アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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あけましておめでとうございます!




京都姉妹校交流会──激闘編──
アル中と好きな女のタイプ。


 

 

 

 

 右肩に、穴が空いていた。

 一升瓶を丁度通り抜けさせることが出来る程度の太さの大穴が空いていた。

 歯を食い縛り、気を失わないように呼吸を深く大きく繰り返し痛みに耐えていた。

 深い森の中、仰向けに倒れた地面。

 肩から雑草が生えているのかと錯覚するほど、綺麗な丸い穴が空いていた。

 

「へへ……、馬鹿(いて)ぇ……」

 

 決して手のひらでは収まらないサイズの穴に触れてみて、そういえばついこの間も脇腹辺りに穴が空いていたことを思い出す。

 咳。

 飛沫に血が混じり、宙に放たれて降雨の如くまた顔に落ちてくる。

 クソ、誰がこんなこと。

 遠くから〝僕〟の名を呼ぶ声に負傷していない方の手を上げて応えてから、飛んできた酒瓶をその手でキャッチした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽厳寺学長にお遣いついでに退室を促され、高専敷地内(森の中)をぷらぷらと歩いていた〝僕〟。当たり前だが自販機で普通に飲み物買ってすぐに戻ろうとはならず、行くアテも無く目的も見出せずでもう部屋を出てから30分近くが経過していた。

 勿論、身バレ防止の不織布のマスクもキチンと着用中だ。

 

「…………」

 

 遠くから聞こえてくる銃声や鍔迫り合い、それから建物が倒壊した時に(しょう)じそうな地響き等の戦闘音に耳を傾けては「派手にやってるなぁ」とか思いながら、ふとポケットの中のスマホを確認してみた。

 本来ならば〝僕〟はスマホに通知が届いているかいちいち確認するタイプではないのだが(無論10年前(ガラケー時代)はメールが届いていないか受信箱を逐一チェックしていた)、今の〝僕〟には目的が無くなってしまったというある種の手持ち無沙汰のような感覚があった。

 皆の活躍は見たいけど、実際に見に行くのは危ないし。

 ならじゃあ他になにかやることがあるのかと言われれば、〝僕〟ってば高専内ニートみたいな存在だから予定なんて皆無だし。

 だから、らしくもなくスマホを触ることしかできなかった。

 

「…………圏外かよ」

 

 ぼーっと歩いているうちに、どうやら深いところまで来てしまったようだ。

 高専内の森は、マジで遭難しかねない程広い。

 聞こえてくる音の遠さ的にうっかりと直哉みたいに交流会へ乱入を決め込んでしまうことはなさそうだけれども、森の中というだけでそれなりにリスクだ。

 スマホに夢中だったが故に方向感覚(どちらに行けば良いのか)は分からないが、取り敢えず来た道を戻るとしよう。

 

「あれ、浮舟さん……?」

 

 振り返ろうとした背中に声が掛かり、予定通り振り返る。

 そこには順平君がいた。

 

「え、順平君!? 久し振り!」

 

 どうしたのこんなところで。

 思わぬ再会に飛び上がり、マスクを制服のポケットに仕舞いながら駆け寄れば、順平君は手に持った白いボールを見せてくれた。

 

「……玉拾い?」

「みたいな感じです。補助監督(〝窓〟)(かた)に呪力が込められているボールを遠くまで投げてもらって、森の中からボールを探して戻ってくる──基本的な呪力察知の訓練みたいなのを、向こうの(ほう)でやっていたんです」

 

 順平君が指差した方向に視線を向ける。成る程、つまりあっちに行けば森から出られるらしい。

 

「そうなんだ。……ちなみに、今は出してたりするの? 澱月」

 

 術師間であれば意味不明かつ無意味な質問。

 しかし〝僕〟ってば現在素面(シラフ)だから、視えないし分からないのだ。

 

「いえ、今は出してません」

「そっか。むずかった?」

 

 (むず)い。

 つまりは訓練の難易度のこと。

 

「俺にも察知しやすいはっきりとした呪力ではあったんですけど、結構遠くまで飛んでいってしまって。もう5分も森の中を走ってました」

「へぇ。強肩なんだね、補助監督さん」

 

