記憶を失う前の俺、担当バに手を出す鬼畜トレーナーだったらしい   作:Gカップ大好き侍

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存在しない記憶

 

 俺はどうやら、中央トレセンのトレーナーらしい。

 らしい、と曖昧な表現をするのは、俺がいわゆる記憶喪失だからだ。

 医師の話によると、トラックに轢かれかけた猫を助ける際、激しく転倒してしまったらしい。

 幸い命はこの通り助かり、怪我自体は軽傷だったものの……どうやら打ち所が悪かったらしく、これまでの記憶がほとんど抜け落ちていた。

 と言っても知識まで失ったわけではない。新聞を読んでもその内容を理解できる程度には頭はちゃんと働いている。

 俺の場合は、系統的健忘……いわゆる人間関係だけを忘れてしまった状態だ。

 家族の顔も、友人の顔も、自分がこれまでどんな人々と関係を築いてきたのか、すっかり忘れてしまった。

 

 しかし、俺がトレーナー?

 それも東大以上に入るのが難しいと言われている、あの中央のトレーナーだと?

 正直まったく実感が湧かない。

 しかし試しにパズル誌の問題を解いてみると、全問正解できてしまったあたり地頭は良いらしい。

 これなら職場に復帰しても問題はないかもしれない、とは医師の談だ。

 

 とはいえ、記憶喪失である以上、やはり問題は発生するもので……。

 

「トレーナーさん! 本当にダイヤのことを忘れてしまったのですか!?」

 

 見舞いにやってきたウマ娘の少女が涙目で問いかけてくる。

 彼女の名前はサトノダイヤモンド。

 俺が担当するウマ娘らしい。

 とても可愛く綺麗な女の子で、一度会ったら記憶に深く残りそうなほどの美貌の持ち主だった。……だが、やはり俺は彼女に見覚えがなかった。

 

「うん……君には申し訳ないが、本当に何も思い出せないんだ……」

「そんなっ!」

 

 俺の言葉を聞いて、サトノダイヤモンドはさめざめと泣き出す。

 

「全部、忘れてしまったというのですか? 一緒に駆け抜けてきたあの日々も、ダイヤとの思い出も、全部!」

「……うん、ごめん」

「ひう」

 

 突きつけられる現実に、少女はベッドのシーツを涙で濡らした。

 ……そりゃ辛いよな。

 俺にとっては初対面の女の子だが、彼女からしたらずっと寄り添ってきてくれたであろうトレーナーが何もかも忘れてしまったのだから。

 

「……これを見ても、思い出せませんか? これがトレーナーさんと私が歩んできた道のりなんですよ?」

 

 そう言ってサトノダイヤモンドはいくつかの記事を見せてくる。

 俺が記憶喪失になったと聞いて持ってきたらしい。

 皐月賞、日本ダービー、菊花賞、有記念……数々の重賞すべてを一着で優勝。サトノ家の悲願であるGⅠ勝利を見事に実現させた凄腕の新人トレーナー……と記事に俺のことが紹介されていた。

 

 ……こんな前代未聞の偉業を俺が?

 それもあのメジロ家に並ぶ名家であるサトノ家の令嬢を新人トレーナーが担当だと?

 そんな新人トレーナーが彼女を無敗のウマ娘に育て上げた?

 ちっとも現実味が湧かない。あまりにも突飛な内容に開いた口がふさがらなかった。

 

「どうですかトレーナーさん? これを見て、何か思い出せませんか?」

「……いや、やっぱり何も思い出せない。というか、これが自分の話とは到底信じられない。まるで夢を見ているかのようだ」

「……夢なんかじゃありません! あなたは確かに、ダイヤをここまで育ててくれたのです! 誰にも負けない、最強のウマ娘に! 誰でもない、あなたが! なのに……なのに!」

 

 サトノダイヤモンドはシーツに顔を埋めて泣き出してしまった。

 俺は躊躇いながらも、彼女の頭に手を置いた。それしかできることが思いつかなかった。

 

