こんばんは!渋谷事変がようやく始まります!
アル中と渋谷入り。
「……もう一度言ってくれる?」
「で、ですから! 渋谷に〝帳〟が張られて、中に閉じ込められた人が
「……渋谷?」
∪
夏の終わりを予感したのは、高専の分厚い学ランを羽織るのがそれほど苦では無くなったからだった。
10月31日。
秋の訪れを如実に感じていた〝僕〟が午前中にやっていたことと言えば、自室がある寮から硝子ちゃんのいる医務室までのんびり歩いてみたり、つい先日特級呪霊が現れた森の付近を歩いてみたりと、なんともまぁ暇人にしか為せないソレであった。
松葉杖生活を経て歩くことが楽しくなったというのもあるが、他に暇の潰し方を知らないとも言える。
スマホは未だに使いこなせない。
映画も、虎杖君のオッパッピー後には観ていない。
ダラダラと歩いてみた収穫と言えば、森付近で四つ葉のクローバーを見つけたことくらいか。
「…………」
昼食を摂り、午後になったからと言って用事が湧いて出ることも無く。そういえば順平君はクラスに慣れたかしら、と可愛い後輩達の顔を浮かべて校舎の一角にある休憩室のベンチに腰を下ろす。やけに喉が乾いていた〝僕〟は紙幣でパンパンに膨らんだ財布を取り出して自販機で缶ジュースを買い、口を付けたが最後一息で飲み干して、何の気無しに空き缶をゴミ箱に投げて──ホールイン。
ツイてる。
午前の四つ葉のクローバーといい、今日は運が良い日なんだなと自覚。
そうとなってはこの運が本物かどうか試してみたくなるのが人情であり、〝僕〟は足取りも軽く硝子ちゃんの元に戻った。
その途中。
「あれ、七海」
「お久し振りです、浮舟先輩」
校舎内の廊下、曲がり角でゴーグルを付けていない七海と
「どしたの、もう上がり?」
「いえ。先程任務を受注したので、出発時間まで時間を潰そうかと思っていたところです。……と言っても十数分の間ではありますが」
問い掛ければ淡々と答えが返ってくる。時間を潰すという言質も取れたので、やることのない〝僕〟は嬉々として質問を続けた。
「わざわざ高専まで来たの?」
「伊地知君に直接会って終わらせたい遣り取りがあったので」
「そーなんだ」
任務の受注(七海ほどの人材なら任務の方から舞い込んでくる)ならスマホで出来る筈なのに、という意図での問い掛け。
まぁ〝僕〟が
答えてもらいたいというよりかは、話をしたいという側面の方が強い。なので七海がどう答えようがそこに正しいも間違いも無く、〝僕〟は腕を組んで理解したように頷いた。
「浮舟先輩は、どちらへ」
頷いていると、今度は七海の方から質問が。
どうでも良いけど、今の七海ってば高専時代よりも更に背高すぎガタイ良すぎなので、五条や夏油みたく声が上から聞こえてきてムカつく。
脇腹をどついてみれば「やめて下さい」と返ってくるだけだった。
拳が痛い。
「〝僕〟も任務──嘘嘘、そんな怖い顔しないでよ。冗談だって」
「……ハァ。笑えない冗談はやめて下さい。心臓に悪い」
「ごめん」
形だけの謝罪をしたところで、ふと『そろそろ任務の時間か?』と七海の事情を思い出した。
片手を上げて、そろそろ行くよと
「お疲れサマンサー!」
五条が猛スピードで会話に割り込んできた。
「「…………」」
生まれる沈黙。
七海と『どっちが話しかける?』みたいな意の目配せをして、七海が当然のように踵を返した。
「では、失礼します」
「──ちょっとちょっと七海! 僕の顔見るや否や逃げようとしないの! はい集合!」
しかし、相手はあの五条悟。高専時代からなにも変わらぬどころかパワーアップしてすらいるダル絡みに、七海を両肩をむんずと掴んで前後にシェイクしながら連れ戻してきた。
「うわぁ、七海マジで嫌そうな顔してる……」
七海は経験上、嫌がると
「ねー七海! 今から任務?」
「離して下さい」
「僕の分の任務もついでに行ってきてくんない?」
「引っ叩きますよ」
「痛い! 叩きながら言わないで!」
