あれから、ずっと病室にいる
重傷だし、当然と言えば当然だ。ただやる事が何も無い
先生が定期的に来てくれるけど、それ以外の時間は暇で仕方ない そんな事を考えていると、扉がノックされた
「どうぞー」
先生だったらいいな、なんて思いながら返事をする。結局、入ってきたのは先生じゃなくて昨日の三人だったんだけど
「あぁ、お前らか。どうした?」
「様子を見に来たの、調子はどう?」
真っ先に話し始めたのは角の生えた少女
「先生から容体は聞いてるか?」
「うん」
「なら良いよ」
俺にも聞きたい事はある。アビドスや風紀委員会の皆は無事なのかとか
その為に、まず桃色の髪の少女に声をかけようとして───
「ねぇ、ホ──」
「…?イフ、どうかした?」
……名前が、出てこない
一緒に過ごした記憶もある。どんな人だったかの記憶もある。でも、名前だけが思い出せない
駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。思い出さないと、忘れたままだと、いけないのに
「ほ、ほ……」
「……イフ、まさか」
急げ、急げ急げ急───
「私の名前、言える?」
「───ぁ」
「……そっか」
言えない。言えなかった。言わないと、駄目なのに
三人の目に、驚愕はあれど責めるような色は無い。それが余計に申し訳なくて、辛い
「……ごめん。一緒に居た事とか、どんな人だったかとか、覚えてるんだけど……どうしても、名前は……」
「……大丈夫だよ」
「……お気になさらず」
「名前だけなら大丈夫」
優しい言葉をかけられて、涙が出そうになる。それを堪えて、俺は笑った。精一杯の強がりだ
「……ありがとう。アビドスの皆は無事?えっと……」
「ホシノ。小鳥遊ホシノ。皆は無事だよ」
「飛鳥馬トキです。C&Cの先輩方も心配していましたよ、勿論アリスも」
「空崎ヒナ。風紀委員会も、イフの事を心配してたよ。勿論私達もだけど」
「そうか……悪いな、迷惑かけて」
俺のせいで、大変な事になった。俺が未熟なせいで、アリウススクワッドと三人が殺し合った
……やめよう。考えてどうにかなる問題じゃない
「……ホシノ、髪切ったんだな」
「ん?あぁ、ちょっとね」
「……それと、怪我は誰にやられたんだ?」
「え!?」
バレたのが意外だったのか、驚いた顔をしている。腹だからわかりづらかったが、よく見ていればわかる
そんな事はどうでもよくて、重要なのはやけに傷が大きい事だ。ヘイロー持ちがここまでの傷を負うには相当な威力が必要だ。ホシノは強い。ここまでされるとは思えない
「あー…ちょっとドジっちゃって」
嘘だって、馬鹿でも分かる
「……俺がやったのか?」
「…………違うよ」
「嘘は吐かないでくれ」
「…………」
黙ってしまった。やっぱり、そうなのだろう
「……ごめん。謝っても許してもらえる事じゃないのは分かってる。けど、それでも……本当に、すまない」
頭を下げる。こんな謝罪で許されるとは思っていないが、今はこうするしか無い
「……いいんだよイフ」
「良くない!」
思わず声を荒げる。良くなわけがない。俺は取り返しのつかない事をした。例え相手が望んでいても、俺が納得できない
「ホシノはわかるだろ!?下手したらお前死んでたんだぞ!?俺が!お前の事殺したかもしれない!」
「私は生きてるよ」
「そういう話じゃない!なんで……誰も俺を怒らないんだよ。恨まれこそすれ、優しくしてもらう資格なんか──」
言い終わる前に抱き締められる。少し痛いくらいの力で。トキとヒナも、俺の手を握りしめていた
「私達ね、イフに何もかも背負わせ過ぎてた。それに気付いてあげられなかった。だから、これは私達の罪滅ぼしなの」
「イフ様、貴方は私を救って下さいました。今度は私が、イフ様に報いる番です」
「イフ、もう苦しまなくて良い。イフは十分頑張った」
堪えていた涙が溢れ出す。情けない。泣いて良い立場じゃないのに
「うっ……ぐ……」
泣き止むまで、三人とも待ってくれた。それが嬉しくてまた泣いた。その間ずっと、三人は手を握ってくれた───
「恥ずかしい……」
「うへ、相当泣いてたねぇ」
「泣いてたね」
「泣いてましたね」
「……うるさい」
目覚めてからずっとこの調子だ。泣くつもりなんて無かったのに、優しくされると感情が抑えられなくなる
……嫌なわけじゃないのに
「……皆、元気かな」
「……アリウスの子達?」
「そう。あー……」
忘れてた。こいつらサオリ達と殺し合ったんだった
「……きっと、イフが大人になろうとしたのもアリウスの子達が理由なんだよね」
「……やめよ、この話。お前らもいつまでも俺に構ってる暇ないだろ」
「……そうだね。そろそろ行かなくちゃ」
「何かあればお呼びください」
「いつでも呼んで」
そう言って部屋を出て行く。扉の前で振り返り、俺に微笑みかけた
「イフ、私達は味方だよ。何があっても、絶対に」
「……あぁ。ありがとう」
そう言うと、満足げに笑ってから去って行った
「……これからどうしよう」
やるべき事は失った。それはもう、代わりにやってくれる人がいる。だとしたら──やりたい事?