「ひどいですトレーナーさん……ダイヤとの三年間を忘れてしまうだなんて。辛くとも、それ以上に楽しく幸せだった、あの三年間を!」

「うん、ごめん……」

「バレンタインのチョコを毎年送っていたんですよ?」

「ごめん」

「クリスマスはいつも二人で過ごしたんですよ?」

「ごめん」

「初詣だって、お花見だって、夏祭りだって、いつもいつも隣にはトレーナーさんが、いてくれて……うっ、うぅ……」

「ごめん。本当にごめん」

 

 どれだけ思い出を語られても、記憶のない俺にとっては他人の話にしか聞こえなかった。

 それが本当に申し訳なくて、こんなにもかわいい子を悲しませてしまう自分の無力さが悔しくて、なのに俺はひたすら謝ることしかできなかった。

 きっと、単なるトレーナーとウマ娘というだけではない、特別な絆を俺と彼女は育んできたのだろう。

 これだけの偉業を成し遂げてきたのだ。きっと並ならぬ出来事があったに違いない。

 記憶は失っても、体は覚えている、というやつなのかもしれない。

 俺はこのサトノダイヤモンドのことをとても大事に思っていた。

 そんな感覚が、何となく残っている気がした。

 

「サトノ君、本当にすまない」

「そんな……『サトノ君』だなんて、他人行儀な呼び方はやめてください。トレーナーさんには、以前のように『ダイヤ』と呼んでほしいです」

「そうか……わかったよ、ダイヤ」

「ああっ、トレーナーさん!」

 

 聞き馴染みのある愛称で呼ばれたのが嬉しかったのか、ダイヤは俺に思いきり抱きついてきた。

 

「お、おい。ちょ、ちょっと」

「いやです! 離れません! 本当に、心配したんですから! トレーナーさんが事故に遭ったと聞いて、ダイヤ頭が真っ白になったんですよ!? トレーナーさんにもしものことがあったら、ダイヤは生きていけません!」

「そんな、大袈裟な……」

「大袈裟ではありません。ダイヤにとって、あなたはそれほどに大切な人なのです」

 

 うるうるとした瞳で、ダイヤは俺を見上げてくる。

 か、かわいい。

 こうして間近で見ると、彼女はとんでもない美少女だ。

 それに密着していて気づいたが、なんだこの学生とは思えない豊満な体は!

 すっごくいい匂いがするし、何だ胸がドキドキしてきた。

 ……って、何を考えているんだ俺は! いくら記憶が無いからって相手は担当の子だぞ! そんな相手に邪な感情をいだいちゃイカン!

 

 とはいえ、傷心している彼女を突き放すのも可哀相だし、ここは理性を総動員しよう。

 俺はそっとダイヤを抱き寄せた。

 記憶を取り戻すことができない、せめてのお詫びとして。

 

「あっ、トレーナーさん……」

「すまないダイヤ。こんなことになってしまって。俺、ちゃんと思い出すから。君との思い出を取り戻せるように、頑張るから」

「トレーナーさん……はい! ダイヤ、信じています! きっとトレーナーさんの記憶が戻ることを!」

 

 ダイヤはさらに深く抱きついてくる。

 押し潰される大きくて柔らかい感触……ええい、我慢せい俺! いまはシリアスな場面なんだ!

 

「どうか、どうか思い出してくださいね! ダイヤとの三年間を!」

「ああ、約束するよ」

「トレーナーさんとの、あの運命的な出会いも、思い出してくださいね!」

「ああ」

 

 運命的な出会いか……。

 まあサトノ家の令嬢と無名の新人トレーナーが契約を結んだのだ。

 きっと劇的な出会いがあったに違いない。

 

「海外に遠征して、輝かしい栄光を掴んだことも、思い出してくださいね!」

「ああ」

 

 そうか、海外でもレースをしていたのか。

 つくづくとんでもない経歴を持っているんだな彼女は。

 記憶の無い俺だが、彼女のトレーナーとしてふさわしい振る舞いをしなくちゃいけないな。

 

「そして、そして……ダイヤと激しく愛し合ったことも、思い出してくださいね!」

「ああ。……ん?」

 

 ん?

