アル中とさしす組   作:大塚ガキ男

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こんばんは!




アル中と再会。

 

 

 

 

「……敵は、夏油傑です」

「は? 何言ってんの? 夏油が敵?」

「夏油傑は我々と手を組み、()()()()()()()()()()()()()()という理想を掲げ、蔓延る全ての人間を殺すべく──」

「そんな目的に夏油が加担してるってかァ? テメェ! アイツは非術師のこと嫌いだけどな、言って良いことと悪いことがッ」

「いずる、落ち着いて」

「でもよォ、五条! コイツ……」

()()()()()。おじいちゃん道端に置いてきちゃったんだから、おじいちゃんが誰かに発見されるまでの時間は有効に使わなきゃ」

「…………続けろ」

「はい。続けます。……近々、五条悟を封印するという計画が実行される予定です」

「僕を封印?」

「詳しいことは分かりませんが、五条悟を封印するには()()()が必要なのだとか」

「? どォいうことだよ」

「その言葉を傑自身が言う意味も分からないな」

夏油傑(ヤツ)は狡猾極まりない。二重三重にも策を用意している筈です。今回私が失敗した以上、今言った計画もどれだけ内容が変わるか。そもそも、計画事態頓挫している可能性すらあります」

「具体的な日付とか、言ってなかったのかよ」

「…………」

「なァ、ほら。もっと酒やるから。ハーブ酒でも飲むか」

「いずる、もう死んでるみたい」

「……チッ」

「残穢を消そう。コイツと接触を図っていたことがバレたら内通者と勘違いされる」

「内通者ァ?」

「知らなかった? いずるもちょっと疑われてたんだけど」

「えェ!?」

「冗談だよ」

「冗談かよ、良かった」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………夏油、何考えてんだろ」

「…………まだ本物と決まったわけじゃないよ。僕はアイツを信じてる」

「……だよなァ、〝僕〟も。ったく、夏油の名を騙るなんて、とんだ不届き者がいたもんだぜ」

「…………」

「どした? 五条」

「ちょっと考えてたんだ」

「なにを」

「……傑って、呪術界(世間一般)的には去年のクリスマスイブに死んだことになってるんだよね」

「あァ、()()()()だっけか」

「うん。傑って特級だったし、新興宗教の教祖もやってたみたいだから、偽物が沸いて出てくるのも理解出来なくはない」

「おう」

「でも、なんで今なんだろうね。傑が家族を探しに出てから半年以上経つ。タイミングとしては…………」

「五条、考え過ぎは良くないぜ」

「……そうだね。皆のところに戻ろうか」

「そうしよう。……ハァ。夏油、ちょっと前まで普通に連絡取ってたのに、なんでこんなことになっちまったんだか」

「…………え?」

「なんだよ立ち止まって。バレたらマズいんだろ? 早く行こうぜ」

「い、いずる! 今言ったこと、本当?」

「……何が?」

「ちょっと前まで普通に連絡を取ってた、って」

「あ、あァ。夏油があの家を出た後、ちょくちょくメールで遣り取りしてたし、なんなら週一で近況報告がてら電話してたんだよ」

「…………」

「夏油のヤツ『全然()()見つけられないから日本中走り回ってる』って、そう言ってたよ」

「…………」

「それが、なんか関係あるのかよ」

「…………いずる。僕が考えている通りなら、もしかしたらちょっとマズいことになってるかも」

「ハァ?」

「と、兎に角。このことは、僕といずるだけの秘密ね」

「このこと、って。なんだよ、その考えてることとやらは教えてくれないのかよ」

「今度教えるから」

「夏油のことさ、誰かに──せめて、硝子ちゃんには伝えた方が」

「僕には、高専に侵入した特級呪霊を祓って終わりだとは思えない。()が済むまでは、要らぬ混乱は避けるべきだと思う」

「でもッ、硝子ちゃんは同期だぞ」

