれ、とんでもないわがままっ子だね。君は』

 

 高くつくよ。

 しかし、言外にこれからオレが行うことを肯定しているような口振りに「構いません」と返す。それから言った。

 

「重ねてお願いします。こっちのことは良いので交流会はそのまま続けてください』

 

 言って、オレは湧き出る怒りに任せてトランシーバーを握り潰した。そこに冥冥さんからの返事の可否を受け入れる余地はない。一方的に己の主張を伝え、通信を遮断。

 この無礼はあとで誠心誠意謝らないといけない。

 握り潰したトランシーバーは一瞬不快な電子音を鳴らしたのちにピシピシと火花を散らし、プラスチックや金属の破片が握った手の指の隙間から飛び出している。

 オレの握力によって元の形より幾分小さくなったトランシーバーの残骸を、制服のポケットに無造作に放り込んだ。出来る男は豊かな森林を保護するものだ。

 

「そういうわけだから、カァ座右衛門」

「カァ」

「乱暴なところとか見られるの恥ずかしいから、ちょっとそこら辺お散歩しててくれる?」

「カァ」

「ごめんね、ありがとう」

 

 しゃがんで頭を撫でると、パシャリとカメラのフラッシュが瞬いた。冥冥さんったら、最後の最後まで商魂逞しい(しっかりしてる)

 カァ。

 どうやらカァ座右衛門はオレの言葉を理解しているらしく、いつものように鳴いてからバサバサと飛び去ってしまった。黒い羽がカァ座右衛門が飛び去っていった空から、何本か舞い落ちていく。それを眺めていると、禪院直哉が苛立たしげに口を開いた。

 

「……恩でも売ったつもりか? そんなんしても手加減とかせぇへんよ」

「大人しくしててくれてありがとうな、禪院直哉」

「やかましいわ」

「オレが逃げると思ったか? オレが応援を待つ為に攻撃を耐えると思ったか?」

「そらそうや。だってこのまま戦ったって君が俺に勝つことなんて万が一にもあらへんもん」

 

 背水の陣ってやつ? 

 禪院直哉が、ヘラヘラと笑いながらオレを煽ってくる。負けじと、オレも口角を上げて返した。

 

「まだ分かってねぇのかよ、お前」

「ハァ?」

「退路塞がれたのはお前の方だぞ」

「……雑魚が(いき)がんなや」

「硝子ちゃんに、今までの無礼を誠心誠意詫びろ」

「だから、詫びひんて」

「覚えとけ直哉。これがお前の助かるたった一つの条件だ。お前が心からの謝罪の言葉を発しない限り、オレは何度だってお前をぶん殴る」

「はっ、一度も俺に攻撃当てられへん雑魚がなにを偉そうに」

 

 オレの言葉を、禪院直哉が鼻で笑う。オレを睨むその目は先程よりも怒りの色が濃くなっていた。

 

「邪魔が入らんのやったら、ちょっとくらい()()()()()()かまへんよな」

 

 独り言のように、禪院直哉はそう言った。格下相手に舐められているという怒りからか、禪院直哉の呪力がメラメラと大きく膨らんでいくのを感じた。

 オレは叫ぶ。

 

「硝子ちゃん、お酒取って!」

「飲み過ぎないでよねー」

 

 (ぬる)くならないようにと日陰に置いておいた、氷水を入れて冷やすタイプのクーラーボックス。その中からキンキンの瓶ビールを取ってくれた硝子ちゃんがこちらに向かって投げてくれる。オレは左手を上げて瓶をキャッチし、固く締まっている栓を親指で弾き飛ばした。

 

「なんや、未成年飲酒かいな」

「お前、本ッ当にオレのことなにも知らないんだな」

「知るか。てか君の名前なんやったっけ?」

 

 こちらを煽るスタンスをやめない禪院直哉。丁度良いので、改めて自己紹介。或いは懇切丁寧な術式の開示。

 

「オレの名前は浮舟出(うきふねいずる)。普段からお酒をチビチビ飲んでは、心地良い酩酊感や二日酔いに苛まれている高校二年生。なんで四六時中お酒を飲んでるかっていうと、オレはお酒を飲まなきゃ呪霊すら見えない天与呪縛持ちだから」

 

 区切る。禪院直哉は意味ありげに「……天与呪縛」と呟いていたが、今はオレが喋るターンだ。持っていた瓶ビールに口をつけ、一息で飲み干す。記憶の通り決して美味しいとは言えない味だが、別に構わない。ビールとは、味よりも喉越しを楽しむものだからだ。

 

「もしかして酔拳の使い手だったりすんの? ──いや、ちゃう! なんやこの呪力ッ!」

「だから言っただろうが。そういう天与呪縛なんだよボケ」

「ぼ、ボケやと……!?」

「お前が今まで好き勝手ボコってくれてた出君はな、言わばニュートラル状態なんだよ。お酒を入れてるだけの、なんのギアも変えてない状態。……つーか、直哉お前免許とか持ってねぇだろうけど、車で例えても別に大丈夫だよな」

「知るか! 免許持ってへんのはお前もやろうが! てか、気安く名前呼ぶなや! 雑魚のクセに!」

「流石は関西弁。ツッコミが早いし多い」

「関係あるか!」

 

 禪院直哉の声量が、先程までとは明らかに変わっている。オレを恐れているのか、なにかを掻き消すように声を荒げている。

 

「……ちょっと待て直哉。お前ギアチェンジとか知らねぇの?」

「俺が異常みたいに言うな! そういうお前はなんで知ってんねん! 未成年で飲酒もしてて例えで車が出てくるって、最悪な答え浮かび上がってまうぞ!」

「ざけんなッ!」

「ぐあぁ!」

 

 禪院直哉の舐めた一言に、思わず距離を詰めてその頬を殴ってしまう。アルコールバフがかかっているオレの行動は、今までは指先一つかすらなかった禪院直哉に、楽々と拳を届かせるにまで至る。……いや、ただの不意打ちか。

 禪院直哉がたたらを踏んで下がり、殴られた頬を押さえながら信じられないものを見るようにオレを見た。

 

「なんで男子高校生のクセに知らねぇんだよ! ゲーセンで頭文字(イニシャル)Dとかやんねぇのかッ!」

「げ、ゲーセン……?」

「ゲームセンターって知ってっか!?」

「な、舐めんなや。ゲームソフトとか売ってる店のことやろ。それのイニシャ……なんやったっけ」

「あぁもう!」

 

 兎に角! 

 オレはこれ以上ダラダラと続いてほしくない会話をぶった斬るように、声を張った。

 

「これからのオレはドライブ(D)状態! 爆速で倒してやるから、早めに謝っとけよ!」

 

 硝子ちゃんに! 

