アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

53 / 73

こんばんは!ブーストちょいアリです!


アル中と団欒。

 

 

 

 

「2もさ。一見1と3と変わらないんだけど、完璧主義の人間が全てを投げ出すまでの感情の動きがちゃんと描けてるんだ」

「あー、だから2は観れたのか」

「僕も最初なんで面白いのか分からなくってさ」

「へー」

「わざわざ3回観たよ。グロ描写も2が一番キレてたから辛かったね……」

「なんでそこまですんの?」

 

 河川敷。

 夕暮れ刻。

 低く長い石階段に、二人腰掛けて。

 虎杖悠仁。

 吉野順平。

 話の合う映画の話題に花を咲かせていた。

 

『──()()。四級にも満たない低級の呪いです。人気のない所に出たらコイツに吉野順平()を襲わせます』

 

 遡ること1時間ほど前。七海建人とは別行動を取っていた虎杖と、補助監督の伊地知潔高。

 監視カメラの映像から、映画館──川崎キネマシネマでの変死体と関わりがあることが分かった吉野に対して、アプローチを取ろうとしていた。

 

『①呪いを視認出来ない一般人の場合。虎杖君が救助してください』

 

 籠に入れられた小さな呪霊と、虫取り網。

 

『②視認できるが対処する(すべ)を持たない場合。同様に虎杖君が救助、事件当日の聴取をします』

 

 つまりは自作自演。

 何も知らぬ吉野の前に蠅頭を放ち、その反応によって事を進める。

 

『③呪術で蠅頭を祓った場合。即時拘束します』

 

 呪霊はカメラには映らない。

 川崎キネマシネマでの変死体事件の数少ない手がかりである吉野が、果たして視える(こちら)側なのか視えない(あちら)側なのか。

 術師(こちら)側なのか呪詛師(あちら)側なのか。

 今すぐに見分けねばならなかった。

 

『ただ、④二級術師以上のポテンシャルが吉野順平にあった場合。一度退()いて七海さんと合流します』

 

 それから蠅頭を放ち、吉野が②だと判明し。

 その場で事情を聞きたかったものの部外者がいたので急いで移動し。

 伊地知は放った蠅頭を捕まえるべく虫取り網片手に奔走し。

 現在。

 河川敷。

 話は戻る。

 

「虎杖君映画好きなの?」

「ちょい事情があってさ、ここ最近は浮舟先輩……学校の先輩と映画三昧。でもちゃんと映画館でってわけじゃねぇんだよな」

「仲良いの? その先輩と」

「メッチャ仲良い。五条先生(担任の先生)が浮舟先輩のこと狙ってるんだけど、でも多分先生より俺といる時間の方が長いと思う」

「……女性の先輩?」

「いや、男子」

「……女性の先生?」

「いや、男」

 

 河川敷に乾いた風が一陣、流れた。

 

「……ま、まぁ最近って()()()()()色々進んでるからね。映画によっては()()()()描写も多々あるし、僕自身は偏見も先入観も無いから」

「ははは、順平メッチャ早口じゃん。何に怯えてんの?」

「お、怯えてなんかないよ!……ただ、虎杖君の日常って思ったより映画みたいなんだなって」

「あぁ、そういえば映画の話してたんじゃん俺ら。順平詳しそうだしさ、今度オススメあったら連れてってよ」

「う、うん! ……あ」

「? あ、連絡先?」

 

 吉野が、自然に距離を詰めてくる虎杖悠仁という男に内心恐れ慄いていると、なにか勘違いした虎杖がスマホを寄越してくる。

 そういう意味では──けれども、折角出来た知り合いだし──。

 どうしたものか。

 吉野が頭の中で思考を深めていると、土手から声をかけられた。

 

「アレ? 順平?」

 

 吉野と虎杖二人して振り向き、視線を斜め上方へ。そこには吉野の母、吉野凪が立っていた。

 買い物帰りだろうか、左手には食材が入ったビニール袋。右手の指の間には火の点いたタバコが挟まっていた。

 

「母さん!!」

 

 思いもよらぬ人物の登場に、吉野が声を張る。それと同じタイミングで虎杖も口を開いた。

 

「浮舟先輩!?」

 

 吉野凪の隣には、浮舟出がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか虎杖君、〝僕〟が行く先々にいるよね」

