こんばんは!ブースト無しです!
「えーっと、なんでしたっけ」
『……今回君に与える任務は、新入生伊地知潔高に、任務でのいろはを伝授すること。対象呪霊は──』
薄暗い一室。
オレを囲むようにして座る年配の男達。オレと奴等の間には襖のようなものが立ててあり、奴等の顔を拝むことは出来ない。奴等はオレのことを知っているが、オレは奴等が誰なのかは知らない。
そんな、一方的な認知関係。
もしくは差。
ムカつく。
突然こんな辛気臭い部屋に呼ばれたかと思えば、内容はなんてことない任務の通達。それならば別にこうして直接会う意味も無いだろうと思うのだが、まぁ上層部には上層部の意図があるのだろう。てっきり、怒られるのかと思っていたので拍子抜けした。心当たり? あるよ。
ちなみに。
普段だったら任務が入らない限りオレにくっ付いている同期3人は、今居ない。
五条は任務で夏油は分からんくて、硝子ちゃんは将来の為に、医者志望の講習会的なのに潜り込んでいるらしい。
なので、
こんな珍しいことあるんだなぁとルンルンでスキップしながら廊下を移動していたら、突然呼び出されたのだ。
ムカつく。
「……それで、なんでオレなんですか?」
『本来ならば二年生に任せるべき任務であるのは事実。しかし、
あー……、なるほど。五条、硝子ちゃん、と同期の顔を順番に思い浮かべてから、その誰もが後進の育成にてんで向いてないことを理解し、内心笑う。
「……あれ、でも夏油とか声かけなかったんですか? アイツ、後輩
『夏油傑が、君を推薦したのだ。本来であれば我々も彼を第一候補に挙げていたが、彼が受ける任務を代わりに私がやるので是非彼を、と言い出してな。今頃単独で準一級呪霊を祓っている頃だろう』
はっはーん?
アイツ、オレを危ない目に遭わせない為に、任務を合法的にすり替えやがったってことか? 優しっ!
今度会った時チューしてあげよ。
嘘だけど。
「……そういうことなら、分かりました。
『……任せたぞ』
灯りが段々消えていく。それが、この部屋での会話終了の合図だ。オレも外に出る。
その場にいるだけでネガティブになりそうな部屋から一転、夏の蒸し暑い風がオレの頬を掠める。酔っ払っていることもあり、すぐさまポジティブハイテンションだ。奴等も、こんなに天気良いんだから丘の上の原っぱとかに呼び出してくれれば良いのに。
真面目な話も終わったので、またルンルンスキップを始める。任務まで時間あるし、何しようかなとか考えながら角を曲がると、少し先から歩いてくる見知った顔。相手もオレに気付き、頭を下げた。
「お疲れ様です、浮舟先輩!!」
「よう灰原。あれ、任務じゃなかったのか?」
「たった今戻りました!! 予定より早く終わったので!!」
……じゃあ任務変わってもらおうかしらとか一瞬考えたが、それは先輩としてカス過ぎるかと思い直す。喉まで出かけた言葉を飲み込む。
「それは凄いな、灰原。立派じゃないか」
「ありがとうございます!!」
時刻を確認すると午後二時。暇を潰すついでに、灰原にこう聞いた。
「ところで、腹減ってるか? オレこれから任務だから、その前に腹ごしらえと思ってたんだけど」
「ペコペコです!! ゴチになります!!」
握り拳を顔の前に持ってきて、気合をアピール。
可愛いなコイツ。ハキハキ喋る子は好きだぞ。
二人で歩きながら、灰原が今日受けた任務の話を聞く。地元の人から野菜をもらったとか、ほっこりする話を聞かせてもらう。
そんな話が佳境に入ったところで、食堂に到着した。
「何食う?」
