アグネスデジタル、分身す   作:イントナル森

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2話 アグネスデジタル、困惑す

 はい! アグネスデジタルです!

 

 はい! アグネスデジタルです!

 

 はい! アグネスデジタルです!

 

 はい! アグネスデジタルです!

 

 

 いやいやいやいやいやいやいやいや。

 

 

 やべぇ、やべぇよこれ……。()()()()()()()()よ……。

 

 午前3時。朝練にはまだ早い時刻。

 寮の廊下に立ち並ぶ、同じ見た目のウマ娘が4人。

 3人は同じ学園の制服を着ていて、残りの1人……つまり()()()が寝間着姿。

 

 は???? どゆこと????

 ドッキリ企画にでも巻き込まれましたか????

 

「いや〜、それにしても昨日はよき日でしたねぇ」

 

 1人目の制服デジたんが何事も無かったかのように話を始めました。

 

「あたしの方はルドルフ会長とテイオーさんの仲睦まじいランチタイムを観測いたしまして……! 巡り合わせてくれたことに感謝いたします」

 

 2人目の制服デジたんが近況報告を進めました。

 

「んはっ! 何それ見たさすぎた! でもこちらでは購買のパンを譲り合うブルボンさんとライスさんの戯れを浴びておりますので」

 

 3人目の制服デジたんも負けじと自慢。

 

 一方、パジャマデジたん。状況が飲み込めず呆然。

 

 なんで皆さんはこの状況をさも当然のように受け入れておられるのですか。状況対応能力はさすがあたしってところですか……いや、このあたしがついていけてないんですけど。

 

「おや、どうしたんですかあたし?」

 

「このあたしは徹夜で作業を進めてくれましたから、疲労が溜まっているはずです」

 

「ああ、なら大丈夫ですよ。睡眠不足は体に触りますから、推し活に備えて今はのんびりしてください」

 

 う〜ん。

 なんだろう。

 複数のあたしに身体の心配をされるシチュ、何も萌えないっていうか。普通に他のウマ娘ちゃんに心配されたい、いやでもそれはそれでかえって体調崩しかねないか。

 

「いえ……このくらいで今日を無駄にするあたしじゃないですから」

 

 う〜〜ん。

 というか、なんでよりによってあたしがいっぱいいるんですか。他のウマ娘ちゃんならまだしも、なんで私が……?

 

 やっぱ、幻覚なんじゃないか。

 ということで、

 

「失礼」

 

 目の前にいた1人の脇腹を、つんと一突き。

 

「あっひゃあぁ」

 

「触れる……」

 

 自分の指に伝わったぷにゅい感覚が現実のものだと理解しているあたしを横目に、腑抜けた声をあげてのけぞる目の前のアグネスデジタル。

 これは、あたしがしそうな反応ですね……。

 でもつっついたのがあたしじゃないウマ娘ちゃんだったら、もっと叫んで喚くでしょうね。

 

 どうやら実体があるらしいことが分かりました。

 じゃあ、結局こいつらは何なんじゃい。

 ある特定の存在が複数生まれるという事象について漫画やアニメで培った仮説があるので、とりあえず物知り顔な3人のあたしに訊ねてみますか。

 

「皆さんの立場をはっきりさせたいのですが、あなた方は全員オリジナルで非常に酷似した別の存在? それとも誰か1人をベースに作成されたクローン? あるいはあたしだけに見えるイマジナリーデジたん?」

 

 制服デジたん三人衆は互いに顔を見合わせました。それぞれがツインテールを逆立てて、見事な6つの?マークが物理的に浮かび上がり……って何やってんすか。

 

 3人は「おまえは何を言っているんだ」と言わんばかりに眉間に皺を寄せています。

 しかしすぐに合点がいったらしい1人が、質問で返しました。

 

「そうか、あなたは昨日のことを覚えていらっしゃらないのですね?」

 

「昨日のこと、ですと? そういえば部屋の神棚へとお参りしていたことの前の記憶がすっぽ抜けてるような……」

 

 言われてみれば不思議な感覚でした。

 

 ヲタク特有の早口で欲望のリリックを吟じ始める前、何をしていたかすっかり覚えていなかったのです。

 記憶を遡っても、何も残されていません。

 そう、シーンを跨いだ瞬間に消えてしまうADVのログのように……!