「それはこっちのセリフ! なんでまた外出してんの!? 家入さん怒るよ!?」

 

 過去にその場面を目撃した覚えでもあるのか、虎杖がわなわなと震えながら浮舟に捲し立てる。当の浮舟は何ら堪えた様子も無く「へーきへーき」と笑い飛ばしてから。

 

「今回はむしろ、硝子ちゃんから外出して良いよって言われたの。いわば公認だから」

「こ、公認……?」

「うん。昼過ぎくらいに急患が4、5人運ばれてきてさ。今日はもしかしたら一緒にいれないかもしれないからって」

「へ、へぇー」

 

 虎杖は浮舟の言葉を聞きながら、人知れず納得した。

 そういえば、昨夜から北関東の方で大規模な呪霊掃討作戦が行われているのだとか。

 その怪我人が運び込まれているのだとしたら、家入の言葉も、浮舟に外出を促したという理屈も理解出来る。

 仕事をする上で浮舟が邪魔だったのか、それとも浮舟に()()を見られたくなかったのか。

 真意まで探る必要は、ない。

 

「友達?」

 

 土手から階段を降りてきた吉野凪と浮舟。

 吉野凪は、吉野順平──順平の隣に座る虎杖を見て問いかけた。

 順平が答える。

 

「さっき会ったばかりだよ」

「さっき会ったばかりだけど友達になれそーでーす」

 

 虎杖も思考を取り止めて順平の言葉に続く。虎杖の発言に吉野凪が口元を抑えて笑い、互いに簡単な自己紹介を済ませてから。

 吉野凪の喫煙を良く思わなかった順平が、火の点いたタバコを取り上げてから。

 

「……で、なんで順平のお母さんと浮舟先輩が一緒に?」

 

 話題は、現在進行形で場に漂っている当然の疑問へと移っていった。

 虎杖が切り出した疑問に、吉野凪が空いた右手で浮舟の背中をバンバンと叩きながら笑った。

 

「出君、ヒーローなの」

「ヒーロー?」

「買い物帰り、タバコに火点けようとしたら財布引ったくられちゃって」

「えぇ!?」

 

 順平が目を剥き出して驚く。公の場で喫煙を決め込もうとした部分ではなく、恐らくは()()()()()という言葉の部分に引っかかって。

 吉野凪が続ける。

 

「喫煙者の肺活量じゃとてもじゃないけど追いつけないからどうしよう〜って思ってたら、たまたま前を歩いてた出君が引ったくりの足踏んで転ばせてくれたの」

「おー! カッケー浮舟先輩! よっ、ヒーロー!」

「いやー、照れるなぁ。酒入ってたら制圧くらいまではいけたんだけどね」

「でも、なんでまた川崎(この辺り)に?」

「昨日映画観そびれちゃったのが心残りでさ。頭の中に()()ってワードだけあったから、川崎の有名な映画館行ってきたってワケ。ほら、川崎駅の近くにあるじゃん」

「あぁ、チネチッタですね」

「そうそう。えーっと、虎杖君のお友達」

「吉野っていいます」

「そうか、順平君」

「下の名前名乗ってないのに……」

「それから映画観終わって、適当に電車乗って適当に降りて、伊地知の仕事終わったら回収してもらおうかなとか思いながらぷらぷら歩いてたら引ったくりに遭遇──ってね」

「助けてもらったし(うち)で晩飯でもどう? ってなって、二人で歩いてたところ。悠仁君もどう? 食べてかない?」

「ちょ、ちょっと! 迷惑だろ」

「あ"ん? 私の飯が迷惑?」

 

 知り合ったばかりの人間が家に来るという恥ずかしさから、順平が吉野凪を諌める。しかし手料理を貶されたと勘違いした吉野凪がすかさず睨み返し──。

 グゴゴゴゴゴゴゴ。

 虎杖の腹が盛大に鳴った。

 

「…………」

「…………」

 

 母と子、二人して固まる。

 

「……嫌いなもんとかある? アレルギーとか」

「ないっス!!」

 

 続いた吉野凪の問いかけに、順平はこれ以上の制止を諦めて溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんで!? そんで!?」

「そんでね!! 浮舟先輩がポニーテールの人の攻撃を地面引っぺがして防いで、手刀突きで引っぺがした地面の向こうにいる相手の喉元掴んで、グラウンドの端までぶん投げちゃったんスよ!」

 