「今日はカツ丼が食べたいです!!」
「オッケー。おばちゃん、カツ丼と、味噌汁。どんぶりサイズでください」
「はいよ」
高専には寮生の為の食堂が存在し、そこでは非術師の寮母さんがご飯を作ってくれる。朝と夜のメニューは決まっていて、お昼は頼んだものをなんでも作ってくれるのだ。凄い人だ、寮母さん。
それから間も無く、お膳に乗ったカツ丼と、同じサイズの丼に入った味噌汁が出てきた。いつも思うが、あり得ない提供速度だ。
在籍人数の少なさ故にあまり広過ぎないこじんまりとした食堂ではあるが、それでもオレと灰原以外に利用者がいないので貸切状態だった。
「いただきます」
「いただきます!!」
両手は合わせられないので、片手を顔の前で立ててから食べ始める。灰原はカツ丼のカツから食べるタイプらしい。オレは吐きかねないので頼まなかったが、元気な時ならカツ丼の汁を吸ったご飯から食べるタイプだ。
味噌汁が入ったどんぶりを片手で持ち上げ、口を付ける。
嗚呼、二日酔いで終わってる身体に味噌汁が染み渡る……。
10分もしない内に二人とも
「……浮舟先輩は、お酒控えないんですか?」
オレが酒瓶から口を離したタイミングで、珍しく張りの無い普通の声量で灰原が問うてくる。
「控えてる……つもりなんだけどな。ほら、携帯って充電すればするほどバッテリーが劣化して、充電する頻度が少しずつ増えていくだろ? 例えるならそんな感じ」
「じゃ、じゃあ、浮舟先輩の臓器は段々劣化してるってことですか!? 駄目です!! これ以上お酒飲んじゃ駄目です!!」
「ごめんごめん例えが悪かったね例えが! だからオレから酒瓶を奪わないで!」
「……はぁ」
オレを見て、溜め息を吐きながら視線を逸らす灰原。
関係無いけど、何だかオレって色んな人に溜め息を吐かれている気がする。悲しい。
灰原が、拳をぐっと握った。
「浮舟先輩がお酒を極力控えられるように、僕に何か出来ることはないでしょうか!!」
「無いな」
「即答ですね!!」
「悪い、意地悪をしてるわけじゃないんだ。オレの場合は、普通とは少し状況が違うから、禁酒したところで、結局お酒を飲む総量は変わらないんじゃないかと思ってな」
「……?」
言うと、灰原は首を傾げた。
咳払い。
「灰原は、喉の渇きを極力我慢して、いざ待望の水を飲めるってなったらどれくらい飲む?」
「めいいっぱい飲みます!!」
「つまりはそれと同じだ。オレは天与呪縛の都合上、たとえ鋼の理性で飲酒を我慢できたとしても、結局任務に出ればお酒を飲むことになる。我慢していたお酒を、いざ飲むとなったらガブガブ飲んじまう。それって怖いよな」
「……怖いです!!」
「灰原は未成年だからお酒のことはまだ分からないかも知れないけど」
「浮舟先輩も未成年ですよ!!」
「……そうだったな。──まぁつまり、お酒ってがぶ飲みしたら急性アルコール中毒とかでぶっ倒れたりする。呪霊の前でぶっ倒れたもんなら御陀仏確定だしな。だから、普段通りちょくちょく飲んでおくのが一番マシだよねって話。よし、今度はマシな例えだったな」
「浮舟先輩、悲しき
「……本当にな」
一体誰が、オレの身体を
天与呪縛。
うーん、分からん。
分からんから、考えるのはやめておこう。
分からんし。
「僕今度良い胃薬買ってきますよ!! 長生きしてください浮舟先輩!!」
「気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとうな、灰原」
「はい!!」
お昼、ご馳走さまでした!!