 吉野順平君。

 ちょっと前、里桜高校の一件で仲良くなった子。

 里桜高校での暴走によって上層部から処罰を言い渡されつつも、暴走に至るまでの事情を鑑みてほぼお咎め無しといっていいような処罰(社会奉仕という名の無償任務数件)を食らった子。

 社会奉仕が終われば、そのうち正式に東京校の一年生として仲間入りする子。

 術式開化から然程の時間も無く虎杖君とサシでやり合えるという術師としての強力なポテンシャルを秘めつつも、呪術界から見ればまだひよっこも良いところ。故に任務には出さず、ひとまず基本的な訓練を受けさせようというのが上の方針らしい。

 上層部、〝僕〟を殺そうと思った時もそれくらい優しい気持ちを持ってくれたら良かったんだけどなぁ。

 

「浮舟さんはどうして一人で森の中に? 今って()()()っていうのが行われてるんですよね」

 

 補助監督伝てに聞いたであろう交流会という言葉を、おっかなびっくり発音する順平君。

 ワケを話せば笑われてしまった。

 

「あぁ良いとも、笑えよ順平君」

「いやいや……やっぱり格好良いです、浮舟さんは」

「格好良い? 任務にも出ずに敷地内ぷらぷらしてる〝僕〟のどこがカッコいいのよ」

「この前、(ウチ)で濁してた()()()()()ってそういう意味だったんですね。死からの生還を悟られるわけにはいかないから、隠居生活を送っている──アクション映画の続編のあらすじみたいで格好良いじゃないですか」

「……まぁ、そう言われると悪い気はしないけど」

 

 順平君の澄んだ褒め言葉に指で頬を掻く。可愛い後輩から褒められて嬉しくないわけがないというのが、素直な心情だった。

 あるよね。薄暗い地下、上裸で懸垂してる男の背中(肩や脇腹には前作で負った傷の痕や本人であることを示すタトゥー有り)がアップで映るところから始まったりする映画。

 

「順平君はこの数日間どう? 成長してる?」

「してます! って自分で言うのは恥ずかしいですけど……確実に一歩ずつ前には進んでます。母さんも無事退院しましたし、俺が呪詛師にならずにいられたのは、それもこれも浮舟さんに悠仁に七海さん──皆さんのお陰です。改めて、ありがとうございました」

「気にしないで順平君。今度澱月触らせてよ」

「は、はい! まだ処分中の身ではあるので、同行中の補助監督さんの許可が無いと喚び出せませんが──必ず! あと俺、浮舟さんからも色々教わりたいです! 里桜高校の時みたいに、高いところから飛び降りて無事でいられるコツとか!」

「オッケー、お酒飲めるように硝子ちゃんから許可貰っておくよ」

 

 順平君から人懐っこい笑みを向けられ、今度は何泊になるんだろうと今朝まで続いていた硝子ちゃんとの生活を思い出しながら〝僕〟も笑って返す。

 笑みに笑みで返す和やかな空間、森の中。

 そこに秋が近付いてることを知らせる少し涼しげな風が吹けば、〝僕〟と順平君の笑みは──

 

「…………浮舟さん、今ってお酒持ってたりしますか」

「持ってないけど……どうしたの?」

 

 名を呼ばれ、眉を上げる。目を細めずに見た順平君の顔はいつの間にか緊張に固まっていて、〝僕〟は空気の急変に上げた眉をすぐさま下げた。

 順平君が小さく呟く。

 

「……います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……います」

「え、なにが?」

 

 森の中。

 〝窓〟との訓練の途中。

 恩人である浮舟との束の間の雑談に興じていた順平は、正面に立つ浮舟の身体越しの背景に呪霊を確認していた。

 ──祓うべきか。

 ──いや祓えない。

 ──視るからに相手が強過ぎる。

 ──祓おうとはするべきか。

 ──補助監督さんの所まで逃げるべきか。

 ──今の浮舟さんは呪霊が視えない。

 ──俺の実力で呪霊に背を向けて大丈夫か。

 ──俺に浮舟さんを護り切れるか。

 呪霊を目視した瞬間に察した彼我の実力差。首筋が粟立った一瞬でそれだけの情報を処理した順平の脳内。数多の行動パターンの取捨選択を迫られるよりも先に、地中から鋭い(つる)が伸びてきた。

