アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは……。お久しぶりです……。ブーストは無さ過ぎです……。
ガチお久しぶりなので、直近のお話とか読み直して「あぁ、こんな感じだったわね」とかやっていただけると助かります……。お久しぶりです……。




幼魚と逆罰編
アル中と劇場マナー。


 

 

 

 

「だからさぁ!──」

「ダハハハハ!──」

「それヤッベェ!──」

 

 上映中の作品が照らす光のみが在る暗がりの中。

 本来静寂であるべき場所にあるまじき喧騒。

 席にだらしなく座り、周囲のことなど何一つ気にせず私語をし続ける三人組の学生に、そこからさらに後方で映画を観てきた男、吉野──吉野順平(よしのじゅんぺい)項垂(うなだ)れながら深く溜め息を吐いた。

 最悪だ。

 なんで平日(こんな時間)同じ学校の生徒(アイツら)が。

 吉野が口の中でぼやく。

 アイツらがこのまま騒ぎ続けるのなら、もう映画なんて観れたものじゃない。

 しかし、だからといって一つしかない出入り口からコソコソと途中退室しようものならアイツらに見つかりかねない。

 吉野はもう一度溜め息を吐いた。

 

「……うーん、ちょっと騒ぎ過ぎかなぁ」

 

 振り返る。

 溜め息と同時に斜め後方から聞こえた声に、心底驚いたからだ。

 身体中に縫い目のある灰色の髪の男。しかし映画館に相応しいとは言えない装い──そもそもどこを歩くにしても相応しくはなさそうだが──になんとなく()()()()()()()ような気持ちになり、吉野はすぐさま視線をスクリーンへと戻した。

 目は合っていない。

 

「そんでよぉ!──……あ?」

 

 前門の不良。

 後門の不審者。

 つまり、映画に集中なんて出来るはずもなく。

 どうしたものかと吉野が頭を抱えて悩んでいたところで、学生達の笑い声が突然途絶えた。

 下げていた視線を再び上げると、映画館の座席に行儀悪く三人並んで座っている不良達の前に一人の男子生徒が立っていた。

 制服から見て他校。映画館内の暗がりの中ではっきりとした学校名までは分からないが、スクリーンの明かりを逆光に背負った男子生徒は異様な空気を纏っていた。

 

「おーい、上映中は静かにしなきゃ駄目だろ?」

 

 男子生徒は不良達に諭すように笑いかける。不良達の恐ろしさを()()知っていた吉野は「まずい」と小さく息を呑んだ。

 これから起こるであろう展開が鮮明に予見出来た吉野は、不良達のターゲットでもないのに思わず身体を縮こませた。

 それから数秒後、吉野が予見した通りのことが起こる。

 

「んだよテメェ、喧嘩売ってんの?」

「邪魔だよボケ。()()観れねぇーだろうが!」

「やっちまうぞオラ!」

「ははは、なんだよもう元気良いんだから」

 

 不良達が視界を阻む男子生徒に怒声を浴びせる。真面目に映画を鑑賞していたわけではないことはすぐに分かるが、不良達はただ注意してきた男子生徒の揚げ足を取りたいだけだった。

 しかし、男子生徒はヘラヘラと笑っている。

 体格の良い、見るからに不良といった出立(いでた)ちの学生達に怒鳴られても、効いていないのか聞いていないのか──男子生徒は笑い続けていた。

 

「……テメェ表出ろよ」

 

 そんな男子生徒の態度に堪忍袋の緒を切らした、不良の内の一人。静かに立ち上がって、男子生徒の眼前でメンチを切った。

 

「どこ校だよ」

袋叩き(フクロ)にしてから考えよーぜ」

 

 立ち上がった不良の両隣の二人もつられて立ち上がり、男子生徒を左右から睨み付けて威嚇する。今から急いで逃げ出したところで、どうやったって追いつかれてしまうポジショニング。

 

「うわっ、お前制服ぶ厚ッ」

「なんで学ラン──しかも冬服着てんだよ、馬鹿か」

 

 万が一にも逃げられないように男子生徒の後ろ襟を掴んだ不良が、制服の生地に驚いて手を引っ込める。別の不良が男子生徒の横っ腹を蹴飛ばしてツッコミを入れた。男子生徒は痛い痛いと笑いながら、それでも大人しく不良達と共に外へと出ていってしまった。