去り際まで元気いっぱいな灰原に手を振り、歩き出す。さて、良い時間だし集合場所に向かうか。
石畳の上を歩く。
こんなクソ暑いのに、夏仕様とはいえ上下長袖の制服を着て外を出歩かなくてはいけないとは。校内ならまだしも、戦う時くらい好きな格好させてよと時々思うが、どうやらこの制服も色々戦闘向きな素材で作られているらしく。命を懸ける現場では、こういった些細な保険の積み重ねで首が繋がることもあるのだ。
死ぬよりはマシかということで一人納得しておく。
暑さで死にそうだけど。
結界の外に出ると、補助監督の人が車をつけてくれていた。会釈をされたので同じように返す。補助監督さんの横には、件の新入生。
今日はよろしくな。
そう言おうと左手を上げたところで、新入生が俊敏極まる動作で腰を90度折った。
「い、いい、一年の伊地知潔高ですッ! よ、4級術師ですッ! 今日はよよよよ、よろしくお願いしみゃ──よろしくお願いしますッ!」
集合場所に着いたら、ド緊張してる伊地知くんが待っていた件について。
∪
「い、伊地知くん。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
車内。
補助監督さんのご厚意の元、ガンガンに付けてもらっている冷房に頬を緩めつつ。せっかくこうして後部座席に並んでいるならと、あとついでに伊地知くんの緊張をほぐす為に話題を探る。
「い、いえ! 大先輩に失礼を働くわけには! ましてや
「……
「え? ──あ!」
「なんだ
「あ、あわわ」
どうやら本人を前にして言ってはいけないことだったのか、冷房が効いているのにも関わらず不自然な汗をブワッと流し始める伊地知くん。
「……なぁ伊地知くん。
「し、しかし……!」
「
二人の名前を出すと、伊地知くんは何故それを知っているんだという表情でこちらを見る。それはね、こういう変な状況になった時、思い返すと必ずその二人のどちらかが一枚噛んでるからだよ。
「どっち?」
「……」
「どっち??」
「…………どちらもです」
「よく言った。えらいぞ伊地知くん」
左手で頭を撫でると、少し照れながらも絶望している伊地知くん。器用な表情筋だ。
「い、言ってしまった……。これじゃあ後で五条先輩と夏油先輩に殺される……!」
「大丈夫大丈夫。オレ、あの二人の同期だからさ。伊地知くんが言ったってことは二人には言わないし、万が一バレてもオレが守るから」
「う、浮舟先輩……!」
目をキラキラさせながらオレを見つめる伊地知くん。どうやら、あの二人に相当な目に遭わされたらしい。
「ちなみに、あの二人にどういったことを吹き込まれたわけ?」
「……あれは、昨日のことでした」
「え? 別に回想入らなくても良いのに。あ、もう遅いか」
∪
『こ、こんにちは! 私一年の伊地知潔高です! 夏油先輩はいらっしゃいますでしょうか!』
『あ〜? 誰だよお前、こちとら三年生様だぞおい。誰に許可取って教室の扉開けてんだ? あ?』
『こらこら、怖がってるじゃないか。悟、後輩には優しくするものだよ。よろしく伊地知君。私が夏油だ。どうしたのかな?』
『い、いえ! 明日、先輩に任務先にて指導をつけていただくことになりましたので、その挨拶をと!』
『ふぅん。困ったね、私は何も聞いていないけど』
『つい先程、任務の通達がありましたので!』
『ちなみに、私と君の二人だけかい?』
『はい! 恥ずかしながら私、初任務ですので、頼れる先輩にマンツーマンで色々教えてもらえとのことです!』
『……成る程。そういうことなら、私より適任がいる。浮舟出という男は知ってるかい?』
『も、勿論です!』
『彼は私達の学年では1番の実力の持ち主でね。それはそれは、私や悟でも敵わないほどなんだ。ねぇ、悟』
『ああ。俺も何度いずるに殺されかけたか』
『え、えぇ!?』
『でも、出なら君にしっかり教えてあげられると思うよ』
『えぇ!?』
『上には私から伝えておくから、伊地知君はそのつもりでね』
『……あ、あの、浮舟先輩はそんなに怖い方なのですか?』
『うん。怖いよ』
『──』
『私達同期には優しいけどね。それ以外の他人には、一に怒号にニに暴力。三、四が飲酒で五に
『あ、あわわわわわわわ』
『出はちょっとでも不快に思ったら、すぐに君に手を出すよ。くれぐれも、礼儀や言葉遣いには気を付けてね』
『ブクブクブクブク……』
∪
「……ということがありまして」
「え、オレのデマ聞いて気絶したの?」
「恥ずかしながら──って、で、デマなのですか!?」
「当たり前だろ! 信じるなそんな話!」
なんだよ塵殺って! そんな奴が、同期には優しいって怖過ぎるだろ!
