「……立って、風紀委員長ちゃん」
千切れたイフの頭を抱えて座り込むヒナの肩を、ホシノが叩く。反応は無い。ホシノも同じだが、ヒナの精神は限界に近かった
「……体出すから、手伝って」
反応は無い。諦めて一人でやろうと、瓦礫に手をかける
「っ、大きい……」
持ち上げられない事はないが、このままではイフの体を傷つけてしまうかもしれない
「手伝います」
「トキちゃん…」
気付かぬうちに、トキも傍に来ていた。彼女のメイド服が赤く染まっており、ヒナの側には誰かの左腕。恐らくイフの体に左腕は付いていないのだろう
「っ………」
首が無くなったイフの体を見て、トキは口元を抑える
「……大丈夫?」
「……はい」
「強いね。トキちゃんは」
「折れない人を、見てきましたから」
二人で協力し、瓦礫の中から体を引きずり出した。右足が無い。取り出す時に取れたわけではないだろうから、恐らく瓦礫の下敷きになった時にちぎれてしまったのだろう
「右足、探そっか」
「……はい」
瓦礫を掻き分け、二人掛かりで掘り起こす。右足はすぐに見つかった。断面が瓦礫に潰されて歪になっている
もう一つ、瓦礫の中で拾ったものがあった
「……これ、イフの」
一振りのナイフ。イフが使っていたものだ。手に持ったまま、集めたイフの体の断面をくっつけていく。繋がりはしない、意味のない行為だ
襲撃は今も尚続いている。こうして止まっていられる時間は、それほど長くないだろう
「風紀委員長ちゃん、立って」
反応は無い
「ッ、ヒナ!」
頭を掴んで目線を合わせ、叫ぶ
「今は、やるべき事があるでしょ!」
「ぁ───」
どんなに折れても、やるべき事が残っている。尾噛イフがそうしたように。その瞳に、僅かに光が灯った
名残惜しそうに頭を置いて、ヒナは立ち上がった
「……相手の狙いは、きっと先生。まずは先生を保護しないと。報いを受けさせるのは、その後でいい」
「急ぎましょう」
「あ〜、ちょっと待ってて」
ホシノはイフのナイフを自分の髪に当て──バッサリと切り落とした。長かった髪が肩までの長さになる
「行こう」
言葉は無く、されど意思は同じだった
先生を保護してから──敵を皆殺しにする。尾噛イフを奪った罪は重い。全員のヘイローを壊すまで、戦いは終わらない
──────────────────
「……ぁ?」
瓦礫が持ち上げられ、わずかな光が差し込んだ事で私は目を覚ました。全身が痛む。何が起きたのかわからない
生徒は──イフは、無事だろうか
「先生、起きてください。早くここから逃げなければなりません」
聞き覚えのある声がする
「……トキ?」
それだけじゃない。ヒナも、ホシノも一緒だ。だが様子がおかしい。全員服が赤黒く汚れているし、顔には生気がない。まるで、死人のようだ
「血…?大丈夫なの!?」
ぼんやりとしていた意識が覚醒する。慌てて三人の傷を確認しようと手を伸ばすと、パシッとその手を払われた
「私達は無傷です。……イフ様が、助けてくれましたから」
「イフが……?イフは何処に……」
「先生、それは後。敵が来るから早く逃げるよ」
ホシノが私の腕を掴む。力が強い。痛みに顔をしかめると、ホシノは申し訳なさそうに謝ってきた
「ごめん。でも急いで。トリニティもゲヘナも壊滅状態。先生にまで何かあったら、本当に収拾がつかなくなる」
「一体、何が起きてるの……」
「説明している暇はありません。とにかく、今はここを離れましょう」
トキに促される。確かに、今ここで私がどうこうできる問題ではないだろう。この子達を信じて任せるしかない
「……わかった、お願──」
耳に響いた、複数の足音。それも、かなりの数。全員がその方角に目を向けた
以前見たことのあるガスマスクの生徒──アリウス分校の生徒。その先頭に立っている、小柄な水色の髪の女の子
「ヒナさん、まだ立ってますねえ…。知らない人が二人いますし、無傷のような……え?そっちも無傷なんですか?」
独り言にしては多い。仲間との通信か。こちらを見ながらブツブツと呟いている
「……アリウス、分校」
「相手してる暇はない。押し通るよ」
私に向かってきた銃弾は、ホシノが構えた盾によって防がれた。それを皮切りに銃撃戦が始まって──終わった
トキの正確な射撃、ヒナの広範囲に拡散する銃撃。瞬く間にアリウス生達が倒れていく
「銃弾は庇ってでも防いで!先生、走るよ!」
軍勢に穴を開け、走り出す。私も皆についていくように走った。背後から聞こえてくる銃声。撃たれる心配は無い。そう信じて、ただひたすらに前だけを見て駆け抜けた
「っ、はぁ、はぁ……」
どれくらいの時間走っていたのだろう。後ろを振り返る余裕すら無い。次第に銃弾は飛んでこなくなり、足音もしなくなった──筈だった
「あれは……」
ガスマスクを被った、幽霊のような何か。体つきから女性である事は間違いないが、そもそも真っ当な生物なのかも怪しい。それが、文字通り無限に湧き出て来る
「止まらないで!」
ホシノの叫び。あれが無限に湧き出てくる以上、邪魔なのを片付けて間を抜けていくしか方法は無い。覚悟を決めて、先を急ぐ
「邪魔!」
ヒナの弾丸がガスマスクを吹き飛ばすが、すぐに別の個体が代わりを務める。それでも進む事はできていて、気づけば市街地まで辿り着いていた
混乱は市街地でも起きている。ガスマスクの邪魔も続いているが、このまま走り続ければ逃げられる───
「ッ───!」
ホシノの盾越しに伝わった一際強い衝撃。狙撃──恐らくは先程の水色の髪の少女が放ったもの。弾丸が放たれた方を見ると、そこには四人の少女が立っていた
見ただけで分かる。アリウス分校側の司令塔
「……ずっと、思ってた」
ヒナが、小さく呟く
「貴方達の狙いが先生なら……先生を連れておけば、貴方達は必ず私達の前に現れるんじゃないかって」
先生を保護しなければならないのも、イフに託されたのも、どちらも本当だ。ただ、三人の中で一番大きかった気持ち
イフを奪ったアリウス側の司令塔が、無策だろうと私達に勝負を挑まなければならない、という復讐の為の打算
「──座標を送信」
上空で、何かが煌めいた。トキはメイド服を脱ぎ捨て、青いレオタード状のインナー姿になる。空から降ってきたのは、四角い箱。中から出てきたのは───
「──アビ・エシュフ、起動完了」
両腕にガトリングガン、主砲のレーザー兵器を持つパワードスーツ。エリドゥのバックアップがない以上、イフと戦った時のような圧倒的な性能は発揮できない。だが、そんな事は些細な問題だ
「ヒナ、先生をよろしく。そっちの方が効率的。先生、盾貸す。絶対に離さないで」
「待って、何する気なの…?」
「別に───殺すだけ、イフを奪った奴らを」
「え───」
その言葉の意味を追及する事も、ダメだと咎める事もできなかった。その眼には、海よりも深い憎悪の色
イフを喪った喪失感。イフを奪ったアリウスへの憎悪。それら全てを燃料にして、彼女達は動き続ける
どんな手を使おうと──敵のヘイローを破壊するまで、止まる事はない
これ勝てるやつおるんか