アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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おはようございます!ブースト無しです!




アル中とタイマンバトル。

 

「戦う前によォ、ちょっとしたルールを設けようぜ」

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(何をいきなり)……」

「ほら、またテメェが根っこ伸ばしたりして逃げ出したら追うの面倒だろ? だからルールを設けようと思って」

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(私が従う義理は無いのでは)……」

「聞けッての。……いや、聞いてはくれてンのか。真人とかだったらもう攻撃に移っちゃってるもんな」

「……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(そのことなのですが)

「ルールに反さなければ、虎杖君も東堂君もテメェには手を出さない。完全なタイマン勝負。どォよ」

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(話を聞いてください)

「まずさ、このくらいの大きさの円を描くだろ?」

 

 ガリガリ。

 小学校の昼休み。校庭にドッヂボールのコートの線を引くみたく、軸足を中心にターン。

 その際靴の踵で地面を削り、コンパスの要領で綺麗な円を描く。

 直径、1メートル弱。

 先程、天まで伸びた根の直径の半分も無い大きさの円を、浮舟は描いた。

 浮舟が円を指差しながら口角を吊り上げる。

 

()()から出ちゃったら負け。言うならリング小さい相撲? ボクシング? みてェな感じ」

⬛︎⬛︎︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(先程と状況があまり変わりませんね)

「うるせェな。オレだって皆と一緒に根っこの上で戦いたかったんだよボケ」

「…………」

「オレが円から出ちゃったら、テメェを大人しく見逃す。お仲間のいるところまで逃げ帰って良いぜ」

「……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(私が円から出たらどうなるのですか)

「テメェが出ちゃったら、三人でまた攻撃再開。死なない程度にボコボコにして、お仲間のことゲロってもらうぜ」

「…………」

 

 浮舟の提案を突っぱねて、地中に(うず)まっている根の大群を今すぐに伸ばすべきか。

 それとも提案を受け入れ、気の乗らないタイマンに興じるべきか。

 花御は、束の間の沈黙を強いられていた。

 一方、浮舟と花御からは少し離れた位置で会話を聞いていた虎杖と東堂。

 

「……なぁ東堂。先輩、好き勝手言ってるけど」

 

 虎杖が、会話の邪魔にならないよう小声で囁いた。

 東堂は視線を浮舟から外さず、両腕を組んだまま人知れず己が魂を昂らせていた。

 

「あぁ。しかし俺はお義兄(にい)さんの決めたことに従おう。何故ならば、今はお義兄(にい)さんの実力を知っておきたい(この目に焼き付けたい)からな」

「えぇ……」

 

 肩を落とした虎杖。浮舟の姿を今一度眺めてみる。

 頼りにならないわけじゃない。

 先日、一級術師:七海建人に教わった残穢の視認方法。かの方法をマスターしたことにより、虎杖は呪力の見え方も1段階レベルが上がっていた。

 視える世界が変わっていた。

 頼りにならないわけじゃない。

 しかし、浮舟の右肩には大穴が空いていた。

 里桜高校での一件から、浮舟出にはまだまだ秘密が隠されている筈だ。

 浮舟の身を案じているからこそ、虎杖は浮舟の身を不安視しているのだった。

 

「虎杖君!」

「え?」

 

 不意に名を呼ばれる。

 間の抜けた母音と共に思考を現実へと引き戻せば、浮舟が無防備にも特級呪霊に背を向け、こちらに話しかけているところだった。

 

「おつかい頼んでも良いかな!」

「お、押忍!」

 

 おつかい。

 内容も聞かぬまま、先輩の頼みならと了承の声を上げる。

 ──いや、なにも不安なことなんて無い。

 中断された思考。再度その波間に浮かぶ暇も無いようで、虎杖は取り敢えずの前向きな結論を導き出す他無かった。

 

「ケイちゃんがオレのお酒持ってる筈だから、探してダッシュで貰ってきて!」

「ケイちゃんって、あの」

虎杖君(キミ)の同期の伏黒恵君のこと!」

「……前から気になってたんすけど、なんでケイちゃん?」

 

 浮舟出が、虎杖の同期である伏黒恵のことをケイちゃんと呼称していることは知っていた。

 しかし、思えば何故そんなあだ名で呼んでいるのか。そして何故、あの伏黒があだ名で──そもそも下の名前で呼ばれることを許しているのか──思考を取り止めたことによって突如として空いた脳内のスペース。つい、余計なことを考えてしまう。