「硝子は、今いずるのお陰でだいぶメンタルが安定してるんだ。傑の件でまた混乱したら、負傷者達が」

「あー、分かったよ! 二人の秘密な!」

「黒幕──ソイツが傑だったとしてもそうじゃなかったとしても、僕の封印計画が()()()()()()()()()が知れたら。報告はその後にすべきだと思う」

「…………あァ」

「ごめんね、いずる。硝子だけ仲間はずれみたいになるのが嫌なんでしょ」

「あァ、嫌だよ。……でも、五条。お前の言ってることが正しい。取り敢えず偽夏油(クソ野郎)をボコって、硝子ちゃんに報告して、本物夏油にも一回帰ってきてもらって四人で飲みに行ったりなんかする──そういうことだな」

「うん、約束ね」

「あァ、約束な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 20時38分。渋谷ヒカリエ。B3F。

 渋谷に到着し、敵が待つ駅構内へと降りていた五条は、人の多さに敵の狙いをなんとなく察していたところだった。

 

「皆で七夕祭りに行った時のことを思い出すな」

 

 高専時代の夏、同期全員に加えて灰原と七海も連れて繰り出した七夕祭り。

 その帰りの駅周辺もこのくらい混み合っていた。

 五条は昔を懐かしみ、地下5階(B5F)──東京メトロ渋谷駅、副都心線ホームへと(くだ)った。

 人。

 人、人。

 人、人、人。

 ホーム内にも人が密集していた。

 線路内への落下を防ぐホームドアが無ければ、五条はこれから始まるであろう戦闘に対しての懸念が一つ二つ増えていたところだった。

 突然現れた五条の姿に閉じ込められた観衆が視線を向けてザワつく。

 五条は慣れた様子で周囲の喧騒をシャットダウンし、前へと意識を集中させた。

 降り立った線路の先、少し離れた位置に知ってる顔と知らない顔。

 過去、山中にて五条を奇襲した漏瑚。

 過去、虎杖と釘崎が祓った二体の呪霊の長兄、脹相(ちょうそう)

 片やギラついた瞳で。

 片や眠たそうな瞳で。

 それぞれ五条を睨んでいた。

 

「これで負けたら言い訳できないよ?」

 

 五条が普段の調子で煽る。

 

「貴様こそ、初めての言い訳は考えてきたか?」

 

 煽られた漏瑚も未だ冷静なようで(もしくは計画の盤石な布陣によって心に余裕が生まれているのか)、口角を浅く吊り上げただけだった。

 

「高専に侵入した呪霊、今回の計画で必要だった? 僕、割とあっさり祓っちゃったけど」

 

 落ち着きを見せた相手に内心イラついたのか、五条が悪い方向へと言葉を選び、精神を逆撫でする。

 

「貴様! ──……花御のことか」

 

 ほんの一瞬、周囲の気温が数℃上がる。

 無下限に守られている五条には関係の無いことだが、ことの成り行きを見守る観衆達の肌には、確かに一瞬熱が当てられていた。

 

「今入ってきた吹き抜けも、あの呪霊ならすぐにでも木とか生やして僕を閉じ込めることだって出来たじゃないの? このままじゃ僕いつでも逃げられちゃうよ?」

 

 まぁ、逃げるつもりは無いけど。

 五条はヘラヘラと笑いながら挑発を続ける。いつでも戦える準備は出来ていたが、構えを見せない相手二人に対してなにか不穏な展開を予想していたからだ。

 情報。

 五条は皆の為、情報を得ようとしていた。

 

「僕が逃げたら、オマエらここの人間全員殺すだろ?」

 

 高度な結界術を用いずとも完成した、五条悟を閉じ込める簡易的な閉鎖空間。

 五条悟の術式の破壊力は皆が知るところ。

 しかし五条悟ほどの強者が──人を救おうとすればいくらでも救える実力の持ち主が──呪術界最強の男が、弱者である非術師達に囲まれることによって生まれる力の制限。

 吹けば飛ぶほど小さな小さな蟻共が足元を走り回る中、果たしてライオンは足の裏を汚さずに全速力で走れるのか、ということ。

 五条悟を渋谷の地下五階まで遥々呼び出した理由は、ここまでくれば明白であった。

 