……飲酒は合ってるけど。
その話はデマであるとはっきり言い切ると、良かったぁと胸を撫で下ろす伊地知くん。
ピュアだな。
指を一本立て、伊地知くんの目の前まで持っていく。
「……良いか、伊地知くん。あの二人は、他人を
「き、肝に銘じます……」
オレがヤバい先輩じゃないとわかってくれたのか、少しだけ緊張がほぐれた様子の伊地知くん。
まさか、昨日オレが硝子ちゃんとフラフラしている間にこんなことになっていたとは。やられた。危うく新入生に嫌われてしまうところだった。
嫌われたくないよね、年下に。
「それで、伊地知くん」
「はい」
「君は、任務は初めてなんだよね?」
「はい……」
「そう落ち込まないで。大丈夫、今日はオレが手本になるから、よく見て学ぶように。適宜メモを取って、分からないことがあったら、何でも何度でも聞いてね」
なるべく、優しい態度を勤めて話し掛ける。それには、理由がある。
オレが後輩から好かれたいという邪な理由ではなく、キチンとした理由が。
一年前くらいの話。
伊地知くんと同じように、初任務だという当時新入生七海と灰原。二人に、今の伊地知くんと同じような任務が与えられた。ちなみに、当時の指導担当はオレと五条。
オレが、任務時に気をつけることとか、呪霊の残穢の見方とか呪霊と対峙するまでのことを教える一方、五条は呪霊と対峙した時のアレソレ。
同期以外に冷たい五条は質問などしようものなら半ギレで返すし、教え方もテキトーだし(オレはオレで任務終わりでグロッキー状態だったので会話にならなかったらしい)ですっかり萎縮してしまった七海と灰原。二人は後日の任務時、呪霊をどうやって祓えばいいのか、祓った後どうすれば良いのかが分からずに先方に迷惑をかけてしまうという事件が起きた。勿論、オレと五条は大目玉である。
つまりは、しっかりと教えることって大事だよねって話。自分の頭の中では常識な事柄も、自分以外には見えないし理解できないものなのだから。懇切丁寧に、くどいくらいしっかりと教えなければならないのだ。
前回の失態は、今回に活きる教訓となった。本当にごめんね七海と灰原。
だからオレは、後輩には優しく教えようと心がけている。
知らなかったがそのまま死に直結する場合もある。
この仕事では特に。
オレは、仲間には死んでほしくない。
「──だから、伊地知くん。決して遠慮はしないでほしい。何度も同じことを聞かれたからって、オレは嫌だなとか面倒くさいとか、決して思わないから」
「は、はい!」
「よし、じゃあ頑張ろう。そろそろ着くみたいだし、まずは補助監督さんの〝帳〟の下ろし方から観察してみようか」
∩
浮舟先輩と初めてお会いした時の第一印象は、他の三年生の先輩方と比べて普通な人だなと思いました。率直な印象は、覇気の無い人だなぁと。
しかし、私は夏油先輩と五条先輩から浮舟先輩の恐ろしさというものを気絶するほど聞かされていたので、いや、こういう見た目が普通な人ほど怖いものなのだと自身を叱咤し、思い切り胸と声を張り挨拶。その後浮舟先輩の「……は、はぁ」と困っているような声を聞き、ようやく、事前情報との齟齬に気付き始めたのでした。
キチンと話してみれば、浮舟先輩はそれはもう優しい方でありまして。初任務で緊張している私に積極的に声をかけ、緊張をほぐして下さいました。
車内で浮舟先輩への誤解が解けて、こんな素晴らしい先輩がいるのなら呪術師も悪くないなと思いました。
五条さんや夏油さんによって下落していた呪術師の株が、浮舟先輩の手によっていとも簡単に右肩上がり。そんな感じです。
窓の外を流れる木々を見て、随分と山奥まで行くのだなと感想を抱いたのも束の間、やがて車が停まり、補助監督の方の〝帳〟を下ろす様子を見学し。
ここから少し歩いた先にあるという、荒れ果てた廃ホテルへと歩を進め。
いざ目の前に現れた廃ホテルの異様な雰囲気に喉を鳴らし。
躊躇無く中に這入る浮舟先輩の背中を慌てて追いかけ。
浮舟先輩曰く辺りに散らばっている呪霊の残穢。その残穢を見る方法を教わり。
浮舟先輩の後ろをピッタリとついて行き、辿り着いたのは四階。