「……先生」
先生に、会いたい
──────────────────
「よい、しょ……不便だなぁ」
松葉杖を使って歩く。普通に歩けない事もないが、こっちの方が治りも早くなると思う
ここからシャーレまで、結構な距離がある。天気も悪そうだし、傘でも持ってくれば良かったか
「……まぁいいか」
雨が降ったらその時考えよう。それより今は、先生に会いに行く事だけを───
「尾噛イフを退学させろ!」
「化け物に制裁を!」
頭を殴られたような衝撃だった。大勢の生徒の声だ。その声に釣られて、思わずそっちを向いてしまった
「っ…!?尾噛イフだ!」
誰かが俺に気付いた。すると、周りの奴等も俺を見て騒ぎ始める。これは……何だ?
「出ていけ!」
「消えろ化け物!」
コツン、と、頭に何かが当たった
「……石?」
足元に転がったそれを拾ってみる。小石だ
「……?」
また飛んできた。同じようなサイズの小石が何度も
俺は──彼女達に、石を投げられている
「化け物め!」
「ここから出ていけ!」
石と共に投げつけられる言葉はどれも酷いものだった。何でこんなことになっているのか、わからない
「痛っ」
頭に大きめの石が当たる。血が出てきた。このままじゃ危ないと、本能的に理解した。逃げなければ。そう思って、駆け出そうとした瞬間
「───っ!」
足がもつれて転ぶ。急いで立ち上がろうとするが、上手くいかない その間にも石はどんどん増えていく。避けようにも、体が動かない
「やめ、て」
上手く声が出ない。息が苦しい。誰か、助けて
「何をやってる!?」
「イフさん!」
聞き覚えのある、二つの声。見れば、そこに居たのはアズサと、もう一人──名前は、何だったか
「イフさん、こちらへ」
そのまま二人に連れられて、人気のない所へと連れていかれる。幸い、追ってくる人は誰もいなかった
「イフ、大丈夫か?」
「……うん」
呼吸を整える。さっきよりは苦しくない
「ありがとう、アズサ。ナ……」
「……?」
「……ごめん。ちょっと、名前を忘れちゃってるみたいで」
「……桐藤ナギサです」
「……ありがとう、ナギサ」
……駄目だ。このまま出会う人全員悲しませるつもりなのか。俺は
「それで、何でイフがあんな目に会ってたんだ」
「……恐らく、イフさんを退学に追い込みたいのでしょう。イフさんの触手を、大勢の人が見ていましたから」
「……え?」
それで──それだけで?
確かに、俺は真っ当な人間じゃない。けど、間違った事はしていない筈だ。ミサイルから皆を庇って、その結果が──これ?
