大人になりたい少年の話   作:かゆ、うま2世

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大人の無力

 

 

「何か淹れましょうか?」

「いらないよ。気を遣わせちゃってごめんね」

「そうですか。私はコーヒーでも飲みます」

 

 

リビングに先生を案内し、彼には絶対に部屋から出ないように言ってからコーヒーを淹れる。最近は起きているのにカフェインが便利だし、何より……何かを飲んでいた方が気が紛れる

 

 

「それで、話というのは」

「うん、イフの事なんだけど」

「………正気ですか?」

 

 

ナギサ先輩から聞いた話だが、彼は先生に掴み掛かり、思いの丈をぶちまけたらしい

今の彼の状態は知らずとも、彼にとって自分がどういう存在であるのか、わからない筈がない

 

 

「先生、貴方とイフ様は関わるべきではありません。わからないとは言わせませんよ、イフ様にとって、貴方がどういう存在なのか」

「わかってる。でも、放っておく訳にはいかないから」

「……だからダメなんです」

 

 

生徒の為なら命を張る、例えそれが自分を殺しかけた人でも。そういう人だ。しかし、彼にとってはそれが毒となる

 

 

「貴方が責任を感じる必要はありません。……キツイ言い方になりますが、イフ様は勝手に傷ついただけ。貴方は何も間違ったことをしていません」

「それでも、イフが苦しんでるのは私が原因。……私に、できる事はない?」

「ありません」

 

 

自分でも驚くほど冷たい声でそう言った。少し驚いた表情を見せる先生だったが、すぐに真剣な顔に戻る

 

 

「……ナギサから、話を聞いたんだ。イフを追い詰めて、挙句に夢も希望も、存在価値も奪った。……生徒を導く筈の、私が」

「気に病む事はない、と言っているでしょう。相性が悪くて、イフ様は貴方より子供だった。それだけです」

「……それでも──」

「だから、認識が甘いのですよ。貴方は確かにいい大人です。イフ様が認める程の。その大人としての態度が、イフ様を傷つけた。大人としてイフ様に関わる限り、貴方にはイフ様を救えない。……勿論、私にも」

「……」

「イフ様を救える人がいるとすれば、それはイフ様自身だけです。……私にできる事があるなら何だってしましょう。ですから──お願いです。これ以上、イフ様を傷付けないでください」

 

 

とにかく、彼と先生を会わせる訳にはいかない。どんな代償を払おうとも、ここは先生に帰ってもらわなければ───

 

 

「……待って」

「え……」

 

 

一瞬、自分の耳を疑った。聞き間違いでなければ、今の声は……

 

 

「イフ……様…?」

 

 

そこには尾噛イフがいた。部屋にいるようにとも言った、何より、彼は今この状況で外に出て来れるような精神状態ではない

 

 

「何で……」

「……話さなきゃいけないと、思ったから」

「イフ……大丈夫なの?」

「……はい」

 

 

心配そうな顔をする先生に、ぎこちない笑顔を向ける彼。まだ本調子ではないのだろう。足元がおぼつかない。それでも、彼の目はしっかりとこちらを見据えていた

 

 

「えっと……まずは、ごめん、先生。殺しかけたりとか、その…」

「イフが謝る事じゃないよ。私も、イフの事わかってあげられなかった。ごめん。傷は大丈夫?」

「それは平気。……トリニティは……ナギサは、皆はどうなった?」

「うん。順番に説明していくね」

 

 

それからは、あれ以来のトリニティの様子について説明していった

 

聖園ミカが投獄された事。セイア先輩は未だ目覚めず、ミネ団長と共にいる事。ナギサ先輩はティーパーティーとして一人でも頑張ってトリニティを纏めている事。補習授業部は退学を免れ、楽しそうに日々を過ごしている事

 

 

「……そっか」

「うん。色々と力不足だった事は多いけど」

「……でも、うん。サクラコが手を貸してくれるなら心強いと思う。頑張って、先生。後の事は……全部、任せたから」

「……イフ」

「あ、行けそうなら学校にも行くからさ。ナギサに言っといてよ。あと……俺の力が必要ならトキに連絡して、強さにはちょっとだけ自信あるからさ」

 

 

……間違いなく、空元気だ。今もナイフが手放せていないし、それを持つ手が震えてすらいる。だが、彼は笑っていた。無理矢理作ったような、歪な笑顔

でも、今はそれに乗ろう。少なくとも彼は、それを望んでいる。望むのであれば、それに応えるのみ

 

 

「トキが助けてくれてるから、先生が思ってるより俺は大丈夫だよ。明日の調印式は出るからさ、安心してよ」

「……イフ、本当に──」

「……先生」

 

 

声が、震えている。泣きたいのを必死に堪えるような、そんな声だ

 

 

「先生は、何も悪くない。悪いのは……弱いままの、俺だから」

「……」

「ごめん、もう、これ以上は……ごめんなさい、先生」

「……わかった」

 

 

俯きながら、先生はそう答えた。彼はほっとした表情を見せた後、すぐに先生に背を向けた

 

 

「……ばいばい、先生」

 

 

その手を握り、部屋まで一緒に歩く。程なくして、玄関の扉が閉まる音が聞こえた

瞬間───

 

 

「っ───!はぁっ、はあっ!」

 

 

彼が膝をつく。過呼吸のような状態に陥り、苦しそうに胸を押さえる

 

 

「落ち着いてください。ゆっくり息を吸って……吐いて」

「はー……はー……はぁ……」

「いい子ですね」

 

 

背中をさする。暫くしてようやく落ち着いたようだ

 

 

「お疲れ様です。今日はゆっくり休んでください」

「……ありがとう」

 

 

そう言って、ベッドに戻っていく彼の後ろ姿は、とても弱々しく見えた。きっと、今までもずっと苦しんでいた筈だ。なのに、どうして気付いてやれなかったのか

 

でも──正直、予想外だった。こうして自分から、先生と話そうとするなんて。目に入った瞬間に殺しにかかるものだとばかり思っていたのだが

 

 

「……希望、と呼んでいいのでしょうか」

 

 

この先、彼に何が起こるかわからない。それでも、ほんの少しでも、前に進めたのだろうか。……願わくば、どうかこのまま、良い方向に進んで欲しいものだ

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「……足りないな、本当に」

 

 

私が、イフを傷つけ──いや、傷つけたなんて軽い言葉じゃ表せない。そんな事は、あの日、激情をぶつけられた時からわかってた。それでも、ああなったイフを放置する訳にはいかなかった

だからここに来て、それで──結局、自分の認識の甘さがわかっただけだった

 

存在価値を、夢を、尾噛イフの全てを奪ったという事が、いったいどういう事なのか。本当の意味でわかっていなかったのだ

イフが自分から出て来てくれなければ、言葉を交わすことすらできずに終わっていただろう

 

結局、私は何がしたかったのだろう

イフを理解できず、あんなになるまで追い詰めた。挙句──

 

 

『後の事は……全部、任せたから』

 

 

あれは──夢を、諦めたと言わせたようなものだ

 

 

「はは……」

 

 

乾いた笑いしか出てこない。何が大人だ。イフの夢を滅茶苦茶にしたのは私じゃないか

 

 

「……先生失格だな」

 

 

気付ける場面はあった筈だ。それを見逃していた時点で、私は先生失格だ。どうすれば、イフを救えたのか。わからない、わからないから──ダメなんだ

 

 

どれだけ自己嫌悪に塗れようと、平等に時間は流れていく

 

エデン条約調印式、当日を迎えた




もうちょっと……もうちょっとで…!(興奮)

トキママじゃん(冷静)
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