はい! アグネスデジタルです!
あたし、いつも思ってたんです。
「なぜ身体は一つしか持ちえないのか」と。
だってそうじゃないですか!
いくら目の前で紡がれるウマ娘ちゃんたちのてぇてぇロマンスを脳の深層へと深く深く焼き付け、大脳皮質に固く固く植え付けたとしても、"その瞬間に観測できるてぇてぇは一つだけ"なんですから!
例えばデジたんがトレセン学園の廊下でいがみ合うウオ×ダスを観測しているとき、もし同時刻に屋上でガヴォットを踊るオペ×ドトがいらしたとしても、それは観測できないことになるんですよ。
出逢えない! これすなわち聖書のページを破るがごときなり!
まあてぇてぇを同時に見てしまったときにあたしの中の『デジタル尊みメーター』のキャパを超えずに済むかと言われればアレなんですけども。
それでも見逃してしまうウマ娘ちゃんたちがいることがあたしにはど〜〜も耐え難い。
身体は一つだけ。
それは地球の遍く生物に定められた摂理。
ウマ娘たるあたしも、その法からは免れられません。「ならばあたしを神にしてほしい」と純粋なる煩悩まみれの御百度参りを何度したことでしょうか。アガペーの注ぎ様だけなら神様に劣らないと自負しておりますが。
しかし我々は神にはなれません。
ヲタクは神の名を軽々しく口にします。聖なるものを、畏れるものを万物に見るからです。神とは、結局のところあたしたちの手には届かないところにいらっしゃいます。届かないからこそ、清く美しく、尊い。とどのつまり神に触れえぬヲタクは永遠にヲタクでしかないのです。
神になれないからこそ、あたしは神に祈るのです。
もし、あたしが1人だけじゃなかったら。
もしあたしが沢山いて、全てのあたしの目が観測した世界を共有できたら。街中に張り巡らさせた監視カメラのように、トレセン学園中に監視アグネスデジカメラを張り巡らせることができたら。
この世で起こっているあらゆるてぇてぇを四六時中摂取できるようになれるのに……!
ああ、我ながらなんと強欲なのか!
どれだけ欲を求めてもいいでしょう。ウマ娘なのですから。たとえ夢が叶わないとしても諦められないのがウマ娘という生物なのです。
なればこそ、あたしは巡り合うことのできた全ての瞬間に感謝しています。
そして一期一会であるこれからのてぇてぇ瞬間に少しでも立ち会えるよう、デジたんは徳を積み重ねているのです──
「──全ては、ウマ娘ちゃんの為に……!!」
「……それが君の懺悔文かい?」
……?
…………!!!
「ヒョオオオオオアアアアーーーーッッ!!!」
後ろにタキオンさん居たあああああ!!!!
「産声を私欲のままに連ねるのは君らしいというか、まあ、やはり面白いねぇ君は」
白衣に身を包んだままのタキオンさんは腕を組みながら部屋の入口に立っておられました……。もしや、あたしが部屋の神棚に向かって吐露していたあれやこれやをただ静かに見守っていらした……?
ああ、あたくしめにだけ向けられていたであろうねっとりとしたあの視線を想像しただけで
「恍惚と立ち尽くしているところ悪いが、ちょうどいい。デジタル君に良い話がある」
ハッ、いかんいかん。推しの話の邪魔をするわけにはいかん。気を取り直せデジたん。
「良い話、ですと?」
タキオンさんが頷きながら学園の指定鞄から取り出したのは、蓋付きの透明な箱でした。
中に入っていたのは、うさぎのしっぽのような白い石。
「ふむぅ、オケナイトですか」
「ご名答」
片手で握れる卵サイズの箱を掲げて、タキオンさんは揚々と語り始めました。
「スイープ君に素晴らしいアイディアを貰ってねぇ、宝石に特殊な効果を賦与する研究を始めてみたんだ。これはすなわち鉱物についての研究ともいえるのだが、その過程で様々な作用を賦与することに成功したんだよ」
アグネスタキオンさんは、ウマ娘の速さの限界を日々追求し続ける生粋の科学者であらせられます。普段は学園に特設させたご自身の研究室で、新薬開発を中心に幅広い分野からウマ娘ちゃんへのアプローチを行っておられます。
見たところ、現在は石に何かしらの興味を抱かれているようですね。
……それにしても、小柄で無邪気な魔法使いのスイープトウショウさんとタキオンさんの間にいかなるやりとりが……!? くぉぉぉぉ気になるぅぅぅ!!
