私、魔術師です   作:みえふぁ

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禁術*

 巨大悪魔の出現は、多くの魔術師たちにとって、実感を伴わない小さな不安をもたらすのみだ。

 しかし、その脅威を知っている一部の者たちは、大いに頭を悩ませていた。そして、頭を抱えた魔術師たちは、ギルドに設けられた会議室で、渋い顔を合わせる。

 

「早急に討伐せねばなるまい」

 

 部屋の中の誰かが、絞り出すように声を発する。それは、その場にいる全員が知っていることだった。だからこそ、彼らはここに集まっている。

 悪魔の発生地域の一つであるマヤム山奥地で、その巨大悪魔は確認された。人間に被害は出ていないが、環境への影響が尋常ならざるものである。

 巨大悪魔の周囲は、すでに他の悪魔の影響で荒れきってしまっている。だが、そのボロボロの山肌を、砕き、崩し、流し去る悪魔というのは、これまでいなかったのだ。

 この悪魔が少し移動をするだけで、どれほどの被害が出るだろうか。一歩間違えれば、国そのものが危うい。

 

「やはり、道中の魔物をどうするべきか……」

「冒険者に頼らざるを得ないのか」

 

 彼らの目下の問題は、悪魔そのものではなかった。理論上は、どれだけ大規模だろうと、多少手間をかければ討伐自体は可能だ、

 だが、悪魔までの道のりに立ちふさがる魔物は、魔術師だけではどうしようもない。並の魔物ならばまだしも、悪魔の出現に耐えうるような魔物は、例外なく強力だ。

 そして、魔物と対峙するのならば、冒険者の協力もほしいところだ。目標の悪魔はマヤム山の奥地、騎士隊に頼るだけでは、不安が残る。

 

「連中に借りを作るのか?」

 

 今回の件は、国と魔術師ギルドで済むはずだった。そこに部外者である冒険者ギルドに協力を仰げば、大きな借りを作ることになってしまう。

 それが、現在彼らの頭を悩ませていたのだ。悪魔自体はまあいい。やろうと思えばどうとでもなる。問題なのは、そこに至るまでの過程だった。

 

「んー、いや、やはり」

 

 そのような会議を、部屋の最奥中央に座る少女は、しかめっ面で眺めていた。ときおり何か呟き、顔を俯かせ、目をこする。

 彼女の隣に座る老いた女は、飛び交う言葉を横目に少女の様子を見て、問うた。

 

「ギルドマスターは、何か考えがおありですか?」

 

 わざと、周りに聞こえるように声を張って尋ねた。周囲の人間と、少女のぎょっとした顔がこちらへ振り向く。

 女は、ギルドマスターの頭に何か案があることを察していた。百年以上の付き合いである。何を考えているかぐらい、ちょっと様子を見ればわかるものだ。

 きっと彼女、或いは彼の頭には、この事態を解決できる方法が浮かんでいる。だが、同時にその方法には大きな欠点もあるから、出し渋っている。こんなところだろう。

 そうやって、似合わない可憐な顔で頬を膨らませている暇があるのなら、とっとと言ってしまえばいい。

 そのような女の目と、周囲の注目を受けて、彼女は渋々口を開く。 

 

「……魔物に効果的な魔術が、最近できた。これを使えば、冒険者の協力がなくとも悪魔のもとまで辿り着けるだろう」

「そんなものがあるのですか?寡聞にして存じませんが、しかしそれならば、初めから言ってくだされば」

「使える者が一人しかおらん。そしてその者は、扱いに困るような人間だ。薦めづらくてな」

 

 その言葉に、室内の関係者数人は何やら思い当たる人物がいたようで、分かりやすく顔をしかめる。

 彼らはその者を連れて行くぐらいなら、冒険者に借りを作った方がマシかもしれないとすら思っていた。

 ギルドマスターもそのような考えがないわけではない。諦めたように笑いながら続ける。

 

「だがまあ、何も言わずとも引っ付いてくるだろうしな。どうせ連れて行くのだから、できるだけ有効活用してやろう」

 

 そう言って、彼女は椅子から立ち上がる。

 

「では場所を移そう」

「あら、説明が足りないんじゃありませんか?」

「その説明をしに行くのだよ」

 

 隣で薄く笑う女に、ギルドマスターが答え、続けた。

 

「禁術書はここへ持ち込めんのでな」

 

 

 


 

 

 

 エスメラにとって、それほど高級な馬車に乗るのは初めてのことだった。護衛依頼でも稀に見かける程度のものであり、搭乗するなどもってのほかである。

 仕事の内容も馴染みのあるものだ。目的地までの邪魔な魔物を倒すこと。規模の大きさを除けば、普段とそう変わらない。

 だが、彼女は不機嫌そうだ。

 

「何がそんなに気に食わないのかねえ」

 

 トミダが、彼女の隣でそう呟く。彼にとっても、これほど金のかかった快適な移動は初めてのことだ。

 彼がエスメラと同乗している理由は、ギルドにそうしろと言われたからだ。できれば、彼女の機嫌を損なわないように、という言外の意図も含めて、トミダはその指示を聞きいれた。