 誰も加勢に来ない(誰の邪魔も入らない)、正真正銘一対一の戦い。目にも止まらぬ速さで攻撃してくる禪院直哉と、アルコールパワーで戦うオレ。どちらかが泣いて謝るまで終わらない戦いの幕が、今切って落とされた。

 

「オートマじゃん」

 

 硝子ちゃんからの鋭すぎるツッコミは、聞こえてないフリをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ほら、まだまだ速なるで!」

「…………」

 

 肩、腿、前腕、背中、膝、二の腕。瞬く間に打ち込まれる禪院直哉からの連撃。対策も何も無いままにウロチョロ動き回るのは危険だと判断したオレは、ひとまず禪院直哉からの攻撃を耐えていた。鈍く痺れるような痛み、その痛みが引く前に別の箇所へと痛みが重ねられるような超速度の攻撃を、オレは必死に耐えていた。

 どんなに目を凝らしても、禪院直哉の攻撃は見えない。構えた次の瞬間には当たっていて、そこに反射神経や動体視力が入り込む余地は無い。

 ザザザ。

 草履の裏を滑らせて、禪院直哉がオレの前に姿を現す。久しぶりじゃんと声をかければ、禪院直哉は舌打ちをしながら少し疲れた様子で返してきた。

 

「君、いくらなんでも硬過ぎるやろ。手ぇ痛なってきたわ」

 

 禪院直哉が熱を持った手を、ぷらぷらと振って熱を逃しながらそう言う。呼吸が少し荒い。

 当たり前だが、禪院直哉の呪力も無限ではない。この攻撃を耐え切れば、呪力(スタミナ)切れを狙えるかもしれない。

 オレはそう考えた。

 …………。

 はぁ? 

 なんだそのつまんない戦法。

 何を考えているんだオレは。

 爆速で倒してやるだとか大口を叩いてみたものの、攻略法が無さすぎる。飲酒モードとはいえネガティヴが込んでいるらしい。

 溜め息。

 

「直哉、お前がナイフとか持ってなくて良かったぜ……! それで首とか切られたら一撃だし」

 

 雑談。それに応えた直哉は、何を言っているのかとでも言いたげな呆れた表情で。

 

「使わんよ。術師のクセに得物に頼ってたらダサいやろ」

 

 そもそも、別に殺すつもりやあらへんし。

 と言い放った。

 確かに、この戦いはなにも命を取り合うものではない。オレだって禪院直哉をボコボコに懲らしめるつもりはあれど、殺したいと思ったことはない。だから、禪院直哉の否定にも納得がいく。

 しかし、その後の言葉に疑問。

 

「ダサいか?」

「ダサいんよ。まぁその点君は好感持てるよ? 素手どころか、左腕一本でやっとるもん」

 

 えらいえらい。

 禪院直哉がこちらを心底馬鹿にした表情で、手をぱちぱちと叩く。ムカついたので言い返してしまった。

 

「オレの左腕、金属だけど」

「細かいことはええねん。俺が褒めてるんやから素直に受け取っとき」

「ありがとう」

「ええよ。……術師なら、しょうもない呪具なんかに頼らず己の術式一本でどうにかすべきや。呪具に頼るのなんか自分の術式に自信が無い証拠──そうは思わん?」

 

 問いかけ。今まで思ったこともなかった議題だが、この際少し考えてみる。

 呪具使わないで戦うのが格好良いって話か。

 うーん。

 

「……まぁ、それでいけるなら強そうで良いと思うよ。五条も夏油も硝子ちゃんも、呪具(得物)使わないし」

「やろ? 話分かるやん君!」

 

 弾けるような嘘くさい笑顔でそう言う禪院直哉に、オレは釘を刺す。

 

「……でも、呪具使う術師がダサいって話にはならないからな。呪霊相手の生きるか死ぬかの戦いに、呪具使ったくらいで格好良いもダサいも無いだろ」

「……なんやその良い子ちゃん回答。誰かに弱みとか握られてんの?」

「別に? ただ冥冥さんとかクソかっちょいい呪具使うし。お前が言うような、呪具使っててダサい人ってオレ見たことね〜んだよな」

 

 つーか無条件で格好良いモンだろ、武器(呪具)って。

 言う。

 オレの言葉がが気に食わなかったのか(というか先程からずっとイライラしてはいるが)、禪院直哉は自らの髪を一度かきあげた後、オレを睨み付けてこう言った。

 

「嫌いやわ、君」

お揃い(オソロ)じゃん、意見」

「もうええわ。もう少し甚振(いたぶ)ってから負かすつもりやったけど、関係あらへん。早いとこ()して、美人ちゃんとデートやデート」

「させねぇよボケ」

「止めてみろやアホ」

 

 自分が出来る中での1番の威嚇の表情で、禪院直哉を睨み付ける。交わり、弾けて火花を散らした両者の視線は僅かたりともズレることはない。

 禪院直哉が口を開く。

 

「……俺の術式は投射呪法言うてな、事前に頭の中で24fpsで作った動きを後追い(トレース)するんや。動きを作んのに失敗したら、1秒間フリーズしてまうっていうデメリットもある」

「fpsってなに?」

「これを機に学ぼうとすんなや、呑気か」

「まぁ良いか。雰囲気で理解しておく」

「……続けんで」

「おう」

「俺の術式が発動されている間に、この手のひらで触れられたヤツにも同じ効果が適用される」

「えー、じゃあオレも使っちゃおうかな、投射呪法」

 

 軽口を叩いてみる。それに対して禪院直哉は特に表情を変えず、オレを試すようにこう言った。

 

「やってみ──」

 

 こう言って、消えた。

 

「──がら空きやで!」

「ぐおぉッ!」

 

 次の瞬間には、オレの横っ腹に禪院直哉の爪先が伸びていた。爪先はあばらで守られていない肉のみの部位にズブリとめり込み、オレの口から強制的に空気を排出された。

 

「なにお喋りモードのまま突っ立ってんの? 切り替え遅いよ」

「クソ、油断してた……!」

「術式開示して良かったわぁ。速度の乗りが段違いやもん」

「見えないから分かんねぇよ、違い」

「そう? まだまだ速なるよ──」

 

 会話の途中でフッと消える。背中に衝撃。

 

「馬鹿やな君。その実力で、なんで俺に喧嘩売れたんやろ──」

 

 振り返ってもそこには誰もおらず、ガラ空きな頬を殴られる。

 

「友達の為とか今時流行(はや)らんよ──」

 

 唾液を含んだことにより粘度が高い血液が口から垂れる。垂れて、伸びた線が段々と細くなり、切れる。血液が地面に落ちて、次の瞬間にはオレはうつ伏せに地面に突っ伏していた。

 背中に重み。どうやら禪院直哉に座られているらしい。

 

「あれ、なんでやろ。君が動けない1秒間にうっかり組み敷いてもうたわ」

 

 オレの左腕を強引に背中に持っていき、ギリギリと上に締め上げる禪院直哉。決して柔軟性が高いとは言えないオレの肩は、その痛みに()を上げた。

 

「ガアアアアアアアアッ!」

「ぷっ、ほんま情けないわ。あぁでも、()()()()()()()特別に許してやらんこともないよ?」

 

 あれ、これ誰の言葉やったっけ? 