 んんん?

 待って?

 いまこのお嬢さん、とんでもないことを口にしませんでしたか?

 

「ん♪ トレーナーさん、どうかもっと強くダイヤを抱きしめてください♪ あの夜のように激しく♪ ダイヤの温もりを、たっぷりと感じてください♪ そうすれば、もしかしたら記憶が戻るかもしれません♪」

「ま、待ってくれダイヤ」

「はい?」

「お、俺と君は、あくまで担当同士って関係だよね? いや、もちろん仲が良かったのは話から伺えるんだが……ちゃんと節度のある関係だったんだよね!?」

「……何を言っているのですかトレーナーさん! トレーナーさんとダイヤは深く愛し合う関係なんですよ!」

「ええ~!!?」

「もちろん学園には内緒ですが……私とトレーナーさんはこっそりと担当の域を超えた特別な関係になっていたのです♪ ぽっ♪」

 

 まさかの禁断の関係!?

 記憶を失う前の俺、何してくれちゃってんの!?

 

「ああ、思い出します……海外遠征の夜、美しい夜景を眺めながらダイヤとトレーナーさんは、ひとつのベッドの上で熱いひとときを……」

「待ってくれダイヤ! それは本当にあったことなのかい!?」

「……当たり前じゃないですか! 担当トレーナーとウマ娘が結ばれるなんてよくある話ではないですか! ダイヤたちも例に漏れずそういう感じになったのです!」

「な、なんてことだ……」

 

 確かにトレセンの男性トレーナーはウマ娘と結ばれて寿退社しやすい……というジンクスがあることは聞いていた。

 だが、まさか俺が……よりによって担当バ、それも学生に手を出すような男だったというのか!?

 

 信じたくないが……しかし、ダイヤは美少女だ。

 しかも童顔に見合わぬ、とんでもなく発育した抜群のスタイルの持ち主。

 清楚な雰囲気を持ちながら、どこか幼さの裏に色香を滲ませる危うい魅力を持つウマ娘……正直に言おう。ぶっちゃけ、滅茶苦茶好みだ。

 病室に入ってきたダイヤを見たとき、思わず見惚れてしまったことは否定できない。

 俺だって男だ。こんな可愛い女の子と海外で二人きりになったら……過ちを犯してしまう可能性は捨てきれないかもしれない。

 

「うぅ、でもひどいですトレーナーさん。ダイヤをお嫁に行けない体にしておきながら、何もかも忘れてしまうだなんて!」

 

 そう言ってダイヤは「よよよ」とハンカチで目元を覆う。

 

「あんなに愛し合ったのに! 将来を誓い合ったのに! 『俺は永遠にダイヤと共にある(キリッ)』っておっしゃってくれたのに! ダイヤをもうトレーナーさん無しでは生きられない体に調教したくせに!」

 

 ど、どうしよう。

 記憶がない以上、彼女の話が真実なのかどうか突き止める手段がない。

 だが、もしもダイヤの話が本当なら……俺はなんて鬼畜なトレーナーなんだ!

 こんな、いたいけな娘さんを辱めるだなんて!

 

「……」

 

 記憶喪失になったから責任逃れをする……そんなことは決して許されないはずだ。

 こうなった以上、俺は男として責任を取るべきではないだろうか?

 たとえ、それが記憶を失う前の俺の所業だとしても……いや、だからこそ目の前の現実に向き合わなければならない!

