アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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おはようございます!ブースト有りです!




アル中と奥の()

 

 

 

 

 ガシャン。

 窓の割れる音と共に、人影がグラウンドへと飛び出した。飛び出した人影が宙を舞う時間としては、縦軸(落下)よりも横軸(吹き飛び)の割合の方が高く。

 虎杖に殴られ校舎の一階からグラウンドへと飛んだ順平はグラウンドの上を土煙を上げながら転がり、やがてうつ伏せの姿勢で止まった。

 虎杖が窓枠を跨いでグラウンドに降り立ってから、口を開く。

 

「順平の動機は知らん。何か理由があるんだろ」

 

 里桜高校、グラウンド。

 浮舟と真人が邂逅するよりも前、いち早く現場に駆け付けていた虎杖悠仁は吉野順平との戦いを余儀なくされていた。

 順平の術式で在校生と職員のほぼ全てが意識を失った。虎杖が何故そんなことをしたのかと理由を問えど、順平は冷静に一から説明が出来る精神状態ではなかった。

 虎杖からすれば順平は、突然凶行に及んでしまった友達で。

 順平からすれば虎杖は、復讐を果たす上で邪魔でしかない障害で。

 話し合えず、分かり合えず。

 結果、戦闘。

 

「…………」

 

 順平の式神:澱月(おりづき)は言うならば毒を持ったクラゲ。

 人間の身体よりも一回り大きい程度のサイズ感で順平の背後の宙に(ただよ)い、毒を含んだ触手を伸ばして攻撃。相手からの攻撃は傘の部分で難なく防ぐ。

 攻防一体。虎杖の人外の膂力を持ってしても攻めきれないという術式だった。

 肩を押さえながら立ち上がった順平へと歩みを進めながら、虎杖は続ける。

 

 

「でもそれは本当にあの生活を捨ててまでのことなのか? 人の心がまやかしなんて、あの人の前で言えんのかよ!!」

 

 虎杖が叫ぶ。

 体育館の惨状。

 校舎内での戦闘。

 しかし虎杖は、まさかこのまま順平が呪詛師(あちら)側へ行ってしまうとはどうしても思えず、何度も何度も説得を試みていた。

 言葉を受けた順平は、俯いて表情を歪める。

 

「……人に心なんて無い」

「オマエッ、まだ」

「無いんだよッ!! そうでなきゃ……、そうでなきゃ! 母さんも、浮舟さんも僕も──人の心に呪われたって言うのか」

 

 順平は泣いていた。

 体育館で虎杖に見せた冷徹な表情とも、校舎での戦いの最中に見せた怒りの表情とも違う。土が付着した頬を涙で流して。

 

「そんなの、あんまりじゃないか……」

 

 順平は泣いていた。

 束の間、握った拳の力を緩めて嗚咽。

 胸が温まる昨晩の食卓の思い出から、脳裏にこびりついて剥がれないリビングの惨状へと記憶がシームレスに移り変わる。

 齢一つ上の優しかった知り合いが死に、そしてなによりかけがえのない家族が死に。

 胸はもう張り裂けている。心だって壊れている。

 でも、涙だけはまだ枯れずに流れ続けている。

 順平は頬の内を噛みながら意識を現実へと引き戻した。

 もう自分には戻る場所なんてないんだと言い聞かせるように理解して──冷徹でいるように努めて、歯を噛み締めて拳を握り直した。

 もう戻る必要なんて

 

「虎杖く〜〜〜〜〜んッ!!!!!!!!」

「「ッ!?」」

 

 不意に、どこからか聞こえてきた大声。

 校舎の外壁に反響して返ってくるほどの大声では声の方角の特定もできず、緊迫した場面だというのに虎杖と順平は目を見合わせてしまっていた。

 

「お、応援か!?」

 

 ならばまずい。順平が澱月へと如何に命令を下そうかと逡巡。その傍ら、虎杖は希望に息を呑んでいた。

 思えば、順平が彼と会ったのはつい昨日のこと。ましてや彼の温厚な性格とは似ても似つかないこの大声じゃ、気付かないのもワケはない。

 しかし後輩である虎杖は──短期間ながらも臨時の師として仰いでいた虎杖は、誰の声なのかすぐに分かった。

 喉を振り絞って返答。

 