 ゲラゲラと笑いながらも、オレの醜態を笑う禪院直哉の手は止まらなかった。

 

「もう術式使うまでも無いわ。完全に()まっとる。……君、名前なんやったっけ? さっき聞いたのにまた忘れてもうた。隻腕(ぎっちょ)君でええか──隻腕(ぎっちょ)君、今の気分とか聞いてもええ? 俺は勿論最高やけど」

 

 ゲラゲラ。

 笑いが止まらない禪院直哉。その耳障りな笑い方に段々とオレの中での怒りのボルテージが上がっていく。

 

「あ? やめた方がええよ。無理に動くと普通に肩外れんで」

「オレが……! 肩が外れるごときでビビるように見えんのかよ……! こちとらちょっと前に伏黒甚爾に両腕落とされてんだぜ……!!」

「ハァ? 甚爾? なんで甚爾君の名前が──って、嘘やろ!? なんで立ち上がれんねん!」

 

 禪院直哉に左腕を()められたまま、片膝を立てる。それから両足の裏をしかと地面につけ、重力方向の転換に耐えられなかった禪院直哉は背中から地面に落ちた。

 

「なんちゅう馬鹿力や……!」

 

 ぶつけた背中をさすりながら、禪院直哉がオレを睨む。

 オレは楽になった左腕を慣らすように数回ほど回してから拳を握り、呪力を込めた。この呪力は、ただ目の前のムカつく男をぶん殴る為に。

 

「24fpsのこと教えてくれよ」

 

 言って、地面に座り込む禪院直哉の顔面に向かって瓦割りのフォームで振り下ろす。この一撃に全力が込められていることを悟った禪院直哉はビビったような表情を見せながらも術式で消えた。標的を失った左腕が地面に刺さり、円形に陥没して周囲にヒビを走らせる。

 

「し、死ぬとこやったわ」

「殺さねぇって」

 

 いつの間にかオレの背後に回っていた禪院直哉が、息を整えながら悪態をつく。オレの背後を取りながらも不意打ちを決める余力は無かったのか、視認出来る禪院直哉の呪力は先程よりも頼りない。

 

「スタミナ切れ近いんじゃね〜〜〜の?」

「舐めんな!」

「硝子ちゃん! お酒もう一本ちょうだい!」

「えー、飲み過ぎでしょ。もう駄目」

「駄目……?」

「私が信じるいずるは、今の飲酒量でも勝つ」

「くぅ〜! 分かった、ある分でなんとかするわ!」

「頑張って」

 

 後方でタバコを吸い始めた硝子ちゃんに手を振って応援を頼むも、にべもなく返される。これもオレの体調面を心配しての言葉なのだと、硝子ちゃんの優しさに目頭が熱くなる。

 

「というわけで、直哉」

「名前で呼ぶなや」

「呼ぶよ」

「……チッ」

「オレはこれ以上お酒の補給が出来ないから、一刻も早くお前を倒さなきゃいけなくなったわけだ」

「つまり、君もスタミナ切れが近いってことやん」

「そうなる。だから、次のアクションにオレの残りの全呪力を賭ける」

「なにをベラベラと、アホくさ」

「一応聞いておくけど、まだ謝らない?」

「謝るわけないやろ」

「……そうか。じゃあついてこい直哉!」

「あ──コラ待てや!」

 

 オレの中に残された、最後の慈悲。しかし禪院直哉はいまだに自分のしでかした事の重大さを理解していないらしく、ヘラヘラと呑気に笑ってやがる。

 そうなってくると、こんな奴に慈悲を与えたオレ自身にもムカついてくる。無闇に呪力を乱さぬように一呼吸置き、それから駆け出した。

 不意をつかれた直哉も、すぐ後ろをついてくる。呪力を温存したいのか、術式で追い付いてくることはない。

 

「どうしたよ直哉! 自慢の術式はもう使わねぇのォ!?」

「クソ……! ほんまムカつく野郎やわ!」

 

 体育館の半面ほどの大きさの開けた場所から、森の中へと入る。日差しを遮る木々が、木の葉が、夏の視界の明るさを低減させた。

 背の高い木。

 深い年輪が刻まれた木。

 呪術界の歴史の長さ、それと同じだけの時間をこの地で育まれた自然。立派な木が生え揃う森の中で、背後から禪院直哉の大声が響く。

 

「障害物多い所に逃げ込めば、俺が嫌がるとか思うたんか!? 甘いで隻腕(ぎっちょ)!」

 

 迎え打つ為に振り返れば、禪院直哉は言葉を残して姿を消していた。

 遂に来た、術式の使用。

 ガサガサと、風で揺れる茂みや木の葉同士が擦れる音が、禪院直哉がそこを通過した証を残していく。

 

「…………」

 

 ガサガサ。

 ガサガサ。

 ガサガサ。

 

「…………」

 

 残響。

 右から左へ、左から右へ。音が移動する。

 

「……──オリャアッ!」

 

 直感のままに拳を叩き込む。空気を切り裂く速度で繰り出されたオレの正拳突きは、大木に当たってメキメキと木の真ん中からヒビを入れた。

 

「ハズレ」

 

 禪院直哉が嘲るように、オレの肩に手を置いてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ハズレ」

 

 見当違いな場所に拳を叩き込んだ浮舟の肩に、禪院直哉は笑いながら手を置いた。浮舟は舌打ちをしながらも振り向きざまに左フックを繰り出す。禪院直哉は内心ほくそ笑みながら、また術式を使って移動した。

 投射呪法。

 血の滲むような鍛錬の末に辿り着いた、どんな状況からも組み立てられる24fps内での動き。あくびが出そうな速度で腕を伸ばす浮舟の横を、禪院直哉は実に気楽に通り抜けた。

 1秒。

 スローモーションだった景色が元の速度に戻り、標的を失った浮舟の拳が禪院直哉の後ろにあった木の腹を貫いた。

 外したことに気付き、早々に木から腕を抜いた浮舟。腕を振って木屑を払う浮舟の背中に、禪院直哉は世間話でも始めるかのようなトーンで声をかけた。

 

「えらい馬鹿力やな、もしかして殺す気で()っとんの?」

「だから殺さねぇって──のッ!」

「はいハズレ」

 

 言葉の途中で放たれた突きも、禪院直哉が術式を発動してしまえばこの通り。余裕を持って避けて、避けられたことに気付いた浮舟がまた拳を振るう。その繰り返し。

 攻撃を外した数だけ、空振った先で打ち抜いた木々に穴を開けていく浮舟。二桁の大台に突入する前に、禪院直哉が動いた。

 禪院直哉は、もう何度も繰り返したか分からない状況で──浮舟に殴られる直前で、いつものように術式を発動する。

 (ハエ)が止まる速度で動く浮舟、その拳に術式を発動した状態で優しく触れる。24fpsでの動きの組み立てに失敗した浮舟は、完全に静止してしまった。

 1秒(フリーズ)

 浮舟が再び動き出すも、時間が抜け落ちた感覚はあるのか怪訝な表情を浮かべる。しかし禪院直哉を殴る為に拳を振るっていた最中だということに気付き、慌てて構えを解こうと勢いを殺す。

 

「うおっ」

 

 タタ、と足を数歩前に出している途中で(つまず)く。いつの間にか、禪院直哉が伸ばした足に引っかかっていたからだ。

 

「トロいねぇ」

 

 無様に転げた浮舟。その情けない姿に笑みを抑え切れない禪院直哉。ニヤけた口元を隠すように手を添え、しかしクスクスと笑い声だけは漏れてしまう。

 自身(禪院直哉)を正すと、大見得切って宣言してみせた浮舟出。その人外の膂力に最初こそ警戒していた禪院直哉だったが、自らの術式の前では取るに足らない雑魚であることが分かり、今となっては負ける未来が見えなかった。

 家入硝子(美人ちゃん)とのデート、その行き先を考えながら浮舟を見下ろす。

 

「なんで君、そんな弱いのに術師やってるん? 場違いだとか思わんの」

 