 その晩、吉野家の食卓にて。

 虎杖による()()()()()()が本人同席の元振る舞われていた。

 缶ビール片手に話を聞いていた吉野凪が、目尻に涙を浮かべて爆笑する。

 

「ぶはははは!! 優男の出君がそんなこと出来るわけないじゃん!!」

「母さん飲み過ぎ」

 

 笑いながら隣に座る順平の肩を大きく揺さぶる吉野凪。アルコールも十分に回っているのか、オーバーな程に笑い続けている。

 

「あっ、それじゃあ出君、ついでだから一発ギャグやって!」

「最悪の酔っ払いだ……」

 

 吉野凪が浮舟に無茶振りをし、目の当たりにしている順平が憐れむような視線を向けた。

 しかし庵歌姫との飲み会で慣れていた浮舟は、むしろ嬉しそうに喉の調子を整える。

 

「じゃあ〝僕〟の激似モノマネの一つから──今日限りをもってウソップ海賊団を!!! 解散する

 !!!! (激似)」

「ぶはははは!!」

「嬉しっ。初めてウケた、〝僕〟の激似モノマネ」

 

 浮舟がふと思い出すは、オーナーゼフのモノマネをしようとしたら庵歌姫に渋い顔をされた時のこと。

 何故駄目だったのだろう。歌姫先輩はワンピース知らないのだろうかと浮舟はあの時ウケなかった理由を考えてみるが、そうではない。あのモノマネは自身の片足が使えない状況と掛けたから重過ぎてウケなかったのだ。

 浮舟が思うより、周囲は事を真剣に受け止めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在時刻、19時。各々腹も膨れ、弾んだ話題の数々によってそれなりに親交も深まってきた頃。

 ダイニングテーブルで自らの腕を枕にして眠ってしまった吉野凪を尻目に、虎杖はしみじみと呟いた。

 

「母ちゃん、いい人だな」

 

 順平が答える。

 

「……うん」

 

 それから、ソファに座りぼーっとしていた浮舟の元に歩み寄る。

 浮舟がなにも言わずに右に寄って二人の座るスペースを空け、二人もなにも言わずに腰を下ろした。

 浮舟が笑って問う。

 

「どうしたの」

「そういえば、順平と浮舟先輩ってあんま話してないよなって思って」

「なんだよ、気を遣ってくれたのかよ虎杖君。……ありがたいけど、ここは〝僕〟抜きで、若い子同士でお話すればいいじゃん」

「若い子って……。浮舟さん、僕の一個上ですよね? そんな変わらないんじゃ」

 

 浮舟の年寄りのような発言をボケだと思った順平が、恐る恐るツッコミのようなものを入れる。それは順平なりの距離感を測る為の気を利かせた一言だったが、その一言は結果だけ言うならば()()となった。

 

「「…………」」

 

 どう説明しようか。

 というか説明していいの? 

 そんな感情の込められた浮舟と虎杖の視線が、交わる。

 そして、順平は無言の数秒を()()と受け止めた。

 という内訳。

 

「あ、すみません……。馴れ馴れしかったですよね……」

「え? ──あ、いやいや! 違う違う! ……ただちょっと複雑な事情があってさ、言葉を選んでただけだから!」

「そうそう! 浮舟先輩の人生ってベンジャミン・バトン並みに数奇っつーか!」

「そ、そうなんだ」

 

 間。

 

()()()()()、〝僕〟の感覚って古いんだよね。だから、時たま虎杖君世代と話が合わないことがある」

「感覚が……古い?」

「と言っても、〝僕〟自身の発言や知見に教養とか学があるワケじゃないから、そのズレが四六時中明確になるってことはないんだけど──それでも」

「……そ、それでも?」

「一つだけ、感覚のズレが顕著に表れることがある」

「それって……」

「お笑いだよ」

「……お笑い?」

 

 求めていたラインよりも浅い答えに、順平の言葉の語尾が上方向に伸びる。

 話を聞いていた虎杖が、笑いながら補足を入れる。

 

「あー、浮舟先輩()()芸人好きだもんね」

「古いって言うなよ! ◯ギュラーも桜塚◯っくんも◯島よしおもムーディ勝◯もに◯おかすみこもタカ◯ンドトシも──今をときめく大ブレイク芸人でしょうが!」

「うわぁ……」

 