 その様子を後方から見ていた吉野は、最早スクリーンの方など一瞥もできなかった。ハラハラと、これから起こる事と過去に起きた事を照らし合わせて、名前も分からない内臓のどこかが絞られるように痛んだ。

 

「ど、どうしよう……。助ける? ──いや、何を考えてるんだ。僕なんかが加勢したところで──そもそもアイツ等と顔を合わせることがまずい、標的がそっくりそのまま僕に移り変わる可能性が……」

 

 ぶつぶつと、焦燥感に苛まれながら思考を張り巡らせる。悩んでいる間にも男子生徒は不良達と共に歩みを進めていて、終いにはどこか路地裏にでも連れていかれて見るも無惨なリンチに遭ってしまう。

 助けるわけにはいかない。

 しかし、放って映画を観続けられるほどの度胸も無い。

 吉野は自らの胸の鼓動が不快に早まるのを自覚しながら、こちらの事情などお構いなしに話が進んでいく映画に一瞬目をやった。

 

「…………」

 

 そんな吉野の近く、通路を灰色の髪の男が降りていった。

 このタイミングで退出することからその理由を難なく察することが出来た吉野は、男子生徒へと助け舟を出すことが出来なかった自分の行いを帳消しにするかのように、慌てて声をかけた。

 

「あっ、あの……」

 

 既にスクリーンの近くまで階段を降りていた男は、ゆっくりとこちらを振り返った。

 目が合って、男の瞳の色が左右で違うことに気が付いた。

 オッドアイ(odd eye)

 その希少さから宝石とも称され、医学的には虹彩異色症と呼ばれる。

 目の前の男のオッドアイが先天的な物かそれとも後天的な物なのかはさておき。この目でこうして見てみれば、とても宝石だとは思えないほど濁った瞳に魅入られて、吉野は身が竦んだ。まるで胸の中──魂まで余すことなく見られてしまっているかのような男の瞳に、言葉を続けることすら出来なかった。

 吉野が何も言えずにいた時間、僅か一秒。

 吉野の言葉を待っていたのか──それとも予めこの間で話す腹積りだったのか──男は気さくに笑いかけてきた。

 

「……君、俺が見えるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 2018年9月──神奈川県川崎市、キネマシネマ。

 2番スクリーンへと通ずる通路の前。

 

 

「見えますか? これが呪力の残穢(ざんえ)です」

 

 ライトグレーのスーツ。

 黄色のネクタイに黒の斑点。

 テンプルの存在しない緑のゴーグル。

 金色のアップバンクヘア。

 他者に対して適正かつ適度な距離感を感じさせる落ち着いた声色と表情で、一級術師:七海建人(ななみけんと)は問いかけた。

 

「……いや全然見えない」

 

 返したのは、呪術高専東京校一年。虎杖悠仁。

 両手を双眼鏡の形にして目を凝らすが、残穢とやらは見えなかった。

 

「それは見ようとしていないからです」

 

 にべもなく返された虎杖は、師である五条とも浮舟とも違う()()な対応に小さく壁の方へ視線をやった。黒いカーテンで遮られた窓の向こうに想いを馳せてみるが、昼には止むとの予報のはずだった雨は未だしつこく降り続けていた。

 

「私達は普段、当たり前のように呪いを視認しています。

「術式を行使すれば痕跡が残る。それが残穢。

「だが残穢は呪霊などに比べ()()。目を凝らしてよく見てください」

 

 少し遅れての教授は、虎杖が自分で至る可能性を考慮してのものか。七海は淡々と伝え、虎杖もそれに従って目を細めてみた。

 数秒。今まで見えていた赤いカーペットの上にうっすらとシミのようなものが浮かび上がった。

 

「おぉっ! 見える見える」

 

 これが残穢か、と新たな知見に喜ぶ虎杖。七海の方へと振り向けば、七海は表情一つ変えずに。

 

「当然です」

 

 と返してきた。

 

「見る前に気配で悟って一人前ですから」

「もっとこう褒めて伸ばすとかさぁ……」

 

 思い返すは、短編映画一本分の間ヌイグルミを起こさなかったことを自分のことのように喜んで褒めてくれた浮舟の姿。

「浮舟先輩みたいに」と虎杖が溢すと、七海は先程までよりも少し血の通った声色ですぐさま返してきた。

 

