注:ノーナ・スミーペ大佐が流石に露骨過ぎたので修正しました。
艦隊司令官の執務室のドアをノックしようとして、チェフ・レバルスは一旦、手を止めて、襟元を正しながら軽く溜息を吐いた。
覚悟は良いか、チェフ? ドアの向こうの男に散々愚痴を聞かされる覚悟は? そう自分に問いかけ、いつもの事だ、いい加減慣れるしかない、と答えを返し、それに納得してレバルスは改めてドアをノックした。
「入れ」
不機嫌そうな声で執務室の主は答えを返した。
「入ります」
小脇に抱えた書類を手に、レバルスは艦隊司令官の執務室、正確に言えばボラー連邦西部戦域軍司令部旗艦ガノンダ級航宙母艦「ラブロコフ」の艦隊司令官執務室へと入った。
艦隊司令官執務室では最早不機嫌な顔がデフォルトになったかのような西部戦域軍艦隊司令官、ヴィルキ・ボローズ少将がデスクの席に座って、書類とデスクのコンソールと向き合っていた。ボローズの部屋が酒臭いのは非番時、実質酒浸りになっているボローズの悪い癖由縁だ。仕事中も酒浸りになっていないだけ、まだ随分マシだ、とレバルスは内心苦笑を浮かべてすらいた。
「良い知らせ以外聞きたくはないぞ、同志副官?」
「はあ、しかし党本部から軍本部まで、あらゆる上層部からのお知らせを通達するのが副官の私の仕事でありますが故」
「俺への処刑指令書でもか?」
レバルスは敢えて答えず、ここは苦笑いするに留め、小脇に挟んでいた報告書をボローズへ差し出した。
「兎も角、先日要求を出されていた艦隊師団の補充部隊に関する知らせが届いています」
「軍本部がA級の艦隊師団か、艦隊旅団を寄こせば、このくそったれな泥沼な戦況をひっくり返して、さっさとガルマンまで逆侵攻してデスラーの首を斬り取るまで出来るものよ」
自身の発言に自身を持って言うかのようなボローズに、レバルスはさあ癇癪が爆発する瞬間は間近に迫っているぞ、と自分の中にある怒鳴り声に対する耐性を発動させた。
レバルスの持って来た書類、西部戦域軍への補充戦力として宛がわれた艦隊師団に関する報告書に目を通したボローズは、レバルスの予想とは裏腹に、大きなため息を吐いて三〇秒ほど沈黙した後、「またか」とだけ呟いた。もはや怒りも湧きおこらず、諦観、予想は出来ていた、と言いたげなボローズの反応に、いつもと違う反応だなとレバルスは意外に思った。
「結局C級艦隊師団か。空母も戦艦も、戦闘機に至るまでどれも半世紀近く前に製造された前期型、将兵は軍務経験こそあるが、肝心な経験が短い老人ばかりの即席招集軍人揃い、取柄と言えば精々頭数だけは多いC級艦隊師団。
この西部戦域軍の戦線で軍本部は残りかすも同然なC級の師団を使い潰して体のいい厄介払いがしたいようだな、ええ?」
報告書の種類の束を力なく放って、椅子に深く腰掛けながらボローズは愚痴る様に言った。視線が酒瓶に向かって泳ぐが、彼の中で自制心がそれを抑えた。ボローズとて目の前にいる馬鹿真面目な副官が自分の素行も含めて軍本部へ報告書を欠いている事は知っている。せめてまた中央に帰り咲く為には、日頃の素行を良くする事から、と言い聞かせて辛うじて堕落生活の一歩手前に立つ自分を踏み止まらせていた。
「来援として送られてくる第三〇八艦隊師団は二日後に、補給と共に送られてくるそうです」
ボローズの愚痴に肯定も否定もせず、報告する情報だけを返しレバルスは何時もと違う反応をしているボローズの次の反応を伺った。
レバルスの探る様な態度に、ボローズはもう下がって良し、と溜息交じりに未決済の書類に目を落としながら言った。
「失礼します」
敬礼だけしてレバルスはボローズの部屋を辞した。ドアを閉めた後、やれやれとレバルスも溜息を吐いた。