 

「浮舟さんッ!」

 

 浮舟の胸に飛び付き、倒れ込む勢いでなんとか蔓を避ける。浮舟は未だ状況を理解してないのか「背中が……」と別件の痛みに苦しんでいた。

 

「里桜高校で見た呪霊がいます……!」

「呪霊? ……真人か」

 

 里桜高校。

 呪霊。

 二つの単語から答えを導き出した浮舟が、順平に押し倒されたような体勢のまま顔付きを変える。

 

「ち、違います。白い方です」

「白い方……真人助け出した方か? 〝僕〟、そっちは姿見てないんだよなぁ」

 

 浮舟がぼやく。

 ここにきて未だ地面に倒れたままの浮舟と、そんな浮舟に覆い被さっている自身の姿勢の違和感に気付いた順平。慌てて立ち上がり、浮舟に手を差し伸べた。

 

「サンキュー、順平君。逆に聞きたいんだけど、お酒持ってないよね」

「も、持ってるわけないじゃないですか! 俺未成年ですよ!?」

「除菌スプレーとか、それに準ずるお手拭きも……」

「持ってないですし、飲用じゃないアルコールを口にして大丈夫なんですか?」

「なんか大丈夫っぽい」

「なんかって……──危ないッ!」

 

 会話の隙を狙う二撃目。

 呪霊の後方から芽生え、高く伸びた蔓が今度は枝葉の隙間を縫って頭上から。呪霊も順平と浮舟のどちらが()()()()()は理解しているらしく、蔓は浮舟の方へと降り注いだ。

 呪霊からの攻撃なんて気付く由も無い浮舟の手を強く引き、抱き寄せて(かわ)す。

 腕の中に抱いた浮舟が、モゴモゴと不明瞭な発音で喋る。

 

「順平君、メロいね」

「言ってる場合ですか!」

 

 呪霊との距離は10メートルと言ったところ。しかしこちらは呪霊からの攻撃の射程範囲には既に入ってしまっているらしく。

 対して、この距離感では攻撃を返す術を持たない順平。逡巡の(のち)、浮舟の手を引いて逃走の選択肢を()った。

 足首辺りまでの高さに生え揃った雑草に速度を奪われながら、木々の間を走り抜ける。またあの蔓からの攻撃を受けないように、真っ直ぐにではなくジグザグに走る。

 

「自分で走れるよ、順平君」

「す、すみませんつい!」

 

 走行中、掴んだ手の主から指摘。その指摘によって恩人に対する自身の態度を刹那の内に振り返った順平は謝罪と共に手を離す。

 手の主──浮舟は、みるみる内に後方へと遠ざかっていった。

 

「は・し・れ・て・な・い!」

「おぉ、嘆きツッコミだ」

 

 浮舟曰く、嘆きツッコミ──を発しながら足を緩め、その手を再び掴んで走る。浮舟はヘラヘラと笑いながらも今度は黙って引っ張られていた。

 

「なんで不登校だった俺より足遅いんですか!」

「いやぁ、天与呪縛(術式)の都合上走り込みのトレーニングって出来なくて」

「……理由聞いても良いですか」

「気持ち悪くてゲロ吐いちゃうから」

「えぇ……」

「あんまお酒飲まなくなった今も、身バレの都合上敷地内を一人でランニングとかも出来なくて」

「えぇ……」

 

 嘆いている間に森を抜ける。

 木々雑草生い茂る森の中から石畳に足が着いた途端に、思い出したように天から陽の光が当たり始める。順平は降り注ぐ光量に目を細めながら、軽く息を整えつつ後ろへと──呪霊がいるであろう森へと振り返った。

 ちなみに隣の浮舟は、ゼェハァとみっともなく肩で息をしていた。

 

「追ってきてない、みたいですね」

「そ……そうなんだ。良かった……」

 

