あれから──多少はマシな生活を送れるようになったとは思う。腐った飯は食べなくてもいいし、弾不足に苦しむ事もなくなった
ババアに言われるまま任務を遂行しているが、正直前とやる事は変わらない。人を撃って、殴って、蹴飛ばして、奪う。それの繰り返し
そんなある日の事だった
「貴方に任務を与えます。ロイヤルブラッドを護衛しなさい」
「ロイヤルブラッド?」
「案内しましょう」
連れて来られたのは、無機質な部屋。中心にある椅子に、紫色の髪の少女が座っていた
「この子の護衛と世話係を任せます」
「ほーん、ババアにしては珍しいじゃん。そんなに貴重なの?そのロイヤルなんとかって」
「えぇ、くれぐれも傷つけぬように」
「はいはい、了解しましたよっと」
ババアは直ぐに部屋から出て行った。残ったのは俺と紫髪の子だけになる
「ロイヤルブラッドって名前じゃないだろ?俺は尾噛イフ、アンタは?」
「名前……?」
「何でそこで疑問形になるんだよ」
「……アツコ、秤アツコ。多分そうだと思う」
「そ、よろしくアツコ。ババアがアンタのこと守れっていうから守るよ」
「うん、よろしくね、イフ」
「……その前に、格好がアレだからこれ着ろ」
そうして、俺が着ていた白いパーカーを渡した
それが───秤アツコとの出会いだった
「イフ、イフ」
「どうした?」
「見て欲しいものが有るんだけど」
「……大人しくしてて欲しいんだが、いいよ、何?」
出会った時からずっとこんな感じだった。俺にベッタリ引っ付いて離れようとしないし、常に俺の事を呼んでくる
「これ」
「花…?」
アツコが示したのは、部屋の隅に咲いている花。具体的な名前は知らないが、綺麗な青い色の花を咲かせている
「これ、花っていうの?」
「あぁ、外には割と沢山生えてるぞ。植物は元気なんだな」
「……外に、出てみたい」
「それは無理だ。ババアにキレられるからな」
「でも……」
「ダメなもんはダメだ。諦めろ」
「……むー」
「小突くな」
頬を膨らませて肘でつついてくる。地味に痛いから止めてほしい
「…………」
不満げなアツコの顔を見てると、何故か胸が締め付けられるような感覚に襲われる。訳の分からない感覚だ。体調でも悪いのだろうか
……まぁ、ずっとここにいても退屈だし、暇つぶしにはなるか
「……わかったよ、連れてってやる。こっそり行くのと、俺から離れない事が条件だ。いいな?」
「ほんと?やった!」
「単純なやつ……」
一瞬で機嫌を直したアツコを連れて、俺達は外へ出た
──────────────────
「あった、こっちにも!」
「元気だな……ていうか、本当に色々あるんだな」
ボロボロの街の中でも、意外と花は生えているもので。青い花だけじゃなく、白い花、黄色い花、赤い花など様々だ
「あんまり遠くに行くなよー!」
「はーい」
アツコは楽しそうだ。あの暗い部屋にいるよりは、外に出る方がいいのだろう。体も動かせるし、ババアも嫌がる。俺にとっても都合が良い
「……ん?」
例の触手を突っ込まれてからするようになった感覚。空気の微弱な揺らぎ───誰かが近づいてきている
「っ───!?」
「静かに、誰か来る」
アツコの口を手で塞ぎ、すぐそこの路地裏に引きずり込む。物陰に身を潜め、過ぎ去るのを待つ。ババアが生徒会長になって幾らかマシになったらしいが、それでも治安が悪い事には変わりない
出会えば、戦いが始まる
「………行ったか?」
「ぷはっ!イフ、今の───」
「まだ黙ってろ。確認してくる」
路地裏から顔を出し、さっきの奴らがいないかを確認する。どうやら大丈夫のようだ
「どっか行ったみたいだ。行くぞ」
「今の人達って───」
「会った瞬間に殺しにくるぞ。関わるな」
「……うん」
アツコの手を引いて、急いでその場を離れようとして───
「アツコ!」
「わっ───!?」
背後からの銃撃。咄嗟にアツコを庇って被弾する。撃たれたのは左肩と脇腹。出血は酷いが、そこまで深い傷ではない。すぐに治せる範囲だ
「バレてたか……クソ、まだまだ未熟だな」
「イフ……?」
「うるさい。黙って大人しくしてろ」
アツコにできるだけ伏せるように言い、背後に向き直る。銃声が聞こえた方角を見ると、そこには複数の人影があった
