鉄血のクドリャフカ~100日後に死ぬ衛兵~   作:河灯 泉

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6話――10日目

 

 ――ピ、ピ、ピ、と規則正しい電子音が響く。

 たくさんの誰かの声が脳内を駆け巡る。

 世界に問われる。拒絶される。お前は誰だと。

 

 ――自分は、何者なのだろう。

 

 ……なんか、前にもこんなことがあったような?

 

 

 

 

 

――10日目。カゾルミア連邦首都カゾルミア5区第Ⅱ精神治療棟第一処置室

 

 

 

 

 

 

「ぅ……」

 

 小さく声を上げ、目を開ける。

 見慣れぬ視界、そこに映り込むのは煌々と脈動する線、そこから吊り下げられた明かりと飾り気のない鋼鉄の天井。

 それらが歪み、何かが頬を伝う感覚に手で拭ってみればそこにあるのは少量の透明な液体。推測されるものは涙。

 

「泣いてる……なんで?」

『わんっ』

「おはようクドリャフカ特務兵。体調はどうだ?」

「はい、おはよう……ございます?」

 

 声のした方へ顔を向けると四角いボディだけど上部が半円状のアーチになっている四足歩行の……ロボット(?)と、フードとフルフェイスマスクとジャケットを着たまっくろくろすけがいる。なんだこの……なんだろうこれ。不審者の方はまだわかるとして。

 体を起こして自分の姿をちょいと確認。

 手足はちゃんとあるし動かせる。服は検査着のような真っ白な布。あと気になることと言えばお尻の方から何かが伸びているような僅かな違和感。

 人前で恥ずかしい恰好じゃないのでヨシ! 何が良くて何を心配していたのかさっぱりだけど!!

 

「私が分かるか?」

「えーっと……」

 

 変な人。なんて本人を前に口にするのは失礼だろう。

 しかしこの口ぶりから察するに()はこの人物を知っているはず。ただ思い出せないだけで。そもそも私が誰なのかも頭の中が霞みかかったようにぼんやりとしていて何もわからない。

 

「私のことはドクターと呼んでくれ」

「わかりました、ドクター」

 

 そうだ、この真っ黒な不審者はドクターだ。

 頭の中の歯車がカチッと噛み合わさったような感覚。まだ細かいことはわからないけど前にもこうして名前を教えてもらったことがあったような気がする。既視感。デジャヴ。けれども疑う余地なく納得できてしまう不思議な気分。

 

「そして君の名はクドリャフカ。――自分のことについては?」

「クドリャフカ……」

 

 聞き覚えはあるが馴染みのなさそうな名前を口ずさむ。

 あんまりしっくりと来ない。だが記憶では忘れていても身体は覚えているようだ。とてもよく慣れ親しんだ流暢な発音で私に自己紹介をしてくれる。

 

「重度の記憶障害か……想定の範疇ではあるが最悪のパターンだな。だが物理的な損傷は起きていないし完全に消え去ったわけでもないはず……となるとやはり――」

 

 ドクターが忙しなく手元の機械を弄りながらあれやこれやと独り言を漏らしている。その声量はマスクに遮られて常人では聞き取れないほど小さなものなのだろうがこの身体の前には無意味だ。

 ……聴覚人外か? いやそうだ人の域にはもう留まっていなかった。なんかすごい改造人間みたいな状態になっているんだった。――なんかすごいってなんなんだよと自分の感想に突っ込みたくなる。

 

『わんわん!』

「それでこの…………これは?」

「犬だ。昨日君が拾ってきたのを私が直した」

「犬……?」

「名前はスプートニク。名付けたのも君だ」

「スプートニク……」

『わん!』

 

 呟くようにその名を呼べばノイズ混じりの電子音が返ってくる。針金で作ったようなアンテナの尻尾を振り、不器用にぴょこぴょこと跳ねる様子は可愛さがあるような……ないような。ふわふわじゃないのが個人的に減点対象かな。

 

「保険として処置前までの出来事を記すよう指示はしておいた。これまでの君は几帳面な性格をしていたからおそらくそれを読めば大体のことは把握できるはずだ」

 

 例え思い出すことができなくても、とは言われなかった。ドクターなりの優しさかな?

 

「ドクターは読みましたか?」

「……目を通しはした。あぁそうだ、過去の君からの伝言だ。読める(・・・)ことを祈る、だそうだ」

「読めない可能性があるってことですか……?」

「見れば分かる」

 

 それもそうだ。

 ドクターから手渡された日記を手に取る。完全な新品ではなく少しだけ使用感のある中古品って感じ。表紙には『クドリャフカ』とだけ書かれている。自分の名前を書くのはどこもおかしくないことなのだけれどこれは何か違う気がする。所有者が誰なのかを示すだけの文字列ではない、何か。

 ページをめくる。日付の下にその日あったことを書き連ねている。ぱっと見は普通の日記に見える。

 ……さらに読み進めていく。

 

 

 

 義体となったこと、記憶喪失となったこと、妹であるライカにビオンという名の9等級国民の配属を任せたこと。彼女ならきっと立派な兵士として活躍できるようになると信じているとの注釈。

 初めてこの身体で前線に出て戦闘をしたこと。戦果報告。人間には直接攻撃してこない機械兵から普通に撃たれたこと。被弾の損傷は(目などの重要器官でなければ)軽微であること。

 門の外に出てドクターの指揮監修の元で前線を立て直したこと。……ここは働き甲斐のある場所だとやけに整った文体で書かれている。

 戦績優秀だが素行不良の狙撃兵――フェリセットという名の少女と共闘したこと。……今度はやけに感情の込められた誉め言葉が並んでいる。

 機械兵の物量により補給線が確保できなくなって前線を下げたこと。……空軍による支援爆撃の凄まじさと素晴らしさを語る中に目の前まで爆弾が降ってきたことが読み取れる。

 外門の防衛支援のためにいくつもの戦闘地域を飛び回ったこと。

 廃品置き場で二人の少女――ベルカとストレルカに出会ったこと。そこで壊れかけの『犬』を拾ったこと。……修理をドクターに任せる気満々で書いている様子が見て取れる。

 それと、機械兵の種類やそれぞれへの対処法、給与明細による収支報告なども箇条書きされている。ついでに取ってつけたような乱雑な筆跡で納税の義務を果たすことへの愛国心に溢れた感謝の言葉が綴られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……気色悪い」

 

 まるで誰に見られても立派な愛国者であるかのような書き方が癇に障る。あちらこちらに散りばめられた押し殺した感情が私の心を刺激する。

 これは――怒りだ。理不尽なこの国に。不合理なこの社会に。不完全なこの世界に。不自由にしか生きられない現実への憤怒。

 

 段々と思い出してきた。

 何のためにこんな日記を書いてきたのか。

 

 昨日までのページから、今日のページへ。

 そこにはカゾルミアでは――今世では見たことのない異国の文字が並んでいた。

 

 

 

【1日目――

 




死の恐怖に怯えるマルフーシャは可愛いくてとても良かったですね。気分が高揚します。
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