こんばんは!お待たせしました!
アル中と交流会当日。
目を閉じている。
誰かに抱き締められながら──温もりに包まれながら、目を閉じている。
〝僕〟はつい数秒前まで眠っていたのだろう。身じろぎをしようとして感じた身体と頭の怠さから、その事実をゆっくりと理解していた。
体内時計が正常に機能しない深い
〝僕〟はここ数日の出来事について振り返ってみることにした。
里桜高校での一件の後、〝僕〟は硝子ちゃんと送迎の灰原の手によって、硝子ちゃんの自宅へと連れ去られていた。
硝子ちゃん
しかし徹夜で激務を終えたばかりの硝子ちゃんにそんなことは関係ない。硝子ちゃんは半ば倒れるようにベッドに寝転び、膝から下をベッドから垂らしながら数秒黙り込んだ。
この間〝僕〟は「リビングに戻って午後のロードショーでも観ちゃおうかな」とか考えていて。
しかし硝子ちゃんは何を思ったのか、心底気怠げに起き上がって〝僕〟の方へと近付いてきたのだ。
「忘れ物」
硝子ちゃんは一言そう呟き、〝僕〟を抱き締めてから再びベッドへとダイブした。
突然の接触と、硝子ちゃんの身体の柔らかさ。頭部に感じる硝子ちゃんの呼吸と、正面から抱き締められたことによって完全に塞がれた視界。硝子ちゃんの左手は〝僕〟の後頭部に回され、硝子ちゃんの右手は僕の背中に回されて。
数多の情報がほぼ同時に脳へと伝わったにも関わらず、〝僕〟の意識は──そして硝子ちゃんの意識も──段々と眠りへと落ちていったのだった。
回想終わり。
「…………」
そんな生活が二日ほど続いた。
たっぷり眠って、空腹を覚えて起床し、デリバリーで頼んだ食事を然程興味も無いテレビを眺めながらぼーっと摂って。
食後はロングソファに二人並んで座って、こちらにもたれ掛かってくる硝子ちゃんの頭を撫でて日々の激務を労ったり。
その流れで服を脱がされそうになったので、割と必死に抵抗してみたり。
「…………」
いけない、また回想に入ってしまいそうだ。
兎に角。
〝僕〟と硝子ちゃんはこの二日間一度も外へ出ることなく、自堕落な生活を送っていた。今こうして迎えた三日目の朝には疲れは完全に取れたばかりか、むしろ眠り過ぎて逆に疲れてしまっているほどのリフレッシュ具合。
三日目。
今日から硝子ちゃんの高専医師としての仕事が再開される。
昨日、昼の食事時。硝子ちゃんがその通達が来たであろうスマホの画面を一目見てからソファに向かって忌々しげに投げ捨てていたので、多分間違いない。
つまり、硝子ちゃんの仕事再開に伴って〝僕〟の抱き枕生活も終わりを告げ、また高専へと通えるというわけだ。
時に。
『折角の二人きりなのにスマホを気にするな。嫉妬してしまうだろう』
とは初日の硝子ちゃんの言葉。
〝僕〟としては一日に二回ほど電話でお喋りを
いっそのこと手放そうかしらと思ってしまうくらいには開くのが怖くなってしまっているこのスマホ。コンセントから伸びる充電ケーブルが刺さり、満充電のまま電源が落とされた状態でリビングにずっと置きっぱなしになっているスマホの存在を俄かに想いながら──ふと。
現在時刻が気になり始めた。
今も
目覚ましなんて一度もかけなかったこの生活では、こうして目覚めた今が何時かなんて見当もつかず。
体内時計が正常に機能しない深い
硝子ちゃんが寝過ごしてしまっている可能性に行き着いてしまった。
「…………」
知らん。
眠たいし眠ろう。
──なんて投げ打つことも出来ないくらい、上記の可能性は〝僕〟の寝ぼけた脳味噌を活性化させてしまっていた。
硝子ちゃんは高専医師だ。
他者反転を行えるという人材は呪術界全体においても〝僕〟は三人しか知らない。一人は硝子ちゃんで、あとの二人は海外にいたり虎杖君の中にいたりとその力を借りるには難しい現状である。
だから、今この状況はまずいのだ。
硝子ちゃんの休暇ということはつまり、任務で怪我をしたとしても現代医療に頼る他無いということになる。それも高専の息がかかった医療機関、という酷く限定的な括りの。