 

「……わかったよダイヤ! まったく身に覚えはないけれどちゃんと責任は取るから!」

「本当ですか!? 言いましたね!? 二言はありませんね!? ちゃんと聞きましたからね!? ダイヤとっても嬉しいです!」

 

 先ほどの涙はどこへ引っ込んだのか、とっても良い笑顔でダイヤは振り返った。

 

「では早速、この婚姻届にサインを!」

 

 どこから取り出したのか、両者の名前がバッチリと書かれている婚姻届をダイヤは満面の笑みで差し出してきた。

 とつぜんのことで俺は思わずひっくり返りそうになった。

 

「いやいや待って待って! 何でいきなり婚姻届!?」

「責任を取ると言ってくれたではないですか! ですので! この場で婚姻を結ぶのは不思議ではありません! さあ、ここにサインを! さあ! さあさあさあ!」

 

 目をキラキラと輝かせながらダイヤが迫ってくる。

 ついでに巨大なふたつの膨らみもぷるんぷるんと揺れながら迫ってくる。

 うお~、圧に負けそうだ~!

 

「ダ、ダイヤ! と、とりあえずそういう重要なのはもうちょっと身辺整理をしてから……というか、いろいろ思い出してからにさせてくれないか!?」

「むぅ~仕方ありませんね~。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ダイヤは手慣れた感じでいそいそと婚姻届をしまい込んだ。

 ……何かさっきと随分、雰囲気が違くありませんか、このお嬢さん?

 

「……とう~♪」

「むぐっ!」

 

 無邪気な笑顔でいきなり飛びついてくるダイヤ。

 ふかふかな感触に顔ごと包まれる。

 

「えへへ♪ ダイヤ嬉しいです♪ 記憶が無くなってもやっぱりトレーナーさんはダイヤの知っているトレーナーさんでした♪ 責任を取ってくれるって言ってくれて、ダイヤ感激です!」

「むごむご……そ、それは、まあ当然の筋というか……」

 

 くっ。これが記憶を失う前の俺が、屈してしまったサトノ家の至宝か。

 確かに、こんな感じに迫られたら男として耐えられないかもしれない。

 

「ああ、トレーナーさん……もう離れません。絶対にダイヤを捨てて、どこかへ行ったりしないでくださいね?」

 

 そう切なげに言って、ダイヤはスリスリと頬をこすりつけて甘えてくる。

 ……まあ、こんなことになってしまって、彼女もいろいろと不安なんだろうな。

 いくら大人びているとはいえ、彼女はまだ幼い。

 そして、そんな幼いウマ娘に手を出してしまった鬼畜トレーナーである俺!

 ちゃんと責任を取って、これからの彼女を支え、導いてあげなければ。

 以前のような関係に戻れるかはわからないが、精一杯ダイヤのためにできることをやっていこう。

 誓いを新たに、俺はダイヤとまっすぐ向き合った。

 

「約束するよ。俺はずっとこれから……ダイヤの傍にいるよ」

「はい、約束です! もう絶対に……離しませんからね?」

 

 ハイライトの失った瞳でダイヤは笑顔でそう言った。

 ねえ、ちょっと怖いよ、この子。

 

 

   * * *

 

 

「ダイヤちゃん!」

「キタちゃん! 迎えに来てくれたの?」

 

 ダイヤが病院からトレセンに戻ってくると、親友でありライバルであるキタサンブラックが駆けつけてきた。

 

「ダイヤちゃんのトレーナーさん、どうだった?」

「うん。幸い怪我も大したことはなかったみたいで、すぐ退院できるみたい」

「そっか! でも……ダイヤちゃんのトレーナーさん、記憶を無くしたって」

「うん……本当だったみたい」

 

 ダイヤのトレーナーが事故に遭い、一部記憶を失っている噂はトレセンの間でも広がっていた。

 親友であるキタサンはもちろん、多くのウマ娘がダイヤを心配していた。

 さぞ、ショックを受けているだろうと。

 

(ここはあたしが力にならなくちゃ!)