ボローズが怒りを通り越して諦観の息に入る理由は彼にだって理解出来る。ガルマン・ガミラスとの戦争が勃発してからこっち、ボラー連邦は辺境に出来た家畜の新興国家に対して、国内の反動勢力に対する対処行動、いわば反乱軍に対する鎮圧と言う名目で軍を派遣し、結果構成されたのが西部戦域軍であった。ガルマン・ガミラス帝国から見れば東部戦線と北部戦線と呼ばれる戦線を形成している宙域である。
ボラー連邦軍はガルマン星も管理下に置いていたボラー連邦永久管理機構の元総督であり、二年前のガルマン星失陥と言う失態を犯したボローズに西部戦域軍艦隊司令官と言う新たな職務を与えて、ガルマン星奪還とボラー連邦の領土奪還を命じていた。この西部戦域軍の戦力はボラー連邦の党本部や軍本部が重視していないことの表れとして、二線級以下の戦力であるC級とカテゴライズされる艦隊師団ばかりが送られては、数では劣れど質では優位に立つガルマン・ガミラス軍に粉砕されて、四散し、消耗し切って部隊としての組織行動不能になる事を繰り返していた。
人も艦も星から勝手に出て来る、と言われる程の物量を誇るボラー連邦軍の規模から言えば、これまでに壊滅したC級師団の数は氷山の一角でしかない。同時に仮に壊滅したC級師団がA級師団だったとしても、A級の艦隊師団の総数から言えばそれも氷山の一角程度の損害に過ぎないと言う程、潤沢な人的資源と艦艇、装備の保有量を誇るのがボラー連邦軍の恐ろしさであった。
ただボラー連邦軍の規模は広大であれど、支配領域から見れば完全にカバーし切れる戦力とはまた言い難いのも事実である。
またボラーもボラーで密かな問題を抱えていた。国内に多数存在する分離独立派である。ボラー連邦と言う星間国家は首都星ラスコフから領土拡張主義政策の下、近隣の星々を併合、時には侵略してその広大な版図を作り上げた連邦制国家である。その為、故国復興を掲げるバース星を始め、少なからず分離独立を叫ぶ国内勢力は存在し、ボラー連邦軍の治安維持軍による厳重な監視体制でようやく大規模な星間内戦の勃発を防いでいると言うのが現状だ。
ボラー連邦の国家元首、シュガヴィ・ベムラーゼ首相にとっての関心事はかつての辺境を切り取る形で建国したガルマン・ガミラス帝国よりも、そう言った国内における反動勢力、分離独立派への対応にA級艦隊師団やボラー連邦軍の中でも最精鋭と謳われる治安維持軍を割り当てる事にしている様だった。
ガルマン・ガミラス帝国と言う曲がりなりにもボラー連邦の領内の非ボラー人勢力の星が独立した事で、ボラー連邦国内の反動勢力、分離独立派の機運は再燃し、いつ爆発してもおかしくない状況と言えた。だからこそ既成事実となってしまったガルマン・ガミラス帝国には応急処置としてC級師団をあてがって時間稼ぎをして、国内の至る所で内戦を引き起こしかけない潜在的な脅威に一線級部隊を当てて沈静化を図る。
理に適ってはいる対応だ、とレバルスは思った。ボローズも、かつては永久管理機構と言うボラー連邦の重要機関の高官だったからそれが分からない人物でもない。理屈は分かるからこそ、腹が立つのだ。
ボローズも、そしてレバルスも、ガルマン星で恥辱は忘れていないし、二人揃って連邦の中央部へ帰り咲く事を諦めてはいない。だからボローズは酒浸りの堕落生活の一歩手前で踏み止まって職務に当たっているし、レバルスも彼なりに強かに立ち回っていた。レバルスがボローズに対する報告書を作成して本部へ送っているのと同じく、ボローズもレバルスが普段から副官としての責務を全うしているかの報告書を本部へ送っている。