 浮舟が手を上げる。

 順平はその意味を一瞬理解しかねたが、浮舟の笑顔で察して同じように手を上げた。

 ハイタッチ。

 

「ッ、それよりも浮舟さん! なんでお酒一本も持ってないんですか!?」

 

 呪霊を視認した瞬間、その心を恐怖に支配されそうになりながらも、心のどこかで浮舟を頼りにしていた順平。恩人の情けない姿の連続に思わず詰め寄っていた。

 浮舟は笑いながら答えた。

 

「人が死なないと予め分かってる交流会なら、〝僕〟がすることなんてないと思ってたんだよ。ましてや、どこからか侵入してきた呪霊に襲われるだなんて考えもしなかった。ごめんね」

 

 それは、浮舟なりの力のセーブ。

 酒を飲む度に寿命を差し出している浮舟は、当たり前だが理由も無く闇雲にただ戦いたいとは思っていない。

 浮舟が戦う理由は、身内のピンチ──それに限る。

 つまり姉妹校交流会のような()()()()()()()()()()ならば、浮舟は喜んで酒瓶をベッドに放ったまま手ぶらで部屋を出るというわけだ。

 

「…………」

 

 対して、浮舟の寿命のことなんて知る由も無い順平。恩人の気の抜けた態度に複雑な心境のまま口を噤む。

 里桜高校での暴力的な浮舟の姿が目に焼き付いていた順平は、これからもこのギャップに(しばら)くの間翻弄されるのだろう。

 

「おーい!! 吉野くーん!!」

 

 ふと、風が巻き起こす木々の騒めきに乗じてどこからか声が聞こえてきた。

 二人して顔を向ける。

 

「あ、補助監督さん!」

「ごめんごめん、ボール飛ばし過ぎちゃったね!!」

「なんだ。補助監督さんって灰原のことだったんだ。そりゃ強肩なわけだ」

「お疲れ様です浮舟先輩!! こんなところでなにやってるんですか!!」

 

 現れた〝窓〟の正体に点と点を繋げた浮舟。

 吉野順平に訓練をつけていた〝窓〟──灰原は浮舟に元気よく挨拶をし、そんな二人の遣り取りを見ていた順平は小さく首を傾げた。

 

「……お二人はどういう関係なんですか?」

「あぁ、そうだよね。こちら灰原。一個下」

「こちら──あー、……浮舟先輩。生き返ったことって伝えてますか?」

「うん」

「なら良かった!! こちら浮舟先輩。今の年齢は僕より下だけど、(れっき)とした一つ上の先輩!! ちなみに、浮舟先輩泣かせると僕の同期の七海が鬼の形相ですっ飛んでくるから気を付けてね!!」

「泣かねーよ」

「いやいや!! この前も五条さんに抱き上げられたまま30分くらい降ろして貰えなくて泣いてたじゃないですか!!」

「アレはまだ全然半泣きの範疇だし──というか後輩の前でそんな恥ずかしい話しないでよ!」

 

 七海呼ぶぞ! 

 浮舟が一つ下の後輩を牽制のカードとしてチラつかせる。

 そこに先輩としてのプライドは微塵も無かった。

 数秒、笑い合う。それから「あー!」と灰原が大声を出し、浮舟と順平の注目を集めてから。

 

「そうだ!! 高専内に無許可の〝帷〟が降ろされたんです!! よって訓練は即刻中止!! 吉野君は自室で待機!!」

 

 灰原からの報告兼指示。

 耳に入ってきた単語の中に含まれている穏やかではない部分を、浮舟が眉を顰めて聞き返す。

 

「〝帷〟?」

「あ、忘れてた! こちらも報告があります! 森の奥に呪霊が居たんです!」

「あぁ、高専側が放った奴かな? ……と言いたいところだけど──この状況からすると五条さんが言ってた()()()()()()()()()の方かな」

「多分そうだと思う。順平君が言った呪霊の特徴と、里桜高校で真人の窮地に現れた呪霊と特徴が似ている」

「分かりました──そうと決まれば、浮舟さんも早く五条さんや家入さんの所へ戻って下さい!!」

「な、なにか俺に出来ることはないんですか!?」

 