「…………」
呪霊との戦闘というものはやはり常識の範疇から外れているものが殆どで、人間同士の諍いや交通事故とは怪我の負い方がそもそも異なる。
獣にやられたり天災に遭ったりだとか、運び込まれた術師の怪我の具合だけ見ればそういった状況の方が近いかも知れない。
「…………」
何が言いたいのかというと。
肘の辺りまで腕が裂けたりだとか下顎が吹き飛ばされていたりだとか背骨がぐちゃぐちゃに砕けていたりだとか。
そこから急いで医療機関に運び込まれてもどうしようもない状態では、どうしたって硝子ちゃんの力が必要になってしまうということ。
硝子ちゃんなら治せる。
怪我を負ってから時間が経ち過ぎていなければ──そして、生きてさえいれば。
硝子ちゃんならば治せる。
裂けていた腕も腕相撲が出来るまでに治し、砕けていた背骨も完治すれば存分に伸ばしてヨガ教室に、吹き飛んだ下顎も(吹き飛んだ部分を現場から回収出来れば)元通り──今や硬い肉だって噛み切れる。
硝子ちゃんの反転術式に基本、
──それなりに時間はかかるけどな。
いつの日か。硝子ちゃんは自嘲するようにそんなことを言っていた。
しかし硝子ちゃんが今まで救ってきた術師の数を考えれば、その行いに自嘲する要素なんて何一つ無いことが分かる。
硝子ちゃんは凄いんだ。
凄過ぎるんだ。
だから時間通り出社してもらって、また怪我人を治してほしいと──〝僕〟は思ってしまった。
「…………」
依然、現在時刻は不明。
手元にスマホは無い。
抱き締められているので、壁に掛けられた時計を確認することは出来ない。
「硝子ちゃん」
なので、小声でその名を呼んでみる。
〝僕〟がたまたま早朝に目を覚ましただけで、まだ時間には余裕がある──そんな可能性を頭の片隅に残しつつも「遅刻するよりは」と自分を納得させて。
「んー?」
程なく返答。
どうやら硝子ちゃんは既に目が覚めていたらしく……いや待てよ。
誰だこの
硝子ちゃんじゃない。
〝僕〟の背中に回されていた両腕。今や抱擁ではなく
「おはよ、いずる」
五条がいた。
∪
「まさか気付かないとはな」
「やめてよ硝子ちゃん! 『案外寝心地良かったな』とか思い出したくもない記憶がフラッシュバックしてくるじゃん!」
「……私はショックだよ。顔を見るまで気付かないなんて、まるで私と五条のハグの具合が似通っているみたいじゃないか」
アイツと違ってこんなに柔らかいのに。
硝子ちゃんが、衣服の上から自分の両胸を持ち上げてぼやく。
可哀想だけどスルーさせてもらおう。
反応に困るし。
「あのね、硝子ちゃん。今朝は寝惚けてたし抱き締められていて目の前が真っ暗だったし……というかそもそも硝子ちゃんの家に五条がいるだなんて夢にも思わなかったしで」
「
「……楽しいの? それ」
ベッドで眠る一人と、それを眺めてコーヒーを啜る一人。構図を想像すると必ず生じてしまう疑問をそのまま吐き出せば、硝子ちゃんはこちらを真っ直ぐに見つめながら凛とした面持ちで答えた。
「あぁ」
「言い切られた……」
「それよりも、
「五条? なんか色々準備があるとかでどっか行ったけど」
「準備ねぇ……。腐っても教師だってことか」
「硝子ちゃんは大丈夫なの? ここ数日で溜まってた患者の方々は」
「あぁ、いずるが寮で着替えてる間にパパっと終わらせてきたよ。ここ数日のいずるチャージのおかげか呪力効率が良くってな」
「そ、そうなんだ」
「……いずるが四六時中私の側に居てくれたら、もっと沢山の人間を治せるんだけどな」
「患者をダシにしないで」
「…………」
「ちょっ、お尻触らないで!」
「学生の頃は、いずるの尻には特段興味を惹かれなかったが、こうして年齢差が生まれてみれば中々……」
「な、撫で回さないで! 硝子ちゃんのエッチ!」
「おっ、そそるじゃないか。もっと言ってくれ」
「イヤ────!」
「……なにしてるんですか」