やれやれと何度目か分からない溜息を吐いたレバルスは「ラブロコフ」の艦橋へと戻った。
航宙母艦「ラブロコフ」の艦橋では、同艦の艦長のジェルバ・グダン大佐が副長と話していた。艦内の諸作業に関する報告を受けていたらしい。
艦橋に戻って来たレバルスの姿を見てグダンは視線を向けて来る。歴戦の艦艇指揮官、いわゆるベテラン軍人なだけに老獪な彼は余計な事は全く喋らない。内心ボローズとレバルスの事を嫌っているのではないか、と思う程に口を利かない時もあるので、ボローズと言う上司とグダンと言うもう一人の上司との間に立つレバルスは胃がキリキリしそうな想いだった。
「補充戦力に関する知らせだ。第三〇八艦隊師団が二日後、補給と共に送られてくる。残存艦の修理状況は?」
「第二五一、二七四、二八三、二九二、二九五、二九七、三〇〇の各師団の残存艦艇の修理、最錬成は順調です」
そう答えるグダンはそれ以上の事は言わない。本当に必要な事しか言わないな、とどうにも距離感を掴みにくい旗艦の艦長の鋼の心に関心と畏怖を覚えながら、レバルスは副長が差し出した報告書を受け取った。
「同じ報告書はボローズ司令の元に送付済みです。またC級師団ですかい、代わり映えの無い上層部ですねえ」
まだグダンより若く、余計な分も含めて口数が多いだけにレバルスも親しみを持てる副長が言う。
「今度の三〇八を合わせて、敵艦隊の総数の倍以上の頭数は揃う。あとはその数の差を以下に効果的に活用するか、それで少しは戦線も押し上がるさ」
一進一退、いや物量差で一万キロは押し上げているかも知れない西部戦域軍の戦線を思い浮かべながら、レバルスは艦橋の外から見える風景に視線を向ける。第二五一、二七四、二八三、二九二、二九五、二九七、三〇〇の七個艦隊師団の残りかすの様な残存艦艇が、工作艦に接舷して修理を受けていた。西部戦域軍は艦隊師団と言う正面戦力は恵まれないが、補給と支援艦艇にだけは恵まれていた。
七個師団の残存艦艇を合わせても、一個艦隊旅団を構成する事も出来ない数だ。良くて大隊程度と言うとこだろうか。
この他に西部戦域軍の司令部艦隊として親衛第五八四艦艇戦隊の航宙母艦「ラブロコフ」以下七隻の艦隊が存在する。艦隊名に「親衛」が付くだけに、親衛第五八四艦艇戦隊は西部戦域軍の中で唯一のA級にカテゴライズされる部隊であった。事実上の空母であるガノンダ型「ラブロコフ」と三隻ずつ配備されている直掩艦のクロトガ型標準戦艦とアマンガ型ミサイル戦艦は全て最新世代、大量生産された三種のボラー連邦艦艇の中でも後期型に類する比較的新しい艦艇である。機関の出力も高く、機動性も前期型と比べたら高い。
艦の性能と乗り込む将兵の質も相応に高いが。如何せん七隻ではガルマン・ガミラスの艦隊に逆に蹂躙される数である。司令部艦隊だけがマトモな戦力と言う有様であったが、司令部艦隊だけで仕掛ける事が出来る数と言う話にもならなかった。
「星の屑になる老人がまた増えるか」
レバルス自身の愚痴とも悲観した言葉とも取れる台詞に、グダンは相変わらず何も言わなかった。また副長と事務的なやり取りに戻った。
地球連邦の首都のダウンタウンにある飲み屋では壮年の男たちによるささやかな飲み会が開かれていた。
「山南よ、古代を宙将補に推薦したと言うのは本当かね?」
酒が回っても舌は周る酒豪さを見せる谷鋼三の問いかけに山南修は「ああ」と頷いた。
「今、政府で議論の対象になっているガルマン・ガミラス派遣軍の艦隊司令官として、ね。そこそこの規模になる艦隊司令官の階級が佐官では締まらないだろう、と思ってね」
「そうは言っても、ガトランティス戦役の時の俺や山南は一佐で艦隊を率いていたじゃないか」
