「結局、魔術って何ができるの」
この問いは、魔術師として活動する上でよく投げかけられるものです。
この手の質問は何度も何度も耳にしました。どうやら、他の魔術師の方々はお高くとまっていらっしゃるおかげで、なかなか近寄り難いらしく。おかげで一部の魔術師にこの手の話が集中しているようでして。
もうちょっと親しみやすくなってくれれば、私共の仕事も減って楽になるのですけどねえ。
さて、愚痴はこのくらいにしまして。折角このような場を手に入れたのですから、今回は魔術の限界についてお話しようと思います。
魔術は何でもできる、所謂「万能の力」ではない。
今となってはそれなりに知られていることですが、かつて広まっていた認識は、今ほど正確なものではありませんでした。
実家の祖母などは、私が魔術師になることへの反対を口にする度に「あんな得体の知れないもの」とブツブツ言っておりました。読者の皆様も、結構似たようなご老人を見たことがあるのではないでしょうか。
魔術が発展を始めた頃にばら撒かれたらしいポスターを見たことがあるのですが、それはもう可笑しな内容で。「人の意識を意のままに操る」だとか、「一目見ただけで命を奪ってしまう」なんてこと、今の魔術にだって到底不可能です。
しかし、当時の人々にとっては、そのような荒唐無稽な話が浸透する程度には、魔術とは正しく「得体の知れないもの」だったのでしょう。
現在、魔術師と目を合わせて「殺されてしまう!操られてしまう!」と怯える人はいません。いや、火の玉をぶつけて焼き殺したり、見せつけて脅すこと自体はできますけども。それは冒険者の持ち歩く武器でも同じことができますからね。
さて、魔術において最も難しい術式は「生物に直接作用する魔術」だと言われています。そして、自分以外の、他の生物を対象とする場合、難易度はさらに跳ね上がるのです。これは知らない人も結構多いんじゃないかしら。
正確には魔力と魔素の違いの話が関わるのですが、ややこしいので省略します。
ともかく、他人の生命活動を「直接」停止させたり、精神を「直接」操ることは、ほとんど不可能に近い。怪我や病気を魔術で直接治療できないことなどは、馴染み深い例でしょうか。
とまあ、これらが皆様に関わりのあるような魔術における限界、「魔術にできること」となります。生き物に火の玉をぶつけることは容易ですが、生き物自体を発火させることはできないのです。
更に付け加えるなら、不老の魔術などは、術式の中でも最高峰と言われており、これも魔術の限界の一つと言えるかもしれません。
もっとも、不老の魔術については、魔術的な知識の他に、医学の分野においても高い知識や技術が求められるそうです。なので、物差しとするには微妙でしょうね。
これは余談ですが、不老のための様々な知識や技術の習得には、何十年という時間が必要になります。
そしてそれらを終えた頃には、魔術師はとうに老け込んでいるため「老いた後にしか不老になれない」と揶揄されることがあるのです。 実際、不老の魔術を習得したと言われる魔術師先生方も、その殆どはそれなりにお年を召しています。
「それ以上の老いを食い止める魔術」という表現の方が正しいかも知れませんね。
私が今から研究を始めても、どう頑張ったって40か、50か……。一人の人間として、女として憧れるものですが、素直に老け込むこととしましょうかねえ。
(エスメラ)