 

 思考を宙に飛ばしていたあたしの両肩を叩いて、制服デジたん(1)は真実を突きつけました。

 

「このあと所用があるので端的に言いますが、あなたはあたしのクローンです」

 

 !?

 

 突拍子もなく、容赦なく生命倫理を犯す宣言。SF小説を開いた記憶はないんですけど。

 

 いや……それ、マジで言ってんの?

 

 イマジナリーデジたんであってほしい、彼女たちは徹夜明けのあたしだけに見える幻覚であってほしいという些細な希望は、否定されました。

 

「あたし、いつも思っていたんです。『なぜ身体は一つしか持ちえないのか』と──」

 

 それは……非常に聞き覚えのある怪文書でした。

 デジャヴというよりは、もはやリピート再生。大事なことなので2回聞きました。

 で、それを聞いている間、思ったんです。

 

 ヲタクの夢を歪な形で成就させた()()()

 夢の一欠片として生み落とされた()()()

 

 異口同音に語った、くだらない主張。

 突拍子のないようで、どこか納得のいく論理。

 

 納得してしまうのも当然のこと。なぜならその論理に整合性を持たせているのは()()()自身の論理なのですから。

 

 3人の目は毎朝鏡で見るものと同じ。そこに宿す光沢も、隠し切れないヘンタイ性も。

 同時にようやく飲み込めました。

 ああ、やはり彼女は()()()だ、と。

 

 あたしのあずかり知らぬどこかで分裂したあたしたちですが、考えていることはおそらく同じ。

 目の前のアグネスデジタルは()()()であると同時に、このあたしもまた()()()()()()()()である。そう認識させられました。

 

 なぜ、と問う必要もない。

 問うなんて破廉恥な真似はできない。

 

 ()()()が望んだことに、あたしがケチをつけられるはずがないんですよね、これが。

 

「全てはウマ娘ちゃんの為に……ヲタク語りはこの辺でやめましょう。すべてを告白するには一週間はかかるでしょうし」

 

 時間がないと言う割には長い前置きが終わると、ようやく分身の経緯について説明が始まるみたいでした。

 待ってましたよ。マジで。

 

「あたしはこのヲタクとしての夢を思わずタキオンさんの前でこぼしてしまいましたところ、紆余曲折あって1本の薬品を飲むことになったのです。そうしてなんやかんやで現れたのがあたしの分身であるあなたたちです! キリッ」

 

 終わったが?

 

「いや省きすぎですって! 点と点が繋がるどころか反発しあってますよ!?」

 

 考えるな、感じろという信念を適用するにはあまりに不親切な省略。話し手も聞き手もあたしとはいえ、共通認識にないことを言葉で伝える努力を惜しまないでくださいって! 「いいよね……」「いい……」じゃ伝わらないこともあるんですよ!!!

 まあ、ひとまずクローン実験のことを信じるとして、それをどうやって実現させたかは理解の範疇の外。科学分野の知識量でタキオンさんには敵うわけないですしおすし。

 

 いや〜怖いけど、ヲタクの好奇心が知りたいと言っています。怖いけど。

 

 あたしには見えます。脳裏に妖美な笑みを浮かべたタキオンさんがありありと見えます……ふひひ。

 

「所用がある、と言ったはずです。続きは落ち着いたときにでもいいでしょう。それよりも、早く行かないと重要な用事に間に合わないどころか寮の誰かに気が付かれてしまいます故」

 

 ……言われてみればそうじゃないですか!

 少し慣れてしまいましたけど、あたしが4人いるって与太話もいいとこですよ!