山南と谷と比べて色黒めな肌を酒が入って余計赤黒くした地球連邦防衛艦隊第二艦隊司令官の尾崎徹太郎宙将が、酒を仰いでいる割にはきちんと回っている呂律と思考で言う。
確かに、と山南は苦笑いを浮かべた。五年前の地球連邦防衛軍設立後初の総力戦となった星間戦争であるガトランティス戦役の時、数千隻に上る規模となる通称「YF」こと山南艦隊を率いていた山南と、土星の第二衛星であるエンケラドゥス沖に展開していたエンケラドゥス守備隊と呼ばれる大小の艦艇四〇隻からなる艦隊を率いていた尾崎。共に大艦隊司令官と分艦隊司令官と言う軍事の歴史から考えれば、提督と呼ばれる将官が本来率いる立場にありながら一等宙佐と言う佐官の身分で率いていた者同士である。この背景には地球連邦防衛軍の各艦艇の艦長の階級で一佐のものが極めて少ないと言う事もあった。艦隊の主力を成すドレッドノート級主力戦艦(前衛航宙艦から艦種を変更された)の艦長で三佐や一尉の者が大半を占めるくらいで、たまに二佐の艦長が居るくらいである。
その点で言えばガトランティス戦役後、初の地球連邦防衛軍の軍事作戦となった二年前のイスカンダル事変に参加した第六五護衛隊(通称六五隊)の艦長が軒並み二佐だったのは、六五隊が所謂喧伝艦隊だったと言う背景を含めても異例と言えた。因みに現在の六五隊の一角を担った戦闘空母「ヒュウガ」の艦長を務める篠原弘樹は三等宙佐であり、防衛軍の艦長としては平均的な階級に落ち着いている。
「それに古代はまだ若い。若気の至りと言えるイスカンダル事変への六五隊の独断介入に対してあの後、彼が謹慎処分を受けた事は山南も知らん事ではあるまい。今の一佐に昇進出来ただけでも奇跡的と言える」
三人の中でも最年長者であり、現在の地球連邦防衛艦隊第一艦隊司令官の宙将である谷が山南に言う。
「そう言うのも含めて芹沢さんからも今は見送るべきだと言われて、結局取り下げたよ。古代への教育として今の内に責任者の立場においてあいつの更なる成長を見込んでみたかったんだが、今回は俺が早計過ぎた様だ。
沖田さんの息子さんを、沖田さんと同じ世界の場所へ送り出してやるには、まだまだ時間が必要そうだよ」
「まあ、妥当だろう一佐でも。噂で聞く限りでは参加予定の艦艇の艦長の殆どは二佐や三佐、一尉だ。古代が一佐の艦隊司令官であっても特に上下関係と言う面において問題は起こらんだろうしな。良くも悪くも俺達が実績を作っているわけだ」
そう言いながらビールをコップに注ぐ尾崎に山南は苦笑を浮かべる。注がれたコップを手に取って、その中身に視線を落として山南は両隣にいる谷と尾崎に言った。
「今度の派遣軍、恐らくだが十中八九法案は通るだろうな。政府内でもここで一度ボラーに対して地球側の意志を表明しておきたいと言う積極論がある。無論、ボラーとガルマン・ガミラスとの戦いに介入すべきではないと言う世論や反対派議員も少なくは無いし、俺として彼らの言い分も分からなくはない。
真面目な話をすると根強い反対派の意見を採用してデスラー総統をがっかりさせて帰す結果の方が、俺的に望ましいまでもある」
地球連邦防衛艦隊総軍司令官の宙将として、一時期教鞭をとった宇宙防衛大学校の教え子の命が危険に晒される可能性が高い派遣軍には複雑な心境を語る山南に、谷と尾崎は揃って顔を合わせ、神妙な顔持ちになる。
「だが、地球とガルマン・ガミラスとの間には安保がある。俺が生涯背負っても背負いきれない責任が託されたあの戦役(ガトランティス戦役)の時、当時のガミラスが地球へ派遣軍と言う形で助力をしてくれなかったら、今こうやってお前らと酒を交わす事も出来なかったかも知れない。