「は〜〜〜〜〜〜〜〜〜いッ!!」

 

 順平は混乱していた。

 どこからか聞こえてきた声とそれに呼応した虎杖。

 今よりも自分の立ち位置が劣勢へと傾いてしまうのかという懸念。

 なにより、ここまでやってきた自分の復讐が失敗に終わるかもしれないという恐怖。

 何も果たせないという空虚。

 順平の表情に再び怒りが戻る。

 

「もう何が正しくて、何が間違っているのかも……!」

 

 分からない。

 分かったところであの日々はもう戻ってこない。

 だから。

 順平の背後に浮かぶ澱月が動く。順平の命令を受けて、虎杖に向かって二本の触手を伸ばした。

 虎杖は動かない。

 触手が伸びる。

 虎杖は動かない。

 触手が伸びる。

 

「──シャッッッッ!!」

 

 空から、人が降ってきた。

()()人は、着地と同時に曲げた膝で衝撃の全てを受け止め、背を丸めたまま澱月の触手を両手で掴み取った。

 

「…………()ってぇ」

 

 順平の両目に、()()姿が映る。ピントが合い、彼と目が合った。

 

「う、浮舟……さん?」

 

 死んだはずの浮舟出がいた。

 死んだはずの浮舟出が、触手を掴んだ手の傷口から毒を受けながらも元気に立っていた。

 順平の狼狽に満ちた小さな呟きに、浮舟は笑って返した。

 

「あぁ、オレだよ順平君」

「ど、どうして……? 呪霊に殺されたんじゃ……」

「殺されるわけねェだろ。……まぁ、ちょっと危なかったけどさ」

「じゅ、呪力無いんじゃ」

「お酒飲んだら生まれる」

「右手は?」

「後から拾いに行ってくっつけてもらった。〝帷〟の外で待っててもらってるから、あとで順平君も硝子ちゃんに看てもらえよ。()()はオレが払っておくからさ」

 

 世間話のような気軽さ。

 しかし質問を投げかける順平の頭は酷く混乱していて。

 まさか生きているとは夢にも思わず、順平はこんな状況だというのに口角が上がっていた。自分の所為で命を落としたと思われていた知人が生きていてくれたのだから、当然である。

 

「おいおい順平君。もっと大事な質問があるだろ」

 

 順平が少しだけ胸が軽くなったような感覚を受けていると、浮舟は呆れたように笑った。乱高下を続ける脳内ではロクに意図も理解出来ず、浮舟からの言葉に眉を顰めて返す。

 浮舟はこう言った。

 

()()()()()()()()()()()。硝子ちゃんの治療も終わって、今頃病院のベッドで眠っている。大きな怪我もしてないし、目が覚めたら普通にお話も出来るだろうよ」

「ッ……!」

「酷ェ話だよな。自宅に宿儺様の指(呪物)置かれるなんてよ」

「なんで」

「大事な母親が殺されたんだと思ったら、復讐に出るのは当然だ。でも順平君はまだ一人も殺してないし、まだやり直せる。誰も君のことを責めないと思うよ」

「なんで……、なんでそんな──()をッ」

「嘘じゃねェよ」

「ぼ、僕のことを理解して、寄り添おうとしているんだ……!」

「そりゃ寄り添いてェよ」

「この場だけ誤魔化せれば最悪の事態は免れるだろうって、そんな魂胆なんだろ!」

「全然違ェ……」

 

 復讐する僕の気持ちなんて分からないクセに! 

 リビングの惨状がフラッシュバックした脳では、浮舟の言葉は嘘にしか聞こえず。

 しかもその嘘は、絶対に吐いてはならない類の嘘。

 順平は吐き捨てるようにそう言い、心の底からの怒りと憎しみを込めて浮舟を睨んだ。

 憎悪。

 しかし向けられた浮舟は、順平のある種飛躍しているような論理に多少驚きつつも、目も話も逸らさずに真摯に返した。

 

「……分かるさ。オレの為に復讐の道を辿っちまった同期が一人いるからな」

「…………」

 