「逃げたら……か。解答は──」

 

 漏瑚が嗤う。

 瞬間、渋谷ヒカリエに取り残された観衆が、線路内の人数に対して議論を深めている中、ホームドアが全て──突然開いた。

 ホームドアに身体を預けていた観衆が線路内に雪崩(なだ)れ込む。予期せぬ落下に悲鳴を上げ、人の上に人が落ちて苦痛の声が重なっていた。

 

「逃げずとも、だ」

 

 ホームにいた何百人もの人間が、一斉に線路内へと流れ落ちてきた。その人間達に向けて脹相が血液で作られた斬撃を放ち、人体が豆腐のように切断されていく。

 人波に流されて落ちる人間と、線路内の惨状を見てホームの中心へと逃げようとする人間がぶつかり合い、怒号と鈍い音が渦を巻く。

 喧騒を切り裂くように、爆発音が響いた。

 ホーム中央の床が弾け、赤熱した炎柱が天井近くまで吹き上がる。

 

「きゃああああっ!!」

「逃げろ!」

「何が起きた!?」

 

 性別も年齢も関係無く、その場にいた者達は等しく焼かれ力尽き、膝を折ってホームに倒れ伏す。人体を焦がした異臭が熱波に乗って立ち込め、たまたま犠牲を免れた人間達は燃え盛る炎から逃げるように後ずさった。

 

「立ち止まんな! 早く逃げろ!」

 

 五条が叫ぶ。

 しかし、どこに。

 渋谷に閉じ込められ、駅構内に閉じ込められ、目の前で人が焼かれ──度重なる異常事態に頭の働きが鈍くなってしまっている観衆を叱咤した五条だったが、言った自分自身、疑問が残る発言だった。

 吹き抜けは空いている。

 しかし、それ以外の階段もエレベーターも、全て塞がれてしまっている。

 歯噛み。

 〝蒼〟で纏めて、吹き抜けの上まで取り敢えず飛ばそうか。

 

 

 

 

『〝無限〟は〝蒼〟での移動中の出にかかるGを全くの無にしてくれるのか? 出は怪我人だぞ』

『できる!』

『そんな高度な呪力操作を()()()脳内で処理して、万一いや、億万一にも出にほんの少しも負担をかけないと断言できるか?』

『……』

 

 

 

 

 大昔、どこかの山中にて夏油に諭された一言が何故か今掘り起こされる。

 ──駄目だ。これだけの数の非術師一人一人を思い遣る呪力操作なんて、流石の俺にも難しい。

 ──やるなら一人……とは言わずとも4、5人だ。それ以上は安全性を確保出来ない。

 ──ここで(いたずら)に非術師の被害を増やせば、上層部()を付け上がらせる口実になりかねない。

 五条の思考が、束の間()()に支配される。

 しかしその間にも、敵は攻撃の手を緩めてなどくれない。

 虚空がオレンジ色に変わる。向こうの景色がボヤけ、やがてそのオレンジが〝熱〟であることを六眼で捉えた五条はその場に近い人間達を()()()()()など度外視に〝蒼〟で引き離す。

 それでも僅かに避けきれない数。五条は逡巡の後、駅ホームに飛び上がった。取り残された子どもの襟首を掴み、近くにいた親元へと放り投げる。

 わずか一秒。

 その場所に灼熱が発生。

 炎は五条を避けて蛇のように床を這い、さっきまで子どもが立っていた場所を黒く焼き焦がしていく。

 

「……ふん」

 

 線路上。

 想定したも被害が抑えられてしまったことにより、漏瑚がつまらなそうに鼻を鳴らす。

 握った拳から漏れる炎が、呼吸に合わせて明滅した。

 漏瑚が掌を(かざ)す。

 それだけで炎が生き物のように向きを変えた。

 今度は天井を舐めながら走る。

 

「柱の裏へ!」

 

