その場の全員が、それを見て固まった
傷だらけのアリウススクワッドも、復讐に燃えたホシノとヒナとトキも、ただ唖然としている
「か、ぞく」
頭の傷口と、腕と足の断面から生えた黒い触手をうねらせ、体から血をとめどなく流し、虚ろな声で呟くその姿は、誰がどう見ても異常だった
「イフ、なの?」
呆けたように、ホシノが問う。その声に反応し、イフは目線をホシノに合わせる
「ほし、の」
「……!早く治療しないと!」
「ホシノ先輩、待って──!」
トキの制止を振り切り、ホシノが駆け出し──そして、後方に吹っ飛んだ
「がっ、はっ──!」
建物の壁に背中から激突したホシノは、そのまま地面に倒れる。認識はできた。鞭のように動いた触手に殴られたのだと
「ホシノ!」
ホシノの側に、先生達が駆けつける。イフはそれに目を向ける事すらせず、ゆらりと身体をアリウススクワッドに向けた
「イフに…何があったの?」
「……知らない。ミサイルから私達を庇ってバラバラになって──じゃあ、あれは何なの!?」
ヒナの慟哭が、周囲に響き渡る。その叫びに応える者はいない。だが、イフは構わず歩き出した
「ご──ほっ」
「ホシノ先輩!」
ホシノの口から、大量の血液が吐き出される。ヘイロー持ちが一撃受けただけにしては、明らかに傷が大き過ぎる
「みん、な」
「リーダー!あれ何!?……イフなの!?」
「わからない!あんなもの……私も知らん!」
幼少期を共に過ごしたアリウススクワッドにとっても、初めて見る光景。動揺は他のメンバーにも伝播し、誰もが動けずにいた
「たす、ける」
呟き、足音と共に、地面が赤く染まる。黒い触手が、脈打つ
「にげ、た」
「さおり、みさき、あつこ、ひより、あずさ」
「ごめ、ん」
───瞬間、イフの体が弾けた
無数の黒い触手が四方八方に伸び、周囲を無差別に攻撃する。それはアリウススクワッドも例外ではなく、触手は彼女達へと向かっていく
「避けろ!」
傷だらけの体に鞭を打ち、アリウススクワッドは散開する。しかし、触手はそれを上回る速度で動き回り、執拗に彼女らを追い続ける
それは、尾噛イフ本体も同じだった。全身を黒く染め上げ、血塗れのまま触手と共に暴れ回る
「ヒヨリ!狙撃できない!?」
「や、やってみます!」
足を怪我している為か、本調子の時はどの速度は出ていない。それでも尚驚異的な速度のイフに対し、ヒヨリは必死に狙いを定める
アリウススクワッドの狙撃手の実力は本物だ。放たれた銃弾は真っ直ぐにイフの首元へと飛び──
「───あ」
その首を刎ね飛ばした
「イフ!」
先生達の絶叫が木霊し、首を失ったイフの体は力無く倒れる───ことは、なかった
「……うそ」
頭を失ったまま、触手で体を支えて立ち上がる。それだけに留まらず、落ちた首へと伸びた触手がそれを拾い上げた
「ッ───!?」
触手が頭と体を繋ぎ合わせ、イフの首が元に戻る。頭と体の接合部からは、先程と同じように黒い触手が数本生えていた
「ミサキ!」
「もう撃ってる!」
動きを止めたイフに、ミサキのスティンガーミサイルが迫る。それは本体に当たる事なく触手に阻まれ、爆炎を上げた
「……効いてる」
ミサイルを阻んだ触手はバラバラに崩れて消えた。だが、すぐに新しい触手が生えてくる
「……リーダー、あれは無理。どうする?」
「戦術兵器を出す。あれならば、あるいは───!?」
気づいた時には、サオリの眼前にイフが迫っていた。明らかに、先程よりも速い
「しま──」
咄嵯に銃で防ごうとするも間に合わない。イフの拳がサオリの腹部に突き刺さった
「リーダー!ぐっ…!」
三人もそれに反応しきれず、触手によって薙ぎ払われた
「さ、おり」
「っ………!」
サオリを押し倒す形で、イフが覆い被さった。イフの顔には表情がない。虚ろな瞳が、じっとサオリを見つめている
どれだけ効果があるかわからないが、ユスティナを───
「──呼べない?」
エデン条約機構としての権限が、消えている
「ざ、お"りぃ」