 果たして浮舟の言葉を聞いて意味を理解出来る者が、この場にいるだろうか。百鬼夜行という未曾有のテロとその首謀者の末路を知る者が、この場にいるだろうか。

 いない。

 同時に、どこか悲しそうに言い放った浮舟の言葉を嘘だと断言出来る者もまた、いなかった。

 黒紫色に変色した両手を順平の肩に置いて、浮舟が続ける。順平はその手を振り払うこともせず、浮舟の真っ直ぐな瞳に見入ってしまっていた。

 

「順平君。君のお母さんは生きている。だからこれ以上傷付かなくて良いんだ」

 

 リビングの()と、浮舟の言葉が混ざる。

 自分で見た情報と、浮舟の情報。どちらを信じれば良いんだと順平を悩ませる。

 

「……浮舟さんが本当のことを言っている確証は無いですよね」

 

 順平が試す。耳障りの良い浮舟の言葉を鵜呑みにするのは危険だと、他人を信用していない元来の自分がアドバイスをしてきたからだ。

 浮舟は頷いた。

 

「あぁ、そうだな」

「ッ」

「だから一緒に確かめに行こう。ちゃんとその目で順平君ママの無事を確認して、それから学校でちょっと問題起こしちゃったって謝ろうぜ」

「…………」

 

 信じるな。

 順平の脳内に警告(アラート)が鳴り響く。荒れに荒れて、目に焼きついてしまうほど多量の血が飛び散っていたリビング。あそこから生き延びれる訳がないじゃないかと、おかしな希望を持つなと頭の中で一歩引く。

 しかしなんだ。

 目の前の男の瞳はなんだ。

 

「あれ? こんなところにいたんだ」

 

 選択の最中、校舎から声が掛かる。

 全員で目を向けると、割れた窓の向こう──校舎内には真人が立っていた。浮舟が引き千切った首と胴体も元通りに、軽薄な笑みを浮かべてこちらに手を振っていた。

 

「マズい、順平君。早くここから逃げないと」

 

 アイツヤバいんだ。

 未だ差し出された手を払うことも取ることも出来ないでいる順平を背後に隠すように、浮舟が一歩前に出る。

 その言葉で、順平の瞳に色がついた。

 

「……やっぱり、嘘なんでしょ」

「え?」

「……浮舟さんは僕を母さんに会わせたかったんじゃない。どうにかしてこの場から僕を離脱させたかったんだ」

 

 順平の呟きに、浮舟が真人から視線を外して振り返る。

 

「真人さんは良い人なんです。こんな僕に呪術師としての適正を与えてくれて、なにより殺された母さんのことを一緒に悲しんでくれた……!」

「順平、君……」

 

 だから。

 順平の瞳が浮舟を射抜く。目尻に涙を浮かべているにも関わらず、つい気圧されてしまうほどの迫力に浮舟が言葉を迷う。

 

「──ガラ空きだよ、出ゥッ!!」

 

 そんな浮舟の背後に忍び寄る(真人)。右手の指全てを蛇腹の刀に変え、風切り音と共に振りかぶる。

 

「浮舟先輩の邪魔、すんな……!」

 

 浮舟はその攻撃を受けず、代わりに虎杖が横から真人の胴体にドロップキックで反撃。浮舟と順平の時間を作れるよう、真人と二人の間に立ちはだかった。

 

「邪魔してるのはお前だろ? 呪術師」

 

 俺、出と遊びたいんだけど。

 脇腹を押さえながら体勢を戻した真人が嗤う。

 それから「何故自分は脇腹を押さえているんだ」と疑問に思い──顔面に拳がめり込んだ。

 腰の入った虎杖の右ストレート。

 拳が触れた瞬間と、その威力に仰け反ったタイミングの2回。

 遅れてやってくる衝撃に内心驚きながら、真人はグラウンドを力無く転がった。

 

「……やっぱり、効いてる」

 

 真人はむくりと起き上がる。顔の下に受け皿代わりに出した左手に、ぱたぱたと鼻から血が流れ落ちていることを自覚した。

 ──そうか。

 ──虎杖悠仁は()。常に肉体の中に自分以外の魂が在る状態。

 ──知覚しているのか、魂の輪郭を。

 真人は虎杖の攻撃が自分に効いている理由を冷静に分析。

 しかし、そうなると生じてしまう疑問。

 