 呪術界、御三家が一つ──禪院家。その嫡男である禪院直哉ともあれば、彼の耳には日夜様々な情報が舞い込んでくる。

 曰く、2006年度に入学した東京校の面子が類を見ないレベルで逸材揃いだとか。

 曰く、その代には五条家の当主がいるとか。

 曰く、その代には五条の隣に一般家庭出身の術師が肩を並べているとか。

 曰く、その代には他者に反転術式を施せる希少な術師がいるとか。

 曰く、その3人のみで2006年度の姉妹校交流会を圧勝してみせただとか。

 曰く、最近になって上層部間での会話で呪われた血筋という言葉が飛び交っているだとか。

 曰く、東京校に侵入者が現れただとか。

 曰く、その侵入者を五条悟が仕留めただとか。

 そんな禪院直哉のところにも浮舟出の情報が流れて来たことはない。実際に今こうして戦ってみて、その理由にも納得した。

 

「君、はっきり言って弱過ぎるよ。悟君と、前髪と美人ちゃん。あの3人と隻腕(ぎっちょ)君が同級生? 無い無い。冗談だとしてもおもんな過ぎや」

 

 仮に補助監督志望だったとしても、隻腕では出来ることが少ない。だというのに、なんにも気付いていない呑気な表情で術師を名乗り、あまつさえ禪院家次期当主である自分に喧嘩を売るようなふざけた態度。

 はっきり言って、我慢がならなかった。

 罵倒。

 倒れた状態でその全てを浴びた浮舟は、痛みに耐えながらもまた立ち上がった。金属製の片腕を支えに膝を立て、二本の足でしっかりと立った。

 目の前の男の、不気味なまでのタフさに嫌気が差す。禪院直哉は溜め息を吐いた。

 浮舟が答える。

 

「……確かに、自分でもそう思うよ。オレなんかが同期(みんな)と一緒にいて良いのかってな」

「なんや、自覚しとったんか」

「当たり前だろ、あの3人と一緒にいてコンプレックス刺激されないわけねぇ〜だろうが。……でもな」

 

 浮舟が、制服に付いた土を払いながら、鋭い眼光で禪院直哉を睨んだ。

 

「こんなオレにも、アイツ等は優しくしてくれんだよ。一人の同期として、友達として接してくれんだよ」

「気ぃ使われてんのとちゃう?」

「馬鹿言え、お前性格悪過ぎるぞ」

「は?」

「優しくしてくれる、心強い仲間がいるんだ。それに応えないでなにが同期だよ。一人でウジウジしょぼくれてる時間なんてある訳ねぇだろうが」

「……いっぺん、死なんと治らんのやろうな。その能天気」

「日々努力。オレは、少しでもアイツ等の隣に立って恥ずかしくないように、死ぬ気で頑張ってるぜ。お前は?」

 

 人差し指と中指で唇に触れ、それから離す──世間一般で言うところの投げKISSをしてきた浮舟。その動作に込められた挑発に、落ち着きかけていた禪院直哉の怒りが再燃した。舐めんな、そう言い放とうとして気付く。否が応でも気づいてしまう。

 

「……なんや、この()は」

 

 ガサガサ、と。

 バキバキ、と。

 メキメキ、と。

 何かが軋み、割れるような音。一瞬浮舟の身体から鳴っているのかと思ったが、すぐに間違いだと気付く。ならばこの音。この音は何処(どこ)から──

 

「──まさかッ!」

「捕まえた」

「なッ!?」

 

 周囲を見渡して、ようやく音の正体に至る。それと同時に、いつの間にか距離を詰めていた浮舟に胸倉を掴まれていた。

 掴まれていては移動が出来ない。この場から逃げ出したいのに、逃げ出せない。禪院直哉は必死にもがくが、浮舟がその手を離すことはなかった。

 

「離せやアホッ! 木ぃ倒れてきてんのが見えんのか!」

「あぁ、見えてる」

 

 倒木、その最中。

 360度、全方向からこちらにじわじわと倒れてくる木々。その折り目に目を向ければ、見慣れた拳大サイズの穴。

 傾き始めてから気付き、しかしそれからでは遅過ぎる。浮舟に掴まれた胸倉は、浮舟の握力によってギチギチと音を鳴らしていた。

 

隻腕(ぎっちょ)お前、最初からこれが狙いやったんか!」

「直哉の術式って、移動前に動き組み立てなくちゃいけないんだろ? だから、どうにかして気を逸らして捕まえちまえばこっちのもんだって思ったんだよ」

 

 オレの場合、片腕だから()()するしかなかったけどな。

 浮舟の答え合わせなんて耳に入らないくらいには、禪院直哉の意識は周囲に向かれていた。

 倒れてくる。

 ゆっくりとだが確実に勢いを早めて、こちらを潰さんと大小様々な木が内方向に倒れかかってくる。あの大きさの木に潰されて「命に別状はないだろう」と言えるほど、禪院直哉はふぬけた教育を受けてはいなかった。

 

「離せ! この──」

 

 安全地帯までの移動は不可能。それを悟った禪院直哉は、この場での最適解を探す。胸倉を掴まれたまま動ける範囲を指定し、24fps内で浮舟の顔面に拳の連撃を打ち込む。何度も何度も、自分の呪力(スタミナ)が続く限り何度でも術式を使用する。

 殴打、殴打、殴打、殴打。

 しかし、何故。

 

「なんで……! 手ぇ離さんねやッ! 下手したら死んでまうよ!? 俺等諸共、大木に潰されて死んでまうんやぞ!」

 

 顔を腫らしながらも、口や鼻から血を流しながらも、浮舟は決してその手を離さなかった。禪院直哉の攻撃などまるで効いていないかのように、不敵に笑っている。

 浮舟が、禪院直哉を睨み付けながら口を開く。

 

「硝子ちゃんに謝れ」

「クソ……! クソ……! 離せ離せ離せ離せ、離せやこのッ!」

「硝子ちゃんに謝れ」

「──謝る! すぐにでも謝りに行くから、今は離してくれや!」

()()()硝子ちゃんに謝れ。硝子ちゃんに聞こえるくらいの声量で謝れ」

 

 説得を試みる。

 木々が迫る。

 胸倉を掴む腕を殴る。

 木々が迫る。

 頭上に描かれた影が段々濃くなる。

 木々が迫る。

 死の予感がつむじをヒリヒリと刺激する。

 木々が迫る。

 呼吸が浅くなる。

 木々が迫る。

 汗が滲み出てくる。

 木々が迫る。

 声が上ずる。

 木々が迫る。

 手先に震えが出てくる。

 木々が迫る。

 

()()()()()()()()

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

 説得は不可能。

 脱出も不可能。

 同じ言葉を繰り返す、隻腕の男。今この瞬間になるまで然程脅威を感じなかったどころか、同性ということもあり興味すら持てなかった目の前の男。それが今や、禪院直哉の意識の全てが目の前の男に向かっていた。なんなんだコイツはと男の情報を脳に取り入れ、恐れていた。得体の知れない脅威に、足を震わせていた。

 

「……ごめ、ごめんなさい」

 

 気付けば、その言葉を口にしていた。幼い頃、やってはいけないことをやってしまい、それを親に叱られた時のように。唇を震わせながら、涙ながらにその言葉を呟いていた。

 

「聞こえねぇよ」

 

 しかし男は謝罪を聞き入れない。そんな声量じゃ謝罪の内に入らないと、再度謝罪を要求する。

 もう木々はすぐそこまで迫っている。

 やけに渇いた喉を潰すように、禪院直哉は目を瞑って力いっぱい叫んだ。

 

「ごめ──ごめんなさい……! 家入硝子ちゃん! もう二度としません……ッ!」

「よく出来ましたァッ!!」

 