 頭を回す灰原に、横からおずおずと発言する順平。その積極性が実力ではなく責任感から来るものであると理解していた灰原は、落ち着いた声色で(さと)した。

 

「……吉野君、君の言葉の通りならこれは間違い無く特級案件だ。そうなれば五条さんや浮舟先輩が事に当たることになる。だから、まだこの世界に足を踏み入れたばかりの吉野君に出来ることなんてないんだよ」

「ッ……」

 

 里桜高校からずっと感じていた己の非力さに、順平は思わず俯いた。

 慰める為か、その背中に浮舟が優しく手を添える。

 

「順平君、そう(はや)んないで。特級ってのはガチでヤバいんだから。灰原は流れでああ言ってるけど、実際〝僕〟も相手するのは全然無理だし」

「でも……」

「役に立とうと思うのは分かるよ。僕だって、一年生の頃は浮舟先輩や夏油さんに褒めてもらいたくて必死だったからね」

 

 そうだったんだ。

 灰原の告白に胸が温まった浮舟が、人知れず温かい眼差しを送る。灰原はその眼差しに気付くことなく、順平の両肩を掴んでまっすぐ目を合わせた。

 

「けど、命を張るべきは今じゃない。君はこれから沢山学んで、等級を上げて、やがて一人で任務に出られるようになる。やる気に燃えるのはそれからだ」

「……はい!」

「良い返事だ!! 寮までの道のりは分かるね?」

「分かります! まだ正式な生徒ではないから、男子の学生寮ではなく高専関係者用の方──ですよね」

「その通り!!」

 

 賢い順平(新入り)()()の意を込めて指を差した灰原。懐に手を入れながら、浮舟へと身体を向けた。

 

「そうだ浮舟先輩!! 念の為お酒渡しておきます!!」

「持ち歩いてる……」

 

 先程の浮舟からの問いかけを、ジョーク混じりの無理難題だと思っていた順平。しかし現に浮舟の為に酒瓶を持ち歩いている人間を目の当たりにすると、その忠誠心に怖気付くのだった。

 

「ガンガン戦って下さいって意味じゃないですからね。浮舟さんが怪我したら僕と伊地知が怒られちゃうんですから」

「伊地知も? それは気を付けないと」

「僕にも気を遣ってください!!」

「分かってる分かってる。ありがとうな灰原、助かる、よ……?」

 

 思えば、〝帷〟が降り、特級呪霊の侵入を許しているとは思えない和やかな遣り取り。

 三人の空気の弛みを咎めるように、浮舟の右肩に激痛が走った。

 

「?」

 

 浮舟の頭から当然のように湧き出た疑問の言葉が、喉から出る前に奥の方で潰れた。

 異変に気付いた順平が浮舟の方を見やると、森の奥から伸びた蔓が浮舟の右肩を貫き、逃すまいと胴体をそのまま一周回っていたところだった。

 

「浮舟先輩ッ!!」

「浮舟さんッ!」

 

 二人の叫びの言葉も虚しく、浮舟の体がグンと後ろへ引かれる。胴体から引かれた浮舟の身体はくの字に折れ曲がり、両足を地面から浮かせたまま森へと完全に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へへ……、馬鹿(いて)ぇ……」

 

 そして、冒頭に戻る。

 ワケも分からず負傷し、森の中へと引き摺り込まれたかと思えば地面に背中を強打。

 心臓のポンプに合わせて肩の傷口からドクドクと流れ出る血液を、もう浮舟は手で塞いで止めようとはせず。

 傷口を塞ぐ為の左手には、今や小瓶334mlサイズの瓶ビールが握られていた。

 

「…………でも栓抜き無いじゃん」

 

 予め酔っていて、アルコール(呪力)を足す為なら呪力強化された親指で栓を弾いて開けることも出来る。実際、浮舟はいつもそうしていた。

 しかし今の浮舟の呪力はゼロ。一般的な男子高校生よりもややひ弱な位置に身を置いている浮舟に、栓抜き無しで瓶ビールを開ける方法は無かった。

 

「……仕方ない」

 