 五条の怒声が響く。

 ホーム中央は危険だ。

 だが端へ逃げれば、線路上へと落ちてしまう。

 柱ならば、炎を防ぐ盾になる。

 人々は半ば本能で指示へ従い始めた。

 誰か一人が動けば、群衆は雪崩のようについていく。

 それを見届けた瞬間──視界の端に赤い飛沫。

 血液だった。

 宙に浮かぶ無数の血の水滴。

 それらが意思を持つように漂い、五条の死角を攻めるように──人々が逃げた柱の向こうへと殺到した。

 五条には無下限があるので効果は無い。

 しかし一般人は。

 非術師は。

 

「ッ……」

 

 ハロウィンの仮装をした女子高生が。

 仕事帰りのサラリーマンが。

 日本旅行中のバックパッカーが。

 先程助けた子どもが。

 その子どもを庇うように抱き締めた母親が。

 槍と化した血の雨に穿たれ、一瞬でその命を散らした。

 五条は柱を蹴る。

 一蹴りで一本。

 〝蒼〟を利用した高速移動に残された非術師達(一般人)を巻き込まぬよう、柱を足場に宙を駆ける。

 狙いは線路上。

 ナメた真似をした特級呪霊へ。

 

「五条悟ッ!!」

 

 漏瑚が人知れず領域展延を使い、五条悟を守る無下限を突破すべく──こちらの顔面を蹴り抜かんと伸ばされた五条の右足首へと右手を当てがう。

 領域展延(りょういきてんえん)

 自身の身体に膜のように薄い領域を展開させること。その効果は、触れた者の術式効果を中和し、無効化させる高度な結界術。必中必殺の術式を搭載出来るだけの容量を蓄えておきながら、敢えて空の領域を纏うことによりその空間に五条悟の術式が流れ込む──それが、即ち()()

 呪詛師、夏油傑から学んだ五条悟対策。

 繊細な呪力操作により脳味噌の少なくない容量を使用してしまうが故に、領域展延中には自身の術式を使用出来ないというデメリットが存在するが、漏瑚とて特級呪霊。炎を扱わずとも、その身一つの体術にもそれなりの自負があった。

 五条悟の足首を掴む。

 一度掴んでしまえばこっちのモノだ。

 少し離れた場所に脹相もいることだし、二人で五条悟を。

 

「──あ?」

 

 無防備な右足首を、確かに掴んだ。

 しかし術式を中和した感覚は無い。

 ただ触れ合った。

 五条悟の足首に、()()触れていた。

 漏瑚の思考が止まった一瞬。

 五条は掴まれた右足を軸に身体を捻り、漏瑚の視界の外から左足で蹴り落とした。

 

「ヌグァッ……!」

 

 漏瑚の手が右足首から離れ、蹴られた勢いそのままに線路の枕木に顔が刺さる。混乱した脳内のまま立ちあがろうと両手に力を込めれば、それよりも早く五条が片手で漏瑚の襟首を掴み、無理矢理起き上がらせたところだった。

 

「正直驚いたよ」

「なんだ? 言い訳か?」

「違ぇよハゲ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 五条がアイマスクを下ろす。こちらを睨む蒼い瞳に漏瑚の頬がヒクついた。

 

「クッ……!」

 

 領域展延を帯びた漏瑚の両手が五条の腹部を突く。しかし触れる直前に五条は襟首から手を離して漏瑚の両手首を捕らえ、手前に引き寄せる。バランスを崩し、ガード不能となった漏瑚の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。

 

「グァッ……!」

 

 何度も。

 

「グォ……ッ!」

 

 何度も。

 

「赤血操術──穿血(せんけつ)

 

 無下限を解いているなら、と今現在の攻防を隙と見た脹相が超速の血液線を放つ。五条は六眼で予備動作ならぬ予備呪力を如実に感じ取り、指の先から放たれるとほぼ同時に漏瑚の身体を盾にして身を隠した。

 

「むっ」

 

 狙いを失った脹相が眉を顰め、漏瑚の身体上から()()()の当たりを付けて穿血を放つ。

 

「ハズレ」

 