「……なら、なんで出の攻撃は効かなかったんだ?」

 

 その疑問の答えに至るよりも先に、虎杖が攻撃圏内まで近付いてきていた。

 

「ツギハギ顔の人型呪霊。お前、ナナミンが言ってた奴だな」

「ナナミン? あー、あの七三術師のことかなぁ」

 

 両拳に呪力を灯す虎杖。

 鼻から流血しながらも嗤う真人。

 虎杖が気付かない内に、左足の裏から伸ばした身体を地中を這わせて虎杖の背後まで伸ばして。

 伸ばし切った身体を鎌に変形させて、生意気な虎杖(ガキ)の首を刈り取ってやろうとして。

 

 [Ⅰ Ⅰ Ⅰ Ⅰ Ⅰ Ⅰ Ⅰ Ⅱ Ⅰ Ⅰ(7 : 3)

 

 鎌が粉々に砕かれた。

 自らの鎌で死角になっていた向こう側から、七海建人(七三術師)が現れた。

 

「ナナミン……!」

「説教は後で。まずは現状報告を」

「……浮舟先輩が、なんでかいる」

「……えぇ、知ってます。あの人は後で絶対に引っ叩くとして──まずはあなた自身の心配を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「順平君、オレは敵じゃねェ」

 

 虎杖君と真人が戦っている最中、オレは順平君への変わらず説得を試みていた。順平君の毒を受けてジクジクと痛む両手に気付かないフリをして、笑いかけていた。

 

「ならどうして、そんな笑えない嘘吐くんですか」

「嘘じゃないから」

「嘘だッ! 母さんが生きてるはずがない! 浮舟さんも、右手取りに戻ったなら見たでしょう!? あのリビングを!」

「……あぁ、見たよ。というか、あの血はほとんどオレが流したものだし」

「……え?」

 

 だから。

 順平君に言い聞かせるように、一度息を吐いてから続けた。

 

「何度も言ってるだろ? 順平君のお母さんは生きてるんだって。オレが呪霊の相手しながら眠っていた順平君ママを起こして、命からがら逃げ切ったってワケ。順平君ママも細かい擦り傷とかは負ってるけど、間違っても死ぬような怪我じゃない」

 

 オレの言葉に順平君が口を開けて呆ける。数秒経ってから──その間を律儀に見守ってから──順平君は恐る恐る、といった具合で問うてきた。

 

「……生きてるんですか? 母さん」

「あぁ、生きてる」

 

 ゴクリ。

 喉を鳴らした順平君は、続けて問うた。

 

「……信じて、良いんですか?」

「勿論。どうしても踏み切れないんだったら縛りでも結ぶか? ……あんましオススメはしねェけど」

「縛り?」

 

 縛り。

 この場合の縛りとは、他者間の縛りのこと。

 それぞれにメリットがあることを提示し合い、結ぶもの。

 破った際のデメリットは予測を超えて降りかかってくる為、余程のことがない限りどんな奴でも縛りは守る──そういうもの。

 

「それが、縛り……」

「真人の野郎はンなこと教えてくれなかったろ。当たり前だわな、アイツは呪霊だし」

「呪霊とは結べないんですか?」

「結べる。ただ、呪霊だから人間(順平君)に理由も無く親切にしないってこと」

「ッ」

 

 順平君がハッとしたように息を呑んだ。

 続ける。

 

「思い出せ、順平君。アイツが今まで何をしてきたのかを」

 

 ──映画館での犯行。

 ──下水道での会話。

 ──限界まで巨大化された人間()()()()()

 ──手のひらサイズに収まった人間()()()()()

 ──吉野順平の頭の中に、ここにきて真人の行動がフラットな視点で再び映し出された。

 ──術師としての才能を開花させてくれた。優しく話を聞いてくれた。そんな主観ではなく、真人が自分以外の人間に対してどんなことをしてきたのかという客観。

 ──暫し、黙考。

 ──呆けていた時間よりも更なる時間を要した黙考。虎杖の拳が真人の顔面を捉えた音さえ聞こえてくるほどの静寂の(のち)

 

「……浮舟さん」

「おう」

「……すみませんでした。僕が間違ってました」

 

