彼の何が一番好きかと言われたら──私は迷いなく眼と答えるだろう
決して猟奇的な意味合いではなく、彼の眼は、色々なものを映すから好きなのだ
『トリニティから来た。尾噛イフだ。手伝える事はあるか?』
彼との出会いは、その言葉から始まった。衰退し、二人しかいなかったアビドスに訪れて、できる事はないかと聞いてきた少年
最初は警戒していた。訳がわからない奴が来た、と。ただでさえギリギリなのに、無警戒なユメ先輩に代わって私がどうにかしなければ、と
まぁ──結局のところ、ただのいい人だったんだけど
ある日、何が目的なのか聞いた事がある。彼は少し困った顔をして、それから笑みを浮かべて言った
『大人になりたいんだ』
当時は、かなり怒ったのを覚えている。大人のせいでアビドスは衰退の一途を辿っているというのに、そんなふざけた事を抜かすなんて!と
だけど、違った。彼は子供のままでいる事に苦しんでいただけだったのだ。私達と同じ様に、大人の理不尽に晒され続けてきて、それでも抗おうとしていた
身の上を聞いたわけでは無いけど、何となく察した。その眼に宿る感情に覚えがあったから
私達は似ているようで、違う。同じ傷を抱えて、違う志を胸に秘めている。無意識のうちに、彼を頼ってしまっていたのかもしれない
どこまでも、眩しい──良い大人のように、見えたから
『……大人なんでしょ?助けてくれるんでしょ?だったら…何でユメ先輩が──!』
だから、あの時は当たり散らした。彼を責めてしまった。内心、間違っているとは思いつつも、止められなかった。今思えば、彼に甘えていたんだと思う。自分だけではどうしようもない現実を前に、ただやり場のない感情をぶつける事で心の均衡を保っていたのだろう
彼は私の気持ちを全て受け止めてくれた。受け止めた上で、答えてくれた
『……ごめん。本当に、ごめん。俺に、もっと力があれば……お前に、こんな想いをさせなくて済んだのに……』
ただ、謝ってくれた。何も悪くないのに、ただただ、自分の無力を嘆いて、謝罪してくれた
その時の眼は、今でも脳裏に焼き付いている。深い悲しみと後悔の念。それ以上に、何かを成し遂げようとする決意に満ちた瞳。絶望しようとも、決して折れない強い意志を感じた
それから──ノノミちゃんがやって来て、シロコちゃんがやって来て、アヤネちゃんとセリカちゃんがやって来た
その日々の中で、幾度となく彼の瞳を見た。楽しそうだったり、驚いたり、悲しそうだったり、嬉しそうだったり。それでいて、常に真っ直ぐ前を見ていた
いつしか、彼がアビドスに訪れる時が待ち遠しくなっていた。彼の眼を一番近くで見れる場所が、心地よくなっていた
それでも、アビドスの現実は変わらない。私は一人で何とかしようとして──また、大人に騙された
『ホシノ!ホシノッ!!』
『うわっ、イフ先輩危ない!』
閉じ込められていた所の扉を破壊して、彼が現れた。私の拘束を外して、救い出してくれた
『ホシノ…よかった……無事で、ほんとうに……』
焦燥と、安堵が入り混じった瞳。抱きしめられたからあまり見られる時間は多くなかったけれど、確かに見た。その奥にある、優しい輝きを
ああ──やっぱり、好きだ。この人の事が、大好きなんだ。この人の為に何かをしてあげたい。この人が、笑ってくれるような事なら何でもしたくなる
でも、きっと彼は一人でも大丈夫だ。だって、私なんかよりずっと凄くて、優しくて、頼りになる男の子だから。そう、思ってた
『はぁっ、はぁっ、はぁっ───!』
空っぽの瞳で、手首をナイフで傷つけている彼の姿を目にするまでは
まず抱いたのは、後悔と自責の念だった。彼が私達を気にかけてくれたように、私も彼を見てあげるべきだった。ずっとずっと、彼の苦しみに気づいてあげられていなかった。それが悔しかった
原因が先生だと聞いて、思うところが無かった訳ではない。でも、それよりも──どうして、黙っていたのか。その方が許せなかった
同じ傷を抱えて、同じ絶望を味わって、三年も前からずっと一緒にいた。私が一番側にいて、私が一番彼の事を知っている筈なのに。彼は私を頼ろうとしてくれなかった
そして、何よりも───彼の眼が、嫌いになった。あんなに綺麗な眼をしているのに、あんなに澄んでいるのに、それが台無しになってしまう程に、暗く淀んだ眼をしてしまっていたから
だから──今日は、少しだけ安心した。元通りではないけれど、少しだけ元の輝きを取り戻しつつあったその瞳。その眼を見る度に、胸が高鳴る。彼の事を、もっと知りたい。彼の支えになりたい。彼の為なら、何だってできる気がする ──そう、思っていたのに
──────────────────
「げほっ、げほっ、何……?」
衝撃と爆音。何かが爆発した事は間違いない。確実に襲撃はあった。だけど、一体何が──
「────」
──嫌な予感がした。根拠はない。ただ、漠然とした不安感が襲ってくる。また、あの時の繰り返しのような、そんな感覚が
足が勝手に動く。彼を探して。何処にいるかもわからないのに、本能が告げている。急げと、走れと
「────」
視界の端に映った"それ"に、足が止まった。何故、あれがある?理解できない。意味がわからない。ただ一つわかるのは──もう既に、取り返しのつかない事が起きているという確信
「──あ、え…?」
ピンク色の何かと一緒に転がっていたのは──誰かの眼球だった。見間違う筈がない。それは──絶対にあり得ない。あっていいわけが無い
「────!」
声にならない叫びを上げる。頭が真っ白になって、何も考えられない。心臓が早鐘のように鳴り響いて、息が上手く吸えない。思考がまとまらない
何で──イフの眼が転がってるの?
駆け寄って、膝をつく。きっと見間違いの筈だから。こんな事があるわけ無いから
転がる眼に、手を伸ばそうとして───
「───あ」
崩れた瓦礫に、それは潰された。血飛沫が飛び散る。私の手にべっとりと付着している。生暖かい液体。鉄の臭い。これは、血だ
「………………」
眼を見開く。嘘だと思いたかった。何かの冗談であって欲しかった。そんな訳がないという現実逃避は、幾度となく見続けて来た記憶が完全に否定してくる
私は──また、守れなかった
「あ、ああ、ああああああ───」
怒り、後悔、嘆き
もう二度と──戻らない
ホシノがイフ君の眼が好きだっていうから……
あ、ヒナにはもうちょっと多めに残しといてあげるからね