「引っ叩きました」
「事後報告も禁止!」
無下限を使わず、後輩からの殴打を敢えて受け入れる五条。成熟した大人から大人へと振るわれる暴力は、普通ならば出るところに出られても可笑しくはなく──しかし、五条に限って言えば、むしろその表情はとても生き生きしていて。
五条悟は後輩
「なあに、いずる。そんな引いた目で見ないでよ」
凄い、大当たりだ。
なんてからかうように言うとその矛先が今度は〝僕〟の方へと向きかねないので、喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。
「七海のこと、そろそろ離してあげてよ。これから任務なんだって」
「やっぱそうなんだ。じゃあ七海、じゃん負けが任務先までチャリで行くっていう遊びしない?」
「……チッ」
「会話もしてくれない感じだ! アッハッハ!」
五条が腹を抱えて笑う。
やけに機嫌が良い。
普段の五条ならば、お気楽な態度ではありつつも任務量の多さに内心鬱陶しく感じていて、伊地知辺りにその鬱憤を撒き散らしているような人間なのだが、今こうして七海に絡む五条からはそう言ったネガティブな感情は見受けられない。
まぁ、普段伊地知に向けているストレスがそっくりそのまま七海に向いているという可能性も有り得るが。
「……五条、なんか良いことあった?」
「え、無いけど」
「なら貴方のそのテンションは明らかに異常であると言わざるを得ません」
「えぇ!? 僕ってそんな大人しい印象!?」
本当に自覚が無いのか、軽くショックを受けている五条。
七海と目を合わせてみる。
「「…………」」
まぁ、変な術式を食らってるわけでもないし。
藪蛇を突きたくない〝僕〟は──そしてこれ以上面倒な事態に陥られては堪ったものではない七海は、以降の指摘を行わないことをアイコンタクトにて誓った。
こっそりスマホを触り、伊地知にメッセージを送ってみた。
『今日の五条、いつもより元気じゃない?』
送信。
すぐに着信。
『恐らく本日の任務終了予定時刻が21時と、普段のスケジュールよりも数時間ほど早まっていることが原因かと思われます』
上がりが21時でこのハイテンションって、五条ったら普段どんだけ働いてるんだよ。
可哀想に。
〝僕〟は五条に対する哀れみと共にスマホを傾けて七海にそれとなく見せてあげると、七海も小さく「成る程」と呟いた。
「なになに? 二人して何見てるの?」
「なんでもない。午後の天気教えてあげただけ」
「へぇ。午後の東京はどう?」
「晴れ。ついでに言えば、良い1日だと思う」
「
「少なくとも、〝僕〟はそう感じてる。今朝からやたらとラッキーなんだ」
言えば、五条は後頭部に両手を当てながらヘラヘラと笑った。
「良いなぁ。今朝の僕と言えば、家を出る前に付けたアイマスクが3回連続裏表反対で着けちゃってさ」
「そのアイマスク、裏表とかあるんだ」
「あるよ!」
あるらしい。
「……浮舟先輩、少し意地の悪いことを進言してもよろしいですか」
五条の和やかな怒りを笑いながらいなしていると、七海が恐る恐るといった様子で間に入ってきた。改まった物言いに〝僕〟は思わず息を呑みながらも、七海という後輩の前であるということもあり平気なフリをして答えた。
「勿論。聞き方怖いけど」
「今朝からそこまでの幸運が続いているのでしたら、私が浮舟先輩の立場なら
「…………意地悪」
「あー! 七海がいずる泣かせた!」
「泣いてない! 思わずご意見に凹んだだけ!」
「も、申し訳ありません。お詫びに今晩、どこか食事にでも……」
「しかもお詫びと称してちゃっかり自分がしたいことを通そうとしてるぅー!」
∪
渋谷で何かが起きているらしい。
高専内を忙しく駆け回る補助監督さん達の雰囲気と、身支度を始めた硝子ちゃんからの大まかな説明を受けて、〝僕〟はどこか他人事のようにそう思ったのを覚えている。
19:00。
