アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは!短いです!




日常。夜。

 

 

 

 

 ──闇夜に紛れて動く影があった。

 ──時折、金属同士の擦れる音を残しながら、怪しげに蠢く影があった。

 浮舟がその存在に気付いたのは、偶然のことだった。

 

「……眠れねェ」

 

 アルコールによる中毒症状から不眠に苛まれていた浮舟。今日も今日とて、消灯時間を過ぎても目が冴えたまま。

 ベッドに潜り込んでも目を閉じても眠気は一向にやってこず、寝返りを繰り返しながら迎えた午前1時。

 もうどうにでもなれと、いっそのこと明日(正確には今日)を捨てる選択を取った浮舟。着の身着のまま部屋を出て、気分転換の為に真っ暗な廊下を行くアテも無く歩いていったのだ。

 

「…………」

 

 やがて訪れた食堂。

 食堂自体の電気は消えているが、アルコール(呪力)によって強化された浮舟の視界は目敏く異変を捉えていた。

 ──闇夜に紛れて動く影があった。

 ──時折、金属同士の擦れる音を残しながら、怪しげに蠢く影があった。

 浮舟は身構えた。

 以前、何の前触れも無く夜の高専に尊敬する歌姫先輩が現れたことがあったことは記憶に新しい。

 だから浮舟は、高専は入ろうと思えば入れる──その程度の認識でいた。

 だから、身構えた。

 10メートル程先にいる()()()が高専関係者ではないという可能性を、とても高く見積もっていたからだ。

 

「…………」

 

 廊下から食堂内へと(にじ)り寄る。

 拳を握り、壁際を進む。

 息を殺して壁際のスイッチに手を掛ける。

 点灯のタイミングはこちらで決めさせてもらう。相手が明るさに目を焼いているうちに決着を──浮舟は指に力を入れて、電気を点けた。

 

「うわっ!?」

「……夏油?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「びっくりしたよ。まさか起きていたなんて」

「こっちのセリフだっつーの。なんで電気つけずにモゾモゾしてたんだ? てかこんな夜中に何してたの?」

「いやぁ、ハハ。恥ずかしながら小腹が空いてしまってね」

「…………」

 

 浮舟の目が細められた。

 闇夜に蠢いていた人物、夏油傑は食堂のキッチンにて空腹を満たす為に調理器具を探していた最中だった──なんとも平和な事の真相に一周回ってムカついていた、ということもあるが。

 兎に角。

 浮舟は己に課していた緊張感を、溜め息と共に取り払うのだった。

 

「ほら、昼間の訓練。珍しく走り込みが多かったものだから、普段通りの夕食じゃあカロリーが足りてなかったみたいで……」

「あァー。確かに、夏油と五条ったら死にそうな顔して走ってたもンな」

「出と硝子といえば、二人して見学だなんて」

 

 恨むよ。

 呪術師が言えば要らぬ迫力が生まれてしまうようなセリフを口走った夏油。しかし浮舟は言葉以上のソレを話題に取り上げることはなく、軽く笑い飛ばした。

 

「オレは走ったらゲロ吐いちゃうし、硝子ちゃんは戦闘要員じゃないしなァ」

「……まぁ、兎に角そういうわけだよ。疲れた身体にも関わらず眠りを遮ってしまうほどの空腹と、偶然部屋にあってしまった一袋三食分入りのインスタント麺。実に高校生らしい腕白(わんぱく)さじゃないか。うん」

「罪悪感から逃れる為か知らんけど、メッチャ喋んね、夏油」

 

 長テーブルがいくつも並んだ、誰しもが頭に思い浮かべるような内装の食堂。

 浮舟はキッチンに一番近い椅子に腰を下ろし、エンボス加工が施された片手鍋に水道の水を目分量で流し込む夏油の様子を弛んだ笑みと共に眺めるのだった。

 

「……人に見られながらだと、緊張するね」

「オレのことは別に気にすんなよ。水、(はか)らねェんだとは思ったけど」

「ここは他人様のキッチン(食堂)だからね。計量カップが見当たらなかったんだよ。普段ならキチンと量ってる。誓っても良い」

「喋るね〜」

 

 浮舟は言いながら、つい左手でテーブルの上を探ってしまう。思いつきの深夜徘徊だったが故に酒を持ち出していないことを思い出し、落胆の溜め息を吐いた。

 

「出、君は少し酒を飲む量を控えた方が良い」

 

 夏油が言いながら、袋麺を二つ開けた。

 

「まァ、理性で控えられるンだったらそれが一番なんだけどさ。……夏油、お前()いくの?」

「まさか。出の分だよ」

「…………」

 

 コンロを点火し、その上に片手鍋を置きながら事も無げに言ってみせた夏油。浮舟が目を丸くして言葉を探していると、妙な静寂に夏油の片眉が上がった。

 

「な、何かな」

「……夏油、お前優しいな。大好き」

「てッ、手が滑るから気軽に()()()()()()を言わないでくれるかな」

 

 夏油の頬が赤みを帯びる。

 浮舟はソレを見て「ガチ照れ?」と容赦の無い追撃を浴びせ、返答を待たずに椅子から立ち上がった。

 

「どうしたんだい」

「夏油が袋麺ご馳走してくれンだったら、こちらも具材を持ち寄るのが作法だなと思って」

「別に、そう気を遣わなくても──」

「卵」

「…………」

「ウインナー」

「…………出」

「どした、夏油」

「…………大好き」

「ははっ」

 

 閑話休題。

 