 漏瑚の脇腹のあたりにポッカリと空いた穴の向こうから、場違いな程の美丈夫が嘲笑っていた。

 

「脹相貴様ッ! 同士討ちとはふざけた真似をッ!!」

「確かに撃ちはしたが、別に討たれてはないだろう。そう怒るな」

 

 いがみ合う漏瑚と脹相。

 五条はその様子を見て余裕げに肩をすくめ、死体と人間の割合が3:7程度にまで減少してしまった駅構内に改めて気を張った。

 

「…………」

 

 不意に、五条が危機を察知。

 しかしそれを知らせたのは六眼ではない。

 いがみ合う漏瑚と脹相の遥か向こう──線路が伸びていく先の暗闇から、二つ並んだライトが見えたからだ。

 

「間に合うかなッ……」

 

 〝蒼〟で線路上に残っていた人間を手当たり次第にホームに引き上げる。ホーム上に()()()人々が痛みに短い悲鳴を上げるが、今こちらに迫ってくるソレに──電車に轢かれるよりはマシだろう。

 耳を塞ぎたくなるほどの金属音。

 それが電車の鉄輪と線路の摩擦によって生じた音だと理解する前に五条も、そしていがみ合っていた漏瑚と脹相もホーム上へと跳んだ。

 

「で、電車だ! どけや、俺が乗る!!」

 

 視える人間からすれば、人外と不審者の戦い。

 視えない人間からすれば、突然人が死ぬ目に見えぬ災害。

 しかしどちらにせよ、一刻も早くこの場から逃げ出したいのが本音であった。

 だから急いだ。次にいつ来るかも知れない電車──決して乗り遅れぬよう、ドアの開くと同時に飛び乗る勢いで、人が人を押しやり、我先にと電車のドア部分へと殺到した。

 やがて、普段の停車位置とはかなりズレた位置に電車が停車。

 ドアが開く直前──人々はようやく気が付いた。

 電車内に人間が乗っていないことに。

 もしくは、電車内には人間()()しか乗っていないことに。

 開く。

 電車の中から這い出た(おびただ)しい数の呪霊が、慌てて逃げ出そうとした人々の頭に齧り付いた。

 

「……何考えてやがる」

 

 この場に閉じ込められた人間達は五条悟のパフォーマンスを出来るだけ下げる為の人質だと、五条は理解していた筈だった。

 しかし今こうして目の前で人が食い散らかされていく惨状を見て、敵の考えが途端に霧の中へと隠れてしまった。

 ──ヤケになったのか!? 

 ──人間が減って困るのは呪霊(オマエら)の方だろ!? 

 必要以上に思考が巡る。

 一方向ではなく、思い思いの方向に逃げ惑う人の流れはまさに濁流。逃げ場の無い地下五階は、今正式にパニックと化した。

 そんな人波をサーフボード型の改造人間で乗りこなし、五条の元へと飛び込んでくる男──電車に乗って到着した真人が、立ち止まった五条の顔面に拳を叩き込む。

 

「ハハッ、マジで当たんない!!」

 

 ツギハギの呪霊。その特徴から七海と虎杖が過去に遭遇した特級呪霊だと察した五条が、身体を掴んで接近戦に持ち込ませようと両腕を鋭く伸ばす。

 しかし真人は危なげなく避け、人波の中に潜り込むように自らの身を隠した。

 

「人間のキショい所、1つ教えてやるよ」

 

 真人は右手を構え。

 

「いーっぱいいる所」

 

 指を鳴らした。

 途端に、吹き抜けから大量の人間が落ちてきた。

 (せき)を切ったように。

 しかしあの吹き抜けはずっと開いていた。

 正確に言えば()は無い。

 ──なら何故落ちてきた? 

 ──誰かに落とされているのか? 

 ──なにかに追いやられて、落ちるしかなかったのか? 

 ──渋谷に閉じ込めている一般人を次々に投入するつもりか!! 