「浮舟先輩と比べられては困ります。私はあそこまで出来た人間ではありませんし──そもそも虎杖君」

「なに?」

「……浮舟先輩から教わっているのですか?」

 

 自分よりも背の高い大人の同性から至近距離で顔を見下ろされる。虎杖は言いようの無い迫力に思わず息を呑みながら、頷きで返した。

 

「……なんて羨ましい」

「え、なんか言った?」

「いいえ何も。──浮舟先輩のような素晴らしい師がいるのです、残穢も見えないようでは浮舟先輩の名に傷が付きますよ」

「いやそもそも教わってないし、残穢の見方」

努努(ゆめゆめ)、そのことを忘れないように」

「はい……」

「それから、浮舟先輩(あの人)はただ褒めるだけではありません。こちらが自力で学ぶことのできる範疇を残し、その上でそれとなく道を作っているのです。まぁこのことに気付いていないということは浮舟先輩の思惑通りというわけですが……今はいいでしょう」

「急にすっごい喋ってるー……」

「残穢、追いますよ」

「押忍! 気張ってこーぜ!!」

「いえ。そこそこで済むならそこそこで」

「…………」

 

 打てど響かず。

 譲歩も無理強いもしない七海建人という男の波長に、虎杖悠仁は未だ合わせられずにいた。軽薄な担任とも、明るい先輩とも、そのどちらとも違う七海建人のなにか。

 まぁ、今日会ったばかりだし。

 虎杖は前向きに結論付け、つい先程見えるようになった残穢を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……それで、どうして貴方がここに」

 

 残穢を辿り、屋上へと辿り着いた七海と虎杖。屋上は施設利用者の為の駐車場として開放されているのだが、警察によって一帯に規制が張られている今、屋上に車は一台も止められていない。

 先程からそれほどの時間が経過していたわけではなかったが、朝から降り続けていた雨は止み、駐車場の湿ったコンクリートに大小の水溜りが残っているだけだった。

 傘持ってなかったし、雨が止んで良かった。

 重たい曇り空を見上げながら虎杖がそんな感想を抱いていたところで、隣の七海が呆れ混じりにぼやいて──現在。

 七海の言葉を受けた虎杖は、空と駐車場だけでなくもう少し辺りを気にしてみる。

 すると、人影。

 

「あれ!? 浮舟先輩じゃん!」

「おう、七海に虎杖君。久し振りじゃん。最後に会ったのが8月だから……半年振り? いやそれ以上?」

「ついこの間会ったばかりです。おかしなことを言わないでください」

 

 駐車場の隅。万が一にも乗り越えてしまわないように、成人男性の肩辺りの位置くらいまでの高さに設計された()()()()()と呼ばれる囲い壁。

 その上に、浮舟出がいた。

 酒瓶片手に腰掛け、川崎の街並みを見下ろしていた。

 

「う、浮舟先輩、なんでここに? 今日は友達に会うって」

「友達? ンなこと言ったっけ」

「嘘だったんだ……」

「そんな話どうでも良いので、早く降りてきてください。危ないでしょう」

「七海、顔怖くない?」

「貴方がそこから落ちたらと想像して気分が悪くなっているだけです」

「え、七海気分悪いの? お大事に」

「良いから早く。降りなさい」

「はい……」

 

 閑話休題。

 

「それで、浮舟先輩はなんで()()()()()()()?」

 

 やけにご機嫌な浮舟をパラペットの上から半ば強引に降ろしてから。

 その際に香ったアルコール臭から浮舟が酔っていることを確認してから。

 浮舟を駐車場の車止めに座らせてから。

 虎杖は心底不思議そうに問いかけた。

 問われた浮舟は、ヘラヘラと笑いながら問い返す。

 

「それはこっちのセリフだよ。どうして二人が映画館に? デート?」

「そんなわけないでしょう引っ叩きますよ」

「ごめんって。任務に決まってるか」

「はい。ここ、川崎キネマシネマのすぐ裏の路地で変死体が発見されました。私と虎杖君はその調査に」

「オレも見た。まさか人間がいきなり形を変えるなんてさ」

 

 慌てて酒飲んだけど意味無かったよ。

 なんでもないように言った浮舟に、七海が慌てて詰め寄った。

 