「……いいよ、相手してやる」
「はーあ、疲れた」
襲ってきた奴らは全員返り討ちにした。弱いくせに数だけは多いのが面倒くさかった。すぐに治るから何発食らおうと問題ないが、痛いものは痛い
「アツコー?怪我ないか?」
「イフ…血が……」
アツコは泣いていた。俺は血だらけだし、庇った時にアツコの顔に血がかかった。まだガキだし、怖いんだろう
「あー…これじゃババアにバレるな。どっかで血だけ落として帰ろうぜ。怪我は大丈夫だからさ」
「うん……」
「ほら、手ぇ貸せよ」
アツコに手を差し出す。その手を掴んだアツコの顔色は悪かった。相当怖かったのだろう。ババアにも言われたし、こんなガキに死なれたら目覚めが悪すぎる。しっかり守ってやらないと
「……アツコ?」
「…………」
血を落として帰ってきてから、どうにもアツコの様子がおかしい。ずっと俺のそばから離れないし、やけに距離が近い。それに、俺の事を見る目がなんか違う気がする
「アツコ、お前何か変なもん食べたり飲んだりした?」
「……どうして?」
「やけに近いから」
「だって……イフが何処かに行っちゃうような気がして……不安なの」
「はぁ?」
意味がわからない。アツコが何を言っているのか理解できない。暇つぶしでババアの駒をやってる以上、命令には従うつもりだ。アツコを置いて何処かに行くつもりはない
「……ごめんなさい」
「はぁ??」
ますます意味が分からない。何に対しての謝罪なのか。アツコは謝るような事をしたのだろうか
「私が我儘言ったから、イフが怪我をした。私のせいで……」
「別に治ってるんだから気にするなよ。大したことじゃない」
「でも、あんなに血が出て……」
「泣くなよ鬱陶しい……」
泣かれるのは嫌いだ。対処法が分からない
「もう、我儘言わない。イフを困らせたくない」
「……そ」
こうなるくらいなら、もっと血の流れない戦い方をするべきかもしれない。例えば、そう────
──────────────────
「……何をしているのですか?」
「弾避けの練習」
そう、全ての銃弾を避けてしまえばアツコの前で戦っても大丈夫。痛くないし、血も出なくて済む
「……これ、めっちゃ疲れるな。そもそも弾当たってもすぐに治るし、実用性皆無じゃん」
「ならやらなければいいでしょう」
「分かってないなー、それでもやる価値ってのはあるんだよ」
かっこいいし
「で、何の用?」
「貴方、ロイヤルブラッドを連れ出しましたね?」
「おーう、やっぱりバレてたか。バレてたならお前が嫌がると思って連れ出したんだよ」
「傷をつけなければ構いませんよ」
「ふーん」
ちょっと意外だが、まぁいい。これでアツコを外に出しても文句を言われなくなった訳だ
「で、そんだけ?」
「貴方に渡すものがあります」
「ん?」
ババアが俺の足元に投げてきたのは、一振りのナイフ。調理用には見えない
「ヘイローを壊すナイフです」
「──そんな物騒な物持たせて俺に何しろって言うんだよ」
「試作品ですよ。貴方に持たせるのが一番マシだと考えただけです」
「あっそ」
ヘイローを壊す。つまりは殺人だ。人は殴ったし、物資も奪った。けど俺が奪ったのはあくまで俺が生きていく上で必要最小限の量だ。飯を奪って誰かを死に追いやった事はない。最低限の倫理観って奴だ
「これで刺せば殺せちゃうわけだ。この一見普通のナイフがねぇ?」
銃弾を撃ち込んでも死なないヘイロー持ちを、容易く殺せるナイフ。それが俺の手元にある
……もし、これで俺の首を掻っ切れば───
「あぁ、貴方は死ねませんよ」
ナイフを持つ手が固まった。まるで思考を読み取ったかのようにババアが告げる
「言ったでしょう、ヘイローを壊す──人を殺す為のナイフだと」
「だったら俺も死ぬんじゃないのか?」
「有り得ませんね」
その口を、醜く歪めて笑った
「───化け物を殺す為の物ではありませんから」
「───
売り言葉に買い言葉。自分でも驚くほどに冷たい声が出た。ババアの表情は変わらない。いつも通り無愛想な顔だ
「もう用がないならアツコんとこ戻る。じゃあな、ババア」
そうして、日々は過ぎていく
虚しさも、多少は紛れるような日々が