「──ここに呪霊がいる。どこにいるか予想してみて」
「は、はい」
「できた?」
「はい」
「じゃあ、オレが今から隠れてる呪霊を引っ張り出す。伊地知くんの予想と違ったら、また呪霊が隠れるまで泳がす。そうやって繰り返して、呪霊の気配を察知する力を付けていこうか」
「はい!」
浮舟先輩には、教える、学ばせる、そして何より人をやる気にさせる力がありました。
浮舟先輩の分かりやすい説明と共に、呪霊を見つけるコツなどを教えてもらいました。仮にも呪霊がいる場だというのに、まるで教室内で座学を学んでいるような空気感です。
黒い玉のような形をしている、一頭身の呪霊。ぱっと見の印象こそマスコットキャラクターのようなソレでありますが、しかし呪霊がニヤリと笑った際に口らしき場所に生え揃った歯が見えると、途端にその呪霊が恐ろしく見えました。あんな歯で噛まれたなら、噛まれた部位をそのまま持っていかれてしまいそうです。
「よし、大分察知できるようになってきたじゃないか。じゃあ次は、呪霊に攻撃してみようか」
「こ、攻撃……!」
「大丈夫。呪力で身体を守る方法は分かるよな? オレがすぐ後ろにいるか──」
ガンッ。
浮舟先輩の頭が揺れ、パラパラと砂埃が舞いました。
少し遠くに呪霊。呪霊はケタケタと笑っていました。
どうやら、呪霊が岩を投げてきたようです。手のひら大の岩を頭部に投げられたというのに、浮舟先輩には出血どころかダメージを負っている気配も無く、これが自身の身体に対する呪力の使い方かと関心していたところで。
不意に、浮舟先輩が纏う
キュポン。
浮舟先輩が、懐から小さな酒瓶を取り出します。それから、酒瓶に口を付けて、呷る。呷る。呷る。浮舟先輩の喉仏が、嚥下のタイミングで何度も上下しています。
「ちょ、浮舟先輩!?」
目の前で行われている未成年飲酒。
こんな現場初めて見たなと、つい数コンマほど呆けてしまいました。しかし、我に帰り、非難する意図を込めて声を張ってしまうと、呪霊がこちらをロックオン。私に向かって岩を振り被り──
「
浮舟先輩の声で、動きが止まりました。
呪霊が、振り被った姿勢のまま動けなくなりましたのです。しかしそれは浮舟先輩の味方である筈の私も同じで。
浮舟先輩から全方位に向けて放たれる
先程までにこやかに私に笑いかけて下さった浮舟先輩の姿はそこには無く、浮舟先輩はただ据わった瞳で、呪霊を睨んでいました。
「お
『ウゥゥァァ……?』
「答えろやッ!!」
話しかけられ、困った様子の呪霊。浮舟先輩が声を荒げると、戸惑いながらも口を動かします。
『アアウゥウウ』
「何言ってるか分かんねェよ馬〜〜〜〜〜〜鹿ッ! 死ねッ!!」
瞬く間に呪霊との距離を詰め、一頭身の呪霊の頭を左手で掴む浮舟先輩。掴んだ左手に力を込めると、大きな破裂音と共に呪霊が弾けました。
「アハハハハハハハ! おいちゃんと見てたか伊地知ィ! 覚えとけ!? 呪霊ってのはな!
狂ったように笑う浮舟先輩。一度目の
やがて呪霊が祓われると、浮舟先輩はこちらに視線を向けました。
「……おい伊地知、テメェ何ボーッと突っ立ってやがる」
「へ、へ!?」
千鳥足で、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる浮舟先輩。その覚束ない両足が地面に接する度に鳴る靴裏と砂が擦れるノイズ音が、私の緊張度を瞬時にMAXまで引き上げました。
「聞いてんのか! おい! 伊地知ッ!!」
「は、はいぃ!」
「声が小せぇぞオラァッ!!」
「はいぃぃぃ!」
眼前まで迫り、怒声。思わず目を瞑ってしまいます。
「……」
しかし、続く言葉がありません。
恐る恐る目を開けると、浮舟先輩の姿がありません。
「え、え?」
もしかして、置いて行かれたのでしょうか。こんな不気味な廃ホテルで一人きり!? 募る不安に呼吸が浅くなり、慌てて周囲を見渡して浮舟先輩の姿を探すと。
「……オェッ」
地面に転がっている浮舟先輩を見付けることができました。
「──だ、大丈夫ですか、浮舟先輩」
「うううう……。気持ち悪い……」
その後。