「……現場を見ていたのですか?」

「え、そうだよ。というか()()()()と一緒にいたし」

 

 あの子達。

 文脈の通りにいけば、変死体となった男子生徒3名のことか。

 思わぬ登場人物と、思わぬ繋がり。七海と虎杖は一度顔を見合わせてから、口を揃えて言った。

 

「「それ詳しく教えて(下さい)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あの……」

「なに?」

「アイツ等に着いていって、どうするつもりなんですか……?」

「内緒。でも気になるんでしょ?」

「それは……」

「まぁ見ときなよ。面白いもの見せてあげるから」

 

 不良3人組に連行された男子生徒。その後を追うはオッドアイの不審者と吉野順平。少し前を歩く不審者が果たして何者なのかと俄かに畏れを抱きながら、吉野は観客が誰もいなくなった2番スクリーンに束の間想いを馳せてみた。

 赤いカーペットが敷かれた廊下を歩き、外へ。

 大通りから逃れるように裏路地へと入れば、数十メートル先の袋小路に、不良達がいた。

 不良が拳の骨を鳴らしながら男子生徒に言い放つ。

 

「今ここでキチンと()()()()()()出来れば、前歯折れるくらいで勘弁してやるぜ」

「それは困るよ。硝子ちゃんになんて言い訳すれば良いんだ」

「彼女の心配してる場合かよ」

「か、彼女? ちょっと、照れること言うなよな全く……」

 

 胸倉を掴み上げた不良と、胸倉を掴まれた男子生徒。男子生徒の左右後方にはそれぞれ別の不良がいて、いつどのタイミングでも暴力が振るえるようなトライアングルが形成されている。

 

「……コイツ舐めてるな。おい、財布盗れ」

「はいよ。……おい、ヤベェぞ。万札メッチャ入ってる! 十万──いや、五十万!?」

「あぁ……、五条がまた入れたんだ」

「クソボンボンじゃねぇかコイツ!」

「……お前高校は? 私立?」

「まぁ、私立……かな?」

「学生証は、無ぇな。お前高校生のクセに学割も使わずに映画観てたのかよ。やっぱ金持ちは違ぇな」

「ははは、身分証は10年前に無効になってるし、ワケ有って再申請も出来なくて」

「ワケ分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ」

「──おーい君達、なにやってるのー?」

 

 遠くから声がかかる。

 しかし誰の耳にも届いていなかった。

 

「なぁ、俺達に定期的に恵んでくんね?」

「? 君達、見た感じお金には困ってなさそうだけど」

「財布になってくれって言ってんだよ」

「──俺も混ぜてよー」

 

 応える者はいない。

 

「あー、そっか。これカツアゲか。〝僕〟カツアゲなんて初めてされた。10年前は五条と夏油(二人)が魔除けになってたし、新鮮な気分」

「他人事かよ」

「──はい、人助け」

 

 瞬間、不良の手に握られていた財布が地面に落ちた。

 

「は?」

 

 トライアングルが崩れる。

 中心に閉じ込められていた男子生徒に(かしず)くように、不良達が順番に両膝から崩れ落ちた。

 受け身も取れずに地面に転がる。上を向いたその顔は、有り得ない形に変形してしまっていた。

 横に引き伸ばされていたり、頭部の辺りが絞られていたり、頭頂部が二つに増えていたり。

 3人いた不良のそれぞれが、瞬く間にそれぞれの形に変えられてしまっていた。目から耳から、そして口から赤黒い血を垂れ流し、()()してしまっていた。

 

「だ、誰だッ!」

 

 3人分の変死体。暫し呆然としてしまっていた男子生徒が、慌てて声を荒げる。しかし側にいる不審者には目もくれず、周囲を必死に見回している。

 

「……見えていない?」

 

 離れた場所から一部始終を見ていた吉野は、ここにきて不審者がただの不審者ではないことに思い至る。確かに、考えてみればこの世の者とは思えない装いだ。

 

「ねぇ、助けてあげたんだけどお礼は?」

 

 不審者が男子生徒に笑顔で話しかける。しかし男子生徒はそれに答えず、自らの懐をまさぐっては「クソ! 常備しておくんだった」と何事かを後悔していた。

 不審者は『見えてなくて当然』といった面持ちだが、だからと言って踵を返したりはしなかった。この状況を楽しんでいるように、問いかけを続ける。

 