 

 キタサンは親友としてダイヤを必死に励まさなくてはならないと思った。

 

「大丈夫だよダイヤちゃん! きっとトレーナーさんの記憶戻るよ! あたしもお手伝いするから!」

「あ、それは大丈夫なの。むしろ、しばらくは記憶喪失のままでいてほしいかなって」

「……はい?」

 

 思わぬことを口にするダイヤを、キタサンは困惑した表情で見る。

 

「どどど、どうして!? だってダイヤちゃんとの大切な思い出を忘れちゃったんだよ!? ダイヤちゃん辛くないの!?」

「今日トレーナーさんと会って確信したの。記憶が無くなっても、トレーナーさんはトレーナーさんだって。だったら、これからまた新しい絆を育んでいけばいいだけだって」

 

 前向きにそう言うダイヤにキタサンは感心するが、しかしそこには別の意図が含まれているようにも思えた。

 

「……ダイヤちゃん。何を企んでるの?」

 

 長い付き合いだからこそ、わかる。

 いまダイヤはとんでもない計画を考えていると。

 

「さすがキタちゃん♪ 実はね~……」

 

 ダイヤは察しの良い親友に己の計画を明かした。

 

「……ええ!? トレーナーさんと恋人関係って嘘ついたの~!?」

「嘘じゃないよ~。これから事実になるんだよ~」

「いやいや! だってダイヤちゃん! べつにトレーナーさんと、その……ごにょごにょなことを本当にしたわけじゃないんでしょ!?」

「うん」

「ダメでしょ! そんな嘘ついてトレーナーさんを振り回しちゃ!」

「だって……そうでもしないとトレーナーさん、ダイヤのこと相手にしてくれないもん」

「うっ!」

 

 切ない表情を浮かべるダイヤを見て、キタサンは強い言葉をかけにくくなった。

 

(ダイヤちゃんがトレーナーさんを大好きなのは知ってたけど……)

 

 ただ、そのアプローチがとにかく尋常ではなかった。

 ダイヤはとにかく、何事においても加減というものを知らないのだ。

 

『トレーナーさん、おはようございます! 早速ですが、この婚姻届にサインを……』

『しないっての』

『あ~ん! せっかく書いたのに~』

 

 素直さは長所。そうトレーナーに言われてからというもの、ダイヤは弾けた。

 必ず、かのトレーナーと結ばれてみせると決起した。

 だがダイヤのトレーナーは良識人だった。

 いくらダイヤが清楚でお淑やかで体がむっちむちバインバインの美少女であろうと「担当に手は出せねえよ」とアプローチをスルーしていた。

 

『わ~い、トレーナーさん♪ ダイヤ一着ですよ~♪ ご褒美にあっつ~い口づけを……』

『はい、おめでとう。でもキスはしないから』

『もう~、いけず~』

 

 それでもダイヤはくじけなかった。

 あらゆる手を尽くしてトレーナーにアピールをしては、年々発育していく体を使って誘惑してきたのだ。

 だが見事に鋼の理性を使いこなすトレーナーは決してダイヤに屈しなかった。

 そんな折、トレーナーは事故に遭い、記憶を失った。

 もちろん、ショックだった。

 だが同時に、これは天が与えたチャンスだとダイヤは確信した。

 トレーナーと結ばれるためならば……もう手段は選んではいられないと。

 

「……でも、ダイヤちゃん! やっぱり、こんなやり方間違ってるよ!」

 

 常識人のキタサンは、親友が誤った方向に進むことを看過できなかった。

 

「それに、もしもトレーナーさんが記憶を取り戻したらどうするの!? ダイヤちゃんが嘘つきってバレちゃうんだよ!?」

「その心配はないよ。だって……それまでには本当に言い逃れできない関係になってるつもりだから」

「っ!?」

 

 瞳からハイライトを消して微笑むダイヤに、キタサンは震え上がった。

 本気だ。

 ダイヤは本気なのだ。

 どんな手を使ってでも、最愛のトレーナーと結ばれる気でいるのだと。

 

「キタちゃん。既成事実さえ作っちゃえばこっちものなんだよ♪」

「ダイヤちゃん……」

 

 トレセン学園に来てからダイヤは変わってしまった。

 キタサンはつくづくそう思った。

 おかしい。確か昔はヤンチャな自分のストッパー役である常識人だったはずだ。

 それがどうしたことか、いまではその立ち位置は逆転し、あのゴールドシップですらドン引きするほどの愉快な暴走特級お嬢様となってしまった。

 いまならイモリの丸焼きだって嬉々として食べてしまいそうである!