東急百貨店 東横店を中心に、半径およそ400mの〝帳〟が降ろされた。
〝帳〟は
中に閉じ込められた一般人は口々に「五条悟を連れてこい」と叫んでいる。
渋谷に集合した術師等は、現場から少し離れた商業ビルの屋上──件の渋谷で発生するであろう怪我人が運び込まれる臨時の青空医務室に集まっていた。
現在時刻、19時45分。
大雑把な円になって術師達が顔を合わせて話し合っている外──屋上に建てられた柵に体重を預け、〝僕〟と硝子ちゃんは会議の様子を眺めていた。
「いずるまで現場に来なくて良かったのに」
「何言ってんの。
硝子ちゃんを悲しませない為、前線には出ないけれど。
〝僕〟はここ最近てんで守られていないような気がする硝子ちゃんとの約束を、身バレ防止の為に着用しているマスク越しに敢えて口にした。
「〝僕〟はここで、夜蛾先生と一緒に硝子ちゃんを警護する。それだけだよ」
「いずる……」
硝子ちゃんがこちらに体重を預けてくる。
左手で後頭部を撫でてあげれば、硝子ちゃんはクスクスと笑った。
「……イチャついてるとこすんません、センパイ」
「ッ、真希ちゃん。どうしたの」
いつの間にか正面に立っていた真希ちゃんと、野薔薇ちゃん。少し後ろには禪院家の現当主である直哉の親父さんこと、禪院直毘人さん。
直毘人さんとは10年前に一度会った記憶があるので、少し複雑な気分。マスクを今一度鼻の上まで位置を直していると、それを見た直毘人さんは「ハッハッハ!」と大きく笑った。
「そう警戒するな。その眼差し、見れば自ずと正体は知れようぞ」
「ッ、気付いてたんですか」
「当然」
立派な髭の先を指でつまみながら、目を閉じて笑う直毘人さん。こんな事態でも当然のように赤らんでいる顔には気付いていないフリをしていると、真希ちゃんが直毘人さんのことをジト目で睨んだ。
「……ジジイ、センパイに変な真似すんなよ」
「あぁ、案ずるな。何もせん。ついでに言えば、誰に言いふらす気も無い」
「……ありがとうございます、直毘人さん」
「構わん。何か事情があるのだろう」
勝手にも、御三家は完全に敵だと思っていたのだが、思わぬ例外もいたようで。
10年前に直哉をぶん殴った(正確にはぶん殴ってない)ことが効いているのか、直毘人さんからの評価は何故だか高い様子。
真希ちゃんは直毘人さんが余計なことをしないように睨みで牽制を入れてから、話を戻した。
「会議が終わりました。ウチら三人と新田ちゃんはこれから渋谷マークシティレストランの方へと向かいます」
「
「そうよ。〝帳〟の中は五条先生に任せて、班で散らばった私達は〝帳〟から出てくるであろう五条先生の取りこぼしを担当するみたい」
〝僕〟の疑問に、野薔薇ちゃんが〝僕〟にもたれ掛かる硝子ちゃんの顔をチラチラ見ながら答える。一年生には少しばかり刺激が強いのかもしれない。
「真希ちゃん、野薔薇ちゃん。くれぐれも気を付けてね」
「ウス」
「任せて。これを機にパパッと一級術師になってやるんだから!」
「直毘人さんも……お気を付けて」
「まさか、特別一級術師である俺の心配をするとはな。流石のタマよ、浮舟出」
「あ、あんま〝僕〟のフルネーム言わないでくださいね……。一応、死んだことになっているので」
「ハッハッハ! 近い内、
「……気が向いたら」
「ハーッハッハッハ!」
高笑いを響かせて去っていく禪院班。いや、高笑いをしていたのは直毘人さんだけなんだけど。
酔っているからか歩くのが遅い直毘人さんを真希ちゃんが無理矢理引っ張って行っていく後ろ姿を見ていると、より一層の不安が押し寄せてくるが、〝僕〟はあまり考えないことにした。
「浮舟さん」
「よっす、ケイちゃん。七海に猪野さんも」
「猪野
「うるさいですよ」
「サーセンした七海サン!」
続いて声を掛けてきたのは上記の3人。
こんな大事でも動じずにスラっとスマートに立っているケイちゃんと、仕事終わりに突然集合をかけられて内心苛立っているであろう七海。
猪野