「お礼も無し?」

 

 不審者が男子生徒の肩に手を伸ばす。マズい。吉野は人知れず息を呑んだ。

 吉野は知っていた。

 不良達が変形する直前、不審者に触れられていたことを。

 不審者の両手が、変形する前の不良達の頭部の辺りに置かれていたことを。

 このままでは男子生徒も不良達と同じようにされてしまう。直感した吉野は焦ったが、だからと言って制止出来るほどの勇気も力も持ち合わせてはいなかった。

 見てるだけ。

 校舎の裏に呼び出された自分を、校舎の窓から眺めてた奴等みたいに。

 何もせずに。

 見てるだけ。

 

「クッ……!」

 

 拳を握り、目を瞑る。

 そうだ、もし制止しようと声を出したとして、不審者の怒りを買ってしまえばタダじゃすまない。今日たまたま同じ映画を観ていた他人よりも、自分の命の方が大事じゃないか。

 吉野は自分に言い聞かせ、()が終わるのを待つしかなかった。

 

「売店ならあるか!?」

 

 しかし、目を瞑ってからすぐ。不審者の手が肩に置かれるよりも前に男子生徒が走り出した。声に驚いて目を開ければ、男子生徒は吉野の方へと近付いてきていた。

 

「おい、そこの君! 早く逃げろ!」

 

 一瞬、バレたのかと思った。──いや、一連のことは不審者が勝手にやったことなので二、三言葉を交わしただけの吉野が関与したことなどなにも無いのだが──それでも。吉野の心臓が極度の緊張によって不自然なリズムを刻んだのは確かだった。

 思えば、この裏路地は袋小路。どこかへ行くなら、どうしても顔を合わせることになる。

 走り抜き(ざま)に吉野に対して指示を出した男子生徒は、そのまま表通りへと走り去ってしまった。

 

「…………まぁ、別に良いか」

 

 袋小路に、手を伸ばした状態のまま取り残される形となった不審者。自身の手のひらを一度見つめてから、溜め息混じりにそう呟いたのだった。

 

「どう? 面白かった? 映画館でのマナー悪い奴ってどうせ他でも同じようにマナー悪いんだから、ここで殺した方が世の為()の為……って、どうしたの? もしかして彼ら、君にとって特別な人だった?」

 

 不審者が吉野の方へと戻ってくる。喜んでいるのかいないのか、目だけは弓形(ゆみなり)に細められている不気味な表情に、吉野は言葉が詰まった。

 不審者が不思議そうに吉野の顔を覗き込んでくる。その手が吉野に向かって伸ばされる直前、吉野は意を決して口を開いた。

 

「……僕にも、同じことが出来ますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「上映中にうるさくしてたヤンキー達を注意したら裏路地に連行されて、ボコられるかと思ったら突然身体が変形して死亡したぁ?」

「そう。呪霊の仕業だとすぐに分かったんだけど、お酒持ってなくてさ。急いで映画館の売店でビール買って裏路地戻っても呪霊はいないし、仕方無く残穢を頼りに屋上登って探してたってワケ」

「館内では浮舟先輩の残穢は確認出来ませんでした。その辺りの説明も」

「あぁ、階段なんか一々昇ってる暇無くてさ。裏路地から壁駆け上がってった」

 

 つまりは、(のぼ)るではなく、(のぼ)る。

 配線とかの凹凸が多かったから、登り易くて助かったよ──笑いながらそう言った浮舟に、七海と虎杖の両名は思わず口を閉じた。ドン引きである。

 七海は少し言葉を選んでから、笑う浮舟に返す。

 

「ドン引きです」

「言葉選んでたんじゃなかったの!?」

 

 虎杖がツッコミを入れた。気持ちの良いツッコミに浮舟が笑うが、七海は溜め息を吐いて額を押さえるのだった。

 

「オレ酔ってるから自信無ェんだけど、残穢は〝ここ〟で途切れてるんだよな」

「はい。ついでに言うならば、裏路地でも、館内の廊下でも、ここまでの階段でも同様に残穢が確認出来ました。呪霊は下からここまで上がってきた──その線で考えて良いかと」