 

「このことは二人だけの秘密だからね、キタちゃん♪」

「う、うん……」

 

 親友の恋ならば応援してあげたい。

 だがやはり後ろ髪を引かれる思いで「本当にいいのかな?」と葛藤してしまうキタサンであった。

 

 かくして、存在しない記憶によって振り回されることになったサトノダイヤモンドのトレーナー。

 何も知らない彼は、愛のままに暴走するサトノ家の令嬢の策略に嵌まっていくことになるのであった。

 

 

   * * *

 

 

 数日後、俺は無事に退院し、職場に復帰した。

 事情はすでに学園側も把握していたようで、すぐにトレーナー業に戻っても支障がないように、理事長の秘書だという駿川たづなさんが手厚く俺のサポートをしてくれた。

 おかげで仕事の内容はだいたい把握することができた。

 トレーニングのメニューもPCの中にデータが大量に残っていたので、ありがたく参考にさせていただくことにした。

 

「トレーナーさん! 今日から改めてよろしくお願いします!」

「ああ、こちらこそよろしく」

 

 トレーニングの時間となり、担当バであるダイヤがトレーナー室にやってくる。

 彼女の輝かしい未来のためにも、いつまでもベッドの上で眠っているわけにもいかない。

 以前の俺とは遠く及ばないかもしれないが、いまの自分ができる範囲でダイヤの力となろう。

 

「とりあえず、トレーニングの内容を組んでみたけど……なるべく以前と同じようにやっていきたいと思っているから、違和感のある箇所があったら、すぐに言ってくれ」

「以前と同じように……」

「ああ、もしもルーティンみたいなものとかあったら、教えてくれ。ダイヤの調子を崩すわけにもいかないからな」

「ルーティン、ですか……」

 

 ん?

 何だろう?

 一瞬、ダイヤの目がキランと光ったような……。

 

「ルーティン! あります! ダイヤとトレーナーさんの間でしかできないルーティンが!」

「お、おう、そうなのか。どんなルーティンなんだ?」

「はい! では早速!」

 

 ダイヤは大きく腕を広げて「フンス」と息を荒くして俺に近づいてきた。

 

「な、なに?」

「ハグですよトレーナーさん! ダイヤはいつもトレーニングの前にトレーナーさんにハグをしてもらっていたのです!」

「ええ!?」

 

 ハグだと!?

 そんなことを日常的にやっていたというのか俺は!

 

「何を戸惑っているのですかトレーナーさん!? ダイヤたちは愛し合う恋人同士でもあるのですよ!? 抱きしめ合うことくらい普通です! さあ! ダイヤを思いきり抱きしめてください! このままではダイヤ絶不調になってしまいます! さあさあさあ!」

「むむむ……」

 

 年下の女の子を抱きしめるなんて普通なら躊躇してしまうところだが……しかし俺たちはただの担当同士という関係ではない。

 以前どおりの習慣を大事にすると言った手前、ここは俺が覚悟を決めるしかない。

 

「わかった。じゃあ、いくぞ?」

「はい♪ どうぞご遠慮なく♪」

 

 満面の笑みで待機するダイヤを、俺はゆっくりと抱きしめた。

 ……おうふ、相変わらず学生とは思えない豊満な感触。

 

「はうっ!」

 

 腕の中でダイヤがビクンビクンと跳ね上がる。

 まるで戸惑いを覚えるかのように。

 

「な、何か間違えたかな?」

「い、いえ!? トレーナーさんから抱きしめられることに想像以上にドキドキしてしまって……いえいえ! 久しぶりにトレーナーさんの温もりを感じて嬉しくなってしまって!」

「そ、そうか?」

 

 ん~? それにしては何だか初めて抱きしめられたような反応のような気がしたけれど……まあ、俺の抱きしめ方が以前と違ってびっくりしただけかもしれない。

 

「他に何か、してほしいことあるか?」

「で、では……頭をナデナデしてください」

「それも、以前にやってたルーティン?」

「も、もちろんですとも!」

「そうか。じゃあ……」

 