 浮舟がツッコミついでに声のボリュームを上げる。

 

「そんなの今どうだって良いでしょッ!! オレが初対面で(めぐみ)(けい)と読み間違えたからケイちゃんッ! オッケー!?」

「教えてくれるんだ……──よし、分かった! ダッシュで貰ってくる!」

「もしケイちゃんのことを五分以内に見つけられなかったら、大声出してオレにそのことを伝えてほしい。追加のお酒が無いなら、無いなりの戦い方をしなくちゃならねェからさ!」

「はい! 喉潰しまっす!」

「程々で良いからね?」

 

 バビュン。

 予備動作無しで、虎杖がその場から離れる。

 虎杖が立っていた地面はゴッソリと抉れており、地面に視線を下ろした浮舟が「あぁ脚力の為せる技ね」と納得するには容易(たやす)い深さだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伏黒〜!」

「虎杖? お前、特級を追っていた筈じゃ」

 

 こんなところで何してんだ。

 そのような意味を含ませた伏黒の発言に、たった今この場に駆け付けた虎杖は「いまそれどころじゃないの!」と答えになっていない答えで返す。

 そして、伏黒と同じように驚いたような表情でこちらを見ている人物がいることに気が付いた。

 

「えっ、順平!? 何してんのこんなところで!」

「ひ、久し振り……悠仁」

 

 虎杖が声を上げると、人物──吉野順平はどこか気まずそうに片手を上げた。

 現在地、高専敷地内。

 森の外れにある(やしろ)

 社と端的に言ってみても、実のところここに神を祀っているわけではなく。

 祀っているのは高専が建てられているこの山そのもの。

 その為本殿と呼ばれる代物が存在せず、在るのはしめ縄で囲まれた大自然石と、そこから前方向に広がる石畳。

 それから、伏黒と順平が腰を下ろしていた社との境界の役割を果たす石段。

 社務所も手水所(ちょうずどころ)も賽銭箱も無い簡素な(やしろ)

 こんなところで順平と伏黒は何を、と虎杖が疑問に感じていると、両者の間に伏黒が割り込み、少し不愉快そうに虎杖を睨んだ。

 

「俺と同じ疑問を浮かべるなら、まず俺にキチンとした返答をしてからにしろ」

「ご、ゴメン。ケイちゃん」

 

 からかうというよりかは、和ませる為のあだ名呼び。しかし伏黒のこめかみに青筋が浮かんだのはその直後のことだった。

 

「殺すぞ」

「すみませんでした……」

「その呼び方は、浮舟さん(あの人)だから許してるんだ。浮舟さん(あの人)以外なら普通にムカついてる」

「……ちなみに、なんで先輩は良いの?」

「そもそも、浮舟さんが相手をあだ名で呼ぶこと自体珍しいからな。その数少ない対象が俺なのは、素直に誇らしい」

「なんか伏黒って、知れば知るほど浮舟先輩のこと好き過ぎて引くわ。普通に」

「ハァ?」

「いやなんでも──あっ、そうだ! 今浮舟先輩が特級と戦っててさ」

 

 伏黒が浮舟に向ける拗れた尊敬の念。掘り返してはまた変に拗れると察した虎杖が、すぐさま本題に切り替え、手短に事情を説明。

 すると伏黒の表情は、苛立ちから不安へと微妙に移り変わった。

 

「……大丈夫なのか。浮舟さん(あの人)が負傷すると厄介なことになる人物に、最低でも二人ほど心当たりがあるが」

「あー、その点はもう気にすんの無理。浮舟先輩の肩にデッカい穴空いちゃってるし」

「ハァ!? おま、なにヘラヘラしてんだッ!」

 

 伏黒が虎杖に詰め寄る。

 虎杖は両手を上げ、必死に弁明をした。

 

「穴空いてるけど、どういうわけか元気なの! ぶっとい根っこへし折るし、高い所から落ちて死にかけてた俺のことも抱き止めてくれたの!」

「? 確かに、天に向かって伸びていく柱のようなものはここからでも見えたが……折った? どういう意味だ」

「あ、そうだ伏黒! 俺、浮舟先輩からお遣い頼まれてんだった!」

「聞けよ」

「先輩のお酒持ってない!?」

「……持ってる。だが──」

「今浮舟先輩が困ってんのっ! 渋ってないで良いから出して!」

「──分かった。銘柄や酒類の指定は?」

「え? 何も言われてないから、多分無いと思うけど……」

「ならコレを持っていけ」

 