義理と義務と言う二つの言葉は俺の中にもある。私情を殺してここは議会の判断を待つしかない」
「俺達の世界に、政治が絡むと厄介さは倍増どころでは無いものだな」
コップに注がれたビールを飲み干して谷は溜息と共に吐き出すように言った。
約束の時が来た。デスラーは地球連邦大統領との会談の場として定められたホテルの会場に赴き、多数の報道陣が焚くフラッシュの雨の中、大統領と握手を交わして会談を始めた。
議題は勿論、ガルマン・ガミラスに対する地球連邦防衛軍派遣の如何についてだ。最も、この場にいる全員が答えを既に知っているのだが。
地球連邦の議会での決議はガルマン・ガミラスへの地球軍派遣案に対して接戦を繰り広げながら、最終的に三分の二以上の賛成を経て、可決され、ここに地球連邦防衛艦隊のガルマン・ガミラスへの派遣が地球の議会によって決定された。
同時翻訳機を介さない、地球の言葉をマスターしているデスラー総統は、地球の言葉で連邦大統領と報道陣の前で会談を交わし、地球連邦防衛軍の派遣軍決定に深い感謝の言葉を述べ、一礼をした。かつてガミラス戦争時に地球を滅ぼそうとした星間国家の国家元首が、今復興を遂げたそのかつての敵対国の国家元首に頭を下げると言う、ガミラス戦争の時からは考えられない一幕が繰り広げられる形となった。
「大統領、全臣民を代表して、感謝とお礼を述べたい」
今にもガルマン星でボラー連邦永久管理機構との対面の時にやった片膝をつく、と言う隷属の意志を示す事までやりそうな程のデスラーに対し、連邦大統領は静かな、しかし確たる意志を持った声でデスラーに釘を刺す様に条件を課した。
「派遣軍の派兵に当たって、我々からは条件が三つあります。
一つ、ボラー連邦本土に対するガルマン・ガミラスの逆侵攻及びボラー領海への進入に対し、我が地球連邦防衛軍には一切の関与を許さない。
二つ、援ガルマン・ガミラス派遣軍を成す地球連邦防衛艦隊と地上部隊の活動範囲は、あくまでもガルマン・ガミラスの領海及び領域、領土内に留める事。
三つ、ボラー連邦軍艦艇、将兵が地球連邦防衛軍に投降して来た際、地球連邦防衛軍はこれの保護、本国への移送返還までの艦艇の修理、将兵の治療を行い、これにガルマン・ガミラスが介入する事は認めない。
以上です」
「全て承知した。我がガルマン・ガミラスは大統領と地球連邦の提示した三つの条件を全て受け入れよう。これら地球側の要求は全将兵にも徹底させる。約束は必ず履行しよう」
尊大だが、明らかな連邦大統領と地球と言う星間国家の決断に対する敬意を込めた声でデスラーは再び一礼した。
最も、と一礼する姿勢の胸の内でデスラーは地球連邦と交わした条項が、最前線の場において本当に守られると思う程楽天的な人間ではない。最初の内は良いだろうが、派兵期間が長引く内に、ガルマン・ガミラスの事情の変化や、地球軍の将兵の意志そのもの、或いは地球連邦の世論の反応自体が変わって事前に交わした三つの条項がどこかで破られる可能性はあった。
だがそれでも、デスラーが「ヤマトの坊や」と呼び、かつてデスラーが愛した女性、今亡きイスカンダルのスターシャ女王の弟にあたる事になる古代進はきっと自分を信じてくれるだろう。
やはりここか、と島大輔は一人の初老の男の石像が立てられている丘に佇む親友の背中を見て、微笑を洩らした。
「何一人で黄昏てるんだよ」
「島」
慰霊碑と石像、宇宙戦艦「ヤマト」初代艦長であった故・沖田十三宙将の石像を前に佇んでいた古代に気楽に声をかけながら、島は持って来た花束を慰霊碑の傍に添え、両手を合わせた。