「夏油、皆に言ってないだけで()()()()()たまにやってんの?」

「まさか。初犯だよ」

「罪の意識は有り、と……」

「どこからバインダー資料とボールペンを出したのかな」

 

 グツグツと煮え沸る湯と水蒸気に揺られる、夏油の麺と浮舟の具材。寄り添うように鍋の中で動く様子を、夏油は菜箸片手に無言で(卵の黄身を割ってしまわぬよう慎重に)混ぜ回した。

 夏油が調理をしている間に、浮舟は食堂で使用するプラスチックのコップを二つ持って冷水機へ。

 冷水の入ったコップと共に長テーブルに戻ってくると、調理も終わったようで、料理を受け渡すカウンターからどんぶりが二つ差し出される。熱さに怯えながら受け取れば、どんぶりの中には食堂の明かりに照らされて輝く中華麺。

 

「美味そっ」

「そうだろう。実家にいた頃から、この会社の袋麺にはお世話になっていてね。私の──引いては夏油家のイチオシなんだ」

 

 向かい合って席に着く。

 顔の前を上っていく良い匂いのする湯気に空腹感が高まり、浮舟も夏油も無意識に笑みを浮かべていた。

 

「「いただきます」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しかった。夏油ありがとう」

「いやいや、こちらこそ卵とウインナーをありがとう」

 

 洗い場でどんぶりと箸と片手鍋を洗う夏油。

 その隣で、洗い終えた食器の水気を切り、専用の布巾(ふきん)で水分を拭き取っていく。

 やがて後片付けも終わり、それでは解散──というわけでもなく、どちらから言い出すでもなく二人は再び向かい合って席に着いていた。

 互いの前には、未だ中身の残ったコップがあった。

 

「……なんか話してたっけ」

「いや、取り立てて特に重要な話はしていなかったと思うけれど」

「……じゃあ、思い出しついでにちょっと昔の話をしても良いか」

「勿論。何かな」

「……オレの父親さ、オレが小さい頃に死んでて」

 

 浮舟の予想外の語りだしに、夏油は「な、なんだい突然」と面食らいながらも。

 

「ちょっと前まで麺食らってたのにね」

「出、誰に向かって話してるんだ」

 

 ──面食らいながらも、あまり表情には出さずに冷静に返した。

 

「……みたいだね。以前にも、出の話の節々からなんとなく察してはいたけれど」

「物心ついてないくらいの頃の話だから、オレは別に悲しいとか無かったんだけど」

「うん」

「母さんの表情は今でも憶えてる」

「…………」

「父さんの死を受け止めきれなかったのか、神棚に拝んで半日くらいそのままだった日もあった」

「…………」

「それでも、いずれは時間が解決してくれてさ。母さんは次第に笑顔を見せてくれるようになったんだ」

 

 突然曝け出された浮舟の過去。

 浮舟は、自他共に認める陽気な人間である。それは勿論酒の力を借りているから──というのもあるが──普段ならば、同期相手とは言え死んだ父親の話などしない。

 それは()である浮舟には。

 そして()である夏油にもよく分かっていた。

 だから、夏油は内心驚いていた。

 何か心境の変化があったのか。深夜だから考えも少し変わっているのだろうか、と。

 しかし夏油にとって「どういう風の吹き回しだい?」と茶化せるほど浮舟出との関係は希薄でも軽薄でもなく。夏油は神妙に、浮舟の話を邪魔してしまわぬように相槌のタイミングを見計らっていた。

 

「今思えば不思議なんだけど、母さんって父さんが死んでからもずっと家にいてくれたんだよな」

「……それは、()()()()ということかい?」

「そうそう。なんでもないお昼とかに、今日みたいにインスタントラーメンを作ってくれたなって。……夏油とラーメンを食べて、ふと、思い出したんだ」

「…………出」

「だから、改めてありがとう。なんでもない記憶だけど、触れてて心地良い懐かしさだった」

 

 テーブルに視線を落とし、一人微笑む浮舟。いっそ絵画的とすら感じる佇まいに夏油は相槌も忘れて口を(つぐ)んでしまい、ふと生まれてしまった空白をどう取り戻そうかと思ったところで。

 

「何してんだよお前等」

「よっす〜」

「……悟に」

「しょ、硝子ちゃん?」

 

 食堂に、五条と家入が現れた。夜間も過ごし易い気温ということもあり、二人ともTシャツにハーフパンツとラフな格好だった。

 

「な、何してるんだい。こんな夜中に」

「それはこっちのセリフだっての」

「五条、それさっきオレも言った」

「マジかよ」

 

 夜中だからか、それとも寝起きだからか。サングラスを着用していない五条。寝ぼけ眼の奥の蒼い瞳を煌めかせながら、渋々夏油の隣に着席した。

 

「傑と……出も共犯か? トイレに起きたらやたらと良い匂いがして」

「私はただの深夜徘徊。女子寮の廊下から食堂の明かりが見えて」

「おっ、硝子ちゃんも深夜徘徊? オレと一緒じゃん。イェーイ」

「イェーイ」

 

 まだ火の点いていないタバコを咥えながら、隣立って歩いてきた五条への熾烈なチャージングによって浮舟の隣を確保した家入。席に着きながら、どこか不機嫌そうな五条尻目に浮舟とハイタッチを交わした。

 

「……くくっ、ははっ。なんだ、同期全員揃ってしまったね」

 

 やがて、額を押さえて笑い始めた夏油。その満ち足りた笑顔に、同期達もまた連られて笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 





次回から渋谷事変が始まります!お楽しみに!

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