 浮舟が話題に挙げた錚々たるメンバーに、順平の口から引き気味に音が漏れた。

 成る程、()()()の芸人が好きなのか。

 順平は自分なりにそう噛み砕いて飲み込んだ。

 

「……あっ、でもタカトシはまだテレビ出てるか」

「でしょ!?」

「でももう漫才してないよ?」

「そうなの!?」

 

 最近のテレビ事情に詳しい虎杖が事実を突きつけ、浮舟がショックを受ける。先輩と後輩という間柄としては珍しい気安めな遣り取りに、順平は思わず噴き出してしまうのだった。

 

「浮舟さん、なんだかお茶目な人ですね」

「まぁ、確かに〝僕〟は『ちょっぴりお茶目なドジっ子高専三年生』と呼ばれることもあるけれども」

「無いでしょ」

「無いかー」

 

 間。

 

「本当は、さっき一発ギャグやれって言われてさ」

「あ、その節は本当にすみません」

 

 浮舟の言葉の続きを察した順平がすぐさま頭を下げるが、しかし浮舟は笑って否定した。

 

「違う違う。しんどかったなとかそういう話じゃなくて──あの時、〝僕〟本当は違うことやろうとしてたんだよね」

「違うキャラってこと?」

「〝僕〟の一発ギャグってワンピース激似モノマネだけじゃないからな、虎杖君」

「しかも初期のばっかりやるもんね」

「うるせぇやい」

 

 虎杖の言葉に浮舟がツッコみ、順平が笑う。

 リビングのソファに温かな時が流れる。

 

「でもそれやるにはお酒飲まなきゃいけないし、順平君の家のフォーク一本駄目にしちゃうことになるから、普通に駄目だなと思ってやらなかったんだよ」

「……なにやろうとしてたんですか?」

「えーっと、『クロニクル』みたいに手の甲にフォーク突き刺してもフォークの方がグニャグニャになるっていうのを」

「──ブッ!!」

 

 順平がまたしても噴き出し、腹を抱えて笑った。浮舟がその様子を見て満足そうに頷き、置いていかれた虎杖は慌てて会話の輪に潜り込んだ。

 

「え、なに? 映画のネタ?」

「うん」

「あれ、俺観たことないよね?」

「そうだね」

「でも浮舟先輩は知ってんの?」

「うん。何を隠そう〝僕〟も一時期家で映画観まくってたからね。虎杖君よりもちょっぴり詳しかったりするんだぜ」

「部屋にDVDあるから、良かったら観る?」

「マジ? 観る観る! 浮舟先輩も一緒に観よーぜ!」

「…………」

「浮舟先輩?」

「…………」

「えぇ、寝てる……」

 

 目を離した隙にソファに大きく背中を預けて眠っていた浮舟。一瞬の出来事に虎杖と順平の二人は口を開けて放心。数秒眺めても起きる気配は無く「あぁ、ちゃんと寝てるんだ」と気持ち良さそうに目を閉じている浮舟の寝顔を見つめながら思った。

 

「……取り敢えず、映画観る?」

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虎杖君のお母さんはどんな人?」

「あー、俺会ったことねーんだわ。父ちゃんはうーっすら記憶あんだけど……、俺には爺ちゃんがいたから」

 

 映画も観終わり、時刻は21時過ぎ。

 蠅頭も回収し、別件──五条の送迎なんかも行っていた伊地知との連絡もつき、そろそろお開きにしようかなんて話し合っていた頃。

 吉野順平の部屋で二人、神妙な面持ちで話し合っていた。

 順平が、この際だと深く切り込む。

 

「虎杖君も浮舟さんも、呪術師なんだよね?」

「おう」

「人を……殺したことある?」

「無い……。浮舟先輩も無いと思う」

「でもいつか悪い呪術師と戦ったりするよね。その時はどうするの?」

 

 順平が問う。答えを予め用意していたとしても、容易には答えられないであろう極度の重量を帯びたその問いに、虎杖は澄んだ眼差しで「浮舟先輩じゃなく、あくまで俺の考えだけど」と前置きをしてから答えた。

 

「……それでも、殺したくはないな」

 

 心の中で、どこかで求めている答え。しかし虎杖の答えは白でも黒でもなく、順平はどこか苛立ったように問い続けた。

 

「なんで? 悪い奴だよ?」

 