 頭を下げた順平君。オレはなんでもないように笑いながら、最早細かな指の動きも取りづらくなってしまった左手で順平君の肩を優しく叩いた。

 

「君は何も悪くない。オレがもっと上手く伝えられれば良かったんだ」

真人さん(アイツ)は、()()()()()()()()()()()。つまりは、こういうことなんですよね」

「細けェプランまでは分からんけどな。でも、術師であるオレをわざわざ巻き込んでまで順平君ママを狙ったのも、ご丁寧に条件まで付けられた〝帷〟も、全部がきな臭ェ。誰か頭の切れる野郎が裏で糸引いてるぜ、多分」

「危うく操り人形になるところでした。──いや違う。僕はもうとっくに……」

 

 体育館で眠る生徒達のことを思い出したのか、頭を抱えて苦しむ順平君。泣き出してしまいそうな表情に、オレは慌ててハグをして落ち着かせた。

 

「大丈夫、大丈夫だ順平君。体育館のみんなはまだ助かる。オレが毒喰らってもこうしてヘラヘラ喋ってられるのがなによりの証拠だ」

「でも……」

「術師ってのは、非術師を一人でも殺すと呪詛師認定されちまう。呪詛師って分かるよな?」

「……僕の家に呪物を置いた奴のこと」

「そうそう。でも順平君はまだ殺してないから、多少の処罰を受けることがあっても呪術界を追われたりはしないから大丈夫。高専で罪を償いながら、色々学ぶと良い」

「高専……?」

「あぁ、頼りになる奴が沢山いる」

「……僕なんかが、良いんですか」

「勿論だよ。その術式強いから、重宝されると思うぜ」

「……浮舟さん」

「おう」

「……ありがとうございます。僕を見捨てないでくれて」

「なに当たり前のこと言ってんだよ。オレ達友達……だろ?」

「……はい!」

 

 涙を流しながらも、オレの言葉に笑ってくれた順平君。これで一件落着だとその頭をガシガシと撫で、虎杖君と真人。それからいつの間にか駆け付けていた七海の方をチラ見してから指示を出した。

 

「順平君、ここから──あー、いや。〝帷〟は外から入れても内からは出れないんだよな」

「?」

「よし、順平君。体育館で倒れてる生徒達の容体に気を配ってくれ」

「……僕も戦います」

 

 そう言ってオレを見る順平君の瞳には炎。しかしその炎は母を亡くした復讐から来る怒りではなく、自分を騙していた真人に対する怒りと、自分の為に戦っている人達への想い。

 つまりは呪術師(こちら)側。

 

「駄目だ。言うことを聞いてくれ」

「でもッ……! 何もせずに立ち去れって言うんですか!?」

 

 浮舟さんは僕の所為で傷付いてるのに! 

 こちらを気遣いつつも、焦ったような順平君の表情。その目は虎杖と七海の方を向いていて、早く加勢に行かなければという強い意思を感じる。

 

「大丈夫。オレは自分でなんとかするから」

「僕が言うのも可笑しな話ですが、その毒治せるんですか?」

「いや、オレは反転術式は使えない。つーか、反転術式があったとしても毒治すのは(むじ)ぃんだったような」

 

 頭の中で毒の成分を解析してどうたらみたいな。

 かつて五条がウキウキでそんなことを言っていた気がする。

 つまりオレは、自分でも硝子ちゃんの力を借りてもこの毒を治せないということになってしまう。

 どうしよう、宿儺様にお願いしようかしらと未来のことを考えてみるが、そんな場面ではないと頭を振って思考を切り替える。

 なんとかするしかない。

 

「じゃあ、駄目じゃないですか……」

「大丈夫大丈夫。なんとかするから」

「…………」

「呪霊を祓うだけが呪術師じゃないんだぜ? 順平君」

「……でも()()師、ですよね」

「呪霊を祓うより、人命の方が大切ってこと」

「…………」

 

 オレの説明に納得がいかないのか、それともその頭の中では最初から加勢に行くことを結論付けてしまっているのか、順平君の表情は曇ったままだ。

 

「……分かった、こうしよう。順平君は体育館で、真人が逃げてきた時の為に待機しててくれ。真人が逃走するってことはそれなりにダメージも与えられてるってことだから、簡単にトドメを刺せるだろう」

