「落ち目の軍部が偉そうに……同等級にも威張り散らすとは相当追い詰められてるんだろうな」
「下手なことは言うなよ。今お前がいなくなったら調整の手が足りなくなる」
「はいはい。お人形の手すらも借りたい情けない連中に目に物見せるまでは黙っててくれよな」
「今夜奢れよ。まだワインセラーの奥にあるだろ?」
「チッ、しょうがねぇな一杯だけだぞ」
「……今の会話は聞かなかったことにするから手を動かしてくれ。あと記録班、今の録音の編集も追加で頼む」
「「了解」」
「ただの雑談で仕事増やさないでもらえます!?」
まずは俺に繋がっている機械を弄りながら雑談を交わす白衣集団の中で一際悪目立ちしているまっくろくろすけに目を向ける。真っ黒のジャケットに金属のような光沢が見られるフルフェイスマスク、さらにその上にフードを被っているから表情は窺えないが、こちらの視線に気付いたかどうかはわかる。
くぐもった声で男女の判別すらつかないが、少なくとも先程の軍人のようにこちらを見下す感じはない。周囲の白衣たちからも信頼されているように見える。
「クドリャフカ特務兵、意識はちゃんとあるな? 調子はどうだ。麻痺や痛みはないか?」
「はい、痛くはありません……けど」
「異常があるなら些細な事でも構わないから言ってくれ」
「………………記憶が、ない、です。私が誰なのかも……」
嘘を吐くこともできたが、なにひとつ思い出せない現状すぐにボロが出る。それなら初めから正直に伝えるべきだろう。こうなった原因や記憶を取り戻す方法がわかるかもしれないし。
記憶、と口に出した時点で黒フードが白衣の一人へ顔を向けたがその人は激しく首を横に振って何かを否定していた。
「移植時の損傷は見られませんし脳波も安定しています。事前のパターンと比べても……多少のズレはありますが許容範囲内かと」
「原因究明を急いでくれ」
「勿論です。これでケチ付けられちゃ堪りませんからね」
「想定スペックを下回るようならこのプロジェクトは凍結される。次がないことは念頭に置いてくれ」
「嫌ですねぇ余裕のないスポンサーって」
「こんな情勢だ、仕方ないだろう」
さて、と再びこちらへ向けられる視線。
ただの物や道具を見るような冷たい気配に思わず身じろぎするが、手足がガッチリと固められているのか大した動きにはならなかった。そもそも指を開いて閉じてと赤子のような動作すらも意識しないとできないのだが。首を動かすのも一苦労だ。
「他に問題は?」
「後は……身体が動かしづらいくらい、です」
「起動直後だからまだ義体に馴染んでいないだけだろう。調整はこれから行う予定だ。それでも解決しなければ対策を考える」
中身が男なので違和感が、とまで言ってしまうとどんな処理が施されるのかわからないのでそこは黙っておく。「じゃあ生やすね、これでかんぺき~」なんてコミカルな展開あるわけないだろう。
「もう理解しているだろうがクドリャフカ特務兵、これが君の名だ」
「はい」
「君は対機械兵特別任務用の戦闘義体移植計画に志願し、我々の技術の粋を集めて作り上げた最初の義体となった」
「……はい」
「我らが祖国の名前は?」
「……わかりません」
「カゾルミアだ。……言語野が機能しているのは不幸中の幸いか。条件付けによる紐付けは確かに機能していた……となると記憶領域の一部だけが……」
指摘されて初めて気が付いたがたしかに今喋ってるの日本語じゃなかったわ。何語なんだろう。元ネタ的に近いのはロシア語かな? 文字もちゃんと読める……と思うし、都合の良い部分だけ残っているので怪しまれないか少し不安だが、向こうとしても簡単に俺を廃棄するほどの余裕はないはずだ。
話ながら手をぐーぱーぐーぱー、開いて閉じてを繰り返している内に段々動かし方がわかってきた。
頭から送り出される信号が神経を伝って末端へ、強化骨格に支えられた人工筋肉が収縮して人の動きを模倣する。元の身体がどこに何割残っているのかは……知るのが怖いので聞かないでおこう。技術的にも脳はある程度残しているはずだが全部あるかは怪しいところだ。
「調整班。進行度は?」
「えぇっと現在フェーズ3の半ばです。日常動作ならすでに可能かと。戦闘行動は電熱線次第ですが」
「そうか……セーフティ解除を承認する」
「了解、セーフティロック解除」
ガコンという金属音と共に手足を押さえつけていた拘束具がなくなる。
ゆっくりと上半身を起こす。勢いをつけるまでもなく、腹筋に少し力を込めるだけで簡単にできてしまった。秒単位で体の動かし方を思い出しているような、急速に学習しているかのような全能感を覚える。できて当然のことでイキるな。
どうやら大きな手術台のようなものに寝かされていたようで、ではここは手術室かというとしっくりこない。壁も床も天井もすべてが物々しい鋼鉄と赤い導線で埋め尽くされた部屋に見たこともない機械が所狭しと置かれている様は実験室の方が相応しい。さながら自分は実験動物か。何も間違っていないな。
目を閉じて意識を集中させると脳裏に危険物製造所という単語が改めて浮かんでくる。人型兵器にはぴったりな生まれ故郷だな。最悪な気分だ。
自分の身体を見下ろしてみれば、やはりというか当然というか。服なんて着ているはずもなく、少女と呼ぶには発育が足りていない貧相な肢体が目に入る。かなりまな板だよ!