イフの体から吹き出した血が、サオリの顔を汚す。血に濡れた唇を動かし、イフは呟く
「─────」
「は………?」
その言葉を聞き、サオリは絶句した
「リーダー!」
ミサキのスティンガーミサイルを回避する為、イフがサオリの上から退く
「み、んな──!」
サオリを追おうとしたが、ヒヨリの狙撃が右足の断面を撃ち抜いた。それによって再び右足が千切れ、すかさずミサキが放ったミサイルがイフに直撃。先生達の近くまで体が吹っ飛んだ
「リーダー!早く逃げるよ!このままじゃ全員殺される!」
「っ、あぁ!」
アリウススクワッドが逃げて行く。それを、見逃せない者が一人
「待、て──!」
口の端から血を流しながら、ホシノが追いかけようとする。その足を、何かが掴んだ
ホシノは足を止め、自分の足を掴んだそれを見る。その正体は──尾噛イフだった
「っ、離してよ!イフを傷つけた奴は私が全員殺すから!」
ホシノは叫ぶ。だが、イフは何も言わず、ただ強い力でホシノの足を握り締めるだけだった
「だから──だから離して!何もできないまま終わりは嫌なんだって!」
先生も、トキもヒナも、その光景を眺めている事しかできなかった
「────ぁ」
掠れた声。イフの口が、開く
「……にくま、ないで」
「え───?」
言葉の意味が、よくわからない
「だれも、にくみたくない」
「だれにも、にくまれたくない」
「だれかを、にくませたくない」
「だれも───にくまないで」
恐らく、今のイフに意識はない。ホシノに危害を加えた時からそれは分かりきってる事だ。それでも尚、彼は言葉を紡いでいる
きっと、それは尾噛イフの願いだ
「……何で?私は…ただ…」
ホシノの目に、涙が浮かぶ。それを無視して、右足を繋げたイフは立ち上がり、歩き出す
「イフ様!」
「待って」
追いかけようとしたトキを、ヒナが制す
「ヒナ先輩、何故──!」
「……私達はイフを追えない。イフと戦えば……多分、皆死ぬ。……決めて、先生、どうするのか。私達じゃ、どうやったってイフを止められない」
「っ………」
先生として、今のイフを放ってはおけない。だが、彼女達が言うように、今の状態ではイフを止める事は叶わない。ならば、残された選択肢は一つしかない
『貴方にはイフ様を救えない。……勿論、私にも』
あの時、トキに言われた言葉を思い出す。イフにとって、私は害でしかない。イフの心を壊したのは私
……私には、イフを救えない
「……行こう」
たった一言。三人は全てを飲み込んで、先生の言葉に従った。先生は踵を返し、イフとは逆方向に走り出した
「……ごめん」
──────────────────
それからは早かった
ユスティナを失ったアリウススクワッドが呼び出した戦術兵器こと、ヒエロニムスは暴走したイフに倒され、それと同時にイフも力尽きた
アリウススクワッドは負傷、無限の戦力であるユスティナを失ったアリウスは撤退を余儀なくされ、エデン条約襲撃事件は幕を閉じた
多数の負傷者と、一人の重傷者を生んで
病院の一室。そこに、尾噛イフはいた。包帯で全身を巻かれ、誰がどう見ても重傷患者ににしか見えない姿で、ベッドの上に横たわっている
触手は出ていない。意識も戻っていない。あれ以来ずっと眠り続けている
「………」
ホシノ、トキ、ヒナ、先生は時間さえあればイフの病室に訪れていた。毎日のようにイフに会いに来ているが、目を覚ます気配はない
どうしてこうなってしまったのか、四人は同じ事を考える。どこで間違ったのか、イフに頼りすぎていたのか
それとも───最初から、大人になろうとした事が─?
そんな事はあり得ない筈だ、ただ、そうありたいと願って、努力を重ねただけ。それが間違いだなんて事、ある筈が無い
「………ごめん、イフ」
無力な大人の呟きは、虚空へと消えた
まぁ、ぶっちゃけヒエロの辺りは描いてもしょうがないかなと思ってバッサリカットしたよ。サオリ達を追ってきたアズサがイフ君と遭遇して曇るだけだからね