 浮舟先輩。困ってる。

 虎杖の言葉の裏まで読まずとも、聞こえた二つの単語によって結論を導き出した伏黒。自らの影に腕を突っ込み、焦げ茶色の瓢箪(ひょうたん)を取り出した。

 横で口に手を当てて驚いている順平を尻目に、伏黒は冷めた目のまま補足を入れる。

 

「一応他のもあるが」

「た、多分これで足りると思うわ。……まだあるの?」

「? 当たり前だろ。業務用レモンサワーの素に、日本酒に、御神酒に、複数の酒が()()()()()状態で入ってるこの瓢箪(ひょうたん)。非常時は取り敢えずこの瓢箪(ひょうたん)を持ってくるように言われてはいるものの、浮舟さんは用途によって飲む酒を変えるらしいからな」

「そーなの?」

 

 新事実。

 あの人戦いながらそんな器用なことしていたのか。虎杖は感心しつつ、相槌。

 ふと、一秒。

 会話のテンポが崩れ、続かなくなったことを(いぶか)しんだ虎杖が伏黒の瞳を覗き込む。長い睫毛の向こうの両目の視線は、段々と地面へと(くだ)っていった。

 

「……………………」

「……伏黒?」

「……悪い。今の発言、忘れてくれ」

「え、なんで?」

「……聞くな」

「……もしかして、聞いたら駄目な(ヤツ)だった?」

「…………あぁ」

 

 苦虫を噛み潰したような伏黒の表情。

 慌てて耳を塞いだ順平。

 責任の所在を正すよりも先に、虎杖はフォローついでに自己開示。

 

「あー、分かる。俺も墓場まで持ってかなきゃいけない浮舟先輩の話を当の本人から聞いちゃってるし」

 

 思い返すは、里桜高校での浮舟出の領域展開。あの居酒屋ってモデルとかあるのかななんて思いながら、伏黒の肩の荷を下ろしにかかる。

 伏黒は下ろしていた視線をジロリと虎杖の顔まで上げてから、落ち込んでいるのか抑えめのトーンで呟いた。

 

「……その話は個人的にもメチャクチャ気になるが──考え方を変えれば、浮舟さんからそんな話をしてもらえるほど信用されているってことだしな」

「そうそう! 伏黒良いこと言うじゃん!」

「うるせぇ」

「釘崎も、案外また別の秘密教えてもらってたりしてな!」

「知るか」

 

 思考の転換によって、虎杖の励ましを鬱陶しく思えるほど気を取り直すことに成功した伏黒。短い言葉であしらっていると、虎杖は自らの両頬を手で挟むようにパチンと叩いて、高らかに宣言した。

 

「──よし! 俺頑張って忘れる努力するし、浮舟先輩にもバレないようにする! だから伏黒は気に病まんどいてね!」

「……悪い、助かる。でも俺は俺の中の良心の呵責(かしゃく)に耐えられないから、それはそれとして浮舟さんには個人的に後で土下座するが」

「…………なんか伏黒、浮舟先輩のことになると怖いよな」

「そんなことはない。──それよりも、浮舟さんが困ってるんだろ、早く行け」

「お、おう。伏黒も、早く怪我診てもらえよ──順平も、後でまた話そーな!」

 

 思えば、伏黒と話し始めてから置いてけぼりにしてしまっていたこの場にいるもう一人。

 別れの挨拶をと虎杖が片手を上げれば、順平もまた片手を上げた。

 

「う、うん。……一つ聞いて良い?」

 

 しかし上げた片手は、挨拶というよりかは挙手の意味合いの方が強かったようで。

 問われれば、無視して答えないわけにはいかず。

 伏黒と同じように、人に話してはならない浮舟出関連のちょっとした例外こそあるものの、虎杖は「どした?」と返した。

 順平がおずおずと口を開く。

 

「なんか今の虎杖君、目が爛々としてるというか……言葉の節々から少しテンションが高いように感じるというか……」

「そうか? 普段からこんなもんだろ」

「いや。言ってもまだ会ってから日が浅いし、俺の気にしすぎかもとは思うんだけど。……ちょっと気になって」

 

 そんなことで引き止めるなよ、と両腕を組んだ伏黒が溜め息を鼻から吐く。

 伏黒の無愛想により順平の萎縮を察した虎杖。空気を悪くしないよう、軽いテンションで答える。

 