「俺達は渋谷駅の13番出口の方へと向かいます」
「13番出口って言うと……」
「明治通りの方か」
あまり公共の交通手段を活用していない〝僕〟が頭の中でイメージを思い描けずにいると、隣の硝子ちゃんがナイスな補足を差し込んでくれる。それによってなんとなく横断歩道橋を思い浮かべて事なきを得た。
「虎杖含む冥冥班の3人は、先程青山霊園へと
「あちゃー、挨拶し損ねちゃったな」
「ここから少し離れているんで、仕方ないと思います」
「……そっか。七海!」
冥冥さんがいるなら心配要らないか。
心の中で過去の冥冥さんのキュートだった場面を思い返し(そんなのしょっちゅうだ)、七海を呼ぶ。
呼ばれた七海は少し油断していたのか、目を丸くして返答。
「な、なんですか急に。大声を出して」
「リーダーだからって気負い過ぎずに。何かあったら二人抱えて逃げてね」
言うならば、エール。
七海の言葉の通りなら、今こそ
一級術師である七海に言えることなんて対してないが、発破くらいはかけさせてほしい。
七海は〝僕〟の言葉を噛み締めるように頷き、〝僕〟の目を見て微笑んだ。
「……はい、胸に刻みます。浮舟さんこそ、絶対に
「当たり前じゃん。絶対行かないよ」
「……はぁ。灰原は、ここに待機するそうです。我々が〝帳〟に入るまでは伊地知を通じて連絡が取れるので、何かあれば灰原に」
「オッケー」
笑い合う。
なんならこのまま握手でもしちゃいそうな雰囲気の中、控えめに声を掛けられた。
「……浮舟さん」
「どうしたの、ケイちゃん」
「……俺には、何も無いんですか」
なんだこの後輩。可愛いな。
衝動のままにワシャワシャと頭を撫でてやれば、ケイちゃんは「やめてください」と言いながらも自分から振り解くことはなかった。
「え? ──あぁ、嫌だなもう! そんなわけないじゃん! ケイちゃんも気を付けてね! 勿論、猪野くんも!」
「……はいッ」
「了解ッス!」
去っていく背中を笑顔で見送る。
いつまでも振り返って親指を立ててくる猪野くんがエレベーターのドアに肩をぶつけてから乗り込んだのを確認して、一息。
「慕われてるんだな」
夜風に髪が靡きながら、隣の硝子ちゃんに
「まぁ、そうだね。皆大切な仲間だよ」
〝僕〟としても恥ずかしがる理由は無いので胸を張って答えると、硝子ちゃんは短く笑ってから顎で方向を示した。
「
「へ?」
硝子ちゃんの方へと向けていた顔を、示された方角へと向ける。そこにはスーツを着た補助監督さんが数人いた。〝僕〟と目が合うや否や、列を作って順番に並び始めた。
「う、浮舟さん! 俺、10年前からずっとファンです! 今日現場に来てるって情報を冥冥一級術師から買って……!」
「あ、ありがとう。お金大切にね」
一人目。短髪のガタイの良い補助監督さん。
震える手で右手を握られたので両手で握り返すと、感極まったのか感謝の言葉と共に泣きながら去って行った。
「浮舟出さん! 私、恥ずかしながら冥冥一級術師から購入した本で最近存在を知って……。本物にお会い出来て良かったです! あと二年生編メッチャ良かったです! 悟×出最高です!」
「ありがとうございます……。さといずって何?」
二人目。ロングヘアのお姉さん補助監督さん。
握手の後に懐から取り出した本片手に熱弁された。本の
さといずって何?
「あ、ファンです。握手してクダサイ」
「あ、どうも」
三人目。ショートボブパーマの呪術高専の制服を着た女の子。
言葉尻がカタコトなので海外の方かと思ったが、緊張しているだけらしい。
伸ばされた手を掴もうとすると、二人の指先を繋げるようにバチッと静電気が散った。
「痛っ」
「あ、すみません。私帯電体質で……。常日頃から色んな人に静電気あげちゃってるんですよね……」
「全然大丈夫だよ。びっくりしただけだから」
「以上、ファンでした。……あ、もうファンじゃないという意味ではなく」
「分かってる分かってる。……気になってたんだけど東京高専の子?