「あっ! ケイちゃん助けて! 〝僕〟のお尻が柔らかくなっちゃう!」
「もう十分柔らかいだろ」
「必要以上に!」
「必要な柔らかさってどのくらいなんだ」
「
まるで
高専の正門から少し麓へ降りた場所にあるちょっとした広場に到着すれば、そこには東京校のメンバーが一足早く勢揃いしていた。
京都校、それから両校の学長と教師陣は会議の為まだこの場にはおらず、〝僕〟は近くにいたケイちゃんの背後に隠れることでお尻触りマシーンと化した硝子ちゃんから命からがら逃れた──そんな一連の流れ。
そう。
今日から姉妹校との交流会が始まる。
「出センパイ、おはようございます」
〝僕〟に逃げられたことに軽くショックを受けた様子の硝子ちゃん。広場の端で懐からタバコを取り出す様子をケイちゃんの背中越しに眺めていると、視界に真希ちゃんが入ってきた。
「おはよう真希ちゃん。今朝はよく眠れた?」
「バッチリっす。絶対負けません」
レンズ越しに見える瞳から眠気は感じられず、寧ろその奥はメラメラと燃えている。
真希ちゃんの
「……なんか燃えてない? 真希ちゃん」
「……自分は何も」
しかしケイちゃんも理由は知らないのか、どこか気まずそうにふいっと顔を背けてしまった。
ははーん?
「あぁ、ケイちゃんも燃えてるってことね」
「ッ、それは──……はい、燃えてます」
「おー」
後ろからツンツン頭を眺めながら、燃えているらしいケイちゃんにパチパチと拍手を送る。
……硝子ちゃんも〝僕〟のお尻は諦めたみたいだし、いつまでもこうしてケイちゃんの背後に隠れる必要はないだろう。
そう考えると同時に一歩踏み出してケイちゃんの横に並んだ瞬間、日差しの強さを再確認。秋に近付いている為汗が噴き出るほどの日差しではないものの、目を焼く眩さはオールシーズン健在。人影もそれなりに効果あるんだなと目を細めたところで、広場に野薔薇ちゃんが現れた。
「なっ、なんで皆手ぶらなのー⁉︎」
片手に引いたスーツケース、そのタイヤ部分を石畳にガラガラと転がしながら、手ぶらの〝僕〟達を見て大層驚いた様子。
「オマエこそなんだその荷物は」
皆が野薔薇ちゃんに抱いていた疑問を、パンダが代表して問いかける。
野薔薇ちゃんは
「何って……。これから京都でしょ?」
「「「「「?」」」」」
……、
成る程。
「京都
「京都
野薔薇ちゃんの勘違いに対して現実を突き付けるように、最後にキチンと付け加えたパンダ。
全てを理解した野薔薇ちゃんは、膝から崩れ落ちた。
「どうりで最近会話が噛み合わないわけだ」
「ですね」
「可哀想に……。ケイちゃん、事前に気付かなかったの?」
「いえ、アイツそんな
「ほら、夜に野薔薇ちゃんの部屋集まった時に荷造りしてるのを見た──とか」
「普通は夜に女子の部屋に集まりませんよ」
「えぇ? DSの通信対戦とかしないの?」
「しません。……しかも今時DSなんて」
「あ、そっか! Wiiか! 〝僕〟達の時はやっぱどこにでも持っていけるDSが主流だったけど、Wiiの方が皆で遊べるパーティゲーム多いもんね!」
「浮舟さん、いつの時代の話をしてるんですか」
「…………」
「おい恵、出センパイ凹ますなよ」
全体の士気に関わるだろうが。
真希ちゃんが〝僕〟を庇うようにそう言う。
傷付きはしたけどね。
マジで。
本当に。
「す、すみませんでした。浮舟さん」
「別に大丈夫だよ。……まぁでもそうだよね。〝僕〟とケイちゃんじゃ世代が10年違うんだもんね」
「やーねー、恵くんったら。イマドキぶっちゃって」
「しゃーけー」
「イマドキぶるってなんですか」
パンダと棘ピーが井戸端会議の如きジェスチャーでケイちゃんをイジり、そのイジりでまんまとケイちゃんがピキったところで──パンダが〝僕〟の肩をポンポンと叩いた。パンダの方を向きつつ見上げれば、パンダはどこか得意げな表情と共にニッと笑った。
「出、今度Switch貸してやるよ」
「す、スイッチ? なに……ボタン?」