顔が真っ白になり、もう一歩も動けないと震える声でこちらに訴えかける浮舟先輩をおぶり(なんでこんなに軽いんだこの人)。
来た道を戻っていくと、〝帳〟が消えました。
よたよたと、左右にふらつきながら森の中を歩いて行きます。登山路とも呼べない獣道を、三年生の大先輩を背負いながら下りていきます。
途中、山登りをしている老人とすれ違いました。
それからまた少し山道を下りていけば、補助監督の方の姿が見えてきました。
「お疲れ様です。浮舟さんはこちらで預かります」
「は、はい。お願いします」
「うーん……、うーん……」
補助監督さんが私の背中から酔っ払い状態の浮舟先輩を引き継ぎ、後部座席へ寝かせます。当の本人である浮舟先輩は、空になった酒瓶を抱き締めながら魘されている様子。補助監督さんはもう慣れているらしく、浮舟先輩の額の汗をタオルで拭い、タオルケットをかけて後部座席のドアを閉めました。
「浮舟さん、任務終わりは半分くらいの確率でこうなるんです。もうこっちも手慣れたもんですよ」
「は、はぁ」
ニコニコしながらそう語る補助監督さん。その嬉しそうな表情に驚き生返事しか返せません。
酔っ払いの介護。
普通ならば、誰もが進んでやらないソレを嬉々として行う補助監督さんの姿を見て、つい浮かんだ言葉。
「嫌じゃないのですか?」
言ってから、しまったと思いましたが、一度口から出てしまった言葉は取り消せません。これでは私が浮舟先輩を責めているように取られてしまうかも知れません。
しかし、言われた補助監督さんは特に気分を害した様子も無く。
「? 嫌じゃないですよ。私達も、浮舟さんにはお世話になってますし」
「お、お世話に……?」
顔色を窺うように言葉を繰り返すと、段々調子が出てきたのか嬉しそうに話してくれました。
「はい。正直、浮舟さんは私達〝窓〟からしたら神みたいな存在なんですよ。他の術師みたいに横柄じゃありませんし、ちゃんと敬語使ってくれますし気遣いも出来ますし。浮舟さん、泥酔すると
ほろ酔い状態の普段というワードに少し引っかかるが、車内での浮舟先輩を思い出して理解。確かに、車内での浮舟先輩と先程の暴君のような浮舟先輩は、その感情が地続きであるとはとても思えなかったからです。
「成る程……」
「私、今まで様々な術師を現場に送りましたけど、〝窓〟に差し入れをくださったのは浮舟さんくらいです」
語る補助監督さん。
そのエピソードに思わず、連られて頬が緩みました。
先程は、突然怒鳴られてショックだったのは事実ですが。やはり浮舟先輩は良い人なのだと分かったからです。
怒鳴られたのは、とても怖かったですが。
「だから、むしろ嬉しいんです。そんな浮舟さんが、こうしてあられもない姿を晒してくれるのって、私達を信頼してくれてるからじゃないですか」
「確かに、そうですね」
一緒に、後部座席で眠る浮舟先輩を見て笑う。
もう悪夢は終わったのか、座席の上で、酒瓶に頬擦りしながらすやすやと気持ちよさそうに眠る浮舟先輩。
こんな姿、つい30分前の私に言っても信じないでしょう。
「あと、萌えますよね。この状態の浮舟さん」
「も、萌え……?」
段々と補助監督さんの話についていけなくなったので、そろそろ高専に戻りませんかと促す。助手席に乗り込み、発車。往路と比べて速度が控えめなのは、普段眠れない浮舟先輩が、少しでも眠れるようにらしい。
補助監督さんが何も言われずともそうしてしまうくらい、浮舟先輩が人に好かれているということでしょうか。
帰りの車内でも、延々と浮舟先輩の神エピソードについて語られました。
しかし、初任務で色々なことがあった私耳にはあまり話が入ってきませんでした。
後から知ったのですが、浮舟先輩は酒を飲み、アルコールが体内に廻っている時だけ呪霊を視認でき、呪力を扱える体質らしく。
それを聞いて、不思議と浮舟先輩に怒鳴られたあの経験も、あまりマイナスな感想は浮かばなくなりました。
だってそうですよね。
浮舟先輩は他人の為に、アルコールで己の身を削って戦っていらっしゃるのですから。
あの時だって、呪霊が予想外の攻撃をしてきたので、私に危害が及ぶと考えて、あの量のお酒を飲んだということなのですから。