「あー、なんだろ。黒閃出たからかな?」

「なに、出したのか。黒閃」

「おう」

「……やるな」

「ありがとう。……なんか、伏黒に褒められるのって新鮮かも?」

「そうか? まぁ、褒めようにも死人を褒めることなんて出来ないしな」

「褒められないようなことをしてしまってスミマセンデシタ……」

 

 閑話休題。

 

「黒閃っていうのは……まぁ俺も詳しいことは分かんないんだけど。要するに呪術師なら誰でも発動出来る可能性がある必殺技みたいなモンかな」

「必殺、技……? 個々人に刻まれている術式とは関係ないの?」

 

 順平の疑問。

 言葉だけではどのようなものなのか想像が付かないのか、虎杖へと続きの説明を乞うている。

 しかし、虎杖もつい数十分ほど前に黒閃を発動させたばかりのビギナー。自らの身に起きた事を言語化するのが難しいのか、身振り手振りは行いつつも言葉が追いついていなかった。

 見かねた伏黒が横から補足。

 

「黒閃というのは、呪力を用いた戦闘において極稀に発生する()()のことだ。だから虎杖の必殺技という説明は、少し間違っている」

「そんなはっきり言うなよー」

「現象……。そっか、だから誰でも発動出来る可能性があるってことなんだ」

「そういうこと! 順平、ナイス理解!」

「……()()()?」

「しかも賢い!」

 

 伏黒の補足を受けて、顎に手を当てながら考えていた順平が理解。虎杖は早々にこれ以上の説明を諦め、ムードメーカーに努めることにしたのだった。

 

「そうだ。黒閃というのは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪みのことを指す。打撃が黒く光り、その名の通り稲妻のような閃光が迸るらしい」

「黒い……稲妻……」

「だから、狙って出来るモノじゃないんだ。俺だって発動したことはない」

「え、そーなの?」

 

 虎杖にとって、術師歴としては先輩に当たる伏黒。自身が出来たことを伏黒が出来ていないことに一瞬疑問が浮かんだが、0.000001秒という言葉を思い出して口を閉じた。

 

「……でも、必殺技」

「あぁ。黒閃は普段の打撃のおよそ2.5乗の威力だからな」

「黒閃打った後、なんか変な感覚になったんだよね。凄い集中するっていうか、普段なら感じない呪力を肌で感じられるっていうか」

「黒閃が発動すると、術師は一時的にゾーン状態に入るらしい」

「だ、だからテンションが高かったんだ」

「多分そういうこと! じゃあ俺、本当にそろそろ……順平、どしたの」

「…………あの、何言ってるんだって笑われるかもしれないんだけど」

「おう」

「…………黒閃、俺も発動したことあるかも」

「「ハァ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸と胸がくっ付きそうな距離だった。

 

「左腕、使う気になったのか」

⬛︎、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(えぇ。しかし奥の手は未だ)

「奥の手? 左腕と掛けた?」

「…………」

 

 体格の大きな方が前に倒れれば、それがそのまま勝因になってしまいそうな距離だった。

 

「まぁなんでも良いけどさ。ルールは守れよ──」

 

 しかし、場を制しているのは体格の小さな方だった。

 

「オラァッ!!」

 

 短い怒気。

 誰もいない体育館の床にバスケットボールを叩き付けたような音が、同じタイミングで鳴った。

 

⬛︎(グゥ)ッ……!」

 

 近過ぎる距離感では負傷した箇所を両手で押さえることも難しく、体格の大きな方──花御は打たれた右脇腹に右手を添え、重心を傾ける事しかできなかった。

 

「逆っ(かわ)がお留守だよバァカッ!」

 

 体格の小さな方──浮舟が楽しそうに嗤う。

 反らされた左脇腹に、先程と同等の威力の拳が叩き込まれる。本来反撃の為に使われなければならない花御の左手は、打撃のインパクトの膨大さ(ゆえ)か拳を握ることすら難しい状況下にあった。