「スマブラ極めて恵泣かそうぜ」
「え、64以外にもスマブラがあるの?」
「すじこ」
「えー、Wiiでも発売したんだ……」
死んでたから知らなかったよ。
お笑い以外の分野でも感じる、空白の10年間によるジェネレーションギャップ。っぱ◯天堂ってスゲェんだなと思わず空を仰いだところで、野薔薇ちゃんが嬉々として話に入ってきた。
「ねぇ今スマブラの話した? 私Wii版なら最強だから色々教えてあげられるけど」
「おい野薔薇、スーツケース放って話に混じるな──それよりも、
来た。
野薔薇ちゃんのスーツケースを端の方に蹴っ飛ばしながらそう言った真希ちゃん。
言葉を受けて、〝僕〟達一同は正門とは反対の方──つまりは高専を守る結界に近い方角へと顔を向けた。
「あらお出迎え? 気色悪い」
「乙骨いねぇじゃん」
スーツ姿の青髪女子。
某宅急便のキキみたいな格好をして箒を持ってる魔女っ子。
左右に流れた髪をおしぼりみたいな形の布で包んだ糸目の和装男子。
開口一番から煽り散らかしてる真希ちゃんの妹。
高専の制服が窮屈そうに感じる程の筋肉を内側から主張してみせる東堂君。
制服を着たロボ。
喋るパンダという逸材を抱えている
いや、実際他人事だ。
だって〝僕〟は交流会出ないんだし。
「……出センパイ」
「うん、ありがとう真希ちゃん」
真希ちゃんが〝僕〟を守るように一歩前に出る。
〝僕〟と真希ちゃんの遣り取りが気に入らなかったのか真希ちゃんの妹が面白くなさそうに鼻を鳴らし、因縁ありげな姉妹を尻目に〝僕〟は制服のポケットから不織布のマスクを一枚取り出して素早く装着した。
「どう、ズレてない?」
「はい」
ケイちゃんによるチェックを受けてから、〝僕〟は素知らぬ顔で再び前を向いた。その際青髪の女子がこちらを睨んでいたような気がしたが、気にせず真希ちゃんの背後で景色に溶け込んでおく。
「…………」
〝僕〟の復活を知らず、
だって浮舟出は10年前に死んでいるのだから。
正体バレないといいな、と未来を楽観視していると、野薔薇ちゃんの威勢の良い発言に意識が引き戻される。
見れば、一足早くバチバチモードに移行した野薔薇ちゃんが京都校を睨み、棘ピーが果敢に続くところだった。
「うるせぇんだよ、早く菓子折り出せオラ」
「しゃけ」
真希ちゃんの妹は二人の言葉をフルシカト。
誰も返さないことを哀れんだのか、それとも特に考えていないのか、東堂君が口を開いた。
しかし東堂君は乙骨君がここに居ないことでやる気がなくなってしまったようで、二人の
「腹減ってんのか?」
……。
凄い。この前と違って普通に会話が出来ている。
東堂君、闘いが絡まなければ案外優しい人なのかもしれない。
「怖……」
「乙骨がいないのはいいとしテ、一年生二人はハンデが過ぎないカ?」
野薔薇ちゃんの不良然とした言い様に魔女っ子が怯え、ロボが冷静にこの場を分析。
ロボが口を開いたことにより、野薔薇ちゃんの興味はそちらへ移った。
「ロボだ! ロボがいる!」
〝僕〟の肩をパシパシと叩きながら、ロボがいたことへの報告をしてくれる。「そうだね」と返せば「中に人入ってるか確かめましょ!」と嬉しそうに提案してくれた。
「交流会中にコッソリ確かめちゃいな」
「おい待テ。勝手に話を進めるナ」
それなりに緊張感が走っているこの場で京都校のメンバーと接触するのはマズいだろう──そう考えての提案だったのだが、どうやらロボに話を聞かれていたらしい。ロボだから聴力とかも自由自在なんだろうか。
〝僕〟はどうにかこの殺伐とした空気を和らげようと、ロボに寄り添う気持ちで微笑んだ。
「なんでもないよ。……あ、コンセントの場所あとで教えるね」
「……お前の
「は?」
「なにウチの先輩ディスってんだよロボゴラ。世間知らずなとこもチャーミングだろうが」
「野薔薇ちゃん、それもディスだよ……」
「はーい、喧嘩しない」
「え!?!?!? この声!?!?!?!?」