 

 こんなん誰かにバレでもしたら……!

 変な注目があたしに集まって、ウマ娘ちゃんに不必要な関心を与えてしまう!!!

 

 特に気をつけなければならないのがサイレンススズカさんです。

 あたしを構成する細胞全てに備わっている『デジタルウマ娘ちゃんセンサー』は誰の気配であっても感知する自信はありますが、静謐なるスズカさんの気配を探知するのは容易とは限りません。注意不足によっては半径50m圏内であっても見逃してしまう可能性はあります。

 

「あと2時間で夜が開けます」

 

「夜が開けるとどうなる?」

 

 あたしが問い、他のあたしたちが繋げる。

 

「知らんのか」

 

「推し活が始まる」

 

 そう言って、4人して明後日の方向を見つめました。

 ネタが通じるという信頼感があるのは、良しとしましょう。やっぱり全員あたしらしいですから。

 

 ……冗談はともかく、我々はどこに行くつもりなのでしょう?

 

「あの、結局どこへ……」

 

「とりあえず徹夜明けのあなたも制服に着替えてください。他の方にあたしがたくさんいることをなるべく悟られないよう、髪型も統一、服装も統一しておきたいのです。万が一我々が複数の場所で誰かに見られたときも見間違いですと言い張れるので」

 

「あっハイ」

 

 問いへの答えもなく、指示に従うことに。

 

 仕方がないので、あたしは早々に制服に着替え、冷蔵庫から悶々星(モンモンスター)エナジー(通称ウマ剤)をキメて、アグネルデジタルたちについていきました。

 

「そうだ、推しの御守り……」

 

 肌身離さぬよう、オケナイトの入った箱をポケットにしまい込みました。

 

「ホラ、早く早く!」

 

「お、おkです」

 

 他のあたしに急かされて、訳も分からぬまま慌てて玄関へ向かいました。

 

 

 

 

 

 

「あら、今、誰か出ていったかしら……?」

 

 

 静かにあたしの背中へと突き刺さった視線にさえ気が付かぬほど、大慌てで。

 

 

 

▲▼▲▼

 

 

 

 暗い寮から抜け出して、闇の道を駆け抜ける。

 音を立てず、そよ風のように街を吹き抜けていく。

 

 これこそ、推しに余計な気配を感じさせぬよう会得した忍び足走法。たとえあたしが何人いたとしても、誰にも悟られぬよう移動することが可能なのです……!

 いや、実際に何人もいるんですけど。

 

「さあ、ここに隠れましょう」

 

 辿り着いたのは公園でした。

 電灯だけが灯る冷たい朝の世界で、我々は公園のさらに奥、草の茂みに隠れて作戦会議を始めました。

 

「4つの身体を手にいたしましたあたくしめは、そのご利益を存分に堪能したいと考えております。つきましては、各自に役割を割り振らせて頂きましたのでこちらをご覧下さい」

 

 オリジナル(自称)のデジたんが変にかしこまってスカートのポケットから取り出したのは、4枚のメモでした。

 そして彼女はディーラーのごとく素早い手つきで我々に紙を配りました。

 

「学園生活担当、妄想具現化担当、流浪担当、観測担当。こんな感じでそれぞれの責務を全うして頂きたく」

 

 学園生活担当! デジたん‐1!

 それは普段通りトレセン学園で学び、走り、推しを眺める係。他の3人への指示を担う司令塔でもあります。

 普通に振る舞うことは、意外と難しいのです。周囲に己が身の秘密を悟られることなく、己の身に降りかかる恍惚の雨に溺れることなく、“普通”に生き抜く演技力が試されます。

 

 妄想具現化担当! デジたん‐2!

 それはあたしが現在制作中の同人誌『覇王のレイピア』(漫画、B6、40P)を書き上げる大役を担う係。我々が今まで以上に受け取るであろう巨大なウマ娘ちゃんエネルギーを放出する、重要なヒートシンクです。ある意味我々の命はこいつにかかってんですよ。ハイ。

 

 流浪担当! デジたん‐3!