とまぁ下賤な発狂は心の中に留め、あたしは畏れ多くもその研究に関心を持ったのでした。
「とすると、この石にも不思議な力が?」
「左様。まず、パワーストーンとしてのオケナイトは癒しをもたらすだとか、真実を見抜かせるだとか、それはもう色々な伝承がある。その中でも日本人にとって馴染み深い伝承といえば、『幸せを呼ぶ妖怪』のことだろう」
「妖怪?」
「君も知っているだろう? オケナイトはケサランパサランの正体という説もあるんだ」
「ああはあ」
あれですね。毛むくじゃらの白い玉。正体不明のふわふわ。ゲームの雑魚キャラとして使われることもあるヤツ。
あたしは特別興味があるわけではないのですが……ウマ娘ちゃんの尻尾の毛ならまだしも……。
一方のタキオンさんは研究対象として選んだだけあってか、興味ありげに淡々と、要点を掻い摘んで話を続けます。
「民間伝承上のケサランパサランは幸運を呼ぶ妖怪だとされているね。正体についてはアザミの綿毛だとか、毛皮が集まったペリットだとか、俗説は尽きない。そうした俗説の中のひとつにオケナイトも名を並べているというわけだ。ケサランパサランが『幸運をもたらす』と信じられていることから、オケナイトもまた幸せを呼ぶ石と言われるらしく――」
なんというか、驚きでした。
タキオンさんがこれほどまでに科学的でないものを根拠にして話をするなんて……。
……推しの知らない一面をまた覗き見ちゃった気がして頬が緩むゥ〜!
えぇ〜何ぃ〜!?
これもスイープさんの影響なんですかねぇ〜〜!!
オホホッ、つまりこのオケナイトは魔法と科学の化学反応から生まれた結晶ということですか〜〜〜!? 2人きりのマジカルでケミカルなリアクションを観察させて〜〜〜!?
「――ということで、これを君にあげよう!」
「ヒョエーーーーーッ!!??」
叫びつつ、あたしは目の前に差し出されたオケナイトの箱を凝視しながらベッドの上に飛び乗ってしまいました。
なんか、熱がブワッて来た! 燃えてまう! 燃えてまう! エネルギーが来い!
神か!?
あなたが神か!?
トレセンの生徒たちに安寧と祝福を与える現人神であらせられるか!?
その白い毛玉のような石からやんごとなきオーラがあたしには視えます。
もはや畏れすら感じるのです、その石からは。
……あ!
そういえば最初に良い話と仰っていましたが、このことだったとは!
「私は別にパワーストーンの伝承自体を信用してはいないよ。しかしその石を持つことで人々が得る心理の変化には大いに興味がある! 特に感情表現に富み、周囲や己自身の機微な変化すら見透すデジタル君なら、私の研究を大いに活用し、データを提供してくれるだろうからね!」
ンナアアアア〜〜〜〜今日があたしの命日ですぅ〜〜〜〜アグネスデジタル選手の来世にご期待ください〜〜〜〜。チーン。
いやいや、ここで死んでどうする。
ヲタクに死に時は存在しない。我々はいつだって新たな供給に飢えている尊みゾンビ。土に埋まる暇があったら身を焦がしながらだって「新刊を゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛」と世界の中心で叫び続ける。
覚悟を胸にゾンビ化し始めたあたしの挙動など想定の範囲内といった風に、タキオンさんは続けます。
「君は君の好きなタイミングで、その石を箱ごと持ち歩いてくれて構わない。学園で私と会ったときに私から様子を調べるから、そのときまで自分自身の変化に敏感でいてくれたまえよ」
死んだ。
えっ、おっ、推しに
徳、もしかしてオーバーフローしてますか? もうなんか無限にレアドロップみたいなバグが発生してませんか?
自分自身の変化に敏感に……って。
こんなんタキオンさんに敏感にされちゃってるようなもんじゃないですか〜! ダメですって! ヨダレの分泌量が過剰になってることを報告することになっちゃいますから! 「ふぅン、少々ストレスを与えすぎてしまったかな」って誤診のもとに身体の中まで調べ尽くされちゃいますから!
ア、ア、アカン!