 パッ、と胸倉を離される。立っていられる精神状態では無くなっていた禪院直哉は、腰が抜けて地面に尻もちをついた。

 謝ったところで目の前の状況が好転するわけではないことに、今更ながら気がつく。

 自分の術式はある程度の物理法則は無視できるとはいえ、1秒以内にこの窮地を脱するのはどうしたって不可能だった。

 死ぬ。

 その二文字が脳内に明確に刻まれた時、浮舟が左腕を天に()き上げた。

 剛腕。

 鋼の左腕(さわん)が猛威を振るい、倒れてくる木々に触れる。車同士が正面衝突したかのような鈍い音を響かせ、抱えきれないほどの太さの大木が爆ぜた。いとも簡単に姿を消した。

 あんなにも脅威に感じていた木々は、浮舟の一撃によって木っ端微塵に消し飛んでしまった。

 

「…………」

 

 あんぐりと口を開ける。散る木っ端が口内に入ってしまうことなど気にも留めず、禪院直哉は左腕を衝き上げたまま静止している男に──浮舟出の姿に見惚れてしまっていた。

 しっかりと地面を踏み締める二本の足。

 力いっぱい抱き締めれば折れてしまいそうな細い腰。

 腕立て伏せなどやったことがなさそうな薄い胸板。

 白磁の如く煌めく首筋。

 目を閉じ、静かに口を閉じているその顔。

 顔。

 顔。

 下から上まで舐め回すように見上げた先の、浮舟の顔。時間も忘れて見詰めてしまう。

 俺に、自らの命を懸けてあんな芸当が出来るか? 

 いや、出来ない。

 俺に、仲間の為や言うて本気で怒ることなど出来るか? 

 いや、出来ない。

 俺に、ムカつく敵をただ倒すんやなく、道を()()()()だなんて真似出来るか? 

 いや、出来ない。

 頭蓋の内で、脳がビリビリと音を立てて痺れているのが分かる。目の前の男から感じる鮮烈に、禪院直哉は意識が段々と遠くなっていくのが分かった。それが脳処理の限界によるものか、戦いによって蓄積された疲弊によるものなのかは当人には分からないことだが──しかし。

 背中から地面に倒れていく禪院直哉の胸の内はとても心地良く、爽やかであった。

 

「君、格好良すぎやろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやほんま、反省したわ。本当に堪忍な、美人ちゃん」

「絶対許さないし、謝られても全然『これから先お前と関わり合いになることは一生無いだろうな』ってくらいに嫌いだけど、いずるの前だから許してあげる。二度とその面見せんなよドブカス」

「や〜ん! 美人ちゃん優し〜い! な? いっくん。美人ちゃんも許してくれはったで。これでええやろ?」

「仲直りアピすんな肩組もうとすんな気色悪い。セクハラだぞ」

「あ、直哉ストップ! 女の子勝手に触っちゃ駄目だろ!」

「は〜い」

「……ったく」

「じゃあ、()()()はええやんな?」

「えぇ? まあオレは別に良いけど。……あ、でも夏油みたいに尻とか触ったら怒るからな」

「せぇへんせぇへん! ほら、肩組んだりハグしたりとかその程度のヤツ! ()()同士の、極めて健全な距離感やん!」

「うーん、まぁ確かに同期達もこんな感じだし。いいよ」

「いずる! このカスの顔よく見て! アンタ騙されてるから!」

「え、直哉オレのこと騙してんの?」

「そんなわけないやん! 俺といっくんの仲やんか!」

「はぁ……」

 

 あれから、10分後。

 倒れてきた木々をぶん殴って破壊し、辺りに(うわ)っていた立派な大木達が軒並み切り株になってしまった事実には背を向けて。一人でに気絶した禪院直哉の首根っこを掴んで森から引きずってきたオレは、硝子ちゃんから治療を受けていた。

 反転術式は効かないので、救急箱片手での処置である。

 沁みる消毒液に「いて」と声を上げるも、治療する硝子ちゃんの機嫌は悪い。理由を問えば「怪我し過ぎ」らしい。返す言葉も無い。

 そんなこんなで処置も終わり、これからどうするかと二人で話し合うことにした。オレと硝子ちゃんの間には、地面に大の字になって眠る禪院直哉。コイツをどう本部に引き渡すかと話し合ったのだ。

 オレがトランシーバーぶっ壊しちゃったからね。

 兎にも角にも、取り敢えず禪院直哉(コイツ)起こすかという話になり、お酒を冷やす為にクーラーボックス内に入れていた氷水をぶっかける。それも空になったので軽くなったクーラーボックスを地面に置けば、硝子ちゃんがそのクーラーボックスを両手でふんだくって、追撃と言わんばかりに禪院直哉の顔面にぶん投げた。

 良い気分だぜ。

 

「痛ッ! なんや、めっちゃ顔痛い……」

 

 ↓

 

「あれ? どこやここ……」

 

 ↓

 

「あ、()()()()! さっきはほんまにごめんねぇ!」

 

 となっての現在である。急に牙が抜けたというか、こちらに対して馴れ馴れしくなったので、改めて硝子ちゃんに面と向かって謝罪をさせれば、なんだかんだありつつも二人は和解した。和解したんだよな……? 

 

 閑話休題(硝子ちゃんの寛大さに感謝しろ)

 

 一旦、話し合おう。思えば戦いになってしまう前にこの言葉を言えていれば良かったのだが、今となってはあとの祭り。オレと硝子ちゃんは持参した座布団に腰を下ろし、禪院直哉は地べたに適当に座らせての、3人顔を突き合わせての会話が始まった。

 

「……直哉、お前もう大丈夫なんだよな」

「大丈夫って、どういう意味?」

「はぁ……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()って意味だ」

「あぁ、そういうこと。せぇへんよ。俺もう改心したもん」

「嘘吐け」

「美人ちゃん怖い〜! いっくん守って〜!」

「お前ッ!! いずるから離れろッ!!」

「嫌や〜」

 

 硝子ちゃんからの鋭い指摘にショックを受けた(風な演技をした)禪院直哉は、よよよと袖で顔を隠しながらオレにしおらしく抱き付いてきた。それに怒った硝子ちゃんが禪院直哉の肩の辺りを引っ張って揺らし、揺れた禪院直哉に引っ付かれているオレもつられて揺れる。酔っ払いには嬉しくないアクティビティである。

 

「……直哉、硝子ちゃんを怒らせちゃ駄目だ」

「はーい」

「なんでいずるの言うことは聞くんだコイツ……」

 

 私狙いで来たよね? 

 硝子ちゃんが少し疲れた表情を見せながらぼやく。オレからすぐさま手を離して定位置まで戻った禪院直哉は、聞こえていないのか聞こえていないフリをしているのか、ヘラヘラと楽しそうにオレを見て笑っている。

 

「楽しいねぇいっくん」

 

 どうしてこうなった。

 オレ、さっきまで死ぬほど嫌われてなかったか? 

