私、魔術師です   作:みえふぁ

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おだてて一杯

 ここのところ依頼を受けっぱなしだったおかげで、冒険者はだいぶ懐に余裕があります。

 しかし、そこで貯金なんて選択肢はない。そんなことができる場所と賢さがあれば、冒険者なんてやっていませんよ。

 「宵越しの銭は持たねえ」とでも言わんばかりにギルドの酒場で散財する冒険者が、多い多い。私も計画性はない方だと思いますが、あそこまで思い切ったことはできません。

 

 さて、ここセハード冒険者ギルド直営酒場では(魔術師ギルドにも酒場ほしいなあ)、とある変わった文化があります。

 景気良さそうに飲んでいる冒険者がいると、隣へ近づいて行って、ちょっとおだてる。すると、おだてられた側は機嫌よさげに一杯奢る、というものです。

 もちろん、奢る側も、常に本気で褒められているわけではないことくらい、理解しています。

 でも、お世辞って分かっていても、いざ自分が褒められると嬉しいものなのでしょうね。まるっきり嘘でもなさそうな笑顔で奢っています。

 

 これの起こる頻度が、ここ最近とんでもないのです。毎晩冒険者ギルドに行けば、お酒を奢ってもらえます。

 散財しすぎたせいか、昨日景気よく奢っていた男が、今日はおだてて奢られる側、という光景も珍しくありませんでしたが。

 

 私もいつか奢る側、やってみたいと思っているのですが、勿体ないしなと避けちゃっています。奢られる側は何度もやっているんですけど。

 私みたいに奢るのが嫌なら、ギルドの酒場以外で飲めばいいので、悪習ってこともないでしょう。何よりタダで酒が飲める。素晴らしい文化だと思いますね。

 

 いつかに、他所からやって来た冒険者がいました。彼がギルドの酒場で景気よく飲みだしたものですから、当然近くの冒険者は彼を囲み、よく知りもしない彼を誉め殺します。

 さすがに不自然に思われたようで「何だこれは」とか聞かれ、誰かが、セハードではこういう流れみたいなものがあるのだ、と教えてあげました。

 改めて言葉にするのは何だか躊躇われましたが、まあ他所の人ですし、仕方ありません。

 

 しかし当の彼は「そんな習慣があるとは知らなかった。いくら集っても一滴だって奢らんぞ」などと言ったものですから、大変です。その様子を見ていた冒険者たちは「俺たちの文化を蔑ろにするのか」と声を上げる。

 当然、周囲のタダ酒にありつけると思っていた連中なんて、ブーイングの嵐です。ちなみに、私はこっちにいました。「ケチケチすんなよ」の合唱に混ざっていたと思います。

 結局、彼は宣言通り酒の一滴も奢らず去っていきました。それからすぐに帰っていったみたいで、あれ以来顔も見ていません。

 

 昨日奢ってくれた人なんかは、つまみまで付けてくれました。帰りに財布はすっからかんになっていましたが、その人は笑って立ち去りました。

 当時の彼の主張も分からなくはないけど、あそこはひとまず負けたと思って、一発気前よく奢ってほしかったなあ。滅茶苦茶勝手な話だと分かってはいるのですが。

 

 まあそんなこと、一回も奢ったことのない私が、上からどうこう言える話でもないんですけどねえ。

 ええ、いつか仕事が落ち着いて、お金に余裕ができたら、やってあげますよ。いつか。

 いや、どうだろう。「一滴だってやるもんか!」と叫ぶ私の姿も想像できてしまう……。

 (エスメラ)

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