「……あの、言い方変えただけで指示としては変わってませんよね?」

「あ、バレた?」

「…………」

 

 (おど)ければ、順平君は溜め息。少し悩んだ素振(そぶ)りを見せつつも、渋々頷いてくれた。

 

「……分かりました。指示に従います」

「ありがとう順平君」

 

 了承するや否や、それからすぐに足を動かし始めた順平君。真人と戦う二人の動向──つまりは離脱するタイミングを窺いつつ、ふと問いかけてきた。

 

「そういえば、真人さん(アイツ)の味方は他にいないんですか?」

「いないだろうな。ここに来る前に校舎回ってたんだけど、ソレっぽい奴はいなかったし」

「……分かりました。じゃあ僕、体育館(向こう)の方で待ってます」

 

 ちゃんと祓わないと、僕が美味しい所貰っちゃいますからね。

 去り際に可愛くないことを言ってくれる順平君。彼なりの発破であることはすぐに分かり、オレも手を挙げて返した。

 

「おう。なる早で祓うわ」

 

 帰り道、Y字路で別れる時のような気楽な挨拶。立ち去る順平君の背中に手を振り、校舎の角の向こうへと消えていったのを確認してから。

 

「……ふぅ」

 

 オレは両膝をついた。

 大きく咳き込む。

 口元に添えた左手には紫が混じった血。

 

「……順平君の毒、強過ぎるって」

 

 電気を流されているかのように、未だ強く痺れている両手。

 順平君の手前強がって効いていないフリをしていたが、この有様である。

 これでは加勢もままならない。

 順平君よりもオレが体育館に行くべきだったのかもしれない。

 なんて。

 

「……新しく出来た後輩を特級と戦わせるワケにもいかねェもんな」

 

 左手をダランと垂らし、震える右手で制服の内ポケットを(まさぐ)る。目当てのものはすぐに見つかり、僅かしか残っていない握力でゆっくりと抜き取った。

 500mlサイズの瓢箪(ひょうたん)

 左右の内ポケットに一本ずつ。

 計二本。

 

「……お酒の力に頼るしか無ェか〜」

 

 瓢箪の蓋──つまりはコルク製の栓。親指で弾く力は残っていないので、口で咥えて噛んだ。飲酒で強化されていた咬合力は硬いコルク栓をグミみたいに潰し、つい飲み込んでしまいそうになるのを堪えてそこらに吐いた。

 ようやく中身とご対面。

 〝帷〟の中だというのに、中の液体は周囲の僅かな光源を律儀に反射してちゃぷちゃぷと煌めいている。

 中身は不明。アルコール度数が高けりゃ何でもいいと適当に複数のお酒をちゃんぽんしたものだからだ。

 味度外視の、酔いやすさ重視の劇薬。

 

「…………」

 

 いざ。

 嚥下。

 嚥下。

 嚥下。

 

「──っぷはぁ。……あれ」

 

 思わずぶっ倒れてしまいそうなほどアルコールが口内にも胃にも頭にも()ているが、なんとか堪えて拳を握る。痺れは残っているし力も30%くらいしか入らないが、それでもアイツをぶん殴るには十分だった。

 しかし。

 テンションが上がらない。普段なら飛び上がるほど喜ぶところなのだが、気分は据え置きで呪力だけが膨れ上がってしまっている。

 

「……まぁ、それだけ順平君の毒が強かったってことで──おえっ」

 

 結論付けながら吐き気を催してえずき、力いっぱい口を閉じながら片膝ずつ立ち上がる。

 戦況はどうなっているのかと首を回したところで、虎杖君が視界いっぱいに飛び込んできた。

 

「浮舟先輩どうしよう! ナナミンが真人の領域の中に!」

「……あァ〜?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クソッ」

「今はただ、君に感謝を」

 

 領域展開。

 呪力で構築した生得領域内で必殺の術式を必中必殺へと昇華する、呪術の極致。

 領域:自閉円頓裹(じへいえんどんか)