 五条の視線が、思考が定まらなくなる。

 

「赤血操術──百斂(びゃくれん)

「無為転変──『多重魂(たじゅうこん)』」

 

 それによって二人の攻撃に気付けず、未然に防ぐ対処ではなく無下限による守りに回ってしまった。

 

超新星(ちょうしんせい)

撥体(ばったい)

 

 次々と、続々と人が死んでいく。

 血液に貫かれ、改造人間によって、改造人間型の武器によって。

 頭を割られ、胸を貫かれ、四肢を飛ばされ、脳味噌を吹き飛ばし、血を失い、臓物を撒き散らし──五条の許容範囲をとうに超える量の命が極短時間で失われていく。

 

「…………」

 

 真人は冷静に図る。

 五条悟が虎杖悠仁とは違い、冷酷さを持ち合わせていることは知っている。()()()()の犠牲を前提として確実に自分達を祓いにくるだろうと。

 しかし死者が増え、生者も増え続けるこの状況では、その()()()()の天秤はもう機能しない。

 五条悟が今すべきは領域──無量空処(むりょうくうしょ)を展開することで領域内の呪霊と人間を皆殺しにし、領域外──地下五階に投入される前の人間を救うこと。

 

「…………」

 

 しかし五条悟にはソレが出来ないだろうと、真人は、そして漏瑚と脹相は理解していた。

 五条悟の想定している〝犠牲〟は呪霊に殺される人間であって、()()()()()()()()()()ではないのだから。

 ──考えろ!! 

 ──迷え!! 

 ──集中するのだ!! 

 立ち尽くす五条を前に、それぞれが五条に対して内なるプレッシャーをかける。

 しかし。

 

「……マジか?」

 

 真人が、驚きに顔を引き攣らせた。

 

「領域展開──無量空処」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、五条悟の手によって0.2秒の領域が展開され。

 呪霊も人間も、その場に居合わせた全員が立ち尽くしたまま行動不能となり。

 肩で息をしたまま呼吸を整えていた五条悟の足元に怪しげな(はこ)が現れた。

 

「──獄門疆(ごくもんきょう)、開門」

 

 筺が開く。内側の、まるで内臓のような赤が眼前に広がり、中心の大きな瞳と目が合う。

 マズい。六眼に頼らずとも直感で理解した五条は距離を取ろうと膝を曲げ、筺の向こうから顔を出した人物に気が付いた。

 

「や、悟」

 

 筺の陰から現れたのは夏油傑。額の縫い目を隠す気もなく「これじゃあ()()か」と気さくな笑顔と共に五条の前に立った。

 

「……やっぱ、死んでたんだな。傑」

 

 五条が駅ホームの白いタイルに視線を落として呟く。その呟きは目の前に立つ相手に対しての言葉ではなく。そしてこの場にいる誰に対しての言葉でもなく。

 ただの独り言に近かった。

 

「へぇ、気付いてたんだ」

「確証があったわけじゃない。でも本当に傑が生きていたなら、いずると半年間も会わずに平気でいられるわけないと思った」

「……浮舟出も前に似たようなこと言ってたけど、君達の同期仲ってマジで気持ち悪いね」

「いずると会ったのか」

「うん、ちょっと前にね。今回の計画の下準備の為に」

 

 ことも無げに質問に答える夏油傑。

 五条は開いた筺を他所に始まった()()()に気が気ではなく、何をすべきか──どう動くべきかと頭を必死に働かせていて。

 脳内感覚としては、時間はとても緩やかに流れているように自覚していた。

 

「それで、なんなんだよ。オマエ、一体何が目的なんだよ」

「あぁ、そうそう。君と呑気に話をしている暇は無いんだった。お〜い、お母さん」

 

 夏油傑が誰かを呼び込む。

 次の瞬間五条の背後に足音が響き、突然の呪力反応。六眼が事前に気配を知らせなかったことに驚きつつ振り返って──思考が止まった。

 10年前、想い人(浮舟出)の葬式で会った彼の母親。

 浮舟出の母が目を閉じて立っていた。

 

「い、いずるの母ちゃん……?」

 