 例えるならば、指輪を落として慌てて飛び込んだプールの底に、いつまで経っても辿り付かないかのような。

 例えるならば、岩壁を登っている最中に手を伸ばした先が、岩ではなく小さな蜘蛛の集合体だったかのような。

 例えるならば、見通しの悪い交差点を歩行中に、見えづらい角の向こうからなんとなく自転車が来そうだなと身構えていたら、大型トラックが突っ込んできたかのような。

 想定外。

 そして、埒外(らちがい)の暴力。

 ──この戦いが始まる前。

 否、この戦いが始まった直後までは、花御は浮舟との勝負を軽いモノだと把握していた。

 何故ならば、浮舟出について特筆すべき情報は何も聞かされていないから。

 家系に──そしてそれに準ずる術式に難ありと聞いてはいるが、かの情報が今の戦いに関係があるとは思いもしなかったから。

 歯噛みする。

 それは悔しさからか、それとも痛みに耐える為か。

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(何故酒を飲むだけでそれだけの力を)……!」

「知るかッ! オレに聞くなッ!」

 

 左。

 右。

 左。

 左。

 右。

 防ぎ、耐えようとする花御を嘲笑うように、浮舟のラッシュが続く。花御は脇腹前に手を翳して打撃を防ごうとするも、浮舟の拳は花御の手の甲ごと巻き込んで炸裂した。

 蓄積される殴打のダメージに、花御の口の端から紫色の体液が流れ出る。花御の意思に関係無く、両脇腹に響く衝撃に合わせて口から離れて周囲に飛び散っていく。

 こうなったら、もうルールなど関係無い。

 早くこの場から逃げなければ。

 花御が左足の位置を(かす)かにずらしたところを──浮舟の右足が上から踏み付けた。

 

「逃がさねェよ」

 

 驚愕に見開く両目なんて無い。しかし花御はこの瞬間、浮舟への認識を強者へと改めていた。

 背丈も体重も、単純な膂力も、この少年に負けている筈が無い。

 しかしなんだ、彼の内から溢れ出る凶大な呪力は。

 こちらを見上げて嗤うその表情はなんだ。

 その瞳の奥から覗いているのは誰だ。

 

「──ッ……!」

 

 無意識に、花御は殴っていた。

 戦略も駆け引きも無い。

 ただ、どこからか聞こえた銃声にすぐさま身を(かが)めるように、防衛本能がそれを成していた。

 丸太のように太く、白い腕。

 風を切る速度で伸びた拳は浮舟の左頬に吸い込まれていく。

 風が退()く。

 柔らかい頬に触れる。

 頬越しに奥歯に触れる。

 硬さを感じる。

 そのまま突き抜く。

 突き抜いた。

 身体ごと捻って最後まで威力を乗せた一撃。

 自らの視点が一度地に向き、力を満遍なく送る為に左足が軸足を残して後方に伸びる程の一撃。

 浮いた左足を円の中に下ろし、視線を戻す。

 浮舟()は。

 どこまで吹き飛んだ──

 

「…………⬛︎(はぁ)?」

 

 立っていた。

 円の中に、片足で立っていた。

 花御から放たれた渾身の右ストレートは、間違い無く浮舟の頬を打ち抜いていた。

 その威力を物語るように浮舟の左頬は赤黒く変色していて。

 浮舟は右足一本で立ち、左足を花御のすぐ横を通して前に伸ばし、身体を大きく()け反らせている体勢。極力衝撃を逃がそうとしたが故のポージング。

 しかし同時に、少しでも()つけば崩れ落ちる程の繊細なポージング。

 ──だが、未だ立っていた。

 円の中に、()()()いた。

 後方、腕を組んで戦況を見守っていた東堂が、ニヤけ顔で呟いた。

 

「はっけよい」

 

 東堂の言葉によって、()け反り、明後日の方向へと向けていた浮舟の顔がグリンッと花御の方へと向き直る。どういった力が働いているのか、右足一本のままゆっくりと体勢を立て直そうとしている。

 

「──ッ、⬛︎⬛︎⬛︎(うおおお)!!」

 

 花御が動く。

 両手で浮舟の腰のベルトを掴み、身体を浮かせて円の外に追いやらんと上へと引っ張る。

 片足で踏ん張れる訳がない。

 早く円の外に出して、この場から脱しなければ。

 浮舟の踵が浮く。

 花御の前腕に血管が浮き出る。

 浮舟のつま先が地面から──

 

「掴み(やし)ぃハンドル発見〜〜〜〜」

 

 花御の動きが止まった。

 今以上に、浮舟を持ち上げることが叶わなくなった。

 掴まれていた。

 両目に当たる位置に生えた2本の枝を、浮舟にガッシリと掴まれていた。

 