 真人の魂に干渉する術式(無為転変)は原型の掌で触れることが発動条件。

 しかしそれが必中の領域となれば、七海建人は文字通り掌の上。

 七海は何度も吐き捨てても足らないほどの失態に苛立ちながら、真人と周囲を枠組む数々の腕しか見えない暗い空間で、やがて自らが辿る末路を冷静に傍観していた。

 打つ手無し。

 反撃しようにも、した途端に変形が始まるだろう。

 だから諦めるしかない。

 七海は冷静に投了。ゴーグルを外し、ひっくり返したザルのように半円を描く腕達を見上げて大きく息を吸って、吐いた。

 しかし真人はすぐに殺す気分ではないのか、ニコニコと楽しそうに七海に笑いかけている。

 

「折角だから少し話そうか」

「必要ありません」

「そう言うなよ。最期の言葉、出に伝えてやるからさ」

「……浮舟先輩と、随分と()()()のようですね」

「うん、出の魂に一目惚れしちゃってさ。君が死んだ時の魂の動きも観測出来ると思うと、もう嬉しくって!」

「……あの人に触れたんですか」

「うん。何度も」

「はぁ……。なんと羨ましい」

「……え?」

「羨ましいと言ったんです。私はあの人の後輩ですから、そう身体に触れる機会にも恵まれなかったですし」

「……え?」

「最期の言葉、でしたか」

「──あぁ、うん。何かあれば伝えておくよ?」

 

 なにか妙な言葉が聞こえたような気もしたが、気を取り直して真人が嗤う。

 身震いするほど無邪気な笑みに、しかし七海は感情を欠片も動かさず。息をまた一つ吐いてから、最期の言葉を口にし始めた。

 

「……浮舟先輩、私は貴方の後輩で幸せでした。貴方に出会えたことは私の人生の中で最大の幸福です。高専での貴方の太陽のような笑顔を見るだけで日頃の疲れが吹き飛び、戦場での貴方の月のような眼差しを受けるだけで身体の底から力が湧きました。貴方が()()()死んでからは抜け殻のように生きていましたが、再びこうして同じ戦場に立てたことを最大の誇りとして胸に刻んで死にます。未成年飲酒──というか飲酒自体私は今でも反対ですが、成人した浮舟先輩と酒を飲み交わすことを密かに楽しみにしていました。私は何も残せず死にますが、どうか悲しまず……いや、貴方のことですからどうせ悲しんでくれますよね。貴方の泣き顔を見ずに済んで内心ほっとしています。そんなの心が耐えられませんからね。思えば浮舟先輩と初めてお会いした高専一年の時の入学時」

「ちょ、長くない? 最期の言葉ってそんなスピーチくらいの長さだっけ──」

 

 バリンッ。

 暗闇に、ヒビが入った。

 パラパラと落ちてくる結界の欠片に、真人と七海は口を閉じて()を見やる。

 

「なッ──」

 

 真人は見た。

 網のように張り巡らされた半円形の天蓋に、ヒビが入ったのを。

 そのヒビから、右腕が突き抜けて入ってきたのを。

 右腕を起点にヒビが大きくなり、遂には大穴が空いて光が差すのを。

 光の中から虎杖悠仁と浮舟出が侵入(はい)ってくるのを。

 