 悪い奴なら殺すかな。

 虎杖がそう言うのを心待ちにしているかのような、それとなく誘導しているかのような口ぶり。

 しかし虎杖の中にある信念には一本の筋が通っていて、順平が望む答えとは違うものだった。

 

「なんつーか、一度人を殺したら()()って選択肢が俺の生活に入り込むと思うんだ」

「…………」

「命の価値が曖昧になって、大切な人の価値まで分からなくなるのが……俺は怖い」

「ッ」

 

 ──だからこそ何をしてもいい。

 ──どう生きようと自由なんだ。

 ──生き様に一貫性なんて必要ない。

 ──お腹が減ったら食べる様に。

 ──憎いなら殺せばいい。

 

「…………」

 

 数日前に、下水道で言われた言葉。吉野順平の内なる怒りを優しく包み込み、肯定した言葉。

 胸が、心が、そして足取りが軽くなるような言葉。

()()()()順平は間違いなく救われていて、今も心に残り続けるくらいには思想の指針足り得た言葉。

 しかし。

 今の虎杖の言葉。

 殺せ──自分本位に生きろ、と背中を押す言葉とは真逆。

 殺さない──大切な人を思い出せ、と肩を叩く言葉。

 

「……そっか」

 

 順平の思想とは相反する虎杖の思想。真っ向からぶつかる己とは全く違う意見に、しかし不思議と嫌悪感はなく。

 むしろ順平はなにか大切なことを思い出したように小さく笑った。

 

「どした?」

「ううん、なんでもない。変な質問しちゃってごめんね」

「俺は全然良いけど」

 

 首を傾げる虎杖を尻目に、順平はなにも言わずに歩き出して部屋のドアを開けた。なんとなく、今の表情は誰にも見られたくない気がしたからだ。

 虎杖が続いていることを横目で確認し、一階へと降りていく。階段を降りる僅かな時間で、順平は軽くなりがちな足取りを自制した。

 

「……浮舟先輩、まだ寝てんじゃん。これもう朝までグッスリじゃねーの?」

「はは、かもね」

「あっ、伊地知さんから連絡来た。悪ぃ順平。俺浮舟先輩運ぶから、玄関開けてくれる?」

「うん、忘れ物は無い?」

「無いと思う」

 

 虎杖が、自らの制服のポケットを上から触りながらそう答えた。

 ふと、着信。

 二人も睡眠中の人間がいるこの場においてその音は酷く大きく、虎杖はポケットに手を突っ込んで慌てて応答した。

 

「もしもし」

 

 静かなリビング。

 虎杖の耳に当たっているスマホから、順平の元まで僅かに音が聞こえてくる。なにを言っているのかこそ不明だが、なにかを言っているのは分かった。

 

「……え、そうなの? いや、浮舟先輩寝ちゃって、てっきり寮に連れて帰るもんだと」

 

 なにやら怪しくなってきた雲行き。順平はあまり注意を向けていないフリをしてみたりなんかして。

 

「あー、じゃあ伊地知さん、家入さんにどうしたら良いか聞いてもらえる? ……え、マジ? ちょっと聞いてみる」

 

 そう言ってスマホを持った腕を下げた虎杖。

 順平が「どうだった?」と声をかけると、虎杖は困ったように笑った。

 

「なんか家入さん今がむしろ修羅場らしくて、ちょっと前に伊地知さん宛に『五条の家じゃなければどこでも良いからいずるのこと頼んだ』とだけメール入れてたらしい」

「あー、やっぱり仕事忙しいんだ」

「んで、伊地知さん自身この後も仕事あるから、自分の家に浮舟先輩泊めたりはできないらしい」

 

 ななみんの連絡先も知らないしなぁ。

 虎杖がぼやき、順平が続きを促した。

 

「そ、そうなんだ。それで、五条……さんって誰?」

「あー、俺の担任。浮舟先輩にガチ恋してるヤベェ人。だから先生の家に泊まらせるっていうのは絶対無しだし、眠ってる(このまま)寮に連れて帰っても先生がなにかしらやらかしそうで怖い……。というか俺も浮舟先輩も()()複雑だから、浮舟先輩を背負ったまま無事に寮まで辿り着けるかって問題も……」

「つまり?」

「……順平、本当ごめん。浮舟先輩、一晩泊まらせてくんね?」

 

 両手を合わせ、深々と頭を下げた虎杖。その様子を見た順平は「それは、勿論」と柔らかく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい夏油、お前どこ触って──……あれ?」