「はぁっ、はぁっ、はぁっ──!」
呼吸が荒くなる。心臓の鼓動も早い。頭が回らない。ただ一つ分かるのは、今すぐここから逃げ出したいということだけだ
「なんで、なんでこんな……」
頭を抱えて蹲る。何もかもが嫌になる。ここで培ってきた信頼が、全て壊れた
「イフさん……」
「イフ、落ち着いて──」
「もういいって!」
差し伸べられた手を、弾いた
「──ぁ、いや、ちが」
その目を見て、何も言えなくなった
驚愕、悲しみ、色んなものがごちゃ混ぜになったような、複雑な目をしていたからだ
その目が、辛くて辛くて───
「待って、イフ!」
「イフさん!」
その場から走って逃げ出した。後ろを振り返る余裕なんてない。先生に、会いたい
──────────────────
ずぶ濡れのまま、シャーレのオフィスのドアをノックする
「はーい。ってイフ先輩!?」
「ユウカ、どうかした?」
セミナーの制服。会った事がある人で、仲が良かったのも覚えている。名前は相変わらずだったけど、先生が言ってくれたおかげで思い出せた
「ちょっと、怪我してるじゃないですか!?ノアー!救急箱持ってきて!」
ノア……生塩ノアか。思い出した
「イフ!?どうしたのそれ!」
「……転んで」
「嘘だよね」
「本当に、転んで」
そう言うと、それ以上は何も聞いてこなかった。多分、察してくれたのだろう
それから、傷の処置とシャワー、着替えまで貸してくれた
「イフ先輩……重傷とは聞いていましたが……」
「ちょっと様子が変よね」
「……ユウカ、ノア、今日はもう良いから。後は私がやるよ」
「……わかりました。ノア」
ユウカとノアはシャーレから出て行った。俺と先生だけが残る
「……先生」
「……何かな」
「会いたかった、です」
きっと、酷い顔だ。泣き腫らした目をしていると思う。それでも、先生に会えた事が嬉しかった
「……そっか」
先生が俺を抱き締めてくれる。それが心地良くて、涙が溢れた
「先生、先生……!」
「……何があったか、話してみて」
「……はい」
全てを、話した。皆の名前が思い出せない事。退学しろと、石を投げられた事。助けてくれたナギサとアズサの手を弾いて、ここまで逃げてきた事
「俺、何を間違えたんでしょうか。大人になろうとして、皆を庇って、それで……」
「………」
「大人になろうとしたのが、間違いだったんでしょうか。だから、俺は──」
「違う。それは絶対に間違ってない」
はっきりと否定された。驚いていると、先生は優しく微笑みかけてくる
「……イフには素質がある。多分、私以上のいい大人になれるよ」
「……もう、いいんです。先生、しばらくシャーレに居てもいいですか?あっちだと、多分また……あ、迷惑だったら、別に」
「好きなだけここにいて」
「ありがとうございます」
先生が頭を撫でてくれる。とても落ち着く
「あの、頼みがあったら何でも言ってください。何でも……本当に何でもしますから」
──────────────────
「先生、この書類こっちに置いておきますね。あとコーヒー淹れてきます。ブラックでいいですか?」
「うん」
あれから二日。イフはすっかりここの生活に慣れていた。私の仕事を完璧に手伝ってくれている。慣れるまでの時間もかなり早い
本当に、優秀な子だ
イフがミサイルから皆を庇って死にかけた事で、その体の秘密が多くの生徒達に露見した。それが起こしたのは、イフの退学を求める運動
……おかしいだろう。何故イフがこんな目に遭わなければならないのか。誰よりもひたむきに、目標に向けて努力を重ねてきたイフが、何故こんな目にあう?
あれから、イフは私の側を離れなくなった。食事の時、仕事の時、睡眠の時もだ。ずっと側に居る。トイレとか風呂に行く時だけは流石に離れるけど
「あ…テープ無くなっちゃった。捨てなきゃな」
何気なく、そう呟いてしまった
がしゃん、と何かが割れる音がした
「ん?」
音の方向を見れば、イフの足元に何かの破片と茶色い液体が広がっている。カップを落としたようだ
「イフ、大丈夫?」
「──え、あ、いや」
明らかに動揺している。破片を拾おうともせず、ただあの時のような酷い顔で私を見つめている
「──すて、るんですか?」
「え?」
「さ、さっき、すてるって。おれのこと、すてるん、ですか?」
……完全に予想外の所で反応されてしまった。こういう言葉一つとっても、イフを傷つけかねない
「そんな事しないよ。イフの事、大好きだよ」
これは本心だ。イフは大事な生徒だし、それに──
「ほんと、ですか?」
「うん」
「……よかった」
私の胸に顔を埋めて抱きついてくる。その体は小刻みに震えていて、泣いているようだった
「先生、大好きです」
「……ありがとう」
「……先生、俺、役に立っていますか?ちゃんと、先生の役に立てていますか?」
「勿論」
「嬉しいです」
……どうするのが、正解なのか
イフがこうなった原因の一つは、間違いなく私にある。それを今更後悔しても遅い。最適解なんてわからないし、もう取り返しのつかない所まで来てしまっているのだ
優しい言葉をかけて落ち着かせるのは簡単だ。でも、それはあくまで一時的なもの。根本的な解決には程遠いだろう
「先生、先生……」
初めて会った時とは、比べ物にならない程弱りきった姿。これを作ったのは私で、直せないのも私
ズキリと、胸が痛んだ
自分のやった事で全てを失って先生の元に流れてくる……イフ君ミカでは?
頭おかしくなっちゃってるせいで助けてくれた友達に酷いことしちゃって更に頭おかしくなって憧れの大好きな先生の所に流れてくるのかわいいね
因みにこのままほっとくと先生監禁ifになります