 瓶の胴体部分を掴んでいた浮舟。軽く上に投げて再び掴めば、持ち手は飲み口の方へと180度回転していた。

 寝転がったまま、そこらに生えている木の胴体に叩きつける。ややひ弱な腕力では全壊までとは行かず、瓶には大きなヒビが入って中の液体が漏れ始めた。

 瓶ビールを掴む手にまで液体が流れてきたのを確認してから、瓶ビールを自身の顔の上に持ってきた浮舟。やがて大きく開けた口にポトポトと液体が落ちてきて──一口飲み込んだ瞬間、掴んでいた瓶ビールを勢い良く握り潰した。

 

「ヨッシャ! 気分最高ッ!!」

 

 器を失った液体が、瓶の欠片と共に勢いよく浮舟の口内に流れ落ちてくる。

 浮舟は一滴たりとも溢してしまわぬように、口を閉じて飲酒のついでに欠片をバリボリと頬張った。

 

「浮舟先輩!! 大丈夫ですか!!」

 

 灰原と、その後を追ってきた順平が横たわる浮舟へと駆け寄る。上体を起こした浮舟は、口から砂利サイズに砕けた瓶の欠片をザラザラと吐き出してから「だいじょ〜ぶ」と答えた。

 

「浮舟さん、肩から血が……」

「だから、だいじょ〜ぶだぜ順平君。こんなん呪力で止血出来んだから──それよりも」

 

 二人に支えられながら立ち上がった浮舟が、正面を睨む。

 そこには。

 左腕(さわん)を布で覆い。

 両目にあたる部分から二本の枝を生やし。

 筋骨隆々の、人型の白色呪霊がいた。

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(浮舟出に話があります)。」

 

 呪霊は何か、言語のようなものを話している。しかしその言葉には聞き覚えがなく。

 それでも言葉の意味だけは脳内に這入ってくるという、不思議な言語を発していた。

 

「なんだァお前、そんなビジュしてたんだな」

⬛︎⬛︎(ビジュ)?」

「妙な言葉も使いやがるしよ」

 浮舟先輩……貴方また何か厄介事に巻き込まれてませんか」

「……言っておくけどオレ、コイツ等と仲良しとかそんなんじゃねェかんな」

「分かってます!! ……それで、どうしましょう」

「決まってんだろ。オレがここで足止めする。灰原は順平君連れて離脱して、なる早で五条を連れてくる──以上」

「……僕その作戦、個人的にすっごいトラウマなんですけど」

「オレだって()だよ。でもこうするしかねェだろ」

「……………………」

「うっわ、灰原が珍しく無言で訴えかけてくる」

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(ゴチャゴチャと)!」

 

 特級呪霊を前にして、いっそいつも通りの浮舟と灰原。その態度に気を悪くしたのか、それとも遣り取りを騒音に感じたのか。複数本の蔓が木々の向こうの四方(死角)からタイミングをズラして放たれる。

 浮舟は灰原と会話をしていた空気そのまま、左後方からきた蔓を右手で掴み、空いた穴の痛みに舌打ちをしてから地面を蹴って右手の蔓を支点に横回転。

 回る両足で左右の前方から来ていた蔓を薙ぎ払い、掴んでいた蔓を握り潰して着地。

 最後、右後方からの蔓を手のひらで難なく叩き落とした。

 

「呪霊、お前名前は? いや別に答えなくても良いんだけどさ、今可愛い後輩達が年一のビッグイベントやってるところなんだわ」

⬛︎⬛︎(知ったことか)⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(良いから大人しくしていなさい)。」

「邪魔すんなって言ってんのが分かんねェのかよボケ」

 

 呪霊の物言いに、浮舟が苛立ちを隠さずに返す。怒りに浮舟の前髪が呪力の立ち上りと共に揺らめき、浮舟が放った呪力圧は近くにいた灰原と順平が思わず一歩下がってしまうほどだった。

 そんな浮舟の足元。

 人知れず、蔓の先端が顔を出していた。

 浮舟が呪力チャージの為に何も入ってないはずの懐をついクセでまさぐってしまった隙に、足元の蔓が浮舟の頭部めがけて勢い良く伸びた。

 