「急に大声を出すナ」
ロボとの会話の最中に聞こえたその声。細胞レベルで心当たりがある麗しいその声に〝僕〟の心は
声の主は呆れた様子で〝僕〟を見つめながらも、なんだかんだ再会を喜んでくれていた。
会話を勝手に終わらされた野薔薇ちゃんとメカから怒りの念が送られてくる。
でも仕方がない。
「まったく……」
「おはようございます歌姫先輩! もう会議終わったんですか!? 時間教えてくれれば麓まで降りて出迎えたのに!」
「そんなことしたら『他校の男子生徒を扱き使うヤバい女教師』だってウチの生徒達に引かれるでしょーが」
私だってちゃんとした教師でありたいのよ。
声の主──歌姫先輩はそう言って溜め息を吐いた。
なんだか他校の知り合いの教師の振る舞いに辟易していそうな雰囲気だ。
うーん。
察するに余りある大変さ。
「ほら、あまり騒ぐと目立つわよ」
「はーい……」
確かに。
正体をバレたくないのであれば、〝僕〟のこの行動は適切ではない。逆にここまで堂々としていたらバレないんじゃないかと邪な思考が浮いて出たが、歌姫先輩の指示が最優先だ。
引き下がろう、スゴスゴと。
歌姫先輩はいつの間にか逆サイドに駆け付けていた硝子ちゃんとも挨拶を交わし、〝僕〟も含めた三人で短いやり取りをしながらようやく広場の中央へと辿り着いたのだった。
高専医師という役職がある硝子ちゃんとは違い、〝僕〟はなんでもないモブの高専生だ。
そんなモブがいきなり他校の教師と親しげにはなしているのだから、京都校メンバーの視線が凄く痛い。
パンダの後ろに隠れよう。
「で、あの馬鹿は?」
「悟は遅刻だ」
「
「誰もバカが五条先生のことだとは言ってませんよ」
上からパンダ、真希ちゃん、ケイちゃん。
五条ってば愛されてるなぁとその様子をニヤニヤしながら眺め──
「おまたー!」
東京校と京都校の間でなんとなく開いていた空間をどこからともなく現れた五条が、台車と共に駆け抜けた。
キキィーッ。
果たして台車にブレーキがあるのかという疑問はさて置き、五条と台車は石畳の上で急停止した。
「五条悟……!」
歌姫先輩が何故かフルネームで五条の名を呼ぶ。その名を聞いて青髪の女子がなにやら嬉しそうにしているが理由は不明。
五条がここまで運んできた台車の上にはなにやら大きな箱が乗っていた。
交流会で使う道具か?
そんな具合に皆がその中身について各々考え始めたところで、五条が遮るように口を開いた。
「やぁやぁ皆さんおそろいで。私、出張で海外に行ってましてね」
「急に語り始めたぞ」
五条という男はプライベートでも──というか高専時代からテンションが高めの男だ。箸が転がっても笑うし、夏油の前髪の収まりが悪くても笑う。更に言えばグラウンドに積もった雪にかき氷シロップをかけて普通に食べようとするような男だ。
そんな男が教職に就いてどれだけ落ち着いたのかと疑問に思ったこともあったが、今こうして教師モードの五条の姿を見てやっと答えが出た。
あんま変わんない。
「はいお土産。京都の皆にはとある部族のお守りを。歌姫のは無いよ」
「いらねぇよ!!」
なにがそんな楽しいのか分からないほど楽しげな五条は、台車から離れて京都校の皆にお土産を配り始めた。
どんなスタイルの部屋でも馴染まないぬいぐるみのようなオブジェを渡された京都校の面々は、青髪の女子以外は一様に引いた顔をしていて。「最強から貰ったものだし……まぁ」くらいのテンションで、なにか意図があるのかもしれないと頑張って前向きに考えようとしている。
〝僕〟の勘だと、そのお土産はマジでただのお土産だと思うよ。
あと五条はその場のウケ狙いで買ってきただけだから、そのお土産である意味もマジで無いと思うよ。
「そして東京都の皆にはコチラ!!」
「ハイテンションな大人って不気味ね」
野薔薇ちゃんの冷たい視線もなんのその、五条はスキップをしながら再び台車の元へ。
それから言った。
「故人の虎杖悠仁君でぇーっす!!」