「もう五年になるんだな、加藤や徳川さん、土方さん達が逝って。沖田さんに至っては八年前か」
「八年も経ち、俺も気が付けばかつての沖田さんが任された職務を宛がわれたけど、本当に沖田さんと同じ世界に俺が立って言いのか、そう思う事があるんだ……」
「はあーん、ガルマン・ガミラス派遣軍艦隊司令官の人事の噂はやはりお前に白刃が立ってたわけか」
「なんだ、知ってたのか島」
「逆にこんなムードの中で、お前以外に誰が任命されるって言うんだよ。お前が気づかな過ぎかつ鈍すぎるんだよ」
ずけずけと言い放ちながらも島は、まあ無理も無いか、と古代の心中を慮っていた。八年経っても恋仲の森雪とは結ばれず、恋人関係止まりだし、イスカンダル事変への介入の責任を問う世論やマスコミの声が未だに古代について回っている。結果として少なくない数のガミラス臣民の命を救ったとは言え、未知の敵デザリアムと言う新たな潜在的な脅威を地球にもたらしてしまったと言う深刻な問題もある。
そんな中でも派遣軍司令官への任命だ。島が聞いている限りでは派遣艦隊旗艦の艦長も兼ねさせられると言うのだから、古代の責任と激務続きは想像に難くない。
とは言え、悪く無い知らせもあるにはある。
「良い知らせ、と言っては何だけど、派遣艦隊の舵取りと副長の席はまた俺に戻るし、森君も派遣艦隊首席幕僚として『ヤマト』に配属されるってさ」
「澪の事はどうするか、まだ決めてないんだ」
古代澪ことイスカンダル女王スターシャと古代進の兄、古代守との間に出来た女児サーシャの地球人名の事を口にする古代に、島は軽く宙を見上げて思案を巡らせる。古代澪は今のところ古代と森が疑似的な両親の関係を結んでいるが、どうにも古代の腹が座らず、ぎくしゃく気味で森を焦らしている事が多い。ただその焦れる関係すら森は楽しんでいる節も島は感じていた。
「加藤の家に預けたらどうだ? 真琴と翼なら可愛がってくれると思うぜ」
「大丈夫かな、真琴一人で?」
「気になるんなら、京塚ちゃんにも頼んでみたらどうだ? 澪の誕生の瞬間にも立ち会ってるんだろ、彼女。地上部勤務だと言うし、今回の派遣軍に参加しない場合は彼女に頼るのもありだろうさ。
いずれにせよ、彼女の事情を理解してくれるなるべく近い関係の家に預けるのが吉だろうな。下手に託児所に預けて面倒な事になったら拙い。
良くも悪くも、澪は地球とイスカンダルのハーフの子だからな」
「なんだろう、俺よりも島の方がよっぽど現実的な答えをすらすら出せるのはなんでだい?」
「言ったろ、お前が鈍すぎるんだって」
いっぺんコイツの頭殴っておこうか? 気の抜けた顔をする親友の顔を見て、島は浮かべる笑顔とは別に苛立ちを通り越して鈍すぎる親友の反応に腹が立って来た。頭は良いんだが、どうにも肝心なところで思考が進まない奴だ、と同時に呆れも覚える。
「鈍いか……なあ、いっぺん俺の頭殴っておきたいってお前の顔に書いてあるぞ」
「うん、親友として一発殴っておいた方がいい様な気がして来た。それか、何だ、山崎さんに頼んで頭に油をさして貰うか?」
「食用油なら身体が受け付けるよ」
「コイツ」
変なところで頭回りやがって、と今度こそ島は軽く古代の頭をコツンと叩いた。
到着した第三〇八艦隊師団を見て、ボローズは司令官席から自棄気味な溜息を洩らした。
第三〇八艦隊師団の旗艦含めて、保管されていた老朽艦を引っ張り出して来た、と一目でわかる草臥れた外観だ。艦は古く、将兵は歳だけ重ねて軍事経験は浅い招集兵揃い。
「第三〇八艦隊師団旗艦の『カスタロコフ』より入電、『ラブロコフ』への接舷許可願う」
「第三〇八艦隊師団を率いるスペルコフ大佐の艦です。着任の挨拶、と言う所でしょう」