 態度を急変させた禪院直哉に内心ビビりながらも、その理由を考えてみる。

 

「…………」

 

 駄目だ、酔っ払ってるから深いこと考えられねぇ。害無さそうだしいっか。

 

「兎に角、オレはもう美人ちゃんのこと狙ってへんし。そう警戒せんといてや」

「そっか、じゃあ安心だ」

「私狙いじゃなくなったから警戒してんだよ」

「? どういうこと、硝子ちゃん」

「はぁ……。いずるは絶対に禪院直哉(コイツ)と関わっちゃ駄目ってこと」

「えぇ〜、なんでそんなこと言うん美人ちゃ〜ん」

「馴れ馴れしいんだよ。お前、いずるにしたこと忘れたのか」

「──あ、せや。いっくん大丈夫? 美人ちゃんに治してもろた? あれ治ってへんやん。なにしてんの美人ちゃん」

「色々事情あって、オレ反転術式効かないんだよね。だから硝子ちゃん睨むんじゃねぇ」

「え、そうなん? 可哀想ないっくん。ほら俺が慰めたる」

 

 おいでおいで。

 両手を広げてそう笑いかけてくる禪院直哉。私はあなたと仲良くしたいだけですよという言葉が顔に太字で書いてあるので、いらんと断っておいた。

 

「いずる、どうするコイツ」

「京都校の誰かなら、本部と通信出来るトランシーバー持ってるよな。直哉、電話で連絡取れる?」

「取れんよ」

「……は?」

「使えな」

「直哉、お前同じ京都校の仲間だろ? なんで連絡取れないんだよ」

「取れんもんは取れんわ」

 

 だって俺高専通ってへんから連絡先とか知らんし。

 次いだ禪院直哉の言葉に、オレと硝子ちゃんは盛大にずっこけるのだった。

 体勢を立て直し、それから声を被せて。

 

「「──ハァ!?」」

「はは、ひな壇芸人みたいやな」

「直哉、お前京都校の人間じゃなかったのかよ!?」

「そうよ?」

「じゃあなんでここにいるんだよ!」

「いやな、話せば長なるねんけど」

「話せ」

「硝子ちゃんもそう言ってる! 話せ!」

「ええよ」

 

 禪院直哉の話をまとめると、こう。

 とある用事によって親父さんと一緒に東京に来ていた禪院直哉。そこで親父さんから『今日この時、呪術高専東京校にて東京校と京都校が交流会をしている』ことを教えられ、強そうなメンツはいるのかという話になった。

 五条、夏油と順当に話題に挙がり、お次は他者反転を施せる硝子ちゃんの番。その希少性から素性が気になった禪院直哉がどんな人間なのかと調べてみれば、目を見張るほどの爆裂な美人が出てきた為、親父さんの目を盗んで単身乗り込んで口説きに来た──

 と。

 つまりはこういうことらしい。

 

「だ、だからお前旗に興味無かったのか……」

 

 今や最早誰にも気にされていない護るべき旗が、風を受けて悲しげにはためいているのを横目に確認しながらそう呟く。禪院直哉は悪びれもなく「ごめんちゃい」とテキトーに謝っていた。

 

「禪院家って、家ん中で全部事足りるから高専とか通わんのよ」

「ちょっとヤニ補給」

「いってらっしゃい硝子ちゃん──へぇ、そうなんだ」

「あー、でもいっくんおるんやったら通っといたら良かったわ」

 

 タバコを吸いにこの場から離れた硝子ちゃんを見送ると、禪院直哉が肩を落としてマジで残念そうに溢す。

 

「……気になってたんだけどさ、なんでオレに対して優しくなったわけ? さっきまで人の身体的特徴を揶揄(やゆ)して隻腕(ぎっちょ)くんとか言ってたじゃん」

「変わるもんやなぁ、人って」

「他人事かよ!」

 

 ツッコミ。

 関西弁の人にツッコむって、イタリア人にピザ振る舞うみたいで妙に緊張するな。

 そんな具合にマジでどうでも良いことを考えていると、先程までヘラヘラと調子良さげに笑っていた禪院直哉の顔が突然真面目なものになった。

 

「いやな、変な話やけど」

 

 ゴクリ。

 

「いっくんに惚れてもうたのよ」

「……はぁ?」

「いっくんに殺されかけた時から好きでした! 絶対に幸せにしたるから禪院家に嫁入りして!」

 

 お願い! 

 両手を合わせて頭を下げ、懇願を(たい)で表して見せる禪院直哉。その衝撃的な言葉によって思考をフリーズさせていたオレは、パクパクと何も言えずに口を動かすことしかできなかった。

 

「え。本当、ええの!? 嬉しいわぁ! 二人で幸せな家庭築いていこな!」

「いやオッケーしてねぇよ話進めんな!」

「アカンの?」

「無理無理無理無理! お前となんか結婚できるか! それでなくてもオレ歌姫先輩や冥冥さんみたいな優しくて年上の美人が好み(タイプ)だし!」

「ええやんええやん。取り敢えず結婚してみよ」

「聞いたことねぇよそんなフレーズ!」

 

 遂には、唇をタコのように尖らせてこちらに迫り始めた禪院直哉。その頬を必死に押し返していると、騒ぎを聞きつけた硝子ちゃんがタバコ片手に帰ってきた。オレと禪院直哉を見下ろすその目は、少し引いている。

 

「……何してんの」

「硝子ちゃん助けて! コイツに好かれちゃった!」

「は?」

「ごめんね美人ちゃん。いっくんの苗字、禪院になったわ」

「……は?」

 

 硝子ちゃんの目元に影が落ちる。指の間に挟んでいるタバコから昇る細い煙がゆらゆらと風に揺れているのがなんとなく目に入った。

 

「硝子ちゃん、コイツの冗談だから! オレ誰とも結婚しないから!」

「それはそれでムカつく」

「なんで!?」

「なんや、美人ちゃんも俺といっくんの関係を祝福してくれてはるやん」

「なに勘違いしてんだドブカス。早くいずるから離れろ」

「嫌やー」

「直哉、離れて!」

「えー。嫌やー」

 

 先程までの従順さはどこへやら、オレと硝子ちゃんの命令を無視して引っ付き続ける禪院直哉。離れろと身体を揺するも、オレに抱き付く腕の力が強くなるばかり。

 

「離れろ!」

「嫌や!」

「離れろ!」

「嫌や!」

「コラァッ!!」

「嫌や! ──え、ちょっと待って。誰今の声」

「直哉ァ! この馬鹿息子ォ!」

 

 遠方から、どんどん近付いて聞こえてくる誰かの怒鳴り声。声が轟いた方向に3人顔を向ければ、そこにはトンガリお髭の和服姿おじさんが猛ダッシュでこちらに駆けてきているところだった。

 直哉が肩を跳ね上げて驚く。

 

「げっ、親父!?」

「勝手に行方を(くら)ませて術師を口説きにいくばかりか、交流会の邪魔までするとは何事かァッ!!」

「アカン! 俺もう帰るわ! 美人ちゃん今日は色々ごめんちゃいね! もうせんからね!」

 

 どうやら、禪院直哉が言う親父さんとはあの人のことらしい。

 禪院直哉も親父さんは怖いのか、すぐさま立ち上がってオレ達に別れの挨拶を始める。無論、親父さんから逃げる為だろう。

 禪院直哉の言葉に硝子ちゃんが冷めた目で返す。

 

「早く帰れ」

「いっくん、また()()()に上がるからね! 嫁ぐ準備キチンとしとってな!」

「早く帰れ」

「んもう! 今はいっくんに言うてんねんけど! 美人ちゃんは黙っといて!」

「いや、オレも同じ気持ち。バイバイ直哉」

「いっくんのいけず! でもそんなところも好き──」

 