 トレセン学園の生徒は必ずしも真面目に学園に通う子ばかりではありません。そうした普段はなかなかお目にかかれないであろうおサボりウマ娘ちゃんたちへの解像度を高めるために街を放浪する係です。おサボりという背徳感、お覗きという不徳義を背負いながら未知なる神秘へと冒険するアンチモラル担当です。積み重ねてきた徳をかなぐり捨てる覚悟はあるか、デジタル。

 

 そして観測担当! デジたん‐4!

 学園生活担当と同じくトレセン学園に潜入するものの、より影を潜めながらてぇてぇ補給を行う係。つまり、あたしが求めていた第二の目を担うということ。自分の夢を叶えるための自分になるということです。

 

 あたしに割り振られたのは、観測担当(デジたん‐4)でした。

 

「……観測担当、リスクテイカーじゃないですか?? だって学園に2人のあたしがいる状態を作るってことですよね?」

 

「何を言っておられるのですか。そもそもこうした状況はあなたも望んでましたよね?」

 

「ぐ、ぐぅ~。ぐぅの音も出ねぇ~~」

 

 推し活のための夢を叶えるためのリスクを負う覚悟はあります。1つ目のライブが終わり次第すぐの電車に乗り遅れてしまえば2つ目のライブに間に合わない、という超タイトなスケジュールを組むことも少なくありません。

 しかし、いくら数多の戦場を乗り越えてきた戦士(ヲタク)としての自負があれど、これほどイレギュラーな事態には適応できるか不安はあるのです。

 

 やはり、あたしがたくさんいるという状況はまだ飲み込みきれるもんじゃありませんって。あたしの意識は一つだけで、あたしの目はどこにもかしこにもある、的なのが理想だったんですけど。どうやら4人のあたしはそれぞれが自立した意識を持ってるっぽいんですよね。

 

 振り分けが終わり、妄想具現化担当(デジたん‐2)が宣言しました。

 

「あたしに任された仕事、他ならぬあたしのために必ずや完遂してみましょうとも!」

 

 妄想具現化担当は頼もしく胸を叩きました。しかし寮に居続けるわけにもいかないですし、どこでミッションを遂げるつもりなのでしょうか?

 

「もしあたしが牢屋に入れられても、あなたたちはあなたたちとウマ娘ちゃんのために清く正しく生きてくださいね……!」

 

 流浪担当(デジたん‐3)はすでに腹を括っていました。確かに徳を失う行為を考えると胸が痛いですが、そんなに悪いことをしでかすおつもりか?

 

「学園生活はあたしにお任せください。我々のことは内密にし、スマホや鞄もあたしが管理します。この機会を無駄にはしたくありません。我々は、我々の利益のために死力を尽くすことを誓います」

 

 学園生活担当(デジたん‐1)が最後に宣言し、我々は心の中で兄弟の盃を交わしました。

 

 なんだか少しずつワクワクしてきましたよ。なんて期待に胸を膨らませようとして、聞きたいことがあったのを思い出しました。

 

「そういえば皆さん、そろそろちゃんとした説明が欲しいのですが」

 

 重大な用事やらとか、分身の経緯やらとか、謎が多すぎます。ワクワクを純粋に楽しむためにも、まずは気になることを解消したいです。

 

「そうですね、さっきの話の続きを……」

 

 デジたん‐1が言いかけた、その時。

 軽く跳ねる靴の音がこちらに近づいてきました。

 

「……ふぅ。朝の空気は気持ちがいいわね」

 

 麗しき鈴の声音があたしの耳を撫でました。おほっ。

 ……じゃなくて。もしや……。

 

「あの背中は確か、デジタルちゃんだと思うけど。何をしてたのかしら」

 

 !?

 

 スズカさん!?

 

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