夕暮れどきになって、観光という名のデートをしてきたアクアと黒川さんがスタジオに合流した。
「おう」
「アクたんおかえりー」
軽く手を上げて短い言葉でMEMさんに声をかけるアクア。その登場の仕方はちょっとおじさんみたいだった。
黒川さんは壁際で上着を抱えて見学するつもりらしいが、流石に一人は寂しいだろうと思い黒川さんに近付く。
「黒川さん」
「白帝さん...」
私が黒川さんに声をかけると思ってたより難しい表情で声のトーンも低く、何かを考え込んだものだった。
他人の前でこう言った表情をする黒川さんが珍しく感じた私は、少し質問を突っ込んでみた。
「あれ、高千穂観光楽しくなかった感じですか?それともアクアが何かやらかしましたか?」
「いえ、そう言ったわけではないんですが...」
私の質問は黒川さんを困らせるものだったらしい。別に困らせるつもりは無かったので詳しく聞くつもりはない事を伝えておく。
「まぁ追及はするつもりはありませんのでご安心を」
「はい...」
「でも何か悩みがありましたら、是非相談してくださいね?アクアの大切な彼女さんに何かがあっては私も悲しいですので」
「...はいっ、ありがとうございます」
いくらかマシになった表情と声色から一応大丈夫そうだなと思い、話題を別のものに変えた。
「そう言えば黒川さんって私とも同い年でしたよね?」
「あ、はい。そうですね...?」
「でしたらもう少し言葉遣いをラフなものにしてみては如何でしょうか?」
「えっ?」
黒川さんの口調は硬い。
丁寧語が標準の人はいるが黒川さんは決してそうではない。その場合ずっと丁寧語がを使って会話している以上、仲良くなれるものも時間がかかってしょうがない。
丁寧語を意図して使った会話というのは思っているより距離が遠いのである。
「私の言葉遣いは相手に合わせているだけなのでお気になさらず〜」
歳上相手は丁寧語が標準だけど同年齢やそれより下の人だったら相手に合わせるって感じだ。
勿論、タメ語を嫌がる人も中には居るのでそういったのは見極めていかなければならないが、私の見立てが正しければ黒川さんはそういったことは気にしないはずだ。
「う、うん。頑張ってみるね」
「お、いいねいいね。その調子だよ!」
とまぁ私の場合はすぐに切り替えができる。
そんな私の変わり身具合に驚いたのか、黒川さんは目を見開いた。
「やっぱりこの方が距離が近い感じでいいと思うよ♪改めてこれからよろしく、あかねちゃん!」
「よ、よろしくね。ルルちゃん」
既にこれで事務的会話から同級生的会話に変わっているのをご存知だろうか。
親しき仲にも礼儀ありとはよく言ったものだが、その礼儀が行き過ぎたものになると逆に距離が遠くなるという事をわかってもらえたのではないだろうか。
ここから黒川さんと交流する事が増えそうな予感に想いを馳せながらいくつか当たり障りのない会話をしていくうちに黒川さんのタメ語のぎこちなさも解消されていった。
「撮影は順調?」
アクアは集まって何かを相談しあっているスタッフ達の方を見ながらMEMちょに状況を聞く。
「ルビーちゃんとかなちゃんのドラマパートは粗方撮り終わってこれからダンスパート撮る感じ」
飲み物片手に撮影状況を簡潔に伝えるMEMちょ。
それを聞いてアクアは何か疑問に思ったのか、その疑問をMEMちょにぶつけた。
「ん?MEMはまだ撮ってないのか?」
「うん。後回し」
それだけで辞めておけばよかったのだが、あくまでアクアの疑問は純粋なものであり、MEMちょを揶揄うような意図は全くないので、藪をつついてしまうことになる。
「なんで?」
「ははは!」
自分の疑問に対して急に笑い声をあげるMEMちょに対して何かを察したアクア。
急激に膨れ上がる嫌な予感に、アクアは前世で自分が女性の地雷を踏んだときと似たような感覚である事を思い出して顔が引きつる。
「未成年者は深夜22時以降の労働が禁止されてるからねぇ、ちっっとも未成年じゃない私はド深夜に撮影できちゃうからねぇ??」
MEMちょはその可愛らしい顔面を般若のように変貌させて、怨みを吐き出すかのように自分の撮影が後回しにされている理由を説明した。それを遠くで見ていたルルはギョッとしていた。
「聞いて悪かった」
自分の非をすぐに認めて謝れるアクアは出来る男である。
「ちなみに満13歳に満たない子役は行政の許可を得て21時まで働けるわよ」
MEMちょの説明に補足を入れた声が後ろから聞こえ、聞きなれた声だと思いアクアが振り返ると、アイドル衣装に身を包んだ有馬かながそこにいた。
「それでも紅白とかの生放送で出れない時間帯があったりするけどね」
初めて見る衣装にアクアは言葉を忘れてじっと有馬を見つめる。
「それでね、その時ルビーが...っておよ?どしたのあかねちゃん。...お?新衣装の有馬先輩だ。かわいいなぁ」
私と会話していた黒川さんの表情が先程とは違うものに変わり、急に黙り込んだ。
その視線の先を追いかけると、新衣装に身を包んだ有馬先輩がアクアと会話しているのが見える。
それにしても有馬先輩の新衣装イケてるなぁ、アクアも見惚れてるじゃないか。って事は黒川さんのあれはヤキモチかな?うーん、青春っ!
そんな感じにルルが的外れな事を考えているうちにあかねは無言で有馬とアクアの方に歩いていく。
それに気付いたルルがあかねの背中を追うように一足遅く着いていった。
改めて近くで見るあかねに有馬は疑問符を浮かべるが、衣装の話を聞きたいのかと察して話し始める。
「ふふん、どう?衣装、いいでしょ。みんなで話してデザイン決めたのよ。いかにもルビーが好きそうなアイドルーって感じで...」
「全然ダメ」
一歩近付いて険しい表情を浮かべて有馬にはなったあかねの一言でその場は...というより、主にルルが凍り付いた。
先程まで明るく話していたあかねが急に表情を硬くして無言で有馬に近づいていったかと思えば、明らかに似合っている有馬に対してダメ出しの一言をぶつけるあかねが、先程まで話していた人物と結びつかずに思考がショートしたのだ。
やっぱりモノを書くって難しすぎません?