 バビュン。

 そんな効果音が聞こえてきそうな風の音だけを残して──それから気色の悪い言葉も残して、術式を使用して姿を消した禪院直哉。ワンタッチの差で、禪院直哉の親父さんがここに辿り着いた。

 

「あの馬鹿息子……、こんなくだらんことに術式を使いおって」

 

 ゼェハァ。

 額に滲んだ汗を袖で拭ってから、一呼吸。ようやく落ち着いた様子の親父さんが話しかけてきた。

 

「うちの馬鹿息子が迷惑をかけた。悪かったのう」

「本当ですよ」

 

 世辞も辞令も無くそう返す硝子ちゃん。その物怖じしない発言に、親父さんは大きく口を開けて笑った。

 

「流石は他者反転の使い手と言ったところか」

「どーも」

 

 禪院直哉の言葉通りなら、この人が禪院家の当主。御三家のこととかマジで存じ上げないオレとしては名前も知らないのだが、その立ち姿や姿勢で圧倒的な強者であることは理解していた。

 そんな、禪院直哉の親父さん。今度はオレの方を向き、口を開いた。

 

「して、お前は誰だ」

「初めまして、東京校二年の浮舟出と申します」

「礼儀がなっとるな。感心感心……ん?」

 

 オレの目上の人への挨拶に気を良くしたのか、腕を組んで何度も頷いて見せる親父さん。しかしなにかが引っかかったようで、首を傾げた。

 

「今、()()と言ったか?」

「はい」

「…………ふむ」

 

 今度はオレの顔をジロジロと、穴が空くほど眺める親父さん。居心地の悪さに目を逸らして時が経つのをただ待つ。

 

「怪我をしているな」

「えぇ、まあ……はい」

 

 貴方の息子さんにやられたんですよとは何となく言いづらい。多分硝子ちゃんだったらビシッと言っちゃうんだろうな。小心者のオレには無理だ。

 

「お前は治してやらんのか?」

 

 硝子ちゃんに視線を向けてそう問いかける親父さん。かくかくしかじかと禪院直哉の時と同じように説明を入れれば、親父さんはまた笑った。

 

「ハッハッハッハ! 流石は血筋というわけか! ハーッハッハッハ!」

 

 唾やら、こちらの目上の人間に対する微かな怖気やらを高らかに笑い飛ばす親父さん。その溌剌さに思わず半身後ろに下がるも、たった今発せられた言葉に引っかかる。

 

「ち、血筋……?」

「気にするな、こっちの話だ──さて、浮舟」

「は、はい」

 

 オレの疑問を軽く流したかと思えば、こちらに向き直って真剣な表情を浮かべる親父さんに、オレも慌てて背筋を正す。だらけて立っていたわけではないが、より一層という意味だ。

 

「その傷は恐らく、うちの馬鹿息子がやったのだろう」

 

 一瞬はぐらかそうとも思ったが、別にアイツを擁護して良いことなんか一つもないので少し遅れて肯定。

 

「……はい」

「すまないことをしたな。せっかくの交流会に水を差してしまった」

「いえ、五条と夏油のお陰で暇だったので。お気になさらず」

「儂と同じ投射呪法が刻まれた馬鹿息子(直哉)に向かって、暇つぶしときたか」

「あ、そういう意味じゃ」

「ハーッハッハッハ! 気に入ったぞ、浮舟! お前とはまたどこかで会うような気がするな!」

「は、はぁ……?」

 

 さっきから笑い過ぎじゃないかこの人。なんでオレの一言一言で笑って──あ、この人お酒飲んでやがる! 通り(ど〜り)でご機嫌なわけだ! 真っ昼間からお酒飲むな! (ブーメラン)。

 

「では、儂はあの馬鹿息子を追いかけねばならんのでな。ここいらで失礼させてもらおう」

 

 また会おうぞ。

 バビュン。

 そんな効果音が聞こえてきそうな風の音だけを残して──こちらとしてはあまり嬉しくない言葉を残して術式で姿を消した禪院直哉の親父さん。恐らく去っていったであろう方向を呆然と眺め、(しば)し沈黙。

 オレと硝子ちゃん以外には誰もいなくなった──つまりは交流会時と同じ人数になったこの場にて、久し振りに訪れた静寂に二人して口を噤む。突っ立ったまま、周囲に視線を流しては戻す。

 風の音、それからめっちゃ遠くで聞こえる爆発音なんかに耳を傾けてみる。あの爆発音って多分五条か夏油の術式で発生したものなんだろうな。京都校の人達大丈夫かな。

 …………。

 

「硝子ちゃん」

「なに」

「麻雀教えて」

 

 色々考えてみたオレは、禪院直哉が乱入してくる前にしていた麻雀をやり直すことにした。まるで禪院直哉がこの場にいた痕跡をかき消すかのように、禪院直哉というクセ強すぎ最低男を記憶から消そうと足掻くように。

 あんな奴記憶から消そう! ここには誰も来なかった! オレは硝子ちゃんとずっと麻雀してた! はい記憶の改竄完了! 

 風。

 オレの提案を受けた硝子ちゃんは、少し嫌そうな顔をした。

 

「えー」

「お願い!」

「というか、まず先にいずるに聞きたいことがあるんだけど」

「なんでも聞いて」

「なんでドブカスと距離縮まってんの?」

「うわ! 嫌だ! 思い出させないでよもう! オレは早く()()()()()()()()という日常に戻って、あんな奴からプロポーズされてしまったという事実を一刻も早く忘れたいの!」

「……改めて聞くけど、そのプロポーズ」

「受けないからね!?」

「よかった」

 

 オレ本人の口から明確な否定の言葉を聞けて満足したのか、硝子ちゃんのオレを見つめる瞳の色の中から濁りのようなものが消えたような気がする。

 

「そんなことよりも硝子ちゃん、本当に怪我は大丈夫?」

「大丈夫。仮にしてたとしても、もう治してるよ」

格好(かぁっく)良い」

「いずるの方こそ大丈夫なの。あの速度で殴られたら、普通怪我じゃすまないような気がするけど」

「あぁ、平気平気。オレ頑丈(タフ)だし、硝子ちゃんに治療してもらったし」

「もう痛いところ無いの?」

「無いよ」

「うーん」

 

 力こぶを見せて笑い、元気さをアピール。しかしそれだけでは納得いかないのか、硝子ちゃんは疑うような目をしながら少し首を傾げた。

 見られる。

 

「どしたの?」

「うーん……」

 

 テクテクと、オレの(そば)まで歩み寄り、オレの目をジッと見詰める硝子ちゃん。硝子ちゃんの美しさがいっそ暴力的に感じるくらいの距離感で、緊張のあまり呼吸を止めて耐えていると、不意に(すね)を蹴られた。

 

「えいっ」

「いってぇ!」

「やっぱ怪我してるんじゃん」

(すね)蹴られたらどんなに元気でもこうなっちゃうと思うけどね!」

「ほら、ここ座って。治療するから」

「こういうのって、アザとかつつかれて痛たたたってなってやせ我慢がバレるとかがベターじゃないの? なんでオレ関係無い(すね)蹴られて怪我人認定されてんの?」

「ほら早く」

「はい!」

 

 ここに座れと促された、座布団。慌てて正座の体勢で座ると、硝子ちゃんも自分座布団を持ってきて対面に正座して座った。オレの膝と硝子ちゃんの膝が触れそうな距離感である。

 

「はい」

 