通信士の報告にレバルスはボローズに言った。
「スペルコフ大佐か。聞くところではゴルサコフ参謀総長の血縁者だったか。許可してやれ」
酒が抜けてシラフの頭を巡らせたボローズは接舷許可をグダンに指示しながら、今までとは少し様子が違う事に気が付いていた。
スペルコフ大佐、本名ノランナ・スペルコフはボローズの言った通りボラー連邦軍の参謀総長を務めるゴルサコフ提督の血縁者である。ボローズが永久管理機構に居た時にその名は聞いた事があるが、若い女性士官でありながら各地の連邦内での反動勢力や分離独立派の小規模な武装蜂起への派兵で経験を積み、三〇代で大佐の任に付いた女傑。ゴルサコフの血縁者と言うコネを疑われてはいるが、少なくともボローズが以前聞いた話では本人も相当な努力を重ねていると聞く。
これまでのC級師団の指揮官は、カテゴリー相当の落ちぶれた階級だけは高いだけの役立たずな指揮官ばかりだったが、同も今回は多少話が違う様だ。
「ノランナ・スペルコフ大佐以下、第三〇八艦隊師団、西部戦域軍着任しました。以後ボローズ少将の指揮下に我が師団は参入いたします」
ボラー連邦式の敬礼をしながらスペルコフは女性にしては比較的低い声で相対したボローズに報告した。
珍しいものを見る目で自分を見るボローズとレバルスの視線に、スペルコフは敬礼を解くとちらりと艦橋の窓から見える修理中の艦艇を見やってから口を開いた。
「大分手酷くやられているようですね」
「そらそうだ、送られてくるのは揃いも揃って使い物にならんC級師団だ。最初からA級師団か治安維持軍の最新鋭の艦隊を投入すれば、ガルマンなんぞ三日で落とせるような星だったのだ。今ではどうだ、ガルマン・ガミラスも軍備を増強して、徹底的に粘っておる」
忌々し気な口調で吐き捨てるボローズから酒臭いのを嗅ぎ取り、苦労しているのだな、と無言で理解したスペルコフは慰めになるか分からないが、少しでも状況は良くなるかも知れない知らせを彼に話す。
「小官が今回引き連れて来た第三〇八艦隊師団もC級師団ですが、前線泊地到着まで、将兵には徹底的な訓練を課しました。A級は無論B級師団に及ぶかは分かりませぬが、練度と要領の良さではかなり上達した方であると小官は自負する所であり、司令官のご期待に添える働きをして見せるとお約束しましょう」
ボローズは目の前の女性将校を、内心軽蔑半分、期待半分の二つの感情が入り混じった目で見た。これまでの悉く戦死した七個のC級師団の指揮官も大同小異、スペルコフの様な事を豪語して、ろくに部下も自分も動かせずガルマン・ガミラス艦隊の砲火に消えていった。スペルコフもその口なのか、或いは彼女が言う通り本当に多少はマシな、C級師団の中でも上位に当たる上振れを引いたか。
「戦場で、貴官と三〇八の将兵の働きを持って、その『自負』とやらを証明して見せて貰いたいものだな。いい意味で私の期待を裏切る結果を出して貰いたいものだ」
内心ボローズはスペルコフの存在で自分の中央への返り咲きを阻害されるのでは、と言う不安もあったが、もしこの女性将校がC級師団の中でもよい働きをしてのければ、彼女の上に立つ自分のスコアにもなるだろうし、ゴルサコフの血縁者の彼女を無下に死なせたりしなければ自身の評価も変わるかも知れないとも考え始めていた。
呉基地ではガルマン・ガミラス派遣軍の決定を受けて、世界各国から派遣される艦艇が集結しつつあった。
「ヒュウガ型三番艦の『サラトガ』に、アンドロメダ級宇宙戦艦の『アキレス』に『アナンケ』、空母型の『アルタイル』。地球連邦防衛艦隊の中でも大物が揃い始めたな」