「京都高専です。では私はこれで──」
用事があるのか(いや
「う、浮舟術師ッ! 私僭越ながら、浮舟術師が一年次の頃から密かに応援させていただいておりましたッ! 此度にこうして挨拶をさせていただける機会を設けていただき、誠に、誠に恐悦至極に存ずると共にッ!」
四人目。坊主頭の細身の補助監督さん。
スポーツの強豪校出身のような口調で、何故か右手でこちらに敬礼をし続けながら喋っている。
「あ、ありがとうございます。本拠地バレちゃうので、どうか声は抑えめで……」
苦笑いで伝えると、補助監督さんは律儀に囁き声に切り替えた。
「し、失礼致しましたッ……! 私このビルの出入口の警備に当たっておりますので、もし不審な輩が近付いてきましたら、私ッ……! 身を、命を呈して浮舟術師を御守りしますッ……!」
身から溢れ出る熱意が囁き声のボリュームのソレではなかった。
エレベーターの扉が閉まる瞬間までこちらに敬礼し続けるその精神力は見事なものだ。〝僕〟がピンチに陥った際には是非とも泣きつかせてもらうとしよう。
∩
「……慕われてるんだな」
21時15分。
五条悟が〝帳〟の中に入り、誰もが報告を待ちながらその場で待機していた頃。
屋上をグルリと囲む柵に背を預けた家入が、ふと先程の一連の握手会を見ていた感想を皮肉混じりにそう片付ける。
片付けられた浮舟は「忘れた頃にイジってくるんだから」と頬を指でかきながら、照れ臭そうに笑った。
「さっきの人達はマジで初対面だけどね。これも冥冥さんパワーか……」
「半分くらい古参ファンっぽいけど。いずる、高専時代なにしてたの?」
「普通にしてたつもりなんだけどな。歌って踊ってたわけでもないし」
家入が頭の中でアイドル衣装に身を包んだ浮舟を想像する。
鼻の奥が熱くなった。
術師達が集まっていた喧騒は鳴りを潜め、気付けば屋上に二人きり。正確には遠くに呪骸と共に待機する夜蛾学長の姿もあったのだが、今の家入にそんなことはあまり関係の無いことだった。
「……いずる」
五条の奴がなんとかしている間に、存分に独り占めするとしよう。
そんなことを考えながら家入が浮舟の方へと顔を向ければ、浮舟はカクリカクリと舟を漕いでいるところだった。
「……寝てる? ──学長ッ!」
「ど、どうした硝子」
何かを悟った家入が、夜蛾学長を呼び付ける。丁度編み物をしていたところだったのか、棒針を両手に持ったまま、毛糸を伸ばしながら慌てて駆け寄ってきた。
「……いずるが、寝てしまっています」
夜蛾学長はズッコけた。
「が、ガッデム! そんな理由で呼ぶんじゃない!」
「違います。
「……どういうことだ」
夜蛾学長の顔が真剣なモノに変わる。息を呑んで話の続きを促すと、家入はイラついたように一度前髪をかき上げてから続けた。
「過去にも何度か、いずるがこうして急に寝てしまったことがありました。いずるは不眠症を患っているし、日中に寝落ちすることもあるか──なんてその時は考えてたんです」
「……違うのか」
「決定的だったのが、この前の交流会。京都校との顔合わせを終えた直後にも、今みたいにいずるは立ったまま急に寝てしまったんです」
「……つまり」
「はい。いずるは
家入が、事態の深刻さを突き付けるようにハッキリと言い放つ。一度喉を鳴らしてから「それに」と続けた。
「いずるが寝落ちした後──ほぼ確実に
「ガッデム! ──灰原ァ! 近くに術師がいる! 周囲の〝窓〟に伝えろ!」
「無駄です。現時点で〝帳〟の外には何もありませんし、敵は近くにはいないでしょう」
「ッ、硝子」
「交流会の時も、いずるが眠った時点では高専内に侵入者はいませんでした」
「……まさか」
「はい。敵は距離や結界も関係無く、どこからでもいずるの意識を刈り取ることが出来る可能性があります」
「……どうしろと言うのだ」
家入の容赦の無い分析に、夜蛾学長は柵を強く叩いて怒りを露わにする。大きな音が響いたが、浮舟が起きることはなかった。
「灰原。全班に、警戒体制に移るように伝えろ」
「は、はい! 分かりました!」
エレベーターの方へと走っていく灰原の姿を目で追ってから、家入が浮舟の安らかな寝顔を覗き込んで言った。
「今は願うしかありません。いずるが無事に起きることを。そして、五条が無事に事態を収束させることを」
勢いで書いたので、あとから見直して手直しすると思います。
ではまた。