「七海! 生きてるか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着け虎杖君」

「落ち着いてなんかいられないって! このままじゃナナミンが死んじゃうんだよ!?」

「まだ大丈夫。時間はまだ少しだけある」

「なんでそんなこと言えんの!」

「真人は獲物を甚振(いたぶ)ってから殺すタイプだからな。領域が完成したあとも、余裕ぶっこいて話始めたりとかするだろう」

「どうしてそんなこと分かんの!」

「戦ってみて感じたただの勘だよ──それよりもよく聞け。作戦がある」

「さ、作戦?」

「あぁ。まず、あそこに浮いてる黒い球体が領域。あの中は実際の球の大きさよりも広い空間が形成されていて」

「そんなの良いから! 作戦ってなに!?」

「あの黒い球ぶっ壊して、虎杖君とオレで中に侵入する」

「壊せるの、アレ」

「……結界術は内からの耐性を上げるほど、外からの力に弱くなる。なんでか分かる?」

「え、分かんない」

「領域は()()()()()ことに特化した結界だからだ」

「?」

「つまり、逆に侵入するのは容易いんだよ。何故なら侵入者にメリットが無いから。五条の無量空処みてェに、相手を領域に引き入れた時点で勝ちが確定するとなれば尚更な」

「……あれ、でも真人の領域展開の効果って俺達知らないよね? このままノコノコ侵入しても餌食になっちゃわない?」

「領域展開っつーのは、呪力で構築した生得領域内で必殺の術式を必中必殺へと昇華する……みたいなのが定番なんだよ。つまり、真人の領域の効果は領域内の人間の魂を自由に捏ねくり回せるみたいな感じだろうな。だから、相手を引き入れた時点で勝ちが確定するってオレの予想はあってるはず」

「じゃあ尚更駄目じゃん!」

「あぁ、オレだけだったら諦めてたかもな。でも虎杖君には──虎杖君の中には?」

「……あぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虎杖悠仁の(うち)には、触れてはいけない〝魂〟が在る。

 

『俺の魂に触れるか』

 

 虎杖が領域内に着地し、後から降りてきた浮舟が衝撃を殺し切れずに転んだ刹那。

 虎杖の頬、弓形(ゆみなり)に口が開き、一人でに喋り始めた。

 真人の領域内では、どの人間もどれだけの人間も例外無く真人の掌の上。

 それは虎杖の中に棲む両面宿儺とあれど例外ではなく。

 

『分を弁えろ、痴れ者が』

 

 呪いの王に断りも許可も無く汚い両手で触れるという不敬極まる行いに、両面宿儺は身震いするほどの冷たい声でそう言った。

 言ってから。

 

『……と、普段の俺なら斬っていた』

「……は?」

 

 突然の特赦。

 呪いの王とは思えぬ慈悲に、死を覚悟していた真人が呆けた声を漏らす。

 虎杖の頬、両面宿儺の口がニィ、と吊り上がり、楽しげに笑い始めた。

 

『ケヒッ。まさか、ここにきて()()()()使う気になったとはな』

「な、……なんの話だよ」

 

 真人が問う。

 両面宿儺が答える。

 

『面白いものが見れるぞ』

 

 いや、答えていない。両面宿儺はなにも答えていない。

 真人は探る。両面宿儺の慈悲には意味があるのだと、警戒心を露わに目を皿にして探る。

 勝手に喋り始めた両面宿儺を止めるべく、自らの頬を叩いた虎杖悠仁。

 違う。

 結界を破って突然降りてきた二人に目を丸くする七海建人(七三術師)

 違う。

 黒紫色に変色した両手で腹を押さえ、苦しげに震えてうずくまる浮舟出。

 違う。

 全員違う。

 この暗闇の中で、両面宿儺を楽しませるような者は誰一人としていない。存在し得ない。

 

「…………待て、なんだよソレ」

 

 存在し得ない、筈だった。

 何故ならば、あの男は()()()()()を一言も言っていなかったからだ。

 酒を飲めば呪力を得るだけの、ただの珍しい天与呪縛でしかない。

 鈍感で察しも悪く、どれだけ足掻いたって計画に支障は来たさない。

 あの男はそれくらいのことしか言っていなかったからだ。

 ひび割れた天蓋以外に光の存在しない真人の領域内に光が──(えん)が現れる。

 浮舟出の足元に現れる。

 円が浮舟出の足元からじわじわと広がる。

 真人の領域を侵蝕し始める。

 術式の必中効果が失われ始める。

 

「不可能だ……! だってお前ッ──」

 

 浮舟出は毒の痛みに耐えてうずくまりつつも、腹を押さえていたわけではなかった。

 その腹の内に隠してるものがあったからだ。

 真人から死角となっている浮舟の懐。うずくまった自らの身体が盾となった腹の前の小さな空間で。

 浮舟は震える両手で()()を結んでいた。

 

「──領域展開」

 

 

 

 

 

 

 

 

誰好き?

  • 浮舟出
  • 五条悟
  • 家入硝子
  • 夏油傑
  • 七海建人
  • 灰原雄
  • 伊地知潔高
  • 庵歌姫
  • 冥冥
  • 夜蛾正道
  • 九十九由基
  • 乙骨憂太
  • 折本里香
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  • 枷場菜々子
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