「はい!! おっぱっぴー!!」
∩
虎杖悠仁はワクワクしていた。
少年院での一件から、死んだことにされていた自身の身。伏黒と釘崎がグラウンドで先輩等から扱かれている間も、地下での映画鑑賞や人の集まらない道場での体術指導──
虎杖悠仁はワクワクしていた。
二ヶ月。
二ヶ月もの間続けてきた、一人前の呪術師になる為の修練。
それが今日、京都校との交流会を以て終了し、また同期二人と同じ教室で学ぶことが出来るのだと言うのだから、虎杖悠仁は朝から足取りが軽かった。
「先生、早く行こうぜ」
制服に着替え、準備万端。
だと言うのに未だソファに座って一級術師:七海建人と会話をしている
虎杖悠仁が声をかけると、五条は少しガッカリしたような表情を見せた。
顔の半分を覆うアイマスクで表情の機微は分かりづらいものの、歪んだ口元から感情は如実に感じ取れた。
「……悠仁、もしかしてここまで引っ張って普通に登場するつもり?」
「え、違うの!?」
「死んでた仲間が
珍しくはあっても決してゼロではないらしく。五条は過去を思い出し、発言後に少し黙ってしまった。
切り替え。
五条はソファに深々と座ったまま、虎杖悠仁に向かって不敵に笑いかけた。
「やるでしょ、サプライズ」
………………、
…………、
……。
「…………」
虎杖悠仁は困惑していた。
呪術に関するアレソレを教わっていた、言わば信頼出来る類の大人から指示された
台車の上に乗せられた箱の中でガタゴトと悪路を駆け抜けて、やがて訪れた静止と静寂。
小さく屈んだまま待機すること数分。
永遠に感じた時間の中、遂に来た五条の合図。
虎杖悠仁が他人様の一発ギャグと共に陽気に飛び出せば、東京校の面々はウケるどころか皆一様に引いてしまっていた。
大口を開けたまま、ドン引いてしまっていた。
京都校の面々の反応も冷たい。
彼等彼女等は五条からプレゼントされたお土産に夢中になってしまっていて、そもそも虎杖悠仁の存在に気付いてすらいないからだ。
えっ……え────────!?
虎杖悠仁は心の中で絶叫した。
提案者である五条(何故かフォローしてくれない)に「話が違う」と表情で訴えかけながら、この身に刺さる冷たい視線に身悶えした。
「だはははははは! おっぱっぴーって!! 腹痛い腹痛い!!」
若干一名、世代ドンピシャの男がひっくり返る程爆笑しているのも
∪
虎杖君の最高面白サプライズに腹筋が痛くなるほど笑ったり。
野薔薇ちゃんがそのサプライズにキレ泣きしつつも、虎杖君は無事東京校メンバーに迎え入れられたり。
テンションの高い五条による一日目の種目が発表されたりもして。
交流会の開始時刻は正午ということで、それまでの時間はミーティングや各々の準備に充てられるとのこと。
真希ちゃん率いる東京校がミーティングの為に屋内へと入っていくのを見て、〝僕〟もどこかで時間潰そうかなと考えていたところで、背後から制服の袖を引っ張られた。
引っ張られたと言っても、グイッと身体ごと持っていかれるような強さじゃない。親指と人差し指で袖をつまみ、控えめに存在だけ主張するような奥ゆかしいソレ。
硝子ちゃんか五条が
予想外の人物にフリーズ。
「へ?」
「……あの、聞きたいことがあるんですけど」
「ど、どうしたの?」
迷子か?
見知らぬ土地だし、京都校からすれば
迷子ではなさそうだ。
ならば何の用だろうか。
東京校の中で、一番目立たない(まぁ歌姫先輩の登場に舞い上がりはしたけれど)〝僕〟にわざわざ話しかけてくる理由はなんだ?
まさか、歌姫先輩の一件で苦言を呈しに来たり?
知らない人からの注意ほど
しかし、次の瞬間耳に入ってきた青髪の女子の言葉は全くの予想外で。
例えるなら、ボディブローを警戒していたら銃口を向けられたような──兎に角、備えなんて不可能な言葉。
「──貴方、浮舟出……ですよね」
お仕事大忙し君だったので、更新遅れました!あとがきはまた今度書きます!