 もっとも、彼が今朝顔を合わせたときには、彼女は既にご機嫌斜めだったが。

 

「こんなもん、誰だってムカつくに決まってるでしょう」

 

 魔術で生成した氷をボリボリと嚙み砕きながら、エスメラが答える。顔を傾けて頬杖をつくその様子は、分かりやすく『不機嫌です』と主張しているようだった。

 

「冒険者の一人も雇わないのがまずふざけてる。騎士隊だけで十分なわけないし、案の定その分私が働かなきゃいけないみたいだし。そのせいで私の仕事、魔物の相手だけよ?せっかくあのデカ悪魔をぶっ飛ばせると思ったら、仕事はその前の露払いだけ。ナメられてるのかしら」

 

 ボリボリという音がジャリジャリに変わり、遂にはそのまま歯を食いしばる。

 

「しかも、前では皆魔物と戦ってるのに、私たちだけ奥に引っ込んで馬車の中。どうせなら戦わせなさいよねー」

「エスメラさんは先のために温存しとかないとダメですからねえ。俺も行きたいから気持ちは分かりますけど」

「トミダ君は行けばいいじゃない」

「あんたのご機嫌取りって仕事があるんですよ。もっと上機嫌になってくれりゃ、行けるかも」

「帰ったら高いお酒奢ってくれない?そしたら機嫌直してあげるわ」

「ギルドに言え。今なら多少の我儘は聞いてくれるでしょうよ」

 

 他愛のない会話が続く。

 エスメラはもちろん、それに付き合うトミダもこの仕事に辟易していた。

 巨大悪魔討伐という大事にしては、今回の部隊はあまりにも穴が多い。エスメラの愚痴を表面上は宥めつつも、内心深く頷いていた。

 

「例の禁術使うように言われたんでしょ?酒ぐらい安いもんですよ」

 

 エスメラは今回、道中に行く手を阻むであろう魔物への対処のために、禁術の使用を許可、指示されている。

 彼女はその出番が来るまで、まるでどこかの貴族か大商人のような高級な馬車に乗り、快適な移動をさせられていた。馬車の周りにも護衛の兵士が数人ついている。

 

「まあ、そこはむしろ感謝してるかな」

「あんな危険な魔術を使えって言われたんですよ?」

「危険なことぐらい知ってるわよ、私が作ったんだし」

 

 あっけらかんと言葉を返すエスメラに、トミダは恐れの感情すら抱いた。

 どれだけ丁寧な対応を受けようと、それは彼女という人間が尊重されていることを意味しない。

 来たる敵の襲来まで万が一のことがないよう、兵器を慎重に扱っているようなものであった。役割さえ果たしてくれれば、最悪壊れるかもしれないということも加味した上で。

 

「禁術指定食らって以来、自由に使えなかったしねえ。せっかく許可貰ったんだから楽しまなきゃ勿体ない」 

 

 そのような扱いをされ、薄々事情を察していながらも、エスメラは与えられた仕事そのものには不満を垂れない。何でもないような態度に、隠しきれない興奮を見せながら、彼女は笑っていた。

 トミダはそれが恐ろしく、そして不安だった。彼女にとってこの魔術は、決して軽いものではないはずだということを、彼は断片的に知っていた。

 他人が迂闊に口にしてよいことではないはずだ。それでも、彼は不安に突き動かされて、言うことに決めた。彼女の中で、何かが壊れてしまっていないかという恐れをぬぐい切れなかったのだ。

 馬車が、ガタリと揺れる。

 

「でも、それはあんたの」

「先生の死因?」

 

 トミダから出た言葉の先を、読み取ったエスメラが遮って続ける。

 意を決するまで言おうとしなかったことを、当の本人があっさり口にしてしまった。言いかけたまま間抜けな面を晒すトミダを、エスメラはじっと見た。

 

「言いたいことは分からなくもないわよ?でも、そんなことは関係ないの」

 

 少しずつ、トミダはその言葉を飲み込んでいく。その様子を見ながら、彼女はまた続ける。

 

「考えてるときも、作ってるときも、ずっと楽しかった。出来上がったときも嬉しかった。なのに、一番の楽しみは取り上げられちゃったの。それが今、一時的とは言え手元にある」

 

 エスメラは、開かれた自らの手にじっと目を向ける。

 何も乗ってはいないし、魔術の構築もされていない、ただの自身の手のひらだ。それが今の彼女には、他の何物よりも希望に満ち溢れているように見えた。

 そこから何も逃げ出さないよう、ぐぐっと強く握りしめる。

 

「楽しまなきゃ損よ。そのためなら、まあ、死んでもいいわ」  

 