「……さっきまで『ほどほどに』とか言ってたのに」

「虎杖君。『ほどほどに』というのは手を抜くという意味ではなく、肩の力を抜くという意味です」

「今も肩の力抜いてる?」

「いいえ。浮舟先輩がいらっしゃるのなら本気でいきます」

「えぇ……」

「おっ、心強いねぇ」

 

 引いた目で見る虎杖。

 おだてる浮舟。

 どこか嬉しそうにゴーグルの位置を直す七海。

 事件現場のすぐ近くで行われた束の間の日常に、3人を取り囲む空気が弛緩する。

 赤らむ頬を雨後の生温い風に撫でられ、浮舟が思い出したように「そうそう」と話を切り出した。

 

「二人も残穢追って来たってことだろ? 外壁と階段からそれぞれ屋上まで()ってきて、呪霊がいないってのは不可解だよな」

「浮舟先輩が裏路地から行き先を線で辿れなかったように、相手は消そうと思えば痕跡を消せるほど上級の呪霊なのかも知れません」

「それって、屋上からどこかに飛んで行ったってこと? 羽が生えてる……みたいな?」

「私達は犯罪捜査における鑑識課ほど、残穢を詳しく調べられるわけではありません。廊下から続いた残穢を辿り、その最終である屋上にも呪霊がいないとなれば……浮舟先輩」

「あぁ、そうだよな七海」

「え? なに、どゆこと?」

 

 会話の途中で立ち上がった浮舟と、ほぼ同じタイミングで腰に仕舞っていた呪具を抜き出した七海。訳も分からず虎杖とそれに倣って拳を握ってみたが、周囲に呪霊の姿は無い。

 

「七海の言う通り、オレ等って鑑識みたいにキット使ったりってのが出来ないから、どうしても事件現場の証拠を調べるのは目視に頼っちまうんだよな」

 

 不意に。

 貯水槽の上から。

 角の向こうの死角から。

 形の異なる二体の呪霊が姿を現した。

 

「コチラは私が。虎杖君はそちらのもう一体を」

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()──()()()()()()()()()()

「……それって」

「はい、私達は誘い込まれました。呪霊は屋上を目的地としたのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()ようです」

「まるで雪の上に残った自分の足跡を、帰りもそのまま踏んでいくみてェにな。……考えてみりゃ、人殺したあとわざわざ逃げ場の無い屋上に行くはずないってのに」

 

 残穢に頼りすぎたか。

 七海と浮舟から語られた仮説に、虎杖の背筋の温度が下がる。まだ見ぬ事件の呪霊(犯人)に、未だ感じた事のない種類の恐れを抱いた。

 

「敵の数は2体。対してオレ等は3人。早い者勝ちで良いよな?」

「良いわけないでしょう。貴方が戦闘に参加したら、家入さんになんて説明すれば良いんですか」

「えー、駄目? お酒飲んじゃったから、戦わずに酔い覚ますってオレとしてはちょっと勿体無いと思っちゃうんですけど」

「知りませんよ。高専に帰ってから組み手の相手でも探したらどうですか」

「おっ、名案」

「ですので、ここは私と虎杖君に任せてください。浮舟先輩は隅で大人しく──いえ、私達後輩を立ててください」

「……はぁ、分かったよ。気を付けてな」

「はい。虎杖君、やりますよ」

「押忍ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





虎杖悠仁:外出してる浮舟先輩初めて見たかも。


七海建人:浮舟が屋上の端にいるだけでも気分が悪くなるくらい、〝浮舟〟と〝死〟の組み合わせにトラウマが残っている。


浮舟出:虎杖と一緒に映画を観まくっていたこともあり(というか監禁生活でも多数の映画を観ていたこともあり)、映画を観るのは結構好き。
おっ、リバイバル上映?最高じゃんと外出先でふらっと映画館に足を運び、今回の事件に巻き込まれた。
家入硝子に対する言い訳を考え中。外出許可は取った。


家入硝子:今度(うち)に泊まっていってくれるならという条件で外出許可を出した。





お久しぶりです。お待たせして申し訳ないです。
ちょっとモチベを失いかけてたんですけど、呪術廻戦の漫画を読んだことによりモチベを取り戻せました。なるはやでの更新を目指します。応援よろしくお願いします。


幼魚と逆罰編あるある。
幼魚と逆罰(さかば〝ち〟)!?


何卒応援よろしくお願いします。
ではまた。

誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
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