第六巡洋艦戦隊の村雨改二型巡洋艦「加古」艦長の高橋正成一尉の言葉に、武野内も相槌を打った。
「我が第六巡洋艦戦隊もガルマン・ガミラス派遣軍への参加を指名された。正確には『地球防衛軍特別混成第二任務部隊』と命名された訳だが」
「出港は確かデスラー総統がガルマン・ガミラスへ帰国するのに合わせて、艦隊も出港だったか」
「ああ」
参加艦艇数は第一陣だけでも総旗艦「ヤマト」以外に戦艦一〇、空母三、補給母艦三、パトロール艦二、巡洋艦四、駆逐艦四、護衛艦六、早期警戒管制艦一と言う大所帯だ。第二陣は検討中との事だが、「NEXTアンドロメダ級」とも呼ばれる世界各国が建造した国ごとの独自色の強い護衛戦艦が充てられると予想されていた。具体的に言えば北米管区の新造戦艦「アリゾナ」、ドイツの「ビスマルク」、英国の「プリンス・オブ・ウェールズ」、ロシアの「ノーウィック」だとされている。
地球連邦防衛艦隊の各護衛隊から抽出された艦艇の中でも最精鋭の艦艇揃いと言う訳では無いが、乗員は皆、ガミラス戦争、ガトランティス戦役を潜り抜けて来た猛者が揃っているのは間違いない。中には内惑星戦争やイスカンダル事変も経験したベテランと言っても過言ではない者もいる。
練度では不安要素はないとして問題はボラー連邦軍の物量か、と武野内は内心懸念している事を脳裏に浮かべた。
ガトランティス戦役の時の物量戦と総力戦は五年経ってもまだ武野内の記憶に新しい。ボラー連邦軍の物量、そしてまだ分かっていない所が多いボラー連邦軍の技術力を含め、不安になる要素は多い。
「乗員からは今回の派遣には不安に思う声も聴く」
高橋が何気なく切り出した。
「ガトランティス戦役の時のような絶望的な物量差や総力戦は経験しなくても良いとは思いたいが、ボラーと言う国に関して地球は余り良く知らない。精々、火星に漂着、座礁艦艇がボラーのものだったと言うくらいの事で、しかもその座礁艦艇は現存しないから、座礁艦艇から得られるボラーに対する予備情報も無い。手探りの状況で我々はボラーとガミラスが戦う宙域に向かわねばならん」
「一応、大統領は地球連邦防衛艦隊の行動展開範囲を限定してはいるけど、果たして前線においてどの程度それを守り切れるか。『ヤマト』って言う独断専行の問題児の前例があるからなあ」
「しかも、その問題児が今回の総旗艦だ。大丈夫なのかねぇ。俺的には『すずらん』の熊谷一佐辺りを司令官に当てた方が良いと思うんだがな」
「あの人は自分から司令官を固辞したと聞くよ。『すずらん』の指揮に専念したいからだと」
「……やれやれ」
総旗艦の艦長と司令官を兼任する古代進と言う男に対して、地球連邦防衛艦隊の将兵である武野内や高橋ですら、不安と不信に思う所がある程に、スタンドプレーの目立つ「ヤマト」とそのクルーへの信頼は揺らいでいる。無論、地球規模の危機が訪れる度にその時希望になったのは「ヤマト」とそのクルーであったことは間違いないが、イスカンダル事変でデザリアムと言う更なる危険要素を作り出してしまったのは「ヤマト」とその元クルーが乗り込む艦艇で構成された六五隊だったのは周知の事実である。
自分達が地球を留守にしている間に未知の敵、デザリアムが地球へ侵攻してきたりしないだろうか? その不安は特別混成第二任務部隊の将兵の多くに共通している。
「敵は少ないに越した事は無いよな……」
そう言った武野内の言葉は、着水して来た補給母艦「おうみ」の着水の騒音にかき消された。
ノランナ・スペルコフ(ノーナ・スミーペ)大佐はオリジナルキャラと言いますか、公式が公開したキャラの絵にあったボラー連邦所属らしき女性将校がモデルになっています。