「それじゃあ私は研究室に戻るから、また明日、経過報告を頼むよ、デジタル君」
そう言うやいなやタキオンさんは学園へ戻ってしまいました。昇天してる場合じゃない。
床から50cm浮かび上がったところで正気に返り、タキオンさんをお見送りする。
「行ってらっしゃいませーーーーーッ」
あたしは寮の廊下まで出て、タキオンさんの背中が見えなくなるまで敬礼した。
消灯時間も近いというのに、本当に研究熱心なお方だ。
睡眠不足は体に障りますのでご自愛頂きたいところですが……あなたの信念を知っているからこそあたしは見送ることしかできない。そもそもあたしに推しの行動を阻害する権利などないのですから。
推しへの惜しみない愛を、ここに。最敬礼。
深く下げていた頭をゆっくりと上げて、部屋へ。あたしはベッドに座って、透明な箱の中に佇む石をそっと眺めました。
……さて、どうしましょうかねこれ。
そういえばこの石の詳しい効果を全く教わっていませんでした。
推しがあまりに楽しそうなもんで、つい一緒になって盛り上がっちゃうのはヲタクの悪い癖でございますね。
まあ、伏せられた情報を少しずつ明かしていくのもヲタクの楽しみ方。焦らしプレイは大歓迎なのですよ、うひひ。
タキオン印のパワーストーンの効能は、明日からの楽しみに取っておくことにしましょう。
そして石の管理。
タキオンさんが仰るには、箱ごと携帯すればいいそうです。
オケナイトはブレスレットやネックレスなどに加工されることはまずありません。毛のように繊細な繊維が崩れてしまいますからね。
原石のままの美しさを堪能するのがこの石の楽しみ方。あたしはそう思いました。
なので石は基本的に箱からは出さず、鞄の中で幸せを運んでくれることを待つ方針でいきましょう。割れないよう、鞄には厳重に緩衝材を詰めて。
タキオンさんの残り香を存分に堪能しつつ、ひとまずオケナイトは机の上に置いておきましょう。
ふぅー。
……さてさて。
制服から
神棚に会釈して。
勉強机の椅子に腰掛け直して。
右手にペンよし。
左手にインクよし。
机上に原稿用紙、ようし。
……本日の"清算"を始めましょうか……!
▲▼▲▼
はい! アグネスデジタルです!
いや〜〜〜〜! 捗るのう〜〜〜〜!
自分でも驚くほど筆が乗ってま〜しゅ! 時計の針が回るスピードが天元突破してたように見えましたからね〜! あと3徹は余裕綽々でござい〜!
というのもですね、自分でもびっくりしちゃうくらいインスピレーションが湧き上がってんですよ。それはもう、キングファハドの噴水のごとくブワーーッと!
これも神より賜ったあの石の加護なのでしょう。ありがたや〜〜〜! 2秒に1回は白いふわふわっぽいのを見て気分を高めておりましたからねえ~~~!
「ふむふむ、徹夜をしているとは思えないほど清々しい顔ですね」
「ハイー! こんなに疲れを感じなかったのは久しぶり……で…………」
……え、誰?
咄嗟に返事しちゃいましたけど、あんた誰?
椅子に座っているあたしの後ろから、なんか、あたしの声がしましたけど?
いやいや、まさかそんな、ねぇ?
でも少なくともタキオンさんの声ではないですし。学園中のウマ娘ちゃんの声ならイントロクイズできる自信ありますけど、今の声と符合するのは某あたし氏の声音なんですよね。
え、ホントに誰?
もー、いけないウマ娘ちゃんですねぇ深夜に他人の部屋に忍び込むなんて。お触りはNGなんですよ……って。
背後を向いたら、頬をだらしなく緩ませたヘンタイと目が合いました。
あ、あ、あああたしがいりゅ~~~~~!?
机上の画材を倒さぬよう配慮しながらもビックリ仰天しているあたしと対照的に、目の前のあたしは落ち着き払って朝の挨拶をしました。
「ふひひ、おはようございます、あたし。お勤めご苦労様でございました」
え、誰? あたし? いや、誰?
「突然ですが、早速参りましょう! 廊下で我々がお待ちですので」
我々? 誰? え、あたし? 誰々?
「は、はひぃ???」
あたしは言われるがまま、そのあたしに付いていきました……頭が混乱してますけど。
明晰夢でも見てるんですかねぇ……。いや〜夢だといいんですけど。
そうして寝間着のまま廊下に出てみれば、なんとも誰得な光景が目に飛び込んできたのです。
奇妙な一日の幕開けにふさわしい、おかしな光景が。