 ダイヤの頭をそっと撫でる。

 サラサラの髪の感触が心地良い。

 

「え、えへへへへへ♪」

 

 ダイヤは蕩けるような笑顔で悦に浸る。

 かわいい。

 

「トトトトト、トレーナーしゃん! キキキ、キスを! トレーニング前にはキスもしていたので是非お願いします!」

「えええ!?」

 

 目が据わった状態でダイヤは興奮気味に言ってくる。

 キス!? キスだと!? いや、いくら何でもさすがにそれは……。

 

「おおおお、お願いしましゅ! このままではダイヤ、トレーニングに身が入りませ~ん!」

 

 と言って、唇を「3」の形にして迫ってくるダイヤ。

 記憶喪失前の俺は担当バ相手にどんだけハレンチな真似をやっていたんだ……。

 

「ま、待ってくれダイヤ。さすがにキスは俺が戸惑ってしまうというか……おデコにするんじゃダメ?」

「……む~。仕方ありません。今日のところはそれで妥協します」

 

 さすがに唇同士のキスをする勇気はなかったので、おデコで妥協してもらった。

 まあ、おデコにキスをすることだって充分勇気はいるのだが……。

 

「で、では、お願いします!」

「うん」

 

 ダイヤの前髪を掻き分けて、色白なおデコを露わにする。

 

「ひゃん……」

 

 普段隠れている場所を間近で見られるのは、さすがのダイヤも恥ずかしいのか、おデコが薄桃色に染まっていく。

 まるで生娘のような反応を見せるダイヤに違和感を覚えつつも、俺は軽くおデコに唇を当てた。

 

「えっと、これでいいかな?」

「……」

「ダイヤ?」

「はあああああああああん!!!」

「うわ、びっくりした!」

 

 いきなり大声を上げたかと思うと、ダイヤは頭から湯気が出る勢いで顔を真っ赤にした。

 

「あわわわわわ! トレーナーさんにおデコにキスされちゃいましたぁぁぁ! 想像以上に刺激的ですううううう!」

「……ん?」

 

 ダイヤの言葉に違和感を覚える。

 

「あれ? 普通にキスとかしてたんだよね? おデコにキスぐらいダイヤには平気なんじゃないか?」

「はっ!?」

 

 ダイヤは「しまった!」とばかりに体を硬直させる。

 

「ええと、それはその……乙女心はいろいろ複雑なのです! 愛するお人からしてもらうことには、どんなことだって初心な女の子のように昂ぶってしまうのです!」

「あ、そういうものなの?」

「そういうものなのです!」

 

 そっか~。

 よくわかんないけど、まあダイヤがそう言うのならそうなのだろう。

 

「と、とにかくおかげさまで絶好調になりましたのでダイヤ軽く走ってきま~す!」

 

 顔を真っ赤にしたまま、ダイヤは足下が渦巻きになる勢いでトレーナー室から「ばびゅーん」と退室した。

 ウマ娘の脚力はやっぱり凄いな~。

 

 

   * * *

 

 

「あ~ん! トレーナーさんったら躊躇なさすぎです~! こんなのダイヤの心臓がもちませ~ん! もう罪作りなお人なんですから~♪」

 

 目をバッテンのようにしながら興奮が冷め止まないダイヤはあちこちを爆走し、トレーナーとのスキンシップを思い出しては「いやんいやん」と狂い悶えていた。

 

「ダイヤちゃん……」

 

 二人の様子が気になって、こっそりトレーナー室のやり取りを見ていたキタサン。

 ひょっとしたら、今日でもダイヤが既成事実を作ろうと大胆な行動に出るのではないかと心配していたのだが……。

 

「……うん。たぶん、大丈夫かな?」

 

 おデコにキスをされただけで、初心な反応を見せるダイヤ。

 あの調子で既成事実までこぎ着けるのはたぶん無理だろう。

 なんだかんだで押しに弱いダイヤを見て、キタサンはホッと安心するのであった。

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