「イフ、イフ」
「はいはい何でしょう」
「ふふ、呼んだだけ」
「アツコ……」
ちょっと困ったような顔でこちらを見る彼を見て、思わず笑みがこぼれる。彼はいつもそうだ。私に対してだけ優しい。他の人に見せる姿とはまるで違う。それが嬉しかった
「相変わらずだなお前は……用がないなら俺は戻るぞ。まだやることがあるんだ」
「駄目」
「駄目って、お前なぁ……」
ため息をつくその仕草も、呆れたように私を見つめる彼の目も、全てが愛おしく感じる
「イフの任務は何?」
「……お前の護衛」
「じゃあ、できるだけ私を見てないと」
「……」
彼が私をじっと見てくる。少し恥ずかしくなって目を逸らすと、彼はまた小さくため息をついた
「……俺である必要性が無い。スクワッドの誰かがいるだろ」
「駄目。イフじゃなきゃ」
「だから何で」
「………そんなに、嫌?」
「……ずるいだろ、それは」
我儘なのはわかっている。それでも、こうしないと不安なのだ。彼が私の傍から離れていくんじゃないか、と
彼を困らせる事になったとしても、あの時のように目の前で傷付くのは耐えられない。だから手元に置いておくのだ
「……わかったよ、もう」
「ふふっ、ちょろい」
「調子に乗るな」
「いてっ」
軽くデコピンされる。痛いけど、嬉しい。こういうやり取りが、彼といる時間が好きだった
「それで、何すんの?」
「……何しよう」
「考えてなかったのか」
「うん」
「そうか……」
とにかく一緒に居たいだけだったから、何をするかは考えていなかった。どうしたものかと考えていると、彼が突然手を握ってきた
「ど、どうかした?」
「ちょっと来い」
そのまま手を引かれ、連れていかれたのは貧民街。アリウススクワッドとしての立場がある以上、もう襲われる事はない
「また花でも探そうかと思って。あそこで何もしないよりはマシだろ?」
「ありがと」
「……ただ、やっぱりこの辺じゃ限界はあるな。目新しいのは見つからない」
「……イフ」
「どうした?何か気になるものでも──」
振り向いた彼に抱き着く。心臓の音がよく聞こえた。トクントクンという音は心地良く、いつまでも聞いていたくなる
「アツコ、離れろ」
「やだ」
「どうし──あぁ、ここは」
あの時、イフが撃たれた場所。今はもう血の跡すら無いけれど、確かにここでイフは私を庇って撃たれてしまった
「……置いてったりしないから。このままじゃ動けない」
「うん」
ゆっくりと離れて、二人で並んで歩を進める。私達の関係が深まった場所──思い出の場所と言えば聞こえはいいかもしれないが、結局はトラウマのようなものだ。この場所を見ると、どうしてもその時の事を思い出してしまう
「……大丈夫だよ。俺はここに居る」
「……うん」
頭を撫でられる。私はきっと、甘えているんだろう。だけど、今はそれに身を任せたかった
「行こっか」
「うん」
「お前が引っ張るのね」
イフの手を引いて歩き出す。今度は私が引っ張る番だ。いつかは、こうして自然に手を繋げるようになりたいと願いながら、足を進めた
──────────────────
「結構歩いたな……」
あれからしばらく歩いていたが、中々景色が変わることは無かった。彼も私も少し疲れてきたので、適当な所に座って休んでいる
「………」
イフは喋らない。歩いている時も返答はあったが、それ以外は無言。上の空、という奴だろうか
……正直、ちょっと腹が立った
「イフ」
「どうした?」
「最近、ミサキと何してるの?」
「………」
ミサキと会ってきた後のイフからは、いつも決まって血の匂いがする。怪我をした様子は無いから、恐らく血はミサキのもの。それに気づいてから、ずっと気になっていた
変に追及するのも良くないと思ったが、やはり気になるものは気になるし、嫌なものは嫌だ。なので、思い切って聞いてみた
「何でミサキと会うたびに血の匂いがするの?」
「……」
イフは何も言わない。それが答えだと、私は捉えた
「……言いたくないならいいよ。でも、約束して欲しいことがあるの」
「……?」
「あんまり、一人で抱えないでね」
彼は強い。戦闘面でも、精神面でも。それはよくわかっている。幾度となく私達はそれに救われた。だから、余計に心配だった。彼は何でも自分で解決しようとする。他人に頼る事をあまり知らない。私にだって、たまに頼ってくれる程度だ
「……わかったよ。なるべく頼るようにはする」
「ん」
彼の言葉を聞いて安心する。これなら、最悪の事態にはならないだろう。多分
「……それにしても、血が付くなんてよっぽど近くにいたんだね」
「……怒ってる?」
「全然?」
「怒ってるね……」
イフは苦笑いしている。別に怒っていないというのは本当だ。私も人の事は言えないから。ただ、やっぱり少しモヤっとはするが
「……よし、できた」
そう言った彼の手元に、いつの間にかあったもの。それは───
「……冠?」
花でできた冠があった
「これ作ってたんだよ。あんまり器用な方じゃないけど、何とか形になった」
「……綺麗」
「ほい」
頭の上に、そっと載せてくれる。何だかくすぐったい感じがした
「……上手くできたか、わかんないけど。壊れちゃったらまた作ってやるからさ」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「……本当に、大切にする」
──────────────────
その日を、私は生涯忘れる事はないだろう
「イフ?どうしたの?」
「……アツコ」
雨に濡れるのすら気にせず、イフは走っていた。それを呼び止めて理由を聞くと、彼は私の肩を掴んで言った
「……ごめん。ごめんなさい。必ず──戻るから」
今にも泣きそうな顔で、そう告げられた
次の瞬間には、私の前から消えていた。その手を掴む暇も、呼び止める暇も無かった
その日以来、イフは消えた。ミサキの怒鳴り声を聞きながら、私は座り込んでいる
「………嘘つき」
ボロボロの冠が、直される事は無かった
次でアリウス編はおわーりー