 硝子ちゃんの、いつも通りどこか気の抜けたような言葉。その言葉のあとの硝子ちゃんの行動は、しかしいつも通りとはかけ離れたもので。

 

「しょ、硝子ちゃんッ……!?」

 

 抱擁(ハグ)

 抱擁(ほうよう)

 ハグ(hug)

 硝子ちゃんが突然膝を立て、オレに抱き付いてきた。首の後ろに腕を回され、オレの耳の辺りに硝子ちゃんの顔がある状態。硝子ちゃんが陰になって見えていなかった硝子ちゃんの背景が、今はっきりと見えている状態。硝子ちゃんの温もりと鼓動を制服越しに感じている状態。

 女の子の身体に触れてしまわないように、両腕を上げる。右腕は肘先までしかないが、兎に角セクハラをする意思は無いと両腕を上げる。あまり上げ過ぎると硝子ちゃんの顔を圧迫してしまうので、それなりに上げる。平静を装う為に、そして照れが爆発してどうにかなってしまわない為に、改行もせずに言葉を紡ぎ続ける。

 

「……いずる、うるさい」

「な、なにも言ってないですよ?」

「なんで敬語?」

「いや、あの」

「鼓動」

「こどう?」

「鼓動、早くてうるさい」

 

 ふふっ。

 硝子ちゃんが笑った際に溢れた息が、超至近距離にあるオレの耳をくすぐる。ぞわぞわとして一瞬この身を震わせれば、硝子ちゃんはより一層強くオレを抱き締めた。

 

「治療って言っても、もうさっきやれることはやったから」

「そ、そうだね」

 

 それよりも、抱擁(これ)なに? そう問う為の口の形を作っていると、返答。

 

「だから抱擁(これ)は、ご褒美。私をあのドブカスから護ってくれてありがとうっていう感謝の気持ち」

「か、感謝の気持ちね。りょ、了解了解」

 

 確かにね。感謝の気持ちとして人に抱擁(ハグ)したくなることあるよね。うんうん、あるある──いや無ぇよ! オレの鼓動の速さそろそろヤバいんだけど! 今お医者さんがオレの胸に聴診器当てたらビックリして聴診器投げちゃうくらい爆速なんだけど! 

 

「しょ、硝子ちゃん地元どこ?」

「……別に、感謝の気持ちがあったら誰にでも抱擁(ハグ)するわけじゃないから」

 

 失礼だぞ。

 そんなニュアンスの言葉を返される。距離の近さ故、硝子ちゃんの放つ言葉一言一言が囁きとなってオレの鼓膜に到来する。オレって耳弱かったんだなと、自分の弱点が一つ理解出来たところで──

 

「……え、それどういう意味?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 時は経ち、2018年11月。

 禪院家、とある一室の前の廊下にて。

 禪院直哉は、後ろに控える小間使いの女から衝撃的な報告を受けていた。

 

「……ハァ?」

「ですから、今申し上げました通りです」

「んな事分かっとるわ。それを踏まえて()()()()()言うとんねん」

「ですが」

「チッ、ならはよ詳しいこと言えや。しょうもないデマやったら覚悟しとけよ」

「……先の渋谷での騒動にて、禪院家の者がとある人物を目撃いたしました」

「ほんで」

「…………」

「はよ言えや。死なすぞ」

「…………その人物は直哉様のご友人と特徴が酷似しており、渦中の渋谷にて呪霊を祓う為に奔走していたようです」

「写真とか、なんか無いんか」

「……不鮮明ではありますが、一枚だけ」

「チッ、なに勿体振ってんねん。さっさと寄越せや。ほんま使えない道具やで」

「申し訳ございません。こちらがその──」

「ったく、いっくんは10年前に死んだんやぞ。誰がいっくんに成りすまして……」

 

 正座の視線のまま恭しく(かしず)き、懐から一枚の写真を取り出した小間使いの女。禪院直哉はその写真をふんだくるように手に取り、疑い半分の眼差しで写真に目を落とした。

 そんな話、有り得る筈が無い。

 だって浮舟出は10年以上も前に死んでいるのだから。

 参列した告別式にて、棺の中にポツンと置かれた彼の左腕を目撃しているのだから。

 有り得ない。

 しかし、確認しないわけにはいかなかった。

 内側からうなじの辺りをくすぐられているような感覚。禪院家現当主、禪院直毘人の危篤状態など早々に頭の隅に追いやり、写真に写る男の顔をよく見る。穴が開くほど見詰める。

 

「…………おい」

「いかがなさいましたか」

「この写真の男、死ぬ気で探せ。必要やったら俺も出る」

「は、はぁ」

「なにボサっとしとんねん。はよ動けや」

「……はい」

 

 立ち上がり、足音一つ立てずその場から去った小間使いの女。やがて、直哉は一人きりになった廊下にて、独り笑みを溢した。

 

「アハァ……!」

 

 慌てて表情を引き締める。こんな顔、誰に見られても弱みになってしまう。禪院直哉は一度咳払いをし、それから近い未来に訪れる出来事を想像し再び表情を緩めた。

 

「待っててや、いっくん……! 俺が迎えに行ったるからねぇ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





浮舟出:突然現れた禪院直哉とかいう男が大事な同期に手を上げるクソ野郎だったので、戦闘を決意。今になって「あ、そういえばボコボコに出来てねぇじゃん」と思い出した。
第一印象が最悪だったので、和解した後もうっすら嫌いらしい。

「おい直哉……、お前なんで二日目も来てんだよ」






禪院直哉:他者反転の子めっちゃ可愛いし、俺の物にして色々遊んだろかなくらいの気持ちで手を出してみたら、全く知らない男に分からせられた。気絶している間に浮舟に抱いていた「コイツ雑魚のクセに生意気すぎるやろ」という感情が整理され「出君。いや、いっくん強いやん!しかもメッチャ俺のこと見てくれてる!え!好き!」となった。
あの後、禪院直毘人に捕まって折檻を受けたらしい。

親父(パパ)に泣いてお願いしたら許し出たわ。あ、連絡先交換しよや。あと交流会終わったら飯でも行かへん?イニシャルなんとかってやつもなんなのか知りたいわ」






家入硝子:いずると合法的に二人きりでイチャイチャ出来るこの日を内心とても楽しみにしていた。しかし当日になって突然意味分からんクソ野郎が乱入してきたので、ちょっぴり乙女強めでいずるに頼った。それはそれとしてお酒は極力飲んでほしくはないので、飲酒量には厳しめ。
本当は押し倒してキスの一つくらいはしたかったけど、意地とプライドで耐えたらしい。






五条悟&夏油傑:あーあ!頑張って京都校の奴等時間いっぱい足止めしてたのに、帰ってきたら二人きりでイチャイチャしてるからなんか嫌になっちゃったな!もう明日の個人戦とかどうでもいいしサボっちゃおうかな!(いずる)の態度次第では頑張るかもしんないけどね!あーあ!






お待たせしました、後編です。分けたら微妙なところで分けることになってしまいそうだったので、書きたいところまで書いたら有り得ない文字数になってしまいました。恐らく今までで一番長いんじゃないかなと思います。


書きたかった禪院直哉も書けたので、次回からはまた本編に戻ります。また一区切りついたら番外編を書こうかなとか思っているので、リクエスト等あれば新設した活動報告か、私へのDMでお願いします。
感想欄には書かないでね。


また禪院直哉が出てくるところまで書けるように頑張りますので、応援お願いします!
ではまた!

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  • 浮舟出
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