自己犠牲。
あの一時の衝撃のみで浮舟先輩のことを苦手になりかけた自分が、なんだか嫌になりました。
浮舟先輩は、確かに他の三年生の先輩方と比べて覇気やオーラのようなモノはありません。
しかし、浮舟先輩は間違い無く強く、そして優しい御方なのです。
今日は、それが知れて良かったと思いました。
……あと、これはもう過ぎたことなので私は全然気にしていないのですが。
高専に戻った際、三年生の御三方から鬼のように詰められました。
滅茶苦茶怖かったです。
∪
『本日、皆に集まってもらったのは他でもない。
『おお……!』
『随分と早いですな!』
『ああ。
『浮舟出。どんな手を使ったのか知りませぬが、彼はやたらと同期と仲が良い。あの代は今後の呪術界の要となる存在。なるべく敵視されたくはないものですな。ああいえ、話を続けてくだされ』
『……本日から、丁度一週間後。浮舟出には二年生の七海建人と灰原雄と共に任務に出てもらう』
『さ、三人でですか? それですと』
『ああ。だが、対象の呪霊は一級相当。しかも土地神ときた。いくら三人でかかろうと、全員で生きて帰るのは不可能であろうな』
『な、なんと……。それでは、二年生の両名は』
『知ったことか。浮舟出の殺害が最優先事項だ』
『……』
『つい先程、
『流石でございます!』
『やりましょうぞ! その任務で、浮舟出を殺してやりましょう!』
『……浮舟出。貴様にはさっさと死んで、その左腕を返してもらう。夜蛾の報告通り、その腕に意思があるのなら── お前がその腕を持っているのは、危険なのだ』
浮舟出:後輩育成の任務中、呪霊に後ろから攻撃されたのにちょい切れ&後輩の目の前での失態に恥ずかしくなり、酒をがぶ飲み。我を忘れて暴れた挙句、二個下の後輩と〝窓〟に介抱される始末。気付いたら高専に到着していたので、補助監督に慌てて礼と謝罪をするも何故かほくほく顔だったのが不思議らしい。
浮舟が前後不覚になるほどに酔って帰ってくるのを同期三人は心を痛めつつも、それはそれとしてボーナスタイムと呼んでいるらしい。何がボーナスなのかは不明。
不明ったら不明。
伊地知潔高:白髪のイケメンな先輩と糸目のボンタンのイケメンな先輩に過度にイジられる生活を送っていた。浮舟出という神のような先輩に会って一安心するも、酒を飲んで一変した態度に絶望し、その後好印象に落ち着く。
家入先輩は、煙草を吸ってるから怖いらしい。
五条悟:なよっとした雑魚が入学してきたな。あ、他人に雑魚とか言ったらいずるに怒られるか。うっかりうっかり。でもコイツちょっと話しかけただけでビクビクしてて面白ぇな。これは良い暇つぶしになりそうだ。おい眼鏡。このこといずるにチクったらマジビンタな。
夏油傑:出を少しでも危険から遠ざける為、任務を交換した。相手した準一級呪霊が予想以上に強くて驚いたらしい。この任務に予定通り出が行っていたと思うとゾッとする。
ゾッとするので、一年生の肩を借りて帰ってきた出を一番に抱き締めた。ボーナスタイム!と同期にメールで連絡を入れたらしい。
家入硝子:今夜はボーナスタイムと聞いて、少し足取りが軽い。その様子をたまたま見かけた夜蛾先生が、唖然とするくらいには。
上層部:なんとしても浮舟を殺したいらしい。
あと、浮舟が着けている義手も回収したいらしい。
当たり前のように本編の文字数が10000を超えるので、お待たせしてしまって申し訳無いです。
感想やお気に入り登録をしてくださってありがとうございます。
『ここすき』をされたシーンも、キチンと確認しては微笑んでます。皆さんが好きだと思った場所を知れるのって嬉しいですよね。ありがとうございます。
では、またいずれ。
誰好き?
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浮舟出
-
五条悟
-
家入硝子
-
夏油傑
-
七海建人
-
灰原雄
-
伊地知潔高
-
庵歌姫
-
冥冥
-
夜蛾正道
-
九十九由基
-
乙骨憂太
-
折本里香
-
禪院真希
-
パンダ
-
狗巻棘
-
枷場美々子
-
枷場菜々子
-
伏黒甚爾