「あれ、もしかしてここ弱点? じゃあ遠慮無く」

 

 掴む力が強まる。

 軋む痛みに、花御は堪らず両手を離し、掴む対象を浮舟の両手首へと切り替える。弱点に触れられた今となっては、領域展開(奥の手)を使うという選択肢は消え失せていた。

 邪魔されると理解したや否や、浮舟は浮かせていた左足を、花御の腹に押し当てて踏ん張り始めた。仰け反り、天を見上げながらゲラゲラと笑う。

 

⬛︎⬛︎⬛︎(離しなさい)!」

()だ」

 

 押しても引いても消して離れない力で握る浮舟の両手が、花御の両目の枝を引き抜きにかかる。

 花御は声にならない声で絶叫し、浮舟の両手首を何度も殴り付ける。降参(タップ)の意にも捉えられたが、どちらにせよ浮舟に止まる理由は無かった。

 

⬛︎、⬛︎⬛︎(は、話します)!」

「何をだよ」

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(貴方が知りたいことを)……!」

「言ってみ」

 

 果たして。

 本来ならば遥か格上である筈の特級呪霊相手に大立ち回りを演じている自分を、つい俯瞰で見てしまいそうになっていた浮舟。しかし花御の口から(こぼ)れる命乞いの言葉を聞いて、その懸念は頭から抜け落ちた。

 

「…………」

「言えよ」

 

 自らの命と秤にかけた結果とは言え、極力言いたくはないことだったのか、花御は少し押し黙る素振(そぶ)りを見せてから。

 

「……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(自らの出自について考えたことはありますか)

「……出自? それ、どういうことだよ」

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(生まれは美濃の方だと聞きました)

「美濃? 岐阜のことか? まァ、大体合ってッけど」

 

 誰から聞いたンだよ。

 花御に吹き込んだ人物の口の軽さに対して溜め息を吐いた浮舟が、嫌気が差したような表情を見せる。

 花御は饒舌だ。

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(貴方が生まれ育った集落)⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(ナニカを信仰していませんでしたか)?」

「…………」

 

 突如として花御が語り出した、浮舟に関わる過去。浮舟自身の口から正誤の判定が為されない以上、未だ真実足り得ない発言。

 しかし聞いた浮舟の表情から怒りが消え始め、代わりに少し戸惑ったような表情に。

 

⬛︎⬛︎(その顔)⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(全く知らなかったというわけでは)⬛︎⬛︎⬛︎(無いようですね)

「……続けろよ」

「──⬛︎、⬛︎⬛︎(嗚呼、宿儺様)

「ッ」

「──⬛︎(宿儺様)、──⬛︎(宿儺様)

「…………」

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(貴方の集落では皆このように)⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(繰り返していた筈です)

 

 宿儺信仰。

 岐阜県飛騨地方に伝わる、鬼人でありながら地域の守護神・英雄として崇められる伝承。

 日本書紀──そして呪術界の常識においても両面宿儺は朝廷に逆らう異形の怪物とされているが、その逆、飛騨地方では悪神を倒し、仏教を広めた()()()()()()()()として祀られている。

 両面宿儺。

 宿()()()

 

「……なんでそんなこと知ってンだよ」

⬛︎⬛︎⬛︎(貴方の生家に指があることも知っています)

「テメェ……」

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(私の持つ情報、信頼していただけましたか)⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(それならば早く手を離し)──」

 

 怖気(おぞけ)

 両枝を掴んでいた浮舟も、掴まれていた花御も。

 揃って空を見上げる。

 

「五条!」

⬛︎(五条悟)……!」

 

 アイマスクを外した五条が、天からこちらを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 





浮舟出:苛立ちを発散出来ているのでゴキゲン。しかしこの後家入に怪我の報告をすることに心底ビビっているので、両面宿儺を叩き起こして治して貰おうかなとか考えている。


花御:浮舟出に対しては打倒よりも対話をベースに行動しているので、殺さないように本来よりも力をセーブしている。結果大ピンチに。





私のお仕事忙しさレベルが高ランクを保ってしまっていることにより、デフォで月一更新になってしまっている現状を大変申し訳無く思っています。一時期は週一で更新出来ていた事実に震えております。凄いね過去の僕。

自分で言うのもアレですが、ここからドンドン面白くなっていく(と思う)ので、見捨てずに応援していただけると嬉しいです。

いつもありがとうございます。
ではまた!
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