「浮舟さんッ!」

 

 寸でのところで気が付いた順平。無意識の内に澱月(おりづき)を浮舟の盾になる形で顕現。傘の部分で蔓を弾いて事なきを得る。

 

「あっぶね、ありがとう順平君」

「いえ──あっ、補助監督さんすみませんでした! つい、許可無く澱月を!」

「緊急時だし全然良いよ吉野君!! (むし)ろナイスだ!!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 年上から褒められ、少しばかり萎縮しながらも照れ笑う順平。横目で呪霊の方を見れば、片膝をついてなにかに苦しんでいるところだった。

 

「なにしてんだアイツ?」

「分かりません。けど……」

「あぁ」

 

 一体何が起こったのかは分からない。

 しかしチャンスには変わりなかった。

 

「今だ! 二人共ダッシュ!」

 

 浮舟が声を張り上げる。

 たった今浮舟の窮地を救った手前、順平が尚も踏み止まろうとして。

 しかし灰原が順平を小脇に抱え──同時に浮舟へと()()()()()()()()()()()()()()()走り去った。

 残されたのは、左手に酒瓶、右肩に穴を空けた浮舟。

 得体の知れない特級呪霊。

 そして。

 

「ここにいた!」

「逃さんぞ!」

 

 地面を滑って駆け付けるは、つい先程まで特級呪霊と死闘を繰り広げていた虎杖悠仁と東堂葵の二人。

 浮舟と挟む形で、呪霊の背後から現れた。

 

「あれ、虎杖君に東堂君」

 

 呪霊越しに気付き、浮舟が手を振る。虎杖は驚きながらも手を振って応え、その隣の東堂は視界に入れた浮舟のことをしっかり0.5秒程思考して分析を(おこな)っていた。

 思考し終えた東堂が、したり顔で笑む。

 

「……成る程、訳アリというわけか」

「お前なに一人で笑ってんの?」

 

 気味の悪い笑みに、隣に立つ虎杖がジト目でツッコむ。

 

「気にするな虎杖(ブラザー)。ただの値踏みさ」

 

 東堂のセリフと共に森を抜ける風に背筋を撫でられ、虎杖が奇跡のタイミングで軽い鳥肌を立てたところで。

 

「再び問おう。名前はなんだ」

「オレ? 浮舟出」

「先輩! 隠れてるんだから言っちゃ駄目だって!」

「浮舟……そうか。お前があの」

「どの?」

「今のお前を見るに、先日の会話時にはどうやら実力を隠していたようだな」

 

 浮舟が問うても答えない東堂。「コイツあんま話聞かないタイプ?」「そうなの」と浮舟と虎杖が小さく意思疎通を図り、東堂が颯爽と会話に舞い戻る。

 

「さて浮舟よ。お前に隠された実力があると知った以上、俺はこのことについても再び問わねばならん」

「話聞けって」

「──好きな女の好み(タイプ)は?」

 

 問われ、浮舟は数秒呆けた。

 それはいつの日か、浮舟が回答を避けた問い。

()()()()()()()()()()()()、恥ずかしさから決して答えなかった問い。

 

「……恥ずいから()だ。っていうのは、もう駄目だよな」

「あぁ。二度も俺を失望させてくれるな」

「……内緒にしてくれる?」

「無論。俺に他人の好み(タイプ)を言いふらす趣味は無い」

 

 念の為、周囲を。森全体を見渡した浮舟。

 虎杖と東堂と、そして呪霊。それ以外に誰もいないことを確認してから、左手に持った酒瓶の蓋を親指で弾いた。

 それから。

 

「ヤバッ! 浮舟先輩やめなって! 身体に悪いよ!」

「……フッ」

 

 飲む。

 飲む。

 飲む。

 話す勇気を得る為に。

 酒の力を借りる為に。

 アルコール分40%のウォッカを、嚥下すること計5回。飲み終え、酒瓶から口を離した浮舟は地面から拾った蓋を酒瓶にクルクルと嵌め込んでから──森の茂みに投げ捨てた。

 刹那、呪力圧。

 