 軽い調子で、そう言い放った。

 彼女の「わかってくれたかしら?」とでも言いたげな目に、トミダはただため息をつくばかりである。トミダがこれ以上何を言ったところで、エスメラは止まらないだろう。

 だが、心配事が消え去ったわけではないにしても、一番の不安が解消されたことで、彼は薄く笑みを浮かべることができた。

 

「もし死んだら葬式の準備ぐらいはしてあげますよ」

「最悪の場合の話よ?それに葬式よりも、何か拭くものを用意しておいてほしいわね。汚れてもいいやつ」

「……俺が拭くんですか?」

「他に誰がいるのよ?なんならこっちは、吐いたものをトミダ君の頭上に転移させても構わないのよ」

「最低の脅しやめろ。第一、アレ撃った後にそんな余裕ないでしょ」

「死力を振り絞ってでもやってやるわ」

「何があんたをそうまでさせるんだ」

 

 このようなふざけた調子の会話が、エスメラが出番で呼ばれるまで続いた。

 

 

 


 

 

 

 兵士たちはその大盾で、迫りくる魔物たちの攻撃をしのぎ続けている。

 身を守り、ときに誰かが囮となりながら、彼らは魔物たちを相手にできる限りの誘導をしていた。『魔力砲』の射程圏内へと。

 

「どうにかできるか」

 

 騎士隊副長シンザは、隣に立つエスメラに尋ねた。

 騎士隊は、この大量で強力な魔物たちを相手に防戦一方である。やはり想定通り、騎士隊のみでの突破は難しそうだった。

 そして、予定ではこの騎士隊が苦戦する魔物を、このエスメラという魔術師が一撃で倒してしまうらしい。

 それらの計画に、決定に、彼が口を挟むことはなかった。だが、この間違っても高名とは言えない魔術師に全てを託すことについて、不安がないわけではない。

 

「ええ、ここまで近ければ問題ないですよ」

 

 そう言い切る彼女の言葉を聞いても、未だ不安は消えない。だが、最早賽は投げられている。後は最善を尽くし、この魔術師がハズレでないことを祈るだけだ。

 

「では始めてくれ。どれだけかかる?」

「十五秒ほど。準備ができたら腕を挙げます」

「分かった」

 

 シンザの了承を聞いたエスメラは、途端にガクリと頭を下げる。そして、背中を傾け腕をだらりと下ろして、脱力する。

 

「お、おい」

 

 突然の変化にシンザは戸惑ったが、下を向いた彼女の顔を見て、肩へと伸ばしかけた腕を引っ込める。

 病人のように立ち、半端に開かれた口からは涎まで垂れていた。だが、目だけは虚ろにならず、しっかりと何かを見据えている。

 それから、宣言した十五秒ほどが過ぎたところで、彼女は腕を上げた、同時に、顔も正面へ。

 

「禁術を放つぞ!退却……」

 

 そう言いかけた彼のすぐ隣を、闇が音もなく横切った。

 何事かと、否、何事かは察しがついているが、彼はその発生源へ振り向いて声を上げる。

 

「待て!まだ彼らが……」

 

 そして、絶句した。

 エスメラは、しっかりと土を踏みしめながら、口元から黒いなにかを放ち続けていた。その黒に飲み込まれた魔物は呻き声を上げ、次第にそれは叫びへと移る。

 少なくとも彼の知る魔術師は、彼の前で、生物を苦しめる闇を吐き出すような姿を見せたことはない。そこに、彼の知る魔術師の姿はなかった。

 シンザは、事前にこの禁術の仕組みを聞いている。だがそれでも、目の前の光景は受け入れがたい。

 魔物を薙ぎ払うように自分から離れていく闇を見つめながら、彼女は本当に、魔術師なのかと、彼は思わずにはいられなかった。

 

「うっ、おえっ」

 

 膝をつく音と同時に聞こえたえづく声に、彼はようやく気を取り直す。

 魔術を使い終えたエスメラは、倒れこもうとする体を四つん這いになって支え、地面と顔を合わせている。

 反射的に彼女の身を案じたが、何人かが彼女の介抱のため近寄ってくると、本来の仕事を思い出す。彼女がこうなるであろうことは事前に聞いていた。

 

「兵士たちは、無事か」

「頭痛や眩暈などの体調不良を訴える者も数名いますが、今のところはほとんどは無事です」

「そうか……」

 

 どこか疑うような声であったが、彼は答えた騎士の報告を信じなかったわけではない。

 しかし、目の前の地面では、苦しみ続ける魔物たちと既に息絶えた死骸がいくつも転がっている。

 それを見せられた上で『被害はほとんどない』と聞かされては、あまりにも実感が湧かなかった。

 

「めっちゃ気分悪い……今絶対鼻血出てる……」

「鼻水ですね出てるの」

「嘘でしょ?じゃあさっき口から出てたのは涎かあ……」

「そっちはゲロですね」

 

 術者は完全にグロッキーで、魔術の効果の詳細を聞くこともかなわないだろう。

 呻きと叫びが少なくなっていくのを感じながら、彼は気持ちを切り替えきれないまま、先の行進に思考を巡らせていた。

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