 五条が恐る恐る、正体を窺うように呟く。

 いる筈の無い人物がこの場にいるから──そんな理由ではない。夏油傑という偽物がこの場に現れた以上、ある程度想定外の出来事は起こりうると、五条は理解していた。

 

「俺の魂は、間違い無くアンタはいずるの母ちゃんだと認識している……!」

 

 しかし。

 

「だが俺の肉体も呪力も、この六眼()に映る情報はアンタを浮舟出(うきふねいずる)だと言っている!!」

 

 六眼との認識の相違。

 異なる結果が送られた五条の新鮮な脳味噌はそれなりの負荷が生じ、身体を動かすことを忘れた。

 

「オマエ、いずるなのか……?」

 

 数瞬。

 逡巡。

 その果て、混乱が解けた五条の脳内には焦りと共にある疑問が浮かび上がった。

 

『俺は今どれだけの間フリーズしていた?』

 

 と。

 五条悟の体内時間、この時既に30秒ほどの時間が経過していた。

 しかし五条はこの土壇場で意識を取り戻すことに成功した。

 目の前の夏油傑の姿をした人間が何者だろうと、取り敢えずこの筺から離れなければ。

 そう考えた矢先── 駅のホーム内に一発の銃声が響き渡った。

 

「……は」

 

 音の出先──五条の背後、腕を伸ばした先に真っ黒な拳銃を握り締めた夏油傑。

 その銃口から放たれた銃弾──もう一度前を向けば、胸を押さえて痛みに顔を顰めた浮舟の母。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 衝撃と痛み。

 それぞれの理由で動けなくなってしまった五条と浮舟の母。一人語る夏油傑の声が、駅ホーム内に虚しく響いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 五条と浮舟の母の瞳が、夏油傑の方へと向けられる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今回とは違ってね」

 

 真っ黒な拳銃を懐にしまった夏油傑は、薄く笑っていた。

 

「上層部は浮舟出(うきふねいずる)浮舟一入(うきふねのひとしお)の生まれ変わりだと勘違いしていた。だから、呪力を用いずに殺して呪霊にしたかったんだと思うよ」

 

 淡々と言いたいことを言っていた夏油傑が歩みを進め、五条の横を通り過ぎて浮舟の母の近くまで。見下ろした視線に温度は無く、胸の周りを赤く染めた浮舟の母に対してなんの言葉も掛けなかった。

 

「────」

 

 瞬間、筺の内。まるで内臓のような赤が五条の身体に刺さる。外傷も痛みも無いが、その赤が身体に刺さった瞬間五条は身体を自分の意思で動かせなくなり、呪力さえも欠片も練れなくなってしまっていた。

 詰み。

 五条の頭にその単語が浮かび、緊迫から硬直させていた身体の力を溜め息と共に抜いた。

 

「……しくったな」

 

 項垂(うなだ)れる。

 そんな五条に対して勝ち誇るでも善戦を讃えるでもなく、夏油傑は好き勝手に話を進めていた。

 

「時に、五条悟。浮舟出の術式のこと知っているかい」

 

 天与呪縛ではなく、()()。浮舟出の情報と統合するには馴染みの無い言い方に普通ならば違和感を覚えるものだが、こと六眼持ちの五条においては引っかかる箇所は無かったらしく。

 詰んでいる状況ということもあり素直に問いかけに答えた。

 

「あ、あぁ。いずるの術式は()()()()だろ!? 知ってたよ!」

「やっぱり知ってたのか。なら、彼に教えてあげれば良かったのに」

「ふざけんな! いずるの術式は、()()()()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()ようになってんだよ! 誰も降ろしてない状態で充分戦えてんだから、わざわざいずるが苦しむようなこと教えるわけ無ぇだろうが!」

 

 五条が吼える。

 しかし夏油傑は五条の答えに対して鼻で笑い、やれやれとでも言いたげに首を横に振った。

 

「六眼でも見抜けなかったか、一入も上手いことやったんだね」

「はぁ……?」

「浮舟出ね、君と出会った日から降ろしてるよ」

「お、降ろしてるって。誰をッ」

()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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