もしかしたら全身継ぎ接ぎだらけのフランケンシュタインボディかもしれないと覚悟していたがそんなことはなく、生まれたままのまっさらで綺麗な身体にしか見えない。
お尻……自分からは見えないが、尾てい骨から伸びているであろう何かに意識を向けるとそれはまるで動物の尻尾のようにジャラリと音を立てて揺れる。……床まで伸びてる感覚があるってことはもしかして台の真ん中に隙間か穴があってそこに垂れてるのか。ふーん、エッチじゃん。
そんなエッチな尻尾の正体は電熱線。この世界――この国特有の超技術で、なんかすごいエネルギー産業の象徴。これ自体が動力となるのかは知らないが、この国のインフラは電熱線によって支えられており、軍事力も電熱線頼りなのは間違いない。その軍事力に胡坐かいて周辺諸国全部敵に回して負けそうなの無様っすね。
……まぁこの電熱線、身近で使ってると被曝するみたいなんですけど。どうせすぐ戦死するから関係ないよねとばかりに年端も行かない少女たちにも装備させられるのほんま……それとも兵装は防護機能付きだったりするんだろうか? いやないな。そんな人道的な仕様思いつくことすらないね。
「電熱線の稼働状況は?」
「起動時と変わらず出力3%で安定しています。3基の同調率も今のところは問題なく」
「わかった。……クドリャフカ特務兵、これから基礎身体機能のテストを行う」
「はい。了解しました」
軍属で上司に命令されたら嫌とは言えまい。
自分の身体の事がわからないままでいるのも怖いし。物を掴もうとして握り潰すような事故は起こしたくない。
「あの………………」
服をくれ、と言おうと思ったのだがそもそも黒フードの名前を聞いていない。いや知らずとも求めることはできるのだがいつまでも内心で黒フード呼ばわりは失礼だろう。
「ん、あぁ――私はDr.バイコヌール。名前よりドクターと呼んでくれた方が短くて良い。他にそう呼ばれる人はもういないから」
「わかりました、ドクター」
もしかして戦術指揮が得意な神経学者でいらっしゃる?
「それで、用件は?」
「あぁそうだっ……でした。服をください」
元の口調がどんなものかは知らないが、下手に地を出すよりは敬語で統一した方が中身に違和感を持たれる危険も薄いと思うので喋り方を意識して切り替える。一人称の「私」も敬語も人並みには使えるはずなので問題はない……といいなぁ。
ドクターは服、と小さく呟いたかと思えば今更ながらに思い至ったのかおもむろに自身のジャケットを脱いで差し出してきた。
「服の用意がないからこれでいいかな」
「良くはないと思うんですけど……ないなら、はい。お借りします」
患者服のひとつもないのかと嘆息するが、よくよく考えてみれば病院じゃないのだから人間用の衣服なんて常備していないのだろう。それにしたって予備の白衣をそのへんから持ってきてくれるだけでも良かったのだが。
裸を見られる羞恥心はないこともない……のだが、いかんせんこの部屋にいる人間は誰も彼もが俺の事をただの少女としては見ていないように思える。表面どころか身体の内側、隅から隅まで捌いて見た後だからかもしれないが。さっさと出ていった偉そうな軍人も気味悪そうにしてたし。
ごわごわとしたジャケットを羽織り、一足先に自動扉を開けて外へ出ようとしているドクターを小走りで追いかける。バランスを崩さないか不安はあったが意外とスムーズに踏み出せた。運動能力の記憶もまた別物ってことだな。
できることならこの先待ち受けているであろう戦場もこんな余裕があればいいのだが。
……無理だろうなぁ。死ぬ気で頑張らないといけないよなぁ絶対。
原作にいない主要人物は主人公ことクドとドクターだけの予定です。原作が受けたインスピレーション作品要素大集合ですね。