 

 起床。

 されど、決して朗らかな目覚めではなく。

 寝ぼけ眼のまま頭ガシガシと掻いて、状況把握に努めてみる。

 〝僕〟はソファで寝ていたらしく、寝ぼけた視界にぼんやりと映るソファも、床も、というかこの部屋も慣れ親しんだソレではない。

 けれども記憶には新しく、理由は分からないが〝僕〟は順平君の家のリビングのソファで寝転がって眠りについていた──それだけは理解出来た。

 壁掛け時計の時刻は深夜1時。そんな時間だというのにリビングは明るく、周囲を見渡してみればその理由はすぐに分かった。

 リビングの隣、ダイニング。

 四人掛けの椅子の一つに順平ママが腰掛けていて、テーブルに突っ伏して眠っていた。

 成る程、順平ママが夜目が覚めても、暗闇で怪我しないようにってことかな。お酒も飲んでたし。

 

「虎杖君は……あれ、帰ったか?」

 

 時計をもう一度確認。

 深夜1時。

 そうか。〝僕〟ってば寝落ちして、二人が色々気を遣ってくれてここにいるってことか。

 心の中で虎杖君と順平君、それから順平ママにしっかりと頭を下げてから、喉の渇きを覚えてソファから立ち上がる。

 リビングからダイニングの方へと歩みを進めれば、テーブルに突っ伏している順平ママを見下ろす距離。

 テーブルには順平ママのビール缶とおつまみが残っていて、それを除いた夕食時の皿は全て片付けられていた。勿論、〝僕〟が夕食時に使用していたコップも無い。

 深夜1時に誰かから了承を得るわけにもいかないし、喉の渇きは我慢してもう一寝入りしよう──。

 

「……あれ」

 

 踵を返し、リビングへと戻る。

 その最中。

 テーブルに違和感を覚えた〝僕〟は、振り返ってもう一度視線を伸ばしてみた。

 違和感の正体にはすぐ気付き、〝僕〟はテーブルの上に転がるソレを摘み上げて眺める。

 

「なんで、宿儺様の指が……? あっ、マズ──」

 

 瞬間、横っ面に衝撃が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





浮舟出:昨日酒を飲んで、勿体無いからとラインで『オレと組み手やってくれる人〜!』と相手を募ったら数秒で禪院真希から『是非お願いします』と返信が来た。他の生徒も怖いもの見たさで集まってきたらしい。

「真希ちゃん、ギブじゃなくてさ。間接極められててもガッツで抜け出せるようにならないといざという時大変だよ?」



虎杖悠仁:順平と意気投合したノリで浮舟を一晩預けた。
映画面白かったなとホクホクで後部座席で揺られているが、運転席からは剣呑なオーラが絶え間なく伸びていたらしい。

「え、浮舟先輩を起こすのはなんか可哀想じゃん」




吉野順平:虎杖と意気投合したノリで浮舟を一晩預かった。
空いてる部屋で眠ってもらおうと、試しに浮舟の身体を持ち上げてみたらいとも簡単に持ち上がってしまったので、逆に怖くなってソファで寝かせることにした。

「わざわざ起こさなくても良いんじゃない?全然泊まっていって良いよ」




伊地知潔高:浮舟をターゲットの自宅に泊まらせるという判断の奇妙さを後になって気付いた。
七海さんに知られたら殺される……!と思いながら、頭の中で朝イチで浮舟を迎えに行く時間を捻出している。

「……あれ、というか浮舟さんを起こせば済む話だったのでは?」




禪院真希:尊敬する先輩に組み手でしごいてもらった。ボッコボコにされたけど、ウッキウキだったらしい。

「いや!このギブはマジの方のヤツですから!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」






応援してもらえて嬉しかったので、早めに書けました。私にとっては早めだったんです!

幼魚と逆罰編、あと2話で終わる想定です。

ではまた。

誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
  • 家入硝子
  • 夏油傑
  • 七海建人
  • 灰原雄
  • 伊地知潔高
  • 庵歌姫
  • 冥冥
  • 夜蛾正道
  • 九十九由基
  • 乙骨憂太
  • 折本里香
  • 禪院真希
  • パンダ
  • 狗巻棘
  • 枷場美々子
  • 枷場菜々子
  • 伏黒甚爾
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。