エデン条約調印式、当日
トリニティ、ゲヘナの各組織のトップが集う会場は……まぁ、雰囲気は最悪だった
条約を結ぶから……と、皆笑顔を浮かべてはいるが…何というか、怖いというか。殺気立ってるというか
互いの溝は、やっぱり深そうだ
「……ついたか」
たった今到着した車の中から、ヒナが出て来た
「おはよ、ヒナ」
「おはよう。来てたんだ」
「そりゃあ……ナギサの理想だからな。俺にできる最後の事だし」
「……ねぇ、大丈夫?」
「え?うん、大丈夫大丈夫」
「……嘘、下手」
ヒナは俺の元まで歩み寄ると、ぎゅっと抱き締めてきた……えっと、うん。何で……
「私が絶対守るから、無理しないで」
「あ、うん……ありがと」
それだけ言うと、ヒナは俺から離れた
「これが終わったら、どうするの?」
「あー……どうしようなー…もう大人は目指せないし、何しようか…」
「……もし、決まってないなら」
「ん?」
「私と一緒に、どこか遠くに行かない?」
「……?」
以前話していた。ヒナはエデン条約締結をもって風紀委員長を辞めると。その後はどうするのか、と聞いた事があるが、これがその答えだろうか
遠くに行く、とだけ言っているが…まぁ、その先で何をするかは後で考えればいい
「……いいかもな」
「本当?」
「あぁ、でも、まずはさっさとエデン条約を終わらせちゃわないとな」
「ふふっ、そうだね」
「面白そうな話をしていますね」
「うへ、おじさんも混ぜてよ」
「……???」
気付けば、そこにはホシノとトキが居た。一体どこから出て来たのか……
「お前ら、何でいるの?」
「いやぁ、せっかくだし見に行こうかなぁって思って」
「私も同じです」
「暇なの?……てかヒナ、顔怖いぞ」
「……別に」
何故か機嫌を悪くしたヒナをなだめつつ、四人並んで歩いていく。万魔殿も到着した、本格的に調印式が始まるまでもう時間はあまりないだろう
「……イフ様」
「どうしたの?」
「……私は、今のイフ様の方が好きです」
「……あぁ」
そういえば、皆にお礼を言っていなかった。皆がいなかったら──俺は、どうなっていたのだろう。想像すらできない
「皆、ありがとね」
「……いえ」
「……いいんだよ」
「気にしないで」
返事を聞いて、歩いていく
これから、俺はどうすればいいんだろう
大人になると、それだけを見据えてただがむしゃらに走ってきたけど……何も見えなくなった。喪失感が大きい、自分が半分なくなったみたいな感覚だ
大人にはなれなかったけど、それでも───何か、また別の夢を
「……夢、を」
俺は──見られるのか?
「────え」
瞬間──研ぎ澄まされた感覚が"それ"を感知した
僅かな空気の揺らぎ──何かが、超高速でこちらに向かって来ている
狙撃?あり得ない。あまりにも長距離すぎるし、狙撃を一発当てた程度ではキヴォトスの生徒は死なない。そもそも感知できるほどに空気が揺れている。かなりのサイズだ
そもそも目的は──
「……あ」
何で、こんな簡単なことを失念していたのだろうか。エデン条約調印式、トリニティ、ゲヘナの主要組織の要人が一堂に会するこの機会
襲撃を仕掛けるなら、これ以上のタイミングはない
「イフ様?」
「イフ?」
「イフ、どうかした?」
……止めないと
でも、どうやって?空気の揺らぎから大体の弾道は予測できる。俺の体はそういう風にできているから
だが、予測したところで、だ。この距離をこの速度で向かってくる巨大な何かを迎撃する術なんて俺は持ち合わせていないし、そもそも何が向かって来ているのかなんてわからない
いや、そもそも───何で、俺は動こうとしてるんだ?
皆を守る為?違う、考えなくてもわかっていた
「……この期に及んで、まだ──」
諦められないって、いうのか
打ちひしがれた筈だ、絶望した筈だ。大人になって、皆を救う。それは俺の役割じゃないし、俺には無理だと、誰よりも俺自身が理解した筈だ。なのに、どうして──
「……先生の事、頼んだ」
気付けば、走り出していた。静止の声に背を向けて。自分でも、自分の行動が理解できない。純粋に皆を守りたいわけじゃない
大人として、皆を守りたいと、そう思ったから俺は走っている。そんなもの、もうとっくに諦めた筈なんだ。だったら、じゃあ、何故
……簡単な、話だ
「例え、全てが虚しくても、俺は───!」
──諦められない
ずっと、それだけを願って生きて来た。もう、無力に泣くのは嫌だったから。皆を、大事な人を、救いたかったから。それが、それだけが俺だったんだ。それを、俺自身が否定したら
──誰が、俺を肯定するっていうんだ
「────!」
大聖堂の壁を駆け上がり、空中で向かって来た何かを視認する。正体は──一発の、ミサイルだった
アリウスは、ここまで──
時間にして、一秒にも満たないその瞬間
勢いを潰そうとして突き出した左腕はミサイルに貫かれて千切れた。止まらなかったミサイルは尾噛イフの首の左半分を抉りながら進み、爆ぜる瞬間───
───黒い何かが、ミサイルを覆い尽くした
(絶頂)