大人になりたい少年の話   作:かゆ、うま2世

16 / 53


彼の第一印象は──まぁ、最悪だったと思う

 

初めて出会ったのは、アリスの事件があったあの時。要塞都市エリドゥの奥に閉じ込めたアリスを助けに来た彼に、私は敵として立ち塞がった

噂は聞いていた。尾噛イフ、キヴォトス最強

 

だが、エリドゥのバックアップを受けた武装相手では、誰が相手だろうが勝ち目は無い。そう思っていた

 

──けど、思わないだろう。素手で武装をバラバラに引きちぎられるなんて

 

 

『……それ、もう動かないよな?』

 

 

一対一だ。まず間違いなく負ける筈がなかった。でも現実は、涼しい顔でそう言い放った彼を見上げる事しかできなかった

それからは早かった。敵であった筈の私を介抱しつつ、アリスを救出。アリスの事件は、ハッピーエンドで終わりを迎えた

 

 

リオ会長の失踪により、行く当てのなくなった私は彼の元を訪ねた。理由は──正直なんとなくだ。あそこまでボコボコにされたのだから、少しくらい助けてくれてもいいじゃないかと思っただけ

 

 

『……いいよ。面倒ぐらいならいつでも見る。友達作りでも始める?』

 

 

実際には、少しなんてものじゃなかった。C&Cの先輩方との仲、ゲーム開発部の皆さんとの仲、彼は完璧に取り持ってくれた

 

長い時間を過ごしていくうちに、きっと、彼の事が好きになっていたんだと思う。いつの間にか、私の心は彼でいっぱいになっていたから

だから暇さえあれば彼の家に上がり込んだ。手伝い、と銘打ってはいるが、実際のところはただ一緒に居たかっただけだ

 

──恋心を自覚したのは、割と最近だ

決定的なのは、一緒に遊園地に行ったあの日。アトラクションも楽しかったし、コロコロと変わる表情を見ているのも楽しかった

けれど、やっぱり一番はあの瞬間だ

 

 

『……驚いた、そんな顔もできるんだな、お前』

 

 

表情が固い事は自覚していた。それでも──あの瞬間は、自分でも少し恥ずかしくなる程、表情が緩んでいたと思う

あれから、何かと理由をつけては彼に撫でてもらっていた。その度に表情が緩んでいるのも自覚していた。そして、その瞬間が好きだった

動いた表情を、彼に褒めてもらえたから。彼が喜んでくれるから。そうして、どんどん好きになっていった

 

優しくて、強くて…そんな憧れの人

だから──あの時は、内心酷く取り乱した

 

 

『……とき?』

 

 

頭に包帯を巻いて、手首をナイフで傷つけて、精神的に憔悴しきっているような姿を見た時に、私はどうしようもなく怖くなった。このまま、消えてしまうんじゃないかって

だから、ひたすらに抱きしめて──今度は私が支える番だと、心に誓った。例え、この身が朽ち果てようと、絶対に

 

そして──迎えた調印式

まだ本調子では無いけれど、彼は以前の様子を取り戻しつつあって、安心した

完全に元通りにはならないかもしれないけど、また笑顔を見せてくれるようになる

 

だから、また、頭を撫でて───

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「──ごほっ」

 

 

感じた衝撃に咳き込みながら、私は意識を取り戻した

……何が起きた?あれほどの衝撃。襲撃を受けた事はまず間違いない。だが──それにしては、私の体に怪我の一つも見つからない

 

 

「……イフ様」

 

 

口にして、やっと気付く

そうだ、彼がいきなり走り出して、その直後───!

 

 

「イフ様!?どこに──!」

 

 

イフ様は強い。だが、それはあくまでも戦闘面の話だ。肉体の強度としては私達よりも遥かに脆い方だ

もし、怪我をしていたら──!

 

 

「────え」

 

そして──それを、見つけてしまった

 

一本の腕だった。私が──それを、見間違う筈がない。だって、あんなに手を握って、撫でてもらったのだから

 

 

「────」

 

 

言葉は出てこなかった。ただ腕を拾い上げ、それと手を繋いでいる。大きくて、暖かい、大好きだった手を見て

 

それを、無意識のうちに頭に置いていた。撫でてもらったあの時のように

 

 

「─あ、あ」

 

 

きっと、今の私の表情は動いているのだろう。あんなに固かった表情筋が嘘みたいに、ぐちゃぐちゃになっているのを感じる

 

 

「イフ、さま……っ!」

 

 

わかってしまった。理解してしまった。もう、二度と戻ってこない事を

 

 

「うぅ、あ、ああ、あぁあ……!」

 

 

ひたすら、誰かの為に大人であろうとした彼。私の面倒を見て、いつも助けてくれた彼

──大好きだった、彼

 

涙が止まらない。悲しくて、辛くて、苦しい。胸が張り裂けそうな程の痛みが、次から次に押し寄せてくる

 

緩んだ表情を褒めてもらったのを覚えている。彼なら──今の私の表情も、褒めてくれるのだろうか

ただ、一つ言える事があるとすれば

 

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

こんな事、誰も望んでいないという事だ

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。