彼の第一印象は──まぁ、最悪だったと思う
初めて出会ったのは、アリスの事件があったあの時。要塞都市エリドゥの奥に閉じ込めたアリスを助けに来た彼に、私は敵として立ち塞がった
噂は聞いていた。尾噛イフ、キヴォトス最強
だが、エリドゥのバックアップを受けた武装相手では、誰が相手だろうが勝ち目は無い。そう思っていた
──けど、思わないだろう。素手で武装をバラバラに引きちぎられるなんて
『……それ、もう動かないよな?』
一対一だ。まず間違いなく負ける筈がなかった。でも現実は、涼しい顔でそう言い放った彼を見上げる事しかできなかった
それからは早かった。敵であった筈の私を介抱しつつ、アリスを救出。アリスの事件は、ハッピーエンドで終わりを迎えた
リオ会長の失踪により、行く当てのなくなった私は彼の元を訪ねた。理由は──正直なんとなくだ。あそこまでボコボコにされたのだから、少しくらい助けてくれてもいいじゃないかと思っただけ
『……いいよ。面倒ぐらいならいつでも見る。友達作りでも始める?』
実際には、少しなんてものじゃなかった。C&Cの先輩方との仲、ゲーム開発部の皆さんとの仲、彼は完璧に取り持ってくれた
長い時間を過ごしていくうちに、きっと、彼の事が好きになっていたんだと思う。いつの間にか、私の心は彼でいっぱいになっていたから
だから暇さえあれば彼の家に上がり込んだ。手伝い、と銘打ってはいるが、実際のところはただ一緒に居たかっただけだ
──恋心を自覚したのは、割と最近だ
決定的なのは、一緒に遊園地に行ったあの日。アトラクションも楽しかったし、コロコロと変わる表情を見ているのも楽しかった
けれど、やっぱり一番はあの瞬間だ
『……驚いた、そんな顔もできるんだな、お前』
表情が固い事は自覚していた。それでも──あの瞬間は、自分でも少し恥ずかしくなる程、表情が緩んでいたと思う
あれから、何かと理由をつけては彼に撫でてもらっていた。その度に表情が緩んでいるのも自覚していた。そして、その瞬間が好きだった
動いた表情を、彼に褒めてもらえたから。彼が喜んでくれるから。そうして、どんどん好きになっていった
優しくて、強くて…そんな憧れの人
だから──あの時は、内心酷く取り乱した
『……とき?』
頭に包帯を巻いて、手首をナイフで傷つけて、精神的に憔悴しきっているような姿を見た時に、私はどうしようもなく怖くなった。このまま、消えてしまうんじゃないかって
だから、ひたすらに抱きしめて──今度は私が支える番だと、心に誓った。例え、この身が朽ち果てようと、絶対に
そして──迎えた調印式
まだ本調子では無いけれど、彼は以前の様子を取り戻しつつあって、安心した
完全に元通りにはならないかもしれないけど、また笑顔を見せてくれるようになる
だから、また、頭を撫でて───
──────────────────
「──ごほっ」
感じた衝撃に咳き込みながら、私は意識を取り戻した
……何が起きた?あれほどの衝撃。襲撃を受けた事はまず間違いない。だが──それにしては、私の体に怪我の一つも見つからない
「……イフ様」
口にして、やっと気付く
そうだ、彼がいきなり走り出して、その直後───!
「イフ様!?どこに──!」
イフ様は強い。だが、それはあくまでも戦闘面の話だ。肉体の強度としては私達よりも遥かに脆い方だ
もし、怪我をしていたら──!
「────え」
そして──それを、見つけてしまった
一本の腕だった。私が──それを、見間違う筈がない。だって、あんなに手を握って、撫でてもらったのだから
「────」
言葉は出てこなかった。ただ腕を拾い上げ、それと手を繋いでいる。大きくて、暖かい、大好きだった手を見て
それを、無意識のうちに頭に置いていた。撫でてもらったあの時のように
「─あ、あ」
きっと、今の私の表情は動いているのだろう。あんなに固かった表情筋が嘘みたいに、ぐちゃぐちゃになっているのを感じる
「イフ、さま……っ!」
わかってしまった。理解してしまった。もう、二度と戻ってこない事を
「うぅ、あ、ああ、あぁあ……!」
ひたすら、誰かの為に大人であろうとした彼。私の面倒を見て、いつも助けてくれた彼
──大好きだった、彼
涙が止まらない。悲しくて、辛くて、苦しい。胸が張り裂けそうな程の痛みが、次から次に押し寄せてくる
緩んだ表情を褒めてもらったのを覚えている。彼なら──今の私の表情も、褒めてくれるのだろうか
ただ、一つ言える事があるとすれば
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
こんな事、誰も望んでいないという事だ