「うわッ」

「ほう」

⬛︎⬛︎⬛︎(まずい……)。」

 

 敵も味方もよろめき、震源である浮舟を見詰める。酩酊し、顔を赤らめ、肩から血を流し続ける浮舟。次に浮舟が取る行動が、果たして自分に対する攻撃ではないかと、内心震えながら浮舟の動向を固唾を呑んで見守る。

 

「……あの時は恥ずかしくって言えなかったンだよ。ごめんな、東堂君」

「気にするな。俺は気にしていない」

「ありがとう──オレの女の好み(タイプ)はァッ!!」

 

 大声というよりかは怒声に近く、空気をビリビリと震わせる程の声量。言った浮舟自身が声の力でフラつき、千鳥足で数回ステップを踏んだ間隙。呪霊が浮舟へと向けて種子を飛ばす。

 

「させんッ!!」

 

 耳鳴りがする程綺麗な響きの拍手(crap)

 浮舟と東堂の位置が入れ替わり、先程同じような攻撃を受けていた東堂が先程よりも上手くいなす。

 

「男同士腹を割って話そうとしている最中だ。水を差してくれるな」

⬛︎(クソッ)!」

 

 浮舟が息を吸う。背を反らせ、胸を膨らませてから──叫んだ。

 

「オレの女の好み(タイプ)は、硝子ちゃんや歌姫先輩や冥冥さん、それから由基ちゃんみたいな超〜〜可愛くてスタイル良い大人な美人ッ!!」

 

 悪いかッ!! 

 酒の力を借りても尚恥ずかしかったのか、開き直りの言葉で締め括った浮舟。

 清々しいほど真っ直ぐな言葉に、虎杖は同じ男として感銘を受け──東堂は天を仰いで涙を流していた。

 東堂にしては珍しい静寂──そして虎杖は東堂の涙を見るのは早くも2回目だというのもあり──すぐに落涙に気付いた虎杖。

 思わず距離を取った。

 

「げっ、なんか既視感(デジャヴ)

「思い出したさ……思い出したとも……。お義兄(にい)さん……」

 

 東堂が泣きながら発したセリフに、胸を張って虚勢を張っていた浮舟が正気に戻る。なんか東堂君泣いてる上に意味分からないこと言ってないかと、口をあんぐりと開けてしまう。

 

「は? にいさん?」

「そうだ、虎杖(ブラザー)と俺の最高のバッテリー。そしてお義兄(にい)さんのサポート。三人で甲子園を……」

「え、なに? どういうこと虎杖君」

「俺もよく分かんない。コイツ時々こうなるっぽい」

「えぇ……」

「俺達とお義兄(にい)さんが初めて出会ったのは、丁度今日のように風が気持ち良い日のことだった……」

「東堂君なんか回想入ろうとしてない? 駄目駄目、特級呪霊目の前にいるんだよ? 危ないって。あ、駄目だ止まんねェ」

 

 

 

 

 

 

 





浮舟出:吉野順平と再会したかと思えば右肩を負傷し、酒を飲むわ女のタイプ言わされるわでボロボロ。でも曝け出した後は割と良い気分だったらしい。

「まぁ二人とも口固そうだし。へーきへーき」



吉野順平:里桜高校での凶行から数日しか経っていないが、本人立っての希望もあり早くも訓練を行っている。臨時の教師である灰原曰く「才能アリ」らしい。

「やっぱり悠仁や浮舟先輩は凄いなぁ。まだまだ分からないことだらけだ」



灰原雄:吉野順平への訓練指導+〝窓〟としての業務+七海の任務周りのサポート等、激務に激務を重ねている。充実していて楽しいらしい。

「……まだ教えてもないのに、走る時に脚部を呪力強化してる。凄いな」



虎杖悠仁:本編外で東堂と共に特級呪霊と戦っていた。黒閃発動済み。

「浮舟先輩も東堂に目付けられてる……」



東堂葵:本編外で虎杖(ブラザー)と共に特級呪霊と戦っていた。存在しない記憶溢れ出し済み。




なんか呪術廻戦のアニメやってるらしいっすね!嬉しっ!

今年もよろしくお願いします!
ではまた。
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